御影・灘旅行記(ブログ) 一覧に戻る
チベット高気圧と太平洋高気圧が重なったダブル加熱状態による炎暑が数日間続くとの予報を耳にし、暫し下界からの逃避行を企てます。避暑地の場所は、近くて遠い「六甲山」。そのプロローグとしては少し贅沢ですが、フランスの歴史とアートで心を癒しておきます。実は、兵庫県立美術館で「マリー・アントワネット物語展」と「奇跡のクラーク・コレクション」が同時開催されています。(2013年9月1日まで)<br />「マリー・アントワネット物語展」は、一巡するのに1時間強かかりました。パリ市立カルナヴァレ博物館やナポレオン財団の他、彼女とゆかりのあるフランス名門貴族が代々受け継いできた家宝を含む約120点の貴重な史料を通じ、彼女の面影を偲ばせます。絵画だけでもなく、細々とした装飾品ばかりでもなく、往時のドレスの復元品が飾られていたりで展示内容はバラエティーに富んでいます。また、子供向けの解説もあり、親子連れでも楽しめます。要領よく彼女の波乱万丈の生涯と18世紀のフランス文化の一部を垣間見られたという点で大満足です。何故、彼女はこれほどまでに日本女性に支持されているのでしょうか?華やかな人生に加え、最期に断頭台の露と消えるという悲劇性もあります。また、後半生は子供を誰よりも愛したという母性が、女性のハートを掴んで離さないのではないでしょうか。そして何と言っても人気を決定的にしたのは『べルサイユのばら』です。彼女の人気が何故時代を超えて不動なものなのか、観賞後にその答えを実感できる展覧会です。<br />次に訪れたのは「クラーク・コレクション」。アメリカ屈指の印象派コレクションで知られるクラーク美術館の至宝が、一堂に集いました。今回の巡回展は安藤忠雄氏がクラーク美術館の設計を担ったのを契機に招聘され、海外出展しない美術館を口説き落とせたことが奇跡。最初で最後の機会になるかもしれない…。そんな前情報を知るとソワソワしてしまいます。因みに、兵庫県立美術館も安藤氏の設計です。クラーク夫妻の確かな審美眼で収集された珠玉の所蔵品から、19世紀フランス絵画73点を選りすぐっています。目玉はズバリ、夫妻がこよなく愛した国外不出のルノワールの絵画22点。さらに、モネやドガ、ピサロ等の作品も加わり、自然や人物を色鮮やかに捉えた印象派の世界に誘い込まれます。また、5点のコロー作品を中心としたバルビゾン派の作品やジェロームを筆頭としたアカデミスムの作品、トゥールーズ=ロートレック等の世紀末絵画など、59点もの作品が日本初公開となっており、見応え充分な企画になっています。<br />兵庫県立美術館のHPです。http://www.artm.pref.hyogo.jp/<br /><br /><旅程><br />阪神尼崎駅===阪神岩屋駅---兵庫県立美術館---阪神岩屋駅===阪神御影駅<br />(神戸市市バス)〜〜六甲ケーブル下駅===六甲山上駅(六甲山上バス)<br />〜〜高山植物園---オルゴールミュージアム前(六甲山上バス)〜〜<br />六甲山山上駅(六甲摩耶スカイシャトルバス)〜〜摩耶ロープウェー山上駅<br />(まやロープウェー)===虹の駅(まやケーブル)===摩耶ケーブル駅---<br />観音寺(市バス)〜〜三宮地下鉄前---阪神三宮駅===阪神尼崎駅

夏雲奇峰 神戸周遊<前編>兵庫県立美術館編

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2013/08/10 - 2013/08/10

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montsaintmichel

montsaintmichelさん

チベット高気圧と太平洋高気圧が重なったダブル加熱状態による炎暑が数日間続くとの予報を耳にし、暫し下界からの逃避行を企てます。避暑地の場所は、近くて遠い「六甲山」。そのプロローグとしては少し贅沢ですが、フランスの歴史とアートで心を癒しておきます。実は、兵庫県立美術館で「マリー・アントワネット物語展」と「奇跡のクラーク・コレクション」が同時開催されています。(2013年9月1日まで)
「マリー・アントワネット物語展」は、一巡するのに1時間強かかりました。パリ市立カルナヴァレ博物館やナポレオン財団の他、彼女とゆかりのあるフランス名門貴族が代々受け継いできた家宝を含む約120点の貴重な史料を通じ、彼女の面影を偲ばせます。絵画だけでもなく、細々とした装飾品ばかりでもなく、往時のドレスの復元品が飾られていたりで展示内容はバラエティーに富んでいます。また、子供向けの解説もあり、親子連れでも楽しめます。要領よく彼女の波乱万丈の生涯と18世紀のフランス文化の一部を垣間見られたという点で大満足です。何故、彼女はこれほどまでに日本女性に支持されているのでしょうか?華やかな人生に加え、最期に断頭台の露と消えるという悲劇性もあります。また、後半生は子供を誰よりも愛したという母性が、女性のハートを掴んで離さないのではないでしょうか。そして何と言っても人気を決定的にしたのは『べルサイユのばら』です。彼女の人気が何故時代を超えて不動なものなのか、観賞後にその答えを実感できる展覧会です。
次に訪れたのは「クラーク・コレクション」。アメリカ屈指の印象派コレクションで知られるクラーク美術館の至宝が、一堂に集いました。今回の巡回展は安藤忠雄氏がクラーク美術館の設計を担ったのを契機に招聘され、海外出展しない美術館を口説き落とせたことが奇跡。最初で最後の機会になるかもしれない…。そんな前情報を知るとソワソワしてしまいます。因みに、兵庫県立美術館も安藤氏の設計です。クラーク夫妻の確かな審美眼で収集された珠玉の所蔵品から、19世紀フランス絵画73点を選りすぐっています。目玉はズバリ、夫妻がこよなく愛した国外不出のルノワールの絵画22点。さらに、モネやドガ、ピサロ等の作品も加わり、自然や人物を色鮮やかに捉えた印象派の世界に誘い込まれます。また、5点のコロー作品を中心としたバルビゾン派の作品やジェロームを筆頭としたアカデミスムの作品、トゥールーズ=ロートレック等の世紀末絵画など、59点もの作品が日本初公開となっており、見応え充分な企画になっています。
兵庫県立美術館のHPです。http://www.artm.pref.hyogo.jp/

<旅程>
阪神尼崎駅===阪神岩屋駅---兵庫県立美術館---阪神岩屋駅===阪神御影駅
(神戸市市バス)〜〜六甲ケーブル下駅===六甲山上駅(六甲山上バス)
〜〜高山植物園---オルゴールミュージアム前(六甲山上バス)〜〜
六甲山山上駅(六甲摩耶スカイシャトルバス)〜〜摩耶ロープウェー山上駅
(まやロープウェー)===虹の駅(まやケーブル)===摩耶ケーブル駅---
観音寺(市バス)〜〜三宮地下鉄前---阪神三宮駅===阪神尼崎駅

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
私鉄 徒歩
  • 阪神尼崎駅へは、最寄りのバス停から阪神バスに乗車します。<br />阪神タイガース・ファンなら一度は乗ってみたい、夢の「トラッキー号」で颯爽と出陣とあいなりました。「六甲おろしに 颯爽と〜…♪」。

    阪神尼崎駅へは、最寄りのバス停から阪神バスに乗車します。
    阪神タイガース・ファンなら一度は乗ってみたい、夢の「トラッキー号」で颯爽と出陣とあいなりました。「六甲おろしに 颯爽と〜…♪」。

  • 阪神尼崎駅<br />ここで六甲まやエンジョイパスを購入します。<br />今回は兵庫県立美術館へのアプローチが短い阪神電車利用となるので、阪神版です。1750円で阪急版より150円お安くなっています。どちらも通常の交通費より1000円以上お得な計算になります。また、山上施設での割引券も付いています。(例えば、高山植物園100円引きなど)<br />小児用もあり、ロープウェイやケーブル、スカイシャトルバス代が結構高いので家族連れにはお勧めです。

    阪神尼崎駅
    ここで六甲まやエンジョイパスを購入します。
    今回は兵庫県立美術館へのアプローチが短い阪神電車利用となるので、阪神版です。1750円で阪急版より150円お安くなっています。どちらも通常の交通費より1000円以上お得な計算になります。また、山上施設での割引券も付いています。(例えば、高山植物園100円引きなど)
    小児用もあり、ロープウェイやケーブル、スカイシャトルバス代が結構高いので家族連れにはお勧めです。

  • 兵庫県立美術館<br />阪神岩屋駅から南へ5分程歩くと建物の上からオブジェがお出迎えです。この建物が美術館の一画です。美術館へは、岩屋駅から潮風に撫でられながら10分弱で着きます。

    兵庫県立美術館
    阪神岩屋駅から南へ5分程歩くと建物の上からオブジェがお出迎えです。この建物が美術館の一画です。美術館へは、岩屋駅から潮風に撫でられながら10分弱で着きます。

  • 兵庫県立美術館<br />美術館の全景です。<br />県立美術館は、2002年に開館した「HAT神戸」内に所在します。愛称は「芸術の館」。建築家 安藤忠雄氏により、南面の海に接するなぎさ公園と一体化して設計され、館内には通路が巡らされ、建物そのものをアート鑑賞の対象とするような空間で構成しています。<br />

    兵庫県立美術館
    美術館の全景です。
    県立美術館は、2002年に開館した「HAT神戸」内に所在します。愛称は「芸術の館」。建築家 安藤忠雄氏により、南面の海に接するなぎさ公園と一体化して設計され、館内には通路が巡らされ、建物そのものをアート鑑賞の対象とするような空間で構成しています。

