2013/10/15 - 2013/10/15
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横浜臨海公園さん
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小國神社(おくに じんじゃ)は、静岡県周智郡森町に所在する遠江國一之宮神社である。
御祭祀は、
大己貴命(おおなむちのみこと)
の御1柱である。
然るに、該祭祀とされたのは、桃山期晩期〜江戸期最初期頃からであり、此れまでは主として 許登麻知神(ことのまちのかみ)、若しくは、小國天神(をくに てんじん)とも称していた。
社伝に拠れば、第29代 舒明帝(じょめい てんのう)(継体3年(509年)〜舒明32年(571年)5月24日)在位中たる舒明16年(555年)2月18日に遷宮したとされる。
延長5年(927年)に編纂された 延喜式神名帳(えんぎしき しんめいちょう)に於いて、遠江國式内社指定社は合計62坐で、名神大社2坐、小社60坐が確認されており、名神大社では、榛原郡敬満神社、及び、濱名郡角避比古神社が記載されていた。
然るに、前者は、当時の東海道に於いて交通難所で急勾配で地形が嶮しく粗悪な日本坂経由道を忌避し現行ルートに改変が実施された事で衰退忘却され、後者は、貞観11年(869年)7月9日に発生した貞観大地震(じょうがん だいじしん)に拠り津波に見舞われ、更に、明應7年(1498年)9月11日に発生した明應大地震で浜名湖が遠州灘と接続した際に該社が大津波で再流失後は該存在すら所在不明社となった。
此の頃から記録上に於いて該社が登場する。
即ち、
承和 7年(840年)6月24日 従五位下
貞観 2年(860年)1月27日 従四位下
16年(874年)2月23日 従四位上
に昇格した。
平安末期ともなると、中央集権体制の崩壊の兆しと共に律令制度衰退が原因で、朝廷は全国有力社寺から直接年貢徴収を実施せざるを得なくなり、遠江國では、名神大社たる、角避比古神社、及び、敬満神社が衰退し、此れら2社に代り該社が年貢朝貢社として躍進し頭角を伸ばす。
該社が一之宮を称する様になったのは、現存文書から、概ね、平安末期たる永萬元年(1165年)から鎌倉初期たる文暦2年(1235年)頃の間と推定される。
神仏習合の影響は該社と云えども例外では無く、境内に別当神宮寺が建立された。
即ち、現在の蓮華寺、及び、蓮増院である。
然るに、平安末期頃より、神宮寺は律令制度衰退と共に新たな展開を見せる糸口となった。
該社にとって、戦国時代末期は多難な時期を迎える事になる。
元亀2年(1571年)に、該社別当神宮寺たる蓮華寺僧侶が、該社別当として派遣助勤させられていたが、当初の予想をはるかに上回る長期間に亙った事から、蓮華寺側から反発を招来させた。
蓮華寺から該社に対し、再三に亙り該寺僧侶返還を要求したが、該社が該要求を黙殺し継続した事から、両社間が騒乱の場と化してしまった。
然も、該騒乱が互いに一歩も譲らず意見を主張し続けた為に、最終的に京都朝廷をも巻き込んだ泥縄状態に陥った。
当時の天台座主が仲介したが全く埒があかず、最終的には、第106代 正親町天皇(おうぎまち てんのう)(永正14年(1517年)6月18日〜文禄2年(1593年)2月6日)が、徳川家康(とくがわ いえやす)(天文11年(1543年)1月31日〜元和2年(1515年)6月1日)に対し、綸旨を以って返還依頼させる有様だった。
翌元亀3年(1572年)には、遠江國目代 武藤氏定(むとう うじさだ)( ? 〜天正9年(1581年)3月)は、武田信玄(たけだ しんげん)(大永元年(1521年)12月1日〜元亀4年(1573年)5月13日)に呼応すべく、主君たる 家康を裏切り、武田軍勢を招入し、該社を城郭にしようと目論んだ。
然るに、当時の該社神主 鈴木重勝(すずき しげかつ)は元来が三河國出身で家康とは旧知昵懇の仲であり、重勝は包囲状態化で窮地に陥った状況下すら武田方に組する事を潔しとせず、此の為に、長男 千松麻呂を人質として家康に差出し、改めて家康に忠誠を誓うと同時に、該社御神体を別場所に移設させた上で、家康は該社境内が敵陣地として使用不可能にすべく、同年9月22日に該社造営物に対し悉く焼捨させた。
此れら造営物が全部再建され遷宮が完了するのは、天正11年(1583年)12月7日である。
また、家康は焼失させた造営物の穴埋代替として590石の一宮神領朱印状を安堵した。
造営後約100年が経過し、元禄10年(1697年)に遷宮を実施したが、享保9年(1724年)に境内に火災が発生し造営に迫られた為に、延享4年(1747年)に遷宮した。
