![ブリュッセルの空港に到着して、まずはブルージュ行きの切符を買った。窓口の係員はもちろん英語を話す。色々と安く買える方法を独り言のように呟きながら、発券してくれた。ブリュッセルの北西90kmにあるブルージュまでは列車で約1時間、フランス国境も近い。少々物悲しい冬枯れの車窓の風景と、心地よい振動が眠気を誘う。うとうとしているうちにブルージュ中央駅に到着する。<br /><br />ベルギー人の同僚によれば、ベルギーの都市名をどの言語で呼ぶか微妙な問題である。ブルージュはフランス語のスペルを英語読みしたものだ。オランダ語ではブルッヘまたはブリュッヘ、フランス語ではブリュージュとなる。オランダ語はドイツ語に似ており、ブリュッケから類推できるように、橋を意味する。市内に張り巡らされた運河にかかる橋がその由来である。ベルギー北西部、ウェスト・フランデレン州の州都でベルギーを代表する観光都市であり、2002年には、スペインのサラマンカとともに欧州文化首都に選定された。<br /><br />ブルージュ市内には「ブルージュ歴史地区」のほか、「フランドル地方のベギン会修道院群」「ベルギーとフランスの鐘楼群」の3ヵ所がユネスコ世界遺産として登録されている。「鐘楼群」については、ゲントとルーヴェンで触れているので、この旅行記のタイトルは「ブルージュ歴史地区」と「ベギン会修道院群」としたが、ブルージュ市内の鐘楼群についても写真を掲載しておく。<br /><br />とにかくため息が出るほど美しい街並みだ。茶色のレンガ造りの建物と石畳の道路に加えて、市内に張り巡らされた運河と、石造りの橋の数々、中世ヨーロッパの都市デザイナーの美的センスは万人を納得させる説得力を持っている。これまで美しいヨーロッパの多くの都市を訪れたが、その中でもブルージュは特筆に値する。「石畳の美しい中世都市」のイメージ通りの町であると思う。旧市街では馬車が走り、恐らくは中世の時代とさほど変わらぬ光景を見せてくれる。ことにクリスマスのグローテマルクトは他のヨーロッパの諸都市と同じく一際華やかで、喜びに満ちている。<br /><br />9世紀に建てられた城塞が街の起源であり、続いて教会が建てられ、城塞も強化された。12世紀に大津波が、海から10km以上も離れたブルージュを襲った記録があるという。13世紀になるとハンザ同盟の在外商館がおかれ、イギリスや北欧と交易を行い、金融・貿易の拠点として繁栄した。当時、教会や王の権威や権力が強いところでは市民が塔を建てることはできなかったが、裕福になったブルージュ市民は、自分たちの成功の象徴として、町の真ん中にその自立を象徴する高い塔、市場の開始の時刻を告げる鐘楼を建てたという。<br /><br />15世紀以降運河に土砂が堆積し機能しなくなり、一旦はその重要性を失って衰退したが、19世紀に運河は再生された。第1次世界大戦ではドイツに占領されイギリス軍の攻撃目標となるが、幸いにしてブルージュが直接攻撃される事は免れ、美しい水の都として中世の面影を残した町並みが現在まで残された。<br /><br />もうひとつこの町で特筆すべきは、聖母教会内部の、博物館として仕切られた中にある、イタリア以外ではお目にかかることが難しいミケランジェロの聖母子像である。聖母の慈愛に満ちた気高い表情と、生き生きとしたキリストの表情はミケランジェロ以外には創造しえない。ここを訪れるだけでもブルージュに来た甲斐がある、と言える。<br /><br />ベギン会修道院群は、オランダやベルギーに残るベギン会修道院のうち、フランドル地方の計13件がまとめて世界遺産の登録されている。その一つがブルージュにあり、ここを訪れた。<br /><br />ベギン会は北西ヨーロッパの自律的な女子修道会であり、その修道院は木々に囲まれた中に立てられている。ベギン会が中世の北西ヨーロッパで形成された女子のみの修道会という珍しい存在であること、そしてその修道院はベギン会の思想や文化を具現化するものであるとともに、当時の都市計画や建築文化とも結びつきが深いことなどが評価されたという。内部の一部が公開されており、質素な建物に慎ましく生活を営む修道女たちの姿を垣間見ることができる。<br />](https://cdn.4travel.jp/img/thumbnails/imk/travelogue_album/10/73/43/650x_10734307.jpg?updated_at=1358176965)
2012/12/09 - 2012/12/11
390位(同エリア1213件中)
ハンクさん
ブリュッセルの空港に到着して、まずはブルージュ行きの切符を買った。窓口の係員はもちろん英語を話す。色々と安く買える方法を独り言のように呟きながら、発券してくれた。ブリュッセルの北西90kmにあるブルージュまでは列車で約1時間、フランス国境も近い。少々物悲しい冬枯れの車窓の風景と、心地よい振動が眠気を誘う。うとうとしているうちにブルージュ中央駅に到着する。
ベルギー人の同僚によれば、ベルギーの都市名をどの言語で呼ぶか微妙な問題である。ブルージュはフランス語のスペルを英語読みしたものだ。オランダ語ではブルッヘまたはブリュッヘ、フランス語ではブリュージュとなる。オランダ語はドイツ語に似ており、ブリュッケから類推できるように、橋を意味する。市内に張り巡らされた運河にかかる橋がその由来である。ベルギー北西部、ウェスト・フランデレン州の州都でベルギーを代表する観光都市であり、2002年には、スペインのサラマンカとともに欧州文化首都に選定された。
ブルージュ市内には「ブルージュ歴史地区」のほか、「フランドル地方のベギン会修道院群」「ベルギーとフランスの鐘楼群」の3ヵ所がユネスコ世界遺産として登録されている。「鐘楼群」については、ゲントとルーヴェンで触れているので、この旅行記のタイトルは「ブルージュ歴史地区」と「ベギン会修道院群」としたが、ブルージュ市内の鐘楼群についても写真を掲載しておく。