  • 兵庫県立美術館 美(み)かえる<br />建屋の屋上から身を乗り出しているのは美術館のシンボルの巨大カエル「美かえる」。命名者は、713点の公募から選ばれた神戸市在住の主婦 山下さん。シンボル製作の経緯は、蓑館長がオランダの美術家フロイレンティン・ホフマン氏のフローティング・ダックを「水都大阪2009」で見て感動し、兵庫県立美術館のシンボルあるいは文化復興の願いも込めて「カエル」のデザインで製作を依頼したのが誕生秘話だそうです。2011年秋に「神戸ビエンナーレ 2011」に合わせて屋上に飾られるようになったそうです。サイズは、幅10m、高さ8mあり、テント生地製の素材に空気を入れて立ち上がる構造。頭の赤と白の模様が入った三角帽子と身体の緑と黄のストライプ模様がトレードマークになっています。 「美かえる」は美術館で得た美的センスを家庭や職場に「持ち帰る」ことや阪神淡路大震災から文化復興や美術館への再訪などの意味が込められているようです。また、聖ミカエルもかけているのだとか。<br />フロイレンティン・ホフマン氏のHPです。「KOBE FROG」として紹介されています。<br />http://www.florentijnhofman.nl/dev/projects.php<br />

    兵庫県立美術館 美(み)かえる
    建屋の屋上から身を乗り出しているのは美術館のシンボルの巨大カエル「美かえる」。命名者は、713点の公募から選ばれた神戸市在住の主婦 山下さん。シンボル製作の経緯は、蓑館長がオランダの美術家フロイレンティン・ホフマン氏のフローティング・ダックを「水都大阪2009」で見て感動し、兵庫県立美術館のシンボルあるいは文化復興の願いも込めて「カエル」のデザインで製作を依頼したのが誕生秘話だそうです。2011年秋に「神戸ビエンナーレ 2011」に合わせて屋上に飾られるようになったそうです。サイズは、幅10m、高さ8mあり、テント生地製の素材に空気を入れて立ち上がる構造。頭の赤と白の模様が入った三角帽子と身体の緑と黄のストライプ模様がトレードマークになっています。 「美かえる」は美術館で得た美的センスを家庭や職場に「持ち帰る」ことや阪神淡路大震災から文化復興や美術館への再訪などの意味が込められているようです。また、聖ミカエルもかけているのだとか。
    フロイレンティン・ホフマン氏のHPです。「KOBE FROG」として紹介されています。
    http://www.florentijnhofman.nl/dev/projects.php

  • 兵庫県立美術館 オシップ・ザッキン作「住み処」<br />陸橋から直接館内2Fへ入ることができます。見下ろしているのは、美術館の中庭に設置されたブロンズ製の作品。<br />作者はロシアの彫刻家・画家オシップ・ザッキン(1890−1967)で、1967年に制作されました。1982年に、兵庫県生野町出身の谷田敬三氏によって寄贈されたもので、とてもダイナミックな作品としか形容できません。 <br />この作品は、人と人とが絡み合い、一種の絆を象徴しているように思えます。住み処、つまり家庭の中で互いに協力し助け合うといった家族の絆が、沢山の手で相手を力強く支える姿として表現されているように感じられました。 <br />

    兵庫県立美術館 オシップ・ザッキン作「住み処」
    陸橋から直接館内2Fへ入ることができます。見下ろしているのは、美術館の中庭に設置されたブロンズ製の作品。
    作者はロシアの彫刻家・画家オシップ・ザッキン(1890−1967)で、1967年に制作されました。1982年に、兵庫県生野町出身の谷田敬三氏によって寄贈されたもので、とてもダイナミックな作品としか形容できません。
    この作品は、人と人とが絡み合い、一種の絆を象徴しているように思えます。住み処、つまり家庭の中で互いに協力し助け合うといった家族の絆が、沢山の手で相手を力強く支える姿として表現されているように感じられました。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />3F展示場への導入部です。長い通路には窓がひとつもなく、美術館という異空間でなければ決して許されることのない構造です。その先にポツンとあるのが展示場入口ですが、行ってみないと入口なのか出口なのか判りません。開館間際ということもあり、全く人の気配がしないせいでもありますが…。<br />不親切にも通路には案内板すら置かれていません。実際、迷われている方が後を絶たない状態でした。また、通路はあまりにも殺風景ですので、展示ポスターくらい貼られてもいいと思うのは、当方だけではないような気がします。美術館あるいは設計者 安藤氏の拘りがあるのでしょうが、公共施設ですので顧客目線を蔑にして良い結果は生まれません。拘ること自体すでに現代アート感覚では脱落者に該当しますし、今の時代は省エネをも要請しています。一番気がかりなのは、非常口の案内が目立たなかったことです。迷路のような建屋ですので、安全確保には万全を期していただきたいと思います。以上、兵庫県の住民としての率直な見解です。

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    3F展示場への導入部です。長い通路には窓がひとつもなく、美術館という異空間でなければ決して許されることのない構造です。その先にポツンとあるのが展示場入口ですが、行ってみないと入口なのか出口なのか判りません。開館間際ということもあり、全く人の気配がしないせいでもありますが…。
    不親切にも通路には案内板すら置かれていません。実際、迷われている方が後を絶たない状態でした。また、通路はあまりにも殺風景ですので、展示ポスターくらい貼られてもいいと思うのは、当方だけではないような気がします。美術館あるいは設計者 安藤氏の拘りがあるのでしょうが、公共施設ですので顧客目線を蔑にして良い結果は生まれません。拘ること自体すでに現代アート感覚では脱落者に該当しますし、今の時代は省エネをも要請しています。一番気がかりなのは、非常口の案内が目立たなかったことです。迷路のような建屋ですので、安全確保には万全を期していただきたいと思います。以上、兵庫県の住民としての率直な見解です。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />生誕から250年以上たった今も、多くの人々を惹きつけて止まない「フランス王妃マリー・アントワネット」。彼女の婚姻~出産~凋落~幽門~処刑による最期まで、その数奇な人生を展示作品が自然にナビゲートしてくれる趣向となっています。神戸の後は、福岡や岡山で開催が予定されているそうです。<br /><br />パンフレットを飾るのは、お抱え女流画家ヴィジェ・ルブラン作「王妃マリー・アントワネット」(ブルトゥイユ城蔵)。母マリア・テレジアへの贈り物として描かせた全身像を元に描いた23歳頃の胸像画。ブルボン王朝の白百合紋章入りの白いサテンのパニエドレスが華やかです。でも、そのドレスより目を引く、透き通るような肌の質感が美しさを際立たせます。少し右の方に目を反らせ、羽帽子を被り、巻髪に当時流行の頬紅が鮮やかなアクセントになっています。この絵は当時大評判となり、数点描かれたそうです。実は、マリー・アントワネットはハプスブルク家遺伝の尖った鷲鼻や細長い額を好まず、彼女の肖像画の多くを手掛けたルブラン夫人はそれを悟り、彼女の好みに合わせて肖像画を描いたそうです。ブルーの瞳にバラ色の頬をした王妃は、華やかで美しい肖像画を何枚も残しましたが、最後の作品は夫を亡くした後の喪服姿の小さな未完成作品で終わっています。<br /><br />展示概要を順を追って簡単に説明します。<br />①マリー・アントワネット物語の展示品は、弱冠14歳でウィーン・ハプスブルク家からフランス・ブルボン王朝に嫁ぐところから始まります。その後、18歳で王妃となり、ヴェルサイユ宮殿にて華やかで輝きに満ちた日々を送り、お洒落や遊び、恋に夢中になっていきます。しかし、それらは、ルイ16世から愛されることのなかった寂しさを紛らすためでした。この享楽的な生活は、やがて民衆の衆目を集めるところとなり、王家批判の火種となっていきます。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    生誕から250年以上たった今も、多くの人々を惹きつけて止まない「フランス王妃マリー・アントワネット」。彼女の婚姻~出産~凋落~幽門~処刑による最期まで、その数奇な人生を展示作品が自然にナビゲートしてくれる趣向となっています。神戸の後は、福岡や岡山で開催が予定されているそうです。

    パンフレットを飾るのは、お抱え女流画家ヴィジェ・ルブラン作「王妃マリー・アントワネット」(ブルトゥイユ城蔵)。母マリア・テレジアへの贈り物として描かせた全身像を元に描いた23歳頃の胸像画。ブルボン王朝の白百合紋章入りの白いサテンのパニエドレスが華やかです。でも、そのドレスより目を引く、透き通るような肌の質感が美しさを際立たせます。少し右の方に目を反らせ、羽帽子を被り、巻髪に当時流行の頬紅が鮮やかなアクセントになっています。この絵は当時大評判となり、数点描かれたそうです。実は、マリー・アントワネットはハプスブルク家遺伝の尖った鷲鼻や細長い額を好まず、彼女の肖像画の多くを手掛けたルブラン夫人はそれを悟り、彼女の好みに合わせて肖像画を描いたそうです。ブルーの瞳にバラ色の頬をした王妃は、華やかで美しい肖像画を何枚も残しましたが、最後の作品は夫を亡くした後の喪服姿の小さな未完成作品で終わっています。