遠江國に一之宮に就いては、該社以外に事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)が該当すると言う解釈も存在する。
然るに、江戸期に事任八幡宮は事任と称する事も途絶し、日坂八幡宮として忘却衰潮の一途を辿っており、元禄10年(1697年)12月には、該社境内に事任神社が遷宮される状態だった。
然し、該社が一之宮とする古文書が30点以上現存するのに対し、事任八幡宮に関する文書は室町期の物を含め4点しか存在せず、然も、全部が京都吉田神道家関係のものばかりである。
室町中期以降、吉田神道家勃興に依り、該家は宗源宣旨と称し神道長上の名を以って私事神位指定を徳川末期に至るまで行った。
即ち、吉田神道家は京都の地に在り、当時の交通不便な時代に遠江國の如き遠隔地の実情に就いて直見では無く伝聞を主とした当時の状況下では疎くなるのも致し方無く、此の事をして、遠江國のみならず全国一之宮の存在の混乱を招来させた一因を否定出来ない。
因みに、吉田家に依る神位指定行為は、明治維新直後の神祇制度改定に拠り全面的に禁止された。
遠江國に於ける國学、即ち、遠州國学勃興は該社とも深い繋がりを有するが、始原は江戸中期の古典研究を基にしている。
即ち、当時 濱松諏訪神社神主 杉浦國頭(すぎうら くにあきら)(延宝6年(1678年)9月27日〜元文5年(1749年)6月27日)が提議した学問である。
その後、高弟の 賀茂真淵(かもの まぶち)(元禄10年(1697年)4月24日〜明和6年(1769年)11月27日)に継承されたが、真淵は、第8代征夷大将軍 徳川吉宗(とくがわ よしむね)(貞享元年(1684年)11月27日〜寛延4年(1751年)7月12日)の信任を得て、次男 田安宗武(たやす むねたけ)(正徳5年(1716年)1月21日〜明和8年(1771年)7月15日)の和学御用掛に任じられた。
幕末になり、遠州國学派は尊王思潮から王政復古と相前後して共に遠州報國隊を結成させ活躍の場を見出したが、該社人からも多数の参加者があり、該隊は朝廷軍に願出て東征大総督府宮 有栖川宮熾仁(ありすがわのみや たるひと)(天保6年(1835年)3月17日〜明治28年(1895年)1月5日)親王の警護を仰せ付けられた。
然し、新政府は旧徳川家を取り潰しとせず静岡藩50万石として存続させる事に決定し、田安亀之助を元服させ 徳川家達(とくがわ いえさと)(文久3年(1863年)8月24日〜昭和15年(1940年)6月5日)として静岡藩主に任命したが、該隊は討幕側に従軍した事で旧徳川家臣団から怨嗟怨念の対象になり、事実襲撃され殺害者も発生し元隊員身辺に危険に及んだ事で、大村益次郎(おおむら ますじろう)(文政8年(1824年)5月30日〜明治2年(1869年)12月7日)は該隊員の状況を知り、東京に戊辰戦争戦死者を祀る靖國神社の前身たる招魂社創建に鑑み、該隊員に奉仕をさせる計画を立案し、東京移住を提案させ31名が招魂社社司に任命し着任させた。
明治維新と共に、大政官布告として次々と社寺関係令が発せられた。
明治元年(1868年)4月20日 神仏分離令
明治4年(1871年)1月 5日 社寺領上地令
社寺領上地令と共に、遠江國では角避彦神社が國幣中社に指定された。
然るに、角避彦神社は、前述の如く、明應7年(1498年)9月11日に発生した明應大震災で浜名湖と遠州灘を遮る土地が陥没し、大津波で流出後は所在不明社である事から論社比定不能と判定され、翌明治5年(1872年)7月1日に指定解除され同時に該社が國幣小社に指定昇格した。
該社が國幣小社指定の経緯に就いては、
國幣小社小國神社ハ延喜式神名帳所載ニシテ、祭神大穴牟遅命ヲ鎭祭スト云フ。明治六年六月國幣小社列セラル。其達書左ノ如シ。
右國幣小社列自今
官祭被仰出候事
明治六年六月十三日
大政大臣 三條實美
なる当時の文書から、遠江國筆頭神社たる事が確認された。
明治15年(1882年)3月8日1時頃、境内作事小屋から出火し火は見る見る間に境内主要造営物に引火炎上した。
原因は、作事小屋に於いて屋根職労務者が禁止されていたにも拘らず、暖を摂る為に密に焚火をした後の残火の不始末が原因と断定された。
造営物以外で焼失した財宝類は、家康奉納の宗近作大刀、小刀、家康奉納の采配、尊朝親王発家康宛親書、舞楽装束楽器、面等々88品に及び、若し、愚にもつかぬ火災で烏有に帰せず今日現存していれば、悉く国重要文化財指定拝命は確実だった逸品ばかりであり遺憾である。
直ちに内務省主導で復興計画が練られ実行されたが、被災前後で一番相違したのは本殿構造であり、被災前は熊野系権現造だった物が、復旧後は御祭祀に因み、出雲系大社造様式に変化を見せた。
