2012/05/10 - 2012/06/02
535位(同エリア3076件中)
アーサーさん
鉄道を利用して、春爛漫の西ヨーロッパを周遊してきました。(23日間)
5月10日〜13日 オランダ
5月14日〜18日 ベルギー
5月19日〜20日 バルセロナ
5月21日〜24日 南仏
5月25日〜6月1日 パリ
熟年夫婦の 計画準備不足による珍道中となりましたが、無事に日本に帰ってきました。(少し疲れました。)
その1 オランダからバルセロナまで
その2 南仏からパリまで
の二編に分けて掲載します
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(1)-5月9日(水)
1)
① 予定通りJALのマイルが溜まったこと、妻名義で懸賞に応募して ユーレイルグローバルパス1等(セレクト10日間)が当選した幸運から 今回の計画は始まった。
② 36年ぶりのフランスを今回は中心に行こうと考えた。(大統領選挙の結果も気になった。)
③ 行くなら 季節の良い5月6月と考えた。(パリの5月革命の残像?)
写真は 初めて利用したJALの国際線羽田ラウンジの夕食。(美味くはないが 豪華)
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2)
1月にJALの特典航空券を5月10日出発、6月15日帰着で取りあえず申し込んだが、予期せぬことが 発生し、旅行計画は中止を含めて 一旦白紙に。
4月の20日過ぎに 期間と経路を短縮して やはり行くことを決断。
五月のオランダ(キューケンホフ公園のチューリップ、10年に1度行われる国際園芸博覧会フロリアード)は外せないし、五月一七日のブルージュの「聖血行列」も見たいし、パリからスペインへの寝台列車にも乗りたいし、映画祭のカンヌにも寄りたいし、二四日からのモナコF1グランプリもあるし、パリには一週間は居たいしと いろいろ迷い、イタリア、スイスを訪ねることは諦める。
それから約二週間で予約、手配を実行。(少し時間がなく 計画に無理なところは結果的にあった。)
写真は 羽田のラウンジから夜の滑走路を写す。
準備不足の心配はあるが やっと出発できる気分。 -
3)
列車の予約は ドイツ鉄道のサイトから ルート、時刻を調べ 各鉄道会社のサイトから予約をしようとしたが、煩雑さに音を上げ、手数料を取られるが 日本の「レイルヨーロッパ」のオンライン予約を利用した。
(ドイツ鉄道のサイトは計画を立てる上で 非常に便利。)
ホテル予約は「トリップアドバイザー」から 口コミ情報を参考に エクスペディアなどの各ホテル予約サイトに飛び、予約。
その他には 「パリミュージアムパス」と「バルセロナカード」のみ日本で手配。
JL041便は深夜0:40出発の為 夕食は出ない。深夜の軽食がサービスされたそうだが 私は眠っていて知らない。
写真は 朝 機内で提供された豪華な和食。(満足) -
(2)-5月10日(木)
4)飛行機は6:20前に着。入国手続きは超簡単。(10分位の感覚)
2Eゲートから RERのB線に乗るため
ただひたすら 広いドゴール空港を歩く。約10分。
案内掲示に直線に進めが「矢印↓(真下)」で表示される違和感初体験。
6:30過ぎ RERの切符売り場はまだ開いていなかった。右側のTGVの切符売り場で ユーレイルパスを見せ「ヴァリデーション」を簡単に実行してもらい、22日のアビニヨンからの列車指定を変更してもらった。無料。英語で親切。
それから オープンしたRERの窓口で 利用日の記入をしてユーレイルパスを見せ パリ北駅までの切符をお願いしたが そのサービスは終了したと断られる。仕方がないので 二人で18・5ユーロを払い切符購入。
写真はRER駅の無人自動改札。 -
5)7時5分発のB線に乗車。始発駅の為 空港利用客のみ。
途中から通勤客が増え始め 都心に近付くにつれ 満席状況に。朝の京成本線に乗っている気分。
(車内、沿線落書き多し。)
途中で腕時計の時刻が進んでいないことに気付く。腕時計を見られない不安に慄く。 -
6)RERのB線 早朝、深夜の利用は危険の注意記事があったが、私の利用した時はそんな風でもなかった。但し、スーツケースを置く専用スペースは無し。
(写真は出発時の車内風景。都心に近ずくにつれ満席状態に。) -
7)パリ北駅で国際高速列車タリスへ乗り換え。
パリ北駅では地下ホームから地上ホームに出れば容易に乗り換えられると事前に情報を得ていた。
ところが 到着した地下からエスカレータで一階分 上階に上がり RERの改札を出たところで 方向を失う。朝のラッシュ時で多くの人が行き交うが どちらに行けばよいのか分からない。駅の案内係りの人にタリスの乗り場を尋ねるともう一階上階とのこと。
確かに地上階に出れば いつもの列車のプラットフォームが見えて来て一安心。
駅中のATMで90ユーロ入手。(そこのカード融資最大額が90ユーロだった。)
北駅で2時間以上の待ち時間が発生してしまった。駅の待合スペースは狭く、ラウンジも無いとのことなので 安全も考慮して 駅前のカフェで過ごす。
カフェから眺めるパリの第一印象は「花の都パリ」ではなく 雑然とした薄汚い駅前の風景。道路工事の騒音、違法駐車で更に狭い道路、慌ただしい人の流れ、ポイ捨てされる煙草の吸い殻。
写真はそのカフェから北駅を写す。 -
8)国際線ホームの中に 赤いタリスが待っている。
(遠目には綺麗だが 赤色の地色は近ずくと洗車されていないほこりが目立つ。) -
9)一等の車内。(横三席でゆったり。) 満席状況。
追加特急指定席料金を一人7,600円日本のレイルヨーロッパに支払い。その価値があったかどうかは疑問。 -
10)10時過ぎ パリを出て、飲み物とケーキのサービス。 (ケーキはさすがフランスで繊細。)
車内でネット接続が可能で試みたが 電源プラグをB型プラグと間違え、認証が面倒で接続できず。(時差ボケで頭が動かない。)
車外の風景はフランスは農業大国のイメージ。
ベルギーの車窓はフランスの延長。何となく ごちゃごちゃと古さを感じる。 -
