鷲羽山・児島・瀬戸大橋周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
最近ですが、ふとしたことから、昔のことがありありと、思いだされてしまうのです。<br />人生、後戻り出来ない年齢になったからでしょうか。<br />それとも、自分の人生に後悔しているからでしょうか。<br />独身なので、老後に対する漠然とした不安からでしょうか。<br />今回は、そんな暗い気持ちを吹き飛ばすつもりで、岡山の六口島の象岩見物に来たのです。<br /><br />JR児島駅を降り、バスで下津井港へ向かいます。<br />車窓から、鷲羽山と観覧車が目に飛び込んできました。<br />ここは、以前に来たことがある。<br />大学に残っていたときと、厚木時代に。<br />厚木での職場の人たちと、車の運転を交代しながら、やってきたのです。<br />あの楽しかった厚木時代よりも、大学時代のことが、脳裏にありありと蘇ってきたのです。<br /><br />今、冷静になると、確かに私のしでかしたことは、本当にダメなことです。<br />かつては、自分のことは、棚上げにしていましたが、時間がたつと反省もするのです。<br />私が逆の立場ならと考えるのです。<br />ただ、それならそれでクビにして欲しかったです。<br />テーマを与えられ、よその教室に飛ばされて。<br />来る日も来る日も、ネズミのお守りをしていました。<br /><br />大学の給料じゃあ、結婚どころか、デート代さえむりでした。<br />それで彼女なんか作ろうとも、思いませんでした。<br />つい今しがたまで、薄給のところに長くいたから、婚期も遅てしまったと信じていました。<br />でも不思議だなあと、周りの連中は、薄給なのに彼女もいるし、結婚している者もいました。<br /><br />六口島で遊んだあと、再び下津井に戻ってきました。<br />ここの観光スポットである資料館「むかし下津井回船問屋」を訪れました。<br />かつてこの下津井には、北前船がたくさん入ってきました。<br />船頭さんたちは、死と隣り合わせの航海を続けるのですが、給金も良かったようです。<br />この資料館の説明に、こうしたアグレッシブな海の男たちは、下津井に上陸するとすぐに、女郎屋に赴いたとありました。<br /><br />このとき私は、大学時代は下を向いて歩き、アグレッシブには程遠かったので、婚期を逃したんだと悟りました。<br />まさに目からウロコとは、このことです。<br /><br />かつて下津井の祇園神社近辺には、女郎屋が沢山あったようですが、今は見当たらないです。<br />ただこの祇園神社は、風情ある建物で、ここから見える瀬戸大橋は圧巻です<br /><br />

目からウロコが落ちた旅 追憶の下津井紀行

18いいね!

2012/07/19 - 2012/07/19

100位(同エリア280件中)

3

39

哈桑湖

哈桑湖さん

最近ですが、ふとしたことから、昔のことがありありと、思いだされてしまうのです。
人生、後戻り出来ない年齢になったからでしょうか。
それとも、自分の人生に後悔しているからでしょうか。
独身なので、老後に対する漠然とした不安からでしょうか。
今回は、そんな暗い気持ちを吹き飛ばすつもりで、岡山の六口島の象岩見物に来たのです。

JR児島駅を降り、バスで下津井港へ向かいます。
車窓から、鷲羽山と観覧車が目に飛び込んできました。
ここは、以前に来たことがある。
大学に残っていたときと、厚木時代に。
厚木での職場の人たちと、車の運転を交代しながら、やってきたのです。
あの楽しかった厚木時代よりも、大学時代のことが、脳裏にありありと蘇ってきたのです。

今、冷静になると、確かに私のしでかしたことは、本当にダメなことです。
かつては、自分のことは、棚上げにしていましたが、時間がたつと反省もするのです。
私が逆の立場ならと考えるのです。
ただ、それならそれでクビにして欲しかったです。
テーマを与えられ、よその教室に飛ばされて。
来る日も来る日も、ネズミのお守りをしていました。