明治5年(1872年)7月 1日 縣社列格
明治6年(1873年)6月13日 國幣小社 昇格
尚、大東亜戦争後、遠江國では、事任八幡宮が一之宮を称し物議を醸し出した。
然るに、神社本庁は基より、神道学会に於いて事任八幡宮をして一之宮社として認定したことは1度も無く、此れに基づき、昭和54年(1979年)に刊行された國史大辞典に於ける諸國一宮一覧項目、及び、國學院大學日本文化研究所が主催編纂し、平成6年(1994年)に刊行された神道事典に於ける全国一之宮神社一覧に該社のみ記載され事任八幡宮に関する記載は一切存在しない。
現在、我が国に於いて一之宮を称する神社は多数存在するが、中には公認されぬ自称一宮社が少なからず存在する事に留意を置くべきである。
該社神事たる 田遊祭(おぐに じんじゃ たゆうさい)は、毎年1月3日に執行されるが、平成19年(2007年)3月7日附で国重要無形民俗芸能文化財指定。
http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp
表紙写真は 小國神社表参道神橋
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
http://www.okunijinja.or.jp/
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
遠江一宮駅
駅構内
日本国有鉄道二俣線が第3次地方交通線として認定された事から、昭和62年(1987年)3月15日に天竜浜名湖鉄道に転換された。 -
遠江一宮駅
駅本屋
該駅は昭和15年(1940年)6月1日に鐵道省二俣線所属駅として開業した。
該駅本屋は該駅開業当時の造営で、平成23年(2011年)1月26日に登録有形文化財登録を受けた。遠江一宮駅 駅
-
小國神社
壱之鳥居(いちのとりい)
全高7.5m
鉄筋コンクリート製
昭和41年(1966年)改築。
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小國神社
壱之鳥居
神額
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社號標(しゃごうひょう)
石造
明治44年(1911年)建立。
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社號標
近接
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社號標
裏面
揮毫は 東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)(天保4年(1834年)1月1日〜明治45年(1912年)1月4日)。
東久世は文久ノ政変(ぶんきゅうのせいへん)の際に長州に都落ちした7卿の1人。
但し、人物としては凡庸で単純極まる性格だった事から、明治期以降は不活発な存在だった。
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参道
壱之鳥居から弐之鳥居。
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小國神社
飯王子社(いいおうじしゃ)
該社末社
御祭祀は、
保食神(うけもちのかみ)
御1柱である。
木造流造 銅板葺
元和6年(1620年)9月9日 創建。
明治16年(1883年)再建。
昭和31年(1956年)改築。
遠江國横須賀に於いて旱魃が連継続し、旱魃を除去する為に祈願を行う為に横須賀在住者が祠を建てたのが該社創建とされる。
瑞殿ヲ横須賀ノ方ニ向ケ保食神ヲ飯王子社ト称ヘ奉レハ五穀ミノラム
との神託に依り横須賀に向け祭り不作絶へたと伝承される。
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神橋(しんきょう)
昭和53年(1978年)改築。
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勅使参道(ちょくし さんどう)
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勅使参道
全長500m弱で樹齢数百年とされる杉並木大木80本余が覆う。
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勅使参道
旧暦2月28日に合せ勅使が該社参拝の際に使用した参道跡。
