2012/10/16 - 2012/10/24
14位(同エリア122件中)
天野川さん
シャトー・デ・シヨン
現在、スイスで最も多い来場者数を誇る城が「シヨン城」。
レマン湖畔に建つ中世の古城で、
そのたたずまいは湖に浮かぶよう。
隅々までじっくり見て回ろうと思ったら、1時間以上かかります。
13世紀半ばにだいたい今の姿かたちになりました。
18世紀後半にはヨーロッパの貴族の間で観光スポットとなり、お金持ちたちはこぞってスイスの避暑地へ赴き、現在の観光立国スイスの礎となったといわれています。
中には、ヴィクトル・ユゴー、アレクサンドル・デュマ、ディケンズ、バイロンなど文豪として聞こえるそうそうたる面々も訪れ、「シヨン城に霊感を得て」云々…大いにペンを走らせたよう。
一幅の絵のように美しく、神秘的なお城には、興味深いお話がたくさんありました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ジュネーブ空港から市の中心部コルナバン(ジュネーブ)駅へ行く無料チケット
空港内の手荷物受取コーナーから出る前に入手してください。券売機のような大きな機械があります。
詳しくはクチコミを。
http://4travel.jp/overseas/area/europe/switzerland/geneve/transport/10265038/tips/10589782/ -
スイスの2都市、ジュネーブ、モントルーに泊まりましたが、どちらでもホテルからカードが支給されました。
・ジュネーブ・トランスポート・カード
・モントルー・リヴィエラ・カード
こちらは、宿泊している期間、乗り物が無料になったり、施設が割引になるものです。
ぜひとも、ホテルでチェックインしてから施設などを訪れてくださいね。
スイスは、海外旅行者に「ウェルカム」体制が整っていると思います。 -
レマン湖畔、モントルーのフレディ・マーキュリー像。
おなじみ、クイーンのボーカルで、こよなくモントルーの街を愛しました。
彼は、晩年ここに住み、そして亡くなりました。
『メイド・イン・ヘヴン』はモントルーで制作されたとか。
ちょうど、観光案内所が目の前にあって、イラストマップが置いてあるのを知っていたから、もらいに行きました。
「シティ・マップください」でもらえます。
そこから徒歩40分くらい、遊歩道になっている湖畔の道をまっすぐ行くと、シヨン城に着きます。
沿道にはお花が咲き乱れ、この日も整備の人々が汗をかきながら植えていました。
有数のリゾート地ならではの手の入れようで、歩いていても気持ちがいい。
行きか帰りは、お散歩気分でのんびり歩いてシヨン城に行くのがオススメです。 -
モントルーに宿泊した目的は、2つあって、1つめは中世の古城シヨン城を訪れること。
ちなみに、胃腸薬「パンシロン」の「シロン」は、このシヨン城のこと。
フランス語で「chillon」ですから。
ここを訪れた当時の社長が命名したそうで。 -
美しいです。そして堅牢、質実剛健。
サヴォワ家のピエール2世が今の形にしました。
建築家のピエールが、サヴォワのピエール2世の命により、増改築したのです。
ですから、もともとを生かしつつ、、ということで、ユニークなつくり。
シンメトリーにはできませんでしたが、伯爵家としての威厳、存在感、そして防御に優れた安全性を第一に作られているのです。
城とは、「そこに俺がいるんだぞ!」という主張であり、見るからに立派で、堅牢でなくてはならない。
いかにも難攻不落に見え、実際に、戦では敵を中に入れることを許さなかったといいます。
そして、何より、安全かつ快適な住居としても機能させました。 -
シヨン城は3つの時代に大別することができる。
①サヴォワ家領時代(12世紀-1536年)
②ベルン人所有時代(1536-1798年)
③ヴォ―州所有時代(1798年~現在) -
12世紀に入り、もともとフランスの出であるサヴォワ家が進出し、この地一帯を支配するようになります。
そして13世紀に登場するのがシヨン城を今の形に増改築し、城としての体裁を整えたピエール・ド・サヴォワ(Pierre? 1263-1268)。
その名のとおり、サヴォワ家に生まれ、のちに伯爵となるのですが、それも60歳前後にようやくのこと。
実は彼、7男で、家長となるには相当遠いところにあり、誰もが聖職者になるものだと思って生きていたみたいです。 -
結果は全く違ったものになるわけです。
まぁ、そこが人生どうなるかわからないという面白さですが、若いころ、遠くイギリスにまで出かけ、ヘンリー3世に仕えて従軍したことが運命の分かれ道。
そのときかなりの功を立て、褒美として莫大な財産を頂戴することになるのです。
その財を惜しみなくつぎ込んでできたのがシヨン城。
伯爵として即位したのはほんの5年間ですが、彼の功績は、実際の在位期間よりはるか以前に始まっています。
13世紀半ばに城の増改築に乗り出し、そして娘ではなく、姪を何人もイングランド王室に嫁がせ、縁戚になるのです。
さまざまな意味で、彼の偉業は際立っていますね。
「小シャルルマーニュ」(=カール大帝)と称されています。 -
入り口
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昔は跳ね橋があったそうな。
ところで。
イギリス、ロンドンのサヴォイ・ホテルですが。
サヴォワ家、それもピエール2世がヘンリー3世から賜った土地があのあたりです。
それにちなんでホテル名がついているのですね。
いつかサヴォイ・ホテルを訪れたいものです。 -
音声ガイドに従って、その順路通りに進みました。まずは地下から。
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地下牢も有名です。バイロンが実在の政治囚ボニヴァールをモティーフに詩を書いて、一躍有名になったのです。
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壁画
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ボニヴァール
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バイロンの名。ま、観光客のいたずら書きらしいが。
おびただしい数の名前が彫られています。
今も昔も、書きたがりがいたそうで。 -
この輪っかにボニヴァールがつながれていたという。
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拷問
