2013/06/24 - 2013/06/24
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北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)は、山梨県富士吉田市上吉田にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。山梨県富士吉田市上吉田5558
延暦7年(788年)、甲斐守紀豊庭が現在地に社殿を造営した。天文17年(1548年)5月26日に小山田信有が吉田の諏訪禰宜に、毎年の富士山神事に際して新宮を建てる場合は披露するようにと命じている。永禄4年(1561年)3月2日、武田信玄は吉田の諏訪の森の木を伐ることを禁止している。また『甲斐国志』によると、同年に武田信玄が富士権現を造営したという。
このように古来から社中に「諏訪の森」が位置し、諏訪神社の鎮座地に浅間神社を勧請したと伝わる。現在当社は浅間神社であり祭神も木花開耶姫命を主祭神としているが、当初は諏訪神社であったとされている。笹本正治によると、永禄4年(1561年)の信玄による富士権現造営は、現在の北口本宮冨士浅間神社の元になるものであるとし、それ以前は諏訪社のみが鎮座していたとしている。
その後は元和元年(1615年)、谷村城主鳥居土佐守成次が現在の本殿を建立、貞享5年(1688年)に社殿が造修された。一時荒廃していたが、享保年間になって、富士講の行者であった村上光清が私財を投げ打って再興し、富士講の参詣者を集めた。拝殿の前の両脇には樹齢千年の「富士太郎杉」「富士夫婦檜」の名を持つ大きな御神木がある。
富士登山道の吉田口の起点にあたる。江戸時代には富士講が流行し、周辺には御師の宿坊が百件近く立ち並んだこともあるが、これは神社に属さない独自の宗教活動であった。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
北口本宮冨士浅間神社については・・
http://sengenjinja.jp/
http://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p1_8016.html
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