2013/05/08 - 2013/05/19
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iketakeさん
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夫婦二人旅、愛車(クライスラー社ボイジャー3400CC)で東北高速自動車道の鹿沼ICを23:00ごろ入り、一路、関が原ICに向け出発。ガソリンは満タンで夜中でもガソリンの心配はしなくていいので安心して走った。川口JCTより外環道路に入り大泉JCTで下り、環八を通り東名高速に東京ICより入る。この道はいつも利用していた道で(町田へ行くとき)慣れていた。このまま一目散にと思ったが途中便所に立ち寄り、海老名SAで小休止、すこし仮眠する、運転を交代しながらなので、思ったより楽だ。このまま行けば早朝に着きすぎるのと、養老SAで朝食もとりたいので休憩を挟みながら調整し、養老SAに7:20頃着く。ここの養老SAには日本食食べ放題の養老名鉄レストランがあり一人820円でなかなかいいのだ。ゆっくりと腹を満たして、お土産も買い8:40出発この先の関が原ICで下りて親戚まで10分もあれば到着だ。9時ごろ到着ここまで520Kmだ。今日一日はゆっくりと昼寝を決め込んで休む。明日から古戦場の陣跡めぐりに歩きで行くぞ!一日一万歩以上歩くのだ!。ウォーキングには最高の場所ですよ。
この他養老の滝、伊吹山、池田温泉(入浴料500円お肌つるつる)琵琶湖、長浜城、彦根城など、ちょっと足お伸ばせば世界遺産白川郷・五個山の合掌造り集落。食べ物では言わずと知れた飛騨牛、(別名焼肉街道、焼肉屋があっちこっちに焼肉勝ちゃんのサガリうまい!)時期も終わりかけていたが家でタケノコの煮物一週間毎日食べた旨かった。京都も近いね。
話はそれたがウォーキングで陣跡めぐり写真の解説を見てね。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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関が原決戦場 ここからが始まりだ!
慶長五年(1600年)九月十五日 天下の覇権を狙う徳川家康率いる東軍と、阻止するために挙兵した石田三成率いる西軍が、関が原を舞台に、天下分け目の決戦を繰り広げた。 -
笹尾山 石田三成、島左近陣跡を望む
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竹矢来の柵 二重になってる。
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石田三成が家禄の半分を与えても仕官させたといわれる島左近陣地。
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笹尾山 石田三成陣地 頂上めざしてGO!
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10〜15分ほどで頂上へ到着 三成の陣地だ。
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頂上にはスピーカーつきの説明版が設置されている。スイッチON
西軍・東軍ともに布陣を終えた開戦当初の段階では西軍が圧倒的に優位で、山や丘を見事に押さえ、まるで鶴が翼を広げて敵を包囲しているかのような形→鶴翼の陣(かくよくのじん)とよばれる。
この必勝の陣形を構えていた。 -
西の総大将 石田三成陣地
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小池島津義弘陣跡
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丸に十の字の島津藩家紋
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関が原古戦場 開戦地
慶長5年9月15日、霧が薄くなり視界も広がった午前8時先鋒の福島正則は井伊隊の旗の動くのを見て、先陣の手柄を取られてなるものかと、宇喜多隊に一斉射撃浴びせました。一方井伊隊も福島隊に遅れまいと、島津隊の陣に向かって攻撃を開始し、合戦の火蓋が切って落とされたところです。 -
ここは宇喜多秀家の陣跡 家紋は兜
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宇喜多秀家 陣跡
約1万7千という西軍の主力部隊を布陣し、副総師として参戦した宇喜多秀家。 -
松尾山山頂まで1.9Kmさあ頑張っていこう!
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この家紋は小早川秀秋 山頂までまだまだあるぞ。
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なかなか険しい、杖がありがたい。(登り口に数本設置)
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辛いけど頑張るんだ。
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あれが頂上もう少しだ。
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ここを上れば山頂 小早川秀秋の陣跡だ。
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関が原合戦陣形図
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小早川秀秋は西軍として、1万5千の兵を率いてここ松尾山に出陣してきました。朝から傍観を続けた秀秋は、家康に催促鉄砲を打ち込まれ、遂に意を決して
友軍の大谷隊を攻め滅ぼしました・・・・・・ -
小早川陣地より決戦場を見る。
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小早川陣跡
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