2013/05/07 - 2013/05/07
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belleduneさん
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JR加茂駅東口から別路線のコミュニティーバスで、20分、小田原山浄瑠璃寺へやってきました。平安時代に浄土思想が広まった頃、貴族らが想像した浄土を形にしたのが、このお寺ということです。
1047年(永承2)、当麻の僧・義明上人が開基で、薬師如来を本尊として創建されました。
現在、浄瑠璃寺は九体阿弥陀如来を安置するお寺として、知られていますが、創建当初の本尊は、薬師如来でした。
九体阿弥陀如来を安置する本堂は、お寺創建から60年後の1107年(嘉承2)でした。1つのお堂に九体の阿弥陀如来を安置するのは、「九品往生」思想に由来しています。平安後期に建てられた九体阿弥陀堂は、藤原道長の造営した法成寺無量寿院の他、約三十棟あったそうですが、現存するものはこの浄瑠璃寺本堂のみです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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浄瑠璃寺は、5月20日まで吉祥天立像が特別開扉されていました。
鎌倉時代の1212年(建歴2)に作られた平安朝風の像で、像高90cm。
仏教尊像としての威厳と現実の女性を思わせる官能美が素晴らしく調和したものとなっています。
本像を納める厨子の扉に描かれた仏画も鎌倉時代の絵画資料として貴重なものとなっていますが、オリジナルは東京芸大の所蔵となっていて、ここにあるのは、模写です。厨子の正面と左右の扉には梵天、帝釈天、四天王、後壁には弁才天を中心に四看属像が描かれています。 -
横に細長い本堂は、正面が池に面しています。
寄木造の阿弥陀如来坐像が九体納まるように設計されたお堂です。平安後期作の中尊は像高224,5cm 、左右の四体の像高は140cmとなっています。
木造四天王立像のうち、広目天は東京国立博物館、多聞天は京都国立博物館に寄託されていて、本堂内には持国天、増長天が安置されていました。 -
寄せ棟作りで内部は天井を貼らずに屋根裏構造をそのまま見せる化粧屋根裏となっています。内部は勿論撮影出来ないので、じっくり見てきました。
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本堂前から浄土式庭園を挟んで、三重塔を見たところです。この池は興福寺の恵信が掘ったもので、その中央に弁才天を祀る祠があります。
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池を廻って、三重塔側から本堂を見たところです。
池の東岸に薬師如来を安置する和様の三重塔、西岸に阿弥陀如来を安置する本堂(九体阿弥陀堂)があり、三重塔のある東岸は「此岸」(現世)、西岸は阿弥陀如来のいる「彼岸」であるという見方もできるという。
現在の伽藍は、1047年建立の薬師如来を本尊とする本堂が取り壊され、九体の阿弥陀如来像を安置する新たな本堂が建立された1107年に形作られたもの。
こちら側から本堂を見ると、阿弥陀如来の顔は本堂の庇に隠れて見えないのですが、池に映った姿を見ると顔も見えるように設計されている、まるで極楽浄土を見るようだと言われています。 -
三重塔は、1178年(治承2)に京都の一条大宮から移建したと言われているが、どこの寺院にあったものか不明だそうです。初層内部に柱がなく、心柱は初層の天井から立てられています。平安時代に建てられた三重塔では、初層の天井を強化して、その上に心柱を載せる形式ができました。一乗寺の三重塔も同じです。
浄瑠璃寺に移築された後、初層内部に仏壇を置き、その上に薬師如来像が安置されました。周囲の壁には十六羅漢像などの壁画が描かれています。 -
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