2012/09/07 - 2012/09/25
31位(同エリア77件中)
youさん
まだ訪れていない国に行くということで、中米7か国、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグワ、コスタリカ、パナマを、19日間、E旅行社のツアーバスにて巡ってきました。
コースの概略は下記。この旅行記はホンジュラス・コパン遺跡とグアテマラ・キリグア遺跡編を掲載します。表紙の写真は、2500以上のマヤ文字でコパンの王朝史が刻まれている神聖文字の階段と石碑
東京→アトランタ(泊)→ベリーズシティ(泊)→グアテマラのフローレス(2泊)→ ホンジュラスのコパン→グアテマラのリオ・オンド(泊)→ グアテマラシティ(泊)→パナハッチェル(泊)→グアテマラシティ(泊)→エルサルバドルの首都サンサルバドル(泊)→ニカラグワのレオン→ニカラグワの首都マナグア(泊)→グラナダ→コスタリカのリベリア(泊)→モンテベルデ(泊)→コスタリカの首都サンホセ(泊)→カルタゴ→パナマのダビ(泊)→パナマシティ(2泊)→アトランタ(泊)→東京
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
9月11日、ツアー5日目。8時30分、グアテマラ・フローレスのホテルを出発し、ホンジュラスとの国境近くにあるキリグア遺跡に向かって南下します。
大地から小さな丘が突出している緑豊かな高原地帯を走ります -
3時間余り走り、リオ・ドゥセル(甘い水の意味)の街、ドゥセル川に架かる橋を渡ります。この川の42Km先はカリブ海です
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イサバル湖の湖畔に佇むしゃれたレストランにて昼食です
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カニ、ホテ貝入りのココナツ風味の海鮮スープと川魚のモハラでとても美味しくいただきました。特にスープはyouの好みでした
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ドール社やデルモンテ社が所有するバナナ大プランテーションを通り過ぎて行きます
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14時キリグア遺跡に来ました。
キリグアは、「供給・中継する村」を表すマヤ語で、様々な都市との交易ルートとして、またコパン王朝の属国として紀元3世紀頃から繁栄していました。
738年には、キリグアは川の支配権等を巡ってコパンとの間で争いとなり、時のコパン王を捕えて処刑してしまい、それを機にコパンとは対照的に大きく発展しました。最盛期の人口は推定2000人
この遺跡は主としてステラと呼ばれる石碑や祭壇を見て回ることになります
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この遺跡で一番高い(11.7m)ステラEは、アメリカ大陸でも石碑中最大で、建造は紀元771年。コパン王を倒した嵐の空王(784年没)が左手に盾、右手に王の証である笏(シャク)を持っています
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山と宇宙のワニを組み合わせたイメージの精緻な獣型祭壇。このような精巧な石碑を刻む技術を持った職人を当時のキリグアは多数抱えていたのでしょう
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ステラの側面にはマヤ文明独特の模様の神聖文字が刻まれています。色々な言葉を図案で表現しており未だ全てが解読されたわけではありません
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王の居住地であるアクロポリスと広場。一般人はここまで入ることはできなかっようです
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16時、キリグア遺跡から国境の街リオ・オンドに向けて出発。
17時30分、LONGARONE HOTELに到着します。
中庭に50mのプールがあり、部屋はプールの周囲の広大な敷地に分散して別宅形式で配置されています。
夕食後、周囲が暗くなり自分の別宅部屋に戻るのに苦労しました -
9月12日、ツアー6日目。7時ホテルをホンジュラスに向けて出発します。8時過ぎに国境の街エル・フロリドに到着。団体手続にて各自で並ぶことなく順調に税関を通過し、ホンジュラスに入国します。
ホンジュラスは、人口720万人、面積は日本の約1/3、全土の70%が山岳地帯、中米で最も貧しい国で、JICA等による経済支援が行われています。主たる産業はカリブ海岸熱帯低地で始められたバナナプランテーションの産業です -
ここまでは順調だったのに、コパン遺跡のある街の直前で地元住人によるデモの道路封鎖に遭遇します。ガイドに聞けば、デモは電力事情の改善要求だとか。
ガイドと添乗員のMさん、デモのリーダと直接交渉します。お金を要求されたりしますが、遠くの日本から来ていることや、日本がこの国に多くの援助をしていることなど説明し、結局、道路封鎖は解除しないが、徒歩での通過なら許可するということになりました。
