2013/08/17 - 2013/08/17
26位(同エリア135件中)
ぱっしょんKさん
- ぱっしょんKさんTOP
- 旅行記506冊
- クチコミ332件
- Q&A回答70件
- 548,855アクセス
- フォロワー141人
私、ぱっしょんKは急遽7月10日にて中国勤務を解かれました。
そして7月末にアメリカ赴任を言い渡され、7月末にアメリカに渡ったのですが、ビザの問題が発覚し日本に戻って待機することに。
急遽無いはずだったお盆休みが降って湧きました。
ならば、引き続き、中国の世界遺産巡りを継続しようということに。
もともと10月国慶節に行く予定だった山西省の五台山と平遥に行く事に。(大同も行く予定だったのですが、どう時間を調節しても時間が足りず諦める事にしました。)
ただ行く事に決めたのは1週間前。すでにエコノミーの安いチケットは無かったのですが、ラッキーなことにJALのビジネスで6掛けのチケットを発見!
最新鋭のボーイング787のビジネスクラスで東京中国往復することになりました。
さてこの旅の予定
8/13 日本航空 JL021 東京羽田→北京
中国東方航空 MU5296 北京→太原
太原三晋国際飯店
8/14 長距離バス 太原→五台山
羅コウ(目へんに候)寺、顕通寺、塔院寺、菩薩頂、万佛閣
台山友誼賓館
8/15 望海峰、碧山寺、鎮海寺、南山寺、普化寺
K603次列車 五台山→平遥
8/16 平遥古城
喬家大院,鎮国寺
平遥雲錦成民俗賓館
◎ 8/17 双林寺,王家大院
1486次列車 平遥→太原
太原三晋国際飯店
8/18 中国東方航空 MU5293 太原→北京
日本航空 JL022 北京→東京羽田
毎度のことですが、この予定通りにはなっていません。今回は特に思いつきで変更しています。あしからず。
では移動2日、世界遺産五台山2日、世界遺産平遥2日の旅スタート!!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- JAL 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8/17
朝食はバイキング。この日はベーコン、ゆでたまご、山芋とパブリカの炒め物そしてフレンチトースト。飲み物はオレンジジュースにブラックコーヒー。
朝食時間は8時半。 -
朝食の場所はこちらの住居側の建物の中。
チェックアウトして荷物は預けて、カメラを持って、平遥古城を見て回ります。
スタート時間は10時40分。 -
一番近くの見所、日昇昌に向かいます。
-
日昇昌に到着したのですが、
あれ?チケット売り場がない??
入って行く人を見ると手にはチケット持ってる。
どこだ??チケット売り場は
うろうろしたが、発見できず。
実は泊まったホテルのフロントの反対側。北大門の角にチケット売り場があったのが、夕方発見するのですが、この時はまったく気づかず。
しばらくチケットを求めて放浪することに。 -
どこで売ってるのか?
一番疑わしいのは、、、城門かな?
一番近い西門風儀門に行ってみる事に。 -
西門風儀門に到着。
人が少ない。。。。。
チケット売ってそうにない。。
南門かしらん?
近くに居たおじさんに聞くと
曰く「平遥県衙に行ってチケットを買って、そこから南門から城壁登って、文廟、城隍廟へ行って、日昇昌に行くのがコースだよ。」
「じゃぁ平遥県衙に行けばチケット帰るんだね。ありがとう。」
(*ゝェ・)/~☆Bye-Bye♪
立ち去ろうとしたら、自転車で連れて行くよ。
でた!商売人か。
いや歩くから言いよ。
離れる事に。
観光客を案内するコースみたいですが、ぼくもこのコースで見て行くことに。
城内巡りで分かったのですがチケット売り場ですが、平遥県衙、北門の外、南門、文廟、城隍廟、日昇昌、清虚観で購入可能。 -
平遥県衙まで歩いて向かいます。
せっかくなので、観光用に歩行者天国に成っているところではなく、住民の車が走っている普通の道を行く事に。
沙巷街を進んでみます。 -
壁、高っ!
