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シャトー・デ・シヨン<br />現在、スイスで最も多い来場者数を誇る城が「シヨン城」。<br />レマン湖畔に建つ中世の古城で、<br />そのたたずまいは湖に浮かぶよう。<br />隅々までじっくり見て回ろうと思ったら、1時間以上かかります。<br /><br />13世紀半ばにだいたい今の姿かたちになりました。<br />18世紀後半にはヨーロッパの貴族の間で観光スポットとなり、お金持ちたちはこぞってスイスの避暑地へ赴き、現在の観光立国スイスの礎となったといわれています。<br /><br />中には、ヴィクトル・ユゴー、アレクサンドル・デュマ、ディケンズ、バイロンなど文豪として聞こえるそうそうたる面々も訪れ、「シヨン城に霊感を得て」云々…大いにペンを走らせたよう。<br /><br />一幅の絵のように美しく、神秘的なお城には、興味深いお話がたくさんありました。

湖に浮かぶ中世の古城 シヨン城

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2012/10/16 - 2012/10/24

14位(同エリア122件中)

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天野川

天野川さん

シャトー・デ・シヨン
現在、スイスで最も多い来場者数を誇る城が「シヨン城」。
レマン湖畔に建つ中世の古城で、
そのたたずまいは湖に浮かぶよう。
隅々までじっくり見て回ろうと思ったら、1時間以上かかります。

13世紀半ばにだいたい今の姿かたちになりました。
18世紀後半にはヨーロッパの貴族の間で観光スポットとなり、お金持ちたちはこぞってスイスの避暑地へ赴き、現在の観光立国スイスの礎となったといわれています。

中には、ヴィクトル・ユゴー、アレクサンドル・デュマ、ディケンズ、バイロンなど文豪として聞こえるそうそうたる面々も訪れ、「シヨン城に霊感を得て」云々…大いにペンを走らせたよう。

一幅の絵のように美しく、神秘的なお城には、興味深いお話がたくさんありました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.5
グルメ
4.0
ショッピング
4.0
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
鉄道 徒歩
航空会社
フィンランド航空
旅行の手配内容
個別手配
  • ジュネーブ空港から市の中心部コルナバン(ジュネーブ)駅へ行く無料チケット<br />空港内の手荷物受取コーナーから出る前に入手してください。券売機のような大きな機械があります。<br />詳しくはクチコミを。<br />http://4travel.jp/overseas/area/europe/switzerland/geneve/transport/10265038/tips/10589782/

    ジュネーブ空港から市の中心部コルナバン(ジュネーブ)駅へ行く無料チケット
    空港内の手荷物受取コーナーから出る前に入手してください。券売機のような大きな機械があります。
    詳しくはクチコミを。
    http://4travel.jp/overseas/area/europe/switzerland/geneve/transport/10265038/tips/10589782/

  • スイスの2都市、ジュネーブ、モントルーに泊まりましたが、どちらでもホテルからカードが支給されました。<br />・ジュネーブ・トランスポート・カード<br />・モントルー・リヴィエラ・カード<br />こちらは、宿泊している期間、乗り物が無料になったり、施設が割引になるものです。<br />ぜひとも、ホテルでチェックインしてから施設などを訪れてくださいね。<br />スイスは、海外旅行者に「ウェルカム」体制が整っていると思います。

    スイスの2都市、ジュネーブ、モントルーに泊まりましたが、どちらでもホテルからカードが支給されました。
    ・ジュネーブ・トランスポート・カード
    ・モントルー・リヴィエラ・カード
    こちらは、宿泊している期間、乗り物が無料になったり、施設が割引になるものです。
    ぜひとも、ホテルでチェックインしてから施設などを訪れてくださいね。
    スイスは、海外旅行者に「ウェルカム」体制が整っていると思います。

