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今回の「JOSANの心の旅」は還暦を迎え、今まで旅して来た国<br />や出逢った人達との、思い出を書き続けて行くシリーズです。<br /><br />スミマセンが時代は前後しますが、私の心が感動した国や、最<br />高に面白い人達のお話です。<br /><br />先ず初回は私が昔心臓病でお世話に成った、日本の大病院の<br />大部屋で出逢った、不思議で、悲しくて、面白い人達のお話です。<br /><br /><br />「病院で出遭った、懐かしい人達。」<br /><br />①「スパイ学校のお爺ちゃん。」<br /><br />②「私を見ないで!。」<br /><br />③ 「北海の熊の涙」<br /><br />④「インド人も、カレーパンが大好き!。」<br /><br /><br /><br />この企画は、生前この企画を私が約束して果たせないまま、<br />第二の故郷デンマークで病死した、4トラの悪友のGINさん<br />に捧げます。<br /><br /><br /><br />※古い写真とブログの文章は、全然関係有りません。<br /><br />

JOSANの心の旅―① 「病院で出遭った、懐かしい人達。」

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2013/06/15 - 2013/06/15

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josan

josanさん

今回の「JOSANの心の旅」は還暦を迎え、今まで旅して来た国
や出逢った人達との、思い出を書き続けて行くシリーズです。

スミマセンが時代は前後しますが、私の心が感動した国や、最
高に面白い人達のお話です。

先ず初回は私が昔心臓病でお世話に成った、日本の大病院の
大部屋で出逢った、不思議で、悲しくて、面白い人達のお話です。


「病院で出遭った、懐かしい人達。」

①「スパイ学校のお爺ちゃん。」

②「私を見ないで!。」

③ 「北海の熊の涙」

④「インド人も、カレーパンが大好き!。」



この企画は、生前この企画を私が約束して果たせないまま、
第二の故郷デンマークで病死した、4トラの悪友のGINさん
に捧げます。



※古い写真とブログの文章は、全然関係有りません。

  • ①「スパイ学校のお爺ちゃん。」<br /><br />この話は14年前に、私が心臓手術の為に入院<br />した、当時世界で-番の、心臓手術の技術を持<br />つ、医療チームが居る、東京の有名な大病院で<br />のお話です。<br /><br />私は1999年の極寒の1月の初旬の早朝に2<br />度目の心臓発作が起きて、動けなく成り緊急入<br />院した病院でも、私の心臓病は手術が難しくて<br />現在の最新の高度医療技術でも、ダメだと言わ<br />れました。<br /><br />ですので簡単な、カテーテル手術を行いお茶を<br />濁し後は、薬を飲み続け医学の進歩を待つ事と<br />成り、体の回復を待つ間入院をしていた、大病<br />院の大部屋で出会った人達の話です。<br /><br />この大部屋の病室で出逢ったお爺ちゃんは、あ<br />る会社の役員さんで当時80歳近い高齢の人で<br />した。<br /><br />このお爺ちゃんは、5cm大の腹部大動脈瘤と、<br />2本の心臓バイパス手術の、2ヶ所の大手術を、<br />9時間以上掛かり奇跡的に、同時に手術を終え<br />て現在はリハビリ中の、お爺ちゃんでした。<br /><br />私が入院してこのお爺ちゃんに挨拶すると、べッ<br />トの上に起き上がり背筋を伸ばし、大きな声で丁<br />寧に私に挨拶を返してくれました。<br /><br />私はこの時代の男の人達は、なぜか昔の武士道<br />の様な物が漂う、人達が多い様に感じました。<br /><br />このお爺さんには、昼間は上品な奥様が甲斐甲斐<br />しく付き添い、世話を焼いて居ます、「でも主人は家<br />では、かなりの暴君で困ります。」と笑って居ました。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />※これは、30年前のハワイの未だ綺麗な頃の、<br />ハナウマベイの写真です。<br />

    ①「スパイ学校のお爺ちゃん。」

    この話は14年前に、私が心臓手術の為に入院
    した、当時世界で-番の、心臓手術の技術を持
    つ、医療チームが居る、東京の有名な大病院で
    のお話です。

    私は1999年の極寒の1月の初旬の早朝に2
    度目の心臓発作が起きて、動けなく成り緊急入
    院した病院でも、私の心臓病は手術が難しくて
    現在の最新の高度医療技術でも、ダメだと言わ
    れました。

    ですので簡単な、カテーテル手術を行いお茶を
    濁し後は、薬を飲み続け医学の進歩を待つ事と
    成り、体の回復を待つ間入院をしていた、大病
    院の大部屋で出会った人達の話です。

    この大部屋の病室で出逢ったお爺ちゃんは、あ
    る会社の役員さんで当時80歳近い高齢の人で
    した。

    このお爺ちゃんは、5cm大の腹部大動脈瘤と、
    2本の心臓バイパス手術の、2ヶ所の大手術を、
    9時間以上掛かり奇跡的に、同時に手術を終え
    て現在はリハビリ中の、お爺ちゃんでした。

