2013/02/10 - 2013/02/10
491位(同エリア710件中)
wumpさん
目黒雅叙園の百段雛まつりに行ってきました。
有名な百段階段と和室の装飾を一度は見学したかったので、この機会にと、雛祭りの気分で楽しんできました。
以前から気になっていた五百羅漢寺や目黒不動尊まで足をのばして気まぐれな散策の旅です。
思っていた以上に見どころがいっぱいで時間をかけてまわるコースになりました。
番外編も作成予定です
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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目黒駅改札上部に百段雛まつりの案内広告発見
当日券1500円をJRびゅう窓口にて前売り券1200円で購入し、準備OK
目黒駅西口から散策スタートです
一番奥の三日月型の屋根のところが目黒雅叙園(新館)です -
行人坂、ひたすら下る下る坂道です
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フォーマルな衣装では歩けません
車で行くのが当然ですが
急な坂道が続きます
行人坂の由来は、17世紀前半ころに、出羽三山は湯殿山の行者、大開法印が大日如来のお堂を建てて大円寺の元を開いて以来、行者が多く住んでいたからのようです
山賊が出たり治安が悪かったので管理するように申し付けて修験道の行人を呼び寄せたそうです -
大円寺の門ですが、ずいぶん新しいようで・・・
明和9年(1772年)本堂から出火し明和の大火、別名行人坂の大火の火元になったため、幕府に再建を許されず、嘉永元年(1848年)に薩摩藩主島津斉彬の帰依を得て、その菩提寺として再建されたとあります。 -
残念ながら、4月8日の花祭りにご開帳です
清凉寺式釈迦如来立像は、国指定重要文化財です
京都嵯峨野の清凉寺にある釈迦如来像と同じ形の優美な像とありますから
ご開帳の時にぜひ来てみたいものです -
碑があるのですが、生身の釈迦如来立像
生身とは何かというと
像の胎内に人間の胎内にあるのと同じ同様の五臓が絹や錦の布で作られ、文書や経巻、宝玉などとともに納められているからのようです -
大円寺石仏群
都指定文化財
赤い布をまとっているのは、とろけ地蔵尊、
漁師さんが品川沖から引き上げたものらしく、火災で破損したものではありません
ご利益は悩みをとろけさせることで、悩みが消えるのではなく、知らないうちにとろけていたということになるのでしょうか -
山手七福神のなかの大黒天です
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門と同じく新しくなったようです
大晦日は11時50分から除夜の鐘が始まるようです -
有名な八百屋お七と吉三の由縁が書いてあります
お七亡きあと、僧となった吉三は西運と名を改め、諸国行脚し、大円寺の下の明王院(現雅叙園)に入って、浅草観音まで往復40kmを夜から明け方にかけて鉦を叩き念仏を唱え隔夜日参り1万日の行を27年5ヵ月かけて成し遂げ、お七が夢枕に立って成仏した事を告げられたことから「お七地蔵尊」を造ったとあります。
それと、西運は多くの江戸市民から浄財の寄進を受け、これを基金に行人坂に敷石の道を造り、目黒川に石の太鼓橋を架け社会事業の数々を行ったそうです。
目黒川の太鼓橋を地図に発見、これは確認しなくては・・・ -
新しいお地蔵さんも並んでいます
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斜面に並ぶ石像は圧巻
その数合計何と520体です -
真ん中が、五百羅漢、左右に文殊菩薩、普賢菩薩の釈迦三尊像を十大弟子と十六羅漢が囲み、背後に491体の羅漢像が並んでいます
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今度は、いよいよ目黒雅叙園です
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入口ホールの展示しか撮影できません
保護のためですから百段階段もお雛様も撮影禁止です
暖房なしのため寒さに耐えながらの観覧です
耳あて持参してたので、防寒と防音(おしゃべりに夢中な団体客が多いので)にとても役立ちました -
演出が濃いというか何というか
日本古来の室礼とは無縁の世界、別名竜宮城と言われるのも納得 -
凝ってます
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そこらじゅうに水辺がもうけてあります
天井が高い空間が単調にならないように工夫されてる感じです -
20年ぐらい前、新館ができたばかりの頃に来たはずなのですが、一切記憶が合致しません・・・
いつのまにこんな変化したのか?