  • レマン湖畔、モントルーのフレディ・マーキュリー像。<br />おなじみ、クイーンのボーカルで、こよなくモントルーの街を愛しました。<br />彼は、晩年ここに住み、そして亡くなりました。<br />『メイド・イン・ヘヴン』はモントルーで制作されたとか。<br /><br />ちょうど、観光案内所が目の前にあって、イラストマップが置いてあるのを知っていたから、もらいに行きました。<br />「シティ・マップください」でもらえます。<br /><br />そこから徒歩40分くらい、遊歩道になっている湖畔の道をまっすぐ行くと、シヨン城に着きます。<br /><br />沿道にはお花が咲き乱れ、この日も整備の人々が汗をかきながら植えていました。<br />有数のリゾート地ならではの手の入れようで、歩いていても気持ちがいい。<br />行きか帰りは、お散歩気分でのんびり歩いてシヨン城に行くのがオススメです。<br /><br />

    レマン湖畔、モントルーのフレディ・マーキュリー像。
    おなじみ、クイーンのボーカルで、こよなくモントルーの街を愛しました。
    彼は、晩年ここに住み、そして亡くなりました。
    『メイド・イン・ヘヴン』はモントルーで制作されたとか。

    ちょうど、観光案内所が目の前にあって、イラストマップが置いてあるのを知っていたから、もらいに行きました。
    「シティ・マップください」でもらえます。

    そこから徒歩40分くらい、遊歩道になっている湖畔の道をまっすぐ行くと、シヨン城に着きます。

    沿道にはお花が咲き乱れ、この日も整備の人々が汗をかきながら植えていました。
    有数のリゾート地ならではの手の入れようで、歩いていても気持ちがいい。
    行きか帰りは、お散歩気分でのんびり歩いてシヨン城に行くのがオススメです。

  • モントルーに宿泊した目的は、2つあって、1つめは中世の古城シヨン城を訪れること。<br /><br />ちなみに、胃腸薬「パンシロン」の「シロン」は、このシヨン城のこと。<br />フランス語で「chillon」ですから。<br />ここを訪れた当時の社長が命名したそうで。

    モントルーに宿泊した目的は、2つあって、1つめは中世の古城シヨン城を訪れること。

    ちなみに、胃腸薬「パンシロン」の「シロン」は、このシヨン城のこと。
    フランス語で「chillon」ですから。
    ここを訪れた当時の社長が命名したそうで。

  • 美しいです。そして堅牢、質実剛健。<br />サヴォワ家のピエール2世が今の形にしました。<br /><br />建築家のピエールが、サヴォワのピエール2世の命により、増改築したのです。<br />ですから、もともとを生かしつつ、、ということで、ユニークなつくり。<br />シンメトリーにはできませんでしたが、伯爵家としての威厳、存在感、そして防御に優れた安全性を第一に作られているのです。<br /><br />城とは、「そこに俺がいるんだぞ!」という主張であり、見るからに立派で、堅牢でなくてはならない。<br />いかにも難攻不落に見え、実際に、戦では敵を中に入れることを許さなかったといいます。<br />そして、何より、安全かつ快適な住居としても機能させました。

    美しいです。そして堅牢、質実剛健。
    サヴォワ家のピエール2世が今の形にしました。

    建築家のピエールが、サヴォワのピエール2世の命により、増改築したのです。
    ですから、もともとを生かしつつ、、ということで、ユニークなつくり。
    シンメトリーにはできませんでしたが、伯爵家としての威厳、存在感、そして防御に優れた安全性を第一に作られているのです。

    城とは、「そこに俺がいるんだぞ!」という主張であり、見るからに立派で、堅牢でなくてはならない。
    いかにも難攻不落に見え、実際に、戦では敵を中に入れることを許さなかったといいます。
    そして、何より、安全かつ快適な住居としても機能させました。

  • シヨン城は3つの時代に大別することができる。<br />①サヴォワ家領時代(12世紀-1536年)<br />②ベルン人所有時代(1536-1798年)<br />③ヴォ―州所有時代(1798年~現在)