11) 途中駅ブリュッセルを出て冷たい昼食のサービス。(JAL便の提供レベルより低い。日本の幕の内弁当のイメージ)
車外の風景はオランダに入り 土地の高低差がない風景が続く。
園芸農業の広がり。水路 道路網の整備、物流インフラの整備、新しいビル群と経済が活況している雰囲気を感じる。 -
12)14時前に アムステルダム中央駅に到着。
(写真 翌日朝撮影 中央駅。
確かに 大正時代に開設した東京駅が参考にしたという説の雰囲気が分かる。どこか似ている。) -
13)眠いので ホテルのチェックインを優先。(観光案内所には寄らず。)
ホテル(駅と道を隔てて隣接する)「ダブルツリーヒルトン」へ歩いて行く。
予算(一泊1万円)より高かったが 観光の為の足回り立地を優先して 決めていた。
写真は駅側からホテルを写す。 -
14)チェッインが少し早かった為か 同タイプでは若干広めの部屋を用意してくれる。アメリカビジネススタイルの機能優先ホテル仕様。
(欧州では 珍しく湯沸しポットを部屋に設備。インスタントコーヒー、ティーパック等も供給)
部屋も中庭向きで 口コミの不満で読んだ列車の騒音の問題もなし。
四日滞在して ホテル選択は 結果 満足。 -
15)部屋に落ち着いて、ネット接続も確認して安心、眠くもあり一旦ベッドに潜り込むが 30分程で眠れず、諦めて アムステルダムから15分位のライデンの街を訪ねることにする
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(ユーレイルセレクトパスは選択した利用日の列車運賃が該当するため。効率的に 集中して使用する必要がある。)
アムステルダム駅の窓口でライデン行の列車を教えてもらい、指定されたプラットホームがツーエイトに聞こえた。実際はツーAで 同じ列車編成でも Aの部分に乗らないといけないことを初体験。(日本では経験したことがない 初体験)
写真は4時ごろ到着したライデンの駅舎。 -
16)ライデン駅前の観光案内所で市内地図をもらい、徒歩で15分位の目的の「シーボルトハウス」を目指す。
シーボルトが日本で収集した 幅広い資料を見学する。ヨーロッパの「日本学」の始まり。
(我々日本人から見れば大したことはない資料ともいえるが、日本の植物、動物、生活、地図など 体系的に持ち帰り、欧州に紹介した功績は大きいと言える。シーボルトの子孫の方が日本に現存することにも驚く。日本に西洋医学を紹介した功績が大きく、その環境の中で血統の方も生きてこられたのかなぁと勝手に思った。「シーボルト事件」としか暗記していない自分を反省。)
写真は シーボルトハウス前の運河の風景を写す。 -
17)ライデンは「大学の町」とかで 落ち着いた良い街の印象。
普通に跳ね橋が生活の中にあり、風車も残っている。 -
18)縦横の運河には 船で暮らす人も。
(観光する時間が充分無くて残念。) -
19)駅に戻る途中で 夕食用の野菜、果物等を購入。
ドイツ系の安売りスーパーで値段は驚くほど安い。日本の半額から三分の二の感じ。(但し、売り方は日本のように繊細ではない。)
英語は通じないが 別に支障はなくカード決済。 -
20)ライデン駅のプラットホームで。
次に来る列車の行先と時刻が表示され、分かりやすい。 -
21)アムステルダムへの帰りの列車の車窓から 少しだけチューリップ畑の花が残っていて写す。もう少し季節が早ければ圧巻だろうと想像する。
6時頃アムステルダムに戻り、観光案内所に行こうとするが、クローズ。
仕方がないので 駅前の旅行社で明日の「キューケンホフバスツアー」の申し込みをする。
夜 9時を過ぎでも 空は未だ明るい。ヨーロッパに来たと実感。 -
(3)-5月11日(金)
22)朝9時前に駅近のバスツアー集合所に行く。英語ツアーの大型バスは予約客でほぼ満席。内11人は中国系。日本人は我々二人。
1時間少しでキューケンホフの駐車場に着く。そこで公園の入場券を渡され、帰りの時間を指定(午後1時10分)されて自由解散。
人の流れ沿って見て回ろうとしたが 直ぐ 公園が広すぎて 敷地配置を頭にいれて 回らないと見きれなことを気付く、それで じっくり配置図を見る。 -
23)今年の公園開設期間の終了が約1週間後に迫っていたが、チューリップの咲き具合は見事。段々空が晴れてくる。
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24)チューリップ以外の花も咲いていたが チューリップに圧倒され 目がどうしてもそちらに行く。
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25)確かに 半分以上のチューリップは開花が終わり 切り取られていたが それを感じさせない。
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26)園内では作業従事者が まだ咲いているチューリップの花を惜しげもなく切り落としていく。そのことが 公園全体の雰囲気に期間の終わりの「寂しさ」を消しているように思える。
過去 数か国で園芸従事者を見たが オランダの作業者の勤勉さが一番だと思った。 -
27)途中のカフェで休みながら広い園内を巡る。
それなりの 変化を付けて 見学者を飽きさせない。 -
28)日本ツアーの方、地元オランダの方と 多くの人が巡る。
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29)昼頃になり、レストランを探すが、セルフ形式のレストランだけが営業。
お腹も空いていたが 正直 味はもう一つ。
周辺の客も一品だけのランチを取る人が多い。飲み物だけの客も。オランダ人の倹約性? -
30)池にはスワンの群れが優雅そうに泳ぐ。
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31)写真は出口付近で写す。
全体の感想として 期待以上に オランダらしく満足。
