2010/12/29 - 2011/01/04
73位(同エリア193件中)
kazimさん
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- 旅行記32冊
- クチコミ21件
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2010年への年越しを皮切りに、2010年の夏、2011年への年越しと、3回続けてハバロフスクを訪れた。海に開いたウラジオストクや大きく発展したモスクワ周辺などと比べると、ハバロフスクの印象は「大きな田舎」だが、中心部は整備が進んでずいぶん綺麗になった。夏と冬では全く違った容貌のロシアの街、その中で、年末年始は彼らにとって祝祭的な時間、短い夏は野外で競うように遊ぶシーズン。人々の中で過ごしたハバロフスクの冬と夏を伝える。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ウラジオストク航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
街の概要1
ハバロフスク空港から市街へは近い。市内バスに乗れば20分ほどで中心のレーニン広場(写真)に着く。街はほぼ碁盤目状に作られているから、こことアムール川を軸にして地図を思い描けば、迷うことも少ない。レーニン広場 広場・公園
-
街の概要2
レーニン広場の東となりにはディナモ公園(写真)があり、ここは最近とみに整備が進んで美しい。面積も広く、市民の憩いの場になっている。年越しの際にもぜひ訪れたいのが、レーニン広場とディナモ公園だ。 -
イチオシ
街の概要3
この他の見所もそれほど離れていないから、徒歩でも回れる範囲だが、路面電車(写真)も走っている。分厚い鉄で覆われた無骨な車体がいい味わいを醸しているが、最近、軽快な車両に改められつつある。 -
街の概要4
バスやトロリーバスも市内を走り回っているが、路線が複雑で旅行者には難しい。空港からの1番など、主立った路線のナンバーを覚え、あとはバス停の人たち(写真)に尋ねて回る。なお、路面電車も市内バスもチケットの事前準備はいらず、車内で車掌に金を払う形式だ。 -
街の概要5
メインの大通りは、レーニン広場からアムール川方向へまっすぐにのびるムラヴィヨフ・アムールスキー通り(写真)だ。歩道が広くて歩きやすい。大きなショッピング・ビルや土産物屋、映画館や劇場、名の通ったレストランなどは、大体この通りの近辺にある。 -
街の概要6
レーニン広場からムラヴィヨフ・アムールスキー通りを800mほど進んだ突き当たりにあるのが、この記念碑(写真)。この先はもうアムール川で、夏はとうとうとした流れを、冬は凍り付いた姿を一望できる。旅行者がよく利用するインツーリスト・ホテルは、ここから200mほど北へ歩く。 -
街の概要7
記念碑のまわりは広場になっており、その一角にウスペンスキー教会(表紙写真)がある。ここから階段でアムール川岸へ下りればムラヴィヨフ・アムールスキー公園(写真)。美女3人の向こうに教会が見える。夏なら、旅行者はまずここに案内され、近くの埠頭からアムール川クルーズに出たりもする。 -
街の概要8
ムラヴィヨフ・アムールスキー通りは、丘の尾根に位置しており、左右に折れる道はどちらも下り坂だ。まずレーニン広場方向から右に曲がって下りきると、アムールスキー・ブリヴァール(並木道)がある。この通りを、アムール川とは反対方向に行って突き当たるとハバロフスク駅(写真)に出る。ロシア語では「ヴァグザール」と呼ぶターミナル駅だ。 -
街の概要9
駅前広場はトロリーバスや路面電車のターミナル(写真)になっているが、列車とともに、発着が頻繁というわけではない。なお、近郊都市を向かうバス・ターミナルは駅の反対側にあり、路面電車で10分程度だ。 -
街の概要10