    展示概要を順を追って簡単に説明します。
    ①マリー・アントワネット物語の展示品は、弱冠14歳でウィーン・ハプスブルク家からフランス・ブルボン王朝に嫁ぐところから始まります。その後、18歳で王妃となり、ヴェルサイユ宮殿にて華やかで輝きに満ちた日々を送り、お洒落や遊び、恋に夢中になっていきます。しかし、それらは、ルイ16世から愛されることのなかった寂しさを紛らすためでした。この享楽的な生活は、やがて民衆の衆目を集めるところとなり、王家批判の火種となっていきます。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />②マリー・アントワネットは、ヴェルサイユ宮殿に自分の趣味を持ちこんだ唯一の王妃と言われ、その結晶が彼女の心のオアシスとなったプチ・トリアノンの装飾品やライフ・スタイルでした。彼女が収集し、大切にしていた小物類の一つひとつにスポットが当てられ、彼女が持っていた美意識を間近で共有することができます。派手好みとされている彼女は、本当はバラではなく、野花を愛でたそうです。今でもよく見かける青い矢車草の小花を散らした食器や織物は、彼女好みのデザインとして世界に広がったものだそうです。また、当時、ファッション・リーダーと賞された彼女のセンスをオーダーメイド・ドレスやヘア・スタイルを通しても堪能できる趣向となっています。<br /><br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    ②マリー・アントワネットは、ヴェルサイユ宮殿に自分の趣味を持ちこんだ唯一の王妃と言われ、その結晶が彼女の心のオアシスとなったプチ・トリアノンの装飾品やライフ・スタイルでした。彼女が収集し、大切にしていた小物類の一つひとつにスポットが当てられ、彼女が持っていた美意識を間近で共有することができます。派手好みとされている彼女は、本当はバラではなく、野花を愛でたそうです。今でもよく見かける青い矢車草の小花を散らした食器や織物は、彼女好みのデザインとして世界に広がったものだそうです。また、当時、ファッション・リーダーと賞された彼女のセンスをオーダーメイド・ドレスやヘア・スタイルを通しても堪能できる趣向となっています。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />音声ガイド作品リストです。どのようなものが展示されているのか、参考になさって下さい。<br /><br />③皮肉なことに彼女の愛したファッションや華やかな宮廷生活は、ひもじい生活を強いらされた一般民衆の逆鱗に触れ、フランス革命軍ひいては民衆の憎悪の収斂する的と化してしまうのです。しかし、凄まじい借金は、ルイ14世時代から累々と積み重ねられたもので、決してマリー・アントワネットひとりによるものではありません。アメリカ独立戦争へ潤沢な資金援助もしていたそうです。実際、彼女の浪費は国費の7%に満たなかったのですが、革命軍の策略で矛先は彼女に向けられました。そして、ついには革命の象徴として断頭台の露と消えるのでした。最後の展示コーナーでは、ジョルジュ・カン作「コンシェルジュリを出るマリー・アントワネット」が圧巻です。後ろ手に縛られながらも背筋を伸ばし毅然とした態度の中に、王妃としてまたひとりの女性あるいは母親としての気概と矜持に満ち溢れた死に際の姿を鮮明に描き上げています。また、出口の右脇に掲げられた小さな絵画は、ほとぼりが覚めた1815年、フランス王家の墓所であるサン・ドニ大聖堂へ彼女とルイ16世の遺骨が埋葬されるシーンを描写し、そこで幕は閉じられます。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    音声ガイド作品リストです。どのようなものが展示されているのか、参考になさって下さい。

    ③皮肉なことに彼女の愛したファッションや華やかな宮廷生活は、ひもじい生活を強いらされた一般民衆の逆鱗に触れ、フランス革命軍ひいては民衆の憎悪の収斂する的と化してしまうのです。しかし、凄まじい借金は、ルイ14世時代から累々と積み重ねられたもので、決してマリー・アントワネットひとりによるものではありません。アメリカ独立戦争へ潤沢な資金援助もしていたそうです。実際、彼女の浪費は国費の7%に満たなかったのですが、革命軍の策略で矛先は彼女に向けられました。そして、ついには革命の象徴として断頭台の露と消えるのでした。最後の展示コーナーでは、ジョルジュ・カン作「コンシェルジュリを出るマリー・アントワネット」が圧巻です。後ろ手に縛られながらも背筋を伸ばし毅然とした態度の中に、王妃としてまたひとりの女性あるいは母親としての気概と矜持に満ち溢れた死に際の姿を鮮明に描き上げています。また、出口の右脇に掲げられた小さな絵画は、ほとぼりが覚めた1815年、フランス王家の墓所であるサン・ドニ大聖堂へ彼女とルイ16世の遺骨が埋葬されるシーンを描写し、そこで幕は閉じられます。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />マリー・アントワネットに便乗し、京成バラ園芸(株)がPR用のポストカードを提供していました。<br />「ベルサイユのばら」というバラの新種がフランスのバラ育種の名門メイアン社の手で作出されています。それは、深い洞察に満ちた名作「ベルサイユのばら」に最大の敬意を表し、作者 池田理代子氏の協力・監修の下、その気高く壮大な愛の世界を表象徴したバラだそうです。<br />HPの解説によれば、『ビロードのようになめらかで、つややかな輝きを帯びた真紅の大輪花は、まさに情熱的な「ベルサイユのばら」の世界そのものです。一輪でも、凛とした気品と他を圧倒する華やかさを感じさせて見ごたえがあり、まさに「バラの中のバラ」。庭の中で女王の存在感をはなちます。明るさと深みを兼ね備えた赤色は、誰もが求める真の赤バラといえるでしょう』とあります。興味のある方はHPをチェックしてください。<br />http://www.keiseirose.co.jp/company/versailles/index.html

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    マリー・アントワネットに便乗し、京成バラ園芸(株)がPR用のポストカードを提供していました。
    「ベルサイユのばら」というバラの新種がフランスのバラ育種の名門メイアン社の手で作出されています。それは、深い洞察に満ちた名作「ベルサイユのばら」に最大の敬意を表し、作者 池田理代子氏の協力・監修の下、その気高く壮大な愛の世界を表象徴したバラだそうです。
    HPの解説によれば、『ビロードのようになめらかで、つややかな輝きを帯びた真紅の大輪花は、まさに情熱的な「ベルサイユのばら」の世界そのものです。一輪でも、凛とした気品と他を圧倒する華やかさを感じさせて見ごたえがあり、まさに「バラの中のバラ」。庭の中で女王の存在感をはなちます。明るさと深みを兼ね備えた赤色は、誰もが求める真の赤バラといえるでしょう』とあります。興味のある方はHPをチェックしてください。
    http://www.keiseirose.co.jp/company/versailles/index.html

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />C.F.フリッチュ作「オーストリア皇女マリア・アントニア」<br />(1770年頃)カルナヴァレ博物館蔵<br />あどけなくも凛々しい「マリア・アントニア」と呼ばれていたオーストリア皇女時代の版画(ビュラン)の肖像画には、時代の潮流に翻弄された王妃の波乱万丈の生涯を思わせる翳は微塵もありません。<br /><br />マリー・アントワネットは、1755年11月2日、ドイツ皇帝フランツ1世とオーストリア女帝マリア・テレジアとの間の15番目の末娘として、ウイーンで生まれました。幼名はオーストリア皇女マリア・アントニアであり、マリー・アントワネットはマリア・アントニアのフランス語読みです。<br />後からこじつけたと言えば言えなくもないのですが、アントニアの誕生日である11月2日は、キリスト教では死者を祀る「万霊節」の日に当る弔いの日です。また、アントニアが誕生したその日はリスボンで大地震があり、数千人の人が亡くなりました。後にマリー・アントワネットの侍女となったカンパン夫人は、この地震を「宿命的な刻印のようだった」と回想しています。<br />この頃のマリー・アントワネットは、ダンスは得意でしたが、集中力に欠け勉強嫌い、外国語もろくに習得できず、周囲の人や母親を心配させていたようです。<br />母親マリア・テレジアは家族を大事にする人でしたが、当時は子供たちの結婚は政治の道具でした。女帝は娘たちをせっせと他国に嫁がせました。フランス王位継承者であるルイ・オーギュスト(後のルイ16世)とマリア・アントニアの結婚もフランスとオーストリア同盟のための政略結婚に過ぎませんでした。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://pinterest.com/pin/165085142562132738/

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    C.F.フリッチュ作「オーストリア皇女マリア・アントニア」
    (1770年頃)カルナヴァレ博物館蔵
    あどけなくも凛々しい「マリア・アントニア」と呼ばれていたオーストリア皇女時代の版画(ビュラン)の肖像画には、時代の潮流に翻弄された王妃の波乱万丈の生涯を思わせる翳は微塵もありません。

    マリー・アントワネットは、1755年11月2日、ドイツ皇帝フランツ1世とオーストリア女帝マリア・テレジアとの間の15番目の末娘として、ウイーンで生まれました。幼名はオーストリア皇女マリア・アントニアであり、マリー・アントワネットはマリア・アントニアのフランス語読みです。
    後からこじつけたと言えば言えなくもないのですが、アントニアの誕生日である11月2日は、キリスト教では死者を祀る「万霊節」の日に当る弔いの日です。また、アントニアが誕生したその日はリスボンで大地震があり、数千人の人が亡くなりました。後にマリー・アントワネットの侍女となったカンパン夫人は、この地震を「宿命的な刻印のようだった」と回想しています。
    この頃のマリー・アントワネットは、ダンスは得意でしたが、集中力に欠け勉強嫌い、外国語もろくに習得できず、周囲の人や母親を心配させていたようです。
    母親マリア・テレジアは家族を大事にする人でしたが、当時は子供たちの結婚は政治の道具でした。女帝は娘たちをせっせと他国に嫁がせました。フランス王位継承者であるルイ・オーギュスト(後のルイ16世)とマリア・アントニアの結婚もフランスとオーストリア同盟のための政略結婚に過ぎませんでした。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://pinterest.com/pin/165085142562132738/

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />ルイ16世の驚くほどの手先の器用さが見て取れる工芸品を初め、マリー・アントワネットが実際に使用していた小物類はとても興味深いものが多かったです。特にルイ16世お手製の小さな作品たちは、思わず息を止めて観入ってしまいます。錠前作りが趣味だったというのは有名な話ですが、愛情を込めたマリー・アントワネットの時計のネジや自らが使うナイフまで作っていたことには驚きでした。熱心に作業に没頭する彼の姿が目に浮かぶような作品たちです。<br /><br />ヴェルサイユ宮殿の旅行記はこちらを参照ください。<br />http://4travel.jp/traveler/montsaintmichel/album/10624340/