中国は囲う文化です。
国を長城で囲い、街を城壁で囲い、自分の家も壁で囲います。 -
途中交わる道。
西石頭坡巷は割と広い道。 -
井巷は細い道。
通過します。 -
そして西湖景街。ここを曲がります。まっすぐ行くと平遥県衙に出るはず。
ん?角でカメラを構えている人がやたらいるぞ。 -
僕も振り返ってシャッターを切ります。
なるほど、旧家と青空のコントラストを撮ってたんだね。 -
西湖景街を進みます。狭いけど、生活感あふれる通りです。
-
西湖景街に入ってすぐにユースホステルがありました。
その店名を書いた看板が古くていい感じ!
済世祥ってお宿のようです。 -
聴雨楼が見えてくると通りは政府街と名前を変え道幅も広くなります。
-
やっと到着平遥県衙。
元の時代から清の時代まで県の官庁、県衙が置かれた所です。
中国で一番保存状態のいい県衙だそうです。
チケットを購入。150元。平遥県衙、平遥古城城壁、文廟、城隍廟、日昇昌、清虚観の6カ所が参観可能です。
大門をくぐって中に入ります。 -
中に入って行きます。
第二門儀門をくぐります。
この門真ん中の門は普段は締め切りでした。
新しい官僚が就任した時、偉い人を接客する時、重大な式典が行われる時に開けられた門。
普段とおるのが東西にある小さな入口。東の人門、西の鬼門。
そして両脇にあるのが -
賦役房。ここは税金、税の作物を納める場所。
-
儀門を抜けると大堂が目の前にバ〜ン!
手前に2つ四角い草の生えた場所がありますが、そこは?班と言われる、刑に立ち会う役の人がつめる事務所が有った場所。 -
大堂の中です。このセット。何回か見た事有るぞ!
ここで役者さんが小芝居・・・いや演し物が演じられている感じが。。。 -
大堂入口に向かって右手間にある長屋に向かいます。
一番手間に吏房があります。
戸籍などの管理をしていた部門があった事務所が吏房。 -
趙挙人という人の家に残っていたというこの椅子。
慈禧太后(西太后)の座った椅子。
平遥の視察に西太后が来た際にこの椅子に腰掛けたそうです。 -
長屋は全部で6つの部屋があって中には展示がされていました。西太后の椅子もその中の一つ。
儀門の方まで戻ると、長屋のすぐ隣に光奎と書かれた小さな門がありました。
ここをくぐります。
すると -
牢獄と書かれた建物が。
県衙は警察の役割もあったので、罪人を収監する場所がありました。
ここ平遥県衙には牢獄が残っていて見学ができます。
これは貴重ですよ!説明書きを見るとなんとこの牢獄1960年代まで使用されていたとのこと!!
マ(。Д゚; 三 ;゚Д゚)ジ!? -
牢獄に入ってきました。
石造りの建物です。 -
牢獄の中。枕が2つあるから、一部屋2人収監されていたのかな。
暖房がありますね。 -
一番奥の部屋。
木で出来た檻があります。
水牢だそうで、囚人はこの中に入れられた水に浸けられたようです。
牢獄を後にすると -
牢獄のすぐ北に広い建物の跡があります。
ここは快班房の跡。
快班は騎馬快班、歩快班の2つに分かれていて犯人捕縛を行う役割をになった部署。
警察っていうことですね。
ここにその事務所がありました。 -
快班房の後ろがわにある建物、督捕庁です。
ここは司法の総合庁舎。 -
奥に長いのは他の建物も同じ。
両側の建物は裁判関係の書類の展示がされています。 -
展示してあるのは判決書
写真は中華民国期の民事裁判の判決書。 -
起訴状。
-
結婚状なんかが展示されています。
-
さぁ一番奥の建物に進みます。
入口に流刑になった囚人を運ぶのに使った木で出来た檻があります。
ここはなんと刑具の展示をしてあります。
痛そうなのがいっぱいです。 -
木驢。
背中に釘が立っているんですが、ここに座らせられるのは分かりますよね。
この刑具は北周時代から記録に残っているんですが、この敬具は淫行を行った女性を裸にしてこの刑具に座らせて市中引き回しにしたそうです。
いたいたいたいたい!。゚(゚ `Д)ノ。゚ヽ( )ノ゚。ヽ(Д´ ゚)ノ゚。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!!
