2012/04/20 - 2012/04/20
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chiaki-kさん
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4/20は ヴェルサイユ(宮殿、トリアノン、王妃の村里)のほぼ1日見学。パリに戻ってからはオランジュリー美術館などの予定。ヴェルサイユ宮殿は以前に一度来ているのだが、団体ツアーだったのでトリアノンや王妃の村里は見ていない。これが自由な行動が出来る個人手配旅行の最大のメリットだね。
トップの写真は、プチ・トリアノンに飾れてたマリー・アントワネットの肖像画。タイトルは「バラを手にするマリー・アントワネット」作者はヴィジュ・ルブラン。
2024/02/25 一部修正
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- その他
- 利用旅行会社
- 日本旅行
-
4/20
5:00 起床。慣れと疲れで次第に正常タイムに。ホテルの部屋の窓の真ん前には靴屋と薬局があるが、通りを歩く人を観察しているだけでも楽しい。 -
今日はなるべく歩く距離を減らす作戦に切り替え、ホテルからTAXIでヴェルサイユへ行くことにする。9:15にやってきたのはなんと黒いプリウス!えらいぞトヨタ。(写真は21日に撮影したプリウスTAXI)
白人系の若い運転手さんは英語OKだったが、なんと、いきなりヴェルサイユ宮殿の住所を聞かれる!(知らね~よ) 結局スマホで住所を調べ、ナビに打ち込むが、世界遺産の住所くらい登録しておいてね。
*今から考えると、このドライバーも移民さんだったかも知れない。 -
パリの市街地は若干渋滞したが、環状線に入ってからは順調に流れ出し10:00丁度にヴェルサイユ到着。E54を支払ってから、セキュリティの行列に並ぶ。写真は帰りに撮影したもの。
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入場はミュージアムパスの威力ですんなり。まずは宮殿前の広場に出る。宮殿は毎年補修が進み、屋根が金色になっていた。
ヴェルサイユ宮殿は、ルイ14世が建造した宮殿である。そのため、フランス絶対王政の象徴的建造物ともいわれる。ルイ14世をはじめとした王族と、その臣下が共に住むヴェルサイユ宮殿においては、生活のすべてが絶対王政の実現のために利用され、その結果さまざまなルール、エチケット、マナーが生まれた。(Wikipediaより抜粋) -
建築当時も多分こんなだったんだろう。
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庭園へ通じる通路の上には囲いがされており修復工事進行中。ちなみにヴェルサイユ宮殿は1979年に世界遺産に登録。
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これが宮殿への入口。世界中からの観光客で超混雑。
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礼拝堂。この写真を撮るのに人混みをかき分けたのだが、なんとなくスリの気配を感じたので撮影後すぐに移動する。
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ヘラクレスの間。イタリアから呼び寄せた画家達に描かせた。
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中央に棍棒を握ったヘラクレスがいるが、この絵を描いた作家は完成後自殺してしまったとのこと。
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ヴィーナスの間に置かれたルイ14世の彫刻。
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マルスの間にはルイ15世の肖像画と
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王妃であるマリー・レグザンスカの肖像画がある。
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アポロンの間。太陽王と呼ばれたルイ14世の肖像画が飾られている。
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そしてルイ16世。王妃マリー・アントワネットと共に不運な運命をたどった王様。
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そして鏡の間(回廊)。外交レセプションや王族の婚姻の際に開かれる舞踏会やゲーム会場として使用された。そして、1919年6月、第1次世界大戦の終わりを告げるヴェルサイユ条約の署名もここで行われた。
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王妃の寝室。マリー・レグザンスカとマリー・アントワネットの2人の王妃が使用した。当時王妃の出産は公開で行われたが、それもこの部屋だったそうだ。
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傍らにはアントワネットの彫刻と、
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壁には母親のマリア・テレジア(オーストリア皇后)の肖像画が。
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大膳式の間。王妃の控えの間で食事会が開かれた部屋。
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マリー・アントワネットと子供達が描かれた絵が飾ってあったが、4人の子供のうち長男、次女(まだ生まれていない)は夭折し、次男(ルイ17世)は10歳で獄死、成長したのは長女だけだったが、長女には子供がいなかったので、結局ブルボン家は途絶えてしまうことに。なお、飢える民衆に対して「パンが無ければお菓子を食べれば良い」と言った有名な話があるが、これは革命政府の創作で、アントワネットでは無い別人が言った言葉。
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衛兵の間。天井画修復中。
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戴冠の間。ここにダヴィッド作の、もう一つの「ナポレオン一世とジョゼフィーヌの戴冠式」の絵が飾られている。もちろんどちらも本物。なお、写真は中央部を拡大撮影している。
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宮殿から庭園に出て探したのはプチトラン。写真のものは違う方向へ行くもの。この他に自分で操縦するバギーのようなものもあったが、反対側に行列を発見。
