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今回のプラハの滞在は13年ぶりとはいえ4回目。ざっとめぐる感じで良いだろうと2日間の滞在にしたが、町を歩いていくとその街の美しさに目を奪われてしましい、やはり滞在日数は足りないと本当に後悔。初回の滞在では1週間プラハに留まったが、やはりこの街を堪能するには1週間くらいゆっくり滞在して楽しみたい。

4歳娘と二人でブダペスト、プラハ、ストックホルムの旅-7.プラハ城、小地区を散策

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2013/07/13 - 2013/07/20

5位(同エリア4529件中)

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worldspan

worldspanさん

今回のプラハの滞在は13年ぶりとはいえ4回目。ざっとめぐる感じで良いだろうと2日間の滞在にしたが、町を歩いていくとその街の美しさに目を奪われてしましい、やはり滞在日数は足りないと本当に後悔。初回の滞在では1週間プラハに留まったが、やはりこの街を堪能するには1週間くらいゆっくり滞在して楽しみたい。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
5.0
同行者
乳幼児連れ家族旅行
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩 飛行機
航空会社
中国国際航空 スカンジナビア航空
旅行の手配内容
個別手配
  • カレル橋を眺めながらマーネス広場をわたり、フラッチャニ、小地区へと向かう。

    カレル橋を眺めながらマーネス広場をわたり、フラッチャニ、小地区へと向かう。

  • 橋を渡った場所にある教会

    橋を渡った場所にある教会

  • ヴァルドシュティン宮殿の横の路地を緩やかに上がっていく。

    ヴァルドシュティン宮殿の横の路地を緩やかに上がっていく。

  • 小地区(マラーストラナ)と呼ばれるプラハの下町のまちなみ

    小地区(マラーストラナ)と呼ばれるプラハの下町のまちなみ

  • 小地区を徐々に登っていく。

    小地区を徐々に登っていく。

  • 趣のある路地

    趣のある路地

  • フラチャニ地区の麓まで来ると、急に坂道がきつくなる。

    フラチャニ地区の麓まで来ると、急に坂道がきつくなる。

  • 長い階段を上っていくと・・・

    長い階段を上っていくと・・・

  • プラハ城が目の前に現れたのが大司教宮殿。16世紀に建設され、1562年にフェルディナント1世がカトリックの大司教から購入したもの。

    プラハ城が目の前に現れたのが大司教宮殿。16世紀に建設され、1562年にフェルディナント1世がカトリックの大司教から購入したもの。

  • その横に巨大なプラハ城が横たわる。

    その横に巨大なプラハ城が横たわる。

  • プラハ城の衛兵。現在大統領の官邸もこのプラハ城内にある。

    プラハ城の衛兵。現在大統領の官邸もこのプラハ城内にある。

  • 第一の中庭の手前、入口には18世紀にプラツェルが作った巨人の像(複製)が。

    第一の中庭の手前、入口には18世紀にプラツェルが作った巨人の像(複製)が。

  • 第一の中庭。正面に見えるのが1614年に作られたマテアス門。

    第一の中庭。正面に見えるのが1614年に作られたマテアス門。

  • マテアス門を潜ると再び広場がある。それが第二の中庭。

    マテアス門を潜ると再び広場がある。それが第二の中庭。

  • この第二の中庭の右側に見える白い建物は聖十字架教会。そして正面の赤い屋根の建物が大統領官邸。大統領官邸をくぐっていくと、いよいよ聖ヴィート教会が目の前に現れる。それにしても大統領官邸を手で触ることもできれば、潜ることもできるってすごい!

    この第二の中庭の右側に見える白い建物は聖十字架教会。そして正面の赤い屋根の建物が大統領官邸。大統領官邸をくぐっていくと、いよいよ聖ヴィート教会が目の前に現れる。それにしても大統領官邸を手で触ることもできれば、潜ることもできるってすごい!