中国語の説明はこんな説明いらんやろ〜!的なこともありましたが、ここでは割愛。
ぱっしょんは痛いのや血は好きじゃないの。 -
清のホンタイジの時代から、軍民問わず重大な犯罪が有った際に行った事を書いて貼り出した上で十字架に縛り付けられ、この車で刑場まで運ばれたのです。
-
次の建物は死刑執行用の道具が展示されています。
カン(石へんに欠)頭刀。でかい刀ですが、これは首を切り落とすのに使用された刀。
いたいたいたいたい!。゚(゚ `Д)ノ。゚ヽ( )ノ゚。ヽ(Д´ ゚)ノ゚。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!! -
フー(金へんに夫)質。
腰を切断する死刑を執行する時の道具。
腰斬の刑は古代中国の死刑方法。
いたいたいたいたい!。゚(゚ `Д)ノ。゚ヽ( )ノ゚。ヽ(Д´ ゚)ノ゚。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!!
ほかにもいろいろ置いてありましたが、見たかったら今すぐ平遥県衙へGO!
さぁ次、次! -
次は拘束用の道具があります。
こんなものはテレビでもよくみるから知ってますよ。首を通して、手は別のやつで左右一緒にして動けないようにして刑場にいって。。。。
いたいたいたいたい!。゚(゚ `Д)ノ。゚ヽ( )ノ゚。ヽ(Д´ ゚)ノ゚。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!! -
一番奥の建物は拷問用の道具があります。
-
十字架に貼付けて、その太っとい棒でたたいて自白させる道具。
いたいたいたいたい!。゚(゚ `Д)ノ。゚ヽ( )ノ゚。ヽ(Д´ ゚)ノ゚。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!! -
これ、拷問器具か?
釘床。これの上に寝かせて自白させると書いてありますが、
いたいたいたいたい!。゚(゚ `Д)ノ。゚ヽ( )ノ゚。ヽ(Д´ ゚)ノ゚。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!!
自白する前に死んじゃわない? -
官轎。
お役人様が外出するのに使うかご。
こっから痛くなくなったわ。 -
ルアン(変の上に下は金)駕庁にやってきました。
清朝時代の役人の衣装が展示してあります。 -
満州八旗の色のちなんだ服があります。
-
さぁ真ん中の主線に戻ります大堂の裏にある宅門から奥に進みます。
ここから奥は外の住民などは入れない事務所と生活区域。 -
二堂に到着。
-
二堂に入るとすぐに役人が座って、裁きを行いそうな場所があります。
後ろの鶴の絵がなかなか見事。 -
二堂の中に県丞房があります。
県丞主官文書や質問への回答、税制の書類などは作っていたのが県丞。 -
こちらは主簿房。
主簿は書記とも呼ばれ、県丞同様皇帝から任命されて中央から派遣される役員。 -
漢槐。
漢の時代に植えられた古木があります。 -
さらに裏に進みます。
裏は内宅。知県の生活区域です。 -
内宅の中は客間。
-
寝室。
-
居間。県知が座っていたもの。
-
居間にある机と椅子。
陶器で出来ています。
こんなに広いのに清代の知県はここに一人で住んでいました。家族帯同を清朝は禁止していたそうです。 -
裏に廻ります。迷路みたいに見えますね。
この通路を通って裏に抜けると、 -
奥にある建物は大仙楼。
1階は知県の食堂と調理室と調理師の住居が、2階は役所の印鑑を守る狐仙が祀られています。 -
1階が洞窟式の部屋の作り方がされています。
ここは調理師の住居だったところ。 -
真ん中の部屋は知県の食事を取る部屋。
-
2階狐仙が祀られています。
-
2階から見える風景がすごいです。
あちらの櫓、屋根に模様が有る!!Σ(゚ロ゚;) -
大仙楼の横に庭園があります。
-
庭園に花庁という建物があります。
ここでお休みに知県はお茶でも飲みながらくつろいでいたのかなぁ。 -
また細い通路を通って次の建物を目指します。
-
次の建物は糧庁の事務所スペースです。
-
門を入ると、建物がすごい並んでいます。
-
ここが糧庁。
全県の戸籍、田糧、税金の管理をしていた建物です。 -
中に明代の平遥県の地図がありました。
-
糧庁の隣は磨房。
石臼が置いてあります。
税金で納められた蕎麦の実を蕎麦粉に引くのに使用したようです。
次へ進みます。 -
サン(左に賛右におおざと)候廟という祠に出ました。
-
中が休憩所になっていました。
暑かったこの日、冷たい水分を補給しなくては!
