2011/11/01 - 2011/11/04
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オータムリーフさん
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初めてのヨーロッパ家族旅行はスペインを選びました。相当前から行ってみたいと強く思っていたスペイン。それがやっと実現したのです。時は2011年11月です。今回は個人旅行ではなく、ある旅行会社のツアーに参加しました。
この旅行プランはバルセロナ→タラゴナ→バレンシア郊外のホテル→ラ・マンチャ地方を方面に向い→グラナダ→ロンダ→コルドバ→マドリード→トレドを訪れる、全食事付きの内容である。
この旅行記は2回に分けて掲載します。前編は日本出発からバルセローナ→タラゴナ→バレンシア→ラ・マンチャ→グラナダです。
後編はグラナダ→セビリア→コルドバ→マドリリードとトレドそして再びマドリードの夜です。
それでは、あこがれのスペイン・アンダルシア地方の旅行記の始まりです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
11月1日(1日目:成田〜バルセロナ)
出発の朝、ツアーデスクに行くと、今回の旅行の添乗員さんが手続きを行っていました。荷物をルフトハンザ航空に預けて、出国手続きを済ませて、出発ロビーに進む。
搭乗ゲートは45番で、第一ターミナルでも、一番遠い場所にあるらしい。そう言えば、歩いて見て、確かに遠い。小腹も空いてきたので、搭乗ゲートに近いコンビニでおにぎりを買い座って食べたが、そろそろ搭乗開始だ。何時もの事だが、最初はファースト・ビジネスクラスが優先搭乗となる。しかし、この会社は体の不自由な方とか妊娠中の人とかお子様ずれの人を優先搭乗はしないみたいだ。それと、エコノミークラスでは機体の一番奥側から順番に乗せるシステムである。
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飛行機はルフトハンザ航空でエアバス、これからしばらくは狭い機内に閉じ込められて長時間のフライトである。ヨーロッパの旅行は、楽しみだが、フライト時間が長いので辛い。
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飛行機は満席である。長いフライトをどう過ごすかが問題である。
映画や音楽のサービスは、シートテレビが付いているので、又、映画はVOD方式、いつでも、好きな時に見えれる。また言語も日本語が選択出来て便利だが、全ての映画がそうだとは限らない。音楽も日本の歌などが入っていて面白い。
飲み物ワゴンが過ぎると、昼食だ。その前に配られたメニューを見ると、焼き豚の柚子餡かけかビーフグラーシュの選択だ。自分は和食で有る焼き豚の柚子餡かけを注文した。それなりに美味しかった。 -
いよいよフランクフルトに着陸です。12時間のフライトはつらい。フランクフルトでは乗り継ぎだけなのに、入国手続きをする。何故入国手続きが必要なのか理解出来ないが、いわれるままに入国審査を受ける。簡単に審査だが、ちゃんとスタンプは押してくれた。
長蛇の列が有るのに、入国審査の窓口を、突然閉めたところがある。眼前で閉められたところに並んでいた他のグループツアーの日本人が慌てていた。
さて、欧州諸国では、出入国の簡素化を行う為にシェンゲン協定加盟国(EU諸国が中心)では、最初に上陸した国で入国手続きをして、最終目的地では審査は無いと云う。そして、帰国の場合はでも、例えば、今回のツアーで説明すると、スペインでは出国手続きなし、ドイツで出国手続きをすることになるのだそうだ。面白いシステムだが、スペインの入出国スタンプがもらえないのは残念です。 -
次のフライトはフランクフルトからバルセロナ行き、ルフトハンザLH-1132に乗り込む。15時55分発だ。飛行機はエアバスA320-200型。3列+3列の小さなもの、自分たちは、18E,Fの座席だが、ここは進行方向に向い、左側の窓側と真中である。2時間の我慢なので、特に、問題は無い。17時55分予定通りバルセローナに到着した。
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バルセローナ空港は近代的な空港で有る。預けた荷物引き取り場所も綺麗なところだ。添乗員さんが説明するには、荷物はガラガラからピックアップするのも含めて、ポーターがやるそうだ。チップも不要とのこと。どうして、沢山有る荷物の中から、我々の荷物を識別するのかと不思議に思っていたが、荷物のタグで理解するらしい。
税関に向かうが、申告無の窓口に向かうが、審査官は居ないし、検査台も無いのだ。ヨーロッパは税関が簡単というが、こんなに簡単で良いのだろうかと思う。 -
今夜のホテルはバルセローナ郊外にある【ベルナートドス】である。
ホテルの部屋に飲料水は置いていないので、ミネラルウオーターを買いに近くのBARに行った。久しぶりにスペイン語で話して、通じた。一本EUR1.00である。
