2012/10/05 - 2012/10/05
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mistletoeさん
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ずーっと仕事でバタバタしていましたが、一息ついたのので、京都観光へ行ってきました。
まだ紅葉には早いのと、三連休前だったためか、河原町周辺もそれほどの人ではなく、とてもラッキー!
興味がありつつ、なかなか行く機会のなかったお寺も拝観でき、満足な一日でした。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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大阪梅田から阪急電車で約40分、河原町に到着し、早速散策開始です。
四条通のお店を覗きながら八坂神社へ向かい、東大路通を歩いていましたが途中で路地へ折れ、歩いていると神社を発見!
裏門からでしたが、境内を拝見させていただく事にしました。
早速、塚と像があり「久志塚由来記」と立看板が設置されていました。
説明によると
「櫛に感謝の誠を捧げ、使い古したり傷んだりした櫛を供養する、第一回櫛まつりが昭和36年9月4日に、風俗研究家の故・吉川観方先生の御賛意を得て、当宮氏子の故・南ちゑ氏を中心とする多くの美容家によって始められました。 更に翌年には当宮神域のここに「久志塚」が建立されました。」
とありました。
新しい塚だったようですが、毎年9月第4月曜日には供養祭が開かれているそうです。 -
久志塚の向かいには干支回縁碑がありました。
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「干支なのに何でヤギ?」と思い、掃除をされていた方に伺うと「ニワトリ」なんだそうです。
角の部分がクチバシと言われ、やっとわかりました。 -
年月を感じさせる、愛らしいお姿の狛犬様も鎮座しています。
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歩みを進めると、異様なものが目に留まりました・・・・・見た瞬間「あ、安井金比羅宮だったんだ!」とわかりました。
このお社は、主祭神の崇徳天皇が、讃岐の金刀比羅宮でいっさいの欲を断ち切って参籠(おこもり)されたことから、断ち物の祈願所として信仰されています。
本殿前にあるこの岩は、「縁切り縁結び碑(いし)」と言うそうです。
男女の縁はもちろん、病気、酒、煙草、賭事など、全ての悪縁を切ってくださるこの碑は、高さ1.5メートル、幅3メートルの巨石で、中央の亀裂を通して神様の力が下の円形の穴に注がれています。
形代に願い事を書いて、碑の表から裏へ穴を通って悪縁を切り、裏から表へ通って良縁を結び、最後に形代を碑に貼って祈願するようです。 -
参拝を済ませ、正面から出て日差しを感じ、何だかホッとしました。
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重い雰囲気を振り払い、六波羅蜜寺を目指します。
道に迷いつつ到着すると、何と工事中・・・・・
本尊の十一面観音立像(複製だと思いますが)がお出迎えです。
周囲の塀や境内のあちこちを改修していて全体的に新しく、ピカピカしていて趣はありません・・・・・
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六波羅蜜寺は、天暦5年(951年)醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創された西国第17番の札所です。
当時京都に流行した悪疫退散のため、上人自ら十一面観音像を刻み、御仏を車に安置して市中を曵き回り、青竹を八葉の蓮片の如く割り茶を立て、中へ小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、歓喜踊躍しつつ念仏を唱え、病魔を鎮められたと伝えられています。
ちなみに「六波羅蜜」とはこの世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための六つの修行(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)を言い、波羅蜜とは彼岸(悟りの世界)に到る事なんだそうです。 -
現本堂は貞治2年(1363年)に修営され、明治以降荒廃していましたが、昭和44年(1969年)開創1,000年を記念して解体修理が行われました。
解体修理の際、創建当時のものと思われる梵字、三鈷、独鈷模様の瓦をはじめ、今昔物語、山槐記等に記載されている泥塔8,000基が出土し、重要文化財の質、量において文字どおり藤原、鎌倉期の宝庫だと言われています。 -
本堂の裏手にある宝物殿(\600)で重要文化財の地蔵菩薩立像等や念願の空也上人像を拝見し、境内へ戻ってきました。
空也上人像は、運慶の四男康勝(こうしょう)の作といわれ、胸に金鼓を右手に撞木を、左手に鹿の杖をつき膝を露わに草鞋をはき、念仏を称える口から六体の仏(南無阿弥陀仏)が現れたという伝承の表した木像です。 -
大河ドラマで話題の平清盛公の塚を後にして、もうひとつの目的地へ向います。
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小野篁(おののたかむら)が冥界に通ったと伝わる井戸がある「六道珍皇寺(ろくどうちんこう(のう)じ)」に到着です。
六道とは、すべての生き物が生前の善悪の行いによって必ず行くとされる地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六種の冥界のことなんだそうです。 -
この付近は、かつて死者を鳥辺野(東山区南部の阿弥陀ケ峰北麓の五条坂から南麓の今熊野に至る丘陵地)へ葬送する際の野辺送りの場所で、「六道の辻」と呼ばれ、この世とあの世の境と見なされていました。
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平安時代の官僚であった小野篁は、昼間は宮廷に仕え、夜は本堂裏の井戸から地獄に通い、閻魔大王に仕えたそうです。
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格子戸からお庭を覗けるようになっています。
怒られないか、ちょっとドキドキ・・・・・(って神社内には私達だけでしたが。) -
カメラをズームしてみると右奥に井戸が見えました。
この井戸は春と秋の特別拝観の際に予約不要で見学する事ができます。
今年(平成24年)は11月17日〜25日までと記載がありました。 -
私達は予約(ハガキ・FAX・電話:075-561-4129))が取れず、境内を散策するだけでしたが、閻魔堂(篁堂)や重要文化財の本尊である薬師如来、地獄絵図の拝観も可能のようです。
ちなみに、閻魔堂(篁堂)にも覗き窓があり、拝見する事が出来ました。
誰も居ない境内なのに息を殺して覗く私達・・・・何か悪い事をしている気分でした(笑) -
毎年8月7日〜10日までの4日間は「六道まいり」が行われ、先祖の精霊をこの世へ呼び戻す「迎え鐘」を撞く参拝者で賑わうそうです。
鐘は自由に撞く事ができるので撞いてみましたが、響きが素晴らしく、余韻がいつまでも残っていました。 -
こじんまりとしていましたが、静寂で、穏やかなとっても良い雰囲気の神社でした。
来(^^)大満足! -
夕暮れの中、河原町通を歩いていると雰囲気のある路地を発見!
奥には割烹料理のお店等、色々ありました。 -
あちこちから良い香りが漂うので夕食をいただき、外に出ると真っ暗。
ほんのり日中の暖かさが残っていたので鴨川沿いに座り、夜景を楽しんだ後、帰宅しました。
久々の京都、とっても楽しい一日を過ごせました。
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