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池田城跡公園には、池田白ゆり会のメンバーたちが協力して生育させた約2000株の白ゆりがあります。<br />それが今週あたりから見頃となり、とても良い香りで出迎えてくれました。<br />

立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花 「池田城跡公園」 

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2012/06/17 - 2012/06/17

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みにくま

みにくまさん

池田城跡公園には、池田白ゆり会のメンバーたちが協力して生育させた約2000株の白ゆりがあります。
それが今週あたりから見頃となり、とても良い香りで出迎えてくれました。

  • 池田城跡<br /><br />池田城(いけだじょう)は、大阪府池田市にあった城。<br />建武元年(1334年)前後に現在の池田市にある五月山南麓の丘陵地に、豊島の土着豪族池田教依が築き、代々池田氏が城主を務めた。<br /><br />現在は「城跡の歴史を感じられる憩いの場」として池田城跡公園が整備されている。<br />

    池田城跡

    池田城(いけだじょう)は、大阪府池田市にあった城。
    建武元年(1334年)前後に現在の池田市にある五月山南麓の丘陵地に、豊島の土着豪族池田教依が築き、代々池田氏が城主を務めた。

    現在は「城跡の歴史を感じられる憩いの場」として池田城跡公園が整備されている。

  • 池田城跡<br /><br />池田市城山町周辺の標高50mの高台に位置し、五月山の南麓の東西に延びる尾根を利用し、西側には崖、北側には杉ヶ谷川を取り入れ、東、南には堀(最大幅で25.7m、深さ6.5mという大規模なもの)と土塁を配置し防御効果を高めた、畿内でも屈指の規模を誇った城郭として知られている。<br />

    池田城跡

    池田市城山町周辺の標高50mの高台に位置し、五月山の南麓の東西に延びる尾根を利用し、西側には崖、北側には杉ヶ谷川を取り入れ、東、南には堀(最大幅で25.7m、深さ6.5mという大規模なもの)と土塁を配置し防御効果を高めた、畿内でも屈指の規模を誇った城郭として知られている。

  • 池田城跡<br /><br />◎ 荒木村重と池田城<br /><br />荒木村重は重臣「池田21人衆」の1人として頭角を現し、池田勝正を追放した池田氏内部のクーデターで城内をまとめ、残る摂津三守護の和田惟政、伊丹親興を討ち取って茨木城と高槻城を手中に収め、元亀4年(1573年)3月29日に足利義昭と対立した信長と京都知恩院で対面し信長に忠誠を誓う。この時信長は高槻城攻略に激賞し、村重に摂津の単独守護職を認めた。池田知正は義昭に就いたため没落、池田家を乗っ取った村重の家臣になった(下克上)。摂津は南北朝時代以降分郡支配体制だったが、村重より一国一大名体制になった。<br /><br />その後伊丹城を手に入れた村重は有岡城と改名し、居城を有岡城に移した。池田城の城主は知正になったという話もある。<br /><br />

    池田城跡

    ◎ 荒木村重と池田城

    荒木村重は重臣「池田21人衆」の1人として頭角を現し、池田勝正を追放した池田氏内部のクーデターで城内をまとめ、残る摂津三守護の和田惟政、伊丹親興を討ち取って茨木城と高槻城を手中に収め、元亀4年(1573年)3月29日に足利義昭と対立した信長と京都知恩院で対面し信長に忠誠を誓う。この時信長は高槻城攻略に激賞し、村重に摂津の単独守護職を認めた。池田知正は義昭に就いたため没落、池田家を乗っ取った村重の家臣になった(下克上)。摂津は南北朝時代以降分郡支配体制だったが、村重より一国一大名体制になった。

    その後伊丹城を手に入れた村重は有岡城と改名し、居城を有岡城に移した。池田城の城主は知正になったという話もある。

  • 池田城跡<br /><br />◎ 荒木村重と池田城②<br /><br />天正6年(1578年)に村重は石山合戦の最中に石山本願寺に内通しているという噂話が流れ、そのような話を信じなかった信長も噂話が大きくなるにつれ、真意を探るべく自分の前で申し開きをするように命じた。<br />当初村重は母親を人質に入れ、申し開きをすることを承諾したが、明智光秀や羽柴秀吉などの再々の説得も受け入れず信長のいる安土城には出仕しなかった。ここに至り謀反を明確にした村重は本拠地に有岡城を定め、高槻城、茨木城、尼崎城(近世尼崎城でなく大物城でないかと思われる)、花隈城に兵を配置し織田軍の進攻に備えた。こうして有岡城の戦いが始まる。<br /><br />村重は池田城に軍を配置しておらず、池田城の池田氏は村重に対して協力的でなかった可能性がある。<br />

