2012/05/04 - 2012/05/04
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Mileagegirlさん
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この日はクラクフから足を伸ばしてアウシュビッツ強制収容所跡を訪ねました。
一度は見ておかなければならない、負の遺産だと思います。
あまりよい天気に恵まれなかったのが残念です。
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ポーランド旅行3日目です。
この日の予定は、終日アウシュビッツとビルケナウ強制収容所の見学に当てました。
さくっと英語ツアー(31ユーロ)に参加しました。
大人気ツアーのようで、大型バスが満席になりました。
日本人参加者は私のほかに1人しかいませんでした。
ちなみに、アウシュヴィッツというのはドイツ名で、現地の地名はオフィシエンチムといい、クラクフから車で約50分の距離にあります。
この建物がビジターセンターです。
初めて知ったのですが、アウシュヴィッツ&ビルケナウ強制収容所の入場料って、無料なんです!
そういえば、大英博物館の入場料も無料なんですよね。
アメリカのスミソニアンとかも?
「より多くの人に見て欲しい」という思いが伝わってきます。 -
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これが有名な「Arbeit macht frei(働けば自由になる)」と書かれた、強制収容所の門。
実際は、自由になるどころか、「強制収容所に入り口はあっても、出口はない。」もしくは、「出口は煙突だ(焼かれて煙になる)」だったわけですが。 -
写真のARBEITの「B」の時が、よく見ると上下逆になっているのは、これを作らされた囚人のせめてもの抵抗だったとも言われています。
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強制収容所の施設です。
そもそもは、ポーランドの政治犯を収容したのが最初なので、後に訪ねるビルケナウよりも、作りがしっかりしていました。 -
整然と立ち並んでいる収容棟。
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建物の周りには、見張塔が建っています。
左手には鉄条網が見えます。
この建物が使用されていた当時は、電流が流れており、囚人が脱走できないようになっていました。
中には、強制労働のつらさに耐えかねて、この鉄条網に飛び込み、感電死した囚人もいたとのことでした。 -
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ユダヤ人から搾取した品々が展示されていました。
上から、女性の毛髪(これで、絨毯などを織りました)、めがね、義手・義足、靴、スーツケースです。
写真のほかには、食器などもありました。
ここに連れてこられたユダヤ人は、「別の場所で労働しながら生活するので、当面必要なものを持っていくように」と言われ、その気で来たのですね。
だから靴も、運動靴のようなものではなく、ヒールのあるおしゃれな靴を履いていたりするんです。
スーツケースに名前と住所が書いてあるのも、きっと「後で返すから」とでも言われたのでしょう。 -
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次に、ガイドさんに案内されたのは、11号棟です。
ここには、懲罰房がありました。
写真はない(基本的に、アウシュヴィッツは建物内の撮影は禁止です)ので、言葉だけでうまく説明できるかわかりませんが・・・
この房に設置されていたのは、餓死牢や立ち牢などでした。
立ち牢は90cm×90cmのレンガで囲まれたスペースに、大人4人が詰め込まれるものです。
座ることは出来ず、食事も与えられず、糞尿は垂れ流しの状態で、囚人は死ぬまで閉じ込められます。
こんな死に方は嫌だ(T_T) -
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11号棟の地下牢に収監された囚人は、ここから引きずり出されて、壁の前で銃殺されました。
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銃殺刑が行われた“死の壁”です。
ガス室で大量虐殺が行われたのは後になってからのことで、最初のうちは、強制労働の末の衰弱死とか、銃殺刑、絞首刑などによって、殺されたのですね。
ガス室は、一人一人、ちまちま殺しているよりも、もっと手軽に一気に大量の人間を殺せないか・・・と工夫した上の産物だったわけです。 -
右手11号棟の窓には覆いがありませんが、左手10号棟の窓には、黒い覆いがあるのがわかるでしょうか。
11号棟の地上階は、強制労働者の房ではなく、ドイツ軍が使っていたので覆いがないのです。
一方、10号棟には、強制労働者が収容されていたので、処刑風景が見えないように、覆いがされているのです。
でも、銃声や囚人たちのうめき声は聞こえたはずですから、あまり意味はなかったのではないかと思います。 -
上の写真に2本の棒が見えますが、これは絞首台です。
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懲罰房のある11号棟の後に案内されたのは、こちらでした。
左手にあるのが見張り塔です。
この見張り塔の向かい側には・・・ -
だだっ広い広場がありまして、ここは点呼広場と呼ばれていました。
定期点呼のほか、不定期に点呼されることもあったようで、満足な食事も与えられず、1日10時間も強制労働に当たらせられていた囚人にとっては、この広場まで出て行くことも辛かったと思いますが、それでも出て行かなければならなかったのは、房に残っていれば、そのまま処刑場に連れて行かれてしまうからです(T_T) -
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次の目的地に向かう途中、ガイドさんからは何の説明もなかったのですが、絞首台とおぼしき物がありました。
後から調べたところでは、これは囚人用の絞首台ではなく、アウシュヴィッツ強制収容所所長であった、ルドルフ・ヘスの処刑が行われたものでした。