それで 少し迷っていた フロリアード観光にも行くことにする。
出口でツアーバスを待っていると
公営一般バスを利用して訪れる人も多いことに気付く。 -
32)2時過ぎ アムステルダムに戻り、駅前の観光案内所に行く。
まず、アムステルダムカード(24時間、40ユーロ)を購入。明後日のフロリアードのバスツアー申込。(75ユーロ)本日 夜のコンサート安売り券購入(20ユーロ)。
一旦 ホテルに戻り休息。
夕方 駅前からの運河クルーズに参加。(アムステルダムカード付帯)
写真はクルーズ出発前の様子。 -
33)運河クルーズは 港を含め、旧市内を 約1時間かけて 巡る。
跳ね橋の風景が珍しい。 -
34)運河が張り巡らされて、現在も生活の中に生きていることは分かる。
水も淀んではいるが 悪臭を放つほどではない。 -
35)主な観光地も運河側から見ることができる。
例えばアンネの潜んでいた家も。
(クルーズで観光は歩いて回るのと比べ、楽ちん。)
駅構内で夕食をゲットして ホテルに戻る。 -
36)夜は8時開演の ミュージックヘボウで催される 弦楽器のコンサートへ。(一部3名の歌手と子役の参加した軽いオペラ上演。)
週末の夜 会場には 少し普段着をおしゃれに着替えた 一般市民が多数参加。 -
37)写真は開演前と幕間で ロビーで談笑する聴衆。
フリードリンク制。(オレンジジュースが旨い。)
西洋の 生活に密接した芸術性の豊かさを感じる。(日本円で約2000円の費用)羨ましい。
。 -
38)
10時に閉演。(写真は幕間に撮影したアムステルダム港)
行き帰り アムステルダムカードを利用してトラムに乗った。便利、分かりやすい。 -
(4)-5月12日(土)
39)朝一番にトラムで「国立ミュージアム」へ。9時のオープンを待つ。
先客を含め 日本人多し。
風がまだ冷たい。 -
40)施設は改装中で部分展示と聞いていた。
確かに展示数は少なかったが 内容的には充分満足。
(尚 アムステルダムカードは使えない。)
庭の手入れも行き届いている。 -
41)日本人のグループが先に入場したため 二階を優先して見学。
二階は独り占めの感じ。 -
42)フェルメールの作品も独り占め。(自己満足)
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43)レンブラントンの「夜警」・・・大作
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44)1階のトイレの所で待っていると大きな時計の中に人影が。
5分毎に時計の針を手書きで修正。ジュースを飲む姿も窺える。
真面目くさった茶目っ気が面白い。「国立ミュージアム」の展示?
9時40分ごろ、見学終了。時間があったので 近くの「ダイヤモンド」の参考館へ。 -
45)10時前に「国立ゴッホ美術館」へ。
アムステルダムカード保有者の列で待つ。
写真は4種類に分けて指示された待機列表示。 -
46)振り向くと 開場前 結構な待ち行列。
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47)「国立ゴッホ美術館」は写真撮影禁止の注意を知らずに
前の日本人の団体が撮影していたので 私も撮影。
何となく 周りの冷たい視線を感じて 禁止に気づく。(恥ずかしい。)
ゴッホ作品のオンパレード。
「ひまわり」は記憶の中の印象よりも荒っぽい。 -
48)朝から張り切り過ぎて疲れ 館内のカフェで一休み。
現地のオランダ人グループはカフェを利用せずに、休息だけに使用。
別に それが特別のことでは無さそう。(オランダ人の堅実さ?)
それから また鑑賞に戻ったが 結構人が増えて混雑度が増していた。
(土曜日の為?)
12時前に出て、「市立近代美術館」へ行ったが、どうも改装が続いているようで入場できず。(残念。)
その隣のスーパーで見学がてら 本日の食べ物を買い物。(明るい高級スーパーのイメージ)
更に 近くの「コンセルトヘルボウ」へ行く。窓口の人が親切で夜のコンサートの安売り券を購入。 -
49)それから トラムも利用しながら 旧市街を見学。
昨日はクルーズの船上から 本日は陸上から。
途中で時計屋さんに入り、電池を交換してもらう。日本と同額の費用。店の応対良い。
腕時計が復旧して一安心。 -
50)運河沿いの花市。安い。
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51)王宮(閉館中で入場できず。)
妻は疲れを訴え、先にホテルへ。 -
52)一人になり、オランダ最大手の百貨店を見て、(玄関に中国語で「歓迎」のポスター)
それから「飾り窓」地区へ。
写真は旧教会沿いの運河の通り。両側に「飾り窓」が見える。 -
53)路地に入ると ガラスのドア越しに 若い女性が まぢかに見える。
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54)旧教会では世界の報道展が開かれていた。
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55)トップに「東日本大震災」の写真が掲示され、多くの人が息をひそめて見ていた。
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56)駅前の「聖ニコラス教会」を見学して、一旦ホテルに帰る。
「聖ニコラス教会」はプロテスタントの国オランダには珍しいカトリック(歴史にある)の教会。日本の地域生活に密着したお寺を想起した。 -
57)遅いランチに ホテル隣近接の図書館へ。
図書館は巨大な新施設建物で 色んな人が利用していた。
ランチに茹でたてのスパゲティを食べる。美味い。
それから ホテルに帰り、一眠り。 -
58)本日は 夜「コンセルトヘルボウ」へオーケストラを聞き行く。
最安値18ユーロの席で、最後部の位置。始まる直前に 他のお客さん達が前のの空席に移動を開始。少し躊躇したが私も少し前へ移動。(合理的な考え?)