ツアー客はデモ集団の目が注がれる中、緊張しながら徒歩にて道路脇を抜けます。そして、反対側で待っているミニ三輪車トクトクに分乗しコパン遺跡に向かいます
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予定より30分程遅れてコパン遺跡に到着。
ビジターセンターにて模型を見ながら遺跡全体の説明を受けます。
コパン遺跡は、南北約700m、東西約300m、マヤ遺跡の中では最南端に位置しており、紀元前1500年ころには既に人が住んでいて、紀元426年王朝が築かれ、以後15人の後継者が王位を継承し、約400年にわたり、政治、経済の中心として機能していました。
現在見られる遺跡群は450〜800年築かれたものです -
遺跡に入ると美しいコンゴウインコ(ホンジュラスの国鳥)が賑やかに出迎えてくれます
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ジャングルに入って行くと、このようなこんもりとした丘が見られますが、中には未発掘の建造物が眠っています。脇に見える石段を上って最初に西の広場(アクロポリス)に行きます
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広場に面して建つアクロポリスの神殿11(各神殿や石碑にはこのような番号やアルファベットが付けられています)。 コパン16代目の王ヤシュ・パックが建てた建造物で、天文台とか閲兵台と呼ばれています
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神殿11の中央階段付近には、たいまつの様なものを掲げる暗黒神が鎮座しています
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広場に面して建つ何層にもなっている神殿16のピラミッド。最下位層からは初代王の墓ともとれる建造物や地下神殿等が発見されています
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これは神殿16の前に掲示されているロサリラと呼ばれる地下神殿の説明図。地下に埋められる建造物ですが、誰かに見せるためにか極彩色が施されています。
あとで博物館にてこの地下神殿の実物大レプリカを見ます -
神殿16前の祭壇です。コパン歴代16人の王が側面に刻まれており、正面部分は初代王が16代王に王権の象徴であるシャクの様なものを渡している図柄が彫られています。16代王ヤシュ・バツクが自分に王権があることを正当化する意図なのでしょうか
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神殿16を南側から見上げます。マヤにとって「死」を意味する9段のプラットホームと上部神殿で構成されており、埋葬用の神殿であったと推測されています
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神殿16の更に南側低い位置にエル・セメンテリオと呼ばれる王族・貴族の居住地区があります。
広場は大きな木々が生えていますが、この広場を囲んで15代王の頃には、25以上の建物が並んでいました -
16代王ヤシュ・パツクが建てた神殿18を上って東の広場に向かいます
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神殿18に上る途中に、16代王ヤシュ・パツクの墓があります。王の墓としては質素です。彼は自ら退位しコパン王朝を閉じたとか。
13代王がかってコパンの衛星都市であったキリグアとの争いに負け首を刎ねられてから、コパンは王の権威が急激に失墜しはじめ、更には都市国家としての衰退がはじまりました。
16代王はその状況を理解し、何とか繁栄を取り戻そうとして幾つかの神殿や石碑などを建てて努力をしてみたものの衰退は止まらず、最終的に自分の代で王朝を閉じるという苦渋の選択をし、コパン王朝はマヤ史から忽然と消えてしまった??…真相は闇の中・・いやいや密林の中で〜す
コパン王朝にもいろいろとドラマがあったのです -
神殿18のトップから東側の眺めです。
森林の谷が広がっています。谷底にコパン川が通っていますが、水は流れていないようです -
四面を階段状の基壇で囲まれた東の広場(ジャガー広場とも言われています)に出てきました。
正面の基壇の上には、王が儀式を行った神殿21や貴族が集まった議会場とされる神殿22が築かれています -
四面の基壇上を一周します。何か四面が観客席で囲まれた劇場かサッカー場かと思えてきますが・・・
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広場の西側基壇の階段に、広場を見下ろすように巨大な人頭像が建っています
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東の広場基壇の高台から最初に訪れた神殿11の北側斜面を眺めています。下のグリーンはグラン・プラザの広場の一部です。
東の広場とグラン・プラザの広場とは高低差15m以上はありそうです。自然の丘とか丘陵地を利用したのではなく、すべて人工的に造られたというから驚きです -