    池田城跡

    ◎ 荒木村重と池田城②

    天正6年(1578年)に村重は石山合戦の最中に石山本願寺に内通しているという噂話が流れ、そのような話を信じなかった信長も噂話が大きくなるにつれ、真意を探るべく自分の前で申し開きをするように命じた。
    当初村重は母親を人質に入れ、申し開きをすることを承諾したが、明智光秀や羽柴秀吉などの再々の説得も受け入れず信長のいる安土城には出仕しなかった。ここに至り謀反を明確にした村重は本拠地に有岡城を定め、高槻城、茨木城、尼崎城(近世尼崎城でなく大物城でないかと思われる)、花隈城に兵を配置し織田軍の進攻に備えた。こうして有岡城の戦いが始まる。

    村重は池田城に軍を配置しておらず、池田城の池田氏は村重に対して協力的でなかった可能性がある。

  • 池田城跡<br /><br />◎ 荒木村重と池田城③<br /><br />これに対して信長は11月9日に出陣、高槻城、茨木城を無血開城に成功、同年11月27日に「古池田」、池田城に織田軍は陣を張った。その後有岡城の四方を囲み始め12月8日に総攻撃を開始する。まず鉄砲隊が一斉射撃し弓隊の火矢でかく乱し、酉の刻有岡城に突入を開始したが、夜の暗さで攻め切ることが出来ず、逆に多くの家臣を失うことになる。<br /><br />信長は戦術を持久戦に変更、周りに兵を配置しつつ12月11日に池田城に陣を戻し、12月25日に自身は安土城に戻っていた。その後、信長は安土城から池田城、池田城から京都など、池田城に陣を構えたまま各所に出かけ、持久戦の効果が出るのを待ち続けた。村重は翌年9月2日の深夜、家来5、6名をつれて尼崎城へ移り、毛利氏に援軍を要請しに出向いたと思われる。信長はこの時を好機ととらえ再び総攻撃を命じ、天正7年(1579年)11月に有岡城は落城した。生き残った妻子や家来は尼崎七松で刑にかけられ命を落とした。<br /><br />村重はその後生き残り、秀吉の茶人となったと言われている。池田知正も妻子を尼崎七松で処刑されたが秀吉の家臣になった。<br /><br />

    池田城跡

    ◎ 荒木村重と池田城③

    これに対して信長は11月9日に出陣、高槻城、茨木城を無血開城に成功、同年11月27日に「古池田」、池田城に織田軍は陣を張った。その後有岡城の四方を囲み始め12月8日に総攻撃を開始する。まず鉄砲隊が一斉射撃し弓隊の火矢でかく乱し、酉の刻有岡城に突入を開始したが、夜の暗さで攻め切ることが出来ず、逆に多くの家臣を失うことになる。

    信長は戦術を持久戦に変更、周りに兵を配置しつつ12月11日に池田城に陣を戻し、12月25日に自身は安土城に戻っていた。その後、信長は安土城から池田城、池田城から京都など、池田城に陣を構えたまま各所に出かけ、持久戦の効果が出るのを待ち続けた。村重は翌年9月2日の深夜、家来5、6名をつれて尼崎城へ移り、毛利氏に援軍を要請しに出向いたと思われる。信長はこの時を好機ととらえ再び総攻撃を命じ、天正7年(1579年)11月に有岡城は落城した。生き残った妻子や家来は尼崎七松で刑にかけられ命を落とした。

    村重はその後生き残り、秀吉の茶人となったと言われている。池田知正も妻子を尼崎七松で処刑されたが秀吉の家臣になった。

  • 池田城跡<br /><br />◎ 廃城<br /><br />荒木村重の謀反から始まった戦で池田城は村重に捨てられ信長側が利用した。当時の城主が誰だったかはわからない。ある資料には「天正の間に時の城主、池田三左衛門輝國は攝津尼崎城主荒木攝津守と不和を生じついに戦になり、三左衛門は戦死した」とある。荒木攝津守は村重の縁者とされる。池田城は有岡城が落城した翌天正8年(1580年)、信長の命により廃城となった。池田城にいたとされる池田氏もどうなったかはわからない。<br /><br />

