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現在の日本は47都道府県に分かれてますが、江戸時代までは六十余の州に別れてました。<br />各州ごとに筆頭の神社があり、これらは「一之宮」と呼ばれています。<br />その「諸国一之宮」を公共交通機関(鉄道/バス/船舶)と自分の足だけで巡礼する旅。<br />6カ所目は伊豆国(静岡県)の三嶋大社を訪ねました。<br /><br />【三嶋大社】<br />[御祭神]大山祇命(おおやまつみのみこと)<br /> 積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)<br />[鎮座地]静岡県三島市大宮町<br />[創建]不明<br /><br />[追記]<br />「諸国一之宮“公共交通”巡礼記[伊豆国]三嶋大社」を全面改稿し、ブログ「RAMBLE JAPAN」にて「一巡せしもの〜伊豆國一之宮[三嶋大社]」のタイトルで連載しております。<br /><br />ブログ「RAMBLE JAPAN」<br />http://ramblejapan.blog.jp/<br />http://ramblejapan.seesaa.net/<br />(上記のURLの内容は、どちらも同じです)

諸国一之宮“公共交通”巡礼記[伊豆国]三嶋大社

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2012/12/21 - 2012/12/21

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経堂薫

経堂薫さん

現在の日本は47都道府県に分かれてますが、江戸時代までは六十余の州に別れてました。
各州ごとに筆頭の神社があり、これらは「一之宮」と呼ばれています。
その「諸国一之宮」を公共交通機関(鉄道/バス/船舶)と自分の足だけで巡礼する旅。
6カ所目は伊豆国(静岡県)の三嶋大社を訪ねました。

【三嶋大社】
[御祭神]大山祇命(おおやまつみのみこと)
 積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)
[鎮座地]静岡県三島市大宮町
[創建]不明

[追記]
「諸国一之宮“公共交通”巡礼記[伊豆国]三嶋大社」を全面改稿し、ブログ「RAMBLE JAPAN」にて「一巡せしもの〜伊豆國一之宮[三嶋大社]」のタイトルで連載しております。

ブログ「RAMBLE JAPAN」
http://ramblejapan.blog.jp/
http://ramblejapan.seesaa.net/
(上記のURLの内容は、どちらも同じです)

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 早朝のJR三島駅。<br />駅舎は改装工事中。<br />富士山と三嶋大社をイメージしたという外観は、残念ながら白いヴェールで覆われていた。

    早朝のJR三島駅。
    駅舎は改装工事中。
    富士山と三嶋大社をイメージしたという外観は、残念ながら白いヴェールで覆われていた。

  • 駅前から愛染坂という緩やかな坂道を下りきったあたり。<br />ここにも浅間神社があった。<br />見れば「伊豆二宮」とある。<br />その浅間神社と道を挟んだ向かい側にあるのが「白滝公園」。<br />富士の湧水が桜川となって流れ込み、あたり一面に梢が生い茂る。<br />まさに“水の都”三島を象徴する風景だ。

    駅前から愛染坂という緩やかな坂道を下りきったあたり。
    ここにも浅間神社があった。
    見れば「伊豆二宮」とある。
    その浅間神社と道を挟んだ向かい側にあるのが「白滝公園」。
    富士の湧水が桜川となって流れ込み、あたり一面に梢が生い茂る。
    まさに“水の都”三島を象徴する風景だ。

  • 白滝公園から桜川沿いに三嶋大社へ続く水上通りには「水辺の文学碑」が整備されている。<br />正岡子規や太宰治、井上靖や大岡信など、三島に縁のある文学者の句碑が10基ほど並んでいる。<br />中でも最古の文学者は弥次喜多でおなじみ「東海道中膝栗毛」の作者、十返舎一九か。<br />ここ三島は三嶋大社の門前町であると同時に、東海道五十三次11番目の宿場町でもある。

    白滝公園から桜川沿いに三嶋大社へ続く水上通りには「水辺の文学碑」が整備されている。
    正岡子規や太宰治、井上靖や大岡信など、三島に縁のある文学者の句碑が10基ほど並んでいる。
    中でも最古の文学者は弥次喜多でおなじみ「東海道中膝栗毛」の作者、十返舎一九か。
    ここ三島は三嶋大社の門前町であると同時に、東海道五十三次11番目の宿場町でもある。

  • 居並ぶ句碑の中から司馬遼太郎のそれが目に止まった。<br />「裾野の水、三島一泊二日の記」より、とある。<br />昭和61年の小説新潮に掲載とあるから、1986年…今から四半世紀ほど前の文章だ。<br />なぜ三島が富士の湧水に恵まれ、大小数多の川が市内を流れているのか?<br />その理由が簡潔かつ明瞭に説明されているのが、いい。

    居並ぶ句碑の中から司馬遼太郎のそれが目に止まった。
    「裾野の水、三島一泊二日の記」より、とある。
    昭和61年の小説新潮に掲載とあるから、1986年…今から四半世紀ほど前の文章だ。
    なぜ三島が富士の湧水に恵まれ、大小数多の川が市内を流れているのか?
    その理由が簡潔かつ明瞭に説明されているのが、いい。