ウスペンスキー教会のある広場から南側(レーニン広場から向かって左側)に入る道を下りきるとウスリースキー・ブリヴァール(並木道)がある。左右の車線の間が公園のように整備された道で、ディナモ公園に続く。これを越え、今度は上り詰めるとレーニン通りに出るが、そこにスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂(写真)がある。 -
街の概要11
大聖堂の脇には「永遠の火」と呼ばれるモニュメント(写真)があり、この一角は第二次大戦での犠牲者を慰霊している。街の中心とは思えないほど静かだが、レーニン通りを東に進めば、ホテルやスーパー・マーケットがある繁華街になる。 -
私のスタイル1
ロシアは街のシステムがよそ者を想定していないので、どうにも旅行がしにくい。尋ね回れば1人旅も可能だろうが、見た目が珍しい観光地を歩いただけで終わりそうだ。現地の人の中に分け入りたい私は、ロシア人の知り合いを作り、そのつてを頼って現地に出かける。ビザを取るためにホテルは予約するが、時には外国人登録を頼むだけで部屋は利用しない。現地の友人宅に泊まるか、少なくとも案内を頼む。彼らのアパートに泊まって朝を迎え、そこからの景色(写真)を眺めたとき、ロシアの中に入ったことを実感する。 -
私のスタイル2
市内に一戸建ての家はほんどない。ロシア人の大部分は集合住宅に住んでおり、巨大な団地(写真)もある。キッチン、トイレ、バス以外に3、4部屋が標準の広さ。温水を通す暖房システムが完備しているから、厳寒の冬でも室内は快適だ。何より彼らの多くが客好きで旅行者を歓迎してくれる。ウラジオストクの人の中には船員などで訪日を経験した人がかなりいるが、「大きな田舎」であるハバロフスクでは日本を知る人が少ない。その分、歓迎の度合いも高まる。 -
私のスタイル3
現地の人と歩く以上、移動手段は公共の交通機関だ。市内バス、トロリーバス(写真)、路面電車などを乗り継ぐ。なお、冬場はトロリーバスや路面電車は人気がない。「寒い」と彼らは言う。確かに長く乗っているとお尻が冷えてくるが、一方、市内バスは混雑が厳しい。 -
私のスタイル4
郊外の団地(写真)に住む人は、夜間の移動などにはタクシーも使う。流しの車はないし、タクシー・スタンドは市の中心にしかないから、必要ならば電話をして呼ぶ。時には道に立って普通車をつかまえることもある。つまり白タクだが、同じ方向に向かうならかなり乗せてくれる。どちらにしろ料金メーターはなく、バスなどの10倍ほどの金額で交渉がまとまる。 -
年越しの宴1
冬にロシアに行くなら、ぜひとも現地の人と新年を迎えたい。ロシア正教のクリスマスが1月7日であるため、西欧的なクリスマス・イブの12月24日から2週間ほどは、彼らにとって長い冬季の大切なアクセントであり、中の最大のイベントが年越しの行事だ。各家庭でもレストランでもディスコでも人々が集まってパーティーをする。
準備は数日前から行われる。まず樅の木(写真)を部屋に備え付けて華やかに飾り付ける。互いへのプレゼントの用意も忘れてはならない。もちろん、酒と料理の準備も少しずつ始める。 -
年越しの宴2
料理は、「オリヴィエ」というサラダ、イクラ・チーズ・卵など取り混ぜたオードブル、魚料理、チキンなどの肉料理、そしてもちろん黒パンなどが定番。そしてこの時期忘れてはならないのが「セリョートカ・ポド・シューヴォイ」と「ホロデーツ」だ。前者は「毛皮の下のニシン」と訳せるが、ニシンを下に敷き、上にポテト、さらに赤いビーツのサラダを乗せたもの。一見ケーキ風だが食べればニシンの味がするという不思議な料理だ。後者は鶏肉のゼリー寄せで、煮こごりに似ている。 -
年越しの宴3
当日はテレビも特番だ。夕方までは懐かしいロシア映画、夜になると「豪華スター競演」の歌番組やバライティー。これらを見ながら徐々に料理が並べられ、着飾ったお客さん(写真)も到着し、午後11時頃にはいよいよパーティーが始まる。「とりあえず小さく乾杯」という雰囲気だが、待ちきれない男どもの中にはすでにつまみ食いをしていたり、酒を飲んでご機嫌の人もいる。 -