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    ルイ16世の驚くほどの手先の器用さが見て取れる工芸品を初め、マリー・アントワネットが実際に使用していた小物類はとても興味深いものが多かったです。特にルイ16世お手製の小さな作品たちは、思わず息を止めて観入ってしまいます。錠前作りが趣味だったというのは有名な話ですが、愛情を込めたマリー・アントワネットの時計のネジや自らが使うナイフまで作っていたことには驚きでした。熱心に作業に没頭する彼の姿が目に浮かぶような作品たちです。

    ヴェルサイユ宮殿の旅行記はこちらを参照ください。
    http://4travel.jp/traveler/montsaintmichel/album/10624340/

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「引き裾の宮廷衣装」(2012年復元)絹製<br />マリー・アントワネットの華やかなファッションは、貴族の羨望の的となり、一躍当時のファッション・リーダーとなりました。専属スタイリストを抱える彼女は、毎年170着のドレスをオーダー・メイドし、その金額は年間10億円にも及んだそうです。しかし、これらのドレスは革命によって全て失われ、現存していません。<br />展示されている5着のドレスは、マリー・アントワネットが生きていた時代からドレスを制作し続けているパリのカラコ・カヌズ工房や王室ご用達のテーラーPrelle社が、膨大な労力と時間をかけ、当時の史料を元に忠実かつ緻密に復元したものだそうです。それ故、どのドレスもまるで肖像画から抜け出してきたかのようです。<br />因みに、この展示ルームだけは写真撮影がOKですので、是非カメラを携行されてください。尚、ストロボは禁止ですので、発光禁止の設定にしておきましょう。<br /> <br />これは、「引き裾の宮廷衣装」と言われ、パンフレットに使われているヴィジェ・ルブラン作の肖像画から再現した、ブルボン王朝の白百合紋章入りの白いサテンのパニエドレスだそうです。展示ルームの演出も、ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」を意識したシャンデリアや鏡の雰囲気が素敵です。

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「引き裾の宮廷衣装」(2012年復元)絹製
    マリー・アントワネットの華やかなファッションは、貴族の羨望の的となり、一躍当時のファッション・リーダーとなりました。専属スタイリストを抱える彼女は、毎年170着のドレスをオーダー・メイドし、その金額は年間10億円にも及んだそうです。しかし、これらのドレスは革命によって全て失われ、現存していません。
    展示されている5着のドレスは、マリー・アントワネットが生きていた時代からドレスを制作し続けているパリのカラコ・カヌズ工房や王室ご用達のテーラーPrelle社が、膨大な労力と時間をかけ、当時の史料を元に忠実かつ緻密に復元したものだそうです。それ故、どのドレスもまるで肖像画から抜け出してきたかのようです。
    因みに、この展示ルームだけは写真撮影がOKですので、是非カメラを携行されてください。尚、ストロボは禁止ですので、発光禁止の設定にしておきましょう。
     
    これは、「引き裾の宮廷衣装」と言われ、パンフレットに使われているヴィジェ・ルブラン作の肖像画から再現した、ブルボン王朝の白百合紋章入りの白いサテンのパニエドレスだそうです。展示ルームの演出も、ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」を意識したシャンデリアや鏡の雰囲気が素敵です。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「引き裾の宮廷衣装」(復元)絹製<br />盛装用の宮廷ドレスで「フランス風ドレス」と呼ばれるものです。左右に大きく広がるバニエと呼ばれるアンダースカートのようなスタイル、前の部分が開いていてもう1枚重ねたようなデザイン、そして背には床まで届く箱ひだがあり、レースやリボンを潤沢に使っているのが特徴です。胸元の大きなリボンは、当時の流行でした。マリー・アントワネットは、宮廷儀礼に従って、日に数回ドレスを着替えていたそうです。<br /><br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「引き裾の宮廷衣装」(復元)絹製
    盛装用の宮廷ドレスで「フランス風ドレス」と呼ばれるものです。左右に大きく広がるバニエと呼ばれるアンダースカートのようなスタイル、前の部分が開いていてもう1枚重ねたようなデザイン、そして背には床まで届く箱ひだがあり、レースやリボンを潤沢に使っているのが特徴です。胸元の大きなリボンは、当時の流行でした。マリー・アントワネットは、宮廷儀礼に従って、日に数回ドレスを着替えていたそうです。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「フランス風 舞踏会ドレス」(1988年復元)絹製<br />映画の撮影用に作られたドレスだそうです。刺繍も凝っていてとてもお洒落です。<br />18世紀、舞踏会には2種類ありました。ひとつは、宮廷の晴れがましい行事の際に催されるフォーマルな舞踏会。こちらでは、快適さよりも壮麗さが優先されるドレスが着用されました。一方、堅苦しくないもう一つの舞踏会「仮面舞踏会」では、仮面を付けて身分を隠すことが許されていました。「仮面舞踏会」用はこのドレスのように、比較的身軽に動けるものでした。マリー・アントワネットが舞踏会に夢中であったことは当時ヨーロッパ中で噂になるほどで、宮廷中でも多い時には週に一度舞踏会が開かれていたそうです。このドレスは、1989年に放映されたロベール・アンリコ監督のTV映画『フランス革命』でアントワネット役を演じた女優ジェーン・シーモアさんが実際に着用したドレスのようです。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「フランス風 舞踏会ドレス」(1988年復元)絹製
    映画の撮影用に作られたドレスだそうです。刺繍も凝っていてとてもお洒落です。
    18世紀、舞踏会には2種類ありました。ひとつは、宮廷の晴れがましい行事の際に催されるフォーマルな舞踏会。こちらでは、快適さよりも壮麗さが優先されるドレスが着用されました。一方、堅苦しくないもう一つの舞踏会「仮面舞踏会」では、仮面を付けて身分を隠すことが許されていました。「仮面舞踏会」用はこのドレスのように、比較的身軽に動けるものでした。マリー・アントワネットが舞踏会に夢中であったことは当時ヨーロッパ中で噂になるほどで、宮廷中でも多い時には週に一度舞踏会が開かれていたそうです。このドレスは、1989年に放映されたロベール・アンリコ監督のTV映画『フランス革命』でアントワネット役を演じた女優ジェーン・シーモアさんが実際に着用したドレスのようです。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「フランス風 舞踏会ドレス」(復元)絹製<br />当時のご婦人方のドレスはウエストをこれでもかと言うくらいに締めていて、内臓はどこへ行ったのかしらって感じです。実際に相当大変だったようで、酸欠や貧血は日常茶飯事。あちこちでバタバタと倒れていたそうです。では、倒れたらどうするのか?その時の気付け薬として役立てたもの、それが香水だったそうです。匂い消しの役目もあったそうですので、往時は何かと実用的な必需品だったのですね!?

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「フランス風 舞踏会ドレス」(復元)絹製
    当時のご婦人方のドレスはウエストをこれでもかと言うくらいに締めていて、内臓はどこへ行ったのかしらって感じです。実際に相当大変だったようで、酸欠や貧血は日常茶飯事。あちこちでバタバタと倒れていたそうです。では、倒れたらどうするのか?その時の気付け薬として役立てたもの、それが香水だったそうです。匂い消しの役目もあったそうですので、往時は何かと実用的な必需品だったのですね!?

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />スクリーンにプリントされた肖像画と透けて見えるシャンデリアが見事にマッチしています。<br />このヴィジェ・ルブランが描いた、バラを手にし、麦藁帽子を被った肖像画から再現したドレスが次の写真のものです。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    スクリーンにプリントされた肖像画と透けて見えるシャンデリアが見事にマッチしています。
    このヴィジェ・ルブランが描いた、バラを手にし、麦藁帽子を被った肖像画から再現したドレスが次の写真のものです。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「シュミーズドレス」(2012年復元)絹・リネン・(亜麻)製<br />このようなシンプルなドレスをシュミーズドレスと呼びます。当時、カリブ海地方からパリに移り住んだ女性たちが流行らせたモードでした。このドレスは宮殿の王妃の小部屋やプチ・トリアノンなどのごく私的な空間で寛ぐ際にだけ着られ、公の場で着ることはなかったそうです。因みに、往時、シュミーズドレスを身に纏った王妃の肖像画がサロンに展示されたそうです。コルセットもせず、肌が透けそうなドレスを「下着姿」と冷やかされ、大スキャンダルに発展したため、絵はサロンから外されることになったそうです。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「シュミーズドレス」(2012年復元)絹・リネン・(亜麻)製
    このようなシンプルなドレスをシュミーズドレスと呼びます。当時、カリブ海地方からパリに移り住んだ女性たちが流行らせたモードでした。このドレスは宮殿の王妃の小部屋やプチ・トリアノンなどのごく私的な空間で寛ぐ際にだけ着られ、公の場で着ることはなかったそうです。因みに、往時、シュミーズドレスを身に纏った王妃の肖像画がサロンに展示されたそうです。コルセットもせず、肌が透けそうなドレスを「下着姿」と冷やかされ、大スキャンダルに発展したため、絵はサロンから外されることになったそうです。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「シュミーズドレス」(復元)絹・リネン・(亜麻)製<br />往時、「これは下着だよ」って非難されたデザインだそうですが、これなら現代でも着られそうなデザインです。バックのリボンがアクセントになっていてとても可愛いらしいドレスです。<br /><br />この展示ルームの鑑賞者のほとんどは女性だったような気がします。それも、恐らくは「ベルばら」世代の方々だったのでは?「ベルばら」のイメージそのままの世界観に、ドレスを見つめる目が漫画に描かれた少女のように「キラキラ目」になっていたとは主人の弁。 <br /><br /><br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「シュミーズドレス」(復元)絹・リネン・(亜麻)製
    往時、「これは下着だよ」って非難されたデザインだそうですが、これなら現代でも着られそうなデザインです。バックのリボンがアクセントになっていてとても可愛いらしいドレスです。