ジャスミン茶の冷たいのを買って座って一口飲んで、机に置くと同時に隣に男性が座るなり、
Σq|゚Д゚|p ワオォ
ペットボトルにエルボードロップ。
みごとに全部地面に吸い取られました
.+:。(pωq)゚.+:。エーン
その男性中国人にしては珍しく、間髪いれずに
「ごめんなさい。」
謝ってくれたので、
「気にしないで」
と行っては見たものの、もうちょっと水分補給したかったっす。
もう1本買おうかとも思ったんですが、まぁいいや。次に行くことにしました。 -
風牙台というステージがあります。
何に使ったんでしょう? -
土地祠があります。
文字通り、土地の神様を祀った祠。 -
劇台というステージがあります。
山西には晋劇という古典芸能がありますが、この小さい舞台じゃぁ無理ですわね。この脇を抜けて大門の方に向かいます。
途中で、政府街の上にある聴雨亭への登り口があります。 -
聴雨亭に登りました。先ほど通ってきた西湖景街の方面と
-
これから行く南大街の方向が上から見下ろせます。
-
県衙を見終わり、西門で自転車タクシーのおっちゃんの言った通り、南門を目指します。
-
政府街を歩きます。
南大街を目指す予定だったのですが、 -
一本手前の南巷を進んでみる事にしました。
人は少なめですが、外国人向けのお店が結構あって穴場なのかも。 -
南門、迎薫門まで来ましたが、一度城門を出て迎薫門広場で城壁を眺めることにしました。
-
城壁が長く続いています。
南側の城壁はかなりうねうねと曲がっています。 -
たまには三脚使わなくちゃ、なんの為に持ってきたか分かんないからね。
これが平遥の城壁ですよ! -
南門、迎薫門の中に入ってきました。
通路の真ん中に昔の馬車が通った轍が残っています。
明、清代はここ山西省は経済の中心でした。物を出し入れする車の通りが多かった事の証拠ですなぁ。 -
これは商人が外出するときに使った車。竹であんであるのは、暑さ対策。
-
城壁に上がります。
150元のチケットに含まれていますので、チケットの購入は必要ありません。 -
南門迎薫門の城門の内側には大きな建物の跡があります。
関所でもあったのかなぁ。 -
平遥古城の瓦葺きの屋根。瓦がいい味出してます。
そうそう、中国語の城は都市の意味です。中国の都市は周りを城壁で囲むのでそういう意味になります。 -
平遥城南門にある櫓。
残念ながらこの上に上がる事はできませんでした。 -
城壁の間から南側、迎薫門広場を望みます。
南に延びる道が広くて奇麗です。 -
砲撃用の窓も付いています。
-
迎薫門の中の建物です。
元々は当然役所だったはずです。 -
城壁の上を東に向かって歩きます。
城外の壁が高く、城内の壁はほとんど無い事が分かります。 -
城内の建物がいい味出してますね。
ここ平遥古城の中の一般家庭の家も明代に作られたものがほとんどです。 -
城壁が曲がりながら東がわに延びて行きます。
-
定間隔で櫓があります。
-
正面に城門の南東角にある、奎星楼が見えてくると、城壁を降りる階段がでて来ます。
ここから奥へは行けません。以前行けたのでしょう。なんか銅像がいるのが見えますもんね。 -
しつこいですが、降りる前に歩いてきた城壁の上部を撮影。
では改めて城壁を降ります。 -
城壁を降りると、雲路老街に出ます。この道は城壁の階段からまっすぐに文廟に延びています。
雲路老街は個人的には大好きな雰囲気の町並みです。
が数件の旅館以外お店はなかったです。 -
雲路老街が終わり、東南門頭街にぶち当たると、正面に雲路天街の文字がある建物があります。
ここから先が文廟。孔子を祀ったお寺です。