客席数500以下の 小規模のホールのためか 演奏が始まると その生々しい臨場感に驚く。
幕間にトイレを兼ね後方のホールに行った。客席人数分の社交の場が用意されている風で その広さにも驚く。(少し古びてはいるが。)
観客は思い思いにサービスされた飲み物と簡単なつまみを手に談笑している。ヨッロッパの豊かさを感じる。 -
59)終演後 外に出たたら 少し雨が。慌てて やって来たトラムに。車掌さんに「セントラルステーション」と言って 切符を買って 座った。
途中 どうもトラムが寂しいところを走っていると気づき、車掌さんに尋ねると 間違って乗り 乗り換えを見過ごしたらしい。教えてもらったバスに乗り換え、遠回りしてホテルには11時過ぎ帰る。
怪我の功名で アムステルダムの深夜の安全性と普通の人々の生活の一端を知る。(結構 勤勉な健全性を感じる。)
写真はお世話になった アムステルダムカードとガイドブック。 -
(5)-5月13日(日)
60)ホテルの朝食はバイキング式で大体一人10ユーロ以上。
それで 旅行中はサラダと果物、粉末スープ、パン等を購入して来て 気楽にホテルの部屋で食べた。
写真は一例。 -
61)朝 晴れていて良かった。10時発のフェンロー「フロリアード」行きのツアーバスに乗るため 駅前の集合場所に行く。
(その途中に飾り窓地区を経由して行く。朝から営業に驚く。)
フェンローは南東部のドイツ、ベルギーとの国境近く、高速道路を利用して 2時間と少し。
バスは12時過ぎ 会場に到着した。途中 整備されたオランダの地を見ながら、その高低の無さに 温暖化によって海面が2メーター隆起したら オランダも困るだろうと勝手に思った。(津波は無いのだろうが。)
バスの駐車場で入場券を渡され、6時半再集合を指定され、ツアーは自由行動。
写真は駐車場から会場入口へ向かう道。(高速道路を隔てて 会場が広がる。)
秋までの限定開催の為か 会場外の整備はそれほど手を掛けていない。 -
62)高速道路を渡る歩道橋から フロリアートのシンボルタワー管理棟を写す。
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63)ゲートから入場して、取りあえず 会場中央の「庭」部分へ。
何種類かの庭モデルが作成されていたが もう一つ完成度が低かった。
(三年前に見たロンドンのチェルシーのフラワーショーと比較して。) -
64)日本の埼玉県川口市の提案の庭が 比較的にはましだったが 広がりを感じなかった。
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65)メイン会場中央の反対側から 入口ゲート付近を写す。
(広い構内の移動手段 空中ゴンドラが見える。)
尚 現代だから 全体に映像関係の展示は 各所で進んでいる風に思えた。 -
66)遅いランチを会場中央の奥で取る。
「万博価格」で 量はそこそこだが 味も今一歩。 -
67)入口奥付近の各国提案の「庭」を見て、それからゴンドラ乗り場へ。
(中国が本格的中華風庭園提案。細部は荒い。開発途上国は物産販売展示のイメージが強い。)
写真はゴンドラ乗り場前の広場で写す。広さを生かすのは日本と較べて上手い。 -
68)ゴンドラに乗り 今歩いて見学したメイン会場を上から写す。
とにかく広い。 -
69)上から見ると 遠目にそれなりだが。
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70)日本政府の出展している建物。
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71)ゴンドラの到着した別エリアにある日本風回遊庭園。(簡素ではあるが。)
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72)見学者は日曜日で多く、子供たちも活発に遊んでいる。
オランダで10年に一度の祭典なので? -
73)生花の展示。珍しい品種提案も。
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74)日本の盆栽も。
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75)日本政府出展エリア。さすが 手が込んでいる。
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75)同じく 生け花の提案。
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76)近くに 北朝鮮ブースも。チョゴリの女性が英語で切手販売。
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77)各国出展の提案、グリーン企業の提案、グリーン関係の物産展、大道芸的なショーが混在していて もうひとつ開催の意図が分からなかった。
(各国ともに グリーンの維持管理日常要員を充分確保できていない感じ。)
日本人のツアー客も多かった、私としては期待外れの感想。
(途中で 日本人のお年寄り婦人が一人 道に迷い、パック旅行の集合場所、駐車場に行けなくて 困ってる場面に出くわした。広い敷地で 言葉の問題もあり、事情が他人事には思えず、ゲート付近まで同行し、駐車場の方向を案内した。) -
78)地元物産展部分で クッキーとイチゴを購入。
イチゴは見かけは立派だが 日本のようには甘くなかった。がっかり。
写真は ゲート付近で素人の吹奏グループの演奏を写す。
定刻6時半には 駐車場にツアー客全員が集まり、9時過ぎにアムステルダムに帰った。 -
(6)-5月14日(月)
79)今回 オランダは人々が勤勉で進取の気も強いことが理解できた。
その意味で 江戸時代に開国していた相手がオランダで良かったと思った。
実質3日半 春のオランダを満喫でき 満足だった。
朝 9時過ぎ アムステルダム出発。
写真は中央駅の一等タリス出発ラウンジ。 -
80)ブリュッセルMID駅に11時ごろ到着。
ブリュッセル中央駅に行くのに駅中の案内所で尋ねながら行く。
日本でいえば 新大阪駅から梅田の大阪駅に行く感覚。
写真はタリス車内でサービスされた軽食。 -
81)ブリュッセルの予約していたホテル(「ロイヤル・ウインザー・ホテル」)も中央駅北出口から 3分ぐらいの所。
(事前に日本でグーグルアースの画像を利用して確認していたので 偶然北口からでたところで ホテルのある方向が分かり、最短で行けた。)
予定通りに ホテルは観光上の立地が良くて 少し古いが バスタブもあり満足。
ホテルの部屋からグランプラスの塔が近くに見える。 -
82)早速「グラン・プラス」へ。(ホテルから徒歩3分位)
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83)広場に立つと 中世ヨーロッパの雰囲気充分。
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84)グラン・プラスの一角にある観光案内所で「ブリュッセルカード」(1日券)を購入。本日の月曜日は施設の定休日が多く、明日から使用することを計画していたが 女性の係りの人もそれを指摘 確認してくれた。(親切)
シティマップも貰う。(写真、イラスト入りで分かりやすい。) -
85)ランチに王立モネ劇場(改修中で見学できず。)の近くにあるレストラン「ベルガ・クイーン」へ2時前に行った。
(ネットでもビジネスランチを絶賛している投稿を見ていたので。)
確かにレストランの装飾の天井ガラス部分も雰囲気があり、満席近い客で、ビジネスランチは予定数が販売されたと言われたが 評判のベルギー料理を試したい気持ちが勝ち 席に着いた。 -
