2013/05/18 - 2013/05/20
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kazuuzooさん
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2013年5月18日:ヴィリニュス-トラカイ-ヴィリニュス
2013年5月19日:ヴィリニュス-カウナス-ヴィリニュス
2013年5月20日:ヴィリニュス
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
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リトアニア2日目、今日はカウナスを観光します。
トラカイと同じく、ヴィリニュスのバスターミナルからカウナスのバスターミナルへ。
カウナスのバスターミナルはカウナスの旧市街からは離れた新市街にあります。そこから街中までブラブラ歩いていくことにしました。 -
バスターミナルのあるヴィタウト大通りを左に曲がって少し行ったところにある聖ミカエル教会です。
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そこからはライスヴェス通りを進みます。
ライスヴェス通りはこんな感じで並木道。
歩いていて気持ちがいいです。 -
しばらくライスヴェス通りを歩いて右に曲がるヴィエニーベス広場にやってきます。その奥にあるのがヴィタウタス戦争博物館。ヴィータウタスはリトアニアの英雄。15世紀、リトアニアが大公国が一番栄えた頃の大公で1936年、リトアニアが独立していたころに建てられたそうです。
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ヴィエニーベス広場にあるリトアニア独立のため犠牲となった英雄の記念碑です。真ん中にある碑を挟んで10人の重要な人物の像が並んでいます。
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真ん中にある碑は色々な戦地から運ばれてきた石を積み上げて出来たもの。
ソ連の支配時は撤去されてしまっていたそうですが、1989年に再建されました。 -
ちょっとここで休憩してすることに。
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再び歩き始めて、ライスヴェス通りに戻ってきました。
ちょうどライスヴェス通りに戻ってきたところにあったのがヴィタウタス大公の像。大公の像の下の台の4角にはポーランド、ロシア、タタール、ドイツ騎士団の像が埋め込まれています。 -
再びライスヴェス通りを歩いて並木道が終わって左に曲がるとヴィリニアウス通りに到着します。ここを歩いて旧市街へと向かいます。
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そしてヴィリニアウス通り沿いにある旧大統領官邸にやってきました。
1919年〜1940年、リトアニアが独立していた時の大統領官邸でこの間に3人の大統領がここで住んだそうです。 -
ヴィリニアウス通りをさらに進んでやってきたのが聖ペテロ&パウロ大聖堂。カトリック教会でリトアニア枢機卿の本拠地。残念ながら中には入れませんでした…
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あれっ、行列がやってきました。
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そして教会の中へと入っていきました。
これからミサ!?
中には入れないはずですね… -
聖ペテロ&パウロ大聖堂の斜向かいにある市庁舎広場にやってきました。
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この建物が旧市庁舎。18世紀に建てたれた建物で、帝政ロシア時代は牢獄だったり、皇帝の別宅といった用途にも使われたそうです。
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この旧市庁舎の前にあるこのガラス。中には15世紀のロウ製造所のの発掘跡が見えます。残念ながら写真ではちょっと見づらいです…
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同じく市庁舎広場にあるイエズス教会です。
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市庁舎広場からネムナス川の方に行くとあるのがぺルクーナスの家。15世紀に建てられたこの家がある場所は、ぺルクーナスという雷神を祀る神殿があったそうです。
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ペルクーナスをさらにネムナス川方面に進むとヴィタウタス大公教会があります。こちらも15世紀の建物でヴィタウタスのタタール征伐のとき、危機を免れる奇跡があったことから帰還後に建てられたと言われているそうです。
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このヴィタウタス大公教会の建物に刻まれた水位計。そして水位計の隣に石板の様なものが見えますが、1946年の大洪水の際に記録した水位290cmと刻まれています。
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ヴィタウタス教会の裏側はネムナス川。この日は穏やかでした!
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再び市庁舎広場へと戻ってきました。
旧市庁舎を正面に見て左奥。こちら側には逓信博物館、文学博物館といった博物館が並んでいます。 -
そして旧市庁舎の右奥を進むとこんな感じ。
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再び旧市庁舎を離れてやってきたのが聖ゲオルギ教会。
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ここは中にも入れます。なんでもソ連時代に管理がなされなかったのでちょっと荒れた感じです。
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聖ゲオルギ教会の前に建つカウナス城までやってきました。
13世紀にドイツ騎士団の攻撃に備えて建てられたお城です。
その頃先ほど見たネムナス川がが騎士団領とリトアニア領の境だったそうで、1363年にはこの場所もドイツ騎士団に一度占領され、その時お城も破壊されてしまったそうです。
その後、15世紀、ヴィタウタス大公の時に再建されたそうです。 -
塔の上には1361Kaunusの文字が。
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お城から見た聖ゲオルギ教会です。
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カウナス城跡の全景。この場所はちょうど先ほど訪れたネムナス川とネリス川が合流する場所。その合流ポイントに近い場所にお城があります。
この後、軽く食事して、旧市街から移動しました。 -
来た道を歩いていくとなんだかパレードのような集団に出くわしました。でもこの着ぐるみ、何なんでしょう…
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別の集団です。でもやっぱり着ぐるみ…
結局こんな集団5つぐらいありました。 -
ライスヴェス通りに戻ってきました。
朝と比べるとやっぱり行き交う人の数が違います。 -
そしてこれまた再び聖ミカエル教会です。
う〜ん、こちらは朝と変わらないかも… -
カウナスで最後に訪れたのが杉原記念館。日本のシンドラー、杉原千畝が勤務したカウナス旧日本領事館です。
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杉原千畝の執務室です。
1939年、杉原千畝はカウナスにやってきました。ナチスドイツがヨーロッパの国々を占領し、トルコがビザ発行を行わなかったことから、ヨーロッパのユダヤ人がナチスの迫害から逃れるには外国のビザを入手し旧ソ連を通過する東周りのルートで逃げるしかなかったそうです。 -
そんな状況の中、在リトアニアオランダ名誉領事、ヤン・ツバルテンディクは、カリブ海オランダ領キュラソーのビザを2300通以上発給したそうです。
ただ、このビザを利用してアメリカ、そしてキュラソーに向かうにはどうしても日本の通過ビザが必要だったそうです。 -
杉原千畝は本国にビザ発給許可の依頼を出しますがことごとく却下されたそうです。そんな中、日本領事館の前には多くのユダヤ人がビザの申請を目的に集まっていました。
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最終的には杉原千畝の独断でビザの発給に踏み切ります。正確な発給数は分からないそうですが、使われたものだけでも6000人分。
戦後、杉原千畝は命令に背いたということで外交官を退官させられます。その後も、イスラエル、ヨーロッパなどでは人道的な行動を取った人と賞賛されますが日本ではなかなかそうはいきませんでした。ようやく日本政府から名誉回復がなされたのは2000年、杉原千畝が亡くなってから14年後だったそうです。 -
杉原記念館を後にして、そろそろヴィリニュスに帰る時間となりました。
この日も前日のトラカイ同様帰りは列車を利用することに。 -
ほぼ定刻で列車は出発、ヴィリニュスに無事帰ってきました。
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