  • 聖十字架教会

    聖十字架教会

  • 1344年にカレル4世により建設が始まった聖ヴィート教会。元々この場所にはヴァーツラフにより建立された円形塔の聖ヴィート大聖堂があったが、これをカレル4世が大幅に改築したのだった。

    1344年にカレル4世により建設が始まった聖ヴィート教会。元々この場所にはヴァーツラフにより建立された円形塔の聖ヴィート大聖堂があったが、これをカレル4世が大幅に改築したのだった。

  • 圧倒的な迫力の内部

    圧倒的な迫力の内部

  • 美しいステンドグラス。

    美しいステンドグラス。

  • 思わずステンドグラスに目を奪われる

    思わずステンドグラスに目を奪われる

  • ステンドグラスの中にはムハ(ミュシャ)が手がけたステンドグラスがある。

    ステンドグラスの中にはムハ(ミュシャ)が手がけたステンドグラスがある。

  • ほかのステンドグラスと比べると圧倒的に異彩を放つ

    ほかのステンドグラスと比べると圧倒的に異彩を放つ

  • 側壁の作りも素晴らしい。

    側壁の作りも素晴らしい。

  • 教会の真ん中あたりで入場した正面入口を振り返る。

    教会の真ん中あたりで入場した正面入口を振り返る。

  • 1757年に作られたパイプオルガン

    1757年に作られたパイプオルガン

  • 1618年に作られた説教壇

    1618年に作られた説教壇

  • 美しい彫刻

    美しい彫刻

  • 美しい内陣

    美しい内陣

  • 祭壇

    祭壇

  • 正面の白い棺のようなものは王家の霊廟。1564年にフェルディナント1世が亡くなった際に作られた。

    正面の白い棺のようなものは王家の霊廟。1564年にフェルディナント1世が亡くなった際に作られた。

  • 聖ヴィート大聖堂の起源は、プシェミスル家の4代目、ヴァーツラフ1世により925年に作られたことによる。当時の大聖堂は円形塔の小さなものであった。

    聖ヴィート大聖堂の起源は、プシェミスル家の4代目、ヴァーツラフ1世により925年に作られたことによる。当時の大聖堂は円形塔の小さなものであった。

  • しかしその後スピチフニェフ2世により、こじんまりとした大聖堂は11世紀に大幅に改築された。

    しかしその後スピチフニェフ2世により、こじんまりとした大聖堂は11世紀に大幅に改築された。

  • 14世紀、プラハは司教区から大司教区に上げられる事となり、1344年にボヘミア王であり、神聖ローマ帝国の皇帝カレル4世の命を受けて現在のような更に大きな大聖堂へと変貌を遂げた。

    14世紀、プラハは司教区から大司教区に上げられる事となり、1344年にボヘミア王であり、神聖ローマ帝国の皇帝カレル4世の命を受けて現在のような更に大きな大聖堂へと変貌を遂げた。

  • その当時は現在の教会の入口でもあった二本の西塔はなかったが、19世紀の大改築により、ネオルネサンス様式の西塔が完成し、現在の姿となった。

    その当時は現在の教会の入口でもあった二本の西塔はなかったが、19世紀の大改築により、ネオルネサンス様式の西塔が完成し、現在の姿となった。

  • 19世紀の大改築にはミュシャも携わり、ステンドグラスの一部を完成させた。

    19世紀の大改築にはミュシャも携わり、ステンドグラスの一部を完成させた。

  • 1000年以上にわたり改築・改修が続けられ、ゴシック様式からルネサンス、バロック様式、そしてネオルネサンス様式などあらゆる様式が複合的に取り入れられた教会でもある。

    1000年以上にわたり改築・改修が続けられ、ゴシック様式からルネサンス、バロック様式、そしてネオルネサンス様式などあらゆる様式が複合的に取り入れられた教会でもある。