今夜は夕食も無いと分かっていたので、飛行機のおにぎりを持ってきたので、それを食べたが、余り空腹はなかった。時差の関係で、今は眠いが、ぎりぎり我慢して、遅く寝るように勧められた。
部屋に入った。寝るだけの部屋で、何も無い。洗面所にもアメニテイーも置いていない。当然、外国のホテルだからパジャマも無い。タオルはあった。液晶テレビもあったが観ても言葉が判らないので、バックグランドに付けているだけだ。
しかしながら、頑張ったが、夜、9時半には寝てしまった。 -
11月2日(2日目 バルセローナ、タラゴナ→マッサルファサール(バレンシア郊外)
今日はバルセローナ市内観光、その後はバレンシアに向かう途中でタラゴナのローマ時代の円形劇場や水道橋の見物だが、右の図は添乗員さん手作りの地図です。今後、毎日、このような地図を配り、本日の目的地を教えてくれます。 -
今日のバスは、座席間隔が広く、ゆったりとして乗れる快適だ。このバスと運転手はコルドバ迄一緒だそうだ。運転手はイケメンでクリントン米大統領に似ている。
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高速道路で一路バルセロナ市街地に向かう。途中の地中海はもやっていて、良く見えないが、あれが地中海かと多少感激する。市街地に近づくと、車の渋滞が始まったが、しかしながら、バスは快調に進んでいる。バスレーンは空いているのだ。説明に依れば、この国ではバスレーンには一般車は入れないのが厳格に守られている。
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イチオシ
サグラダファミリアが観えて来た。建物が高いからどこからでも見えそうだ。
サグラダファミリアを撮影するポイントが有ると云うので、そこに連れていってもらった。そこからは、全体の写真が撮れるのだ。
1882年に建築家フランシスコ・デ・ビヤールが着工し、1891年からアントニ・ガウデイが引継いだが、彼の死(1926年)後、いまだ建設が続く未完成の教会だ。完成は50年〜100年後とも言われていて、誰も知らない。この建築には日本人の外尾悦郎さんが参加しているとのことだ。 -
ガウデイはスペイン・カタルーニャの出身の建築家であるが、1883年からサグラダファミリアの設計責任者になったが、彼はバルセロナで交通事故で死亡した。内部に入った。聖堂内部は十字架の形になっていてゴシック様式の厳格な雰囲気を取り除く為に、全体を森にみたてた。全36本ある柱はドーム型の天井を支えられるように枝分かれした木をモチーフにした。2010年にローマ法王も訪れて、これを教会として認めたそうである。
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次は、又、バスに乗って直ぐの所「グエル公園」見物だ。ガウデイのパトロンであり、よき理解者のグエル伯爵と組み、都市再開発事業に臨み、1900年〜1914年に掛けて、手がけた田園住宅街として建設されたものだが、結局は住宅2個しか売れず失敗した。その後、1922年に公園として開放された。バルセロナ市民の憩いの場所となっている。
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イチオシ
広大な敷地には市内が見渡せる広場やガウデイが病床の父の為に購入し、1925年にサグラダファミリアに引っ越すまで生活していた家がミュージアムとして残っている。兎に角、奇抜なアイデアで作られた建造物だが、庭も美しく、本当に癒される場所だった。色鮮やかなモザイクや波打つベンチが素晴らしい。
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次は車窓から「カサ・ミラ」と「カサ・バトリョ」を観るが、良く見えなかった。両方の建築物は、ガウデイが手掛けて、現在の市内目抜き通りに目立っている。どちらも人だかりが出来ていた。残念だが、写真も撮れていないのだ。
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次は又バスに乗り、カタルニャ音楽堂を見物する。これはモデルニスモ建築として、ガウデイの他にも建築家が居て、彼らの作品の内、「ドメネク・イ・モンタネール」の設計だと言われるカタルーニャ音楽堂も、素晴らしい建築だった。現在でもコンサートホールとして使用されている。ここいは入場見学が出来なかったが、内部も素晴らしいものが有るそうだ。
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ミロ美術館はバルセロナ市のムンジュイックの丘の上にある。バスで登って行くと、バルセロナの街が良く見えるし、まさしく、スペインの風景だなア〜と思う。 この美術館は個人の美術館としては世界最大のものらしい。確かに、建物は近代的であり、清々しい感じがする。1968年にミロ自身が構想して、友人らの助けを借りて、1975年に開館した。バルセロナ出身の画家、ジョアン・ミロ(1893年〜1983年)の作品を約1万点収蔵した、大きな美術館である。
