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三連休の2日目も穏やかな天気となったので、前日、時間切れで回れなかった目黄不動へ行ってきました。<br />目黄不動は、2か所(江戸川区平井、台東区三ノ輪)あります。<br /><br />前日の江戸五色不動巡りは、こちらをご覧ください。<br />http://4travel.jp/traveler/morino296/album/10740874/<br /><br />以下は繰り返しになりますがご参考までに。<br />目黒、目白、目赤、目青、目黄の5種六個所の不動尊の総称、五眼不動、五不動とも呼ばれます。<br />・目黒不動:瀧泉寺(目黒区下目黒3-20-26)<br />・目青不動:最勝寺 教学院(世田谷区太子堂4-15-1)<br />・目白不動:金乗院(豊島区高田2-12-39)<br />・目赤不動:南谷寺(文京区本駒込1-20-20)<br />・目黄不動:永久寺(台東区三ノ輪2-14-5)<br />・目黄不動:最勝寺(江戸川区平井1-25-31)<br /><br />五色不動は、三代将軍徳川家光が天海僧正の具申を受け、江戸の鎮護と天下泰平を祈願して、江戸市中の周囲五つの方角の不動尊を選んで割り当てたとされますが定かではないようです。<br /><br />五色となっているのは、密教の陰陽五行説に由来し、青・白・赤・黒・黄で東・西・南・北・中央を表しているそうですが、廃寺、統合などで不動尊が移動しているので、現在の場所は必ずしもそうなっていないようです。

2013初歩き:江戸五色不動巡り(つづき)

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2013/01/13 - 2013/01/13

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morino296

morino296さん

三連休の2日目も穏やかな天気となったので、前日、時間切れで回れなかった目黄不動へ行ってきました。
目黄不動は、2か所(江戸川区平井、台東区三ノ輪)あります。

前日の江戸五色不動巡りは、こちらをご覧ください。
http://4travel.jp/traveler/morino296/album/10740874/

以下は繰り返しになりますがご参考までに。
目黒、目白、目赤、目青、目黄の5種六個所の不動尊の総称、五眼不動、五不動とも呼ばれます。
・目黒不動:瀧泉寺(目黒区下目黒3-20-26)
・目青不動:最勝寺 教学院(世田谷区太子堂4-15-1)
・目白不動:金乗院(豊島区高田2-12-39)
・目赤不動:南谷寺(文京区本駒込1-20-20)
・目黄不動:永久寺(台東区三ノ輪2-14-5)
・目黄不動:最勝寺(江戸川区平井1-25-31)

五色不動は、三代将軍徳川家光が天海僧正の具申を受け、江戸の鎮護と天下泰平を祈願して、江戸市中の周囲五つの方角の不動尊を選んで割り当てたとされますが定かではないようです。

五色となっているのは、密教の陰陽五行説に由来し、青・白・赤・黒・黄で東・西・南・北・中央を表しているそうですが、廃寺、統合などで不動尊が移動しているので、現在の場所は必ずしもそうなっていないようです。

  • JR総武線 平井駅 13:50頃到着<br /><br />横浜からは、横須賀・総武快速線で錦糸町まで来て、総武線に乗り換え2駅目。<br />平井駅で降りたのは初体験。<br /><br />目指す目黄不動までは徒歩約15分。

    JR総武線 平井駅 13:50頃到着

    横浜からは、横須賀・総武快速線で錦糸町まで来て、総武線に乗り換え2駅目。
    平井駅で降りたのは初体験。

    目指す目黄不動までは徒歩約15分。

  • スマホのナビを頼りに歩いていたら、目黄不動の裏側に案内されてしまいました(笑)。<br />目の前にあるお不動さんへ行く道がなく、遠回りしたら荒川まで出てしまいました。<br /><br />穏やかな天気で散歩日和です。

    スマホのナビを頼りに歩いていたら、目黄不動の裏側に案内されてしまいました(笑)。
    目の前にあるお不動さんへ行く道がなく、遠回りしたら荒川まで出てしまいました。