    私が入院してこのお爺ちゃんに挨拶すると、べッ
    トの上に起き上がり背筋を伸ばし、大きな声で丁
    寧に私に挨拶を返してくれました。

    私はこの時代の男の人達は、なぜか昔の武士道
    の様な物が漂う、人達が多い様に感じました。

    このお爺さんには、昼間は上品な奥様が甲斐甲斐
    しく付き添い、世話を焼いて居ます、「でも主人は家
    では、かなりの暴君で困ります。」と笑って居ました。






    ※これは、30年前のハワイの未だ綺麗な頃の、
    ハナウマベイの写真です。

  • このお爺ちゃんの所には、毎日病気のお見舞<br />いに、色々な会社のお偉いさん達が大勢訪れ、<br />―日中大変な賑わいでした。<br /><br />お爺ちゃんは聞く所に因ると、太平洋戦争前の<br />陸軍中野(スパイ)学校の卒業生でまだまだ頭<br />の回転も速く、未だに現役の会社の役員さんで<br />した。<br /><br />このお爺ちゃんは戦争時代の武勇伝や、活躍を<br />見舞いの人達と笑いながら話して居ました、しか<br />しある晩から突然変な行動を取る様になり、部屋<br />のみんなはマジで、驚きました。<br /><br />それは看護婦さんが、夜の見回りに病室に来た<br />後で、お爺ちゃは1人で真夜中に大部屋を抜け<br />出しなかなか、大部屋に帰って来ないのです。<br /><br />そして時々お爺ちゃんは、夜中に起き出して部屋<br />の隅で、突然おしっこをして仕舞い、気が付いた<br />看護婦さんが、優しく注意すると、まるで子供の様<br />に泣出して仕舞うのです。<br /><br />このお爺ちゃんの夜中の行動には、主冶医の先生<br />も驚いた様でしたが、今回の様な大手術の後には<br />、稀にこの様な症状が現れれる人も有るそうです。<br /><br />このお爺ちゃんは、大手術を克服して、ようやく病<br />気が治り体が元気に成つたのに、酷いボケが始る<br />とは人生とは上手く行かない者ですね。<br /><br />しかし、不思議な事に翌朝になると、お爺ちゃんの<br />ボケは完全に収まり、見舞いの人達とも何事も無<br />かった様に、普通に会話をして居るのです。<br /><br />ですので付き添いの奥様も、昼間のお爺ちゃんしか<br />見てい居ないので、医者にお爺ちゃんの夜間のボケ<br />の事を言われても、直ぐには信じられ無い様でした。<br /><br />私も夜行性のボケなど、今まで聞いた事も無いので<br />驚きました、お爺ちゃんも夜中の自分の行動を、完全<br />に覚えて居ないので、始末が悪いですね。<br /><br />その後、お爺ちゃんは間も無くリハビリも終り、息子さ<br />ん夫婦が、迎えに来て家に帰りましたが、珍しい夜行<br />性のボケの症状の、元気なお爺ちゃんの世話は―般<br />家庭ではマジで大変だったと思います。(汗)<br /><br /><br /><br /><br />(終)<br /><br /><br /><br /><br />※この写真は、30年前のハワイのワイキキビー<br />チです、昔から私はデブでしたね〜。(笑)<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    このお爺ちゃんの所には、毎日病気のお見舞
    いに、色々な会社のお偉いさん達が大勢訪れ、
    ―日中大変な賑わいでした。

    お爺ちゃんは聞く所に因ると、太平洋戦争前の
    陸軍中野(スパイ)学校の卒業生でまだまだ頭
    の回転も速く、未だに現役の会社の役員さんで
    した。

    このお爺ちゃんは戦争時代の武勇伝や、活躍を
    見舞いの人達と笑いながら話して居ました、しか
    しある晩から突然変な行動を取る様になり、部屋
    のみんなはマジで、驚きました。

    それは看護婦さんが、夜の見回りに病室に来た
    後で、お爺ちゃは1人で真夜中に大部屋を抜け
    出しなかなか、大部屋に帰って来ないのです。

    そして時々お爺ちゃんは、夜中に起き出して部屋
    の隅で、突然おしっこをして仕舞い、気が付いた
    看護婦さんが、優しく注意すると、まるで子供の様
    に泣出して仕舞うのです。

    このお爺ちゃんの夜中の行動には、主冶医の先生
    も驚いた様でしたが、今回の様な大手術の後には
    、稀にこの様な症状が現れれる人も有るそうです。

    このお爺ちゃんは、大手術を克服して、ようやく病
    気が治り体が元気に成つたのに、酷いボケが始る
    とは人生とは上手く行かない者ですね。

    しかし、不思議な事に翌朝になると、お爺ちゃんの
    ボケは完全に収まり、見舞いの人達とも何事も無
    かった様に、普通に会話をして居るのです。

    ですので付き添いの奥様も、昼間のお爺ちゃんしか
    見てい居ないので、医者にお爺ちゃんの夜間のボケ
    の事を言われても、直ぐには信じられ無い様でした。

    私も夜行性のボケなど、今まで聞いた事も無いので
    驚きました、お爺ちゃんも夜中の自分の行動を、完全
    に覚えて居ないので、始末が悪いですね。

    その後、お爺ちゃんは間も無くリハビリも終り、息子さ
    ん夫婦が、迎えに来て家に帰りましたが、珍しい夜行
    性のボケの症状の、元気なお爺ちゃんの世話は―般
    家庭ではマジで大変だったと思います。(汗)




