2012/09/01 - 2012/09/08
613位(同エリア1512件中)
AKさん
パラオと言えば、皆さんダイビング。 潜らない方もシュノーケル。 それが目的で行かれる方が多いですが、私たちは、2歳の子供と一緒だった為、ホテル(PPR)のビーチ、プールで過ごす時間がほとんどでした。(ホテル前ビーチでシュノーケルを楽しんだりはしましたが。)
唯一、子供も一緒に楽しめるアクティビティということで、グラスボートに参加しました。 グラスボートながら、海の中を見ているよりも、周りの景色の方が感動的でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
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グラスボートツアーは、宿泊していたホテル(パラオパシフィックリゾート)で申し込みました。
ツアースタートは、パラオ・ロイヤル・リゾートから。
このグラスボート、ロシア製だそうで、可愛い形状の船でした。 -
青空の下、普通に船に乗っているだけで爽快。
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まずは、シャコ貝というパラオ名産の大振りの二枚貝の養殖されている地域に立ち寄りました。 ガイドさん(グラスボートツアーを開催している会社の社長さん?)は、海の中の事情にかなり詳しく、ずーっと説明をして下さっていました。(その所為かどうかは分かりませんが、2歳の息子は寝てしまいました。。。)
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青色に見える珊瑚も奇麗です。
尚、海中に差し込む太陽光のうち、赤色の光線は浅瀬にしか届かない為、海の中にあるものの色は、実際とは違う色に見えるそう。 なので、この珊瑚も本当は青く無いそうです。 -
パラオは小さい島がたくさん有り、そういう島が密集する地域に進んで行きました。 海中の風景よりも、海上の風景に感動。
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日本統治時代、東北から移住して来た方がもいたそうで、松島に似た風景ということから、パラオ松島と名付けられた地域を通りました。
風光明媚で、木々に囲まれた可愛らしい島がいっぱい有りました。 -
日本統治時代、マラカル島に外航船で到着した人たちをコロール島に輸送する目的でつくられた水路だそうです。
「新水道」の看板がありました。 看板の中には、当時、この地の当地を担当していた南洋庁の名前もありました。 -
尚、日本統治時代の途中に、マラカル島とコロール島を結ぶ橋(写真の奥の方に見える橋)が開通したことで、マラカル島からコロール島へは徒歩で移動が可能となり、新水道の役割は終わったそうです。
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新水道を超えてすぐのところに、ゴミ捨て場がありました。
パラオでは、ゴミ処理施設は無く、ゴミはこの地に捨てられているそうです。(溢れかけており、社会問題となっているそうです。) -
空の青、木々の緑、海の青 この色のバランス素晴らしいです。
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浅瀬に行くと、海も緑色で、これもまた奇麗。
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幻想的な感じがして来ます。
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日本統治時代、各島は番号で呼ばれていたそうで、島にはその島の番号が刻印されています。
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途中、魚が餌付けされているエリアにも行きました。
グラスボートの下には、たくさんの魚がちょろちょろ泳いでおり、かわいかったです。 -
グラス越しでなくとも、直接水面にも魚は見えました。
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横には、シュノーケルや海での水遊びを楽しむ人たちのレジャーボートがありました。 話し声からすると、台湾人の集団のよう。 楽しそうです。 この時期、台湾人の多くは伝統的に海に入るのを嫌うのですが、若い人たちは関係ないようです。
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一時の熟睡から覚めた2歳の息子、風を浴びて気持ち良さそうでした。
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