大学の給料じゃあ、結婚どころか、デート代さえむりでした。
それで彼女なんか作ろうとも、思いませんでした。
つい今しがたまで、薄給のところに長くいたから、婚期も遅てしまったと信じていました。
でも不思議だなあと、周りの連中は、薄給なのに彼女もいるし、結婚している者もいました。

六口島で遊んだあと、再び下津井に戻ってきました。
ここの観光スポットである資料館「むかし下津井回船問屋」を訪れました。
かつてこの下津井には、北前船がたくさん入ってきました。
船頭さんたちは、死と隣り合わせの航海を続けるのですが、給金も良かったようです。
この資料館の説明に、こうしたアグレッシブな海の男たちは、下津井に上陸するとすぐに、女郎屋に赴いたとありました。

このとき私は、大学時代は下を向いて歩き、アグレッシブには程遠かったので、婚期を逃したんだと悟りました。
まさに目からウロコとは、このことです。

かつて下津井の祇園神社近辺には、女郎屋が沢山あったようですが、今は見当たらないです。
ただこの祇園神社は、風情ある建物で、ここから見える瀬戸大橋は圧巻です

同行者
一人旅
交通手段
新幹線
  • バスに

    バスに

  • バスの運転手の方に、下津井駅の跡の場所を尋ねました。<br />信号の合間に、紙に書いて説明してくれました。<br /><br />暗い思い出がよみがえる中で、心の中が温かくなります。<br /><br />ところで宇喜多秀家は、岡山が生んだ武将です。<br />大勢の豊臣恩顧の大名が、徳川家康に尻尾を振る中で、<br />秀家は、石田三成の西軍に馳せ参じます。<br /><br /><br /><br />豊臣秀吉から可愛がられ、その恩義を忘れなかったのです。<br /><br />関ヶ原敗戦後、八丈島に流されます。<br />家康の死後、徳川秀忠将軍に謝罪をすれば、赦免されるのではと勧められても、<br />秀家は拒絶して、八丈島で一生を終えます。<br /><br />そういえば、帰りの下津井から児島に向かう、タクシー・ドライバーの方も<br />親切な人でした。<br />このような人情は、岡山県人の特性なのでしょうか。<br /><br />人との出会いによって、美しい思い出が形成されますね<br /><br />

    バスの運転手の方に、下津井駅の跡の場所を尋ねました。
    信号の合間に、紙に書いて説明してくれました。

    暗い思い出がよみがえる中で、心の中が温かくなります。

    ところで宇喜多秀家は、岡山が生んだ武将です。
    大勢の豊臣恩顧の大名が、徳川家康に尻尾を振る中で、
    秀家は、石田三成の西軍に馳せ参じます。



    豊臣秀吉から可愛がられ、その恩義を忘れなかったのです。

    関ヶ原敗戦後、八丈島に流されます。
    家康の死後、徳川秀忠将軍に謝罪をすれば、赦免されるのではと勧められても、
    秀家は拒絶して、八丈島で一生を終えます。

    そういえば、帰りの下津井から児島に向かう、タクシー・ドライバーの方も
    親切な人でした。
    このような人情は、岡山県人の特性なのでしょうか。

    人との出会いによって、美しい思い出が形成されますね

  • この観覧車を見て、過去の思い出がありありと<br /><br />大学時代と厚木時代が

    この観覧車を見て、過去の思い出がありありと

    大学時代と厚木時代が

  • 懐かしい、厚木時代に来たような

    懐かしい、厚木時代に来たような

  • 瀬戸大橋です<br />大学時代のことが、ありありと。<br />卒後、社会人になっていたら、お給料もあって、今頃父親になっていたのかなあと。<br /><br />でも、私みたいな出来の悪い子供なんか、いらないし。