    (終)




    ※この写真は、30年前のハワイのワイキキビー
    チです、昔から私はデブでしたね〜。(笑)





  • ②「私を見ないで!。」<br /><br />お爺ちゃんの代わりに、新しく入院して来た初老の<br />男が、私の居る大部屋に来たのは、現代医学では<br />未だ心臓手術が出来ない私が、そろそろ病院を退<br />院させられる、頃の話です。<br /><br />この初老の男は、新宿2丁目で働いて居るオカマ<br />さんでした、でも-見するとオカマさんには見えま<br />せん、治療服を着て居るのと、病院ですの化粧も<br />無いので、少し長めの髪形だけが、我々と違う所<br />でした。<br /><br />この人は最初はいつもべットの間仕切りのカーテ<br />ンを、全て閉めて中から「私を見ないで!」と我々<br />に言う声だけが、オカマさん特有の物でした。<br /><br />多分オカマさんは、自分を女だと思って居るので<br />知らない男達との相部屋は嫌な様ですが、でも此<br />ればかりは仕方無く、オカマさんを女性の病室に<br />は入れられません。<br /><br />少し緊張が解けて来たのか、2~3日してからオ<br />カマさんが、間仕切りのカーテンを開けて漸く、<br />みんなと話しを始めました。<br /><br />オカマさんは自分は、新宿の2丁目のバーに勤め<br />て居る時に、心臓発作で倒れ知り合いに頼み込み、<br />ここに運ばれて来たとの事でした。<br /><br /><br /><br /><br /><br />※この写真も、30年前のハワイのワイキキビ<br />ーチです。<br /><br /><br /><br />

    ②「私を見ないで!。」

    お爺ちゃんの代わりに、新しく入院して来た初老の
    男が、私の居る大部屋に来たのは、現代医学では
    未だ心臓手術が出来ない私が、そろそろ病院を退
    院させられる、頃の話です。

    この初老の男は、新宿2丁目で働いて居るオカマ
    さんでした、でも-見するとオカマさんには見えま
    せん、治療服を着て居るのと、病院ですの化粧も
    無いので、少し長めの髪形だけが、我々と違う所
    でした。

    この人は最初はいつもべットの間仕切りのカーテ
    ンを、全て閉めて中から「私を見ないで!」と我々
    に言う声だけが、オカマさん特有の物でした。

    多分オカマさんは、自分を女だと思って居るので
    知らない男達との相部屋は嫌な様ですが、でも此
    ればかりは仕方無く、オカマさんを女性の病室に
    は入れられません。

    少し緊張が解けて来たのか、2~3日してからオ
    カマさんが、間仕切りのカーテンを開けて漸く、
    みんなと話しを始めました。

    オカマさんは自分は、新宿の2丁目のバーに勤め
    て居る時に、心臓発作で倒れ知り合いに頼み込み、
    ここに運ばれて来たとの事でした。





    ※この写真も、30年前のハワイのワイキキビ
    ーチです。



  • オカマさんが言うには、実はこの病院の偉い医師が<br />、オカマさんの若い頃の恋人で、その偉い医師に頼<br />んで入院させて貰ったそうですが、今はその医師と<br />は絶体に顔は、逢わせたく無いとの事でした。<br /><br />オカマさんが言うには、男は歳を取れば貫禄が出て<br />来るけれど、「オカマは化け物に成るだけよ!」と笑<br />いながら話して居ました。<br /><br />オカマさん曰く今の時代は、昔の様に偏見や差別が<br />少ないので、オカマが増えて居るが、昔はオカマで<br />有る事を世間に知られない様に、自分達は隠し続け<br />て居た、悲しい青春時代だったそうです。<br /><br />でも最近は、医学的にも「性同一性障害」と言う病名<br />で自分達は、決して化け物では無いと証明されて嬉<br />しい時代が来たと、喜んで居ました。<br /><br />そしてオカマさんは、「私も後30年産まれるのが遅け<br />れば、違う人生を歩めたかしら。」としみじみと話して<br />居ました。<br /><br />このオカマさんは、手術の後で主治医の若い先生に<br />恋をしたと、真剣にみんなに話し始めたので、若い主<br />治医の先生は、看護婦さん達にからかわれて、苦笑<br />いをして居ました。<br /><br />噂ではこのオカマさんは、今でも2丁目で働いて居る<br />そうです、でもお化粧して綺麗に化けたオカマさんは、<br />マジで見つけ出すのは、難しいとの事でした。<br /><br /><br />(終)<br /><br /><br /><br /><br />※この写真も、30年前のワイキキビーチでの楽し<br />い思い出の写真です。<br /><br />私はこの年からハワイが大好きに成り毎年、18回<br />もハワイに行き続けました。<br /><br /><br /><br /><br />

