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8日目後半。ゴラクシェプ⇔カラパタール。<br />午後2時半、我々三人はロッジを後にする。すり鉢状の底の白砂を踏みしめ、カラパタールへの取りつきへ。丘を登る一筋の道をゆっくりと呼吸のリズムに合わせて歩を進めていく。一歩また一歩。生まれてきて何万、何十万と歩みを刻んできたのだろうが、ただ歩くという行為がこれほどまでには辛いものとは思わなかった。<br /><br />途中すれ違ったトレッカーはたった二人。本当に静かだ。風の鳴る音だけが耳に残る。やがて道が左に台地状になった岩を迂回するようにゆるやかな曲線を描く。その先プモリの真下に鮮やかなチョルテンとともに黒く盛り上がった小山が姿を現した。そこがカラパタールの頂上だろう。うつむき加減で歩きは休み、休んでは歩く。辛い。身体が重い。何度も顔を上げ、黒い小山を見やる。なんだか全然近付いている気がしない。それでも残された選択肢はただ一つしかない。前進あるのみ。高度をあげるにつれ、足元の石がだんだんと黒っぽい色に変化していく。カラパタールがネパール語で「黒い石」を意味する所以だ。風がほほを切りつけるようにひやりと鋭くなっていく。もはや頭の中では何を思っていたのか今となっては不明だ。ただ赤子のように無心に足を交互に差出し、前方に身体を傾げて進んでいったのだろう。<br /><br />チョルテンの下30mほどの地点からストックを片手にまとめ、這うように身体を大地に預けてよじ登っていく。黒くなった石は思いのほかツルツル滑り、何度かヒヤリとさせられる。ゴラクシェプを出発してから2時間弱。ようやくチョルテンのもとへ。丘のてっぺんは思いのほか狭く人ひとりが座るのがやっとだった。<br /><br />あらためて周囲をぐるりと見渡す。右手には山から舌を出すようにこぼれ落ちたように氷河が、真正面にはヌプツェが、そしてその背後に守られるようにエベレストが真っ黒な頭をもたげていた。空気は凛と張り詰め、上空には空がこれ以上ないというくらい青いキャンバスを作り出している。<br /><br />でも・・・「感動」とはちょっと違うような感覚だ。ここにたどり着く前には「景色見て泣いたらどうしよう」くらい思っていたけど、実際は全然そんなことはなかった。疲弊していたのか「あ~、遠くまで来たなぁ」くらいの感覚ぐらいだった。心を動かされたことは確かだが、涙がでるとはちょっと違うような感覚といっていいのか。自分の貧しい語彙では全く言葉では説明できない感覚。<br /><br />そんなこんなをぼーっと考えたり、写真撮影をしたりで気付けばエベレストをはじめ周囲の山々を照らす光が徐々に濃密さを帯びてきていた。谷が作り出す影はひたすら黒く、そして光は黄金色から橙色、紅へと。<br /><br />顔に吹きつける風も一層鋭さを増してきた。もはや太陽は山の背後に身を隠さんとし、空には気の早い星たちが顔を出し始めている。陰影が濃くなってきたカラパタールから石ころだらけの道を時々足を取られながら、ゆっくりと下山していく。くねくねと曲がる道を下りながらもうこれ以上登らなくていいと安堵の思いと「終わってしまった」という思いが複雑な気分にさせる。そんな気分を知ってかしらずか、左手にエベレストは相も変わらず鎮座したまま、この日の世界最後の夕日で顔を紅潮させていた。

エベレスト街道をゆく⑨

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2012/12/24 - 2013/01/03

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石敢當

石敢當さん

8日目後半。ゴラクシェプ⇔カラパタール。
午後2時半、我々三人はロッジを後にする。すり鉢状の底の白砂を踏みしめ、カラパタールへの取りつきへ。丘を登る一筋の道をゆっくりと呼吸のリズムに合わせて歩を進めていく。一歩また一歩。生まれてきて何万、何十万と歩みを刻んできたのだろうが、ただ歩くという行為がこれほどまでには辛いものとは思わなかった。