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水屋(みずや)
明治19年(1886年)新築
昭和58年(1983年)改葺
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水屋
屋根装飾
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水屋
石水桶
16菊花
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鉾執社(ほこしっこうしゃ)
該社家、及び、該社神職奉護者の御霊を祀る。
木造流造 銅板葺
昭和63年(1988年)9月20日鎮座。
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小國神社
宗像社(むなかたしゃ)
該社末社
御祭祀は、
田心姫命(たごころひめのみこと)
田霧姫命(たぎりのひめのみこと)
市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
御3柱である。
竹生嶋(ちくぶしま)社とも称する。
木造流造 銅板葺
明治16年(1883年)再建。
昭和32年(1957年)改築。
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宗像社
女性守護神、水神とも称される。
徳川家康家臣 阿部善八郎(あべ ぜんはちろう)が大槍を奉納。
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事街橋(ことまちばし)
平成23年(2011年)6月1日設置。
欄干は陶器製。
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事待池(ことまちいけ)
鏡池とも称する。
該社に願掛けを行い成就した暁に該池に鯉を奉納する慣習が存在する。
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八王子社
全景
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八王子社(はちおうじしゃ)
該社末社
御祭祀は、
素戔鳴命(すさのをのみこと)
稲田姫命(いなだひめのみこと)
國狭槌命(くにのさずちのみこと)
御3柱である。
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八王子社
比叡山王八王子を鎮祭。
明治15年(1882年)3月8日に発生した該社火災で唯一被災を免れた為に、長期に亙り該社末社が仮合祀されていた。
木造切妻造 柿葺
明治16年(1883年)改築。
現在では新築家屋の中に鎮座。
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神幸所(しんこうじょ)
仮屋は流造銅葺
昭和5年(1930年)改築。
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小國神社
全国一宮統合殿社
木造三間流造 銅板葺
該社は、三殿一棟建築様式で造営され、全国主要一之宮神社、及び、此れに準ずる大神社、計54坐の祭祀を統合し祀った社である。
即ち、一之宮神社に準ずる神社とは、鶴岡八幡宮、坐摩神社で、大東亜戦争前まで、本来の一之宮処遇では無く、大東亜戦争終結に伴い、内務省神祇院が連合国総司令部命令に拠り廃止させられ、代替統括組織として、昭和21年(1946年)2月3日附で神社本庁が設置後、該組織に依り一之宮として追認された社である。
更に、多賀大社、戸隠神社、猿田彦神社、春日大社、伏見稲荷神社、及び、石清水八幡宮は、一之宮に準格する大社と看做された社である。
以前は、各社が祠として該社境内に存在していたが、明治15年(1882年)3月8日の該社火災で被災し、取り敢えず、該火災で唯一被災を免れた八王子社に合祀された。
その後、平成元年(1898年)に独立造営された。
一殿18坐、計54坐が祀られており、流石に各坐毎に祭礼執行は困難な事から、毎年4月8日に祭礼を執行している。
該年12月18日 建立。
壱殿〔左〕
八幡社(応神天皇)
飯綱社(倉稲魂命)
酒王子社(酒解命)
諏訪社(建御名方命)
祇園社(素戔鳴尊)
住吉社(底筒男命・中筒男命・表筒男命)
春日社(天児屋根命)
賀茂社(別雷命)
鹿嶋社(武雷命)
香取社(経津主神)
龍田社(級長戸辺命)
熊野社(伊弉諾尊)
荒神社(進男尊)
荒神社(素戔鳴尊)
水神社(罔象女命)
稲荷神社(倉稲魂命)