    オカマさんが言うには、実はこの病院の偉い医師が
    、オカマさんの若い頃の恋人で、その偉い医師に頼
    んで入院させて貰ったそうですが、今はその医師と
    は絶体に顔は、逢わせたく無いとの事でした。

    オカマさんが言うには、男は歳を取れば貫禄が出て
    来るけれど、「オカマは化け物に成るだけよ!」と笑
    いながら話して居ました。

    オカマさん曰く今の時代は、昔の様に偏見や差別が
    少ないので、オカマが増えて居るが、昔はオカマで
    有る事を世間に知られない様に、自分達は隠し続け
    て居た、悲しい青春時代だったそうです。

    でも最近は、医学的にも「性同一性障害」と言う病名
    で自分達は、決して化け物では無いと証明されて嬉
    しい時代が来たと、喜んで居ました。

    そしてオカマさんは、「私も後30年産まれるのが遅け
    れば、違う人生を歩めたかしら。」としみじみと話して
    居ました。

    このオカマさんは、手術の後で主治医の若い先生に
    恋をしたと、真剣にみんなに話し始めたので、若い主
    治医の先生は、看護婦さん達にからかわれて、苦笑
    いをして居ました。

    噂ではこのオカマさんは、今でも2丁目で働いて居る
    そうです、でもお化粧して綺麗に化けたオカマさんは、
    マジで見つけ出すのは、難しいとの事でした。


    (終)




    ※この写真も、30年前のワイキキビーチでの楽し
    い思い出の写真です。

    私はこの年からハワイが大好きに成り毎年、18回
    もハワイに行き続けました。




  • ③ 「北海の熊の涙」<br /><br />これは延命の為にタイ移住後7年目にして、漸く医学<br />の進歩により、私が新宿の大学病院で心臓手術を受<br />けて、早く家族の待つタイに帰ろうとリハビリに励んで<br />いた、心臓外科病棟の大部屋での話です。<br /><br />その男は、みんなに「北海の熊」と呼ばれるにふさわし<br />い、厳つい2m近い毛深い50代の、北海道の田舎の<br />ヤクザの親分でした。<br /><br />その「北海の熊」は心臓のバイパス手術を受ける為に、<br />わざわざ北海道の旭川から、東京の大学病院に出て<br />来たのです。<br /><br />この熊の付き添いには、ー目で素人とは思え無い、綺<br />麗な女性が甲斐甲斐しく、熊の世話を焼いて居ました。<br /><br />大きな大学病院には色々な種類の職業の人間が、私<br />の様に心臓手術の予備検査や手術後のリハリビの為<br />に、大部屋で過して居ました。<br /><br />実はこの熊と話してみると、意外と気さくな奴で、昼間<br />はみんな熊の所に集まり、熊が話す面白可笑しい、<br />北海道の田舎ヤクザの世界の話を聞いて、暇な時間<br />を潰して居ました。<br /><br />そしてある消灯後の夜中に、病室の窓際の熊のべット<br />からすすり泣く声が聞こえて来ました。<br /><br />しかし翌朝だれもその夜の出来事は、熊に聞く事はせ<br />ずに黙って居ましたが、夕食後に熊が苦笑いをしなが<br />ら、漸く昨夜の事をみんなに話し出しした。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />※この写真は41年前の学生時代の、地元のお祭りの<br />時の写真です、私は未だ髪がフサフサですね~。<br /><br /><br />

    ③ 「北海の熊の涙」

    これは延命の為にタイ移住後7年目にして、漸く医学
    の進歩により、私が新宿の大学病院で心臓手術を受
    けて、早く家族の待つタイに帰ろうとリハビリに励んで
    いた、心臓外科病棟の大部屋での話です。

    その男は、みんなに「北海の熊」と呼ばれるにふさわし
    い、厳つい2m近い毛深い50代の、北海道の田舎の
    ヤクザの親分でした。

    その「北海の熊」は心臓のバイパス手術を受ける為に、
    わざわざ北海道の旭川から、東京の大学病院に出て
    来たのです。

    この熊の付き添いには、ー目で素人とは思え無い、綺
    麗な女性が甲斐甲斐しく、熊の世話を焼いて居ました。

    大きな大学病院には色々な種類の職業の人間が、私
    の様に心臓手術の予備検査や手術後のリハリビの為
    に、大部屋で過して居ました。

    実はこの熊と話してみると、意外と気さくな奴で、昼間
    はみんな熊の所に集まり、熊が話す面白可笑しい、
    北海道の田舎ヤクザの世界の話を聞いて、暇な時間
    を潰して居ました。