    シヨン城は3つの時代に大別することができる。
    ①サヴォワ家領時代(12世紀-1536年)
    ②ベルン人所有時代(1536-1798年)
    ③ヴォ―州所有時代(1798年~現在)

  • 12世紀に入り、もともとフランスの出であるサヴォワ家が進出し、この地一帯を支配するようになります。<br />そして13世紀に登場するのがシヨン城を今の形に増改築し、城としての体裁を整えたピエール・ド・サヴォワ(Pierre? 1263-1268)。<br /><br />その名のとおり、サヴォワ家に生まれ、のちに伯爵となるのですが、それも60歳前後にようやくのこと。<br />実は彼、7男で、家長となるには相当遠いところにあり、誰もが聖職者になるものだと思って生きていたみたいです。<br />

    12世紀に入り、もともとフランスの出であるサヴォワ家が進出し、この地一帯を支配するようになります。
    そして13世紀に登場するのがシヨン城を今の形に増改築し、城としての体裁を整えたピエール・ド・サヴォワ(Pierre? 1263-1268)。

    その名のとおり、サヴォワ家に生まれ、のちに伯爵となるのですが、それも60歳前後にようやくのこと。
    実は彼、7男で、家長となるには相当遠いところにあり、誰もが聖職者になるものだと思って生きていたみたいです。

  • 結果は全く違ったものになるわけです。<br />まぁ、そこが人生どうなるかわからないという面白さですが、若いころ、遠くイギリスにまで出かけ、ヘンリー3世に仕えて従軍したことが運命の分かれ道。<br />そのときかなりの功を立て、褒美として莫大な財産を頂戴することになるのです。<br />その財を惜しみなくつぎ込んでできたのがシヨン城。<br /><br /><br />伯爵として即位したのはほんの5年間ですが、彼の功績は、実際の在位期間よりはるか以前に始まっています。<br />13世紀半ばに城の増改築に乗り出し、そして娘ではなく、姪を何人もイングランド王室に嫁がせ、縁戚になるのです。<br /><br />さまざまな意味で、彼の偉業は際立っていますね。<br />「小シャルルマーニュ」(=カール大帝)と称されています。

    結果は全く違ったものになるわけです。
    まぁ、そこが人生どうなるかわからないという面白さですが、若いころ、遠くイギリスにまで出かけ、ヘンリー3世に仕えて従軍したことが運命の分かれ道。
    そのときかなりの功を立て、褒美として莫大な財産を頂戴することになるのです。
    その財を惜しみなくつぎ込んでできたのがシヨン城。


    伯爵として即位したのはほんの5年間ですが、彼の功績は、実際の在位期間よりはるか以前に始まっています。
    13世紀半ばに城の増改築に乗り出し、そして娘ではなく、姪を何人もイングランド王室に嫁がせ、縁戚になるのです。

    さまざまな意味で、彼の偉業は際立っていますね。
    「小シャルルマーニュ」(=カール大帝)と称されています。

  • 入り口

    入り口

  • 昔は跳ね橋があったそうな。<br /><br />ところで。<br />イギリス、ロンドンのサヴォイ・ホテルですが。<br />サヴォワ家、それもピエール2世がヘンリー3世から賜った土地があのあたりです。<br />それにちなんでホテル名がついているのですね。<br />いつかサヴォイ・ホテルを訪れたいものです。

    昔は跳ね橋があったそうな。

    ところで。
    イギリス、ロンドンのサヴォイ・ホテルですが。
    サヴォワ家、それもピエール2世がヘンリー3世から賜った土地があのあたりです。
    それにちなんでホテル名がついているのですね。
    いつかサヴォイ・ホテルを訪れたいものです。