とにかくため息が出るほど美しい街並みだ。茶色のレンガ造りの建物と石畳の道路に加えて、市内に張り巡らされた運河と、石造りの橋の数々、中世ヨーロッパの都市デザイナーの美的センスは万人を納得させる説得力を持っている。これまで美しいヨーロッパの多くの都市を訪れたが、その中でもブルージュは特筆に値する。「石畳の美しい中世都市」のイメージ通りの町であると思う。旧市街では馬車が走り、恐らくは中世の時代とさほど変わらぬ光景を見せてくれる。ことにクリスマスのグローテマルクトは他のヨーロッパの諸都市と同じく一際華やかで、喜びに満ちている。
9世紀に建てられた城塞が街の起源であり、続いて教会が建てられ、城塞も強化された。12世紀に大津波が、海から10km以上も離れたブルージュを襲った記録があるという。13世紀になるとハンザ同盟の在外商館がおかれ、イギリスや北欧と交易を行い、金融・貿易の拠点として繁栄した。当時、教会や王の権威や権力が強いところでは市民が塔を建てることはできなかったが、裕福になったブルージュ市民は、自分たちの成功の象徴として、町の真ん中にその自立を象徴する高い塔、市場の開始の時刻を告げる鐘楼を建てたという。
15世紀以降運河に土砂が堆積し機能しなくなり、一旦はその重要性を失って衰退したが、19世紀に運河は再生された。第1次世界大戦ではドイツに占領されイギリス軍の攻撃目標となるが、幸いにしてブルージュが直接攻撃される事は免れ、美しい水の都として中世の面影を残した町並みが現在まで残された。
もうひとつこの町で特筆すべきは、聖母教会内部の、博物館として仕切られた中にある、イタリア以外ではお目にかかることが難しいミケランジェロの聖母子像である。聖母の慈愛に満ちた気高い表情と、生き生きとしたキリストの表情はミケランジェロ以外には創造しえない。ここを訪れるだけでもブルージュに来た甲斐がある、と言える。
ベギン会修道院群は、オランダやベルギーに残るベギン会修道院のうち、フランドル地方の計13件がまとめて世界遺産の登録されている。その一つがブルージュにあり、ここを訪れた。
ベギン会は北西ヨーロッパの自律的な女子修道会であり、その修道院は木々に囲まれた中に立てられている。ベギン会が中世の北西ヨーロッパで形成された女子のみの修道会という珍しい存在であること、そしてその修道院はベギン会の思想や文化を具現化するものであるとともに、当時の都市計画や建築文化とも結びつきが深いことなどが評価されたという。内部の一部が公開されており、質素な建物に慎ましく生活を営む修道女たちの姿を垣間見ることができる。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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ブルージュ中央駅に到着したベルギー国鉄の列車
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ブルージュ中央駅のファサード
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駅前通でいきなり飛び込んでくる風景
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風格を感じさせる赤レンガの建物
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川面に映る美しい景観
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イチオシ
教会の尖塔、運河に遊ぶ白鳥、橋、赤レンガの建物など中世都市のイメージ通りだ
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この町並みには白鳥がよく似合う
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ベギン会修道院群、フランドル地方の計13件がまとめて世界遺産に登録されている
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ベギン会修道院群、木々に囲まれた中に立てられている
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ベギン会修道院群、木々に囲まれた中に立てられている
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ベギン会修道院の中に建つ教会
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運河を行く観光用のボート
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中世の町並みにマッチした馬車が行き交う
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中世の町並みにマッチした馬車が行き交う
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ダイヤモンド博物館、中を覗いてみたが入館はしなかった
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聖母教会とクリスマス飾り
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運河のウォーターフロントに建つ赤レンガの建物
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運河のウォーターフロントに建つ赤レンガの建物
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抜きん出て高い聖母教会、ミケランジェロの聖母子像はこの中にある
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聖母教会の庭のブドウ畑にあるモニュメント