  • まるで蜘蛛の巣のような天井の作りと美しい壁画

    まるで蜘蛛の巣のような天井の作りと美しい壁画

  • 聖ヤン・ネポムツキーの墓。1736年に作られた。

    聖ヤン・ネポムツキーの墓。1736年に作られた。

  • 聖ヤン・ネポムツキー。頭上に5つの星が輝く。

    聖ヤン・ネポムツキー。頭上に5つの星が輝く。

  • 聖ヤン・ネポムツキーは、神聖ローマ帝国皇帝でもありボヘミア王でもあるヴァーツラフ4世と対立し、殺されてしまう。

    聖ヤン・ネポムツキーは、神聖ローマ帝国皇帝でもありボヘミア王でもあるヴァーツラフ4世と対立し、殺されてしまう。

  • その後彼は18世紀に成人として列せられる。

    その後彼は18世紀に成人として列せられる。

  • 聖ヴァーツラフ礼拝堂。チェコの守護聖人とのなっている聖ヴァーツラフとは、前述した、聖ヴィート大聖堂の礎を作った国王、ヴァーツラフ1世のこと。ヴァーツラフ1世が統治した10世紀のチェコではプシェミスル朝の基盤は磐石なものではなく、カトリックを受け入れてまもない頃だったので反対勢力も多かった。

    聖ヴァーツラフ礼拝堂。チェコの守護聖人とのなっている聖ヴァーツラフとは、前述した、聖ヴィート大聖堂の礎を作った国王、ヴァーツラフ1世のこと。ヴァーツラフ1世が統治した10世紀のチェコではプシェミスル朝の基盤は磐石なものではなく、カトリックを受け入れてまもない頃だったので反対勢力も多かった。

  • 935年、ヴァーツラフ1世は朝の礼拝のために教会に入ろうとしたところを弟のポレスラフの手下に襲われ、教会に逃げ込む寸前に暗殺されてしまった。その後ヴァーツラフ1世は聖ヴィート大聖堂に葬られた。

    935年、ヴァーツラフ1世は朝の礼拝のために教会に入ろうとしたところを弟のポレスラフの手下に襲われ、教会に逃げ込む寸前に暗殺されてしまった。その後ヴァーツラフ1世は聖ヴィート大聖堂に葬られた。

  • 差し込む明かりがステンドグラスを壁に映す

    差し込む明かりがステンドグラスを壁に映す

  • 聖ヴィート大聖堂の外壁。

    聖ヴィート大聖堂の外壁。

  • プラハ城の敷地内。遠目に聖イジー教会が見える。

    プラハ城の敷地内。遠目に聖イジー教会が見える。

  • 場内にはカフェもある。

    場内にはカフェもある。

  • プラハ城内にある聖イジー教会。教会の聖塔の大きさが違うのがお分かりいただけるだろうか。太い右側の塔が男性を表し、細い左側が女性を表す。

    プラハ城内にある聖イジー教会。教会の聖塔の大きさが違うのがお分かりいただけるだろうか。太い右側の塔が男性を表し、細い左側が女性を表す。

  • イジー教会のファサード

    イジー教会のファサード

  • 教会内部。教会はヴラティスラフ1世により915年から建設されたもので、プラハ城内で最も古い建築物の一つ。女子修道院も併設された。

    教会内部。教会はヴラティスラフ1世により915年から建設されたもので、プラハ城内で最も古い建築物の一つ。女子修道院も併設された。

  • 教会にはヴァーツラフ1世の祖母、リュドミラが埋葬されている。

    教会にはヴァーツラフ1世の祖母、リュドミラが埋葬されている。

  • 教会内部は、聖ヴィート大聖堂のように派手さはないが、厳かな雰囲気が漂う。

    教会内部は、聖ヴィート大聖堂のように派手さはないが、厳かな雰囲気が漂う。

  • 教会の絵画

    教会の絵画

  • 教会の塔

    教会の塔

  • 黄金小路へ

    黄金小路へ

  • 黄金小路は、17世紀にプラハ城内の小道に錬金術師達を住まわせたことにはじまる。当時の住まいの様子を再現している。

    黄金小路は、17世紀にプラハ城内の小道に錬金術師達を住まわせたことにはじまる。当時の住まいの様子を再現している。

  • しかし19世紀になると付近は貧困者が多く移り住み、犯罪者の巣窟になってしまった。

    しかし19世紀になると付近は貧困者が多く移り住み、犯罪者の巣窟になってしまった。

  • 錬金術師の生活の様子。地下にこのような部屋があった。

    錬金術師の生活の様子。地下にこのような部屋があった。

  • 小休憩。

    小休憩。

  • 貧困層の中には文豪で知られるユダヤ人のカフカや1984年にノーベル文学賞を受賞したヤロスラフ・サイフェルトも堕ちた「黄金小路」に住んでいたことがあったという。