  • 音声ガイドに従って、その順路通りに進みました。まずは地下から。

    音声ガイドに従って、その順路通りに進みました。まずは地下から。

  • 地下牢も有名です。バイロンが実在の政治囚ボニヴァールをモティーフに詩を書いて、一躍有名になったのです。

    地下牢も有名です。バイロンが実在の政治囚ボニヴァールをモティーフに詩を書いて、一躍有名になったのです。

  • 壁画

    壁画

  • ボニヴァール

    ボニヴァール

  • バイロンの名。ま、観光客のいたずら書きらしいが。<br />おびただしい数の名前が彫られています。<br />今も昔も、書きたがりがいたそうで。

    バイロンの名。ま、観光客のいたずら書きらしいが。
    おびただしい数の名前が彫られています。
    今も昔も、書きたがりがいたそうで。

  • この輪っかにボニヴァールがつながれていたという。

    この輪っかにボニヴァールがつながれていたという。

  • 拷問

    拷問

  • 地下礼拝堂

    地下礼拝堂

  • 聖遺物

    聖遺物

  • 影絵

    影絵

  • 城主の食堂

    城主の食堂

  • 暖炉。煮炊きしたものを食堂に並べる

    暖炉。煮炊きしたものを食堂に並べる

  • 天井画

    天井画

  • 書記の間。ピエール2世は、収穫物などをきっちり記録に残すことを重視した。やはり、賢人は違う。

    書記の間。ピエール2世は、収穫物などをきっちり記録に残すことを重視した。やはり、賢人は違う。

  • 物見回廊。壁には銃眼などがある。<br />二重の城壁になっていおり、敵は諦めるしかなかった。

    物見回廊。壁には銃眼などがある。
    二重の城壁になっていおり、敵は諦めるしかなかった。

  • 天守閣からの眺め<br /><br />当然、天守閣が一番安全かつ高い位置にありました。

    天守閣からの眺め

    当然、天守閣が一番安全かつ高い位置にありました。

  • 見ての通り、城の背後は岩盤の山。<br />湖をぐるっと岩盤の山が取り囲んでいて、平地はほんの湖岸だけです。<br />そこに岩盤がでっぱっていて、青銅器時代に居住地にしたり、のちに物見櫓を建てたり、していたわけですね。<br /><br />ピエール2世がすごいのは、そういう立地に目を付けたという炯眼です。

    見ての通り、城の背後は岩盤の山。
    湖をぐるっと岩盤の山が取り囲んでいて、平地はほんの湖岸だけです。
    そこに岩盤がでっぱっていて、青銅器時代に居住地にしたり、のちに物見櫓を建てたり、していたわけですね。

    ピエール2世がすごいのは、そういう立地に目を付けたという炯眼です。

  • 目の前は湖。背後は岩盤の山並み。<br />自然の要塞ということです。<br />敵の大群は細い道を行進して攻め込むか、船で取り囲むかしかない。どちらも攻めるほうとしては不利。<br /><br />そして、フランスからイタリアへと続くアルプス越えの通行には、ここが適していたものだから、必然的に交易の要所となる。<br />通行税を徴収して、富んでいくのですね。<br /><br />当時は、山賊がわんさか、アルプスにいたのです。<br />わざと、ある峠のみ整備しておき、ほかは放置しておく。<br />そうすると、人は整備された峠道を通らずにはいられない。<br />多少高くついても。<br /><br />何世紀もその状況が続いたわけではなく、やがてほかの峠を整備する領主が現れるのですが。

    目の前は湖。背後は岩盤の山並み。
    自然の要塞ということです。
    敵の大群は細い道を行進して攻め込むか、船で取り囲むかしかない。どちらも攻めるほうとしては不利。

    そして、フランスからイタリアへと続くアルプス越えの通行には、ここが適していたものだから、必然的に交易の要所となる。
    通行税を徴収して、富んでいくのですね。

    当時は、山賊がわんさか、アルプスにいたのです。
    わざと、ある峠のみ整備しておき、ほかは放置しておく。
    そうすると、人は整備された峠道を通らずにはいられない。
    多少高くついても。

