2012/12/21 - 2012/12/21
114位(同エリア148件中)
経堂薫さん
現在の日本は47都道府県に分かれてますが、江戸時代までは六十余の州に別れてました。
各州ごとに筆頭の神社があり、これらは「一之宮」と呼ばれています。
その「諸国一之宮」を公共交通機関(鉄道/バス/船舶)と自分の足だけで巡礼する旅。
8カ所目は遠江国(静岡県)の小國神社を訪ねました。
【小國神社(おくにじんじゃ)】
[御祭神]大己貴命(おおなむちのみこと)
[鎮座地]静岡県周智郡森町一宮
[創建]欽明天皇16(555)年
〈追記〉
「諸国一之宮“公共交通”巡礼記[遠江國]小國神社」を全面改稿し、ブログ「RAMBLE JAPAN」にて「一巡せしもの〜遠江國一之宮[小國神社]」のタイトルで連載しております。
是非ご高覧下さい。
ブログ「RAMBLE JAPAN」
http://ramblejapan.blog.jp/
http://ramblejapan.seesaa.net/
(上記のURLの内容は、どちらも同じです)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
掛川駅から今度は第三セクターの天竜浜名湖鉄道(略して「天浜線」)に乗車。
駅舎はJR掛川駅の北口西側に、こじんまりといった感じで佇んでいる。 -
天浜線を全線乗り通すことが目的ではないので、様々なルートで運賃を計算した結果「遠州鉄道・天浜線共通1日フリーきっぷ」を使うことに決定!
天浜線の掛川⇔西鹿島間と遠鉄線の西鹿島⇔新浜松間が、1300円で乗り放題というオトクな切符。
これで行きは遠州森駅まで、帰りは遠州一宮駅から新浜松駅まで利用することとした。 -
約30分弱で遠州森駅に到着。
遠州森とくれば、もちろん「森の石松」。
清水次郎長の子分として知られた侠客だ。
広沢虎造の浪曲「石松三十石船」の「江戸っ子だってねぇ、寿司食いねぇ」という台詞でもおなじみ。
この逸話は広沢の創作ではあるが、浪曲の題材になるぐらい庶民から絶大な人気を博していたわけだ。 -
ここから小國神社まで2キロの道のり。
しかも、山道をウネウネ登っていかなければならない。
しかし、それしか道はない。
ハイキング気分混じりで遠州森駅から出立する。 -
トンネルを抜け、川を渡り、五叉路で道に迷い、ひたすら野良道を歩く。
雨に見舞われなかったのが幸いした。
もし雨だったらタクシーを利用したか、もしくは参拝そのものを中止していたかも知れない。
道程半ばで見かけた、茶房・ギャラリー「清右衛門」と欧風田舎料理の店「シェ・モーン」の看板。
こんな場所で経営が成り立つのかいな? と思ったが、門柱を見ると「しばらく休業しています」の張り紙。
人も車も殆ど往来のない道ゆえ、さもありなん
ただ逆に、どんな料理が供されるのか興味が湧いた。 -
広大なゴルフ場の横を通り過ぎると、そこに現れたのは小國神社の梅園。
まだまだ社殿まで距離があるのに、この梅林。
小國神社社域の広大さを伺わせる。 -
そのうち小國神社専用の駐車場が目に付き始め、やがて連絡バスの発着場に行き着いた。
遠江一宮駅との間にマイクロバスが運行されているのだが、これが不便このうえない。
運行日は毎月1日と15日、日祝日、1月7〜15日、6月1〜20日。
つまり正月も1〜6日は運休となる。
でも元旦は祝日なので運休は矛盾しているのだが…。
たぶん三が日は参拝客でごった返すので、マイクロバス程度の輸送力では焼け石に水。
しかも交通渋滞のため運行に支障が生ずると見て、敢えて運休にしているのだろう。 -