この裏側に廻ります。 -
一つ目の門は霊聖門。
-
霊聖門をくぐるときれいな石橋があります。
-
この石橋を渡り、次の門をくぐります。
この門は大成門。本堂に入って行きます。 -
中に入ると、大成殿があります。
-
他のお寺や役所同様、庭を囲うように建物が立っています。
大聖門と大成殿の間にも左右両方に長屋があります。 -
孔子の弟子が祀られていました。
-
大成殿の裏に来ました。
龍門という小さな木製の門があります。
龍門とその奥にあるのが明倫堂です。 -
大成殿の裏がわには文天祥が書いた魁の字があります。なかなか迫力のある字です。
文天祥は南宋に従い元と戦い、南宋滅亡後元に仕えるように持ちかけられても断り、刑死を選んだ南宋三忠臣の一人に数えられる国民的英雄です。 -
龍門をくぐり、後ろの明倫堂を見て行きます。
-
明倫堂の中には大きな孔子の絵が書かれています。
-
明倫堂の裏側に向かいます。
鰲頭の石柱があります。ウミガメの頭という意味ですが、女性が乗って記念撮影してますけど。。
そして奥の門の中は超山書院と呼ばれる書院区域なのですが、今は科挙の博物館に成っています。 -
徐継ユの石像と超山書院と書かれた門。
徐継ユ科挙に通った山西省の人で清末の名臣にして学者。林則徐と一緒にアヘン撲滅に動いた人。 -
一番奥に尊経閣があります。
もともとは蔵経楼の名前だったのですが、明開国時の宰相劉伯温が帰省した際に祖先を弔うということで、名前を尊経閣に変えたのだそう。
今は科挙博物館の展示室になっています。
とにかく上にあがります。
ばかと煙は。。。。ですな。 -
尊経閣からの景色。黒い屋根が目立ちます。
-
さらに裏がわの城隍廟街を見渡します。
-
階段を降りて先ほど上から見下ろした城隍廟街を目指して行きます。
-
九龍壁の案内板があったので、そちらに向かったのですが、途中から、九龍壁の文字がなくなってしまったので、あきらめて北側を目指します。
-
出口の門の前にある壁。
孔子が弟子に教えている様子の壁画が埋め込まれていました。 -
城隍廟街側の門まで来ました。
文廟学宮の額を掲げています。
歩いて城隍廟を目指します。 -
文廟の門から1、2分歩いた所に立派な門があります。
城隍廟です。
ここも共通券で入れます。 -
城隍廟は他の街にもたくさん残っている、都市の守り神です。
ここは保存状態の良さもさることながら、この敷地内に城隍廟、財神廟、ザオ(火へんに土)君廟がある貴重な道教寺院です。 -
十二支の彫刻が並んでいます。
下の獅子の口から水が出ていて、自分の干支のところで、手を洗ってから参拝に行くのがルールのようです。 -
昭格楼に出ました。
ここをくぐって境内に入ります。
この建物右側に -
鐘楼、左に
-
鼓楼がくっついて立っています。
-
そして裏に廻ると、舞台になっていました。
舞台の向かい側には、 -
城隍廟主殿が建っています。
-
城隍廟主殿の中には権力者の視察の風景と思われる壁画があります。
-
主殿が表向きの建物、裏が生活空間という中国寝殿の建築方法にならって城隍廟は作られています。
奥にあるこの建物は寝宮。
清の咸豊年間にここ城隍廟は大火災に見舞われましたが、その後に建てられた建物。 -
2階に上がると、城隍とその奥様が祀られています。
-
神像の後ろの壁画は清代の物で特色がある壁画です。
-
寝殿から本殿の屋根を見たら、騎馬の像らしきものがてっぺんに並んでいるのが見えました。
寝宮に隣接する真武楼を目指します。 -
2階真武楼、1階が財神殿になっています。
真武楼は道教のお堂で、北を携わる玄武を祀っています。
