2013/05/18 - 2013/05/18
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dapuqiaoさん
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上海近郊にはたくさんの史跡や水郷の街があります。
ほとんどが日帰りで行く事が出来るので土、日に暇を見つけて訪れてみました。
今回は、蘇州の「霊岩山」(午前)と「韓世忠墓」,「木涜古鎮」,「盤門」(午後)です。
行程
上海虹橋駅 → 蘇州駅 動車(D3018) 47分、30.5元(一等)
蘇州駅南広場 → 木涜厳家花園 バス(No.69) 約55分、2元
木涜厳家花園→霊岩山→韓世忠墓 徒歩約2時間半(昼食時間含む)
韓世忠墓→木涜厳家花園 バス(No.312) 約8分、1元
木涜厳家花園→木涜古鎮→木涜厳家花園 徒歩約1時間
木涜厳家花園→南門 バス(No.遊4) 約50分 2元
南門→盤門→南園新村北 徒歩約1時間
南園新村北→蘇州駅南広場 バス(No.遊2) 約40分、1元
蘇州駅 → 上海虹橋駅 高鉄(G139) 25分、34.5元(二等)
写真は、勾践が幽閉されていたという霊岩山の観音洞。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨夜からの雨が七時頃に止んだので急遽出かける事にした。
目的地は、蘇州木涜地区。
戦国時代(西施、夫差、勾践)ゆかりの「霊岩山」やら水郷古鎮「木涜古鎮」がある。
地下鉄に乗って上海虹橋駅に着いたのが7時40分。スタートが遅かったので切符売り場は、御覧の通りの行列。
8時30分発の動車(ひかりに相当)のチケットをゲット。 -
手荷物検査に進んでも御覧のとおりの行列。
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混雑を避けるためこんな感じで待合室への入場を制限しながら検査を受ける。
中国ではこの後、待合室で順番に改札を待つ事になる。 -
待合室ではほとんど待つ事無く、動車(D3018)の改札が始まる。
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改札を終えてプラットホームへ下りるとこちらが今回乗車した動車D3018です。
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10元ほどしか違わないので今回は初めて一等車(グリーンに相当)に乗ってみた。
発車後しばらくすると女性の車掌さんが検票に現れました。 -
蘇州駅について南広場から出ている69系統のバスに乗る。
木涜へは、北広場から出ている遊4系統や64系統もOKたが、停車場の数からすると69系統が一番早く着くようだ。 -
こちらが69系統のバス。
まず、霊岩山へ向かう事にして、運転手にどこで降りたらよいか聞くと「木涜厳家花園」で降りろとの事。
3回ほど言われてやっと聞き取れました。 -
こちらが木涜厳家花園のバス停。
約1時間足らずで到着、あいにくまた雨が降ってきた。 -
向こうに見えるのが霊岩山ですが、本当の頂上はもう少し右奥で、今は見えません。200m足らずの山です。
この山に呉の「夫差」が越の「勾践」を幽閉した場所やら「夫差」が「西施」のために建てた「館娃宮」があったそうです。 -
霊岩山景区入口(?)