宮川を渡る朱塗りの橋が見え、いよいよ小國神社の境内地に到着。
遠州森駅から徒歩で1時間半…結構かかった。
が、神社への参拝はレジャーではなく苦行であると思えば大したことはない。 -
一の鳥居。
建立は昭和44(1969)年4月18日と、比較的新しい。
扁額は建立当時の伊勢神宮大宮司、坊城俊良氏のの揮毫によるもの。 -
一の鳥居の右側に立つ社号標。
延喜7(907)年の延喜式では式内社に、明治6(1873)年6月13日の近代社格制度では国幣小社に列せられた。 -
鳥居を潜って小橋を渡り、参道を進む。
-
参道の右脇には「勅使参道」という小径が通っている。
大宝元(701)年春、参向した勅使(帝の使者)に十二段舞楽を奉奏。
以来、奉幣のため毎年訪れる勅使に神社では舞楽を奉奏した。
当時、勅使が用いた参道の跡で、一般の参拝者は通行できなかったという。 -
参道の途上、左側に位置する「神幸所」。
4月18日に最も近い土日曜の「神幸祭」で、年に一度だけ御祭神が神輿に乗ってやって来る。 -
二の鳥居の手前左側にある「家康公立ち上がり石」。
徳川家康は元亀元(1570)年、三方原台地の東南端に浜松城を築城。
2年後の元亀3(1572)年、京に西進する武田信玄の軍勢を迎え撃つ。
世に云う「三方ヶ原の合戦」。
家康は合戦に当たって願文と三条小鍛冶宗近の太刀を奉納し、開運を祈願したという。
その折に腰かけて休息したと伝わる石。
三方ヶ原では武田軍から散々な目に遭わされた家康。
だが、逆境を乗り越えて天下を取ったご利益にあやかりたいと、この「石」に人生の再起を念じて腰かける者も多いそうだ。 -
「家康公立ち上がり石」の後方にある御神木「大杉」の根株。
約400年前の慶長年間の古図にも「大杉」と記されており、樹齢1000年余とも云われる。
老木のため根株の中が空洞になっているが、残された縁の年輪だけでも優に500年を超えている。
だがしかし、昭和47(1972)年の台風で倒壊、この場に奉安されたそうだ。 -
二の鳥居をくぐり、社殿に向かう。
祭神は大己貴命、又の名を「大国主命(おおくにぬしのみこと)」。
一般には「大国様(だいこくさま)」や「大黒様として知られる縁起のいい神様。
境内には大黒様の象徴ともいうべき巨大な「大宝槌」も据えられている。 -
天平3(1575)年、長篠の戦いで武田家を打ち破った徳川家康は、戦乱で消失した社殿を再建し、社領五百九十石の朱印を奉納。
以降、代々の徳川将軍家が社殿の改造・修復料を寄進し続けたという。江戸時代は幕府の手篤い保護を受けていた小國神社だが、明治15(1882)年3月に火災のため本殿、幣殿、拝殿などの建造物を悉く焼失。
それから4年後の明治19(1886)年に復興され、現在に至っている。 -
拝殿の右側にある神徳殿。
拝殿で祭典行事が執行されている際、ここで祈祷が行われる。 -
二の鳥居を過ぎたところにある舞殿(右)と舞楽舎(左)。
舞殿では「勅使参道」で触れた「十二段舞楽」が毎年4月に行われる。
「遠江国一宮小國神社古式舞楽保存会」が小國神社氏子青年会と協力し、保存伝承に努めています。
「十二段舞楽」は昭和57(1982)年1月23日、文化庁から「重要無形民俗文化財」に指定されている。 -
参拝を終えて一の鳥居から境内の外へ。
右側に門前町「小國ことまち横丁」がある。
それほど規模は大きくなく、店はお茶屋、かりんとう屋、煎餅屋の3軒。
ただ、それぞれが甘味処、ジェラート、うどん屋なども構えており、横丁全体の食べ物のメニューは意外と豊富だ。 -
そのうちの1軒、茶寮宮川でお茶と団子で一休み。
ここで出された緑茶がベラボウに旨い!