86)出された料理は美味しく、2種類のベルギービールも美味かった。(下戸の私だが。)
写真はムール貝。 -
87)最後のデザートも繊細なものだった。
食後にトイレに行き素通しのガラス隔離に驚き、(個室に入ると目隠しガラスに代わる仕組みみたい。)少し 奇を衒う感覚に違和感を覚え、二杯のビールで酔っぱらった頭には 最後に出された勘定書きの約1万円にも 納得もしながら ちょと高いなぁという複雑な後悔が残った。 -
88)古くからのショッピングアーケード「サン・チュベール」を通りホテルに帰り、少し休んで酔いを醒ました。
写真は名店が並ぶ「サン・チュベール」 -
89)夕方 本場のワッフルを食べにもう一度「グラン・プラス」周辺へ。
老舗の「ダンドワ」の二階のティールームは満席で半分以上が日本人観光客。
写真は六時近くになり少し空いてきた「ダンドワ」の二階のティールーム -
90)簡単なお茶とのワッフルセット。(800円)
街では 一個100円で販売されているが 老舗でゆっくり座って楽しんだということ。
(サービス人件費は先進観光国で高いということを あらためて自覚。) -
91)それから 近くの「小便小僧」を見学して
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92)「ノートルダム・ド・ラ・シャベル」教会を訪ねたが 教会行事らしく内部に入れず。ホテルに帰る。
(夕食は中央駅構内のカフェで温めたパニーニ等を買って 部屋で食べる。美味くて 安い)
夜は繁華街にホテルが立地しているため、少しうるさい。 -
(7)-5月15日(火)
93)本日ブリュッセルカードを使用。
まず 地下鉄で EU理事会等のEU機関が集まる シューマン駅へ。
霞が関的な権力の中枢機能の建物群を想像していたが 大きなビジネス街のイメージ。
さすがに 先を急ぐスーツ姿の出勤者が多いが。 -
94)EU理事会の建物も通常のセキュリティがいるだけ。
建物入口からの写真は簡単に了解してくれた。
まだEUに権力が集中していないのか それとも 新しい権力形態なのか 少し考えさせられた。
ブレックファーストの店を探したが、そんな雰囲気でもなそうなので 諦める。 -
95)それから ラーケン王宮方面に行こうと 更に東部のモンゴメリー駅へ行き、乗り換えを尋ねたら、係員に 西部エリアのビーカントでの乗り換えを勧められ よく理解できなかったが それに従う。
写真は 西部の地下鉄からトラムに乗り換えた「Stuyvenbergh駅?」で写す。住宅地の様相。 -
96)途中 トラムから見えた 1958年万国博開催のモニュメント「アトミュム」
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97)広い王宮の緑の敷地をみて、一先ず 反対側の住宅地で ブランチのカフェを探す。
地元の人が利用しているカフェに入り、休憩。(雰囲気が良くて 地元密着価格で安い。) -
98)先日 タリスから遠くに五重の塔らしきものが見え、気になって調べたら1900年開催パリ万博の残りだとか。
その五重の塔のある「極東ミュ−ジアム」をまず訪ねる。
中に入ると 外観は五重の塔もどきがだが 建物構造は普通の建築物。
1900年に5重の塔の建築資材導入と大工を派遣するパワーはなかったはず。 -
99)付帯庭園は日本風。
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100)付属施設で「浮世絵」展が開かれていたので 入場。
日本ではなかなかお目に掛かれない 逸品の展示内容だった。
それなりの人数の方が熱心に見ておられた。
雨になり ラーケン王宮の外からの見学は諦め 都心の王立美術館に向かう。 -
101)「王立美術館」は中世から近世の始まりのころの絵画が中心に多く展示。
その頃の生活や宗教観がよく分かる。
残念ながら撮影禁止。
一枚だけ 記念に館内全体写真を撮影。実際はここから個別の部屋に分かれて展示。 -
102)それから 地下で繋がる 「マグリッド美術館」へ
先ほどの鑑賞の後だけに 現代の絵画の強烈な主張、メッセージ性を感じる展示。
残念ながら ここも撮影禁止。
階段ロビーで西欧人の女性が煙草に火をつけ ポスターの前でポーズを取り 記念撮影をしていたので 私も一枚。 -
103)美術館の中のカフェで一休み。
サラダとスープ。(確かに 高いが ベルギーは美味い。) -
104)それから 14時からオープンしている アールヌーボーの「オルタ美術館」へトラムで行く。
1900年頃の「直線を排した」歴史的住居。
生活の中の全面的な芸術感覚の取り入れ。フーンと納得しながら見学。
(世界からの見学者多し。入場制限にまでなっていなかったが。)
写真見学禁止。家具を傷つける服飾禁止。
仕方なく 玄関の外景のみ撮影。
それから また 都心の中央駅に戻り 丘の上の楽器博物館へ行き ブリュッセルを一望しようと考えたが ちょうど雨が激しくなり ホテルに戻る。
(トラムの帰り 黒人女性が年寄りの私に席を譲ってくれる。ありがたい。) -
105)雨が止んだので 再度外出。「小便小僧」前のゴリバの店で ブリュッセルカードを見せ、25%引きでお土産用のチョコレート購入。
近くのチョコレート店で「ホットチョコレート」のセットを楽しむ。(写真)
販促用の為か お値打ち。 -
106)写真はお世話になったブリュッセルカード一日券(24ユーロー)
交通費+見学料+チョコレート割引でギリギリ効果はあった。 -
(8)-5月16日(水)
107)ヨーロッパに着いて 1週間が経った。速い。
本日は移動日ということでゆっくりする。
深夜ホテルで停電があった。復旧したが 不足の事態は心配。
ゆっくり 10時過ぎに広場に行くと 花の売り場があった。コントラストが春らしい。 -
108)広場の周辺を散策する。
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109)小便小僧の妹版「ジャンネケ・ビス」を探して 行き止まりの路地まで行ったが どうも閉鎖されているみたい。一応 写真だけは取って帰った。
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110)さすがベルギー ショーウインドーのチョコレートのデスプレイが上手い。
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111)朝チェックアウト後 預けていたスーツケースをホテルで受け取り、
ランチを駅構内で軽く食べて 13:00発の電車でブルージュに向かう。 -
112)14時過ぎブルージュ到着。タクシーでホテルへ。
ホテルは運河沿いのこじんまりした「ヨーロッパホテル」朝食付きで一室8500円
写真はホテルとホテル前の運河。 -
113)さっそく 歩いて10分程の マルク広場へ。
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114)街を一望できる鐘楼に登ることにする。
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115)上から眺めると小さな町。下は広場。
ホテル方面の北側撮影。 -
116)聖母教会が見えている。
駅方面の南側撮影。 -
117)鐘楼の上では50個近い鐘が組み合わされてメロディーを奏でる。
鐘の一部を撮影。 -
117)それから 運河のクルーズ(ボート)乗り場へ。
正面に聖母教会。 -
118)主な観光地をボートは巡ってくれる。
-
119)徒歩の観光客と行き会う。
-
120)「愛の湖公園」あたり。
-
121)中世には運河が都市の命運を決めることがよく分かる。