    穏やかな天気で散歩日和です。

  • 目黄不動 最勝寺<br /><br />江戸川区平井1-25-31<br />JR総武線平井駅徒歩約15分<br />

    目黄不動 最勝寺

    江戸川区平井1-25-31
    JR総武線平井駅徒歩約15分

  • 目黄不動 最勝寺 仁王門の仁王様<br /><br />真ん丸目玉の仁王様、どことなく愛嬌があるお顔です。

    目黄不動 最勝寺 仁王門の仁王様

    真ん丸目玉の仁王様、どことなく愛嬌があるお顔です。

  • 目黄不動 最勝寺 本堂<br /><br />天台宗 牛宝山明王院と号し、大正2年(1913)に本所表町(墨田区)から現在の地に移転。<br />開山は貞観2年(860)、慈覚大師の建立。<br />

    目黄不動 最勝寺 本堂

    天台宗 牛宝山明王院と号し、大正2年(1913)に本所表町(墨田区)から現在の地に移転。
    開山は貞観2年(860)、慈覚大師の建立。

  • 目黄不動 最勝寺 不動堂<br /><br />木造不動明王坐像は像高127cm。<br />本所表町にあった東栄寺の本尊(名僧良弁の作)と言われ、将軍家の信仰が厚かったそうです。(解説より)<br /><br />お願いすれば堂内を拝観(無料)させていただけます。<br />黒光りする立派な不動明王さまでした。<br />

    目黄不動 最勝寺 不動堂

    木造不動明王坐像は像高127cm。
    本所表町にあった東栄寺の本尊(名僧良弁の作)と言われ、将軍家の信仰が厚かったそうです。(解説より)

    お願いすれば堂内を拝観(無料)させていただけます。
    黒光りする立派な不動明王さまでした。

  • 目黄不動 最勝寺 地蔵堂<br /><br />中には、お地蔵様と観音様が一緒に並んでいました。

    目黄不動 最勝寺 地蔵堂

    中には、お地蔵様と観音様が一緒に並んでいました。

  • 目黄不動 最勝寺 境内の桜<br /><br />青空に桜の花が映えます。<br />前日の吉祥寺と同じく冬桜でしょうか?

    目黄不動 最勝寺 境内の桜

    青空に桜の花が映えます。
    前日の吉祥寺と同じく冬桜でしょうか?

  • 善通寺<br /><br />目黄不動の並びに寺院がいくつか並んでいます。<br />こちらの解説では、<br />浄土真宗本願寺派、康正年間(1455〜57)創建。<br />中将姫御作蓮糸織曼荼羅阿弥陀如来の寺宝があるそうです。<br /><br />ここで中将姫の名前に接するとは思いもしませんでした。

    善通寺

    目黄不動の並びに寺院がいくつか並んでいます。
    こちらの解説では、
    浄土真宗本願寺派、康正年間(1455〜57)創建。
    中将姫御作蓮糸織曼荼羅阿弥陀如来の寺宝があるそうです。

    ここで中将姫の名前に接するとは思いもしませんでした。

  • 善通寺 境内にある阿弥陀如来庚申塔<br /><br />寛文7年の銘がある舟形で高さ132cmの阿弥陀如来立像の周りを石仏が囲みます。<br /><br />平井駅まで戻り、次は最後の五色不動である三ノ輪の目黄不動を目指します。

    善通寺 境内にある阿弥陀如来庚申塔

    寛文7年の銘がある舟形で高さ132cmの阿弥陀如来立像の周りを石仏が囲みます。

    平井駅まで戻り、次は最後の五色不動である三ノ輪の目黄不動を目指します。

  • 東京メトロ 日比谷線三ノ輪駅 15:15頃到着<br /><br />平井駅から総武線で秋葉原駅まで来て、東京メトロ日比谷線に乗り換え、三ノ輪駅に到着。<br />地図によれば、目黄不動は駅から直ぐのようです。

    東京メトロ 日比谷線三ノ輪駅 15:15頃到着

    平井駅から総武線で秋葉原駅まで来て、東京メトロ日比谷線に乗り換え、三ノ輪駅に到着。
    地図によれば、目黄不動は駅から直ぐのようです。

  • 目黄不動 永久寺<br /><br />台東区三ノ輪2-14-5<br />日比谷線三ノ輪駅のすぐ横(2、3軒、隣です。)<br /><br />折角訪ねたのに、残念ながら、塀がしまっています。<br />開けられることはあるのでしょうか?<br />

    目黄不動 永久寺

    台東区三ノ輪2-14-5
    日比谷線三ノ輪駅のすぐ横(2、3軒、隣です。)

    折角訪ねたのに、残念ながら、塀がしまっています。
    開けられることはあるのでしょうか?

  • 目黄不動 永久寺の解説<br /><br />仕方がないので、解説でも読んで。<br /><br />不動明王は、密教では中心仏とされる大日如来が、悪を断じ、衆生を教化するため、外には忿怒の形相、内には大慈悲心を有する民衆救済の具現者として現れたとされている。また、宇宙のすべての現象は、地・水・火・風・空の5つからなるとの宇宙観があり、これらを色彩で表現したものが五色といわれる。<br />不動尊信仰は、密教が盛んになった平安時代初期から広まり、不動尊を身体や目の色で描きわけたことは、平安時代にすでに存在していたという。<br /><br /><br />

    目黄不動 永久寺の解説

    仕方がないので、解説でも読んで。

    不動明王は、密教では中心仏とされる大日如来が、悪を断じ、衆生を教化するため、外には忿怒の形相、内には大慈悲心を有する民衆救済の具現者として現れたとされている。また、宇宙のすべての現象は、地・水・火・風・空の5つからなるとの宇宙観があり、これらを色彩で表現したものが五色といわれる。
    不動尊信仰は、密教が盛んになった平安時代初期から広まり、不動尊を身体や目の色で描きわけたことは、平安時代にすでに存在していたという。


  • 目黄不動 永久寺 不動堂<br /><br />塀越しに失礼して撮らせていただきました。<br />こちらの目黄不動にもお目にかかりたかったです。<br /><br />最後で、ちょっと拍子抜けしてしまいましたが、ここから浅草まで歩いてみることにしました。

    目黄不動 永久寺 不動堂

    塀越しに失礼して撮らせていただきました。
    こちらの目黄不動にもお目にかかりたかったです。

    最後で、ちょっと拍子抜けしてしまいましたが、ここから浅草まで歩いてみることにしました。

  • 国際通りを歩いていると、(樋口)一葉記念館の道案内を発見。<br /><br />道案内に従い左折します。

    国際通りを歩いていると、(樋口)一葉記念館の道案内を発見。

    道案内に従い左折します。

  • 一葉記念館<br /><br />一葉記念館は、昭和36年にわが国初の女流作家の単独資料館として開設されたが、老朽化が進み、樋口一葉が新5千円札の肖像に採用されたのを機に、平成18年にリニューアルオープンしたものだそうです。

    一葉記念館

    一葉記念館は、昭和36年にわが国初の女流作家の単独資料館として開設されたが、老朽化が進み、樋口一葉が新5千円札の肖像に採用されたのを機に、平成18年にリニューアルオープンしたものだそうです。

  • 一葉記念館<br /><br />立派な記念館ですね。

    一葉記念館

    立派な記念館ですね。

  • 樋口一葉の旧居跡<br /><br />記念館の前は、公園になっていて、記念碑があります。

    樋口一葉の旧居跡

    記念館の前は、公園になっていて、記念碑があります。

  • 樋口一葉 たてくらべ記念碑<br /><br />たけくらべは、樋口一葉在住当時の竜泉寺町を中心に吉原界隈が舞台となっていることを記念して昭和26年に建てられたもの。

    樋口一葉 たてくらべ記念碑

    たけくらべは、樋口一葉在住当時の竜泉寺町を中心に吉原界隈が舞台となっていることを記念して昭和26年に建てられたもの。

  • 吉原神社 吉原弁財天<br /><br />台東区千束3-20-2<br />三ノ輪駅または入谷駅から徒歩約15分。<br /><br />日が傾き始めた(15:45頃)にもかわらず、お詣りされている方がいらっしゃいました。<br />

    吉原神社 吉原弁財天

    台東区千束3-20-2
    三ノ輪駅または入谷駅から徒歩約15分。

    日が傾き始めた(15:45頃)にもかわらず、お詣りされている方がいらっしゃいました。

  • 吉原神社の狛犬<br /><br />細身ですらっとした姿です。

    吉原神社の狛犬

    細身ですらっとした姿です。

  • 吉原神社 お穴様<br /><br />ここの地中には神社の土地をお守りする神様がおられるそうです。<br />心を込めてお詣りすると、必ず福が得られるとのこと。

    吉原神社 お穴様

    ここの地中には神社の土地をお守りする神様がおられるそうです。
    心を込めてお詣りすると、必ず福が得られるとのこと。

  • 吉原神社 本殿<br /><br />祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと*弁財天)。<br /><br />吉原の鎮守社。古書には花魁が参拝したと記されており、吉原の栄枯盛衰を見守ってきた神社。<br />吉原神社ができたのは明治8年(1875)年。それまで吉原遊郭にまつられていた5つの稲荷神社を合祀。大正12年(1923)の関東大震災のあと、今の場所に移った。昭和10年(1935)に吉原弁財天を合祀。<br />「幸せを祈る女性」への御利益や、商売繁盛、芸妓上達などの御利益があるそうです。

    吉原神社 本殿

    祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと*弁財天)。

    吉原の鎮守社。古書には花魁が参拝したと記されており、吉原の栄枯盛衰を見守ってきた神社。
    吉原神社ができたのは明治8年(1875)年。それまで吉原遊郭にまつられていた5つの稲荷神社を合祀。大正12年(1923)の関東大震災のあと、今の場所に移った。昭和10年(1935)に吉原弁財天を合祀。
    「幸せを祈る女性」への御利益や、商売繁盛、芸妓上達などの御利益があるそうです。

  • 新吉原花園池(弁天池)跡<br /><br />江戸時代初期までこの付近は湿地帯で多くの池が点在していたが、明暦3年(1637)の大火後、幕府の命により湿地の一部を埋め立て、日本橋の吉原遊郭が移された。<br />それ以来、昭和33年までの300年間に及ぶ遊廓街新吉原の歴史が始まり、特に江戸時代にはさまざまな風俗・文化の源となった。<br />

    新吉原花園池(弁天池)跡

    江戸時代初期までこの付近は湿地帯で多くの池が点在していたが、明暦3年(1637)の大火後、幕府の命により湿地の一部を埋め立て、日本橋の吉原遊郭が移された。
    それ以来、昭和33年までの300年間に及ぶ遊廓街新吉原の歴史が始まり、特に江戸時代にはさまざまな風俗・文化の源となった。

  • 新吉原花園池(弁天池)跡<br /><br />遊郭造成の際、いくつかの池が残り、いつしか弁天祠が祀られ遊廓楼主たちの信仰を集めたが、現在は、浅草七福神の一社として毎年正月には多くの参拝者が訪れる。<br />池は、花園池・弁天池と呼ばれ、大正12年の関東大震災では多くの人がこの池に逃れ、490人が溺死したという悲劇が起きた。<br />築山に立つ観音像は、溺死した人々のため大正15年に造立されたものだそうです。(台東区教育委員会の解説より)<br />

    新吉原花園池(弁天池)跡

    遊郭造成の際、いくつかの池が残り、いつしか弁天祠が祀られ遊廓楼主たちの信仰を集めたが、現在は、浅草七福神の一社として毎年正月には多くの参拝者が訪れる。
    池は、花園池・弁天池と呼ばれ、大正12年の関東大震災では多くの人がこの池に逃れ、490人が溺死したという悲劇が起きた。
    築山に立つ観音像は、溺死した人々のため大正15年に造立されたものだそうです。(台東区教育委員会の解説より)

  • 新吉原花園池跡 弁天祠<br /><br />関東大震災で吉原遊郭は炎に包まれた、多くの遊女が亡くなったのは、木造住宅が密集していたことと、当時のは遊女が逃げられないよう周囲を高い塀で囲っていたうえ、出入りする門に外側からカギがかけられたためと言われている。<br />

    新吉原花園池跡 弁天祠

    関東大震災で吉原遊郭は炎に包まれた、多くの遊女が亡くなったのは、木造住宅が密集していたことと、当時のは遊女が逃げられないよう周囲を高い塀で囲っていたうえ、出入りする門に外側からカギがかけられたためと言われている。

  • 新吉原花園池跡 弁天祠

    新吉原花園池跡 弁天祠

  • 新吉原花園池跡 弁天祠

    新吉原花園池跡 弁天祠

  • 新吉原花園池跡 お地蔵様<br /><br />築山に立つ観音像を見守るような形でいらっしゃいます。<br /><br />この花園池跡は、今も綺麗に掃除がされ、花も絶えることがないそうです。

    新吉原花園池跡 お地蔵様

    築山に立つ観音像を見守るような形でいらっしゃいます。

    この花園池跡は、今も綺麗に掃除がされ、花も絶えることがないそうです。

  • 鷲(おおとり)神社<br /><br />祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)。<br />11月の例祭は、「酉の市」として広く知られています。

    鷲(おおとり)神社

    祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)。
    11月の例祭は、「酉の市」として広く知られています。

  • 鷲神社 茅の輪に吊り下げられた七福神<br /><br />こちらは、寿老人をお祀りしています。

    鷲神社 茅の輪に吊り下げられた七福神

    こちらは、寿老人をお祀りしています。

  • 鷲神社<br /><br />社伝によると天照大御神が天之岩戸にお隠れになり、天宇受売命が、岩戸の前で舞われた折、弦という楽器を司った神様がおられ、天手力男命が天之岩戸をお開きになった時、その弦の先に鷲がとまったので、神様達は世を明るくする瑞象を現した鳥だとお喜びになり、以後、この神様は鷲の一字を入れて鷲大明神、天日鷲命と称される様になったそうです。<br />天日鷲命は、諸国の土地を開き、開運、、殖産、商賣繁昌に御神徳の高い神様としてこの地にお祀りされました。<br /><br />後に日本武尊が東夷征討の際、社に立ち寄られ戦勝を祈願し、志を遂げての帰途、社前の松に武具の「熊手」をかけて勝ち戦を祝い、お礼参りをされました。<br />その日が11月酉の日であったので、この日を鷲神社例祭日と定めたのが酉の祭、「酉の市」です。<br />この故事により日本武尊が併せ祭られ、御祭神の一柱となりました。<br />(鷲神社のHPより)

    鷲神社

    社伝によると天照大御神が天之岩戸にお隠れになり、天宇受売命が、岩戸の前で舞われた折、弦という楽器を司った神様がおられ、天手力男命が天之岩戸をお開きになった時、その弦の先に鷲がとまったので、神様達は世を明るくする瑞象を現した鳥だとお喜びになり、以後、この神様は鷲の一字を入れて鷲大明神、天日鷲命と称される様になったそうです。
    天日鷲命は、諸国の土地を開き、開運、、殖産、商賣繁昌に御神徳の高い神様としてこの地にお祀りされました。

    後に日本武尊が東夷征討の際、社に立ち寄られ戦勝を祈願し、志を遂げての帰途、社前の松に武具の「熊手」をかけて勝ち戦を祝い、お礼参りをされました。
    その日が11月酉の日であったので、この日を鷲神社例祭日と定めたのが酉の祭、「酉の市」です。
    この故事により日本武尊が併せ祭られ、御祭神の一柱となりました。
    (鷲神社のHPより)

  • 鷲神社 叶鷲<br /><br />この鷲の中に願い事を書いた願い札を納めるようです。

    鷲神社 叶鷲

    この鷲の中に願い事を書いた願い札を納めるようです。

  • 鷲神社 巳年の絵馬

    鷲神社 巳年の絵馬

  • 鷲神社 正面の入り口には巨大な七福神の絵馬が飾られています。

    鷲神社 正面の入り口には巨大な七福神の絵馬が飾られています。

  • 鷲神社 豪華な飾りつけの正面入り口

    鷲神社 豪華な飾りつけの正面入り口

  • 鷲神社 巨大な熊手

    鷲神社 巨大な熊手

  • 鷲神社 16:15頃<br /><br />失礼して、また、国際通りを浅草方面へ歩きます。

    鷲神社 16:15頃

    失礼して、また、国際通りを浅草方面へ歩きます。

  • 浅草 新仲見世通りの入り口から望むスカイツリー 16:33頃<br /><br />随分、日が長くなった気がします。<br />「新」スカイツリー?<br />新仲見世通りのネオンです。<br /><br />この辺りまで来ると、やはりすごい混雑です。

    浅草 新仲見世通りの入り口から望むスカイツリー 16:33頃

    随分、日が長くなった気がします。
    「新」スカイツリー?
    新仲見世通りのネオンです。

    この辺りまで来ると、やはりすごい混雑です。

  • 浅草公会堂 新春浅草歌舞伎<br /><br />市川海老蔵も出演しているようです。<br /><br />

    浅草公会堂 新春浅草歌舞伎

    市川海老蔵も出演しているようです。

  • 浅草 伝通院通り 人気の天麩羅やさん

    浅草 伝通院通り 人気の天麩羅やさん

  • 浅草 仲見世通り<br /><br />お正月3が日に比べることはできないでしょうが、それでもすごい人です。

    浅草 仲見世通り

    お正月3が日に比べることはできないでしょうが、それでもすごい人です。

  • 浅草 浅草寺の宝蔵門(仁王門)<br /><br />

    浅草 浅草寺の宝蔵門(仁王門)

  • 浅草寺 境内からのスカイツリー

    浅草寺 境内からのスカイツリー

  • 浅草寺 本堂<br /><br />昭和33年(1958)再建。<br />内陣中央には本尊聖観世音菩薩を奉安する御宮殿がある。<br />御宮殿内には、秘仏本尊聖観世音菩薩、慈覚大師作のお前立本尊、徳川家康、徳川家光、公遵法親王などの護持仏であった観音像が奉安されている。<br />御宮殿の左右には梵天・帝釈天の二天がまつられ、また本尊の脇侍としては内陣右奥に不動明王、左奥には愛染明王がまつられている。(HP参照)

    浅草寺 本堂

    昭和33年(1958)再建。
    内陣中央には本尊聖観世音菩薩を奉安する御宮殿がある。
    御宮殿内には、秘仏本尊聖観世音菩薩、慈覚大師作のお前立本尊、徳川家康、徳川家光、公遵法親王などの護持仏であった観音像が奉安されている。
    御宮殿の左右には梵天・帝釈天の二天がまつられ、また本尊の脇侍としては内陣右奥に不動明王、左奥には愛染明王がまつられている。(HP参照)

  • 浅草寺 本堂前の人混み 16:50頃<br /><br />流石に人気の浅草寺、まだまだお詣りされる方が続いています。

    浅草寺 本堂前の人混み 16:50頃

    流石に人気の浅草寺、まだまだお詣りされる方が続いています。

  • 浅草神社<br /><br />三社祭で知られる浅草神社。<br />推古天皇の36年3月、漁師の桧前浜成・竹成兄弟が隅田川で漁をするも魚は獲れず、網にかかったのは人型の像のみ。当時、郷土の文化人であった土師真中知に見てもらったところ、これぞ聖観世音菩薩であり、自らも帰依の念心仏体であることを兄弟に告げ、功徳、おはたらきにつき説明しました。<br />兄弟は初めて聞く観音の現世利益仏であることを知り、大漁を祈願したところ、翌日からは願いのごとく大漁を得ることができました。<br />土師真中知は間もなく剃髪して僧となり、自宅を改めて寺となし、さきの観音像を奉安して供養護持のかたわら郷民の教化に生涯を捧げたという。これが浅草寺の起源です。(HPより)<br /><br />三社さまは、この土師真中知と桧前浜成・竹成兄弟を祀るものです。<br />初宮詣、厄除、七五三詣、家内安全、交通安全、商売繁盛、社内安全、社運隆昌、<br />工事安全、方除、必勝祈願、無病息災、病気平癒、安産祈願、身体健全、合格祈願、心願成就、成人祭などの御祈祷をしていただけます。<br /><br />

    浅草神社

    三社祭で知られる浅草神社。
    推古天皇の36年3月、漁師の桧前浜成・竹成兄弟が隅田川で漁をするも魚は獲れず、網にかかったのは人型の像のみ。当時、郷土の文化人であった土師真中知に見てもらったところ、これぞ聖観世音菩薩であり、自らも帰依の念心仏体であることを兄弟に告げ、功徳、おはたらきにつき説明しました。
    兄弟は初めて聞く観音の現世利益仏であることを知り、大漁を祈願したところ、翌日からは願いのごとく大漁を得ることができました。
    土師真中知は間もなく剃髪して僧となり、自宅を改めて寺となし、さきの観音像を奉安して供養護持のかたわら郷民の教化に生涯を捧げたという。これが浅草寺の起源です。(HPより)

    三社さまは、この土師真中知と桧前浜成・竹成兄弟を祀るものです。
    初宮詣、厄除、七五三詣、家内安全、交通安全、商売繁盛、社内安全、社運隆昌、
    工事安全、方除、必勝祈願、無病息災、病気平癒、安産祈願、身体健全、合格祈願、心願成就、成人祭などの御祈祷をしていただけます。

  • 浅草神社(三社さま)のお神輿 17時過ぎ<br /><br />この日は、五色不動の目黄不動を訪ねるために出掛けたのですが、三ノ輪から浅草まで歩いて、いろいろなことを知ることができました。<br /><br />3連休、2日続けての散歩日和で楽しめましたが、今日は初雪が降り、成人式の人達には可哀想なことになりました。<br /><br />最後までご覧いただき有難うございました。<br /><br />(おしまい)<br /><br /><br />

    浅草神社(三社さま)のお神輿 17時過ぎ

    この日は、五色不動の目黄不動を訪ねるために出掛けたのですが、三ノ輪から浅草まで歩いて、いろいろなことを知ることができました。

    3連休、2日続けての散歩日和で楽しめましたが、今日は初雪が降り、成人式の人達には可哀想なことになりました。

    最後までご覧いただき有難うございました。

    (おしまい)


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  • 川岸 町子さん 2013/01/19 18:54:59
    新年
    佳い新年をお迎えでしたね。

    morino296さんにとって、きっと今年も良い年になりますね。

    行かなくても、こうやってPCの画面上で見せていただける、ありがたいです〜!

    私は、一人旅から帰国し、バタバタ忙しい日々です。

    本年もどうぞよろしくお願いします。
    寒い毎日、どうぞご自愛下さいませ。

                            町子

    morino296

    morino296さん からの返信 2013/01/19 19:59:17
    RE: 新年
    川岸 町子さま

    こんばんは。
    いつも有難うございます。

    今年も宜しくお願いします。

    一人旅だったのですか、良いですね。

    厳しい寒さが続いていますが、気を付けてお過ごしください。

    morino296
  • エトランゼさん 2013/01/15 23:42:06
    勉強になりました。
    こんばんは☆

    今日の通勤は大丈夫でしたか?
    首都高も止まったままだそうですね。

    五色不動巡り、興味深く拝見しました。
    目白、目黒は知っていますが他はよく知りませんでした。
    以前サスペンスドラマで犯人を探すヒントに目黄や目赤が方角を示す言葉として出てきたような記憶があるのですが。。。

    296さんのお写真で実地見聞させていただきました。
    知らないことばかりで勉強になりました。

    浅草の大黒屋さんには行ったことがあります。
    真っ黒な天丼で関西人にはビックリでした。

    エトランゼ

    morino296

    morino296さん からの返信 2013/01/16 07:23:54
    RE: 勉強になりました。
    エトランゼさん

    おはようございます。
    いつも有難うございます。

    昨日は、いつもの革靴をやめて、トレッキングシューズで出勤しました。
    車は立ち往生で大変だったようですね。

    サスペンスドラマで、五色が使われていましたか。

    大相撲の土俵にも、房の色が赤・青・白・黒が使われていますね。
    (黄は中心?)
    > 浅草の大黒屋さんには行ったことがあります。
    > 真っ黒な天丼で関西人にはビックリでした。

    そうですよね、初めて見た方は驚きますね。

    morino296

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2013/01/16 14:29:36
    RE: 勉強になりました。
    エトランゼさん、morino296さん、横レス失礼しまーす。

    > 五色不動巡り、興味深く拝見しました。
    > 目白、目黒は知っていますが他はよく知りませんでした。
    > 以前サスペンスドラマで犯人を探すヒントに目黄や目赤が方角を示す言葉として出てきたような記憶があるのですが。。。

    きっと中井英夫の推理小説『虚無への供物』だと思います。
    『虚無への供物』を『薔薇の殺意』という題名に変えてNHKでドラマ化されました。
    かなり前でしたよね。
    原作の『虚無への供物』も面白いですが、少し変えられて製作されたドラマ『薔薇の殺意』も面白かったですね。

    エトランゼ

    エトランゼさん からの返信 2013/01/16 17:15:31
    RE: RE: 勉強になりました。
    コクリコさ〜ん、ありがとうございます。

    > きっと中井英夫の推理小説『虚無への供物』だと思います。
    > 『虚無への供物』を『薔薇の殺意』という題名に変えてNHKでドラマ化されました。
    > かなり前でしたよね。
    > 原作の『虚無への供物』も面白いですが、少し変えられて製作されたドラマ『薔薇の殺意』も面白かったですね。

    ごめんなさい、内容を全然覚えてないんですよ。
    それにそんなに前のものでもなかったような。。。
    もっと軽いものであまりしっかり見ていなかかったのでした。
    ただ目黄とかいう言葉を聞くのが初めてだったので記憶していたのです。

    コクリコさんのご実家は目赤不動のお近くなのですね。
    しっかり見せていただきましたよ (^O^)/

    エトランゼ
  • ガブリエラさん 2013/01/14 22:19:14
    五色不動さん♪
    morino296さん☆

    こんばんは♪

    五色不動って、初めて聞く名前だったのですが、それぞれ意味があって、割り当てられてるんですね!
    ちょっと「ゴレンジャー」を想像してしまった、罰当たりな私です(^_^;)

    まあるい目の仁王様、本当に可愛いですね!
    この仁王様だったら、睨まれても怖くないです(*^_^*)

    千葉に住んでる弟から、写メが届いたのですが、すごいことになってますね\(◎o◎)/!
    明日の朝は、凍ってて危ないと思いますので、気をつけて下さいね!

    ガブ(^_^)v

    morino296

    morino296さん からの返信 2013/01/14 22:30:33
    RE: 五色不動さん♪
    ガブリエラさん

    こんばんは。
    いつも有難うございます。

    ゴレンジャー、なるほど。
    目黒、目白は、良く知られていますが、
    目青、目赤、目黄という地名があれば楽しいですね。

    雪は大変なことになっていますよ。
    明日の朝、通勤通学で大混乱しそうです。
    仕事、休みたいくらいですが・・・。

    morino296
  • のーとくんさん 2013/01/14 17:42:16
    再チゃレそして中将姫
    morino296さん

    こんばんは。

    早速の、再チャレですね。
    永久寺のほうは、ちょっと残念でした。

    善通寺には、中将姫御作蓮糸織曼荼羅阿弥陀如来があるなんて、なにか當麻寺のようですね。
    どういう由来か、興味が湧きます。

     のーとくん

    morino296

    morino296さん からの返信 2013/01/14 18:26:24
    RE: 再チゃレそして中将姫
    のーとくんさん

    こんにちは。
    こちらは、積雪9cmとなっていて、明日の朝が心配です。

    目黄不動、時間が空くと機会を逸する気がしたので、翌日出掛けました。

    > 善通寺には、中将姫御作蓮糸織曼荼羅阿弥陀如来があるなんて、なにか當麻寺のようですね。
    > どういう由来か、興味が湧きます。

    そうですよね。
    寺の解説を読むと、千葉家の家宝とのことで、よく分かりませんでしたので、
    ネットで調べてみると、以下のようなことが書かれていました。

    善通寺の本尊、阿弥陀如来画像は蓮糸織の曼荼羅で天平時代に中将姫が作られたものと伝えられています。
    秘仏で、年2回だけ信者に開帳します。
    開山は康正年間(1455〜1457)に蓮真が開いたといいます。
    この蓮真は千葉介常胤の子孫(千田真太郎宗信)で、この本尊は千葉氏代々の守護神であったといわれています。

    新編武蔵風土記稿による善通寺の縁起では、
    曼陀羅阿弥陀一幅、中将姫蓮絲を以て織出せし像にて、千葉介常胤が家の守本尊なりしが、
    親鸞関東化導の時、常胤如来の名号を所望にまかせ、親鸞すなはち書して与へり。
    子孫千葉介太郎宗胤、此弥陀の夢告によりこの像と彼名号の二物を己が家臣秋元刑部左衛門尉胤次に授く。
    胤次の子孫民間に下りて小松川の里を開き土着せし後、当寺に寄附すと云。

    親鸞が千葉何某に授けたもののようですが、この千葉何某を調べると、膨大な記述がありましたが難解。

    要するに、不思議はよく分かりませんでした(笑)。

    morino296

    のーとくん

    のーとくんさん からの返信 2013/01/15 06:23:16
    RE: RE: 再チゃレそして中将姫
    morino296さん

    おはようございます。

    首都圏は、大雪で大変僧ですね。

    中将姫の蓮糸織曼荼羅が善通寺になぜあるかは、あまり明らかにしないほうが良いのかもしれませんね。

    のーとくん

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