遠州森駅から遥々と歩いてきた疲労困憊の身躯の隅々まで染み渡る。
今まで飲んできたお茶は一体なんだったのかと思えたほどだ。
団子はこしあん、みたらし、そして優煎茶あんの3本。
茶あん団子とは珍しく、静岡ならではの味。 -
小國神社を後にし、遠江一宮駅へ向かう。
マイクロバスは運行していないので、再び徒歩の旅となる。
だが、今度は遠州森駅からとは異なり「明神通り」なる整備された道を往く。
「明神通り」とは東名高速道路の開通を機に、小國神社の門前を走る県道280号線に付けられた名称。
沿道には10軒ほどの店が門を構えている。
ここは宮前蕎麦「かんなび」。
ただ、営業は平日11〜14時半までなので、既に閉店。 -
ちなみに10軒には、ことまち横丁の「茶寮宮川」と「隠れ河原のかりん糖」も含む(なぜか煎餅屋「寺子屋本舗」は含まれていない)。
「かんなび」から暫く歩いたところに、洒落たレストランを発見。
店の名は「スリーツリーズゆう成」という。
たぶん三木さんという方が店主なのだろう。
営業時間は11〜16時までで、メニューはコースランチのほか、アラカルトでの注文もOK。
営業時間終了後でも予約すれば応相談で店を開けてくれるそうだ。 -
「ゆう成」の隣にある宮前こんにゃくの店「久米吉」。
凝固剤に石灰ではなく木灰を用いるのが特徴で、安政年間の創業時には「森蒟蒻」として評判になったとか。
営業時間は9時半〜17時。
店頭では味噌田楽や蒟蒻ラーメンなどが食べられるが、ここも閉店時間ギリギリで間に合わず。
ちなみに久米吉には離れがあり、そちらは高級そうな料亭になっている。
ただし中に入って見たり食べたりしたわけではないので、高級かどうかは分からない。 -
また暫く歩いていると、今後は巨大な赤い急須が目に飛び込んできた。
「赤い急須の太田茶店」という。
お茶の販売だけでなく、屋外には喫茶スペースもある。
お茶に甘味、大福、パフェ、ロールケーキなど。
昼にはおむすびランチも。
ただし喫茶スペースは午後4時ラストオーダーということで、ここも間に合わず。 -
というわけで明神通りの飲食店はこのあたりでおしまい。
途中、木材家具の創作工房があるぐらいで、あとはひたすら田園地帯が続く。
先出の茶房・ギャラリー「清右衛門」と欧風田舎料理の店「シェ・モーン」も明神通りに移転すればいいのに。 -
新東名高速道路の高架下に到着。
高架橋の巨大さには圧倒される。 -
明神通りは谷崎交差点で県道40号線と合流して、おしまい。
さらに暫く歩き、ようやく遠江一宮駅に到着。
入口ではゆるキャラ?「だいこくちゃん」が迎えてくれた。
小國神社から2時間近くかかったろうか?
とっくに日は暮れていた。 -
遠江一宮駅はJR掛川駅と同様、木造の駅舎。
建築されたのも同じ1940(昭和15)年。
天浜線の前身である国鉄二俣線の全線開通に合わせて建設されたという。
ちなみに駅舎は国の登録有形文化財に登録されている。 -
駅舎の事務室だったスペースには今、蕎麦屋「百々や」が店を構えている。
製粉所を備え、その日使う分だけ国内産の玄蕎麦を石臼で挽いて打つという本格派。
日本酒もいいのを揃えていて、蕎麦喰いにはもってこいの店。
それだけに休日には午前中で売り切れることもあるそうだ。
営業時間は11〜16時。
もちろん店は閉まっていて、蕎麦にはありつけなかったが。
再び訪れる時のためのお楽しみにとっておこう。
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