2013/03/22 - 2013/03/22
26位(同エリア1808件中)
norisaさん
- norisaさんTOP
- 旅行記447冊
- クチコミ896件
- Q&A回答15件
- 1,509,750アクセス
- フォロワー664人
小田原城の建築が最初に行われた年代はそれほど明瞭ではないようですが、平安時代末期には有名な小早川氏の祖先といわれる小早川遠平が館を構えていたようです。
その後、1416年以後に駿河国の大森氏が小田原を奪い取り、相模国や伊豆国方面に勢力を広げたそうです。
1400年代の末期から1500年代初期ににはには北條早雲が小田原に侵攻して城を大森氏から奪取しました。
その後小田原城を拠点としたのは息子の北條氏綱だったようですが、以来氏政、氏直父子の時代まで戦国大名北條氏の五代にわたる居城として、南関東の政治的中心地となりました。
この小田原城、最大の特徴はその規模の大きさです。
江戸城が建設されるまでは日本で最大のお城でした!!
この歴戦の古城を訪ね、幸せそうな今の姿を目に焼き付けました−−−。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回は車で訪れました。
お堀の藤棚そばの市営駐車場に車を停めて歩き始めました。
桜は七分咲きと言ったところでしょうかーーー。 -
咲いている花、咲く寸前の花。
-
堀の水面に届きそうな枝もあります。
花の重み?で数年先は水没の危機?(笑) -
花見を楽しむ人々もいます。
暖かくて晴れた良い日ですーー。 -
小田原城の外郭が見えてきます。
-
城内の松が歴史を刻んでいます。
-
この小田原城、実にユニークな歴史と規模をほこります。
-
今の場所にある小田原城の歴史は古く15世紀の大森氏による築城から数えて約500年以上も存続してきた城と言われます。(平安末期から館はあったようですが今の場所かは不明)
戦国時代では北條氏の居城であり、江戸時代を迎えると高石垣や白壁、瓦を持つ建築物で構成する近世の城として生まれ変わります。 -
この城の第一の特徴は、江戸時代に関東で天守を認められた城は江戸城と小田原城だけであり、1657年に江戸城天守が焼失した後は江戸城天守が再建されず、廃城を迎えるまで小田原城天守は関東唯一の天守として存続したということです。
ですから、参勤交代の地方大名は東海道を往復するたびにこの高台にたつ白いお城を仰ぎ見続けていたということです。 -
第二の特徴はその規模の大きさです。
江戸城が建設されるまでは日本で最大のお城でした。
その大きさを規定するのは最外殻の総構えと呼ばれる、防衛線です。
小田原城の総構えは約 9 kmに及ぶ空堀と土塁で城下町全体を囲む長大なものでした。
大坂城の外郭もとても大きなものでしたが、それでも周囲8kmの長さであったそうです。
(ちなみに天下統一後以後、いわゆる江戸時代の江戸城外郭は最大で、堀・石垣・塀が渦状に配されて江戸市街の全てを囲んでおり、これが日本史上最大の城といえるでしょう) -
そして、この総構えは北條氏が滅んだ後も存続し、江戸時代では府内構(ふないがまえ)と呼ばれ、廃城後の小田原町の範囲は総構の範囲でした。
総構えの領域は現在の小田原駅周辺の市街地の領域も含まれています。
つまり小田原の町は町全体がお城だったというわけです。
この地は南は海、北や西は山、そして東は酒匂川に守られた場所にあり、それが戦国時代の英雄たちを苦しめた難攻不落の城としての小田原城を担保していたわけです。
秀吉も奇策と内通者のおかげでこの城を開城させたのですが、決して攻め潰せたわけではありませんでした! -
ちなみに、前世の戦国時代の城跡と近代江戸時代の城が現存するのは非常に貴重なケースだそうです。
というのは、例えば現在の大阪城は、豊臣秀吉時代の大阪城の上に築かれ遺構はすべて地下に埋没し見ることは出来ないことを考えれば納得しますね。
また江戸城は戦国時代には存在しませんでしたーー。 -
さて、銅門(あかがねもん)を通って天守閣に歩きます。
銃眼がこちらをにらんでいます。 -
門は確かに銅でできています。
ちなみに最近再建されたものです。 -
天主閣はかなり高台にあります。
-
そこに至る階段は桜のトンネルに包まれています。
戦国時代にはこれほど優雅な登城ではなかったことは確かですーー。 -
赤橋の両側に桜が咲き揃いつつあります。
-
昔のままの石垣は最近修復されたものに比べて不揃いですが、人の手だけで積み上げられた証しでもあります。
-
常磐木門(ときわぎもん)をくぐって天守閣のある高台に至ります。
常磐木=常緑樹というわけですが、通りかかった若いカップルが「じょうばんぼく?ときわぎって読むんだ!」と学習中でした(笑) -
桜はいよいよまぶしさを増しますーー。
-
そして天守閣が見えてきました。
-
武田信玄、上杉謙信、そして豊臣秀吉を悩ませた巨大な城の本丸です。