年越しの宴4
午前0時が近づくと、多くのテレビ局は番組を切り替える。大統領の演説が数分、そしてロシア国歌が流れ、クレムリンの鐘が鳴り、秒針に合わせて「3、2、1、0」。立ち上がってみんなで乾杯。「ウラー!」(万歳)であり、「ス・ノーヴィム・ゴードム!」(新年おめでとう)なのである。願い事を書いた紙を燃やしてシャンパンの中に入れ一気に飲み干す人もいる。
広いロシア、時差に合わせて、これが東から西へ1時間置きに繰り返されているのだ。 -
年越しの宴5
そして、この瞬間、街が騒がしくなる。花火がいっせいに上がるのだ。都心では自治体が行っているのだろうが、郊外の住宅地でも一般の人が近くの公園などで、歓声とともに上げる。大きな箱に入った連発式のもので、日本では資格がないと上げられないだろう。通りやベランダからこれらを眺め、部屋に戻れば宴は佳境となる。プレゼントの交換をし、カラオケ(写真)を始める家もある。 -
年越しの宴6
料理もいろいろだが、酒も大量かつ多種類が用意される(写真)。ウォッカ、ビール、シャンパンは定番、後は好みでワイン、リキュール、ブランデーなど。ノン・アルコールでは「モールス」というベリーのジュースだ。何本もテーブルに並べることが大切なようで「日本から酒と梅酒を買ってきて」と頼まれることもしばしば。
昔、日本から伴った友人は、夕方からちびりちびりと勧められたウォッカに酔い、肝腎の年越しの時には熟睡していた。酒に弱い人ははっきり断ればよい。彼らも無理には勧めない。 -
年越しの宴7
こうして宴会は深夜、あるいは朝方まで続く。午前2時頃になって訪れてくる人もいる。自宅で年越しを迎えた後、知り合いの家に出かけるのだ。
またこのようなパーティーは1日の夜、あるいは2日の夜にも行われがちだ。大晦日には訪問できなかった家、特に祖父母の家に出かけたりする。連日の飲み食い三昧に私が呆れると、現地の人は「一年中こうではないからね」と念を押す。
酔いが回った頃、外に出ると気持がよい(写真)。この時期の夜はマイナス20℃くらいだが、きちん着込んで出れば、冷たい空気に酔いが醒めていくのがむしろ快適。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ1
こうして迎えた新年の朝は大変静かだ。みな朝方まで騒いでいたのだから、昼頃にやっと起き出す。二日酔い気味の場合もしばしば。上記で年明け前に眠ってしまった友人は、その分早く目覚めてしまい、誰も起きてこないのでひどく退屈だったとぼやいていた。
昨夜の残りの料理で朝食とも昼食ともつかない食事をし、「二日酔い? ならばビールを飲めば直る」などというロシアの常識が口にされたりするうち、早くも日が暮れてしまう。
ならばレーニン広場(写真)に行こう。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ2
大部分のロシアの街の中心はレーニン広場であり、新年のこの時期、それなりの装飾がなされているのだろうが、ハバロフスクのそれは素晴らしい。他を熟知しているわけではないが、少なくともウラジオストクより格段に美しい。
広場に近づくと、まず見えるのは電飾を施された大きな樅の木(写真)だ。そして、大勢が散策を楽しんでいる。地元の人はもちろん、田舎から来たと思われる家族、近ごろは中国人観光客も増えた。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ3
広場を囲むように、たくさんの氷の彫刻(写真)が置かれている。それぞれ凝った作りで、ライトアップに映え、寒さを忘れるほど美しい。私が感動すれば、地元の人たちも誇らしげ、いや、彼らたち自身が毎年のこのイベントを楽しみにしている。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ4