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122)古い住宅の庭も春の花が満開。
結構 豊かな大きな家。 -
123)下船後 ブルージュの町を歩く。
途中日本人観光客が利用していた スーパーに寄る。
安い。 -
124)確かに町全体が中世のままの感じ。
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125)ホテルの近くまで帰って、同じような雰囲気の感じで 道を失う。
道を尋ねた中年の男性が近くまで送ってくれる。親切。 -
(9)-5月17日(木)
126)「聖血の行列」の日。ホテルの宿泊者も昨夕遅くから増え始める。
写真は今回のホテル宿泊で料金に唯一含まれていた朝食。
人手を掛けずに工夫されていて大満足。 -
127)まず 歩いてザンド広場の観光案内所に行き 本日午後の行列の観覧指定席を確保。(12ユーロ)
写真は案内所横の広場 移動式のお化け屋敷など。 -
128)それから 街を散策。
運河の水が風景をなじませる。 -
129)「愛の湖公園」の白鳥
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130)ペギン会修道院の静かなたたずまい。
(実際は観光客が多く歩いているが。) -
131)本日は午前中でいろんな施設が終了することを知っていたが
聖母教会は11時前に一般の出入りを中止。残念ながらミケランジェロの「聖母子像」は見られなかった。
記念に美術館のお土産ショップでマグカップを購入。
街でランチを買い、ホテルに帰り 食べて 一時休む。 -
132)午後3時半位から マルクト広場のの観覧席の前を 色んな行列が通り過ぎていく。
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133)新旧約聖書の物語を表現したもの、十字軍時代のもの、単なるパレードも含めて通り過ぎていく。多分 街の共有化したい教育的内容が含まれているのだろうが。
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134)時代の衣装を纏った人、馬や羊や犬やラクダも含んで通り過ぎていく。
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135)若干の寸劇も含んで。
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136)街を挙げての感じ。
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137)最後に 恭しく「聖血」が通過して
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138)更に その後ろから 聖職者、街の有力者の一群が 保護者のように通過して 5時過ぎ終了。
(終了後 街のカフェは 見学後の余韻のお客で一杯。)
ブルージュは こじんまりした街で 安心感があり 日本人観光客が多いのも頷ける。 -
(10)-5月18日(金)
139)朝ホテルにタクシーを呼んでもらい、駅へ。
アントワープに向かう。
オランダ、ベルギーも自転車を生活に活用。自転車専用道路、専用信号を見かけた。駅でも列車に自転車を積み込む人達を見かけて 写す。 -
140)10時40分過ぎアントワープ到着。
駅は歴史的建物の様相。
心配していた 荷物を預けるロッカーは係りの人に尋ねると簡単に答えてくれた。1階の分かりやすい場所で 使い方は日本語表示。 -
141)手ぶらで 見学に出かける。
目的の「ノートルダム大聖堂」は分かりやすい一歩道。
写真はその一本道の繁華街。 -
142)途中 ちょっと横道にそれ、「ルーベンスの家」へ。
17世紀のアトリエ工房兼住居。結構豪華な感じ。
内部は撮影禁止。庭から建物を撮影。 -
143)子供の頃 幾度となく読んだ「フランダースの犬」の最後の舞台「大聖堂」。
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144)「大聖堂」の周囲は都市化され 少し勝手なイメージと異なる。
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145)聖堂内は工事中で ルーベンスの絵は見られたが、写真は上手く撮れず。
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145)隣の市庁舎前では 偶然結婚式後のカップルの出発が。
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146)シュヘルド川の畔にまで行って引き返す。
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147)途中 地元のレストラン「ドゥ・タロールケス」に寄り、ランチ。
小さな店だが満席。ボリュームたっぷりの骨付きステーキを食べる。この種のカットを食べるのは始めて。 -
148)店の付近では 狭い道を馬車(観光用?)とトラムが通る。
-
148)表通りは 世界共通の現代の繁華街。百貨店も同じ。
駅近のダイヤモンド販売店街はユダヤ人が彼らの服装をして忙しく闊歩しているのを見かける。
(ショーウインドを眺めると実際ダイヤは安い。)
途中で予定の出発時間を1時間間違えていることに気づき、慌てて駅に帰る。 -
149)15時過ぎ アントワープの駅を出発、ブリュッセル(MIDI)に向かう。
写真は地下ホームから天井方向を写す。明るい建物構造。
尚 ブリュッセル北駅通過中 車窓から ガード沿いに「飾り窓」が見えたのは驚いた。(別に港湾都市特有のものでは無いということを知った。) -
150)予定通り 16時過ぎブリュッセル(MIDI)を出発。
タリス乗車にも慣れ、今回はケーキを3個も貰った。
考えれば小国ベルギーはしたたかに生きているなぁという感想を持った。
ラテン系、ゲルマン系の狭間でフランス、ドイツ、海を隔てたイギリス、因縁浅からぬオランダと隣国に挟まれ 国内もその歴史的経緯から言語的に分裂し、難しい環境でありながら、その環境を耐えてきた経験が 新しい時代「欧州の統合」の時代に 一定の役割を果たしているように思う。人々の生活も過去の遺産を大切にして せざるを得ず 上手く生きているなぁと思った。 -
151)タリスの中でタクシーを予約。実際はパリ北駅でタリスの係りの人がタクシー待機場へ案内してくれて ドライバーに引き継ぎ。タクシーはメーターで清算。(プラス料金なし。)パリ オステルリッツ駅へ。
セーヌ川沿いのオステルリッツ駅は少し裏寂れた感じがした。
写真は2時間ほど 列車を待った 駅の構内。
ネット情報では国際寝台列車「エリプソス」の1等の出発ラウンジがあるはずだったが 実際は無かった。(古い情報?) -
152)「エリプソス」「グランクラス二人部屋」の乗車口。
専用の車掌さんが切符を確認し、パスポートを預かり、朝夕食券と部屋のカードキーを渡してくれる。 -
153)
今回の旅行の目玉「豪華個室寝台列車の旅」の期待が大きかったが、実際はそうでもなかった。
写真は個室内部。スーツケースを持ち込んだら 足の置き場もない。
このスペースでベッドを作るの?という感じ。 -
154)
専用のトイレとシャワー
ギリギリのスペースでよく作ってはいるが。 -
155)
パリを出発してすぐに ディナーの食堂車に急いで行く。(午後8時半ごろ)
寝台車は満室なので 良い席を確保するため。 -
156)
食堂車の食事は 飲む人は フリードリンクで丁度良いが、飲まない私には 料理のサービススピードが遅く 間が持たない。(調理するスペース・施設が限定されている為?)
