2013/08/16 - 2013/08/16
21位(同エリア133件中)
ぱっしょんKさん
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私、ぱっしょんKは急遽7月10日にて中国勤務を解かれました。
そして7月末にアメリカ赴任を言い渡され、7月末にアメリカに渡ったのですが、ビザの問題が発覚し日本に戻って待機することに。
急遽無いはずだったお盆休みが降って湧きました。
ならば、引き続き、中国の世界遺産巡りを継続しようということに。
もともと10月国慶節に行く予定だった山西省の五台山と平遥に行く事に。(大同も行く予定だったのですが、どう時間を調節しても時間が足りず諦める事にしました。)
ただ行く事に決めたのは1週間前。すでにエコノミーの安いチケットは無かったのですが、ラッキーなことにJALのビジネスで6掛けのチケットを発見!
最新鋭のボーイング787のビジネスクラスで東京中国往復することになりました。
さてこの旅の予定
8/13 日本航空 JL021 東京羽田→北京
中国東方航空 MU5296 北京→太原
太原三晋国際飯店
8/14 長距離バス 太原→五台山
羅コウ(目へんに候)寺、顕通寺、塔院寺、菩薩頂、万佛閣
台山友誼賓館
8/15 望海峰、碧山寺、鎮海寺、南山寺、普化寺
K603次列車 五台山→平遥
◎ 8/16 平遥古城
喬家大院,鎮国寺
平遥雲錦成民俗賓館
8/17 双林寺,王家大院
1486次列車 平遥→太原
太原三晋国際飯店
8/18 中国東方航空 MU5293 太原→北京
日本航空 JL022 北京→東京羽田
毎度のことですが、この予定通りにはなっていません。今回は特に思いつきで変更しています。あしからず。
では移動2日、世界遺産五台山2日、世界遺産平遥2日の旅スタート!!
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
K603次快速列車は定刻5:18に平遥駅に到着しました。
寝ている間に遅れを取り戻していました。 -
K603次快速列車は北京から遠城までの運転です。
駅を出て、インターネットで予約してあった翌々日の太原までの列車の切符を受け取って、平遥古城に行こうかと思ったところでちょっと考えました。
「ホテルにはまだ行けないから、荷物しょったままか。今日の午後は平遥の北東を明日は南西を見に行く予定だったけど、この日に車をチャーターして一気に回れば、荷物も車に預けておけるし、そっちのほうがいいな。」と思いつき、予定全面変更に。
早速タクシーの運ちゃんと交渉。
一日チャーター、双林寺,王家大院、喬家大院,鎮国寺を回って500元で決定。
まずは王家大院に向かって出発です。 -
高速使って1時間少々。
王家大院に到着です。
開場時間は7時半。車の中で少々睡眠。 -
7時半になり入場!入場料は53元。東門から入って行きます。
-
入ってすぐ右に道があります。レンガの壁が続いています。
この奥には王家大院の事務所があります。もちろん旅行者は関係ない場所です。
ここ王家大院は太原王氏一族の邸宅です。
今、高家崖と後から行く紅門堡2つで構成されています。 -
敦厚宅入口の向かいにある照壁。
魔物がまっすぐにしか行けないとの言い伝えからある魔除けです。
獅子と真ん中に鞠がある面白いデザイン。 -
東門に一番近い邸宅が敦厚宅です。入って行きます。
-
四合院形状の邸宅です。中庭を家が囲みます。
-
一番奥が一番大きい建物になっています。
-
入口のところに戸外と戸内にまたがった蓮の絵があります。
-
中に王家大院の模型がありました。
上が今居る高家崖26の住居区画に218の部屋、手前の紅門堡は28の住居区画に834の部屋があります。
この両方ともが姓王さんが住んだ家です。
さらにこの家がみな明、清代の建物。 -
部屋の奥に扉が有って中にも部屋があるようですが、解放はされていません。
まどにはめ込まれている絵が素晴らしい出来です。 -
順路は外にある階段を登るようになっています。
階段を登ると、 -
上の区画、子喬閣に出ます。
階段が続いてるということは、下の敦厚宅に住んでいた王さんと近い血縁の王さんが住んでいたんじゃないかなぁ。 -
改めて、子喬閣です。
1階の部屋を見て行きます。 -
暑さ対策なのかなぁ?レンガを積み上げて作ってある狭い部屋です。ここは応接室のようです。
-
客間なのかなぁ?ベッドと椅子があります。
-
娘さんの寝室ではないかと思います。
赤い飾りは新婚さんか娘さんの部屋。 -
居間です。
一段高いところに靴を脱いで上がってくつろぐのですが、一段低いところにお湯を湧かせる小さな竃があり、そこの熱が下に行く暖房、オンドルの役目をします。
山西省の冬は寒いですからね。 -
外にでると2階に続く階段がありますが、その下に食事を作る為の竃がありました。
階段をあがります。 -
二階に上がりました。
木本水源の額縁が。 -
木本水源とは木の根、水の源転じて『事物の根本』の意味です。
中に神様が納められていますが、ひょっとすると王さんの祖先のだれかかも。 -
屋根が特徴的です。たぶん奥側は別の区画なのでこんな形になっているんじゃないかなぁ?