    何世紀もその状況が続いたわけではなく、やがてほかの峠を整備する領主が現れるのですが。

  • 当時の貴族は、自分の領地内の屋敷を転々とし、そのたびに、その周辺をきっちり治める段取りを組んで、そしてまたほかに移る生活をしていたようです。<br /><br />ピエール2世は、そういう生活をやめ、好んでここシヨン城に住まったといいます。<br />安全であることが重視されたのですね。<br /><br />近くに新しい村をこしらえたりして、経済基盤をつくっていきました。

    当時の貴族は、自分の領地内の屋敷を転々とし、そのたびに、その周辺をきっちり治める段取りを組んで、そしてまたほかに移る生活をしていたようです。

    ピエール2世は、そういう生活をやめ、好んでここシヨン城に住まったといいます。
    安全であることが重視されたのですね。

    近くに新しい村をこしらえたりして、経済基盤をつくっていきました。

  • つぎつぎと領地を広げていくわけですが、シヨン城から北側に続くラヴォー地区、世界遺産のぶどう畑になっている、あそこも、サヴォワ家が所有するようになります。<br /><br />ということは、この辺り一帯の礎を築いたのは、やはりサヴォワ家ということ。<br />シヨン城の南に位置するヴィル・ヌーヴは、「新しい街」という意味で、城が増改築され、人が集まってきたときにできたところです。大プロジェクトでヒト・モノ・金が集中してできた街なのですね。

    つぎつぎと領地を広げていくわけですが、シヨン城から北側に続くラヴォー地区、世界遺産のぶどう畑になっている、あそこも、サヴォワ家が所有するようになります。

    ということは、この辺り一帯の礎を築いたのは、やはりサヴォワ家ということ。
    シヨン城の南に位置するヴィル・ヌーヴは、「新しい街」という意味で、城が増改築され、人が集まってきたときにできたところです。大プロジェクトでヒト・モノ・金が集中してできた街なのですね。

  • ちなみに、世界史、フランス史が好きなら、フランス革命でよく名前が登場するジャン・ジャック・ルソーをご存知でしょう。<br />彼は西の対岸、ジュネーブ市民でした。<br />哲学者として、あまりに有名ですが、小説家でもあるのでして。当時若者を興奮させた恋愛小説『ヌーベル・エロイーズ』では、シヨン城が重要なシーンになっているのです。<br />主人公の女性の子どもが湖に落ち、飛び込んで助けた彼女はそれが元で風邪をひいて、命を落とし、恋の情熱がここで終わるのです。

    ちなみに、世界史、フランス史が好きなら、フランス革命でよく名前が登場するジャン・ジャック・ルソーをご存知でしょう。
    彼は西の対岸、ジュネーブ市民でした。
    哲学者として、あまりに有名ですが、小説家でもあるのでして。当時若者を興奮させた恋愛小説『ヌーベル・エロイーズ』では、シヨン城が重要なシーンになっているのです。
    主人公の女性の子どもが湖に落ち、飛び込んで助けた彼女はそれが元で風邪をひいて、命を落とし、恋の情熱がここで終わるのです。

  • モントルーのホテル、ヘルベティ。<br />朝食はGOOD!<br />詳しくは口コミをどうぞ。

    モントルーのホテル、ヘルベティ。
    朝食はGOOD!
    詳しくは口コミをどうぞ。

  • チャップリンは、ヴヴェイを愛し、ここに住んでいました。<br />どなたかシャレた方がいて、胸に赤いバラをさしてありました。

    チャップリンは、ヴヴェイを愛し、ここに住んでいました。
    どなたかシャレた方がいて、胸に赤いバラをさしてありました。

  • ヴヴェイの街並み。<br /><br />モントルーもそうですが、このあたりはお金持ちが住むところです。<br />実際、街並みを見ていてもうなずけます。<br /><br />ジュネーブはお隣がフランスということもあり、スイスのなかでも治安が悪化しています。夜の一人歩きなど、とんでもありません。<br />怖いですし、大通りではないところだと、麻薬の売買、売春婦の立ちんぼがいるから気をつけてと、現地の男性にアドヴァイスされました。(詳しくは、口コミのジュネーブを見てください)<br /><br />ですが、列車に乗り、30分後にローザンヌを超えていくと、街の落書きがぐんと減り、のどかなぶどう畑が続き、そして、このような高級住宅地が現れます。