約2時間かけて食事(フルコース)終了。
外が明るく 車窓の景色の移り変わりが楽しくて 助かった。 -
157)
料理のレベルは調理の条件があるためか もう一つ。 -
158)
部屋に帰ると スーツケースは上の隙間に置かれ、 -
159)
座席部分が収納されて、二段ベッドが用意されていた。
寝心地は問題ないが、三年前ツアーのトルコ旅行で乗ったのと比べ、列車のスピードが速いためか 揺れが大きかった。 -
(11)-5月19日(土)
160)
目覚めると 列車はスペインに入り スペイン風の家屋が通り過ぎていく。
翌朝七時前に食堂車に行くと、第一陣は食事を終っていた。
朝食は満足して戴けられた。
車窓の景色には 結構国際資本の工場等がスペインに進出しているのに気付く。 -
161)
朝 8時過ぎ バルセロナ フランサ駅に到着。駅は静かだった。
追加寝台列車費用約2万円。少し高いホテルと食事費用と思ったが 経験と思い利用した。
これからの利用は年齢を考えると ベルギーから飛行機で移動して バルセロナのホテルで宿泊することを選択するだろうと思った。やはり狭いことは 年齢的に危険を伴うだろうから。 -
162)
日本でバルセロナカード(2日間)を予約し、観光案内所で受け取る予定にしていたので、まずタクシーでカタルーニャ広場の案内所を目指した。
ドライバーに英文のレターを見せ 案内所の住所を示した。ところが その付近までは行ってくれたが クローズとドライバーは言う。
仕方がないので ホテルに先に行き 荷物を預かってもらい 徒歩で カタルーニャ広場に戻る。
写真は 8時半まで時間待ちをしたバルセロナ 「フランサ駅」の構内。 -
163)カタルーニャ広場で尋ねると 広場の一角の地下を教えてくれた。
確かに 「i」の赤字のサインが見える。
バルセロナカードを受け取る。親切な案内所の対応だった。
(タクシーのドライバーは知らなかった?) -
164)それから レイアール広場に向かって 旧市街(ランプラス通り)を歩く。観光客多し。南国のイメージで気分が軽い。
途中 バルセロナの胃袋「サン・ジョセップ市場」に寄る。
それなりの喧騒と匂いにたじろぎ、美味しそうな市場の食べ物スタンドをパスする。
(写真は市場の入り口。) -
165)グエル邸の前まで行ったが、10時のオープンに多数の観光客が並んでいるのでパス。
近くの フラメンコ「Camara」で本日の予約(18:45から)をする。偶々 朝早いが 英語の分かる女の子がいて助かる。 -
166)そのまま コロンブス像の港まで 歩き ベンチで休憩。
(コロンブス像はリフトが故障とかで上には行けず。)
コロンブス像を見ていると 「アメリカ大陸はスペインが発見したのだぞ」と叫んでいるような気になった。 -
167)港には古からの建物が現在も残っている。
-
168)休憩ついでに バルセロナカード付帯の港湾クルーズに乗船。(30分)
出航すると 新しい港湾施設が見える。 -
169)豪華客船も見える。
海側からバルセロナの街を眺めて 一休み。
それから 地下鉄でホテルに戻り チェックインすることにする。 -
170)バルセロナの宿「Balmes」。チェックインの時 専用ベランダ付の部屋を勧められ 一泊プラス10ユーロで了解。ほんの少し 地下鉄の駅から歩くが 立地も満足。
(写真はそのベランダ。 ビルに囲まれているが 洗濯物などを通して バルセロナの人々の暮らしが分かる。) -
171) 一休みして また 地下鉄で旧市街に戻る。
「王の広場」「カテドラル」と見て歩く。
写真は「カテドラル」の入り口。 -
172)「カテドラル」の内部。19世紀末のものだとか。それだけに 他とは違う雰囲気を持っていた。
-
173)中庭でアヒルが?