    この展示ルームの鑑賞者のほとんどは女性だったような気がします。それも、恐らくは「ベルばら」世代の方々だったのでは?「ベルばら」のイメージそのままの世界観に、ドレスを見つめる目が漫画に描かれた少女のように「キラキラ目」になっていたとは主人の弁。


  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「イギリス風ドレス」(2012年復元)絹製<br />バラを手にしたポーズの青いドレスの肖像画から再現されたイングランド風ドレス。細い腰とスカートの膨らみは当時の美的感覚なんでしょうね。<br />「イギリス風ドレス」と呼ばれ、自然を生かしたイギリス風文化の流行で登場したデザインで、「フランス風」に比べるとレースやリボンがシンプルでパニエの広がりも控えめな感じです。素材をフランスのリヨン製にし、イギリスから輸入したモスリンを使って顰蹙を買ったシュミーズドレスに対し、国内の絹織物産業を支援している事を暗に示そうとする目的もあったそうです。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「イギリス風ドレス」(2012年復元)絹製
    バラを手にしたポーズの青いドレスの肖像画から再現されたイングランド風ドレス。細い腰とスカートの膨らみは当時の美的感覚なんでしょうね。
    「イギリス風ドレス」と呼ばれ、自然を生かしたイギリス風文化の流行で登場したデザインで、「フランス風」に比べるとレースやリボンがシンプルでパニエの広がりも控えめな感じです。素材をフランスのリヨン製にし、イギリスから輸入したモスリンを使って顰蹙を買ったシュミーズドレスに対し、国内の絹織物産業を支援している事を暗に示そうとする目的もあったそうです。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「羊飼いのドレス」(2012年復元)絹・綿製<br />何となくカントリー風のスタイルで、ポーランド風と説明があったような…。プチ・トリアノンやアモーで過ごす時に好んで着用したらしい「羊飼いのドレス」。<br />上着とスカート、前掛けが組み合わされています。

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「羊飼いのドレス」(2012年復元)絹・綿製
    何となくカントリー風のスタイルで、ポーランド風と説明があったような…。プチ・トリアノンやアモーで過ごす時に好んで着用したらしい「羊飼いのドレス」。
    上着とスカート、前掛けが組み合わされています。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />「羊飼いのドレス」(復元)絹・綿製<br />マリー・アントワネットは、宮廷の堅苦しさから抜け出してプチ・トリアノンなどでこのような寛ぎ着と麦わら帽子を身につけて過ごす事が多かったそうです。ヴェルサイユ宮殿の広大な庭に農村風に設えた別荘のような空間で、散策したり、羊を飼ったり、花や植物の事を子供たちに教えたりしたそうです。このドレスを身に纏いながら、社交界では得られなかった安らぎを満喫していたことでしょう。<br /><br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    「羊飼いのドレス」(復元)絹・綿製
    マリー・アントワネットは、宮廷の堅苦しさから抜け出してプチ・トリアノンなどでこのような寛ぎ着と麦わら帽子を身につけて過ごす事が多かったそうです。ヴェルサイユ宮殿の広大な庭に農村風に設えた別荘のような空間で、散策したり、羊を飼ったり、花や植物の事を子供たちに教えたりしたそうです。このドレスを身に纏いながら、社交界では得られなかった安らぎを満喫していたことでしょう。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />アニー・マランダン作 軍艦「ベル・ブル(美しき雌鳥)」<br />(復元)カラコ・カヌズ工房蔵<br />有名な、帆船を頭に載せたヘアスタイルのカツラ。実際に貴婦人の間で大流行し、背の高いものは180cmにも及んだそうです。ということは、身長よりもカツラの方が…。<br />現代ではギャグでしかありませんが、往時では流行の最先端だったわけです。鳥籠を巻き込んだヘアスタイルもあったそうです。小鳥の心情は如何ばかりだったのでしょうか?<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    アニー・マランダン作 軍艦「ベル・ブル(美しき雌鳥)」
    (復元)カラコ・カヌズ工房蔵
    有名な、帆船を頭に載せたヘアスタイルのカツラ。実際に貴婦人の間で大流行し、背の高いものは180cmにも及んだそうです。ということは、身長よりもカツラの方が…。
    現代ではギャグでしかありませんが、往時では流行の最先端だったわけです。鳥籠を巻き込んだヘアスタイルもあったそうです。小鳥の心情は如何ばかりだったのでしょうか?

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />往時は「馬車にも乗れない」巨大なカツラが流行し、マリー・アントワネットも軍艦が乗っているカツラなどをお抱えデザイナーのローズ・ベルタンたちに制作させました。レプリカを見るとその巨大さに改めて驚きを隠せません。実際に試着して写真撮影できますので是非トライしてみてください。「古今東西、女性はお洒落のためには不自由を厭わない」と言われるのですが、このカツラを着けると手で押さえていない限り頭を自由に動かすことができません。往時の女性たちがこのようなカツラを着けてどのように振舞っていたのかは想像を絶するものがあります。<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    往時は「馬車にも乗れない」巨大なカツラが流行し、マリー・アントワネットも軍艦が乗っているカツラなどをお抱えデザイナーのローズ・ベルタンたちに制作させました。レプリカを見るとその巨大さに改めて驚きを隠せません。実際に試着して写真撮影できますので是非トライしてみてください。「古今東西、女性はお洒落のためには不自由を厭わない」と言われるのですが、このカツラを着けると手で押さえていない限り頭を自由に動かすことができません。往時の女性たちがこのようなカツラを着けてどのように振舞っていたのかは想像を絶するものがあります。

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />王妃のネックレスのレプリカ(ブルトイユ城蔵)<br />自由奔放な宮廷生活を送っていたマリー・アントワネットに降りかかったのが、有名な「首飾り事件」。様々な登場人物が絡み合う事件ですが、彼女は何も知らずに次第にその渦中に巻き込まれていきました。贅沢三昧な生活を送っている貴族、とりわけ彼女に対して貧しい一般民衆たちの不満が膨らんでいった時でもあり、彼女に対する憎しみがその後一気に爆発します。 <br /><br />この首飾り事件は、ラ・モット夫人がロアン枢機卿に王妃が首飾りを欲しがっていると持ちかけた詐欺事件で、王妃そっくりのニコル・ゲイという娼婦を使って信用させ、ラ・モット夫人はロアン枢機卿に高価な首飾りを売りつけた後にそれを預かり分解し、イギリスなどに売り払いました。ロアン枢機卿は王妃に嫌われていたので、何とか取り入ろうと必死になっていた隙をつかれたのですが、王妃は自分の名が使われ侮辱されたとロアン枢機卿を逮捕させました。しかし彼は無罪となり、逆に無関係だったはずのマリー・アントワネットが首飾りを作らせたと国民は信じてしまったようです。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Collier_reine_Breteuil.jpg

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    王妃のネックレスのレプリカ(ブルトイユ城蔵)
    自由奔放な宮廷生活を送っていたマリー・アントワネットに降りかかったのが、有名な「首飾り事件」。様々な登場人物が絡み合う事件ですが、彼女は何も知らずに次第にその渦中に巻き込まれていきました。贅沢三昧な生活を送っている貴族、とりわけ彼女に対して貧しい一般民衆たちの不満が膨らんでいった時でもあり、彼女に対する憎しみがその後一気に爆発します。

    この首飾り事件は、ラ・モット夫人がロアン枢機卿に王妃が首飾りを欲しがっていると持ちかけた詐欺事件で、王妃そっくりのニコル・ゲイという娼婦を使って信用させ、ラ・モット夫人はロアン枢機卿に高価な首飾りを売りつけた後にそれを預かり分解し、イギリスなどに売り払いました。ロアン枢機卿は王妃に嫌われていたので、何とか取り入ろうと必死になっていた隙をつかれたのですが、王妃は自分の名が使われ侮辱されたとロアン枢機卿を逮捕させました。しかし彼は無罪となり、逆に無関係だったはずのマリー・アントワネットが首飾りを作らせたと国民は信じてしまったようです。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Collier_reine_Breteuil.jpg

  • 兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展<br />ジョルジュ・カン作「コンシェルジュリを出るマリー・アントワネット」<br />最後のコーナーを飾るのは、コンシェルジュリ(牢獄)を出るマリー・アントワネット。37年という短い人生を駆け抜け、牢獄を出て断頭台へと向かう彼女の毅然とした後姿とそれを取り巻く兵士たちの表情に注目してご覧ください。<br />今さらという感もありますが、この展覧会で初めて知ったエピソードを紹介しておきます。断頭台への階段を上る際、誤って処刑人の足を踏んでしまったマリー・アントワネットは、「ごめんあそばせ、わざとじゃございませんのよ。あなたの靴が汚れなくて良かったわ」とごく自然に優雅な口調で対処します。そして処刑直前、「さようなら、愛する子供達! お母様はお父様のもとへ参ります」の後、最期に発した言葉は「急いで下さい」だったそうです。<br /><br />主人の「急がないと!」の声で現実に引き戻されました。もっとじっくり鑑賞したいのはやまやまですが、この後のスケジュールが盛り沢山なので後ろ髪を引かれる思いで会場を立ち去ります。<br />この写真は次のサイトから借用しました。<br />http://www.okinawatimes.co.jp/event/marie/guide.html<br />

    兵庫県立美術館 マリー・アントワネット物語展
    ジョルジュ・カン作「コンシェルジュリを出るマリー・アントワネット」
    最後のコーナーを飾るのは、コンシェルジュリ(牢獄)を出るマリー・アントワネット。37年という短い人生を駆け抜け、牢獄を出て断頭台へと向かう彼女の毅然とした後姿とそれを取り巻く兵士たちの表情に注目してご覧ください。
    今さらという感もありますが、この展覧会で初めて知ったエピソードを紹介しておきます。断頭台への階段を上る際、誤って処刑人の足を踏んでしまったマリー・アントワネットは、「ごめんあそばせ、わざとじゃございませんのよ。あなたの靴が汚れなくて良かったわ」とごく自然に優雅な口調で対処します。そして処刑直前、「さようなら、愛する子供達! お母様はお父様のもとへ参ります」の後、最期に発した言葉は「急いで下さい」だったそうです。

    主人の「急がないと!」の声で現実に引き戻されました。もっとじっくり鑑賞したいのはやまやまですが、この後のスケジュールが盛り沢山なので後ろ髪を引かれる思いで会場を立ち去ります。
    この写真は次のサイトから借用しました。
    http://www.okinawatimes.co.jp/event/marie/guide.html

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />次に向かうは、「奇跡のクラーク・コレクション」です。1F正面中庭は、立て看板が賑やかでした。<br />この会場もマリー・アントワネット物語展と同じ3Fにあるのですが、アート感覚最優先の建屋ですので、一旦1階へ降りて別棟へ移動しなくてはなりません。こんな構造でも定義上はバリア・フリーなのですね!?