    池田城跡

    ◎ 廃城

    荒木村重の謀反から始まった戦で池田城は村重に捨てられ信長側が利用した。当時の城主が誰だったかはわからない。ある資料には「天正の間に時の城主、池田三左衛門輝國は攝津尼崎城主荒木攝津守と不和を生じついに戦になり、三左衛門は戦死した」とある。荒木攝津守は村重の縁者とされる。池田城は有岡城が落城した翌天正8年(1580年)、信長の命により廃城となった。池田城にいたとされる池田氏もどうなったかはわからない。

  • 池田城跡<br /><br />◎ 白ゆり=テッポウユリ<br /><br />テッポウユリ(鉄砲百合、学名 Lilium longiflorum)は、ユリ目ユリ科ユリ属の多年生草本球根植物である。ラッパに似た形の筒状の花を横向きに咲かせる。<br /><br /><br /><br />

    池田城跡

    ◎ 白ゆり=テッポウユリ

    テッポウユリ(鉄砲百合、学名 Lilium longiflorum)は、ユリ目ユリ科ユリ属の多年生草本球根植物である。ラッパに似た形の筒状の花を横向きに咲かせる。



  • 池田城跡<br /><br />◎ 白ゆり=テッポウユリ<br /><br />丈が 50cm-1m 程度に生長し、楕円形で長い葉をつけ、葉脈は水平方向に入る。原産地での花期は 4-6 月で、茎の頂上に純白で細長い花を横向きにつける。花長は 10-15cm、直径 5cm ほど、花弁が6枚あるように見えるが根元がつながっており筒状になっている。雌雄同花である。<br /><br />本種は外見・生態上の特徴が後述の近縁種タカサゴユリに酷似するが、一般にタカサゴユリよりも小型であり、葉が太めで、花が白く筋などが入らない点で区別する。ただし、本種はタカサゴユリとの園芸交雑種が多く、変異も起きやすいとされ、違いが判別しにくい場合も多い。<br /><br />

    池田城跡

    ◎ 白ゆり=テッポウユリ

    丈が 50cm-1m 程度に生長し、楕円形で長い葉をつけ、葉脈は水平方向に入る。原産地での花期は 4-6 月で、茎の頂上に純白で細長い花を横向きにつける。花長は 10-15cm、直径 5cm ほど、花弁が6枚あるように見えるが根元がつながっており筒状になっている。雌雄同花である。

    本種は外見・生態上の特徴が後述の近縁種タカサゴユリに酷似するが、一般にタカサゴユリよりも小型であり、葉が太めで、花が白く筋などが入らない点で区別する。ただし、本種はタカサゴユリとの園芸交雑種が多く、変異も起きやすいとされ、違いが判別しにくい場合も多い。

  • 池田城跡<br /><br />関西圏、特に大阪府内の花情報にはしっかり目を配っているはずなのですが、ここの白ユリは今まで全く気づきませんでした。<br /><br />池田市とかのHPでも大きく宣伝しているわけではなく、ここへ来る途中の電車内の広告に少し紹介されていたくらいで、なかなか気づけないレアなスポットだと思います。<br /><br />

    池田城跡

    関西圏、特に大阪府内の花情報にはしっかり目を配っているはずなのですが、ここの白ユリは今まで全く気づきませんでした。

    池田市とかのHPでも大きく宣伝しているわけではなく、ここへ来る途中の電車内の広告に少し紹介されていたくらいで、なかなか気づけないレアなスポットだと思います。

  • 池田城跡<br /><br />見頃はだいたい6月半ばくらいだそうです。<br />今年は6月17日の時点で3〜4割くらいの開花だったので、6月20日〜22日くらいがピークになるのではないでしょうか。<br /><br />このピークの時期に配慮して、通常休館日の6月19日(火曜日)も開館するそうです。<br />

    池田城跡

    見頃はだいたい6月半ばくらいだそうです。
    今年は6月17日の時点で3〜4割くらいの開花だったので、6月20日〜22日くらいがピークになるのではないでしょうか。

    このピークの時期に配慮して、通常休館日の6月19日(火曜日)も開館するそうです。

  • 池田城跡<br /><br />池田城跡は、平成元(1988)年度から4ヶ年かけて発掘調査が行われ、これらの資料をもとに主郭部分が城址公園として整備され、平成12(2000)年に開園されました。 <br /><br />2層の櫓もその時に再現された、模擬天守です。<br />

    池田城跡

    池田城跡は、平成元(1988)年度から4ヶ年かけて発掘調査が行われ、これらの資料をもとに主郭部分が城址公園として整備され、平成12(2000)年に開園されました。

