2013/02/11 - 2013/02/13
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マーガレットさん
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私がアメリカに住んでいた1980年代の終わり頃、べトナム戦争が終わって15年近く経っていたがアメリカには祖国から逃がれてきたベトナム人が多くいた。彼らは自由に国外へ出ることもできず、命がけで国を脱出していたのだ。もちろん日本や東南アジアに逃れていた人たちも多い。社会主義になった祖国での生活はたいへんだった、と当時ベトナム人から聞いた。
ベトナムを支援してたソ連が91年に崩壊したことで、経済の自由化が進み日本人もベトナムに旅行できるようになった。ベトナム人も制約はあるのだろうが西側の国へ出られるようになった。ベトナム戦争終結からソ連崩壊まで16年、その間には中越戦争もあったけれど厳しい時代が長く続かなかったのはベトナムの人々にとって幸いだろう。難民として国外へ逃れた人たちも故郷を訪問できるようになったのだろうか?
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この日は市内観光へ。宿泊していたホテルのロビーにも正月の飾りつけが。
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ハノイには多くの湖がある。タイ湖畔にある鎮国寺への参道。
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ベトナムで一番古いお寺、鎮国寺。1600年くらい前に建てられたそうだ。
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鎮国寺の境内にはいろいろな建物がある。お参りの人が多かったので旧正月のせいだと思ったら、人が多いのは正月のせいではなくていつものことなんだそう。
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ホー・チ・ミン廟。中にホー・チ・ミンの遺体が安置されていて誰でも見ることができる。
日本人としては遺体を保存して一般公開して見せる感覚がよくわかりませんが、社会主義や共産主義の国ではよくありますね。 -
日本人ならもっときれいに足並みをそろえて行進できるのに、とつい思ってしまったなぁ。
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ホー・チ・ミンの執務室。この周辺にはフランス植民地時代の建物がたくさんあった。このページトップの写真の池を取り囲むようにホー・チ・ミンの家や執務室が建てられている。
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一柱寺。ホー・チ・ミン廟から歩いて行ける観光名所。小さなお寺が一本の柱の上に建てられている。
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場所が変わってこちらは孔子廟。街の中心に近いためかすごい人ごみ。これまた旧正月のせいではないそう。いつもこんな人が多いのか〜!
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孔子廟の参道。カラフルです。こちらの人たちは服でもなんでも派手な色合いがお好みらしい。
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孔子廟。どこも人、人、人。
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カメの頭をなでると賢くなれるそうで、夫も私も頑張って触ったわ。
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門前でこういうものを作って売るオジサンがいた。日本でも昔は見たなあ。なんだか懐かしい。
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孔子廟の門前にある麺のお店でランチ。庶民的なお店でした。
今回の旅はツアーなので現地ガイドさんがあちこちドライバー付きセダンで案内してくれて楽なうえ、こういうお店にも不安なく入れて良かった。
ツアーと言っても日本からの添乗員がいるわけではなく、参加者は私たち夫婦二人だけなので、スケジュール変更や行きたい場所のリクエストも快く聞いてもらえて良かった。 -
ランチのフォー。美味しかった、丼は欠けていたけど。ベトナムのお料理は何を食べても美味い。
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お店の前に出してあるテーブルも地元の人たちでにぎわっていました。
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食後は旧市街へ。旧正月のためお店が全部閉まっていてつまらない。
そのあと焼き物で有名なバッチャン村へ。ハノイの郊外で遠くはなかったが、ほとんどのお店は正月で閉店。
ハノイへの帰り道、堤防の上で果物を売っているおばさんがたくさんいた。みんな同じものを売っていたのでガイドさんに何を売っているのか聞いたところグァバ。食べてみたがまだ固くて青臭く食べにくかった。味は悪くなかったけれど。 -
この日は夕方の飛行機でカンボジアへ移動。
旧正月でハノイは道路が空いているそうだが、それでもこんなラッシュを抜けて空港へ。
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