-
裏から出ると別の区画、東園院。高家崖の一番北の区画です。
ただし、クローズド! -
石造りの壁の間を細い道が通っています。
これが、なかなかいい味出してます。 -
東園院の隣、中園院。
ここも残念ながら中は非公開です。 -
中園院の前の道は扉のある壁で遮られています。
ここを抜けると、 -
右手に西園院が出てきます。ここも非公開ですので、左に曲がり、順路に従い、南に向かいます。
-
すると祭祖堂があります。
文字通り、祖先を祀った建物。 -
中にはここに住んでいた静升王氏の家系図があります。
こちらは1代から11代まで、 -
そして11代〜17代まで。
ちなみにここ高家崖は第17代の王汝聡、王汝成兄弟が嘉慶元年(1796年)至嘉慶十六年(1811年)まで修築したものが残っています。
今は国からお金をもらって、一族みんな引っ越したそうです。 -
清代に外商をやっていた王謙受。
元代に豆腐を作って販売していた王実。
王謙受の弟、王謙和。兄同様外商をやっていました。
この3人が祀られています。きっと、商売成功した3人なのでしょう。
いやー庶民的な遺跡です。 -
と思って凝瑞居まで来たら、思いがけなくとんでもない歴史の表舞台に関係した部屋とベッドに出くわしました。
1900年中国北京付近では義和団事件という大事件が起こります。
義和団という秘密結社が扶清滅洋を合い言葉に当時中国にやってきていた外国人の排斥を始めます。こりゃいい!とそれに乗っかって清朝はイギリス、フランス、アメリカ、ロシア、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリア、日本の列強に戦線布告をしました。
8カ国に義和団も清軍も蹴散らされ、8カ国連合軍は北京にせまりました。
その時、実際に政治を執り行っていた、西太后、皇帝の光緒帝たちは西安に向かって脱出します。
その途中、8月23日に皇帝、太后さまご一行はこの王家大院に宿泊しました。
そしてこの黄色い布で飾られたベッドを西太后が使用したのだそうです。
ご一行は2日間ここに滞在し、さらに西へと逃げて行ったのです。 -
隣の部屋が居間になっていますから、こんな質素な部屋で西太后はくつろいだのかなぁ?