    貧困層の中には文豪で知られるユダヤ人のカフカや1984年にノーベル文学賞を受賞したヤロスラフ・サイフェルトも堕ちた「黄金小路」に住んでいたことがあったという。

  • 黄金小路の二階部分には兵士の甲冑が展示されている。

    黄金小路の二階部分には兵士の甲冑が展示されている。

  • 当時のトイレ。

    当時のトイレ。

  • 所狭しと甲冑が。それにしても、こんな重そうな甲冑をかぶってよく戦えたものだ。

    所狭しと甲冑が。それにしても、こんな重そうな甲冑をかぶってよく戦えたものだ。

  • 恐らく19世紀?20世紀の当時の生活の様子を再現

    恐らく19世紀?20世紀の当時の生活の様子を再現

  • 22番地の建物にカフカが住んでいた。

    22番地の建物にカフカが住んでいた。

  • 黄金小路を娘も歩く。

    黄金小路を娘も歩く。

  • 現在の黄金小路はお土産店が軒を連ねており、おしゃれな街並みになっている。

    現在の黄金小路はお土産店が軒を連ねており、おしゃれな街並みになっている。

  • 娘も黄金小路がお気に入り。

    娘も黄金小路がお気に入り。

  • 黄金小路の建物は不揃いだが、そのアンバランスさが逆に調和を醸しだし素敵な街並みになっている。

    黄金小路の建物は不揃いだが、そのアンバランスさが逆に調和を醸しだし素敵な街並みになっている。

  • 黄金小路を抜けるとビュースポットがある。

    黄金小路を抜けるとビュースポットがある。

  • 聖ヴィート大聖堂のフライング・バットレスの横を抜ける。

    聖ヴィート大聖堂のフライング・バットレスの横を抜ける。

  • 横にこのようなぞうがあるとは。

    横にこのようなぞうがあるとは。

  • バロック様式の聖ヴィート大聖堂の鐘楼

    バロック様式の聖ヴィート大聖堂の鐘楼

  • 聖ヴィート大聖堂を囲うように作られた王宮

    聖ヴィート大聖堂を囲うように作られた王宮

  • 王宮のヴラティスラフ・ホール。騎士たちは騎乗のままこのホールに上り、室内競技大会が開かれたり、ハプスブルクの支配下では裁判所や国会が置かれたこともあった。また、1618年には100人以上のプロテスタント貴族が、横暴なハプスブルク家に抗議に押し寄せ、カトリックの国王参議官と秘書はここのホールの窓から放り投げだされた。彼らは15mも落下したが、幸い堆肥の上に落ちて助かったが、これが機にほぼヨーロッパ中を巻き込んだ30年戦争が始まった。

    王宮のヴラティスラフ・ホール。騎士たちは騎乗のままこのホールに上り、室内競技大会が開かれたり、ハプスブルクの支配下では裁判所や国会が置かれたこともあった。また、1618年には100人以上のプロテスタント貴族が、横暴なハプスブルク家に抗議に押し寄せ、カトリックの国王参議官と秘書はここのホールの窓から放り投げだされた。彼らは15mも落下したが、幸い堆肥の上に落ちて助かったが、これが機にほぼヨーロッパ中を巻き込んだ30年戦争が始まった。

  • 聖ヴィート大聖堂

    聖ヴィート大聖堂

  • 西塔は19世紀に増築されたものである。

    西塔は19世紀に増築されたものである。

  • プラハ城内を人取り見学し終わったあとに向かったのはストラホフ修道院

    プラハ城内を人取り見学し終わったあとに向かったのはストラホフ修道院

  • ストラホフ修道院に向かう途中にあった立派な建物。

    ストラホフ修道院に向かう途中にあった立派な建物。

  • 1140年に建てられたストラホフ修道院

    1140年に建てられたストラホフ修道院

  • ストラホフ修道院の内にある聖母マリア教会

    ストラホフ修道院の内にある聖母マリア教会

  • その内部

    その内部

  • ストラホフ修道院はプレモントレ会により建設されたが、プレモントレ会は学問を重んじ、修道院に二つの大きな図書館を作った。そのひとつが「哲学の間」。1779年に作られた。