    瀬戸大橋です
    大学時代のことが、ありありと。
    卒後、社会人になっていたら、お給料もあって、今頃父親になっていたのかなあと。

    でも、私みたいな出来の悪い子供なんか、いらないし。

  • 厚木時代に友人たちと。

    厚木時代に友人たちと。

  • ホテルです。

    ホテルです。

  • 辛かった思い出が。<br />でも、けじめだけはつけようと

    辛かった思い出が。
    でも、けじめだけはつけようと

  • むかし下津井回船問屋の資料館です

    むかし下津井回船問屋の資料館です

  • ここの中で、目からウロコが。<br />威勢のいい海の男たちは、丘にあがると、女郎屋に行ったようです。<br /><br />女郎さんたちは、海の男たちの上陸を「まだかな、まだかな」と、待ち構えていたようです。<br /><br />こうした背景から、トコハイ下津井節が出来たという説明が館内で。<br /><br />このとき、ああそうか、ネズミのおもりをしていた私の顔には、負け犬根性が染み込んでいたのだろう。<br />そんな人間に、女性なんか寄りつくもんか、また私自信、そんな気力もありませんでした。<br />あの貴重な時間を、無駄にしました。<br /><br />でも、いいんです。聖書の使徒パウロの手紙の中で「結婚も独身も神の恵み」とあります。<br /><br />こうして気楽に岡山にやってこられるのも、神から独身という恵みを与えられた<br />からでしょう。<br />

    ここの中で、目からウロコが。
    威勢のいい海の男たちは、丘にあがると、女郎屋に行ったようです。

    女郎さんたちは、海の男たちの上陸を「まだかな、まだかな」と、待ち構えていたようです。

    こうした背景から、トコハイ下津井節が出来たという説明が館内で。

    このとき、ああそうか、ネズミのおもりをしていた私の顔には、負け犬根性が染み込んでいたのだろう。
    そんな人間に、女性なんか寄りつくもんか、また私自信、そんな気力もありませんでした。
    あの貴重な時間を、無駄にしました。

    でも、いいんです。聖書の使徒パウロの手紙の中で「結婚も独身も神の恵み」とあります。

    こうして気楽に岡山にやってこられるのも、神から独身という恵みを与えられた
    からでしょう。

  • でもいいんです。<br />私より出来のいい親からでも、私のような出来の悪い息子も生まれます。<br />あれだけ愛し合っていたのに、泥沼の離婚劇もあります。<br />先輩から「独身のおまえが、同窓生で一番の勝ち組だ」とも。<br /><br />哲人カントも独身です。<br />カントの最後のことばは、「エス イスト グート(これでよし)」

    でもいいんです。
    私より出来のいい親からでも、私のような出来の悪い息子も生まれます。
    あれだけ愛し合っていたのに、泥沼の離婚劇もあります。
    先輩から「独身のおまえが、同窓生で一番の勝ち組だ」とも。

    哲人カントも独身です。
    カントの最後のことばは、「エス イスト グート(これでよし)」

  • 祇園神社

    祇園神社

  • 石段をあがると、瀬戸大橋が。<br />うっとりです。<br />

    石段をあがると、瀬戸大橋が。
    うっとりです。

  • さらに上に

    さらに上に

  • さらにうっとり、瀬戸大橋。<br /><br />そういえば、あのときには、いつも 宮沢 賢治の詩集を、持ち歩いていました。<br /><br />宮沢賢治の詩集に、「みんななに木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ<br /><br /> ・・・・そういうものに、わたしはなりたい」とあります。<br /><br />あんな偉大な人でもそうなら、私も木偶坊とよばれてもいいんだと、己に言い聞かせて、ネズミのお守りをしていました。

    さらにうっとり、瀬戸大橋。

    そういえば、あのときには、いつも 宮沢 賢治の詩集を、持ち歩いていました。

    宮沢賢治の詩集に、「みんななに木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ

     ・・・・そういうものに、わたしはなりたい」とあります。

    あんな偉大な人でもそうなら、私も木偶坊とよばれてもいいんだと、己に言い聞かせて、ネズミのお守りをしていました。

  • 自分が幸せじゃないと、周りのことなんか、どうでもよくなります。<br /><br />グローバル化と呼ばれる社会になり、勝ち組、負け組という言葉みも生まれ、不況になれば若者の派遣切り、起こるべくして起こった秋葉原事件。<br /><br />社会病理を覆い隠すためか、愛国心に基づいた教育改革と、さかんに言いってるセンセー方がいます。<br />そんなもの、言論統制下の社会じゃないと、無意味ですよ<br />今はインターネットの時代ですからね、愛国という名の愚民化教育なんて、無理ですよ。<br /><br />