想像をかき立てます。 -
帝王と牛とそれに乗る人。
なんかの故事かなぁ? -
これも内容は?ですが、見事な彫刻です。
-
上に上がる階段の手すりですが、一番したは猿。隣に逆立ちした猿もいます。
そして獅子、鯉を抱えた子供、一番上は獅子。
みんなが触るので黒光りでテカテカ光っています。 -
ここも1階の部屋は天井が丸い。
飾ってある壷の絵が素晴らしいんだけど、ちょっとみえないかなぁ。 -
西太后の泊まった家の門。
字読めない。。。(ノω・、) ウゥ -
こんな木彫が残されています。
これがまた見事。 -
出口のところにある鶴の彫刻。
何度もいいますが、ここは一般家庭の家。いや〜裕福な一族ですね〜。
(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン -
厨院まできました。
ここで皆さん食事をしていたのですが、内3つ、外4つの門があり、人の身分で通る門が違いました。さらに食堂は上中下3つの等級に分かれていて違う身分の人は食べるのも出入りするのも完全に分けられていました。 -
厨院の部屋。
ここで食事を取っていたのでしょうか? -
今回は裏側から見てきましたが、ここから入るのが本当。奥に小さな祠があります。
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凝瑞居の入口の正門。
その手前左に養正書塾があります。 -
養正書塾。
ここは凝瑞居の若い子息が勉強した場所。 -
質素ながら豪華さのある建物。
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中を覗くと四角いテーブルと椅子。
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反対側に一段高いところが。
ここは先生の席なのかなぁ? -
入口正面には掛け軸があります。
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養正書塾の向かい側には2階建ての大きな家が。
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中は書籍が納められる部屋のようです。
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凝瑞居の残りの建物を見て行きます。
この建物は敬業堂。中には王家の人が使った日用品が展示されています。 -
時代を感じさせる敬業堂の額と欄間にある見事な彫刻。これを見ながら中に入ります。
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いろいろな物が展示されていたのですが、僕のこころをがっちりつかんだのは、これ。
子供の陶器の人形のようですが -
胴が長いでしょ。
実は、これは枕です!
これじゃ頭が痛くて僕は眠る事ができないね。絶対に。 -
椅子や大きな壷。見るからに貴そう。
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凝瑞居の入口にある照壁。
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次に見て行くのは桂聲書院。
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この丸い門と奥の壁にある石彫が中国らしさを醸し出しています。
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桂聲書院には王夢鵬の書漆石刻がガラスに入って展示してあります。
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瞻月亭です。
月を見るための亭との名前。風流ですなぁ。 -
そしてこれが西門。ここを出ると高家崖の見学は終わり。
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橋が渡されていて、
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たもとに門が。
こちらが紅門堡。 -
紅門堡は高家崖よりも高くて頑丈な城壁で囲まれています。
この城壁の中も王さんの家。 -
門を入ると壁の間を細い通路が続いています。
まずは右側。 -
一番手前は徳馨軒。
額縁は徳薫。 -
門の奥にある壁は船遊びをする文化人。
左に折れます。
これもきっと悪霊が入らないためなのでしょうか? -
他の場所と一緒。四合院式の邸宅。
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高家崖の邸宅とちがって内門が狭いです。
中に入ります。 -
木造感がかなり強いなぁ。というのが第一印象。
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隣の縹ソウ(糸へんに相)居に行きます。澡身浴徳。と書かれた平屋。がありました。
中はちょっと飽きたのでスルー(つω`*)テヘ -
さらに隣の邸宅に進むと、2階建ての建物が並ぶ邸宅に到着します。
謙吉居です。 -
中庭に丸い円盤と針が。
-
日時計です。
-
表門から先ほどの通りに出ます。
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謙吉居の隣から北側に坂道が続きます。
似たような建物ばっかりで飽きた(すんません)ので、ここを登って早く城門へ行こう! -
と思ったら、右側に中華王氏博物館の文字が。
やっぱ見なきゃいかんでしょ。
ということで、立ち寄ります。
脇道に入って行きます。 -
この通りを一番奥まで入ります。
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一番奥は松竹院。
元々王爾敏の邸宅。
門の枕石にシルクロードの歴史が刻まれているそう。 -
門をくぐると内庭に王氏博物館の丸い石碑があります。
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松竹院は奥が2階建ての建物があります。
一階の額縁は事親守身。 -
中には太原王氏名賢閣と銘打って、ここに住んだ王氏の祖先、名士を展示紹介しています。
-
隣の邸宅も王氏博物館。
緑門院です。 -
緑門院の平屋建ては厚堂。
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ここも両脇、正面が2階建て。
展示は2階にされています。 -
二階の部屋は蔵讃閣。
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中には王氏秘蔵の書物が保管されています。
手に取ってみま・・・ -
ってのはできません。
この扉の向こうに保管されています。上の写真は枠の間の小さいガラス越しに撮ったもの。 -
緑門院の門から通りに出ます。この門には王氏博物館第二院の文字があります。
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第三院、景薫院に入ります。
この邸宅は私塾だったところ。 -
北側が先生の休憩所。職員室ですね。
南が学校です。
博物館終了。
上へ向かいます。 -
次の通りを入ったところにある蘭桂園に入ってみる事に。
-
建物、莱青山館の前に大きな庭園があります。
-
莱青山館の門に窓が有ります。
窓が有る門がそもそも珍しい。 -
正面が2階建て。
2階に入ることができますが、一階の門は全部閉まっていました。
2階に上がってみます。 -
莱青山館の庭は縦に長いことがよくわかります。
さっき通った門。あら、窓がハートの形してる〜!
