2013/05/08 - 2013/05/08
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fernandoさん
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友人の案内で会津を満喫します。
大内宿〜喜多方〜飯盛山〜鶴ヶ城 と巡ります。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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友人とは会津の町中で待ち合わせします。
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先ず来たのが、大内宿。
連休中は大渋滞だったそうです。 -
昭和56年「重要伝統的建造物群」の指定を受けています。
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大内宿の謂れが書かれている。
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住民憲章を作り「売らない・貸さない・壊さない」の原則を守っています。
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ねぎそばで有名な三澤屋さん。
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年間120万人の観光客が訪れるそうです。
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よくこれだけ残しました。
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宿場町から農業、そして現代ではお土産店などの観光産業にすっかり切り替わっています。
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大きな茅葺家屋です。
屋根葺きの作業が大変でしょうね。 -
ワンダフル!!!
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山の中の宿場町ですが、それが逆に幸いして残ったのかもしれません。
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展望できる場所があるようです。
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まさに昔の宿場町そのものです。
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連休はここが人で埋め尽くされたという。
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玉こんにゃくを頂きます。
一本百円。 -
山道を抜けて喜多方に向かいます。
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喜多方の町に来ました。
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冬のためのロードヒーティングを埋設しています。
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楽篆(ラクテン)工房に来ました。
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名前を篆書で書いてくれるという。
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下が「也」と読みます。
「何円也」の「也」です。
店主の説明によると、元は「サソリ」からきていて、サソリを踏みつぶした絵だそうです。
つまりサソリがでてきて大騒ぎになったがそれを潰して騒ぎが収まったという事です。
転じて物事の最後を表し収める重要な言葉だそうです。
初めて聞きましたが、名前を解説してくれるのは嬉しいサービスです。 -
喜多方ラーメンで有名なお店だそうですが、本日休業。
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あべ食堂も休み!!
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友人の知り合いの店という「朝昼夜(アサヒヤ)」さんで喜多方ラーメンを頂きます。
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美味しい!!やはり日本の昼はラーメンに限る!!!
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喜多方の街は蔵が今なお残っている。
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旅番組の取材も来ていました。
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飯盛山に来ました。
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参道です。
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それなりの坂です。
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白虎隊 隊員の墓。
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白虎隊の慰霊碑。
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松平容保公弔歌の碑。
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ポンペイ発掘の柱がイタリアから寄贈されている。
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昭和3年というと、イタリアのムッソリーニが政権を握っていたころです。
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白虎隊歌碑。
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隊員が望んでいるのは、鶴ヶ城。
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会津若松市内。
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鶴ヶ城が見えます。
手前のアンテナ・・・目安にはなりますが邪魔。 -
白虎隊の顛末が書かれている。
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何?この建物!!!初めて見ます。
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飯盛山から下る途中にある。
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「さざえ堂」と言うが、その構造はダビンチに繋がる。
よく作りました!! -
木造建築として、唯一のものです。
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戸ノ口堰洞穴。
用水堰の事です。 -
白虎隊が潜った事でも知られています。
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自販機にも白虎隊の絵が!
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松平家の墓所にやって来ました。
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リアルな亀の上に碑が立っている。
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山全体がお墓です。
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小高い所に登れます。
その広大さには驚きです。 -
今までのと比べると、一段と小ぶりで新しい。
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第九代松平容保(カタモリ)公のお墓です。
幕末の頃、最後の幕府軍として戦った会津藩主でした。 -
十代以降は独立したお墓ではありません。
しかしこの一帯松平家の墓所とは驚きです。
現在、所有管理は会津若松市が行っているようです。 -
「武士道」とか「愛国心」とかを考えさせられる場所でした。
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参道の石段が下から続いている。
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東山ダム湖の八重桜はこれからです。
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鶴ヶ城に来ました。
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お侍さんが歩いています。
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1874年(明治7年)お城は取り壊されています。
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桜は散っています。
ピンク色に染まった様子を想像すると、確かに桜の名所です。 -
濠があることにより、お城の威容を高めてくれます。
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お濠も広く堅牢な造りのようです。
しかし大砲を使う近代戦では無意味でした。 -
ポーズをとってくれました。
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ジャーン!!!1965年(昭和40年)復元されました。
さらに2011年、往時の色の赤瓦に葺き替え完成。 -
ゆるキャラ?「お城ボくん」。
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天守閣に入ります。
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NHK大河ドラマ「八重の桜」で賑わいを取り戻しています。
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天守閣から望む飯盛山方面。
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そして磐梯山。
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真ん中の建物あたりから新政府軍の砲弾が撃ち込まれたという。
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南方面。
会津は山に囲まれた盆地です。 -
会津は「八重の桜」一色です。
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南走長屋干飯櫓(ホシイヤグラ)。
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鉄砲を撃つ姿が再現されている。
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山本八重のパネル展が行われています。
明治4年(1871年)に京都に移住しました。
会津戦争(明治元年)から3年後のことです。 -
明治9年、八重は新島襄と結婚し新島八重となりました。
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何とも美しい城です。
会津の人にとって精神的な拠り所なのでしょう。 -
これがほんとの「八重の桜」。
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ソメイヨシノが終わっても八重で楽しめます。
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友人が剣道の稽古をしたという武道場。
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約370年前に造られた石垣だそうです。
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お濠の周りにも八重桜がきれいに咲いていました。
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枝垂桜もお城に似合います。
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本日の宿の前の通りは「野口英世青春通り」です。
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野口英世はその青春時代を会津で過ごしたという。
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会陽医院跡。
明治25年、英世5歳の時、左手の手術を受けました。 -
その謂れが書かれている。
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市役所も重厚です。
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本日の夕食は桜肉。
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理屈抜きにおいしい。
味噌をちょっとつけます。 -
全部桜肉。
食べ過ぎ?
手前のから揚げ・・・これが絶妙にうまい!!!!! -
ほとんどの料理を制覇しました。
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会津の友人。
今年の8月からタイでの仕事が始まるそうです。
今度会えるのはいつになるのかな。
今日は案内ありがとうございました。
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