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美術館の中にはショップ、カフェテリア、中庭を備えていて、また、屋上にもミロの作品が飾ってあって、そこは自由に写真撮影が出来る場所だが、そこから観るバルセロナ市街地も素晴らしい。ところで、ミロの絵画の感想はどうなの? いやア〜、中々難しい質問です。戦争時代の暗いイメージが作品に影響されていて、自分には、理解出来ない作品が多いですね。
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次は昼食会場です。地中海に面したレストラン「MARINA MONCHOG’S」と云う、タパスレストランである。ここではパンコントマテ、アロスネグロ、カタルーニャ風クリームのデザートでした。
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さて、バスは一路、100km離れた「タラゴナ」に向かう。
タラゴナは紀元前3世紀にローマ人によって築かれた。当時はタラコと呼ばれてイベリア半島最大の都市として繁栄した。現在も貴重な遺跡を見る事が出来るが、今回はローマ円形闘技場を観る。1万人を収容した闘技場である。地中海を後ろに、この闘技場を撮影する絶好のスポットがあったが、残念ながらヤシの木に遮られて、全体を良く写す事が出来なかった。 -
イチオシ
円形闘技場の後ろは地中海である。美しい景色が広がる。
この闘技場に来る前に、ローマ時代に造らた、水道橋が有ると云うが、車窓からちらっと観ただけで写真は撮れなかった。残念である。 -
これから、一路、マッサルファサールに向かうが、距離は241kmもバスの旅となる。午後8時10分にホテルSHフロラザールに到着した。夕食は8時45分からホテル内部のレストランでとる。魚料理だった。今夜は、夕食を終えると10時近くになり、就寝は11時近くになった。
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11月3日(3日目:マッサルファサールからラ・マンチャ地方経由グラナダ)
我々の荷物は部屋のドアの外に出しておくと、ポーターがバスまで持って行ってくれる親切なシステムだ。
今日はバスの乗り、ラ・マンチャの風車を見に行きます。 -
これが、本日のルート地図です。
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いよいよ出発だ。バレンシアの街には入らず、そのまま北に向かう。今日は、午前中から長いバスの旅だ。ラ・マンチャ地方に向かうのだ。距離は280kmと長い。途中のバスから観る外の景色は、全てブドウ畑だ。しかもブドウの木が低い。これは収穫し易くするためだそうだ。でも、ブドウの葉っぱが赤有り、みどり有りで色々だが、これはブドウの種類が違うそうだ。どこまでも手が入った大地に、ブドウ畑が続く。
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ラ・マンチャとはアラビア語で「乾いた大地」を意味するらしく、赤土が目立つ。
途中のドライブインでトイレ休憩を取った。ここで、コーヒータイムと洒落込む。このような店の風景は、何か懐かしい感じだ。以前、南米のスペイン語の国に住んだことがあるからだ。
そして、再び、ラ・マンチャに向かってバスは走る。見えてきました、風車が。 -
カンポ・デ・クリプターナの街は丘の斜め下にあり、この街も、茶色の屋根に白い壁で統一されていて、非常に美しい眺めだ。
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イチオシ
カンポ・デ・クリプターナと云う街の丘には、沢山の白い風車が建っている。素晴らしい眺めだ。ミゲル・セルバンテス・サアベドラ(1547年〜1616年)の傑作「ドン・キホーテ」の舞台になった所だ。ドン・キホーテはどの風車と戦ったのだろうか、興味がある。
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この日は何せ、寒いのだ。天気も良くない曇天である。スペイン全体が寒波が来ているのか、気温が低い。
街を散策してみる。白一色の壁と赤い屋根の家が多く、これらがスペインの風景を生み出している。お土産屋も沢山あり、時間があったら、もう少し散歩をしてみたいものだ。 -
次に向かったのは昼食会場である。プエルト・サビセにある、ベンタ・デル・キホーテと云うレストランに向かう。
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ここには、ホテルでもあり、セルバンテスも宿泊したと言われ、中庭には、ドン・キホーテの銅像が槍をもって立っていた。