こうした新年の工夫(写真)やディナモ公園の整備などにより、ハバロフスクは、美しく整備された街のコンテストで、いつも上位に入るのだとか。彼らは自慢げに言うが、「でも、我々が住む郊外は全然きれいにならない」とも加える。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ5
華やかに飾られた通り(写真)に導かれ、多くの人々とともにディナモ公園へそぞろに歩く。この公園には子供用の遊園地、音楽劇場、スタジアムなどもあり、池の周りの散歩道も整備された。 -
イチオシ
レーニン広場へ、ディナモ公園へ6
入り口(写真)からすでに装飾が始まっており期待が高まる。大きなサンタクロース(ロシアでは「ジェド・マロース」)の人形、門には「ス・ノーヴィム・ゴードム」(新年おめでとう)の文字。公園外の建物のいくつかにも華やかな電飾が施されている。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ7
入り口近く、普段は子供用の遊具が並ぶあたりには、ここにも大きな樅の木と氷の彫刻(写真)が並ぶ。年越しの瞬間を過ぎて翌日にも、ときどき花火が打ち上げられる。音楽に引かれて劇場の方に足を進めた。 -
レーニン広場へ、ディナモ公園へ8
音楽劇場では、野外舞台で民話を題材にした音楽劇が行われていた。
こうしたイベントは、カウント・ダウンの時が最も盛大なのだろうが、1月3日くらいまでは行われるとのこと。もちろん、氷の彫刻は春になって氷が溶けるまで飾られているそうだ。 -
冬の楽しみ1
ハバロフスクの1月の気温はマイナス15~20℃くらいで、1月末はもっと寒くなるそうだ。アムール川は完全に凍結(写真)する。それでもしっかり着込んでいれば、日本人にもなんとか耐えられる。 -
冬の楽しみ2
ただし、風が出ると体感気温はとたんに低くなる。何かとウラジオストクと比較したがる彼らは、気温にすれば5℃ほど温かいウラジオストクの方が寒いと言う。海が近いために、風が強いからだ。雪の量は年によって差があり、2011年は例年になく多かった。「永遠の火」からアムール川へ降りる斜面(写真)も、深い雪に埋もれていた。 -
冬の楽しみ3
ムラヴィヨフ・アムールスキー公園の名は、この街を創設した人物にちなむが、その高台に彼の銅像(写真)がある。周りの雪に銅像も寒そう。ここの展望台は、夏には結婚式が多く開かれ人出の多いところだが、冬場はレストランが細々と営業しているだけだ。 -
冬の楽しみ4
ロシア人に「何月が嫌い?」と尋ねる。厳寒の冬を予想するのだが、4月や10月を答える人が意外に多い。4月は雪が溶けて道がぬかるみ、そのうえ積雪時に捨てられたゴミが散乱する。10月は寒くなり雪も降り始める時期だが、暖房がまだ入らないので寒く感じる、とのこと。寒いなりに気候が安定している冬は、むしろ楽しみの多い時期らしい。特に子どもたち(写真)は、野外で元気よく遊んでいる。 -
冬の楽しみ5
派手な色のジャケットやダウン・コートで着ぶくれた子どもたち(写真)が、ほっぺたを赤くして遊んでいる姿は微笑ましい。彼らこそ、最も冬を楽しんでいるロシア人だろう。
なお、ここ2つの写真は、後に書くビロビジャン市でのもの。 -
冬の楽しみ6
大人も楽しもうということで、市の南郊外にある「ザイムカ」という遊園地に出かけた。後の「夏の楽しみ」の項で出てくるが、庭園や動物園やさまざまの遊具がある施設だ。しかし、ここも雪は深い(写真)。 -
冬の楽しみ7
それでもここに出かけた目的はスケート(写真)だ。コートを着たまましばらく滑れば汗が出るほど。写真の看板にはロシア文字で「スノウ・パルク」と書いてある。なお、スキーをやるロシア人は意外に少ないが、スケートは大概の人ができる。アイスホッケーは人気の競技だ。 -
冬の楽しみ8