建物はもういい!おなかいっぱいっす(-公-、) -
やっと城壁の上に出ました。歩いて一気に南に歩きます。
-
王さん家の反対側は緑、みどり、ミドリ!
-
さっき見てきた王さん家です。
全部ね(゚∀゚ )≡!
一番南の堡門まで来ました。そこからの景色。
下に降ります。 -
堡門に降りてきました。
中国の都市の門を思わせる立派な門です。
せっかくだからくぐってみよ! -
大きな照壁がありました。これで王家大院は終了。
見学時間は2時間!
9時半に次の見所双林寺に向かいます。 -
こんな並木道を車は1時間走ります。
景色が楽しめる道です。 -
双林寺に到着しました。
ここは、世界遺産平遥古城を構成している遺跡の一つ。
本筋ではない遺跡ですが、この旅2つ目の世界遺産に突入です。
立派な門から入って行きます。
参観料は40元。 -
ここが双林寺の山門です。
さて!気合い入れて参観するか!!
ここはなにより仏像が有名。撮影禁止だろうけど、隙みて撮らせてもらいます。
創建されたのがいつ頃なのか分かりませんが、南北朝時代の北斉期に修理した記録があるので、短くても1400年以上は昔に建てられたお寺です。 -
一番最初の建物は天王殿です。
他のところとちがうのは正面に面して四天王の像がならんで4体立っていること。 -
中に穏やかな表情の大仏がいらっしゃいます。大きすぎる上、近すぎるのでめくらシャッター切って写真を撮るのはこれがやっと。
この大仏はここに来たら必ず見上げてみるべきじゃないかなぁ。と思います。 -
釈迦殿。なかには釈迦牟尼像があります。
-
釈迦殿の裏に巨木があります。
唐の時代に植えられた木です。
高さ11メートルあるそうです。
この周りの建物から見て行きます。 -
まずは菩薩殿です。中に400ほどの仏像があり、真ん中一番の高座に座っているのが、二十六手観音像。
明代の物だそうですが、穏やかな表情がいいですねぇ〜。
やったぜ!めくらシャッター成功!
ありゃ〜!建物取り忘れちゃった!orz -
次の建物は大雄宝殿。
-
中には三身佛が鎮座しています。
建物の真ん中(写真は上の段手前)は釈迦牟尼。
こちらも明代に彫られた仏像です。 -
千佛殿。
中には500の仏像、韋駄天像と、 -
真ん中には観音像。
ありゃ〜!めくらシャッター失敗!!観音様の頭切れちゃった。orz -
壁面は小さな仏像でいっぱい。
ありゃ〜めくらシャッター失敗!!ピンぼけだ〜。orz -
では大雄宝殿の裏側に向かいます。
そこには娘娘殿があります。
娘娘(ニャンニャン)とは中国語でお母さんのことです。 -
子を送る母の故事を仏像で再現しています。
お母さんと、 -
送り出される子供を抱く女性。
この娘娘殿が一番奥です。裏に階段があって外壁の上を歩けます。
こんなチャンスに歩かなければいつ歩くの。。。。今でしょ! -
という訳で、外壁の上を歩いて山門の方に戻ります。
飛ばした建物があったので、そこに戻ります。 -
羅漢殿です。
表情がリアルな羅漢像がいらっしゃいました。 -
天王殿の裏側には獅子に乗る阿弥陀仏の彫刻があります。
彫刻を満喫して、午前中は終了。時間は11時半。 -
再び車を走らせ、平遥駅を通過して今度は平遥古城の北東に向かいます。
次の目的地は喬家大院。 -
運ちゃん御用達喬家大院の前にある正宗老喬家で昼食を2人で取ります。
うっかり外観撮り忘れちゃいました。
まずは冷菜 蕎面灌腸。そばとキュウリを醤油とごま油、酢で和えたもの。
この日も猛暑だったからこのつるつる入る食感がたまらなく美味しかった。でも中国でもそばって栽培してるんだ!!
