2013/05/24 - 2013/05/24
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キヌちちさん
奈良の大仏様を見に東大寺に行ってきました。ここも高校の修学旅行で来て以来四十数年ぶり。大仏はやはり大きかった。
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東大寺境内の案内図です。
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奈良公園といえば鹿。たくさんいました。
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こんにちは!!
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せんべい、もっと頂戴。
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東大寺
奈良市雑司町にある華厳宗の大本山。
大華厳寺、金光明四天王護国寺などとも称する。
本尊は盧舎那仏で、奈良の大仏として有名。
奈良時代の創建。
『金光明最勝王経』の思想を根幹とした、741年(天平13年)3月24日の詔に基づいて設置された全国国分寺の中心となって、総国分寺とも称された。
大仏造顕の目的は、『華厳経』で説く理想の世界、すなわち蓮華蔵(れんげぞう)世界をこの世に実現しようとしたものであり、さらに日本の文化を世界に示そうとするものであった。
東大寺の名称は、平城京の東にある大寺(おおてら)という意味に由来する。
南都七大寺の一つ(小学館、日本大百科全書より)。 -
子安神社。東大寺初代別当、良弁僧正の母親が祭られている。
良弁僧正が母様をこの場所に居住させて(近くに住まわせたという説もあり)孝行したと伝えられている。安産と子育てにご利益があるとされている。 -
東大寺境内
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大仏殿の入り口です。
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大仏殿遠望
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大仏殿
創建から2度にわたって焼失、鎌倉と江戸時代に再建された。
江戸期には柱とする材が調達できず、芯となる槻(つき)を檜板で囲い、鉄釘と銅輪で締めて柱とした。
そのため、創建時に11間(86m)あったが7間(57m)となった。
現在でも世界最大級の木造建築であるが、往時の壮大さがうかがえる。
毎年、大晦日から元旦に正面唐破風(からはふ)下の観相窓が開かれ、大仏尊像のお顔を外から拝しながら新年を迎えることができる。
平成24年に大仏殿内、廻廊、霊名所、授与所の照明装置を全てLED化。
消費電力は8分の1、熱や紫外線も殆んど出なくなりました(東大寺HPより)。 -
大仏殿
大仏で知られる奈良時代の代表的な寺院で大仏殿は世界最大の木造建築物です。
天平15年(743年)に聖武天皇が盧舎那大仏建立の勅願を発令し、その大仏を安置する寺として国力を挙げて造営されました。
天平勝宝4年(752年)に大仏殿が完成。
以降次々と堂塔が建築され40年近くかかって寺観が整いました。
都が長岡へ移ったあとも歴代天皇の手厚い保護を受けて、興福寺とともに栄華を誇りました。
しかし、治承4年(1180年)平重衡の軍勢によって大仏殿をはじめ伽藍の大半を焼き払われてしました。
重源上人によって再興されましたが、永禄10年(1567年)の三好・松永の乱で、わずかな建物を残して再度焼失してしまいます。
現在の伽藍の多くは江戸時代に再興されたものです(奈良市観光協会HPより)。 -
東大寺大仏 −毘盧遮那仏とは−
聖武天皇は、政変や反乱などが相次ぐ当時の社会不安を、 仏法の力によって解消しようと(鎮護国家思想) 全国に国分寺の創建を推進する一方、大仏造立を発願。 東大寺の本尊として世界最大の金銅仏、 毘盧遮那(ビルシャナ)大仏の造営が始まり、 天平勝宝4年(752年)に開眼法会が盛大に行われました。
◆毘盧遮那(ビルシャナ)= サンスクリット語のヴァイローチャナの音訳で、 太陽・光明の意、華厳経の教主です。
平安時代の密教で宇宙の根本仏とされる大日如来は、 ビルシャナ仏から展開した仏です。
【奈良の大仏、その大きさ】
座高1,498cm、顔の長さ533cm、顔の幅1,498cm、目の長さ102cm、鼻の幅98cm、鼻の高さ50cm、口の長さ133cm、耳の長さ254cm、手のひらの長さ148cm、中指の長さ(left)108cm、足の大きさ374cm、ひざの厚さ(left)223cm、銅座の高さ304cm、石座の高さ252−258cm(奈良市観光協会HPより)。 -
奈良の大仏
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台座を加えた高さが約18m。高い!!