スケートは市内でもできる。ディナモ公園の池が凍結しており、人々はそこで滑る(写真)。見づらいが、スケートをする人の向こうでは、体育館などが並ぶスポーツ・コンプレックスが建てられたばかりだ。 -
冬の楽しみ9
冬の夜でも人々は構わず外に出る。ディナモ公園の池の周りには、民話を題材にした像(写真)がたくさん立てられているが、大晦日・元旦に限らず人の通りが絶えない。
なお、冬季に野外で食べるアイスクリームがおいしいという。そもそもロシアのアイスクリームは濃厚でうまいのだが、マイナス20℃だとアイスクリームが温かく感じられるのだろうか。試す勇気は今のところない。また、サウナも彼らの大きな楽しみだが、ハバロフスクでは経験していない。 -
夏の楽しみ1
冬には冬なりの楽しみがあるとはいえ、やはり季候のよい夏を好む人は多い。ハバロフスクの夏は30℃ほどになり、蒸し暑い日もある。もっとも、そういう典型的な夏は7月から8月の半ばまでで、8月末にはもう半袖ではいられないとか。だから、彼らは短い夏を競うように謳歌する。冬は雪に閉ざされて誰もいなかったムラヴィヨフ・アムールスキー公園も、川沿いを気持ちよく散歩できる(写真)。 -
イチオシ
夏の楽しみ2
アムール川に突き出した桟橋に、ビールを飲ませる店(写真)があった。これは飲まねばなるまい。屋根などで日光を遮らず、日差しをそのまま浴びてこそ杯が進む。当地でもビールは夏の飲み物だ。冬でもビールを好む人がいるけれど、飲んだ直後に外に出るとお腹が冷える。 -
夏の楽しみ3
果物(写真)も夏の楽しみだ。冬場には現地で全く採れないから、伝統的にはコンポートとして貯蔵したものでビタミンを補給し、最近は中国からの輸入品が出回っているが、やはり現地の採れたての果物が安くてうまい。特にベリーの充実ぶりはロシアならでは。試す勇気はないけれど、ロシア流のスイカの食べ方を教わった。注射針でウォッカを大量に注入してからかぶりつくのだそうだ。 -
夏の楽しみ4
食べ物では「シャシリーク」(写真)か。鶏肉・牛肉・羊肉など、とにかく串焼きになっていればシャシリークだ。もとは中央アジアの料理らしいが、レストランでも屋台でもよく売られている。彼らとしては、森に出かけてバーベキューをして食べるのが理想らしい。夏に頻発する森林火災の原因の多くは、バーベキューの火の不始末とも言われる。 -
夏の楽しみ5
冬に出かけた見所を再訪して雰囲気の違いを味わうのもいい。ディナモ公園(写真)は散歩にちょうどよく、「街の概要2」も夏のディナモ公園だ。寒さを気にせずゆったりと歩けば、その広さを実感する。 -
夏の楽しみ8
レーニン広場も、冬とは異なった趣で、花壇や噴水が美しい(写真)。もちろん、気候を気にせず夜間に出られるのも夏ならでは。
彼らの家に住み、ふと思ったことがある。私にはすでに相当暗いと感じられる夕刻でも、彼らは明かりを付けず、平然としている。もしかしたら日本人のような黒い目と、彼らのような青や緑の目では、光が入る量が違うのではないか。少しの日光でも彼らがサングラスを必要とすることを思い出す。ならばこうした夜景も、彼らには別の光景として見えているのかもしれない。 -
夏の楽しみ7
冬に出かけた南郊外の遊園地「ザイムカ」も再訪した。スケートリンクはそのままローラースケート用に転用され、タンデムの自転車で広い園内を回れたりもする。噴水をはじめとするいくつかのモニュメント(写真)も、本来夏向きに作られていることが分かる。 -
夏の楽しみ8
木陰のベンチで休むもよし、腕白な遊び方(写真)をするもよい。また、川辺に降りて泳ぐ人もあり、人出はそれほどないので気ままに遊べる。白樺の美しさも、葉が緑に繁ってこそ映えると感じる。なお、「ザイムカ」(Заимка)は「狩猟小屋」を意味するらしい。そのアドレスは以下の通り。http://zaimka.khv.ru/ -
夏の楽しみ9
園内にはカラオケのできるレストランもあった。入場者が少ないので、ここも貸し切り状態になる。ロシアでは普通のレストランでも人々は踊り出し、事実上ディスコと化すことが多いが、カラオケでもそれは同じで、歌より踊りが中心になる(写真)。もちろんここではウォッカを飲んでいるから、時間がたつにつれて羽目を外す。 -