祓殿社(祓戸神)
天神社(少彦名命)
弐殿〔中〕
多賀社(伊弉諾尊)
広田社(天照大神)
広瀬社(和加宇賀乃売命)
吉田社(天児屋根命)
熱田社(日本武尊)
梅宮社(酒解命)
石上社(拾握剱)
大和社(大國主尊)
葛城社(一言主尊)
供奉社(天太玉命)
丹生社(罔象女命)
子安社(伊弉諾尊)
平野社(日本武尊)
大原野社(天児屋根命)
石清水社(応神天皇)
赤山社(素戔鳴尊)
二宮社(國狭槌尊)
若宮社(応神天皇)
参殿〔右〕
江文社(國狭槌尊)
苗鹿社(大玉命)
三宮社(豊斟渟尊)
建部社(天明玉命)
富士社(木花開耶姫命)
三嶋社(大山祇命)
箱根社(彦火々出見尊)
南宮社(金山彦命)
気比社(仲哀天皇)
嚴嶋社(市杵嶋姫命)
神明社(天照大神)
海童社(少童命)
戸隠社(手力雄命)
三輪社(大己貴命)
聖真子社(天忍穂耳尊)
船玉社(猿田彦尊)
狭田社(大田命)
長田社(大宮売姫命)
静岡県周智郡戔森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
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小國神社
大杉(おおすぎ)
嘗ての御神木。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
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9:00〜16:00
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小國神社
大杉
昭和47年(1972年)に台風の為に折損。
現在は根元を保存。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
御留木
境内に馬上で入場した勅使は該木に於いて馬を繋ぎ以降は徒歩で移動した名残。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
参道
壱之鳥居から弐之鳥居。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
弐之鳥居(にのとりい)
全高8.7m
鉄筋コンクリート製
昭和41年(1966年)改築。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
常夜燈
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
舞殿(まいでん)
木造入母屋造 桧皮葺
明治33年(1900年)新築。
昭和37年(1962年)改葺。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
家康の立上がり石(いえやすの たちあがりいし)
徳川家康(とくがわ いえやす)(天文11年(1543年)1月31日〜元和2年(1616年)6月1日)が、天正2年(1574年)4月の犬居城攻略の途中、該社参拝の際に該石に腰掛て休息した伝承に拠る。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
秋篠宮両殿下御参拝記念礑
平成12年(2000年)6月15日該社参拝を記念して造営。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
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9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
拝殿・幣殿(はいでん・へいでん)
木造入母屋向拝付 桧皮葺
明治19年(1886年)新築。
昭和53年(1978年)改葺。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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常夜燈
静岡県周智郡森町一宮3956−1
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天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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常夜燈
静岡県周智郡森町一宮3956−1