    ストラホフ修道院はプレモントレ会により建設されたが、プレモントレ会は学問を重んじ、修道院に二つの大きな図書館を作った。そのひとつが「哲学の間」。1779年に作られた。

  • なんか勉強をしたい気持ちにさせる。

    なんか勉強をしたい気持ちにさせる。

  • 天井の美しいフレスコ画。

    天井の美しいフレスコ画。

  • こちらは「神学の間」。1679年に作られた。

    こちらは「神学の間」。1679年に作られた。

  • 別世界にいるような図書館の美しさ

    別世界にいるような図書館の美しさ

  • 「神学の間」は「哲学の間」と比べると天井が低い。

    「神学の間」は「哲学の間」と比べると天井が低い。

  • 図書館には17世紀に作られた天球儀が飾られている。

    図書館には17世紀に作られた天球儀が飾られている。

  • ヨーロッパ観が現れている地図

    ヨーロッパ観が現れている地図

  • プラハにはおしゃれな看板が多い。

    プラハにはおしゃれな看板が多い。

  • バイオリン屋さん?

    バイオリン屋さん?

  • 1626年に建立されたロレッタ教会。

    1626年に建立されたロレッタ教会。

  • ロプコヴィツ家のカテリーナにより建てられた。

    ロプコヴィツ家のカテリーナにより建てられた。

  • 教会は僧院に囲まれるように作られている。

    教会は僧院に囲まれるように作られている。

  • ひととおりプラハの街を見たあとに、美味しいビールを1杯!

    ひととおりプラハの街を見たあとに、美味しいビールを1杯!

  • チェコの家庭料理ポテトのパンケーキ、ブランボラーク

    チェコの家庭料理ポテトのパンケーキ、ブランボラーク

  • チェコ料理を楽しみたかったのに、娘はポテトに目を惹かれ、プラハでフィッシュアンドチップス

    チェコ料理を楽しみたかったのに、娘はポテトに目を惹かれ、プラハでフィッシュアンドチップス

  • プラハ城付近から見るプラハの街並み

    プラハ城付近から見るプラハの街並み

  • 小地区の街並み

    小地区の街並み

  • 3本のバイオリンの紋章のある有名な建物。

    3本のバイオリンの紋章のある有名な建物。

  • 小地区側の聖ミクラーシュ教会。元々13世紀にはゴシック建築の教会として建てられたが、1703年から現在のバロック様式に改修された。モーツァルトがここで演奏をしたことでも知られている。

    小地区側の聖ミクラーシュ教会。元々13世紀にはゴシック建築の教会として建てられたが、1703年から現在のバロック様式に改修された。モーツァルトがここで演奏をしたことでも知られている。

  • 街に音楽が溢れている。

    街に音楽が溢れている。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • yoyomaさん 2014/08/15 12:47:17
    はじめまして
    Worldspan様

    投票ありがとうございます。
    お二人の少し後に
    プラハを訪ねました。

    同時期に、違う歩き方をしておられ
    興味深く拝見しています。

    私も衛兵さんの写真撮影見逃したので、
    沢山撮っていらして羨ましいです。


    yoyoma

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2014/08/15 13:39:09
    RE: はじめまして
    yoyomaさん

    こんにちは。コメントありがとうございます。プラハやブダペストには学生時代の1995年以来何度も訪れていますが、いつ訪れても飽きることのない町で下の子がおおきくなったらまた娘を連れて行こうと思います。


    こちらこそよろしくお願いします。

    worldspan
  • yoyomaさん 2014/08/15 12:47:16
    はじめまして
    Worldspan様

    投票ありがとうございます。
    お二人の少し後に
    プラハを訪ねました。

    同時期に、違う歩き方をしておられ
    興味深く拝見しています。

    私も衛兵さんの写真撮影見逃したので、
    沢山撮っていらして羨ましいです。


    yoyoma

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