夏の楽しみ10
早い時刻にカラオケを始めたので、相当に酔ってもまだ夜は長い。ボーリングに行こうと話がまとまり街の中心に戻る。足腰に来ることが多いウォッカだからボーリングは危ないという理性がまだ私には残っているが、彼らには無関係だ。それどころか、ボーリング場でもウォッカが購入でき、乾杯をしながらゲームをするのは、ある意味、最もロシア的な体験であった。 -
ビロビジャンへの小旅行1
1つの都市を堪能すれば、他の街も見たくなるのが旅行者の習癖。ビロビジャンへ1泊旅行に出かけた。ハバロフスクから急行で3時間、降りた瞬間、厳しい寒さを感じたが、ぬくぬくと温かい車内に慣れていたからだけではあるまい。ここでも知り合いのつてを頼っているのでホームでの出迎えを受け、ついでに気温を訊いてみた。「マイナス25℃くらいじゃないの」と事もなげに答えるが、歩くうちに背中から寒さがしみ通ってくる。ハバロフスクより5℃ほど寒いようだ。
いきなり案内されたのは、郊外の修道院(写真)。左側の2人がそこの人で、まじめに修行をされている雰囲気が漂い、こちらも襟を正す。食べ物も含めてすべて献金で賄っているそうで、知り合いも椅子や机を拠出したと言う。そうした信心深さもロシア人の一面だ。 -
ビロビジャンへの小旅行2
ビロビジャンはユダヤ人自治州の州都だ。この州はレーニンの時代に指定された。西部から体よくユダヤ人を追い出すためだったという説もあるが、ウクライナやベラルーシ方面から人々が移住したという。しかし、その後できたユダヤ国家のイスラエルへ、多くの人は移ってしまった。その結果、今ここに残るユダヤ人は、全人口の19万人のうちの数%だけらしい。しかし、一応公用語として、ロシア語とともに彼らの言語であるイディッシュ語が指定されており、市内にはユダヤ人協会(写真)と、その隣にシナゴーグがある。建物正面には彼らの象徴であるダビデの星が見える。
-
ビロビジャンへの小旅行3
次に向かったのは駅近くの教会(写真)だ。修道院、シナゴーグ、教会と宗教関係が続くが、逆にいえばそれくらいしか見せ所がないのだろう。あるいは、ユダヤ人という異民族の存在がある中で、ロシア人も信心によりアイデンティティーを保つのか。 -
ビロビジャンへの小旅行3
しかしこの教会は小さいながら、木を活かした作りが温かく、内部(写真)も充実しており、見所として最も印象に残った。ソ連時代、宗教は弾圧されたのだが、今やこうした教会はロシア全土で復活し、新しいものもところどころで建てられている。 -
ビロビジャンへの小旅行4
街歩きの最後は、彼らが「ナービレジナヤ」と呼ぶ岸壁通り。ウラジオストクにも「ナービレジナヤ」があり、それは海岸通りなので、海沿いの道をそう呼ぶのだと思っていたが、川沿い(写真)でもたしかに「岸壁」ではある。「夏場は綺麗」と現地の人は言うが、今はせっかくの遊歩道も雪に埋もれ、人っ子一人いない。川の向こうに見える電波塔がこの地のランドマークらしく、市場で売られるビロビジャンの土産物の多くには、この塔が描かれていた。 -
ビロビジャンへの小旅行5
「ナービレジナヤ」の一帯は公園になっている。そこに年越しのステージが用意されていた。私は12月30日に着いて31日に帰るという無茶な予定を組んでしまったが、大晦日の夜には地元の人でにぎわうのだろう。 -
ビロビジャンへの小旅行6
さして珍しいもののなかったビロビジャンだが、人々は温かかった。寒がる私に彼らが着る分厚い皮のコートを貸してくれたり、心のこもった食事を出してくれたり、適度な量のウォッカをふるまってくれたり、感謝している。朝食のドラニキ(写真)や、子どもの食べ物と言って出してくれた「マンナヤ・カーシャ」(グラン・セモリナの粥)はおいしかった。 -
ハバロフスクVSウラジオストク1