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天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
弐之鳥居と舞殿
静岡県周智郡森町一宮3956−1
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天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
本殿(ほんでん)
木造大社造 桧皮葺
静岡県周智郡森町一宮3956−1
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天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
本殿向拝
明治19年(1886年)新築。
昭和52〜53年(1977〜78年)改葺。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
本殿向拝
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
本殿
神額
有栖川宮熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王(天保6年(1835年)3月17日〜明治28年(1895年)6月8日)御親筆。
贈書期は不詳とされるが、明治19年(1886年)6月以前と推定される。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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小國神社
神饌所(しんせんしょ)
廻廊
木造入母屋造 桧皮葺
明治19年(1886年)新築。
昭和37年(1962年)改葺。
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
http://www.okunijinja.or.jp/ -
小國神社
本殿向拝
全景
静岡県周智郡森町一宮3956−1
?: 0538−89−7302
9:00〜16:00
天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅 徒歩40分
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この旅行記へのコメント (10)
-
- pedaruさん 2014/02/09 07:03:12
- 200回目のご訪問
- 横浜臨海公園さん お早うございます。
拙いpedaruの旅行記に本日200回のご訪問を賜りました。有難うございます。
お気楽に書いているpedaruの旅行と違い、横浜臨海公園の作品は、丹念な調査、取材を素に、誠実に書かれている態度には敬服しております。
本編の神社の種類と祭神を改めて知ることが出来ました。民族の原点ともいえる神社を新しい目で見られる事と思います。
有難うございました。今後もよろしくお願いします。
pedaru
- 横浜臨海公園さん からの返信 2014/02/11 14:16:54
- 拝復
- pederuさま、こんにちは。
旅行記にメッセージを賜りまして、誠に有難うございました。
因みに、pederuさまが、小生のページを訪問されまして111回という1並びでございました。
小生、旅行記作成には時間を要しておりますので大量生産、粗製乱造は出来かねますが、それなりに皆さまに納得出来る内容の物をと努力させて頂いておりますので、今後をご期待下さいませ。
横浜臨海公園
-
- naniwa ladyさん 2014/01/02 10:35:14
- おめでとうございまーーす♪♪
- 横浜臨海公園さん、いつもアップするとすぐ駆けつけていただき、ご投票をいただき、有難うございます。アップしてその反応を感じることができ、とても励みになります。
横浜臨海公園さんは、すごーーーい旅行記で、圧倒と感心ばかりです。
本年もよろしくお願いします。
- 横浜臨海公園さん からの返信 2014/01/04 13:48:57
- 拝復
- naniwa ladyさま、こんにちは。
新年早々、御祝辞を賜りまして誠に有難うございました。
昨今では一昨年の事件で資料を喪失した状態から、未だ完全復帰には程遠い状況で、皆様の旅行記を拝見して楽しまさせて頂いております。
本年も亦何卒宜敷くお願い申します。
横浜臨海公園
-
- ごまさん 2013/11/30 19:57:26
- こんばんは
- 横浜臨海公園様