1階は言わずと知れた金儲けの神様。 -
財神殿の出口の通路をまたいで舞台があります。
ここでは清代の劇が上演されていたようです。
城隍廟を後にして日昇昌に向かいます。 -
でもその前に、時間がすでに1時45分。食事とらなきゃ。
城隍廟の門を出た所にある清雲飯庄で食事を取る事に。 -
今年の夏は日本も酷暑でしたが、ここ山西省も異常だとみんなが言うほどの暑さです。
という言い訳をしておいて、
昼間からビールをこの日もいただきました。
前日夜も飲んだ杏花村ビールを注文。 -
水煎包、キクラゲと長芋の炒め物を注文。
水煎包は肉まんを焼いたもの。
味はなかなかでした。キクラゲと長芋の炒め物はあっさりとしていました。 -
改めて日昇昌に向かいます。
城隍廟街を歩いて南大街に向かいます。 -
南大街に出てきました。
みんな日陰を歩いていて歩行者が偏っています。 -
市楼までやってきました。
上に登る事ができます。ここは切符の購入が必要。5元です。 -
この細い階段を上がります。一人分の幅しかないので、上から降りてくる人がいなくなるまで、待たなくてはなりません。
-
上に上がってしまえば、ここ市楼は平遥古城の真ん中にありますので、景色がよく見えます。
これから向かう南大街の北側を望みます。
ほら!みんな日陰を歩いてる!! -
市楼の2階に菩薩像が納められていました。
平遥の街の守り神ってところでしょうか。 -
市楼に上がってきたのは景色を見るのが目的。
東西南北4方向見ておかないと。
今歩いてきた南側南大街。遠くに南門迎薫門の櫓が見えます。 -
屋根瓦がぎっしり。古い家を守ってきている街です。
-
菩薩像の裏側には、関羽像があります。
-
再びこの細い階段を降りて市楼を後にします。
-
日昇昌に到着。朝一番に来たけど、チケット売り場が分からずに立ち去ってから、半日経って再びやってきました。
ここも150元共通チケットで入れます。 -
ここは票号の跡。
票号とは銀行の前身といえる、私的な金融機関。
ここ日昇昌は1823年に操業した中国最初の票号。 -
デザインされた墨がおいてあります。
当時字を書くには墨をするしかなかったんですよね。 -
蝋人形で当時の受付を再現してあります。
ガラスに人民元が散乱していますが、これは中国人観光客が投げ入れたもの。お金が稼げますようにという願掛けのようです。
僕は当然お金を投げ込んだりはせず。もったいないだけじゃん! -
奥の部屋に床に穴があいています。ここが金庫。
階段があるのか、ふたをあければ金庫なのかは不明。
まぁ階段があって地下に続いているのが普通じゃないかなぁ。 -
他の住居同様奥に長く続く建築方法です。
-
左側の建物ですが、帳房。
銀銭の出納を管理していた部署。
基本、責任者1、副責任者1、手伝う人が2の計4人の部署だったようです。 -
中は。。。。
これ事務所? -
信房。
手紙の管理、人事の管理をした場所。 -
奥行きが全然ない部屋でした。
でも置いてある調度品は見事でした。 -
奥の部屋に古いそろばんがありました。
やっぱり金融機関! -
一番奥の中庁に来ました。中に入ります。
ここは大口のお客様と商談したり、接客したりした場所。 -
中庁に入ると、まず目に付くのが見事な絵の屏風。
これ大理石かい?ひょっとして?? -
横の壁際に羅漢床とよばれる休憩所がありました。
大口のお客さんの休憩所になったり商談の場所になりました。
ベッドの様に横になる事も出来る設計になっているので、重宝したとか。 -
反対側に蝋人形で羅漢床を使用している様子を再現してありました。
なんとなく雰囲気は味わえます。 -