シンプルで何もないロビーで30人ほどで記念撮影したのに、場所が見当たらず、本当に竜宮城へ来てしまった気分になりました -
滝のある庭
外へ出て記念撮影する方が大勢いましたが、ラウンジから見た光景を想像すると、あまりおすすめできません。
できればラウンジから眺める方が完成した姿で美しいと思われます。
アフタヌーンティーも格安でしたので次回は楽しんでみたいものです。 -
細かい演出が行き届いてますね。
どこにも手抜きはありません。 -
これが現代の太鼓橋(平成3年竣工)
広重が浮世絵にも書いた橋なのですが・・・
想像で補うしかありません -
目黒川
桜の季節は見事でしょうね
ここまできたら目黒の観光マップをもとに五百羅漢寺へいきますか -
太鼓橋からは、五百羅漢寺の誘導看板がずっと案内してくれるので、たどっていきます。
山手通りに出て左へ曲がり信号のある交差点を渡ると、何かあります
松運羅漢?関係ありそうです
松運禅師が536体の羅漢像を彫刻して本所五ツ目の五百羅漢寺を築いたそうです。今の五百羅漢寺は明治42年に移転して荒廃していたのを昭和56年再建できた際に松運羅漢と名付けて像を建立したようです。 -
松運羅漢像
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ちょっと寄り道、海福寺
赤い四脚門(ヨツアシモン)
柱と屋根のバランスがちょっと変わった印象です
つまり屋根がとても大きいので柱が四本必要だったのかと勝手に想像 -
歌舞伎では「八幡祭望月賑」(はちまんまつりよみやのにぎわい)
落語では「永代橋」
何かというと・・・ -
永代橋崩落横死者供養塔及び石碑
文化4年(1807年)の深川八幡の大祭で、永代橋が崩落して440名の溺死者が出る大惨事となり、その霊を供養するために木場の人々が建立した供養塔です -
梵鐘
(東京都指定有形文化財) -
武田信玄の屋形に置かれていたと伝えられている
九層の塔 -
深川にあった黄檗宗の寺が明治43年に移転してきたそうです
法要が行われていたので、内部は観れませんでしたが、区指定文化財の木造阿弥陀如来立像などが安置されています -
ようやく着きました
らかんさん -
天恩山五百羅漢寺とあります
意外と新しい建物なのでここでいいのかと躊躇しました
拝観料300円也
残念ですが、内部は撮影禁止でした
木像が305体、それぞれ説明が書いてあり、表情も違うので、じっくり落ち着いて眺めて楽しめます。
莫の木像も展示されていますが目が9個もあるので印象的です。
再建の苦労や繁栄していたころの様子が描かれた資料の展示など、読んでおきたい歴史がたくさん綴ってありました -
建築物としてはおもしろいデザインが含まれています
ガラスブロックが採光に使われています
本堂では法要が行われていたので残念ながら拝観できず、
ガラス越しに何となくですが、たくさん仏像が並んでいる様子が見えました
もう一度本堂の拝観のために来たいものです -
御朱印をいただきました
初めて購入した御朱印帳です -
五百羅漢寺を出ると、今度は目黒不動尊へ向かいます
案内の表示を見ながら、住宅街の路地をたどる道です -
曲がってもまだまだ路地を進みます
長い塀に沿って回り込んでいくようです -
権八・小柴の秘話伝える比翼塚
処刑された愛人白井権八と彼の墓前で自害した遊女小柴の後追い心中の話で歌舞伎では「権八小柴物」
権八が近くにあった普化宗東昌寺に匿われ虚無僧になっていたのが縁となり、その後廃寺となりこちらへ移ってきたようです -
目黒不動尊の仁王門
目黒不動は江戸五色不動のひとつ、天台宗の寺院です
円仁が比叡山に行く途中に不動明王を安置して創建とあります -
仁王門入ってすぐのところに境内案内図があり、参考にしてから、不動尊本尊に登った方がいいでしょうね
境内は広くてそう簡単に戻ってこれませんから・・・これは重要です -
何か表情が虚ろな犬に見えますが・・・
温和な感じで迎えてくれます -
本堂へまず向かいます
男坂というだけあって急な一本道の階段です
階段右側にある松の木は2代目の「鷹居の松」
徳川三代将軍家光公が、ここで鷹狩りをした際に、その鷹が行方知らずになり、不動尊に祈念したところ、たちまち鷹が飛び帰り、この松の木にとまったのが由来となり、家光公が深く尊信するようになったそうです -