再建されたものですが、威容には変わりありません。 -
天主閣には登らずにその周囲を散策します。
-
シャガ、というアヤメの一種が咲いています。
-
アヤメやハナショウブに比べると地味ながら清楚です。
-
小田原城の歴史は古いのですが、現在も発掘作業や修復作業が行われています。
-
そして、ところどころには石垣が崩れ、かろうじて木々の根により土砂流失防いでいる土塁もありますーーー。
戦の傷跡か歳月の風化なのかーーー。 -
小田原城が江戸城誕生以前は日本最大の城だったというのは事実です。
-
しかし、最大規模を誇りながらも、小田原城は戦国の荒波に揉まれます。
1561年上杉謙信が越後から侵攻し、小田原城の戦いとなりました。
113000人!!ともいわれる大軍勢で小田原城を包囲しましたが、この戦国時代まででは日本最大の城は籠城に耐え、結局、上杉謙信は諸般の事情から退却せざるをえませんでした。 -
これで一安心と思うのは早計で、今度は1568年、武田信玄は駿河今川領国への侵攻を開始し、北條氏が牽制したため信玄はこれに怒り1569年小田原城を包囲しました。
、(北條氏は甲相同盟を破棄し越後上杉氏との越相同盟を結び武田方に対抗しました)
結局は城攻めに成功せず、包囲を解いて退却したそうです。 -
しかし、二難去っても三難目がありました。
-
それは1590年豊臣秀吉が天下統一の仕上げとして数十万の大軍で小田原城を総攻撃したことです。
いわゆる小田原征伐を開始したのです。
秀吉は圧倒的な物資をもって取り囲み、別の部隊が関東各地の北條氏の城を各個撃破しました。
そして3か月の篭城戦の末ほとんど無血で開城させたわけですが、この時に秀吉が急ピッチで建築させたのが有名な石垣山の一夜城です。 -
そして、この篭城戦において、北条氏が城内で和戦を長期にわたって議論した様が、これも有名な小田原評定というわけです。
一夜城にびっくりして開城したというのは後世の解釈で、実際は城内に秀吉がはなったスパイ、あるいはシンパがいて議論の方向を開城という方針に向かわせたようです。 -
秀吉の策謀の是非はともかくとして、江戸城無血開城同様に、ほぼ無血で開城されたことは小田原はじめ近隣の民百姓、町人にとっては非常にありがたかったことでしょう。
なにしろ戦争で最も苦労するのは指揮者やトップではなく、一般庶民です。 -
その後、徳川家康が日本を統一すると、家康は腹心大久保忠世を小田原城入らせて西の守りとしました。
というのは、小田原城、小田原藩は入り鉄砲出女を厳しく取り締まった箱根の関所を管理する立場であったからです。
一方北條氏の末裔は、一族の北條氏盛が河内国狭山(現在の大阪府大阪狭山市)1万余石を治める外様大名として明治維新を迎えたわけです。
なお、小田原城は江戸時代中期には阿部氏、春日局の血を引く稲葉氏、と城主が変わり、最後には再興された大久保氏が預かりました。
数々のドラマの渦中の名舞台として、日本最大の城郭を誇る小田原城は歴史を刻んできたわけですーーー。 -
古城の庭には風雪に耐えた巨木が屹立しています。
-
イヌマキです。
そのねじれ、傷ついた幹は何百年の歴史を見続けてきたことでしょう。
戦国時代の戦火、明治維新の動乱、第二次大戦の空襲ーーー。 -
別の巨木には小さいながら真っ白な花が取り囲んでいます。
-
-
これもマキのようです。
古木は、先ほどのイヌマキ同様に幹をねじらせ、歴史の悲哀を身を持って表現しているようです。 -
長い闘いの歴史は、この古城のあちこちにその爪痕を残しています。
人の一生は短いものですが、この古城は人々の数十世代、数百年の間多くの栄枯盛衰を見続けてきましたーー。 -
華やかな時代には終わりがあり、苦難の時の後に平和と安らぎの時があります。
禍福はあざなえる縄の如し、いや現代風に言うのならピンチの後にチャンスあり、チャンスの後にピンチあり、でしょうか。 -
今一時の時節にわが世の春を謳歌する花々。
-
それがまさに桜の花々にもいえます。
今を楽しみましょう。 -
日は大分傾いてきました。
多少風もでてきたようです。 -
日がこの巨城の堀に日暮れが間近かに迫っていることを告げています。
春とはいえ物悲しい時を迎えつつあります。 -
戦国時代の先駆けを果たした北條早雲が確保した戦略拠点。
北條五代の城主がひたすら拡張、整備してきた古城にも夕暮れは訪れます。 -
堀から少し西に古い鐘楼があります。
住宅地の中に埋もれているようです。 -
この鐘楼も少なくとも300年以上の歴史を誇るようです。
この地に時を知らせ続けてきました。 -
血みどろの戦いに明け暮れた古城とは思えない静かな安らぎの空間です。
東海道の重要拠点に位置したため望まない戦火を見続けてきました。 -
しかし、戦国の世から400年を過ぎた今、この古城は人々に安らぎを与えています。