    ヴヴェイの街並み。

    モントルーもそうですが、このあたりはお金持ちが住むところです。
    実際、街並みを見ていてもうなずけます。

    ジュネーブはお隣がフランスということもあり、スイスのなかでも治安が悪化しています。夜の一人歩きなど、とんでもありません。
    怖いですし、大通りではないところだと、麻薬の売買、売春婦の立ちんぼがいるから気をつけてと、現地の男性にアドヴァイスされました。(詳しくは、口コミのジュネーブを見てください)

    ですが、列車に乗り、30分後にローザンヌを超えていくと、街の落書きがぐんと減り、のどかなぶどう畑が続き、そして、このような高級住宅地が現れます。

  • 明けて。<br />早朝のモントルー。レマン湖の朝焼け。<br />夜明けが8時前。

    明けて。
    早朝のモントルー。レマン湖の朝焼け。
    夜明けが8時前。

  • 思い切って、山手にのぼり、散策。

    思い切って、山手にのぼり、散策。

  • 一番の教会。

    一番の教会。

  • 眺めも素晴らしい。<br />対岸はフランス領。

    眺めも素晴らしい。
    対岸はフランス領。

  • そこかしこに泉が湧く。

    そこかしこに泉が湧く。

  • スイスのお土産ですが、サバイバルナイフがオススメです。<br />メジャーな「ヴィクトリノックス」というメーカーは、お約束、スイスのレッドに十字マークでとってもかわいいし、まぁ、一生ものですから。<br />実用的で、旅行先でワインのコルクを抜いたり、地元の果物をカットしたいとき、はさみを使いたくなるときがあります。<br />いろんな場面で活躍間違いなし。<br /><br />モントルーでワインを買い、自家製サングリアを作る。果物くらいならスパッとカットできる。<br /><br />

    スイスのお土産ですが、サバイバルナイフがオススメです。
    メジャーな「ヴィクトリノックス」というメーカーは、お約束、スイスのレッドに十字マークでとってもかわいいし、まぁ、一生ものですから。
    実用的で、旅行先でワインのコルクを抜いたり、地元の果物をカットしたいとき、はさみを使いたくなるときがあります。
    いろんな場面で活躍間違いなし。

    モントルーでワインを買い、自家製サングリアを作る。果物くらいならスパッとカットできる。

  • 絵葉書<br /><br />多くの芸術家がシヨン城を描きました。

    絵葉書

    多くの芸術家がシヨン城を描きました。

  • 絵葉書

    絵葉書

  • 日本語で書かれた本も売っていました。<br />とにかく、日本人ウェルカムです。<br />音声ガイド、パンフレット、そして城内数か所にはビデオも日本語でありました。<br /><br />「シヨン城をもっと知ってほしい」という気持ちにとても感動しました。<br />シヨン城は、百年以上前に考古学者によって、歴史的な価値を高められ、整備された状態で現代に残されることになりました。そして、現在、財団のご尽力により、貴重な歴史建造物として見学することができるのです。<br />素晴らしい体験をありがとう。<br />財団の方々に敬意を表します。

    日本語で書かれた本も売っていました。
    とにかく、日本人ウェルカムです。
    音声ガイド、パンフレット、そして城内数か所にはビデオも日本語でありました。

    「シヨン城をもっと知ってほしい」という気持ちにとても感動しました。
    シヨン城は、百年以上前に考古学者によって、歴史的な価値を高められ、整備された状態で現代に残されることになりました。そして、現在、財団のご尽力により、貴重な歴史建造物として見学することができるのです。
    素晴らしい体験をありがとう。
    財団の方々に敬意を表します。

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