    そしてある消灯後の夜中に、病室の窓際の熊のべット
    からすすり泣く声が聞こえて来ました。

    しかし翌朝だれもその夜の出来事は、熊に聞く事はせ
    ずに黙って居ましたが、夕食後に熊が苦笑いをしなが
    ら、漸く昨夜の事をみんなに話し出しした。






    ※この写真は41年前の学生時代の、地元のお祭りの
    時の写真です、私は未だ髪がフサフサですね~。


  • 実はこの病室の誰もが心臓手術の恐怖の為に、<br />熊が怯えて泣いて居たのだと思いましたが、実<br />はまるで違う事で熊は泣いて居たのです。<br /><br />熊によると、心臓手術の予備検査の時に、正直<br />に主冶医に「半年前から何故か乳頭部分が傷む」<br />と熊が言った所、乳がんの検査を受ける様に主冶<br />医に進められたそうです。<br /><br />「乳がんは確立は低いですが(女性の100分の1)、<br />男性にも起こる怖い病気です。」と医者に言われた<br />ので田舎者の熊は怖く成り、検査を受けに行ったそ<br />うです。<br /><br />そしてその時の事が思い出されて、熊は恥ずかしく<br />て悔しくて、すすり泣きをしたと言う訳なのでした。<br /><br />乳がんの検査を受ける為に、検査室の廊下の長椅<br />子に、いかつい熊が座って居ると、予想通り男は熊<br />1人で廻りは30人近い、若い女性患者ばかりだっ<br />たそうです。<br /><br />そして当然彼女達は、まるで犯罪者を見る様な好奇<br />な目付きで、いかつい熊の乳がんの検査が始るまで<br />の、1時間近くマジで場違いな熊をみんなで、くすくす<br />笑いながら見続けて、居たそうなのでした。<br /><br />その時の屈辱的な出来事を、熊は夜中に思い出し<br />て泣いたそうです、その時の話を熊から聞いて、病<br />室のみんなや付き添いの熊の奥さんも、みんな笑<br />い転げて仕舞いました。<br /><br />手術後「北海の熊」は、簡単な2ヶ所の心臓バイパ<br />ス手術でしたので、私よりも回復も早く、雪の降る<br />北海道に美人の奥さんと、2人で無事に帰りました。<br /><br />(終)<br /><br /><br /><br />※この写真は大昔の、友人の飲み会でのスナップ<br />写真です。<br /><br />写真の下の3人は売れない頃の、奥田英二君で隣<br />は亡きタレントの清水クーコさんです、そして下の女<br />性は奥田君の年上の奥さん、安藤和津さんですみん<br />な若いですね〜。(笑)<br /><br /><br />

    実はこの病室の誰もが心臓手術の恐怖の為に、
    熊が怯えて泣いて居たのだと思いましたが、実
    はまるで違う事で熊は泣いて居たのです。

    熊によると、心臓手術の予備検査の時に、正直
    に主冶医に「半年前から何故か乳頭部分が傷む」
    と熊が言った所、乳がんの検査を受ける様に主冶
    医に進められたそうです。

    「乳がんは確立は低いですが(女性の100分の1)、
    男性にも起こる怖い病気です。」と医者に言われた
    ので田舎者の熊は怖く成り、検査を受けに行ったそ
    うです。

    そしてその時の事が思い出されて、熊は恥ずかしく
    て悔しくて、すすり泣きをしたと言う訳なのでした。

    乳がんの検査を受ける為に、検査室の廊下の長椅
    子に、いかつい熊が座って居ると、予想通り男は熊
    1人で廻りは30人近い、若い女性患者ばかりだっ
    たそうです。

    そして当然彼女達は、まるで犯罪者を見る様な好奇
    な目付きで、いかつい熊の乳がんの検査が始るまで
    の、1時間近くマジで場違いな熊をみんなで、くすくす
    笑いながら見続けて、居たそうなのでした。

    その時の屈辱的な出来事を、熊は夜中に思い出し
    て泣いたそうです、その時の話を熊から聞いて、病
    室のみんなや付き添いの熊の奥さんも、みんな笑
    い転げて仕舞いました。

    手術後「北海の熊」は、簡単な2ヶ所の心臓バイパ
    ス手術でしたので、私よりも回復も早く、雪の降る
    北海道に美人の奥さんと、2人で無事に帰りました。

    (終)



    ※この写真は大昔の、友人の飲み会でのスナップ
    写真です。

    写真の下の3人は売れない頃の、奥田英二君で隣
    は亡きタレントの清水クーコさんです、そして下の女
    性は奥田君の年上の奥さん、安藤和津さんですみん
    な若いですね〜。(笑)