私の拙過ぎる旅行記に訪問と投票をありがとうございます。
本当に懐かしい田舎の駅舎に嬉しくなりました。
とても良い場所をご存知ですね。
旅行記のどれもが、とても読んでいて勉強になります。
私も神社を尋ねるのは好きな方ですが、雰囲気を楽しむので終わっています。
思えば何て残念な事をしているのでしょうか。
私ももう少し、興味を持つべきだと感じました。
これからも旅行記を楽しみにしております。
どうぞ宜しくお願い致します。
ごま
- 横浜臨海公園さん からの返信 2013/12/01 21:29:39
- 拝復
- ごまさま、こんばんは。
拙稿にお立寄を賜りまして誠に有難うございました。
小國神社は一之宮神社所在地として、驚くほどの過疎地に所在し、
遠江一宮駅前も店舗の類は全く無く、逆に素朴さがそのまま残された所だと感じました。
然し、訪れた当日は昨今最大規模の台風通過前日で、横殴りの大雨の中での参拝でした。
尾張國一之宮眞清田神社参拝の際も大雨で、本当に運の悪さでは双璧でした。
今後とも宜敷くお願いします。
先ずは御礼とご挨拶まで。
横浜臨海公園
-
- ムロろ~んさん 2013/11/07 14:16:23
- 参道について
- 横浜臨海公園様
ご無沙汰しております、ムロろ〜んです。いかがお過ごしでしょうか。
私の方は両親孝行すべくタイへ家族旅行の計画をしています。少しずつ用意をしており、12月初旬の出発まで用意が整うことができます。
静岡の旅行記を拝見しました。
境内から入ると、杉並木の参道が、心が洗われるくらいきれいなことに驚きました。
表紙の写真を拝見した際に、本殿まで一直線に見える風景が何とも言葉に言い表せないくらい素晴らしいなぁと思いました。
この参道とはまた別に勅使参道があるのですね。こちらの方もまた雰囲気が全く違っているのですが、こちらの方もまたきれいに整備されているのですね。
こちらの神社のHPを合わせて見ているのですが、ことまち横丁というところもあって、地元の方との交流も盛んな所なのだなぁと思いました。
ムロろ〜ん(-人-)
- 横浜臨海公園さん からの返信 2013/11/08 07:12:10
- 拝復
- ムロろ〜んさま、おはようございます。
旅行記に投票とコメントを賜りまして誠に有難うございました。
> 静岡の旅行記を拝見しました。
> 境内から入ると、杉並木の参道が、心が洗われるくらいきれいなことに驚きました。
> 表紙の写真を拝見した際に、本殿まで一直線に見える風景が何とも言葉に言い表せないくらい素晴らしいなぁと思いました。
→実は此の日は例の10年に1度襲来の超大型台風接近で、画像からは見て取れませんが、本当に横殴りの大雨で、
社務所から、
せっかくですから、ごゆっくりしていって下さい
と言われたのですが、天浜線が不通になる前に、そさくさと戻らざるを得ず、慌しい参拝でした。
> こちらの神社のHPを合わせて見ているのですが、ことまち横丁というところもあって、地元の方との交流も盛んな所なのだなぁと思いました。
→良いと言う方も居られる様です。
横浜臨海公園
-
- *ちょこ*さん 2013/10/24 17:39:54
- 書き込みありがとうございました(*^O^*)
- 小国神社にいらしてたんですね。
天浜線に乗ったんですか?
田舎でいい感じでしょ(笑)
夏は小国神社でかき氷が食べられますよ。
お茶のかき氷を食べたんですけど、抹茶ではなく、お茶!とってもおいしかったです。
次郎柿のかき氷、三ヶ日みかんのかき氷なども売ってました 。
また読みにきます( ´∀`)/~~
- 横浜臨海公園さん からの返信 2013/10/25 12:33:05
- 拝復
- *ちょこ*さま、こんにちは。
小生のページに初訪問と旅行記への投票を賜り、誠に有難うございました。
> 小国神社にいらしてたんですね。
> 天浜線に乗ったんですか?
> 田舎でいい感じでしょ(笑)
→仰せの通り、天竜浜名湖鉄道に乗車して参拝させて頂きました。
小生、国鉄時代の二俣線時代に1度乗車した時は、車両も線路も駅も、全てが疲れ切った状態でしたが、第三セクターに転換して26年を経過して、だいぶカラフルな印象になったと思いました。
> 夏は小国神社でかき氷が食べられますよ。
> お茶のかき氷を食べたんですけど、抹茶ではなく、お茶!とってもおいしかったです。
実は、小國神社横の茶店でカキ氷がございましたが、いかせん、当日は台風接近のゲリラ豪雨状態で、とても口にしたくなる様な環境ではございませんでした。
ただ森茶は、たいへん美味でした。
今後とも何卒宜敷くお願い申します。
横浜臨海公園
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