2012/06/29 - 2012/07/05
142位(同エリア251件中)
ちゃおさん
多くの日本人は魯迅の本を読んでいなくても、魯迅の名前だけは知っている。特に日本との繋がりの深い作家として、日中友好の象徴のような存在だった。だからこの紹興にある魯迅故居、魯迅記念館はツアーの定番コースになっている。当方も先月個人旅行した歳、リキシャを雇ってこの博物館まで来たが、その時も何グループかの日本人団体客がいた。今は逆の立場で、自分もこのツアーの一員となっている。面白い取り合わせだ。
前回も博物館の中では団体客の後ろにくっ付いて添乗員の説明をそれとなく聞いていたが、今回は正メンバーだから一番前で話も聞ける。改めて魯迅像を知ることになるが、この故居を見ても分かるように、魯迅家というのは、紹興の名家で、資産家で、14代も続く大変な素封家だった。部屋の数も30幾つもあり、日本で言えば城代家老のような存在だった。
魯迅というのは勿論文筆名で、実際の名前は周樹人。その一族には戦後の共産中国を牽引してきた周恩来や、他にも学者、政治家の多くを輩出している。故居の向かいには「三昧書屋」があり、ここは周家の子弟の勉強部屋になっていて、部屋と言ってもここ自体が大きな家屋となっていて、四書五経から初めて、あらゆる中国古典を学ぶ場であった。勉強三昧。そんな家庭環境で育った魯迅であったが、中国革命後名家は没落し、後年は内山書店初め、日本の篤志家のお世話になることになった。
この母屋、この三昧書屋、前の運河、・・、等々、魯迅の幼少期の思い出を彷彿させるものがあちこちかしこにあるが、魯迅の著作をそれ程読んでいない当方に取っては、密着感も親近感もそれ程湧かない。湧かないまでも、これ程の大層な大邸宅に住んでいた御曹司も、ある時、何かのきっかけで家は傾き、没落し、後年は流浪の民に近いものとなったが、しかし彼の文学者としての能力は見事に彼自身を後世に残る偉大な著名人に押し上げた。人は棺を覆いて評価定まる。魯迅の評価は正に現代の中国人、日本人が行っている。
先月は一人旅だったので、この魯迅旧居、魯迅の中通で名物の臭豆腐などを食べ、その先の咸亨商店街も歩き、幾つかお土産も買ったが、今回はツアー旅行で、10都市も回るタイトなスケジュール。この魯迅旧居も慌ただしく退散し、次の、又々目玉である紹興酒造所へ行くことになった。まあ、ちょこちょこ表の美味しい部分を摘まみ喰いして次から次に移動するのが、ツアーのメリットかも知れないが。
- 旅行の満足度
- 5.0
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