  • ④「インド人も、カレーパンが大好き!」<br /><br />「北海の熊」が退院した後のべットには、東京でカ<br />レーのチェーン店を始めた、大柄な40代のインド<br />人の社長が入院して来ました。<br /><br />このインド人は、当時日本の週刊誌にも取り上げ<br />られて居た、東京都内の人気カレーチーン店のオ<br />ーナーで、家族をインドに残して単身で、東京に<br />住んで居るインド人でした。<br /><br />夜遅く店で倒れ、緊急入院して来た彼は、健康保<br />険も無く手術代が心配だと、話して居ました、でも<br />命には代えられないので「次の危険な心臓発作が<br />来る前に、手術を受ける様に。」と、インドの家族に<br />説得されたそうです。<br /><br />彼の家はインドでも名家らしく、大金持ちの様です<br />が日本の医療は、とても高いと嘆いて居ました。<br /><br />その彼が手術後のリハビリ中の私に、心臓手術の<br />事を物凄いアクセントの英語で根掘り葉掘り聞いて<br />来るので、私の知る範囲での心臓バイパス手術の<br />内容を、下手な英語で詳しく彼に教えて上げました。<br /><br />みなさん心臓の外科手術は通常、喉の真下から垂<br />直に30cm程胸の真ん中をメスで切り開き、あばら<br />骨を電気ノコで切断して、機械で胸を大きく開き行な<br />うのが通常の手術なのです。<br /><br />そして心臓バイパス手術に使う血管は、人工血管よ<br />りも自分の血管を使う方が、拒否反応が起き難く長<br />く持つので、自分の手足や胸の中に有る血管(動脈)<br />を切り取り、バイパス手術に使います。<br /><br />ですので私の様に自分の血管で、5本のバイパス手<br />術を行った者は体中が刀傷で酷い状態です、しかし<br />取り出した血管(動脈)は、また後で再生するので問<br />題はない様ですが、ただ体中に1m近い醜い刀傷が<br />残つて仕舞うのが現実なのです。<br /><br />そして後日で看護婦さんに、傷跡を恥じる事は無いで<br />すよ「この傷跡は辛い手術に堪えた勲章なんですよ!」<br />と慰められました。<br /><br /><br /><br /><br />※この写真は1981年引退して半年後のモモエちゃん<br />です、私の友人の俳優の江藤潤君の誕生日会の、新<br />宿の貸切のお店にお忍びで、遊びに来てくれました、当<br />時既に既婚のモモエちゃんは、意外とお酒が強く、お喋<br />りなので驚きました。<br /><br />しかし途中でモモエちゃんがお店に居る事が近所にばれ<br />て100人以上のファンが押し寄せ、お店は大騒ぎで大<br />変でした、流石にモモエちゃん引退しても凄い人気でした。(祝)<br /><br />モモエちゃんの隣が、俳優の江藤潤君です。<br /><br />

    ④「インド人も、カレーパンが大好き!」

    「北海の熊」が退院した後のべットには、東京でカ
    レーのチェーン店を始めた、大柄な40代のインド
    人の社長が入院して来ました。

    このインド人は、当時日本の週刊誌にも取り上げ
    られて居た、東京都内の人気カレーチーン店のオ
    ーナーで、家族をインドに残して単身で、東京に
    住んで居るインド人でした。

    夜遅く店で倒れ、緊急入院して来た彼は、健康保
    険も無く手術代が心配だと、話して居ました、でも
    命には代えられないので「次の危険な心臓発作が
    来る前に、手術を受ける様に。」と、インドの家族に
    説得されたそうです。

    彼の家はインドでも名家らしく、大金持ちの様です
    が日本の医療は、とても高いと嘆いて居ました。

    その彼が手術後のリハビリ中の私に、心臓手術の
    事を物凄いアクセントの英語で根掘り葉掘り聞いて
    来るので、私の知る範囲での心臓バイパス手術の
    内容を、下手な英語で詳しく彼に教えて上げました。

    みなさん心臓の外科手術は通常、喉の真下から垂
    直に30cm程胸の真ん中をメスで切り開き、あばら
    骨を電気ノコで切断して、機械で胸を大きく開き行な
    うのが通常の手術なのです。

    そして心臓バイパス手術に使う血管は、人工血管よ
    りも自分の血管を使う方が、拒否反応が起き難く長
    く持つので、自分の手足や胸の中に有る血管(動脈)
    を切り取り、バイパス手術に使います。

    ですので私の様に自分の血管で、5本のバイパス手
    術を行った者は体中が刀傷で酷い状態です、しかし
    取り出した血管(動脈)は、また後で再生するので問
    題はない様ですが、ただ体中に1m近い醜い刀傷が
    残つて仕舞うのが現実なのです。

    そして後日で看護婦さんに、傷跡を恥じる事は無いで
    すよ「この傷跡は辛い手術に堪えた勲章なんですよ!」
    と慰められました。




    ※この写真は1981年引退して半年後のモモエちゃん
    です、私の友人の俳優の江藤潤君の誕生日会の、新
    宿の貸切のお店にお忍びで、遊びに来てくれました、当
    時既に既婚のモモエちゃんは、意外とお酒が強く、お喋
    りなので驚きました。

    しかし途中でモモエちゃんがお店に居る事が近所にばれ
    て100人以上のファンが押し寄せ、お店は大騒ぎで大
    変でした、流石にモモエちゃん引退しても凄い人気でした。(祝)

    モモエちゃんの隣が、俳優の江藤潤君です。

  • 私の怪しい英語で話した、詳しい手術の説明が<br />逆に彼を怯えさせ、食事も出来ない状態に成り、<br />彼は担当医に手術を受けたくないと、突然言い<br />出したのす。<br /><br />心臓手術は軽度の手術でも、矢張り命懸けの<br />手術ですので、怖く成り手術直前に病院を逃げ<br />出す人も、少なく有りません。<br /><br />病院側は仕方が無いので、インドから奥さんと<br />娘さんを急遽東京に呼び寄せ彼の説得にあた<br />らせ、漸く予定通り手術が行なわれる事に成り<br />ました。<br /><br />この大柄で気の弱いインド人も、手術の前夜に<br />は夜中に、大部屋のべットで眠れずに泣いて居<br />ました、誰でも、心臓手術は怖い物なのです、<br />ですので手術を受ける患者には、心のケアをす<br />るカウンセラーが、大病院には必ず居るのです。<br /><br />彼が観念して手術を受け、ICUに入つて居る時、<br />私はリハリビの帰りに、ガラス越しに彼を見に<br />行くと、彼は私に気が付き、手を振り笑って居<br />ました。<br /><br />ICUから出て来た彼を、カレー店の若いインドの<br />店員達が大勢見舞いに来ましたが「みんな心配<br />無い、私は全然大丈夫だ!。」と彼は私を見なが<br />らウインクして、笑顔で店員達に話して居ました。<br /><br />そして私がリハリビが終り、病院を退院する時に<br />、隠れて差し入れのカレーパンを彼に渡すと、ニ<br />コニコ笑い、「何よりのプレゼントだよ!」と、喜ん<br />で直ぐに2個も、食べて仕舞いました。<br /><br />彼らインド人は殆どどんな料理でも、カレーの味を<br />付けて食べるので、日本の簡素な病院食にはマジ<br />で彼は参ったそうです。<br /><br />日本の病院を退院してタイに帰り半年が過ぎた頃、<br />私がタイから日本に−時帰国した時に、新宿の彼<br />のカレーのお店を訪ねました。<br /><br />その時彼は、元気そうな笑顔で厨房から出て来て、<br />「あの時のカレーパンのお返しです。」と本格的な<br />インドの美味カレーを笑いながら私にご馳走してく<br />れました〜。(祝)<br /><br /><br /><br />(終)<br /><br /><br /><br />※この写真は、私が糖尿病に成り「甘い物を絶つ<br />誓いの会」での20年前の記念写真で〜す。(笑)<br /><br />

    私の怪しい英語で話した、詳しい手術の説明が
    逆に彼を怯えさせ、食事も出来ない状態に成り、
    彼は担当医に手術を受けたくないと、突然言い
    出したのす。

    心臓手術は軽度の手術でも、矢張り命懸けの
    手術ですので、怖く成り手術直前に病院を逃げ
    出す人も、少なく有りません。

    病院側は仕方が無いので、インドから奥さんと
    娘さんを急遽東京に呼び寄せ彼の説得にあた
    らせ、漸く予定通り手術が行なわれる事に成り
    ました。

    この大柄で気の弱いインド人も、手術の前夜に
    は夜中に、大部屋のべットで眠れずに泣いて居
    ました、誰でも、心臓手術は怖い物なのです、
    ですので手術を受ける患者には、心のケアをす
    るカウンセラーが、大病院には必ず居るのです。

    彼が観念して手術を受け、ICUに入つて居る時、
    私はリハリビの帰りに、ガラス越しに彼を見に
    行くと、彼は私に気が付き、手を振り笑って居
    ました。

    ICUから出て来た彼を、カレー店の若いインドの
    店員達が大勢見舞いに来ましたが「みんな心配
    無い、私は全然大丈夫だ!。」と彼は私を見なが
    らウインクして、笑顔で店員達に話して居ました。

    そして私がリハリビが終り、病院を退院する時に
    、隠れて差し入れのカレーパンを彼に渡すと、ニ
    コニコ笑い、「何よりのプレゼントだよ!」と、喜ん
    で直ぐに2個も、食べて仕舞いました。

    彼らインド人は殆どどんな料理でも、カレーの味を
    付けて食べるので、日本の簡素な病院食にはマジ
    で彼は参ったそうです。

    日本の病院を退院してタイに帰り半年が過ぎた頃、
    私がタイから日本に−時帰国した時に、新宿の彼
    のカレーのお店を訪ねました。

    その時彼は、元気そうな笑顔で厨房から出て来て、
    「あの時のカレーパンのお返しです。」と本格的な
    インドの美味カレーを笑いながら私にご馳走してく
    れました〜。(祝)



    (終)



    ※この写真は、私が糖尿病に成り「甘い物を絶つ
    誓いの会」での20年前の記念写真で〜す。(笑)

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この旅行記へのコメント (6)

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  • ちぐささん 2013/03/21 16:19:37
    こんにちは
      ジョウサン

     昔の話、文章にするの、大変では?
     ハワイ18回も行ったんですね、
     お元気な頃ですよね、
     昔は芸能人ともお付き合いあったんですか?
     