高台から見下ろしたグラン・プラザの広場です。奥に球儀場が見えます。また右側のテントの中に神聖文字の階段があります
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神殿11の脇を下ってグラン・プラザの広場にきました。
左側建物が球儀場、右側テントのある建物が神聖文字の階段がある高さ30mの神殿26です -
テントで保護されている神聖文字の階段のある神殿26に来ました。
63段の階段に2000以上のマヤ文字でコパンの王朝史が刻まれています -
神聖文字の階段前にある石碑Mで、怪物の口の中にマヤ神の顔が逆さまに入ってる象徴的な図柄が深く刻まれています
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階段には中央部分に9〜15代王までの人物石像が飾られています
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球戯場の片方の建物です。斜面上の側壁にゴールとなるパパガヨ(インコのような鳥類)の彫刻像が3つ配置されています。
ゴム製のボールを使用し、各チーム5名で相手チームのゴールに当てると得点を得るという元祖サッカーが行われていました -
グラン・プラザにある神殿4のトップから球儀場方向を眺めます。ここに上り深呼吸しながら、マヤのいにしえのエネルギーを充電します。
この広大な広場には多数のステラと呼ばれる石碑や祭壇が配置されており、それらを見て回ります -
13代王の18ウサギ王(695〜738)を彫ったステラ。この王の時代がコパンの絶頂期で、多数の石像が造られました。
皮肉にもこの18ウサギ王は近隣の属国であったキリグアとの戦いに破れ、首を刎ねられて残念な死を迎えています。もしかしたら、彼は自分の末路を知っていて、自分の姿をステラとして刻み後世に残したのかもしれません -
石像には赤い色が残っています。当時は鮮やかな赤色に覆われた立派な石像だったことでしょう
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ステラの側面にはマヤ文字による暦が彫られています
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双頭の蛇のような亀のような彫刻像です
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遺跡に隣接されている博物館に行きます。
中に入ると中央に神殿16の地下に埋まっている地下神殿の実物大レプリカが鎮座していて圧倒されます -
球儀場の美しいゴールです。ボールが通るようなシンプルな輪でなくてインコの口先のような彫り物像であることが大事かもです。
この博物館は一見の価値があります。
コパン遺跡には、博物館を含めて3.5時間滞在しましたが、ステラや祭壇の彫刻等をもっとじっくり鑑賞したかった・・・ -
再びテクテクに分乗してコパン・ルイナス村のレストランに向かいます(ルイナスは遺跡の意味です)
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ホンジュラスの国旗がなびくレストランで昼食です
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頭にお皿を乗せてウェイトレスが食事を運んでくれます
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ホンジュラスの郷土料理ピンチョスです
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コパン・ルイナス村のメインストリートです
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村の人たち。
「君たちはどこから来たんのよ〜」、
「へー・・日本・・えらい遠くから来たのう〜まあ楽しく旅してちょい〜」
会話が弾んだ・・・気がしました -
若いお母さんとその子供たち。
穏やかで仲がよさそう・・・幸せにネ。
この後、ツアーバスにてグアテマラに再び入国し、19時過ぎにグアテマラ・シティーに到着します
ホンジュラス・コパン遺跡とグアテマラ・キリグア遺跡編---おわり
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この旅行記へのコメント (3)
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- はなさん 2012/10/13 19:45:14
- 遺跡のオンパレードですねぇ。
- ホンジュラス、名前は聞いたことがありますが、どこにあるのかも知りませんでした。
そうなんだぁ、南米で一番貧しい国なんですね。
それにしてもブータンでもそうでしたが、そう言う国をJICAが支援しているんですよね。
ペシャワール会というアフガニスタンの荒廃した土地を用水路を引いて農地にする活動をしている会があるんですけれど、
そこにも最近JICAの支援が届くようになりました。
いい仕事をしてますねぇ。
JICAって何の略でしょうかね。
南米には古い歴史を持った国々があったということがよくわかります。
ホンジュラスの街の人たちの写真がほほえましていいですねぇ。
英語が通じたのですか?