食事はまず、野菜スープ(ドロドロの野菜スープ、これはピストと言われる)、次に、これがメインなのかチキン料理とデザートには花模様の甘い物でした。これで腹6分と云うところかな。
入口にショップが有って、ドン・キホーテ関連の品物が沢山並んでいた。 -
イチオシ
グラナダは遠い。高速道路をひた走るが途中に、奇岩が一杯ある場所に来た。運転手は気を利かしてバスを停めて、乗客を降ろして観光させる。素晴らしい眺めだ。こんな奇岩を観た事が無い。やはり、ここは外国だなア〜と思う。
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バスはいよいよグラナダの街に入って来た。今夜のホテルはアリサレスと云い、アルファンブラ宮殿の前にあるが、ホテルからは木が邪魔して見えない。夕食はホテルの食堂でバイキング形式だ。
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11月4日(4日目:グラナダ〜ミハス〜セビリヤ)
今日は午前5時半ごろの目覚めだった。
雨が降っている。今日はアルファンブラ宮殿の見物だが、ホテルのロビーに集合して、歩いてアルファンブラに行くと云う。本日の現地人ガイドは女性で、プラス通訳の日本人が案内してくれるのだ。添乗員さんは来なかった。
左の写真は雨に煙るアルハンブラ宮殿です。 -
アンダルシア地方の中心地グラナダはスペイン最後のイスラム王朝、ナスル王国が築かれた街。13世紀初めから1492年キリスト教徒にグラナダを奪回されるまでの約250年間、ナスル王朝の政治、経済、文化の都として繁栄を極めました。
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アルハンブラ宮殿は街を見下ろす、小高い丘の上に有って、イスラム芸術の最高傑作と云われている。スペイン最後のイスラム王朝ナスル朝の王宮である。宮殿内で最も古い城塞部分であるアルカサバ、王様の居城であった王宮、夏の離宮ヘラリフェ庭園と敷地内は大きく3つに分かれている。
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色々な場所を案内されたが、予備知識がなかったので「ふん、ふん」とうなずくだけの見学となりました。後で、資料を観ると、なるほど、こんな場所を観たなと思いだすだけである。
アルハンブラ宮殿見学時は雨が結構降っていて、傘をさしたり、しまったりと忙しく、そして、寒く、手がかじかんでくる。夏は夏で暑いのでしょうが、一番良い季節はいつが良いのだろうか。 -
アルハンブラ宮殿から街を観ました。ここも白と赤の風景だ。
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さて、宮殿見学が終わると、一旦、宿泊したホテルに戻り、手荷物をもって、バスに乗り込む。そして、本日のハイライトの一つであるミハスに向かう。時間は10時45分である。12時丁度にミハスに到着した。
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ミハスは何といびきの良い名前だろうか。岩山の傾斜に張り付くように建ち並ぶ白い家は、絵本から飛び出したかのようだ。坂道を歩きながら眺める家々、そしてショップとここは見どころが一杯あって飽きない場所だ。
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坂道を歩きながら眺める家々、そしてショップとここは見どころが一杯あって飽きない場所だ。
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1時間ほど説明を聞きながら、街歩きした後に洒落たお店で昼食となる。
洒落たレストランの建物です。 -
今日のメニューはまず、ガスパッチョ(スープ)、メインは子牛肉のシチュー、デザートはプリンでした。飲み物に、搾りたてのオレンジジュースを頼んだら、オレンジ1個をくれた。
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昼食後は自由時間となり、ミハスの街を自由に探検できる。色々なお土産屋を覗いて歩くと時間が来た。
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15時30分にミハスを立ち途中のドライブインで休憩後19時頃、セビリアの郊外にある、今晩のホテルに到着した。
以上で1日目から4日目までのスペイン・アンダルシア8日間の旅の前編を終了します。引き続き後編で残りの旅を紹介したいと思います。
後編はhttps://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10703301/
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