     生前の主人との旅行写真沢山あり、思い出にブログ
     作ろうと思ったことも、ありましたが、
     話が続かなかったり、まとまりがないので、
     ピクチャーに閉まってあります。

     又訪問します   ちぐさ

    josan

    josanさん からの返信 2013/03/21 17:55:30
    RE: こんにちは
    >   ジョウサン
    >
    >  昔の話、文章にするの、大変では?
    >  ハワイ18回も行ったんですね、
    >  お元気な頃ですよね、
    >  昔は芸能人ともお付き合いあったんですか?
    >  
    >  生前の主人との旅行写真沢山あり、思い出にブログ
    >  作ろうと思ったことも、ありましたが、
    >  話が続かなかったり、まとまりがないので、
    >  ピクチャーに閉まってあります。
    >
    >  又訪問します   ちぐさ

    今日は〜ちぐささん、今回始めたスリーズは昔の
    話ばかりで、記憶を辿りながら、書いて居るので
    中々進みません。(涙)

    しかしGINさんとの約束も有るので、漸く重い腰を
    上げて、書き始めた次第です。

    ハワイには戦前から、バーバの九州のいとこ達が
    移住して居るので、30歳〜45歳までの健康な時
    期に、良くお盆にバーバを連れて訪問しました。

    芸能人とは、私の親友の俳優の江藤潤君を通して
    、お付き合いさせて頂きました。

    今書き始めて居る、「1974年卒業旅行欧州1人旅」
    のブログも、当時の写真が御殿場に有るので、思う様
    に出来ないので、途中でストップして居ます。

    ちぐささん、私は5月の中旬にはー時帰国します
    ので、当時の欧州の旅行の写真を探して、ブログ
    を再開する予定です。



    ウドンよりJOSAN。
  • NAOさん 2013/03/11 13:56:36
    JOSANさんの昔話(1〜4)。読み応えがありました。
    JOSANさん、こんにちわ。
    今回の‘昔話’。大変読み応えがありました。
    ‘オカマ’や‘ヤクザの親分’など、とてつもなくユニークな病院入院患者の話は、秀逸ですね。
    又、写真に見られる‘有名人との交遊’も、意外性に富んでいて、JOSANさんのお人柄の良さが、感じられます。
    これからも、楽しいブログを、ドシドシ書いていってくださいね。
    お願いします。

    josan

    josanさん からの返信 2013/03/11 21:25:23
    RE: JOSANさんの昔話(1〜4)。読み応えがありました。
    > JOSANさん、こんにちわ。
    > 今回の‘昔話’。大変読み応えがありました。
    > ‘オカマ’や‘ヤクザの親分’など、とてつもなくユニークな病院入院患者の話は、秀逸ですね。
    > 又、写真に見られる‘有名人との交遊’も、意外性に富んでいて、JOSANさんのお人柄の良さが、感じられます。
    > これからも、楽しいブログを、ドシドシ書いていってくださいね。
    > お願いします。

    今晩は〜NAOさん、今回の企画は生前にGINさんと、約束して居た
    物で漸く書き始めました。

    この企画は古い話が多いので当時の写真が少なく、前回ー時帰国
    した時に出て来た、古い仲間との思い出の写真を載せてみました、
    みんな若いですね〜。(笑)

    次回は私の旅の原点「欧州の1人旅」のシリーズを書きます、此
    れは同じ時期に、欧州を1人旅していたGINさんに、薦められて書
    く予定でいた企画です、ですのでこの企画はGINさんに捧げる心算
    で書きます


    ウドンよりJOSAN。
  • auntofasiaさん 2013/03/10 00:31:04
    josan様ぁ こんばんは
    楽しい楽しい!

    時間的余裕なく第一話しか読ませていただけませんが
    写真は全部拝見いたしました

    楽しい交友が昔からあったのですね

    またお邪魔します

    josan

    josanさん からの返信 2013/03/10 11:31:08
    RE: josan様ぁ こんばんは
    > 楽しい楽しい!
    >
    > 時間的余裕なく第一話しか読ませていただけませんが
    > 写真は全部拝見いたしました
    >
    > 楽しい交友が昔からあったのですね
    >
    > またお邪魔します

    今日は〜a様、お仕事&お勉強如何ですか〜。

    私はGINさんとの約束を果たすべく、新しいシリーズを
    始めました、なにぶん昔の旅ですので記憶が定かで無く
    写真も有りません。

    でも書き進んで行く内に、色々と思い出して来ました、
    次回は、大学の卒業旅行で行った欧州の1人旅をUPする
    予定です。


    ウドンよりJOSAN。

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