- youさん からの返信 2012/10/14 19:43:00
- RE: 遺跡のオンパレードですねぇ。
- ホンジュラスのコパン遺跡は、予想していたよりも規模が大きくて、歴史や遺跡大好きなyouとしては、訪れた意義がありました。
> ペシャワール会というアフガニスタンの荒廃した土地を用水路を引いて農地にする活動をしている会があるんですけれど、
> そこにも最近JICAの支援が届くようになりました。
> いい仕事をしてますねぇ。
> JICAって何の略でしょうかね。
調べてみましたら、The Japan International Cooperation Agency の略の様です。
ペシャワール会、知りませんでした。はなさん、何かこの会に協力されているのですか。政情不安で危険なお国なのに、そんな草の根の活動している会があるのですネ。早く平和が訪れて、このような草の根活動が安全にできるように祈るばかりです。早くバーミアン遺跡などに行きたいですネ。
> ホンジュラスの街の人たちの写真がほほえましていいですねぇ。
> 英語が通じたのですか?
いえいえ、全然英語が通じていません。でも、身振り手振りで心が通じている・・・・気がするのですw
- はなさん からの返信 2012/10/15 11:25:11
- RE: RE: 遺跡のオンパレードですねぇ。
- JICAのことわざわざ調べていただきありがとうございます。
自分で調べろ!ですよね(笑)
ペシャワール会はミクシーで知り合った方を通して知ったのですが、
中村さんという九大を出たお医者さん(65歳ぐらい)が、初めはハンセン病患者の治療を目的としてキリスト教の団体から派遣されたのですが、
そのうちにハンセン病の患者だけ看るという訳にいかなくなり、
病気の原因を辿って行くと綺麗な水がないことが病の根源だとわかって、
井戸掘りを1600か所ぐらいされたんです。
その間ももちろんいろんな所に診療所を開いたり自らアフガニスタンの奥地で診療活動をされました。
そうこうしているうちにご存じの通り戦乱やら干ばつやらで土地が疲弊し、人々が農業できなくなり困窮しているのを見て、
荒廃した砂漠のようになった土地に用水路を引く計画を立てるんです。
今それがほぼ完成に近づいていて、その暁には65万もの人々を支えることになると会報に書いてありました。
日本の伝統的な治水の技術を活用して見事に緑が蘇った写真は何度見ても感動です。
会が発足して29年、その資金はこれまで日本の有志の人々の寄付で賄われてきましたが、二年ぐらい前に唯一公の機関で視察に来たJICAが支援を申し出たのです。
そこでもJICAっていい仕事をしてるなぁと思いました。
私はたま〜にですが時々寄付をして、中村さんが資金集めの為に帰国されて講演される時に会いに行く程度です。
小柄なほんとに謙虚なおじさんです。
最新の会報にはアフガニスタンはますます内線が激しくなって政情が混乱の一途をたどっているとありました。
そんな中でも希望を失わず聴診器を重機に変えて異国の人々の為に命を懸けている日本人がいることをもっとマスコミは扱っていいと思います。
以前報道ステーションで扱いましたが。
後、会の若者(伊藤さん)が現地の賊に殺された時にもNHKがドキュメンタリー番組で放送しました。
あ、すみません、なんか長々と。
興奮しやすいタイプで(汗)
そんなこんなで、youさんにも知っていただきたいと思いメッセージしました。
失礼しましたぁ〜。
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