美しくもはかない桜の木々を従えてーーー。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (14)
-
- 潮来メジロさん 2013/03/28 21:26:40
- 大変勉強になりました。\(^o^)/
- norisaさん、こんばんは! ヾ(^o^)
毎度、訪問&投票ありがとうございました。
> 小田原城の総構えは約 9 kmに及ぶ空堀と土塁で城下町全体を囲む長大なも
> のでした。
>
> 大坂城の外郭もとても大きなものでしたが、それでも周囲8kmの長さであ
> ったそうです。
いや〜知りませんでした。江戸城の次は大阪城だとばかり思っていました。
しかし、小田原城が城下町全体を囲む総構えが9kmとは、城を防御する側も相当の兵隊がいないと守りきれませんよね。
北条早雲・・・懐かしいですね。
・・・って言っても、私はもちろんご本人とは会った事はありませんが、TVドラマで見たのかな〜・・・。(^_^;
詳細な解説で、大変勉強?になりました。ありがとうございました。
ではまた・・・。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- norisaさん からの返信 2013/03/28 21:42:25
- RE: 大変勉強になりました。\(^o^)/
- 潮来メジロさん、
こんばんわ!
いつもご訪問やご投票ありがとうございます。
全くおっしゃる通り9kmにも及ぶ城郭には、内側に多くの兵士がいなくては防衛できませんね。
北條氏、当時はそれだけの兵力があり、実際関東全域に支配は及んでいました。
今は本当にのんきで穏やかな古城ですーーー。
norisa
-
- hot chocolateさん 2013/03/27 11:16:48
- 歴史のロマン♪
- norisaさま、こんにちは。
小田原城には桜の時期、1度行ったことがあります。
美しい天守に、明るく華やかな桜の姿が、記憶に残っています。
小田原城には、数々の歴史物語がありますが、
豊臣秀吉に最後まで抵抗した北条氏に、武士の気概を感じます。
豊臣方の攻撃で、次々と落ちていく北条方の城。
堅固な小田原城が開城した後も、豊臣方の攻撃に耐え、ただ1つ最後まで落城しなかった城、
武蔵の国忍城。
これもまた歴史のロマンを感じますね。
忍城にも行ってみたいと思っていたら、映画になってしまいました。
hot choco
- norisaさん からの返信 2013/03/27 17:07:09
- RE: 歴史のロマン♪
- hot chocolate様
いつもご訪問ありがとうございます。
小田原城は確かに歴史のロマン(及び哀愁)が感じられる名城ですね。
そして御指摘の、武蔵の国忍城、これこそが最後の砦的な象徴的なお城でしたね。私も行ったことはないのですが、その城跡や雰囲気を味わいたいものだと思っています。
そして、それら史跡にはやはり桜がぴったりですねーーー。
norisa
-
- ひゅうひゅうさん 2013/03/26 10:19:42
- 日本の風景
- norisaさん、おはようございます。
今日も真っ青な空で、桜は満開ですね!
千鳥が淵の桜もそうですが、小田原城に咲く桜は品格を感じるというか、日本の風景の素晴らしさをあらためて感じました。
お堀に咲く桜はのびのびしていいですね。本当に美しいです。
イヌマキの巨木は、何年もずっとそこで時代の移り変わりを見てきたのか思うとパワーを貰えそうです。
ひゅうひゅう
- norisaさん からの返信 2013/03/26 17:33:55
- RE: 日本の風景
- ひゅうひゅうさん、
御丁寧にありがとうございます。
小田原城の桜は勝手気まま?(笑)に、そしてのびやかな枝ぶりが魅力ですね。
戦国時代の殺伐とした時代と打って変わった現代の平和さを象徴する春の風物詩ですね。
一方、表紙に使ったイヌマキはシェークスピアの悲劇でも登場しそうな哀感と歴史の傷跡を象徴しているようでした。
(思わずお賽銭を差し出して祈願したくなるような迫力があります)
norisa
-
- はなかみno王子さん 2013/03/26 09:11:32
- 歴史空間を体感するって
- norisaさま
小田原城、20年程前に一度訪れたことがあります。
でも当時は歴史にはあまり興味がなくて天守に登って城下町を見渡すだけの訪問でした。でも今は違います。歴史空間の旅を体験できるようになりました。norisaさまのお陰かなーー。
昨年末、秀吉の一夜城も行きたかったけど、箱根石佛歩きをしたので時間作れませんでした。が、旧東海道・箱根峠の険しさを体感できました。。
歴史空間を体感する。。いつまでも続けたいですね。
おうじ
- norisaさん からの返信 2013/03/26 17:28:25
- RE: 歴史空間を体感するって
- おうじ様、
そうでした!