    自分が幸せじゃないと、周りのことなんか、どうでもよくなります。

    グローバル化と呼ばれる社会になり、勝ち組、負け組という言葉みも生まれ、不況になれば若者の派遣切り、起こるべくして起こった秋葉原事件。

    社会病理を覆い隠すためか、愛国心に基づいた教育改革と、さかんに言いってるセンセー方がいます。
    そんなもの、言論統制下の社会じゃないと、無意味ですよ
    今はインターネットの時代ですからね、愛国という名の愚民化教育なんて、無理ですよ。

  • こんな世の中に生まれてきて、苦労することが幸せかと思うと、子育てで苦労している先輩が言うように、独身の私は勝ち組かも知れません。無理にでも、そう言い聞かせないと、自分自身に。

    こんな世の中に生まれてきて、苦労することが幸せかと思うと、子育てで苦労している先輩が言うように、独身の私は勝ち組かも知れません。無理にでも、そう言い聞かせないと、自分自身に。

  • ここを下って

    ここを下って

  • かつての下津井駅

    かつての下津井駅

  • 祇園神社の麓<br />かつては、女郎屋があったようです。

    祇園神社の麓
    かつては、女郎屋があったようです。

  • 海側から見た、祇園神社

    海側から見た、祇園神社

  • かつての車両

    かつての車両

  • 下津井電鉄の廃線跡

    下津井電鉄の廃線跡

  • 児島から岡山に。<br />旅は人との出会いですね。<br />もう一度岡山に来たいですね。

    児島から岡山に。
    旅は人との出会いですね。
    もう一度岡山に来たいですね。

この旅行記のタグ

関連タグ

18いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (3)

開く

閉じる

  • frau.himmelさん 2012/07/22 21:17:43
    Es ist gut!  浦潮斯徳さんの自分語り
    浦潮斯徳さんこんばんは。

    やっと出ましたね、久しぶりの浦潮斯徳さんの自分語り!
    私、大ファンです。
    面白くて、ホロリとして、読んだ後になんとも言えない感動がジワジワと沸き上がる…。

    本当に カントの
    「エス イスト グート!」ですね。

    himmel

    哈桑湖

    哈桑湖さん からの返信 2012/07/23 22:14:58
    RE: Es ist gut!  浦潮斯徳さんの自分語り
    frau.himmel様
    お便り有り難うございます。
    私はどんな状況にあっても、今度はあの島に行きたい、つぎはあの湖がみたいと、こんな感じで過ごしてきました。

    現在もそうです。
    お盆はウズベキスタンのサマルカンド、ヌラタ、アイダルクル湖に行きます。
    本当は、カザフスタンのアルタイ地方の、マルカコリ湖にいきたかったのですが。
    http://travel.drom.ru/18252/
    http://prado-club.kz/forum/index.php?topic=452.0
    上記のホームページの写真をご覧になれば、おわかりになるように、
    すさまじい悪路、こわれかけの橋を通るのです

    この道は、第一次大戦で帝政ロシア軍の捕虜になった、オーストリア兵によって作られたもので、「古いオーストリアの道路」と言われています。

    マルカコリ湖の美しさは、イシククル湖など、足元にも及ばないようです。
    ただ、この橋を渡る勇気がなく、今回は、ウズベキスタンのアイダルクル湖にしました。

    frau.himmel

    frau.himmelさん からの返信 2012/07/23 22:35:53
    写真を見せていただきました。
    浦潮斯徳さん こんばんは。

    貼り付けてくださったお写真、見せていただきました。
    大変美しい紺碧の湖ですね。惹き込まれそうです。
    でも確かにあの悪路ではちょっと二の足を踏んでしまいますね。
    さすがのトヨタ車でもタジタジ…。

    浦潮斯徳さんは湖がお好きですね。
    どうかお帰りになりましたら、きれいな湖の写真載せてください。
    お気をつけていらしてください。

    himmel

哈桑湖さんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP