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日暮里駅 西口を起点に、町歩きの1日。朝からはまず、<br /><br />西日暮里と谷中3〜5丁目界隈 【夕やけだんだんルート】を。<br /><br />喫茶店小休憩の後、午後からは谷中〜上野桜木〜東日暮里へ。<br /><br /><br />午後からのハイライトは 何といっても、“ヒマラヤ杉とみかどパン。<br /><br />ルートマップには、その存在が記されていなかったのだから なおのこと、<br /><br />驚きをもって目の当たりに。圧巻の存在感、寄り添い合う 古の風情。<br /><br />高さ15m、木漏れ日が眩しいとわかりつつも、思わず見上げた。<br /><br />都市の喧騒とは無縁の空間が、またここにも。<br /><br /><br />三浦坂、寛永寺坂、芋坂‥と、界隈には 好きな坂道も ちらほら。<br /><br />その名の由来を知らす 案内板もあるから、坂でも楽しい ひと時。<br /><br /><br />その一方、内部見学できる “子規庵”が臨時休館で意気消沈;<br /><br />も、その後に ありつけた【羽二重団子】で すぐさま帳消し。<br /><br /><br />そもそも、愛聴するグループの終焉(解散)を見届けるのが目的の上京。<br /><br />ゆえに、自然と哀愁漂わせの町歩き。<br /><br />でも気づけば、そんな空気は どこへやら。<br /><br />江戸情緒に包まれ無心で、歴史町さんぽに 明け暮れたのでした。

江戸 ・ “歴史町”さんぽ 【 ヒマラヤ杉 & 坂道とことこルート 】

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2013/08/27 - 2013/08/27

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tokotoko

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日暮里駅 西口を起点に、町歩きの1日。朝からはまず、

西日暮里と谷中3〜5丁目界隈 【夕やけだんだんルート】を。

喫茶店小休憩の後、午後からは谷中〜上野桜木〜東日暮里へ。


午後からのハイライトは 何といっても、“ヒマラヤ杉とみかどパン。

ルートマップには、その存在が記されていなかったのだから なおのこと、

驚きをもって目の当たりに。圧巻の存在感、寄り添い合う 古の風情。

高さ15m、木漏れ日が眩しいとわかりつつも、思わず見上げた。

都市の喧騒とは無縁の空間が、またここにも。


三浦坂、寛永寺坂、芋坂‥と、界隈には 好きな坂道も ちらほら。

その名の由来を知らす 案内板もあるから、坂でも楽しい ひと時。


その一方、内部見学できる “子規庵”が臨時休館で意気消沈;

も、その後に ありつけた【羽二重団子】で すぐさま帳消し。


そもそも、愛聴するグループの終焉(解散)を見届けるのが目的の上京。

ゆえに、自然と哀愁漂わせの町歩き。

でも気づけば、そんな空気は どこへやら。

江戸情緒に包まれ無心で、歴史町さんぽに 明け暮れたのでした。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
グルメ
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 谷中 ・ 紅葉坂<br /><br /><br />午前と同様、日暮里駅を起点に始動。<br /><br />日暮里駅構内を横目に 進み、この坂段と<br /><br />先にのびる紅葉坂をまずは上る。<br /><br />坂道周辺の紅葉の美しさから、<br /><br />そう名付けられたという“紅葉坂”。<br /><br />江戸時代から名が残る、【幸庵坂】という<br /><br />別名も持つが、その命名由来は不詳なのだそう。<br /><br />少しモヤモヤする出足・・;

    谷中 ・ 紅葉坂


    午前と同様、日暮里駅を起点に始動。

    日暮里駅構内を横目に 進み、この坂段と

    先にのびる紅葉坂をまずは上る。

    坂道周辺の紅葉の美しさから、

    そう名付けられたという“紅葉坂”。

    江戸時代から名が残る、【幸庵坂】という

    別名も持つが、その命名由来は不詳なのだそう。

    少しモヤモヤする出足・・;

    日暮里駅

  • 天王寺 ・ 谷中<br /><br /><br />モヤモヤ紅葉坂 に沿って建つのが、<br /><br />大きな天王寺。

    天王寺 ・ 谷中


    モヤモヤ紅葉坂 に沿って建つのが、

    大きな天王寺。

    天王寺 寺・神社・教会

  • 天王寺 ・ 谷中<br /><br /><br />鎌倉時代の創建といわれる、<br /><br />都内有数の古刹。

    天王寺 ・ 谷中


    鎌倉時代の創建といわれる、

    都内有数の古刹。

    天王寺 寺・神社・教会

  • 天王寺 ・ 谷中<br /><br /><br />古刹 ・ 天王寺、江戸時代には<br /><br />「富突 ・とみつき」(現代の宝くじルーツ)を<br /><br />興行し、江戸庶民の人気を博したそうだ。

    天王寺 ・ 谷中


    古刹 ・ 天王寺、江戸時代には

    「富突 ・とみつき」(現代の宝くじルーツ)を

    興行し、江戸庶民の人気を博したそうだ。

    天王寺 寺・神社・教会

  • 天王寺 ・ 谷中7丁目<br /><br /><br />境内に佇む、人懐っこい にゃんこ。<br /><br />木の葉模様の、夏のしつらえ。

    天王寺 ・ 谷中7丁目


    境内に佇む、人懐っこい にゃんこ。

    木の葉模様の、夏のしつらえ。

    天王寺 寺・神社・教会

  • さくら通り ・ 谷中<br /><br /><br />天王寺から、涼しげに<br /><br />真っ直ぐのびる さくら通りを進む。<br /><br />かつてこの通り沿いには、天高く<br /><br />五重塔(谷中五重塔)がそびえていたのだそう。

    さくら通り ・ 谷中


    天王寺から、涼しげに

    真っ直ぐのびる さくら通りを進む。

    かつてこの通り沿いには、天高く

    五重塔(谷中五重塔)がそびえていたのだそう。

    天王寺 寺・神社・教会

  • ヒマラヤ杉 と みかどパン (谷中1丁目)<br /><br /><br />谷中6丁目から、寺町の界隈を歩み進むと、<br /><br />三方をお寺に囲まれた 木陰ひろ〜い一画が。<br /><br />その名も 世界一スケールの、 ヒマラヤ杉。<br /><br />無機質なビルとは一線を画す、その壮大さ(高さ15m)、<br /><br />呆気にとられた。

    ヒマラヤ杉 と みかどパン (谷中1丁目)


    谷中6丁目から、寺町の界隈を歩み進むと、

    三方をお寺に囲まれた 木陰ひろ〜い一画が。

    その名も 世界一スケールの、 ヒマラヤ杉。

    無機質なビルとは一線を画す、その壮大さ(高さ15m)、

    呆気にとられた。

  • ヒマラヤ杉 と みかどパン<br /><br /><br />ヒマラヤ杉のある一画は、江戸時代には<br /><br />三方地店(さんぽうちだな)と呼ばれたエリア<br /><br />なのだそう。ヒマラヤ杉に まもられ、寄り添い<br /><br />合うかのごとく佇む みかどパン店。<br /><br />色あせ気味の看板や屋根の錆び、少し力が<br /><br />いり(重)そうな店の戸‥‥店内に並ぶものたちが<br /><br />現代であっても、滲み出るその風情で<br /><br />まるでタイムスリップしたかのように。

    ヒマラヤ杉 と みかどパン


    ヒマラヤ杉のある一画は、江戸時代には

    三方地店(さんぽうちだな)と呼ばれたエリア

    なのだそう。ヒマラヤ杉に まもられ、寄り添い

    合うかのごとく佇む みかどパン店。

    色あせ気味の看板や屋根の錆び、少し力が

    いり(重)そうな店の戸‥‥店内に並ぶものたちが

    現代であっても、滲み出るその風情で

    まるでタイムスリップしたかのように。

  • 谷中1丁目<br /><br /><br />ヒマラヤ杉 と みかどパン

    谷中1丁目


    ヒマラヤ杉 と みかどパン

  • ヒマラヤ杉 と みかどパン<br /><br /><br />みかどパン店の角は かつて、榎の木のある<br /><br />お団子屋さんだったそうで、住人に墓参客、<br /><br />芸術家などで大いに賑わっていたという。<br /><br /><br />そして、みかどパン初代店主が 植木鉢で<br /><br />育てはじめたものが、現在のヒマラヤ杉 なんだとか。<br /><br />永き歳月を経たにせよ、その力、生命力に あっぱれ。

    ヒマラヤ杉 と みかどパン


    みかどパン店の角は かつて、榎の木のある

    お団子屋さんだったそうで、住人に墓参客、

    芸術家などで大いに賑わっていたという。


    そして、みかどパン初代店主が 植木鉢で

    育てはじめたものが、現在のヒマラヤ杉 なんだとか。

    永き歳月を経たにせよ、その力、生命力に あっぱれ。

  • 谷中1丁目<br /><br /><br />一画の歴史・足跡を伝え記す 案内板とともに、<br /><br />つい先ほど歩いた 富士見坂 同様の、切実なコトノハ。<br /><br /><br />平成24年3月に生じた 一画の土地売却により、<br /><br />この風情の将来が危ぶまれている‥という内容。<br /><br />この地に根を張る大木のように、古きよき暮らしぶりや<br /><br />豊かさ溢れる場所を、これからも まもり育み続けて<br /><br />欲しいものです。<br /><br />

    谷中1丁目


    一画の歴史・足跡を伝え記す 案内板とともに、

    つい先ほど歩いた 富士見坂 同様の、切実なコトノハ。


    平成24年3月に生じた 一画の土地売却により、

    この風情の将来が危ぶまれている‥という内容。

    この地に根を張る大木のように、古きよき暮らしぶりや

    豊かさ溢れる場所を、これからも まもり育み続けて

    欲しいものです。

  • 谷中1丁目<br /><br /><br />ヒマラヤ杉 と みかどパン

    谷中1丁目


    ヒマラヤ杉 と みかどパン

  • 三浦坂<br /><br /><br />ヒマラヤ杉の路地から、谷中2丁目方面へ進むと<br /><br />根津方面へ下る “三浦坂”。<br /><br />三浦志摩守下屋敷(三浦家は美作国真島郡勝山 藩主)が<br /><br />あったことから、そう呼ばれるようになったそう。<br /><br />坂の途中には、人気スポットという「ねんねこや」も。

    三浦坂


    ヒマラヤ杉の路地から、谷中2丁目方面へ進むと

    根津方面へ下る “三浦坂”。

    三浦志摩守下屋敷(三浦家は美作国真島郡勝山 藩主)が

    あったことから、そう呼ばれるようになったそう。

    坂の途中には、人気スポットという「ねんねこや」も。

  • ヒマラヤ杉 と みかどパン<br /><br /><br />来た道を一旦戻り、再び 街にとけ込む<br /><br />ヒマラヤ杉の一画に。<br /><br />右手にのびる路地を進み、言問通り へ。

    ヒマラヤ杉 と みかどパン


    来た道を一旦戻り、再び 街にとけ込む

    ヒマラヤ杉の一画に。

    右手にのびる路地を進み、言問通り へ。

  • ヒマラヤ杉 と みかどパン<br /><br /><br />立ち止り、またついつい<br /><br />写真に興じてしまいます;

    ヒマラヤ杉 と みかどパン


    立ち止り、またついつい

    写真に興じてしまいます;

  • 旧吉田屋酒店 ・ 上野桜木2丁目<br /><br /><br />言問通り へ出て、根岸方面へ。<br /><br />通り沿いには、明治期に酒屋として活躍した<br /><br />古い建物。ここに移築され現在は、秤や樽、枡などを<br /><br />展示する 下町風俗資料館付設展示場 として第二の<br /><br />余生を送っていた。

    旧吉田屋酒店 ・ 上野桜木2丁目


    言問通り へ出て、根岸方面へ。

    通り沿いには、明治期に酒屋として活躍した

    古い建物。ここに移築され現在は、秤や樽、枡などを

    展示する 下町風俗資料館付設展示場 として第二の

    余生を送っていた。

  • 寛永寺坂<br /><br /><br />坂の上が 寺境内だったことに因む坂。<br /><br />

    寛永寺坂


    坂の上が 寺境内だったことに因む坂。

    寛永寺 寺・神社・教会

  • 寛永寺坂 ・ 上野桜木<br /><br />

    寛永寺坂 ・ 上野桜木

    寛永寺 寺・神社・教会

  • 子規庵 (東京都指定史跡)<br /><br /><br /><br />寛永寺坂から JR線を跨ぎ、根岸2丁目へ。<br /><br />少し迷って辿り着いた “子規庵”、<br /><br />ところがまさかの 臨時休館・・;<br /><br /><br />元々は、旧加賀藩前田家下屋敷の侍長屋、<br /><br />子規は明治27年 ここに移り住み、<br /><br />郷里・松山から母と妹を呼び寄せ、暮らしたという。<br /><br /><br />子規庵は、俳句、短歌の革新者正岡子規が、<br /><br />命の炎を燃やし尽くした家です。<br /><br /><br />子規庵の案内には、そう記されています。

    子規庵 (東京都指定史跡)



    寛永寺坂から JR線を跨ぎ、根岸2丁目へ。

    少し迷って辿り着いた “子規庵”、

    ところがまさかの 臨時休館・・;


    元々は、旧加賀藩前田家下屋敷の侍長屋、

    子規は明治27年 ここに移り住み、

    郷里・松山から母と妹を呼び寄せ、暮らしたという。


    子規庵は、俳句、短歌の革新者正岡子規が、

    命の炎を燃やし尽くした家です。


    子規庵の案内には、そう記されています。

  • 善性寺 ・ 東日暮里5丁目<br /><br /><br />子規庵から大通りへ出て、日暮里駅方面へ。<br /><br />通りの右手にあらわる 善性寺。<br /><br />寛文4年(1664)に、六代将軍徳川家宣の<br /><br />生母長昌院が葬られて以来、将軍家ゆかりの<br /><br />お寺なのだそう。

    善性寺 ・ 東日暮里5丁目


    子規庵から大通りへ出て、日暮里駅方面へ。

    通りの右手にあらわる 善性寺。

    寛文4年(1664)に、六代将軍徳川家宣の

    生母長昌院が葬られて以来、将軍家ゆかりの

    お寺なのだそう。

  • 羽二重団子 (本店)<br /><br /><br />善性寺のちょうど 迎えに建つ、<br /><br />羽二重団子(は ぶたえ だんご)で ひと休み。<br /><br />文政2年(1819)の創業、江戸明治期の<br /><br />名店番付にも記された老舗で、正岡子規セットに舌鼓。<br /><br />席は、山水式の中庭に面しているから なお味わい深い。<br /><br /><br />初代庄五郎氏がこの地(芋坂)で、街道往来の人々に<br /><br />団子を供する「藤の木茶屋」を開業したのに端を発し、<br /><br />その団子が きめが細かく羽二重のよう、と賞されたのを<br /><br />きっかけに、菓名、いつしか商号もその名を冠したそう。<br /><br /><br />「芋坂も団子も月のゆかりかな」 正岡子規

    羽二重団子 (本店)