大本堂
第二次大戦で焼失後、昭和56年に再建された鉄筋コンクリート造
素晴らしい天井画が描いてあり調べたところ川端龍子の「波涛龍図」だそうです
円仁が自ら彫刻したという不動尊像は12年に一度だけ酉年に開帳されます
写真撮影はできませんでしたが、本堂の中には守り本尊が祀ってあり近づいてゆっくり観覧できました -
本堂左側は白梅
ほんのりと梅の香の漂う境内はこの季節ならではの楽しみです -
本堂右側は紅梅
-
大日如来像
天和3年(1683年)作の銅製の胎蔵界大日如来像
本堂の裏側に露座しています。
大日如来は、自分の化身である不動明王を前面に出して不動尊本堂に納め、自分はその背後で静かに座しているしているということのようです
四天王が周りを取り囲んでいます -
広目天
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増長天
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多聞天
前からは観れません -
持国天
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意志不動とも石不動ともいわれてるようです
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微笑観世音菩薩
その名の通り微笑んでいます -
愛染明王
人間の煩悩と愛欲を転じて仏道に導く仏様ですね
頭に弓を構えた仏様がのっているので、恋のキューピット? -
縁結びの願いを叶えるには・・・
ていねいに方法が書いてあります -
延命地蔵尊
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護衛不動尊
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八大童子の山
工事中の柵の向こう側にあり、残念ながら遠くからしか見れません -
不動明王に使える童子の説明が書いてあります
不動明王の隣に、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制?(多)迦童子(せいたかどうじ)を従えた三尊形式が多いなかで、八人揃ってるのは珍しいのに遠くから眺めるだけでは表情もうかがえず残念 -
鐘楼堂
大晦日にのみ公開されるようです
柵の向こうでこれまた残念 -
青銅でできた灯篭のようですが陽射しが強くて上手く撮影できません
実物は4面とも飾りが違い見応えあります
納経所のようです
周囲の囲いには絵馬がたくさんかかっていますね -
百度石と書いてあります
お百度参りの風景が浮かんできます -
男坂の階段両脇に狛犬がいます
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それぞれ表情が違いおもしろいですね
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けっこう高低差があるのがわかります
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階段を降りて振り返るともうひとつ階段がありました
女坂です
ここはまず登ってみなくてはと、左側の階段を進むと・・・
何かあります -
銅造役の行者倚像
カラス銅と称される銅の色で黒光りしています
役の行者とは奈良時代の山岳修行者で、修験道の祖として崇拝されている人物で信仰の対象になっているようです
岩座に座り脛を出して頭には頭巾を被り、一本歯の高下駄を履いて、右手に巻物、左手に錫杖を持つ姿が一般的で、左右に前鬼と後鬼を従えた図像が有名だそうですが、ここでじっくり確認することができます -
昔々は江戸庶民の行楽地だったことを思わせる雰囲気があります。
お堂や仏像もたくさんあるし湧水や池もあり、にぎわっていたことでしょう。 -
見事に満開の梅です
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こちらも満開
青空の下で花見日和でした -
独鈷の滝
円仁が寺地を定めようとして独鈷を投げたところ、落下した地から霊泉が沸きだしたのが由来