    2層の櫓もその時に再現された、模擬天守です。

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />このように1本の茎から、放射状に7本前後の花が開くのが特徴。<br />まだ一部しか開花していませんが、これが一斉に開花したらもっと賑やかになるんでしょうね。<br />

    池田城跡

    このように1本の茎から、放射状に7本前後の花が開くのが特徴。
    まだ一部しか開花していませんが、これが一斉に開花したらもっと賑やかになるんでしょうね。

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />そういえばこの白ゆりの情報を探してきたのはちびくまなのですが、今日は体調が悪くて家でお休み。<br />みにくま一人で出かけました。<br />

    池田城跡

    そういえばこの白ゆりの情報を探してきたのはちびくまなのですが、今日は体調が悪くて家でお休み。
    みにくま一人で出かけました。

  • 池田城跡<br /><br />記念撮影<br />

    池田城跡

    記念撮影

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />ここからは少しマクロレンズも使ってみます。<br /><br />昨日は大雨で、今朝も少し雨が降っていたらしく、花はしっとりと濡れています。<br />

    池田城跡

    ここからは少しマクロレンズも使ってみます。

    昨日は大雨で、今朝も少し雨が降っていたらしく、花はしっとりと濡れています。

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />お気に入り写真。<br />特徴のあるテッポウユリの形を一番うまくとらえています。<br />

    イチオシ

    池田城跡

    お気に入り写真。
    特徴のあるテッポウユリの形を一番うまくとらえています。

  • 池田城跡<br /><br />これは特に変わった位置から撮影しました。<br /><br />珍しいアングルでしょ〜。<br />何度も失敗しつつ、やっと撮れた一枚です。<br />

    池田城跡

    これは特に変わった位置から撮影しました。

    珍しいアングルでしょ〜。
    何度も失敗しつつ、やっと撮れた一枚です。

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />一通りテッポウユリを見たところで、模擬天守も見てくることにしました。<br />

    池田城跡

    一通りテッポウユリを見たところで、模擬天守も見てくることにしました。

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />こちらから天守の中に入ることができます。<br />

    池田城跡

    こちらから天守の中に入ることができます。

  • 池田城跡<br /><br />天守の2階内部です。<br />左下、階段のところを見ていただけたら分かりますが、車いすの方のために、自動で昇り降りできるようになっています。<br />

    池田城跡

    天守の2階内部です。
    左下、階段のところを見ていただけたら分かりますが、車いすの方のために、自動で昇り降りできるようになっています。

  • 池田城跡<br /><br />完成してから10年ちょっとしか経っていない模擬天守なので、見た目も新しいし、構造に見るべきものは特に無いかもしれません。<br />

    池田城跡

    完成してから10年ちょっとしか経っていない模擬天守なので、見た目も新しいし、構造に見るべきものは特に無いかもしれません。

  • 池田城跡<br /><br />天守からの眺め<br /><br />

    池田城跡

    天守からの眺め

  • 池田城跡<br /><br />天守からの眺め<br /><br />

    池田城跡

    天守からの眺め

  • 池田城跡<br /><br />天守からの眺め<br /><br />天守前の庭園の様子です。<br />左中央に先ほど見たテッポウユリがあります。<br />

    池田城跡

    天守からの眺め

    天守前の庭園の様子です。
    左中央に先ほど見たテッポウユリがあります。

  • 池田城跡<br /><br />天守からの眺め<br /><br />

    池田城跡

    天守からの眺め

  • 池田城跡<br /><br />天守からの眺め<br /><br />

    池田城跡

    天守からの眺め

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />スイレン<br /><br />

    池田城跡

    スイレン

  • 池田城跡<br /><br />枯山水庭園<br />

    池田城跡

    枯山水庭園

  • 池田城跡<br /><br />★ トップ写真 ★<br /><br />もう一度トップ写真を撮りに戻ってきました。<br />一周回ってきましたが、ここからの眺めがやはり抜群です。<br />

    池田城跡

    ★ トップ写真 ★

    もう一度トップ写真を撮りに戻ってきました。
    一周回ってきましたが、ここからの眺めがやはり抜群です。

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />よく見ると、茎も実に面白い形をしています。<br />

    池田城跡

    よく見ると、茎も実に面白い形をしています。

  • 池田城跡<br /><br />ちびくまJrと天守<br /><br />

    池田城跡

    ちびくまJrと天守

  • 池田城跡<br /><br />

    池田城跡

  • 池田城跡<br /><br />花しょうぶ<br /><br />城のあるところから、少し下に降りたところに花しょうぶの池がありました。<br /><br />時期的にはもう過ぎてしまっているので、枯れてしまっているものが多いです。<br />