ハバロフスクの人たち(写真)は、ウラジオストクへの対抗意識を持っている。「どちらの街がいい?」としばしば問われるが、日本人観光客はウラジオストクの方が圧倒的に多いことは確かだろう。海と港があり、街を展望できる高台もあり、根本的に地形が変化に富んでおり、さらにAPECを期に大きな橋ができるなど、街の格としてはウラジオストクの方が数段勝ってしまった感じだ。しかし、私は「ハバロフスクも悪くない」と言いたい。 -
ハバロフスクVSウラジオストク2
ウラジオストクも好きだけれど、ここでは敢えてハバロフスク擁護派に立って、その長所を述べる。
まず、空港の近さは素晴らしい。ウラジオストクのアルチョーム空港は街の中心から50?も離れている。電車1本で行けるようになったが、それでも時間とお金はハバロフスクの数倍はかかる。
また、ハバロフスクは街が広々としている。ウラジオストクは半島の先端に位置しているから仕方ないのだが狭苦しい。活気があるとも言えるが。
さらに、ハバロフスクは街を綺麗にしようという意識がある。特にレーニン広場、ディナモ公園(写真)、その向こうのスポーツ・コンプレックスは整備が進んで気持がよい。 -
ハバロフスクVSウラジオストク3
そして何より、新年の飾り付けとイベントは断然ハバロフスクが優る。2013年はウラジオストクで迎えたが、レーニン広場(写真)は樅の木と氷の滑り台などの遊具が若干ある程度だった。この年は積雪もほとんどなく、何かもの足りない。
ウラジオストクに行かれた方、これから行かれる方、ハバロフスクにも足を伸ばしてはいかがか。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- pacoさん 2019/10/21 23:21:47
- kazimさん 初めまして!
- 年末年始ハバロフスク拝見させていただきました!
地元の方に溶け込み楽しまれている写真!すごく素敵でした!
私もこの年末年始ウラジオストクINハバロフスクOUTで旅行予定です。
kazimさんのように地元に溶け込むのは難しいと思うのですが、、、
ふと、心配になったのですが、年末年始のハバロフスクはお店など開店しているのでしょうか?
ご存知でしたら教えていただきたいのですが...
by paco
- kazimさん からの返信 2019/10/22 07:33:24
- Re: kazimさん 初めまして!
- Pacoさん、拙い旅行記をご覧いただき、ありがとうございます。
ご質問の年末年始のお店の件です。
まず、年末は31日の夕方までは、かき入れ時、という感じで通常営業です。
その夕刻から店は閉じ始めます。
元旦は、朝方は、年越しパーティの名残で、町は閑散としています。
昼過ぎから人が出始めますが、夕方まで。これが1月4日くらいまで続きます。
この間は、店もあまり開いていませんが、全く開いている店がなくなるということはなかったと記憶しています。
寒さにもお気をつけて、いってらっしゃい。
- pacoさん からの返信 2019/10/22 19:45:07
- Re: kazimさん 初めまして!
- kazimさん
貴重な情報 ありがとうございました!
なるほど!早めに買い物した方がよさそうですね!
でも一安心しました。
いってきま~す!
-
- Elliott-7さん 2013/10/03 16:05:32
- 初めまして・・
- kazimさんへ
冬のハバロフスク見せて頂きました。
機会があれば厳寒のハバロフスクへ行ってみたいと思っています。
お邪魔しました。
Elliott-7 より
- kazimさん からの返信 2013/10/03 19:39:08
- RE: 初めまして・・
- ご覧いただきありがとうございました。
ハバロフスクに限らず、冬のロシアでしたら、ぜひ年越しの時期に行かれるといいと思います。
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