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    次に向かうは、「奇跡のクラーク・コレクション」です。1F正面中庭は、立て看板が賑やかでした。
    この会場もマリー・アントワネット物語展と同じ3Fにあるのですが、アート感覚最優先の建屋ですので、一旦1階へ降りて別棟へ移動しなくてはなりません。こんな構造でも定義上はバリア・フリーなのですね!?

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />クラーク美術館は、美術館であると同時に視覚芸術におけるアカデミックな研究の総合施設でもあります。同館のあるマサチューセッツ州最西部のバークシャーは、美しい自然と豊かな文化的伝統によってアメリカの名だたる芸術家、作家、演奏家を魅了し、生活や活動の拠点として選ばれてきた豊かな歴史をもつ地域です。2010年から始まった同館の増改築は、建築家 安藤忠雄の設計によるものです。<br />展覧会タイトルに「奇跡」と付けられているのは、あながちオーバーな表現ではありません。クラーク美術館はアメリカの田舎にある美術館で、よほどの意志を持たない限り、アメリカ観光に行っても見ることができないそうです。ですから、見られる時に見ておかないとお目に掛かれないということで「奇跡の…」と謳っています。現在建設中の建物が出来るまでの間、マドリードやミラノ、ジヴェルニー、バルセロナ、フォートワース、ロンドン、モントリオールと巡回し、いよいよ日本にも上陸したのです。<br /><br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    クラーク美術館は、美術館であると同時に視覚芸術におけるアカデミックな研究の総合施設でもあります。同館のあるマサチューセッツ州最西部のバークシャーは、美しい自然と豊かな文化的伝統によってアメリカの名だたる芸術家、作家、演奏家を魅了し、生活や活動の拠点として選ばれてきた豊かな歴史をもつ地域です。2010年から始まった同館の増改築は、建築家 安藤忠雄の設計によるものです。
    展覧会タイトルに「奇跡」と付けられているのは、あながちオーバーな表現ではありません。クラーク美術館はアメリカの田舎にある美術館で、よほどの意志を持たない限り、アメリカ観光に行っても見ることができないそうです。ですから、見られる時に見ておかないとお目に掛かれないということで「奇跡の…」と謳っています。現在建設中の建物が出来るまでの間、マドリードやミラノ、ジヴェルニー、バルセロナ、フォートワース、ロンドン、モントリオールと巡回し、いよいよ日本にも上陸したのです。

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />クラーク美術館の創設者であるスターリング・クラークは、祖父であるエドワード・C・クラーク(シンガー・ミシンの設立者)からの莫大な遺産で、舞台女優だった奥さんフランシーヌと共に印象派を中心とする名画を収集しました。最初に購入したのは1916年のことで、記念すべき1枚目の作品はルノワールの「かぎ針編みをする少女」(1875年頃)だったそうです。今回出品されている珠玉の73点の中でも、ルノワール作品が群を抜いています。(ルノワール22点、コロー5点、ミレー2点、モネ6点、シスレー4点、ピサロ7点、ドガ4点、ロートレック2点 他)<br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    クラーク美術館の創設者であるスターリング・クラークは、祖父であるエドワード・C・クラーク(シンガー・ミシンの設立者)からの莫大な遺産で、舞台女優だった奥さんフランシーヌと共に印象派を中心とする名画を収集しました。最初に購入したのは1916年のことで、記念すべき1枚目の作品はルノワールの「かぎ針編みをする少女」(1875年頃)だったそうです。今回出品されている珠玉の73点の中でも、ルノワール作品が群を抜いています。(ルノワール22点、コロー5点、ミレー2点、モネ6点、シスレー4点、ピサロ7点、ドガ4点、ロートレック2点 他)

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />19世紀末のフランスは近代化や都市化が進み、中東や北アフリカの風俗が憧れの的になった時代です。ルノワールもアルジェリアを旅行したことがあり、その理想化された異国趣味を大作「鳥と少女」(1882年)として描きました。可愛いらしい少女が異国の民族服を着て明るい瞳で微笑む姿が、青を基調とした爽やかな空間の中に描かれています。思わず頬を緩めてしまう作品です。 <br /><br />風景画、静物画、人物画いずれを観ても「青色」が大変効果的に用いられ、晴れやかで清々しい印象を与えます。印象派絵画が有している「幸福感」を存分に楽しめる作品ばかりです。これは、やはりクラーク夫妻のコレクターとしての一貫した審美眼がそこに現れているのだと思います。他のルノワール作品を購入する機会はあったのでしょうが、眼鏡にかなわぬ作品には手を出さなかったのでしょう。事実、展示されていたモネ作「エトルタの断崖」は、モネが描いた「エトルタの断崖」の中では最も明るい作品です。<br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    19世紀末のフランスは近代化や都市化が進み、中東や北アフリカの風俗が憧れの的になった時代です。ルノワールもアルジェリアを旅行したことがあり、その理想化された異国趣味を大作「鳥と少女」(1882年)として描きました。可愛いらしい少女が異国の民族服を着て明るい瞳で微笑む姿が、青を基調とした爽やかな空間の中に描かれています。思わず頬を緩めてしまう作品です。

    風景画、静物画、人物画いずれを観ても「青色」が大変効果的に用いられ、晴れやかで清々しい印象を与えます。印象派絵画が有している「幸福感」を存分に楽しめる作品ばかりです。これは、やはりクラーク夫妻のコレクターとしての一貫した審美眼がそこに現れているのだと思います。他のルノワール作品を購入する機会はあったのでしょうが、眼鏡にかなわぬ作品には手を出さなかったのでしょう。事実、展示されていたモネ作「エトルタの断崖」は、モネが描いた「エトルタの断崖」の中では最も明るい作品です。

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />スターリング・クラークの弟スティーヴン・クラークも同じくフランス印象派を中心とする絵画のコレクターだったそうです。ただし、この兄弟は仲が悪く、30年以上交流を絶ったまま、共にこの世を去りました。そのため、弟のコレクションはメトロポリタン美術館へ寄贈されています。そんな兄弟のコレクションを同時に展示した展覧会が、2007年にメトロポリタン美術館とクラーク美術館でそれぞれ開催されたそうです。<br />もしも兄弟の仲が良かったら、巨大美術館が誕生していたのでしょうね!?

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    スターリング・クラークの弟スティーヴン・クラークも同じくフランス印象派を中心とする絵画のコレクターだったそうです。ただし、この兄弟は仲が悪く、30年以上交流を絶ったまま、共にこの世を去りました。そのため、弟のコレクションはメトロポリタン美術館へ寄贈されています。そんな兄弟のコレクションを同時に展示した展覧会が、2007年にメトロポリタン美術館とクラーク美術館でそれぞれ開催されたそうです。
    もしも兄弟の仲が良かったら、巨大美術館が誕生していたのでしょうね!?

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />音声ガイドリストです。代表作20点しかありませんが、参考になさって下さい。<br /><br />ルノワールにまつわる有名なエピソードがあります。画塾で制作中のルノワールに師グレールが「君は自分の楽しみのために絵を描いているようだね」と言ったところ、ルノワールは「楽しくなかったら絵なんか描きませんよ」と答えたそうです。絵画の中の人物も楽しげですので、彼が絵を描く時の心境が伝わってくる気がします。サロンに出品した作品の初入選が1864年、23歳の時。78歳で亡くなるまでの55年間に4000点を越える作品を描いたのであれば、1年平均70点以上の作品を仕上げた計算になります。描くことが楽しくなければ、とてもこんなペースで描き続けるのは不可能ですね!?

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    音声ガイドリストです。代表作20点しかありませんが、参考になさって下さい。

    ルノワールにまつわる有名なエピソードがあります。画塾で制作中のルノワールに師グレールが「君は自分の楽しみのために絵を描いているようだね」と言ったところ、ルノワールは「楽しくなかったら絵なんか描きませんよ」と答えたそうです。絵画の中の人物も楽しげですので、彼が絵を描く時の心境が伝わってくる気がします。サロンに出品した作品の初入選が1864年、23歳の時。78歳で亡くなるまでの55年間に4000点を越える作品を描いたのであれば、1年平均70点以上の作品を仕上げた計算になります。描くことが楽しくなければ、とてもこんなペースで描き続けるのは不可能ですね!?