中庁の裏側に出口があります。
裏を見て行きます。 -
一番手前左側の部屋は厨房です。
杵や土瓶、壷なんかや -
セイロ、茶碗などが展示されています。
-
そして客間。ガラスケースの中に中国式の扇子や本などが展示されています。
-
奇麗な絵の書かれた壷などが置かれています。
-
一番奥の建物は後庁。
祭日にお客さんと過ごすのに使われた部屋です。
ここも蝋人形で様子を再現しています。
こっちが日昇昌の人、 -
こっちがお客さんって感じですかね。
-
日昇昌の印鑑が展示してありました。
-
車。
偉い人が乗るもの。まぁ今でいうところのレクサスかベンツってとこですか。
車の中は変化ないから、乗り心地とかは関係ないよね。ってことは
「おれは偉いぞ、金持ってるぞ」のアピールを外にしたものってことだ〜! -
南庁。
市内の大きなお客さんへの融資や両替などを責任を持っていた部署があった建物。
現在は票号の歴史、発達を紹介した展示室になっています。 -
清の時代まではここ山西省が経済の中心で発達していました。
だからここ平遥古城のような立派な街ができたのです。
ところが、清末から中華民国時代に外貨が入ってきた東側沿岸部に経済中心が移ります。代表が上海ですね。
山西省は経済的な地位を失い、貧しい地方代表に転落します。だから、お金のかかる建て替え、改修が行われなかった平遥の街が明清代の様子を残して現在に至って居るのです。
つまり、票号も清末から中華民国時代に衰退し、1920年代にはみな倒産してしまっています。 -
さて、共通券で見れる史跡も見終わりましたが、時間はまだ3時半。
清虚観を見に行くことにしました。
裏道を通りながら、東に向かいます。 -
観光整備された場所を出ると東大街は車も入れる場所になりなんとなく生活臭を感じる事ができます。
-
清虚観に到着しました。
ここは道教のお寺です。
ありゃ?ここも共通券で入れるや。ここで切符購入も可能です。
山門をくぐって中に入ります。 -
中に入ると花虎殿があります。
元代の建物です。
日本のお寺のように入口の左右に力強い木像が立っています。 -
日本では金剛力士像ですが、ここは
この左側が青龍 -
右が白虎。
威風堂々としてますなぁ〜。 -
結構広い境内です。
-
純陽宮です。
この前にいる石造獅子が非常に有名。 -
元代に作られたメスの獅子と
-
雄の獅子。
-
そして三清殿。道教のお寺の本尊はここ。
-
そして後ろにあるのは真武窟。
ここは後院にあたります。 -
神像が納められています。
ここまでで道教のお寺参観は終了。 -
ここ清虚観は平遥県総合博物館になっているので、展示物を見て行きます。
道教の人物を彫った木像があります。
これは東岳泰山の神位像。 -
唐代の石碑が残っています。
陀羅尼経憧。 -
仏様の生首が!
-
人形を利用して晋劇(当地山西省の劇)を紹介していました。
時間があったら晋劇みたかったなぁ。
っていうか、これ見るまで存在を知らなかったので、上映時間を調べたり、全くしていませんが。m(。≧Д≦。)mスマーン!! -
東門、親翰門です。
ここから城壁の外を廻ってみたいと思います。 -
しばらく東環城路を歩きます。狭い上に車も通るので、注意が必要です。
定間隔で櫓が有ります。 -
城壁から堀が少し離れる場所から城壁の下を歩く事が出来ます。
堀までの間は公園のように整備されています。 -
城壁に近づくと、やっぱり作ってから時代が経っているんだなぁと感じさせられます。
ほらひびが上からしたに‘ビシぃっ’と入っています。 -
ん?ひょっとしてレンガ落ちてくる事があるのか?
ここは危険、近づかない事。
と書いてある。 -
北東隅櫓、角楼まできました。
-
平遥古城の北側は緑化がされていて、写真撮影にも便利。
-
三脚使ってゆっくりと撮影出来ました。
-
西方面はこの時間もろに逆行。
なら東側を向けば順光で撮れるよね。当然。 -
北門拱極門に到着しました。
ここで城内に入り、雲錦成民俗賓館に荷物を取りに行きます。 -
北門付近の東環城路は歩道も車の駐車場になっているので、城壁を見るなら、堀の中を歩いた方が安全です。
-
北門、拱極門です。
まっすぐ入る道もありますが、堀の方に降りて中に入るように成っていて、南門迎薫門とは違った構造です。
堀の方に降りてみます。 -
堀に降りてきました。水面より上の部分に橋がかかっています。
本来はここを通るのが本当なのかなぁ。 -
上の写真で左側から入口があります。
-
下から見上げた拱極門。上に登ります。
-
城内に入りました。
あれ?人影がある。上がれるのか?
登り口まで行ったら、チケットを見て係員の人が一言。
「もう、上がってるね?」
「南門と北門どちらかで一度ですか?」
「そう言う事なんだわ」
「こりゃまた失礼しました。」
ってことで退散しました。 -
北大街に出てきました。南大街と比べると幅は細いです。が、生活感の強い通りです。
-
途中おもむきのある裏門がありました。
-
雲錦成民俗賓館に戻ってきました。
-
荷物受け取るのも大事だけど、まずはバーで水分補給を。
-
スプライトと鉄観音を注文。ゆっくりと水分補給して時間をつぶします。
と言っても1時間が限界。17時半に成った時、荷物を受け取り、ホテルを出ました。
列車は20:28発。まだ時間あるよね。 -
歩いて駅に向かいます。
目指すのは西門、風儀門。 -
風儀門も先ほど通った北門拱極門と同じで堀に降りてから出入りする作りでした。
-
この時間西側の城壁は順光ですごく奇麗に撮れました。
堀も城壁もまっすぐ! -
古城を出て新市街に出てきました。
下西関大街です。 -
下西関大街は途中から歩行者専用道路に成っています。
-
下西関大街と順城路の交差点にきました。
うん。ここは間違いなく繁華街。 -
あ!ディコスがある。夕食ハンバーガーでもいいかなぁ。
実は今回日本に帰った時に地元で知り合った女の子がマクドナルドファンみたいで、マックに行ってね。って言ってたなぁ。
マック探して夕食の写真撮ったるか。と思い、マックを探す事に。 -
風儀門から歩いて15分ほどで平遥駅に到着。
ひょっとしたらと思っていたのですが、残念ながらマクドナルドは見つからず。
その後30分ほどマック探してさまよったんですが、結局見つからず。
時間も6時半になったので、待った無し!
ディコスに入る事に。 -
チキンサンドとポテト、ペプシコーラのセット。
普通ですね。もうちょっと違うの頼めばよかった。
ゆっくり食事して7時半になったので、駅に向かいます。 -
平遥駅の待合室。北京行きの列車が1時間半も遅れていたので、人がめちゃくちゃ多かったです。
その影響か僕たちの列車も25分の遅れ。 -
1486次成都→太原の普通快速列車で終点太原まで向かいます。
平遥から1時間半の乗車です。 -
今回乗ったのは硬座。普通の座席車です。向かい合わせのボックスシートだから足周りが狭いんですよね。
-
太原到着は10時25分。予定より30分遅れ。
-
太原駅から初日に泊まった太原三晋国際飯店に歩いて向かいます。距離約1キロ15分です。
この日はすでに夕飯も食べたので、部屋ですぐ睡眠に入りました。
翌日は東京に戻ります。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
225