手のひらの長さが148cm。でかい!! -
奈良の大仏の左側です。
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奈良の大仏の右側です。
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左斜め後ろから眺めた大仏
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右斜め後ろから眺めた大仏
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大仏の真後ろです。
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虚空蔵菩薩坐像。江戸時代の代表的な仏教彫刻で、1752年(宝暦2年)に制作された。大仏は銅造だが、こちらは木造。山本順慶一門と椿井賢慶一門の制作とされている。虚空蔵は智恵と功徳が虚空のように広大無辺とされている。
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広目天。仏教における天部の仏神で四天王の1尊。ちなみに残りの3尊は持国天、増長天、多聞天。
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創建当初の伽藍を50分の1に縮小、復元した模型。
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鎌倉と江戸期の大仏殿の再建模型。
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増長天像と持国天像の頭部。大仏殿の諸仏再興の最後は四天王像制作で広目天と多聞天は完成したが、増長天像と持国天像は未完成のまま頭部だけ残された。
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多聞天。四天王の1尊で常時如来の道場を守り、法を聞くことが最も多いことから「多聞」とされる。北方を守る仏法守護の神将。福徳の神で毘沙門天とも称される。
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大仏の鼻の穴と同じ大きさといわれる柱の穴。この柱は大仏殿の「鬼門」にあたる北東に位置し、開けた穴から邪気を逃すのだそうです。この穴をくぐると無病息災のご利益があるとかで、中国人のグループが大声を出しながら挑戦し合っていました。様子を眺めていましたが、スリムな体型でないと通り抜けは難しそうです。
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如意輪観音。観音菩薩の一つで、手に意のままに宝を出すという如意宝珠を持ち、すべて人々の願いを満たすことから如意輪観音の名がある。財宝、福徳、知恵を富ませ、苦悩する人間を救うとされる。
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銅鑼がありました。
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大仏殿内
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東大寺境内です。
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金銅八角灯籠と中門。高さ4.6mの金銅八角灯籠は大仏開眼と同時期に制作され、日本に残る最大最古の銅灯籠だそうです。
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東大寺境内です。
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東大寺境内です。
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大仏殿の入り口横に鎮座する賓頭蘆尊者(びんずるそんじゃ)の木像。 仏弟子で、如来・菩薩以前の修行過程にある十六羅漢のうち、第一の聖者で、 説法に優れ、「獅子吼第一」と呼ばれたが、釈迦にとがめられたほどの神通力の持ち主でもあったともいう(説明看板より抜粋)。
一瞬、ミイラの骸骨のように見え、ドキッとしました。バチあたりですね。 -
1980年10月15日に実施された大仏殿の昭和大修理落慶法要の写真。
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大仏殿入り口近くにいた鹿。
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大仏殿入り口近くにいた鹿。
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中門の多聞天
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中門の持国天
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二月堂に向かいます。
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奈良公園観光案内図です。
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花まつり千僧法要記念宝塔
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四月堂です。毎年4月に法華三昧が行われるので四月堂と称される。三昧堂、普賢堂とも呼ばれる。創建は治安元年(1021年)で鎌倉時代に再建された。
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三月堂
東大寺建築のなかで最も古く、寺伝では東大寺創建以前にあった金鍾寺の遺構とされる。
752年(天平勝宝4年)の東大寺山堺四至図には「羂索堂(けんさくどう)」とあり、不空羂索観音を本尊として祀るためのお堂である。
旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われるようになり、法華堂、また三月堂ともよばれるようになった。
もとは寄棟(よせむね)造りの正堂(しょうどう)と礼堂(らいどう)が軒を接して建つ配置であったが、鎌倉時代、礼堂を入母屋(いりもや)造りに改築して2棟をつないだ。
正堂は天平初期の建築だが、礼堂は大仏様(だいぶつよう)の特色が見られる鎌倉時代の建築。時代の異なる建築が高い技術によって結ばれ、調和の取れた美しい姿を見せる(東大寺HPより)。 -
二月堂
旧暦2月に「お水取り(修二会)」が行われることからこの名がある。
二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残ったが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物である。
本尊は大観音、小観音と呼ばれる2体の十一面観音像で、どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏である。
建物は2005年12月、国宝に指定された(東大寺HPより)。 -
二月堂
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二月堂
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二月堂からの眺望です。
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二月堂から眺めた四月堂です。
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二月堂から眺めた三月堂です。
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二月堂
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二月堂
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二月堂
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二月堂への階段
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階段を下りた所にいた鹿。顔を石壁に擦り擦りしていました。
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