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聖母教会の内部
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聖母教会の内部の博物館エリアにあるミケランジェロの聖母子像
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これぞミケランジェロの聖母子像、この表情はミケランジェロ以外には創造し得ない
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聖母教会内部のステンドグラス
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聖母教会内部の聖壇
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聖母教会内部の装飾
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聖母教会内部の装飾
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再び運河のウォーターフロントに建つ赤レンガの建物
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運河のウォーターフロントに建つ赤レンガの建物
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鐘楼の見える町並み
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運河にかかる無数の橋
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運河の川面に映る印象的な建築
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イチオシ
鐘楼の前のスケートリンク
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鐘楼の前のスケートリンクで遊ぶ地元の人々
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堂々たる州庁舎のファサード
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こちらは市庁舎のファサード
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聖血礼拝堂の入り口
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聖血礼拝堂の聖壇
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クリスマスショップのサンタクロース
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クリスマスのショップの内部
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この旅行記へのコメント (3)
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- さなぁさん 2013/01/13 21:38:07
- 冬のブルッヘも素敵ですね〜
- ハンクさん お久しぶりです。
ブルッヘ、冬の景色が美しく、旅行記を楽しませてもらいました。
私は春先に行ったのですが、冬の方が空気が澄んでいるし、街並みも美しいと思いました。小ぢんまりとして、とてもかわいらしい街並み、気に入っています。
確かに、このあたりの地域は言葉がどちらが強いというのもなくて、呼び方に困ってしまいますね。人々もオランダ語、フランス語さまざまですもんね。ブリュッセルまで行けばすっかりフランス語ですけど・・・。
ドイツ語とオランダ語の共通点は多いですし、私はオランダ国境近くに住んでいたのもあって、南ドイツ人よりも、こちらに住む方々の方が会話がスムーズだったのを思い出しました。
また旅行記楽しみにしていますね。
- ハンクさん からの返信 2013/01/19 16:52:17
- RE: 冬のブルッヘも素敵ですね〜
- さなぁさん、こんにちは、お久しぶりです。
ただいまサンクトペテルブルクに出張滞在中です。外の気温は−15〜20℃とのこと、マリインスキーとフィルハーモニーに出かける以外は室内にこもっています。極寒と非常に乾燥した室内のため喉カゼ気味で、少々行動力が鈍っています。(数年前には肺炎をおこした同僚もいます)
ドイツ(ヨーロッパ)通の方に稚拙な旅行記を読んでいただいて光栄です。私もヨーロッパの言語には興味を持っており、地元の人々と会話を交わすことが楽しみです。また、今年はコンサートにも狙いを定めて出かけたいと思っています。ザルツブルク音楽祭、ティーレマンのドレスデン、メストのウィーン、マゼールのミュンヘン辺りでしょうか。さなぁさんのコンサート評などお願いします。ハンク
- ハンクさん からの返信 2013/03/02 19:48:54
- RE: 冬のブルッヘも素敵ですね〜
- さなぁさん、こんばんは。
昨日帰国しました。日本はロシアよりも室内が寒いので風邪をひきそうです。
お待たせしました。ゲルギエフのラインの黄金などをアップしましたのでご覧ください。このところ時間が取れなくてドイツなどの旅行記は滞っていますが、少しずつ書き留めていきます。ところでヴェトナムへは訪れたことがないので、さなぁさんの旅行記を楽しみにしています。
それではまた、、、All the best!!
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