-
174)エレベータで屋上へ。
屋根の上が見学遊歩通路になっていて
屋上部分の建物構造が分かり、旧市街の町を身近に見下ろす。
(一部修復工事中だったが。) -
175)
塔の部分も まじかに見える。 -
176)
遠く 「サグラダ ファミリア」が確認できる。 -
176)
再び 階下に降り 改めて見ると 建物は空間を多くとり 開放的な構造。
(地下と一階の吹き抜け構造)
祈りの場としても 使い込んでいる雰囲気も。 -
177)
それから 「王の広場」の地下にある 広いローマ遺跡を見学。
入口を間違え、出口から入場しようとして 柔らかく指摘され 案内してくれる。
入口は 坂を下りた別棟の低い建物。 -
178)
中に入ると 見学通路が整備され、
旧市街はローマの歴史の上に立っているのがよく分かる。
写真は幾層もの石の積み重ね。 -
179)それから 旧市街の細い路地も通り「ピカソ美術館」へ。
入場切符を購入する人で路地に列が。 -
180)若い時代のピカソの作品が数多く出展され 具象時代のピカソを堪能。
ピカソの中で 連続しているのが何となく分かる。(写真禁止)
写真は美術館の中庭。 -
181)偶々 ピカソ美術館の前に スペインがマヤ文明等から獲得した展示館があったのでバルセロナカードを使い入場。
小さな博物館(The Barbier-Mueller Museum of Pre-Columbian Art)だが南米の文明の一端を知る。 -
182)フラメンコの予約の時間が来たので 「レイアール広場」まで戻り、一休み。
広場の夕方の雰囲気に 別段危険な感じは持たなかった。旅行書に夜はここから海側は危険と警告されていたが。
写真 子供も遊ぶ「レイアール広場」の噴水 -
183)
定刻に始まったフラメンコの踊り。
舞台の袖から見たが、ダンサーは凄く真剣な顔つきで踊っている。体力の消耗も激しそう。汗が客席に飛び散る。 -
184)プロの演技を堪能。
最後のフィナーレだけが写真撮影OK。 -
185)夕食に グラシア通りとホテルの間の路面店で「パエリア」等を食べる。
料理としては もう一つ。冷め始めている。 -
(12)-5月20日(日)
186)「サクラダ・ファミリア」へ地下鉄で9時過ぎ行く。
地下鉄の駅の前から行列は出来ていたが、5分位で入場できる。
敷地は事前のイメージより狭い。 -
187)内部に入ると 予想していた「感動」「驚き」がない。事前情報が多すぎた?
-
188)使いこなされた信仰の場と言うより 「新建築」という感じ。
天候のせいで 本日上に行くエレベーターは休止。 -
189)地下の空間は 開放的で 昨日見た「カテドラル」との共通性を感じる。
-
190)地下の「ガウディのお墓」
何を思って一人眠るのか?
「継続」は嬉しいことだろうが。
静かにも眠りたい? -
191)隣接地では新たな建築が始まっていた。
全てが出来上がらないと分からないのかなと思った。
今回は建築協賛寄付の訪問? -
192)それから 地下鉄で「サン・パウ病院」へ。
(実際は「サクラダ・ファミリア」と近くて徒歩圏。病院で「サクラダ・ファミリア」から歩いてきたという日本人に合った。)
建物が病気を癒すとは思わないが その意気込みは 充分理解できる。 -
193)病院は改修中で 時間もなく見学ツアーに参加できなかった。
だが 20世紀初頭にこれだけの病院建築群を作ったパワーには驚いた。 -
194)隣接する新病院の食堂でブランチを取る。
(外から直接 食堂に入れるレイアウト導線。)
入れば 日本の病院の食堂と同じ感じ。外光を取り込み 明るい。
支払時 私の出したクレジットカードのキティーマークに気づき 喜び 声を掛けるのも 世界のどこかで見た光景。 -
195)食堂はセルフ方式でメニューの種類も多く、安価。
-
196)また 地下鉄を利用して グエル公園へ
駅から少し坂道を上がるが、観光客の流れに沿って 公園へ。
奇妙な(おふざけの感)「グエル公園」入口が見えてくる。 -
197)日本で見たならば 岡本太郎のおあそびのテーマでも付けないと 受け入れ難いが 世界から この普通の住宅街の上の公園に わざわざ訪問・見学に来ているのも事実。
南国スペインの風土とカタルーニャの文化の蓄積の上に この奇抜な表現が (一歩間違えれば 軽薄なドタバタ表現)成立しているのかなと思った。 -
198)自然をうまく取り入れているところもある。
(私としては 住宅街のアスレチックコース散歩道。) -
199)それから 地下鉄で旧市街に戻り、「カタルーニャ音楽堂」に向かうが 残念ながら 本日の見学ツアー受付終了。
仕方がないので 外観を写す。 -
200)同じく横側外観。
-
201)未練たらしく 一階のカフェに入り、お茶。
-
201)少し休憩して トイレなどを利用。、「カタルーニャ音楽堂」のほんの一部分を見る。
ベルギーで見たアールヌーボーの「オルタ美術館」との共通性も感じる。 -
202)それから 地下鉄、フニクラ(ケーブルカー)を乗り継ぎ「モンジュイックの丘」へ
最初にミロ美術館を訪れる。 -
202)ここも残念ながら 閉館済みで 入れず。
写真は入口のミロの作品 -
203)ゴンドラで更に上に。
ゴンドラからバルセロナの町の全貌が広がる。思っていたより 案外に狭い。 -
204)ゴンドラを降りると「モンジュイック城」跡がすぐに見える。
写真は お城の堀の花壇に植えられた春の花。 初夏の日差し。 -
205)確かに 城跡からは360度のパノラマが広がる。
地中海も一望出来て ここが かって重要な軍事基地であったことは理解できる。 -
206)それから 丘を降り 地下鉄で港の古いレストラン「セッテポルテス」へ
(事前情報で バルセロナでは有名らしい。) -
207)確かに 美味くて 安い(30ユーロー)。
-
208)昨日のパエリアとは大違い。本物の感じ。(塩抜きで頼んだが濃厚。)
大満足。
日本人客も見かける。 -
209)それから夜の街を地下鉄で帰る。
バルセロナの地下鉄は新しいためか、分かりやすい。プラットホームの表示も写真のように分かりやすい。
(乗換駅で 駅内を随分歩かなければならない問題もあったが。) -
210)
お世話になった「バルセロナカード」(2日券)
感想としては もう一日バルセロナ観光に欲しかったが、また来れる日を夢見て今回は終了。
旅の前半分は終わり 明日から南仏。
旅の後半「西ヨーロッパ鉄道周遊記(ベネルクス二国、スペイン、フランス)・・・その2 フランス編」に続く
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