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />カミーユ・コロー作「サンタンジェロ城、ローマ」(1835−40年)<br />まず出迎えてくれたのが、この絵でした。5月にイタリア旅行をしたばかりで、直にサンタンジェロ城の迫力が伝わり共鳴できました。中央左にはサン・ピエトロ大聖堂もひょっこり顔を覗かせています。コローと同じ風景を眺めたかと思うとジ〜ンとくるものがあります。コローは、構図を変えて数枚の「サンタンジェロ城」を描いています。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://ja.wahooart.com/@@/8YDS4R-Jean-Baptiste-Camille-Corot-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E--%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD%E5%9F%8E<br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    カミーユ・コロー作「サンタンジェロ城、ローマ」(1835−40年)
    まず出迎えてくれたのが、この絵でした。5月にイタリア旅行をしたばかりで、直にサンタンジェロ城の迫力が伝わり共鳴できました。中央左にはサン・ピエトロ大聖堂もひょっこり顔を覗かせています。コローと同じ風景を眺めたかと思うとジ〜ンとくるものがあります。コローは、構図を変えて数枚の「サンタンジェロ城」を描いています。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://ja.wahooart.com/@@/8YDS4R-Jean-Baptiste-Camille-Corot-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E--%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD%E5%9F%8E

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />カミーユ・ピサロ作「エラニー、サン=シャルル」(1891年)<br />点描で描かれた作品。全くノーマークでしたが、光に満ちた穏やかな空気感を味わえたのが収穫でした。木の葉の一枚一枚の表現力と、まばゆい西日に萌える明るい緑と樹木の影を落とした深い緑のコントラストが絶妙です。スーラ等の点描画とは印象が異なります。調べたところ、ピサロが点描技法に疑問を抱いていた時期に描いた作品だそうです。暫くこの絵の前に佇んでいると、何時の間にか絵の中に迷い込んだ自分がいました。(よく見ると人物がひとり描かれています。)<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://www.camille-pissarro.org/Sunset-at-St.-Charles,-Eragny-1891-large.html<br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    カミーユ・ピサロ作「エラニー、サン=シャルル」(1891年)
    点描で描かれた作品。全くノーマークでしたが、光に満ちた穏やかな空気感を味わえたのが収穫でした。木の葉の一枚一枚の表現力と、まばゆい西日に萌える明るい緑と樹木の影を落とした深い緑のコントラストが絶妙です。スーラ等の点描画とは印象が異なります。調べたところ、ピサロが点描技法に疑問を抱いていた時期に描いた作品だそうです。暫くこの絵の前に佇んでいると、何時の間にか絵の中に迷い込んだ自分がいました。(よく見ると人物がひとり描かれています。)
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://www.camille-pissarro.org/Sunset-at-St.-Charles,-Eragny-1891-large.html

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />ジャン=レオン・ジェローム作「蛇使い」(1879年頃)<br />戸外に出て降り注ぐ光の中の風景を描いた作品が多い印象派の中、特に惹きつけられた作品がこの絵です。青い壁にもたれた男たちが、巧みにニシキヘビを操る蛇使いの少年を見物しています。背景の青いタイル装飾は精巧に描写されていて、イスタンブールにあるオスマン帝国トプカプ宮殿にあるものを模写したものだそうです。また、人々の衣装や持物も各地域の寄せ集めだそうです。裸の少年による蛇使いは19世紀エジプトの見せ物で、オスマン帝国にはありませんでした。そもそも神聖なる宮殿ですので、そんな所で見世物は許されるはずはありません。ということで、この作品は想像力を働かせて描かれた架空の情景だそうです。ジェローム自身、何度かオリエント地域を訪れており、各地で得た素材を自由に組合わせてオリエンタリズム漂うこの作品を描いたそうです。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://free-paintings.gatag.net/2013/03/04/140000.html

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    ジャン=レオン・ジェローム作「蛇使い」(1879年頃)
    戸外に出て降り注ぐ光の中の風景を描いた作品が多い印象派の中、特に惹きつけられた作品がこの絵です。青い壁にもたれた男たちが、巧みにニシキヘビを操る蛇使いの少年を見物しています。背景の青いタイル装飾は精巧に描写されていて、イスタンブールにあるオスマン帝国トプカプ宮殿にあるものを模写したものだそうです。また、人々の衣装や持物も各地域の寄せ集めだそうです。裸の少年による蛇使いは19世紀エジプトの見せ物で、オスマン帝国にはありませんでした。そもそも神聖なる宮殿ですので、そんな所で見世物は許されるはずはありません。ということで、この作品は想像力を働かせて描かれた架空の情景だそうです。ジェローム自身、何度かオリエント地域を訪れており、各地で得た素材を自由に組合わせてオリエンタリズム漂うこの作品を描いたそうです。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://free-paintings.gatag.net/2013/03/04/140000.html

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />アルフレッド・ステヴァンス作「公爵夫人(青いドレス)」(1866年頃)<br />思ったより小ぶりな作品ですが、深い趣のある絵です。アカデミズム画家であるアルフレッド・ステヴァンスが描いた、2作品のうちのひとつ。手紙を手に、物思いに耽ける女性。そこには何か物語がありそうです。手紙といえばフェルメールと条件反射してしまうのですが、「公爵夫人(青いドレス)」と「思い出と後悔」は共に手紙をモチーフとし、両女性の物語の連続性あるいは対照性が、観る者を絵の中に引っ張り込む迫力があります。また、「公爵夫人」は、青いビロードの光沢や質感が圧巻です。そして女性の背景にある屏風やテーブルクロスにはジャポニズムの世界が繰り広げられています。屏風の絵には、葛飾北斎の代表作「北斎漫画 第14編」にある絵柄が引用されているのが今回の神戸巡回で発見されたそうです。左端上部には、「清水ノ井」を象った漢字のようなものも見られます。いずれも蓑館長が発見されたそうです。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://galerieh.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=17294581&amp;i=201201/30/11/e0122611_1146467.jpg <br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    アルフレッド・ステヴァンス作「公爵夫人(青いドレス)」(1866年頃)
    思ったより小ぶりな作品ですが、深い趣のある絵です。アカデミズム画家であるアルフレッド・ステヴァンスが描いた、2作品のうちのひとつ。手紙を手に、物思いに耽ける女性。そこには何か物語がありそうです。手紙といえばフェルメールと条件反射してしまうのですが、「公爵夫人(青いドレス)」と「思い出と後悔」は共に手紙をモチーフとし、両女性の物語の連続性あるいは対照性が、観る者を絵の中に引っ張り込む迫力があります。また、「公爵夫人」は、青いビロードの光沢や質感が圧巻です。そして女性の背景にある屏風やテーブルクロスにはジャポニズムの世界が繰り広げられています。屏風の絵には、葛飾北斎の代表作「北斎漫画 第14編」にある絵柄が引用されているのが今回の神戸巡回で発見されたそうです。左端上部には、「清水ノ井」を象った漢字のようなものも見られます。いずれも蓑館長が発見されたそうです。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://galerieh.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=17294581&i=201201/30/11/e0122611_1146467.jpg

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />ルノワール作「団扇を持つ少女」(1879年)<br />ルノワールの作品の中で一番印象に残ったのがこの作品です。当時のパリの大流行、ジャポニズム(日本趣味)を象徴する作品で、モデルは女優ジャンヌ・サマリー。ルノワールのテーマは常に人物なのですが、独自の画風を追求していた彼は、浮世絵に魅せられてもあからさまに取り入れることはせず、人物と団扇、背後の壺に活けられた花を同レベルの存在感で表現しています。モデルの下部を切り取った大胆な構図は浮世絵風とも言え、日本美術への関心の高さが窺えます。明治維新から11年しかたっていない時期に、日本製と思しき何の変哲もない「団扇」がさりげなく絵の中に同化していることに理由もなく誇らしさを感じました。<br />また会場の”看板娘&quot;となった作品(「鳥と少女」や「金髪の浴女」)からは、ルノワール独特の柔らかく明るい色彩や人肌の質感が伝わってきました。<br />実物は、この写真よりももう少し淡い緑が強調されているように思いました。照明の加減もあるのかもしれません。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://stephan.mods.jp/kabegami/renoir/Fan1280.jpg

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    ルノワール作「団扇を持つ少女」(1879年)
    ルノワールの作品の中で一番印象に残ったのがこの作品です。当時のパリの大流行、ジャポニズム(日本趣味)を象徴する作品で、モデルは女優ジャンヌ・サマリー。ルノワールのテーマは常に人物なのですが、独自の画風を追求していた彼は、浮世絵に魅せられてもあからさまに取り入れることはせず、人物と団扇、背後の壺に活けられた花を同レベルの存在感で表現しています。モデルの下部を切り取った大胆な構図は浮世絵風とも言え、日本美術への関心の高さが窺えます。明治維新から11年しかたっていない時期に、日本製と思しき何の変哲もない「団扇」がさりげなく絵の中に同化していることに理由もなく誇らしさを感じました。
    また会場の”看板娘"となった作品(「鳥と少女」や「金髪の浴女」)からは、ルノワール独特の柔らかく明るい色彩や人肌の質感が伝わってきました。
    実物は、この写真よりももう少し淡い緑が強調されているように思いました。照明の加減もあるのかもしれません。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://stephan.mods.jp/kabegami/renoir/Fan1280.jpg

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />ルノワール「金髪の浴女」(1881年)<br />ルノワールが描く女性像はいずれも美しく、また楽しそうで、観ている方も気持ち良くなります。裸婦像の豊満な肉体と瑞々しい肌の質感が、観る者の目を釘付けにする作品です。<br />ルノワールは1881年から翌年にかけ、後に妻となるアリーヌとイタリアを旅したことがあり、ルネッサンス期の画家たちの作品を身近に観て回りました。その折、ナポリ湾に浮かぶ船の上でアリーヌを描いたのがこの作品とされています。しかし、アリーヌはイタリアを旅行した時は痩せており、特定のモデルを描いたというよりも、ルネッサンス絵画を意識して理想化された女性像を描いたということのようです。<br />この写真は、次のサイトから借用しました。<br />http://www.meiga-koubou.com/item/%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%8E%E6%B0%B4%E6%B5%B4%E3%81%99%E3%82%8B%E9%87%91%E9%AB%AA%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%80%8F/<br /><br />パリ オランジュリー美術館(ルノワール等)の旅行記はこちらを参照ください。<br />http://4travel.jp/traveler/montsaintmichel/album/10625497/

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    ルノワール「金髪の浴女」(1881年)
    ルノワールが描く女性像はいずれも美しく、また楽しそうで、観ている方も気持ち良くなります。裸婦像の豊満な肉体と瑞々しい肌の質感が、観る者の目を釘付けにする作品です。
    ルノワールは1881年から翌年にかけ、後に妻となるアリーヌとイタリアを旅したことがあり、ルネッサンス期の画家たちの作品を身近に観て回りました。その折、ナポリ湾に浮かぶ船の上でアリーヌを描いたのがこの作品とされています。しかし、アリーヌはイタリアを旅行した時は痩せており、特定のモデルを描いたというよりも、ルネッサンス絵画を意識して理想化された女性像を描いたということのようです。
    この写真は、次のサイトから借用しました。
    http://www.meiga-koubou.com/item/%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%8E%E6%B0%B4%E6%B5%B4%E3%81%99%E3%82%8B%E9%87%91%E9%AB%AA%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%80%8F/

    パリ オランジュリー美術館(ルノワール等)の旅行記はこちらを参照ください。
    http://4travel.jp/traveler/montsaintmichel/album/10625497/

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />セザール・バルダッチーニ作「エッフェル塔−板状」<br />周知の通り、エッフェル塔と言えば華の都パリのランドマークのひとつ。しかし、神戸にもエッフェル塔があるのをご存知でしょうか?場所は、美術館の北側入口付近。<br />元々は、三宮センター街の角に建っていたフェニックスプラザ(阪神・淡路大震災復興支援館)のファサードに置かれていた彫刻。1998年に亡くなったフランスの現代美術家セザール・バルダッチーニが、生前に被災地へ寄贈した作品です。題名通り「鉄の時代」の象徴であるエッフェル塔の補修工事の際、提供された廃材を再構成した高さ3m程のレリーフ。「再生」をテーマとし、兵庫県も彫刻のように復活して欲しいとの願いが込められています。圧縮した自動車のオブジェや巨大な指のパブリックアートで知られるセザール作品の中ではユニークな存在と言えるかもしれません。<br />鋲が打ち込まれた生々しい鉄骨や切り刻まれた鉄筋は、かつて長田区にあった「神戸の壁」を彷彿とさせます。戦火と震災をくぐり抜けてきた歴史の生き証人とも言えるこの壁も、いつの間にか淡路島に移されてしまいました。復興が進む中、後世に伝えるべきモニュメントが本来の居場所を失っていくのは何となく腑に落ちないところがあります。<br />

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    セザール・バルダッチーニ作「エッフェル塔−板状」
    周知の通り、エッフェル塔と言えば華の都パリのランドマークのひとつ。しかし、神戸にもエッフェル塔があるのをご存知でしょうか?場所は、美術館の北側入口付近。
    元々は、三宮センター街の角に建っていたフェニックスプラザ(阪神・淡路大震災復興支援館)のファサードに置かれていた彫刻。1998年に亡くなったフランスの現代美術家セザール・バルダッチーニが、生前に被災地へ寄贈した作品です。題名通り「鉄の時代」の象徴であるエッフェル塔の補修工事の際、提供された廃材を再構成した高さ3m程のレリーフ。「再生」をテーマとし、兵庫県も彫刻のように復活して欲しいとの願いが込められています。圧縮した自動車のオブジェや巨大な指のパブリックアートで知られるセザール作品の中ではユニークな存在と言えるかもしれません。
    鋲が打ち込まれた生々しい鉄骨や切り刻まれた鉄筋は、かつて長田区にあった「神戸の壁」を彷彿とさせます。戦火と震災をくぐり抜けてきた歴史の生き証人とも言えるこの壁も、いつの間にか淡路島に移されてしまいました。復興が進む中、後世に伝えるべきモニュメントが本来の居場所を失っていくのは何となく腑に落ちないところがあります。

  • 兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション<br />砂像マイスターが制作した、緑と融合させた新感覚のサンド・アート。テーマは、因幡の白ウサギ『水と緑のオアシス鳥取』。今秋、鳥取で開催される「水と緑のオアシスとっとり2013」のPRイベントの一環のようです。クラ・コレの印象派の作品は自然を生き生きと表現していることから、コラボ感覚で鳥取県のきらめく大自然をPRしようという趣旨ではないかと思います。

    兵庫県立美術館 奇跡のクラーク・コレクション
    砂像マイスターが制作した、緑と融合させた新感覚のサンド・アート。テーマは、因幡の白ウサギ『水と緑のオアシス鳥取』。今秋、鳥取で開催される「水と緑のオアシスとっとり2013」のPRイベントの一環のようです。クラ・コレの印象派の作品は自然を生き生きと表現していることから、コラボ感覚で鳥取県のきらめく大自然をPRしようという趣旨ではないかと思います。

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />美術館を後にして六甲山高山植物園に向かったのですが、順序を変えて本日のディナーを先に紹介いたします。場所は、三宮センター街地下にある「さんプラザ店」。尚、チェーン店ですので、JR神戸駅やハーバーランドなどにも姉妹店があります。<br /><br />本来ならフランス三昧で締め括りたいところですが、予算と時間の都合でイタリアンに決定。2人でデュエット・コースを注文します。(一人1400円)<br />まず、前菜のシーザーサラダが登場。温泉卵が美味でした。野菜も新鮮なものを使われています。<br />こちらは、さんプラザ店の情報です。<br />http://r.gnavi.co.jp/k730905/

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    美術館を後にして六甲山高山植物園に向かったのですが、順序を変えて本日のディナーを先に紹介いたします。場所は、三宮センター街地下にある「さんプラザ店」。尚、チェーン店ですので、JR神戸駅やハーバーランドなどにも姉妹店があります。

    本来ならフランス三昧で締め括りたいところですが、予算と時間の都合でイタリアンに決定。2人でデュエット・コースを注文します。(一人1400円)
    まず、前菜のシーザーサラダが登場。温泉卵が美味でした。野菜も新鮮なものを使われています。
    こちらは、さんプラザ店の情報です。
    http://r.gnavi.co.jp/k730905/

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />ハーフ・バゲットが2人で2種類オーダーできます。バターの種類は、ガーリック、明太子、ハニー、酪農バターがあり、ガーリックと明太子を注文。<br />外はカリカリで中はしっとりとしたフランスパン風に仕上がっています。サイズも大きいです。

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    ハーフ・バゲットが2人で2種類オーダーできます。バターの種類は、ガーリック、明太子、ハニー、酪農バターがあり、ガーリックと明太子を注文。
    外はカリカリで中はしっとりとしたフランスパン風に仕上がっています。サイズも大きいです。

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />パスタも2種類オーダーできます。<br />こちらは、「たことピーマンのトマトソース」。ビジュアル的にも満点ですが、トマトソースの味が絶妙で美味しかったです。

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    パスタも2種類オーダーできます。
    こちらは、「たことピーマンのトマトソース」。ビジュアル的にも満点ですが、トマトソースの味が絶妙で美味しかったです。

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />こちらは、「いろいろきのことベーコンのペペロンチーノ」。パスタはアルデンテで、キノコやガーリックの風味がよく馴染んでいました。ベーコンも分厚いのが沢山入っており食べ応えがありました。<br />どちらかと言うとパスタは苦手な方ですが、これは美味しく完食いたしました。

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    こちらは、「いろいろきのことベーコンのペペロンチーノ」。パスタはアルデンテで、キノコやガーリックの風味がよく馴染んでいました。ベーコンも分厚いのが沢山入っており食べ応えがありました。
    どちらかと言うとパスタは苦手な方ですが、これは美味しく完食いたしました。

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />ピッツァは3種類から1つ選べます。<br />こちらは、イタリアンの定番「マルゲリータ」。<br />薄いクリスピー生地で、トマトソースとモッツァレラ・チーズのコンビネーションが抜群です。すでにお腹いっぱいでしたが、不思議とぺろりと食べられました。

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    ピッツァは3種類から1つ選べます。
    こちらは、イタリアンの定番「マルゲリータ」。
    薄いクリスピー生地で、トマトソースとモッツァレラ・チーズのコンビネーションが抜群です。すでにお腹いっぱいでしたが、不思議とぺろりと食べられました。

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />デザートとドリンクは各2種類オーダーできます。<br />こちらは、「ティラミス」。ボリュームがあります。<br />ドリンクは、アイス・コーヒーを食前に持ってきてもらいました。因みに、グラスワインも選べます。

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    デザートとドリンクは各2種類オーダーできます。
    こちらは、「ティラミス」。ボリュームがあります。
    ドリンクは、アイス・コーヒーを食前に持ってきてもらいました。因みに、グラスワインも選べます。

  • 三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)<br />デザートの「本日のアイスクリーム」は、抹茶の小豆入りパウンドケーキ(生クリーム載せ)とチョコレート・アイスクリーム。<br />ボリューム、味共に大満足でした。コストパフォーマンスの高いお店です。<br /><br />この続きは、夏雲奇峰<後編>六甲山高山植物園編でお楽しみください。

    三宮 センター街 DEL PAPA(イタリアン)
    デザートの「本日のアイスクリーム」は、抹茶の小豆入りパウンドケーキ(生クリーム載せ)とチョコレート・アイスクリーム。
    ボリューム、味共に大満足でした。コストパフォーマンスの高いお店です。

    この続きは、夏雲奇峰<後編>六甲山高山植物園編でお楽しみください。

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