    池田城跡

    花しょうぶ

    城のあるところから、少し下に降りたところに花しょうぶの池がありました。

    時期的にはもう過ぎてしまっているので、枯れてしまっているものが多いです。

  • 池田城跡<br /><br />花しょうぶ<br />

    池田城跡

    花しょうぶ

  • 池田城跡<br /><br />花しょうぶ<br />

    池田城跡

    花しょうぶ

  • 池田城跡<br /><br />花しょうぶととんぼ<br /><br /><br />

    池田城跡

    花しょうぶととんぼ


  • 池田城跡<br /><br />花しょうぶ<br /><br /><br /><br />◎ おしまい<br />

    池田城跡

    花しょうぶ



    ◎ おしまい

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この旅行記へのコメント (6)

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  • まつじゅんさん 2012/06/19 10:53:48
    池田市って大阪の池田市ですよね。。。
    みにくまさん、matujyunnです。

    いつもご訪問ありがとうございます。

    みにくまさんの旅行記からは、いつも新しい発見をさせていただきますが、今回も「ェエ〜」って感じです。

    大阪の北部、豊中、池田、箕面が交差するトライアングル地域に10年以上住んでおり、池田も買い物や五月山公園等、子供達の遊び場だったのですが、お城があったんですね・・・。
    全く持って初めて知りました。

    そういえば大阪を離れて16年。カップヌ−ドル記念館に行ったきり、池田市といえば中国道を通る時しか接していませんでしたから、ちょっと途中下車の気分になりました。

    新たな発見をありがとうございました。

    良い旅を!

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2012/06/22 23:04:05
    RE: 池田市って大阪の池田市ですよね。。。

    まつじゅんさん、こんばんは〜。

    こちらこそ、いつも訪問いただき感謝です。

    大阪を離れて16年ですか。
    でしたら、天守もまだ復元されていなくて、公園も整備されていなかった時期かと思います。

    近くに住んでいる私たちですら、ここの情報は今まで得られなかったのですから、かなりレアなスポットではないでしょうか。

    >カップヌ−ドル記念館

    ほうほうー、
    ここにはそんな面白そうな記念館もあったんですね。

    そういえば池田に到着して城へ向かう途中にも、いくつかの記念館を見かけました。
    この時は池田城に行っただけですが、まだまだ楽しめそうな町ですね。



    では〜(^o^)/
  • パリ好きおばさん 2012/06/17 23:59:25
    白いユリでも、カサブランカと違って
    テッポウユリは少し寂しげで それがまた風情がありますね。
    池田市に、天守閣(?)があったとは知りませんでした…
    みにくまさんに、近場の観光場所を教えてもらいました〜

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2012/06/22 22:58:43
    RE: 白いユリでも、カサブランカと違って

    パリ好きおばさん、こんばんは〜。

    池田城というのは歴史の中では何度か出てきたので知っていましたが、実際に行くのは初めてで、天守が復元されているというのも、今回初めて知りました。

    テッポウユリが城の中に育ててあるというのも珍しいですよね。
    他の城ではまず見たことがなくて、最初にこの情報を得たときはかなり驚きました。

    それにしても、身近なところにも、まだまだ知らないスポットがいっぱいありますね。

    やはりこういった口コミ情報はとても大切です。

    では〜(^o^)/
  • HIROさん 2012/06/17 22:52:40
    こんなにいっぱいのユリ!
    みにくま様

    こんばんわ。

    池田城も初めてなら、こんなにいっぱいのユリの花を見たのも初めてです。
    ユリの花って、枯れると花の先が茶色くなるので、このように見せていただけるというのは、いかに手入れが行き届いていることかと感心しています。

    画面から香るようでした。

    接写の美しさに、感動です。

    HIRO

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2012/06/22 22:56:13
    RE: こんなにいっぱいのユリ!

    HIROさん、こんばんは〜。

    池田城へは私も行ったのは初めてでした。
    歴史の中では池田城って何度か出てくるのですが、実際に天守が復元されているということも知らなかったので、今回のことでちょっと驚いた次第です。

    ユリの花は枯れるとあまり綺麗ではなくなってしまうそうですね。
    そういう意味ではかなりいい時期に見ることができたのかもしれません。

    花はマクロで撮影すると楽しいですよ。
    普段は見られない不思議世界を覗くことができます。


    では〜(^o^)/

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