聞けば山西省は水が少ない土地なので、昔から栽培しているのだそう。 -
喬家酥肉。
豚肉の唐揚げを酸っぱいタレに付けたもの。 -
地鶏をキノコのスープで煮込んだ物。
-
そして刀削面。
今日はトマトと玉子のたれでいただきました。
2人でビール4本のんだので、合計180元ほど。
ここのレストランはベッドがあって運転手さんの休憩場所にもなるとのこと。運ちゃん僕が戻るまで、ベッドを手配してもらって寝るそうです。
道理でビール、がっつり飲むはずだわ。 -
喬家大院に歩いて向かいます。この門をくぐって正門まで向かいます。この門はいつのものなのか、なんて名前なのか分かりません。正門まで露天が、
-
ず〜と並んでいます。
印鑑あったら作ろうかと思っていたんだけど、見つからなかった(-公-、)シクシク
木を目の前で削って売っているくし屋さんが目につきました。 -
狭い裏通りを通って行きます。
本当にこんなところに正門あるの?
と思っていたら、 -
正門に到着しました。入場します。入場料は40元。
ここは喬一族が住んでいた邸宅。
ただし、午前中の王家大院のように巨大ではありません。
ちなみにここは中国映画大紅燈籠高高掛(日本公開の名前は紅夢)の撮影に使われたところ。
大学生の時に名古屋で片思いの同級生とこの映画見たなぁ。甘辛い思い出が浮かんできます(苦) -
入ってまっすぐに延びる道の左右に第一院から第五院が並んでいます。
まずは大夫第、第一院を見学します。 -
大夫第を入った正面に福徳祠という祠があります。
福徳祠の中には神念があるそうです。だから仏像や神像のたぐいは有りません。 -
福徳祠の隣に母不敏と書かれた建物があります。
ちなみに喬氏は代々有名な山西商人。特に有名なのが3代目の喬致庸。たしか小説喬家大院の主人公だった気がします。 -
百家姓家訓館というのがあります。
中国の姓を紹介していて、さらに各家の家訓の紹介がされています。
中国で今、多い姓は劉、王、張が1、2、3位です。
入口横には喬家家訓と商訓が出されています。 -
瓊閣という建物が一番奥にあります。
覗いてみると、 -
喬家の遺産、壷や太湖石、家具などが置かれています。
見れば分かる、この家の人絶対に金持ちだ!! -
瓊閣の前にある建物。一番手前の家は男性のお客の客間です。
-
中国式ベッド。
-
そして調度品が。
壷の間に時計が置いてありました。
これ欲しい!今使ってたらおしゃれだぞ!あれは!! -
その反対側は、喬英南の住んでいた部屋。
-
おぉ(゚ロ゚屮)屮
立派な部屋だこと。奥もテーブルがあるようです。
っことは寝室は別に有ったてことか。 -
門のすぐ横、ここは女性の食堂。
下働きの女性たちはこちらで食事を取ったのです。 -
そして、門の反対側には日会所というところ。
蕎家は7歳以上になった男子は一カ所で食事を取る決まりだったのです。
ここで男子が集まり、食事を取ったり、お話したりしたところ。 -
こちらは乳母、女中の居間だったところ。
それでも家具は結構立派な気がします。 -
こちらは喬景巌の使った書斎。
喬景巌は医学の本を好んで読んだそうで、漢方薬用のタンスがあります。 -
そして書斎の隣は喬景巌夫妻の居間。
靴を脱いでくつろぐ場所。 -
調度品の数々。ここにも振り子時計が。
-
赤い壷とかがみが目を引きます。
-
さらに奥に進むと、喬景巌の父親喬致庸の部屋
-
要するに主人の部屋ってことですね。
奥に入って行きます。 -
さすが!1ランク上の調度品や、
-
家具が置かれています。
-
ここでくつろいでたんですねぇ。
今も昔もお金持ちはゴージャスですなぁ〜。 -
小さな通り道がありました。農俗と書かれた額が掲げられています。
-
ここをくぐると、厨房など裏仕事をする場所があります。
石臼があります。この形ってことはそばを引いたんじゃないですかね? -
喬家の人が使った車もガラスケースの中に展示されています。
-
そして大厨房があります。
山西省は麺が主食。セイロが目に付きます。
喬家の人々の食事は蒸す料理が多かったんでしょうか?
さぁ大二院に進みます。 -
大二院、敦品第。
では見学します。 -
こちらは門をくぐるとはっきりとした四合院式の邸宅になっています。
-
奥に進むと、一番奥に建物があって横の建物は長屋に成っています。
一番奥の職恩居に入って行きます。
すると、げ!中撮影禁止になってる!!
でも家具と調度品があるだけだから、あんまり絵変わりしないからいいけどさ! -
職恩居を抜けると
あら!隣の家にでちゃった!
額には追思と書かれています。
この提灯、映画紅夢の影響かなぁ。 -
立派な彫刻がされた木の門がありました。
ここをくぐって、 -
次の石門をくぐると、第三院に突入。
-
ここに映画紅夢のセットが展示されています。
居間。 -
木の屏風。
-
奥に机や椅子など。名作だけに中国の人たちも見る姿が真剣。
-
この区画一番奥の建物は、静宜。
-
この中には喬家の人たちが使っていた陶器がケースに入れて飾ってあります。
-
壷や花瓶ばかりではなく、関羽など神様の姿が。
-
さらに映画に使った小道具が展示されています。
部屋に掛けてあった絵 -
そして掛け軸。
映画のシーンが浮かんできました。なぁんてね、あんまり覚えてないのよね。。 -
第三院は芝蘭第と名付けられていました。
-
大四院、?????なんて読むんだ?
解読不能。
中に入ります。 -
門を入って右手に省文箴と書かれた亭。そして省文箴という石碑があります。
-
学喫虧という小さな門があります。
-
門の左側に蝶と獅子の彫刻があり、
-
右側には鳥の彫刻があります。
-
一番奥の建物頤清斎を見学します。
-
中には奇麗な絵の書かれた木でできた屏風があります。
しかし、この絵はなかなかすごいです。
写真撮影禁止になってますね。(苦) -
正面に同じ材質に同じ絵の描かれたタンスとその中にいろいろな陶器が展示されています。
-
入ったところの正面にある絵もこれまた素晴らしい。
-
赤提灯が並んでいます。
一番手前左側の部屋の入口上には -
彫刻が施されているんですが、線路と汽車の絵が特徴的。
-
第五院、中憲院に向かいます。
-
門を入ってすぐあるのは在中堂。
-
奥にどんどん建物が続きます。
-
商務本部。喬家は山西商人の家ですから、仕事の事務所も当然ありますわね。
-
第五院の奥に来ました。
一番奥は喬景儀の居間。
喬景儀は喬致庸の次男。 -
1階入って左側が書斎、
-
真ん中が居間?客間?
-
右側が寝室。
-
第六院、額縁に描かれた文字は鐘霊リュウ(毎へんに流のつくりの部分)秀。
中に入ると、 -
ここは喬家大院の庭園。
-
橋と池、太湖石の山、景色を楽しむ亭。
中国の庭園様式の作り方です。
喬家大院の見学は終了。
歩いて先ほどのレストラン正宗老喬家に戻ります。
運ちゃんに電話して起こして、この日最後の見学ポイント鎮国寺に向かいます。 -
世界遺産平遥古城構成遺跡鎮国寺です。
入場料は30元。
ここのお寺は五代十国時代の北漢時代に建てられたお寺。1050年の歴史があります。 -
まずは他のお寺同様天王殿から見て行きます。
-
右手に南方増長天、東方持国天の2体が、
-
左側に北方多聞天(毘沙門天)、西方広目天が居ます。
-
天王殿の裏から出ると奥に万佛殿が見えます
-
古木があります。
樹齢は1000年。 -
万佛殿の中に入ります。
ここの仏像は北漢時代の仏像が残っていてすべてが貴重な物。 -
万佛殿の壁は仏様の絵でいっぱいでした。
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万佛殿を出て建物の左側から奥に進みます。
-
この丸い入口の門が中国っぽい。
ん?このコメント上の方でも書いたな。。。 -
建物の屋根の下に龍と仏様の絵。
-
万仏殿の裏側この中に。
-
観音菩薩がいました。
-
観音像が眺めているのが三佛殿。
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布袋さま発見。専用の部屋が用意されてるじゃん。
-
素晴らしい壁画がありました。
八相図というそうです。お釈迦様の一生が描かれています。
描かれたのは清の時代。 -
三佛殿の中にある三身佛。これは明代の物。
-
三佛殿は普通なら立像があるところが、絵に成っていて面白い建物です。
-
三佛殿には2階があるので、上からお寺の外が望めました。
外はトウモロコシ畑が広がっています。 -
地蔵殿。
地蔵様はここ中国では閻魔大王と同一人物。 -
中にいらっしゃるのは地蔵佛。
天国に私を行かせてください。
ぱっしょんK?お前は地獄だ!!
ウ・・・━━(。-ω-)ウワ━(。・ω・)ァァ━・゚・(。>ω<)・゚・━━ン!! -
そして観音殿。ありゃ残念。開いてないのね。
-
石碑がまとめて奉納されている建物がありました。
-
鎮国寺山門の前が庭園にあります。
平遥郊外の観光ポイント巡りは終わりです。
運ちゃんにお願いして平遥古城に向かいます。 -
平遥古城の中心部は歩行者天国で車は入れません。
東大街で降りて歩いて、平遥雲錦成民俗賓館に到着しました。
入って行くと、
あ!フロントは反対側の建物です。 -
と言われ、向かいの建物に向かいます。
ここは最高級5つ星ホテル。 -
フロントです。
またバーのカウンターでもあります。
後ろの棚にお酒が並んでいます。
チェックインをして、部屋に案内してもらいます。
部屋は最初に行った建物の方。 -
3枚上の建物の裏に回ると、
ありゃ?今日たくさん見た邸宅そっくり!
この入口みたいなの、門です。ちなみに右側一つ目一階の窓が僕の泊まった部屋。 -
門をくぐると、中庭になっています。
ここを右に曲がるとドアが。 -
部屋です。
中国の昔の家の部屋風になっています。
デラックスルーム585元/泊。
この雰囲気のベッドは初めてです。 -
五つ星ホテルですから、バスルームも立派。
ただし、バスタブはなし。 -
陶器の洗面台。
-
部屋にあるポットも陶器。
調度品のレベルも一段上。 -
日も暮れました。食事に行きます。
ホテルの中庭は赤提灯がぶら下げられていい雰囲気を出しています。 -
ホテルの向かい側にある当地料理レストランがあります。
写真撮ったから、お店の名前控えてなかったんですが、飾りに隠れて見えへん!
とにかくここで夕飯を取ります。 -
刀削面と高菜と玉子の炒め物。
あとはご当地ビール、杏花村ビール。 -
夜景が奇麗でしたので、城内を散歩することに。
-
西大街を南大街の方向に歩いて行きます。
どの店もライトアップされていました。 -
南大街に入りました。ここはメインストリート。人通りも多いところでした。
-
平遥古城のシンボル、市楼もオレンジの色のライトでライトアップされています。
-
さぁ帰って寝よ。
ほぼ全店お店は開いていますから、ショッピングを楽しむこともできますよ。
翌日は平遥古城を見て回ります。
この旅行記のタグ
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