ヘスは、処刑される2ヶ月前に、こんなことを書き残したそうです。
「軍人として名誉ある戦死を許された戦友たちが私にはうらやましい。私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。その機械もすでに壊されてエンジンは停止した。だが私はそれと運命を共にせねばならない。世界がそれを望んでいるからだ。」
「世人は冷然として私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。けだし大衆にとってアウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。彼もまた悪人ではなかったということを。」 -
ヘスの絞首台の隣に、こんもりと盛り上がった丘のような物がありました。
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実はこれは、復元されたガス室で、内部を見学することができます。
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ガス室の天井には、このような穴が開いており、ここから毒ガスが注入されました。
ナチスは、どの毒ガスが一番殺傷力があるかを、実地でいろいろと実験していたようですが、一番有名なのは、殺虫剤であるチクロンbでしょうか。
アウシュヴィッツ博物館にも、おびただしいチクロンbの空き缶が展示されていました・ -
ここがガス室です。
本物のガス室には、囚人が苦しさのあまり壁をひっかいたりした跡があったそうですが、ここは復元された物なので、そういう生々しい物はありません。
(あったら、卒倒しそうです・・・)
毒ガスが注入されてから、だいたい30分くらいで、全員が死に至ったようです。 -
ガス室に隣接して、遺体焼却炉(復元物です)がありました。
1つのかまどで3人の遺体を処理していたそうです。 -
ということで、アウシュヴィッツの見学は終わり。
1時間半程度でしたが、本気で全部のバラックを見学しようと思ったら、3時間くらいは必要だと思います。 -
ツアーバスは次の目的地、ビルケナウ(第二アウシュビッツ)へと向かいました。
約3kmの道のりでした。 -
ビルケナウの強制収容所は、オフィシエンチムにある収容所が、収容者増加のため手狭になったことから、追加で造られた収容所です。
東京ドーム約37個分もの広さがあり、300あまりの施設が建設されていました。 -
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線路上には、当時収容者を運んでいた列車が展示されていました。
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列車を降りた収容者は、ホームで右と左に分けられました。
右に振り分けられたのは、女性や子供、老人など、すなわち労働力にならない人々で、即ガス室に送られました。 -
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鉄道の引き込み線の終点には、国際慰霊碑が建っていました。
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国際慰霊碑近くにある廃墟は、クレマトリウムです。
(1)入り口(2)脱衣室(3)ガス室(4)ガスを投入するための穴(5)遺体運搬のためのエレベータ(6)焼却炉からなっています。
列車を降りて右側に振り分けられた人々は、(1)の入り口から入り、(2)の脱衣室で、服を脱がされます。
SSは、「心配することはない。これは、登録作業の一環で、これからシャワーを浴びてもらう。」と説明していたそうです。
ガス室には、それらしくシャワーヘッドなどもついていたそうです。
もちろん水は出てこず、代わりに天井の穴からチクロンBが投げ込まれ、殺害されました。
32分で800名の処刑が可能だったといいます。
クレマトリウムが廃墟になっているのは、時がそうさせたのではなく、ドイツ軍がこの地を撤収する際に、自らの所行を隠すため、破壊していったためとのことです。 -
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バラックの建設には、主にソ連軍の捕虜が当たったとのことで、アウシュヴィッツに比べると粗末な作りでした。
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バラックの内部は当時のまま残されており、見学が可能です。
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ここは、収容者が寝起きしていたスペースです。
当時は、レンガの上にマットレス代わりに藁が敷いてあったそうです。
1スペースには、5〜6人が押し込まれていました。
アウシュヴィッツもビルケナウも、夏の気温は30度を超しますし、冬には氷点下になります。
凍死した方も、たくさんいたんじゃないかと思います。 -
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こちらは洗面所です。
石けん受けがありますが、石けんが置かれたことはなかったそうです。 -
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こちらは、トイレ。
穴の中には金具が見えますが、ところどころ金具がないところもあり、収容者の中には、落ちて亡くなってしまった方もいたとか・・・
収容者の体重、30kg台でしたしね。
トイレ掃除や、ガス室で殺害された遺体の処理を行っていたユダヤ人の部隊があって、ゾンダーコマンドと呼ばれています。
トイレの中はものすごく不衛生で、ドイツ軍は近寄りたがらなかったため、謀議をするときなどは、ここで行ったそうです。 -
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ビルケナウを取り囲んでいる、有刺鉄線と見張り塔。
この季節は、タンポポが咲き誇っていて、とてものどかなのですが、収容者はこんな景色を楽しむ暇もなかったことでしょう。 -
ということで、アウシュビッツ&ビルケナウ強制収容所でした!
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