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地下礼拝堂
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聖遺物
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影絵
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城主の食堂
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暖炉。煮炊きしたものを食堂に並べる
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天井画
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書記の間。ピエール2世は、収穫物などをきっちり記録に残すことを重視した。やはり、賢人は違う。
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物見回廊。壁には銃眼などがある。
二重の城壁になっていおり、敵は諦めるしかなかった。 -
天守閣からの眺め
当然、天守閣が一番安全かつ高い位置にありました。 -
見ての通り、城の背後は岩盤の山。
湖をぐるっと岩盤の山が取り囲んでいて、平地はほんの湖岸だけです。
そこに岩盤がでっぱっていて、青銅器時代に居住地にしたり、のちに物見櫓を建てたり、していたわけですね。
ピエール2世がすごいのは、そういう立地に目を付けたという炯眼です。 -
目の前は湖。背後は岩盤の山並み。
自然の要塞ということです。
敵の大群は細い道を行進して攻め込むか、船で取り囲むかしかない。どちらも攻めるほうとしては不利。
そして、フランスからイタリアへと続くアルプス越えの通行には、ここが適していたものだから、必然的に交易の要所となる。
通行税を徴収して、富んでいくのですね。
当時は、山賊がわんさか、アルプスにいたのです。
わざと、ある峠のみ整備しておき、ほかは放置しておく。
そうすると、人は整備された峠道を通らずにはいられない。
多少高くついても。
何世紀もその状況が続いたわけではなく、やがてほかの峠を整備する領主が現れるのですが。 -
当時の貴族は、自分の領地内の屋敷を転々とし、そのたびに、その周辺をきっちり治める段取りを組んで、そしてまたほかに移る生活をしていたようです。
ピエール2世は、そういう生活をやめ、好んでここシヨン城に住まったといいます。
安全であることが重視されたのですね。
近くに新しい村をこしらえたりして、経済基盤をつくっていきました。 -
つぎつぎと領地を広げていくわけですが、シヨン城から北側に続くラヴォー地区、世界遺産のぶどう畑になっている、あそこも、サヴォワ家が所有するようになります。
ということは、この辺り一帯の礎を築いたのは、やはりサヴォワ家ということ。
シヨン城の南に位置するヴィル・ヌーヴは、「新しい街」という意味で、城が増改築され、人が集まってきたときにできたところです。大プロジェクトでヒト・モノ・金が集中してできた街なのですね。 -
ちなみに、世界史、フランス史が好きなら、フランス革命でよく名前が登場するジャン・ジャック・ルソーをご存知でしょう。
彼は西の対岸、ジュネーブ市民でした。
哲学者として、あまりに有名ですが、小説家でもあるのでして。当時若者を興奮させた恋愛小説『ヌーベル・エロイーズ』では、シヨン城が重要なシーンになっているのです。
主人公の女性の子どもが湖に落ち、飛び込んで助けた彼女はそれが元で風邪をひいて、命を落とし、恋の情熱がここで終わるのです。 -
モントルーのホテル、ヘルベティ。
朝食はGOOD!
詳しくは口コミをどうぞ。 -
チャップリンは、ヴヴェイを愛し、ここに住んでいました。
どなたかシャレた方がいて、胸に赤いバラをさしてありました。 -
ヴヴェイの街並み。
モントルーもそうですが、このあたりはお金持ちが住むところです。
実際、街並みを見ていてもうなずけます。
ジュネーブはお隣がフランスということもあり、スイスのなかでも治安が悪化しています。夜の一人歩きなど、とんでもありません。
怖いですし、大通りではないところだと、麻薬の売買、売春婦の立ちんぼがいるから気をつけてと、現地の男性にアドヴァイスされました。(詳しくは、口コミのジュネーブを見てください)
ですが、列車に乗り、30分後にローザンヌを超えていくと、街の落書きがぐんと減り、のどかなぶどう畑が続き、そして、このような高級住宅地が現れます。 -
明けて。
早朝のモントルー。レマン湖の朝焼け。
夜明けが8時前。 -
思い切って、山手にのぼり、散策。
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一番の教会。
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眺めも素晴らしい。
対岸はフランス領。 -
そこかしこに泉が湧く。
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スイスのお土産ですが、サバイバルナイフがオススメです。
メジャーな「ヴィクトリノックス」というメーカーは、お約束、スイスのレッドに十字マークでとってもかわいいし、まぁ、一生ものですから。
実用的で、旅行先でワインのコルクを抜いたり、地元の果物をカットしたいとき、はさみを使いたくなるときがあります。
いろんな場面で活躍間違いなし。
モントルーでワインを買い、自家製サングリアを作る。果物くらいならスパッとカットできる。 -
絵葉書
多くの芸術家がシヨン城を描きました。 -
絵葉書
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日本語で書かれた本も売っていました。
とにかく、日本人ウェルカムです。
音声ガイド、パンフレット、そして城内数か所にはビデオも日本語でありました。
「シヨン城をもっと知ってほしい」という気持ちにとても感動しました。
シヨン城は、百年以上前に考古学者によって、歴史的な価値を高められ、整備された状態で現代に残されることになりました。そして、現在、財団のご尽力により、貴重な歴史建造物として見学することができるのです。
素晴らしい体験をありがとう。
財団の方々に敬意を表します。
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