今日まで枯れることなく湧いているのだそうです -
トレビの泉のように・・・
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水かけ不動明王
西郷隆盛もここで水をかけて島津斉彬の健康を祈願したようですね -
垢離堂
青竜大権現を祀っています -
独鈷の滝の隣にある「前不動堂」
なぜここに小さめのお不動様が必要だったかというと
大名などが参拝に来ると一般庶民は参拝を許されなかったので、代わりにと前不動堂が建立されたのだそうです。 -
やっぱり何か訴える切ない表情です
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前不動堂の前にも湧水ですね
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勢至堂
勢至菩薩像が安置されています -
山不動(腰立不動)
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腰立不動の由来が書いてあります
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泰叡山 瀧泉寺 本坊
阿弥陀三尊(観音・勢至・阿弥陀)を祀っているようです。
奥まったところに、ひっそりとたたずんでいます
こちらで御朱印をお願いしました -
プラタナス、鈴懸の木ですが、こんな大木は初めて目にしました
新緑の季節にも見てみたいものです -
地蔵堂
毎月24日はお地蔵様のご縁日、一緒に般若心経を唱えることができるようです
扉が少し開けてあり、お地蔵様を観覧できます
さすがに写真は撮りませんでしたが、内部はよく見えます
右奥には精霊堂もあります -
観音堂
江戸三十三観音霊場の結願札所
聖観音、千手観音、十一面観音を祀ってあります
毎月18日は観音様のご縁日、一緒に観音経を唱えることができるようです
ことらも扉のすきまから内部をよく見ることができます -
甘藷先生こと青木昆陽の石碑です
境内隣の墓地にちゃんとお墓はあるのですが写真を撮るのは遠慮しました。
下目黒は大鳥神社そばに別邸があったそうです。大鳥神社はまたの機会に・・・
西日本で先に知られていた甘藷(サツマイモ)の栽培を普及させて、飢饉を救った先生として慕われていたようですね。
毎年10月28日の縁日には。甘藷祭りが開かれて、10月12日の命日をしのぶそうです。
ちなみに試作を行った千葉の幕張には昆陽神社が建てられ、芋神様として青木昆陽が祀られているようです。 -
三界萬霊供養塔
欲界、色界、無色界の精霊を供養するとあります
左端に見えるのは・・・? -
作曲家 本居長世の石碑と聞いても誰のことかと思ってしまいますが、
「十五夜お月さん」「七つの子」「青い目の人形」「赤い靴」
有名な童謡を作曲した方です
目黒不動のすぐ隣に住んでいたとありますから、境内を散歩していた姿も想像できますね -
北一輝先生の碑
ということらしいです -
仁王門を出て右側に何やらまだあるようです
こちらは山手七福神の恵比寿様 -
三福神
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こちらは豊川稲荷
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三福神から戻ると池の向こうに茶屋もあります
-
金明湧水
福銭洗いの方法が書いてあります
三福神にお参りしてから、ご縁に導かれますように
洗うお金は5円玉を添えて一緒に洗ってください
・・・あいにくお財布に5円玉がありませんでした -
山手七福神の案内も掲示してあります
-
仁王門から境内を出るとすぐ前にコインパーキングがあり便利そうです
が、毎月28日は「縁日」のため駐車場の出入りが出来なくなると注意書きがあります
縁日がにぎわってる様子も楽しんでみたいものです -
御朱印です
目黒不動尊界隈はこのぐらいかと思ってたのですが、ちょっと足を延ばしてみたら・・・奥が深いエリアでした
さすがに江戸庶民の行楽地と納得できます
続きは番外編を作成予定です
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