  • 駅から歩くこと30分ほどで三嶋大社に到着。<br />創建時期は不明なれど、奈良時代の古書にも記録が残るほど昔からある由。<br />

    駅から歩くこと30分ほどで三嶋大社に到着。
    創建時期は不明なれど、奈良時代の古書にも記録が残るほど昔からある由。

  • 社号標。<br />社名の「三嶋」が先にあって、それが地名「三島」の由来になったそうな。

    社号標。
    社名の「三嶋」が先にあって、それが地名「三島」の由来になったそうな。

  • 若山牧水の歌碑。<br /><br />のずえなる 三島のまちの あげ花火<br />月夜のそらに 消えて散るなり<br /><br />牧水は宮崎県出身ながら長じて西隣りの沼津市に住み、伊豆の文豪として名声を馳せることに。

    若山牧水の歌碑。

    のずえなる 三島のまちの あげ花火
    月夜のそらに 消えて散るなり

    牧水は宮崎県出身ながら長じて西隣りの沼津市に住み、伊豆の文豪として名声を馳せることに。

  • 大鳥居と総門の間に広がる神池。<br />社殿に向かって左側の池上に浮かぶ厳島神社。<br />北条政子が勧請し、ことのほか篤く信仰したという。

    大鳥居と総門の間に広がる神池。
    社殿に向かって左側の池上に浮かぶ厳島神社。
    北条政子が勧請し、ことのほか篤く信仰したという。

  • 神池を抜けると、そこは総門。<br />昭和6(1931)年3月竣工とのことで、比較的新しい。<br />その前に使用されていた旧総門は現在、一部改修され芸能殿として保存されている。

    神池を抜けると、そこは総門。
    昭和6(1931)年3月竣工とのことで、比較的新しい。
    その前に使用されていた旧総門は現在、一部改修され芸能殿として保存されている。

  • 総門をくぐり抜け参道を進むと、そこに神門。<br />竣工は幕末の慶応3(1867)年8月10日。<br />明治維新で三嶋大社は社主の矢田部盛治が伊豆伊吹隊を結成。<br />東征大総督宮(有栖川宮)の先導警護や明治天皇の御通行警護などを奉じ、新政府に積極的に協力した。

    総門をくぐり抜け参道を進むと、そこに神門。
    竣工は幕末の慶応3(1867)年8月10日。
    明治維新で三嶋大社は社主の矢田部盛治が伊豆伊吹隊を結成。
    東征大総督宮(有栖川宮)の先導警護や明治天皇の御通行警護などを奉じ、新政府に積極的に協力した。

  • 神門を抜けると、そこは神を祀る第一清浄区域。<br />神門と御殿(拝殿・幣殿・本殿の総称)を結ぶ参道の中央に舞殿が立つ構図になっている。

    神門を抜けると、そこは神を祀る第一清浄区域。
    神門と御殿(拝殿・幣殿・本殿の総称)を結ぶ参道の中央に舞殿が立つ構図になっている。

  • 舞殿は舞を奉納するだけでなく、神事や祈祷、結婚式なども行われる。<br />舞殿の「欄間」と「小壁」には「二十四孝」という話を題材にした彫刻が巡らされている。<br />「二十四孝」は中国に伝わる親孝行の話だそう。

    舞殿は舞を奉納するだけでなく、神事や祈祷、結婚式なども行われる。
    舞殿の「欄間」と「小壁」には「二十四孝」という話を題材にした彫刻が巡らされている。
    「二十四孝」は中国に伝わる親孝行の話だそう。

  • 御殿は嘉永7(1854)年11月4日の東海地震で倒壊、その後再建されたもの。<br />先述の社主矢田部盛治の指揮により慶応2(1866)年9月9日に落成した。

    御殿は嘉永7(1854)年11月4日の東海地震で倒壊、その後再建されたもの。
    先述の社主矢田部盛治の指揮により慶応2(1866)年9月9日に落成した。

  • 手前が拝殿、奥が本殿。<br />両者の間をつなぐ建物が幣殿。<br />これら御殿は現在、国の重要文化財に指定されている。

    手前が拝殿、奥が本殿。
    両者の間をつなぐ建物が幣殿。
    これら御殿は現在、国の重要文化財に指定されている。

  • 本殿は高さ23メートル、鬼瓦の大きさ4メートル。<br />出雲大社と並んで国内最大級の大きさを誇る。

    本殿は高さ23メートル、鬼瓦の大きさ4メートル。
    出雲大社と並んで国内最大級の大きさを誇る。

  • 御殿の西側、客殿の廊下に安置してある扁額。<br />江戸時代までは一般に「三嶋大明神」と呼ばれていた。

    御殿の西側、客殿の廊下に安置してある扁額。
    江戸時代までは一般に「三嶋大明神」と呼ばれていた。

  • 総門を出て右に曲がり、祓所神社の前を抜けて西門から境内の外へ出る。<br />三島の町をブラブラしながら、再びJR三島駅へ向かう。<br />それにしても早朝の参拝は気持ちの良いものだ。

    総門を出て右に曲がり、祓所神社の前を抜けて西門から境内の外へ出る。
    三島の町をブラブラしながら、再びJR三島駅へ向かう。
    それにしても早朝の参拝は気持ちの良いものだ。

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