霊岩山景区入口になっていたので20元を支払って入る。 -
中は庭園になっている。
茶室なんぞもあるようなので山をおりてから一服するには良いかもしれない。 -
小雨の中、「上山方向」という方向案内があるのでそちらに向かうがよくわからない。
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なんだか出口の方にむかって「上山方向」の標識が・・・・
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霊岩山寺の牌楼
外に出てみるとここから登っていくようだ。 -
石畳と竹林の坂道が続く。
途中で別の道とも合流した、何のことはない、そちらからは無料で登ることが出来るようだ。 -
途中に休憩所らしきところも。
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荷物や人を運び上げてくれるサービスもあるようです。
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30分ほどで寺の壁が見えてきた。
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霊岩山寺に到着です。
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霊岩山寺。
「館娃宮」の跡地に建てられたのでしょう。 -
こちらが本堂。
唐の時代には弘法大師も長安への途中立ち寄っているとの由。 -
中国の赤いうそく。
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線香の煙も雨の中大量に立ち上っています。
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寺の脇からさらに上ると「館娃宮」などの跡地へ。
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「館娃宮」跡地の説明板。
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こちらは、「夫差」と「西施」が月を愛でたという「玩月池」。
「西施」によって骨抜きにされた「夫差」は、二十年後に「勾践」によって呉の国ともども滅ぼされます。
まさに「傾国の美女」 -
こちらは、呉王すなわち「夫差」専用の井戸なのでしょうか。
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こちらは、「西施」が花を愛でたという「玩花池」。
水は、ちょっと淀んでいてどんな花を愛でたかなんぞは想像できない。 -
雨のため寺と七重塔が霞んで見えます。
さらに上に登ると蘇州市内が一望に出来る場所があるようですが雨のため山を降ります。 -
こちらの「石亀」のある処からも下の「木涜」の街がよく見えるはずなのですが・・・・
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少し下ったところにあるのが「観音洞」。
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こちらの祠の洞窟に「勾践」が閉じ込められていたと云う。
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霊岩山寺の牌楼。
こちらがもう一か所の登り口、正式(?)の参道のようでお土産屋もならんでいます。
最寄りのバス停は321/663系統の「霊岩山」、一分もしないところにありましたがこちらのバスは蘇州駅からは出ていないようです。 -
参道の土産物屋さんには、やはりお参り用の日本のものと違って赤くてでかい線香がたくさん売っています。
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百度の地図にも載っていた「天福楼」で昼食をとります。
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隣の客が食べていた素麺と加多宝(中国の飲料、冷茶、少し漢方薬臭い)を頼む、20元足らず。
素麺は、きのこたっぷりの醤油ぽい味で美味しいです。
店のおばさんに「韓世忠の墓」の場所を聞くとバス道をまっすぐ十数分歩くと道の右側だと教えてくれた。 -
昼食後、歩き始めると数分で次のバス停に到着、見ると「韓世忠墓」のバス停が次のようです。
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雨もすっかりあがり、気持ちよくぶらぶら歩いていると、由緒ある感じの祠やら、
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大きな石の置き場(庭石(?)、墓石(?))やら、
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乗馬場らしき場所やら、
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野良犬センター(?)やら、
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いろいろあって楽しみながら歩いているとバス停に着きました。
しかし、良く見ると「韓世忠墓」のバス停を飛ばして次のバス停「兵営」まで来てしまったようです。
全く気がつきませんでしたが、また戻る事にします。 -
先ほどの乗馬場にはお客さんも来たようです。
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そしてありました「韓世忠墓」のバス停。
石置き場のすぐそばでした。でも、墓への案内板ありません。 -
反対側に渡ってみましたがなにもありません。
ちかくにいたおじさんに聞いてやっとわかりました。
向かいの家の左側の道を入ってまっすぐ進むのだそうです。 -
言われた通りまっすぐ進みますが、二股に出くわしました。
幸いおばちゃんがいたので聞くと左側との事、さらに奥に分け入っていく感じです。
さきほどの石置き場の石はお墓用のようです。綺麗に切りそろえた墓石が置いてあります。 -
人っ子ひとりいないので少し不安になりかけたところで、ありました、ありました。
あまり訪れる人もいないのか、参道には草も頭を出しています。 -
韓世忠の墓。
韓世忠は宋の時代の軍人で、有名な「岳飛」の先輩、夫婦ともども金との戦いに武勲をたてたそうです。
金との和平を進める「秦檜」に、「岳飛」は無実の罪で殺され、「韓世忠」も兵権を奪われます。
その後「韓世忠」は、隠退して悠々自適の人生を杭州で送ったそうです。 -
韓世忠の墓。
次の皇帝孝宗によって名誉を回復されここに夫人たちと共に埋葬されたらしいが実は杭州にも墓があり論争となっている由。
後半は、バスで木涜厳家花園まで戻り木涜古鎮を散策します。
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