    善性寺のちょうど 迎えに建つ、

    羽二重団子(は ぶたえ だんご)で ひと休み。

    文政2年(1819)の創業、江戸明治期の

    名店番付にも記された老舗で、正岡子規セットに舌鼓。

    席は、山水式の中庭に面しているから なお味わい深い。


    初代庄五郎氏がこの地(芋坂)で、街道往来の人々に

    団子を供する「藤の木茶屋」を開業したのに端を発し、

    その団子が きめが細かく羽二重のよう、と賞されたのを

    きっかけに、菓名、いつしか商号もその名を冠したそう。


    「芋坂も団子も月のゆかりかな」 正岡子規

  • 芋坂<br /><br /><br />羽二重団子から路地へ入り 芋坂へ。<br /><br />幾つもの鉄路が敷設され、往時の芋坂とは<br /><br />異なる光景になったものの、案内板がたしかに<br /><br />示し記す。坂の名は文字通り、この付近で<br /><br />自然薯(山芋)が取れたのに因むのだそう。

    芋坂


    羽二重団子から路地へ入り 芋坂へ。

    幾つもの鉄路が敷設され、往時の芋坂とは

    異なる光景になったものの、案内板がたしかに

    示し記す。坂の名は文字通り、この付近で

    自然薯(山芋)が取れたのに因むのだそう。

    羽二重団子 本店 グルメ・レストラン

  • 芋坂<br /><br /><br />跨線橋から 東京スカイツリーを眺めて。

    芋坂


    跨線橋から 東京スカイツリーを眺めて。

    東京スカイツリー 名所・史跡

  • 芋坂

    芋坂

  • 谷中7丁目<br /><br /><br />芋坂から谷中霊園の脇を通り、<br /><br />紅葉坂を 今度は下って 日暮里駅西口へ。<br /><br /><br />朝9時から歩き始めて、気づけば<br /><br />西の空が顔色を変え はじめる頃に。<br /><br />顔色がそのままのうちに、東京のもう<br /><br />ひとつの楽しみ(お気に入りのお店)を<br /><br />求めて、 日暮里から高円寺へ。

    谷中7丁目


    芋坂から谷中霊園の脇を通り、

    紅葉坂を 今度は下って 日暮里駅西口へ。


    朝9時から歩き始めて、気づけば

    西の空が顔色を変え はじめる頃に。

    顔色がそのままのうちに、東京のもう

    ひとつの楽しみ(お気に入りのお店)を

    求めて、 日暮里から高円寺へ。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • pedaruさん 2013/09/20 10:37:34
    谷中
    tokotokoさん お早うございます。

    下町散歩、ゆっくりと時が流れた街歩き、と言う感じですね。朝から夕方まで、興味に任せてとはいえ随分あるいたものです。何万歩ですか?

    おなじみの風景、何度か、谷中は自転車で周りました。あのヒマラヤ杉、すごい生命力ですね。しかし住人にとっては、雨樋に詰まった落ち葉の掃除など大変な苦労だと思います。

    pedaruが印象的だったのは、纏を作っている店があったことです。今でも需要があるとは、驚きです。まさか東京消防庁御用達ではないと思いますが・・・・

    子規庵、残念でしたね。pedaruも行ったことがないので、こんど訪れてみたいと思います。下町つながりで、菊坂辺りも楽しいですよ。坂の町、東京ということですね。  では また

    pedaru

    tokotoko

    tokotokoさん からの返信 2013/09/21 08:37:18
    RE: 谷中
    pedaruさん おはようございます。
    暦の上では連休、いかがお過ごしでしょうか。

    まとい の専門店、私はお目にかかったことがないです。
    広く販路があるのでしょうか〜東京消防庁に限らず
    他県にも ひょっとして‥‥

    ヒマラヤ杉はそうですね、人を惹き付ける規模の分、
    落ち葉の清掃や景観整備は地道で大変でしょうね。
    住民・保全に関わっている方々に感謝です。

    歩数ですが、日暮里駅改札を1歩目とすると‥‥というのは
    冗談で数えていませんが;。ゆっくりと、カメラに興じながら
    ですのでそこまで多くはなく、1万歩前半くらいでしょうか;

    菊坂の記事、掲載されていますね。名高い文学者の足跡を
    辿りながら、下町風情も味わえて‥‥大変惹かれます。
    いつの日かぜひ、歩いてみたいです。

    いつもありがとうございます。tokotoko

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