昨年暮れに伊豆や箱根においでになったのですねーー。
小田原城も是非再訪して頂ければいいのですが、石垣山の一夜城跡もスンゴク歴史の重みを感じます。
栄華を誇った北條氏と天下統一間際の豊臣秀吉のにらみ合いーー。
その迫力が一夜城の石垣や眺望から伝わります。
是非再訪くださいね!
norisa
-
- みっちゃんさん 2013/03/26 07:45:26
- 桜のみならず・・・。
- おはようございます・・。(^^)
小田原城にまつわる歴史がよ〜く解りますね・・。(笑)
高校の歴史の教科書より解り易い・・かも・・・。(笑)
桜のみならず、norisaさんのナレーションも素晴らしかったです・・。
いつもありがとうございます・・。m(vv)m
みっちゃんm(^^)m
- norisaさん からの返信 2013/03/26 17:23:29
- RE: 桜のみならず・・・。
- みっちゃんさん、
こちらこそいつもありがとうございます。
我々日本人でも小田原城が戦国時代末期まで日本最大の城郭(総構え)を有していたことは知られていませんーー。
しかし、それこそが織田信長を除く戦国の名将たちを苦しめたのですね。
関東においでになることがあったなら、是非崩れた石垣や花々(桜、菖蒲、藤など)をご覧くださいね!
norisa
-
- pedaruさん 2013/03/26 07:30:45
- 小田原城
- norisaさん お早うございます。
美しい写真とともに、歴史を語る構成は、数ある旅行記の中でも、秀逸といえるでしょう。易しい事柄を難しく解説する人と、難しい事を易しく説明する人がいますが、誰にも分かりやすく語るのがnorisaさんの旅行記ですね。難しいと言っては語弊がありますが・・・
今朝も熟読しました、と言うよりは思わず引き込まれたと言うのが、正しいでしょう。文だけでなく、石の間に落ちた木の葉をさり気なく撮したりして・・・にくいなぁ〜 それに全体に漂う無常感が、感じ取れました。
氏康、氏照、氏邦、氏政、などなど・・先祖は蝿か! 失礼しました。
pedaru
- norisaさん からの返信 2013/03/26 17:18:47
- RE: 小田原城
- pedaruさん、
こんにちは!
いつもありがとうございます。
写真が下手なので字数の多いコメントで誤魔化しています(笑)
それは半分冗談で、個人的には旅行先の歴史、文化、科学的背景、エピソードなどを簡単にでも理解しないと興味のレベルに差が出ます。
ですから、自分の知っていることならいいのですが、そうでないことは調べますのでとても多作は無理なんです。(損な性格!?)
pedaruさんのように熟読して頂けるトラベラーさん(たぶん5〜20名様くらい?)に恥ずかしくないよう書きますが、浅学の身、誤字脱字が多くてスミマセン。
今後ともよろしくです!
norisa
PS:いつも最後のシャレ、噴出しています(笑)
-
- aoitomoさん 2013/03/25 23:10:26
- 小田原城の歴史と春の景観のコラボレーション
- norisaさん
小田原城で語り部のバイトやってたんですか。
相変わらず、norisa節好調すぎます。
地元和歌山城の桜も5分咲きぐらいですが、和歌山城の歴史ともオーバーラップして楽しませていただきました。
桜のみならず、色々な春を告げる花も楽しめました。
たしかに勉強にはなりました。
和歌山城の桜もそろそろだと思いますが、norisaさんのコメント読んでいたら、自分の旅行記のコメント書くのが憂鬱になります。
ちょっとまねできそうにありません。(笑)
aoitomo
- norisaさん からの返信 2013/03/26 06:17:44
- RE: 小田原城の歴史と春の景観のコラボレーション
- aoitomoさん、
おはようございます。
いつもありがとうございます。
和歌山城の桜の旅行記掲載お待ちします!
aoitomoさんの旅行記こそ、地図で解説が詳しいし、おまけにガイドは美人の娘さん!
とても真似できません(笑)
特に和歌山はマリーナシティ(今は名前が違うのかも?)で遊んだだけですから楽しみです。
今年は桜が早くてご旅行の計画が狂った方も多そうですねーー。
norisa
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
14
51