途中すれ違ったトレッカーはたった二人。本当に静かだ。風の鳴る音だけが耳に残る。やがて道が左に台地状になった岩を迂回するようにゆるやかな曲線を描く。その先プモリの真下に鮮やかなチョルテンとともに黒く盛り上がった小山が姿を現した。そこがカラパタールの頂上だろう。うつむき加減で歩きは休み、休んでは歩く。辛い。身体が重い。何度も顔を上げ、黒い小山を見やる。なんだか全然近付いている気がしない。それでも残された選択肢はただ一つしかない。前進あるのみ。高度をあげるにつれ、足元の石がだんだんと黒っぽい色に変化していく。カラパタールがネパール語で「黒い石」を意味する所以だ。風がほほを切りつけるようにひやりと鋭くなっていく。もはや頭の中では何を思っていたのか今となっては不明だ。ただ赤子のように無心に足を交互に差出し、前方に身体を傾げて進んでいったのだろう。

チョルテンの下30mほどの地点からストックを片手にまとめ、這うように身体を大地に預けてよじ登っていく。黒くなった石は思いのほかツルツル滑り、何度かヒヤリとさせられる。ゴラクシェプを出発してから2時間弱。ようやくチョルテンのもとへ。丘のてっぺんは思いのほか狭く人ひとりが座るのがやっとだった。

あらためて周囲をぐるりと見渡す。右手には山から舌を出すようにこぼれ落ちたように氷河が、真正面にはヌプツェが、そしてその背後に守られるようにエベレストが真っ黒な頭をもたげていた。空気は凛と張り詰め、上空には空がこれ以上ないというくらい青いキャンバスを作り出している。

でも・・・「感動」とはちょっと違うような感覚だ。ここにたどり着く前には「景色見て泣いたらどうしよう」くらい思っていたけど、実際は全然そんなことはなかった。疲弊していたのか「あ~、遠くまで来たなぁ」くらいの感覚ぐらいだった。心を動かされたことは確かだが、涙がでるとはちょっと違うような感覚といっていいのか。自分の貧しい語彙では全く言葉では説明できない感覚。

そんなこんなをぼーっと考えたり、写真撮影をしたりで気付けばエベレストをはじめ周囲の山々を照らす光が徐々に濃密さを帯びてきていた。谷が作り出す影はひたすら黒く、そして光は黄金色から橙色、紅へと。

顔に吹きつける風も一層鋭さを増してきた。もはや太陽は山の背後に身を隠さんとし、空には気の早い星たちが顔を出し始めている。陰影が濃くなってきたカラパタールから石ころだらけの道を時々足を取られながら、ゆっくりと下山していく。くねくねと曲がる道を下りながらもうこれ以上登らなくていいと安堵の思いと「終わってしまった」という思いが複雑な気分にさせる。そんな気分を知ってかしらずか、左手にエベレストは相も変わらず鎮座したまま、この日の世界最後の夕日で顔を紅潮させていた。

  • ゴラクシェプから一つ目の丘を越えると、右手にはヌプツェ下の氷河がだんだんと露わになっていく様が見えてくる。

    ゴラクシェプから一つ目の丘を越えると、右手にはヌプツェ下の氷河がだんだんと露わになっていく様が見えてくる。

  • カラパタールはこの左手丘の背後に聳えており、まだここからはその姿をトレッカーに晒してくれない。

    カラパタールはこの左手丘の背後に聳えており、まだここからはその姿をトレッカーに晒してくれない。

  • プモリ下のチョルテンが掲げてある丘がカラパタールの頂上。

    プモリ下のチョルテンが掲げてある丘がカラパタールの頂上。

  • カラパタールよりエベレスト(中央)とヌプツェを臨む。

    カラパタールよりエベレスト(中央)とヌプツェを臨む。

  • 左手には凍てついた湖がひっそりと佇む。

    左手には凍てついた湖がひっそりと佇む。

  • 帰路に撮った真赤に染まるエベレスト。またいつか会おう!!

    帰路に撮った真赤に染まるエベレスト。またいつか会おう!!

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