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あわててチケットを購入、すぐに出発しそうだったのでプチトランを撮る時間が無かった。これは途中ですれ違ったプチトラン。
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プチトランの中はこんな感じ。
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到着したのはグラン・トリアノンと呼ばれる離宮。
大トリアノン宮殿は、ヴェルサイユ宮殿の庭園にある離宮の一つ。1670年、ルイ14世が中国風の小宮殿を建造し、1687年ジュール・アルドゥアン=マンサールの設計により改築したもの。リンダーホーフ城のデザインにも影響を与えた。戦勝国によるハンガリー分割を行うトリアノン条約の調印が行われた。1963年から1966年に改修が行われ、その後は迎賓館として用いられている。(Wikipediaより抜粋) -
ここにも鏡の間が。
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皇后の寝室。ナポレオン一世が再婚した妻、マリー・ルイーズの寝室だった。
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孔雀石の間。ロシア皇帝アレクサンドル1世がナポレオンに送った調度品が置かれている。
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グラン・トリアノンを出て、400mほど東側にあるプチ・トリアノンまでトラムで移動する。写真はプチ・トリアノンの門及び離宮。
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離宮に入ると最初に目に飛び込んでくるのが花壇。やはりここは他の宮殿と違う。
小トリアノン宮殿は、ヴェルサイユ宮殿の庭園にある離宮の一つ。建物はルイ15世の公妾、ポンパドゥール夫人のために建てられたものだが、宮殿が完成した時には、ポンパドゥール夫人はすでに亡くなっていた。その後ルイ16世により王妃マリー・アントワネットに与えられた。 -
小さな離宮なので飾りは最小限度。階段もこんなもの。
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それでも宮殿なので内部にはこんな部屋も。
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寝室にあるベッドや調度品は、全てあとから揃えられたもの。(本物は革命中に売り払われてしまった)
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ビリヤードって歴史があるのね。
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プチ・トリアノンにあるもう1枚のアントワネットの肖像画。
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プチ・トリアノンを出て王妃の村里に向かう途中にあるガゼホ、人呼んで「愛の殿堂」。
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王妃の村里到着。マリー・アントワネットはヴェルサイユ宮殿の敷地の隅に、ノルマンディー地方の小さな村里をここに再現し、当時流行した「自然への回帰」を実践した。まあ、堅苦しい宮殿生活を逃れるためだったんだろうね。
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池の向こう側の建物はマルボロの塔。ちょうど白鳥が横切ったところ。
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こんな家や、
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あんな家など12軒の田舎の家屋が再現されている。
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ブドウ畑
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納屋と飼われている牛たち。王妃の希望で庭園の片隅に、こんなノルマンディの田舎風の施設が造られ、ここでアントワネットは”農家の娘ごっこ”をして宮殿生活のストレスを解消していた。
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農家には、いないはずの孔雀がいるのは、さすが宮殿か。
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トリアノンに別れを告げ、プチトランに乗車する。最後に向かったのは大運河の港。ここでボート遊びも可能。また、林の中にレストラン発見。
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プチトランはこんな道をゴトゴト走って行く。庭の手入れはさぞかし大変なことだろう。
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ところどころにある噴水だが、ルイ14世は運河や噴水を造るため10km以上離れたセーヌ川から取水するため水道橋を建設した。ヴェルサイユ宮殿はもちろん、庭や運河の工事のため国家財政は悲鳴を上げたに違いない。
プチトランを降りたあと、宮殿の隅にあった休憩所のような場所で簡単な昼食をとり、ヴェルサイユ宮殿を後にした。 -
RER ヴェルサイユ・リブ・ゴーシェ駅までは徒歩15分ほど。30分ほどで2階建ての列車はミュゼ・オルセー駅到着。運賃は3人でE12ほど。写真はオルセー付近から対岸のチェイルリー公園を結ぶソルフェリーノ歩道橋。
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沢山の南京錠がかかっているが、何年後かに愛の重さに耐えかねてセーヌ川に落下。それ以降南京錠は禁止される。
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橋を渡ってやってきたのはオランジュリー美術館。
オランジュリー美術館はコンコルド広場の隣、テュイルリー公園内にセーヌ川に面して建っている。もともとはテュイルリー宮殿のオレンジ温室だったが、1927年、モネの『睡蓮』の連作を収めるために美術館として整備された。また、モネ意外の作品も収集され、セザンヌ、マティス、モディリアーニ、モネ、ピカソ、ルノワール、シスレー、スーティンなどの作品を収蔵している。 -
「睡蓮」 クロード・モネ 1920年-1926年
八の字(∞)構造の展示室に飾られた「睡蓮」の連作は見る物を圧倒する。∞は無限大を表し、モネはこの作品で止まることの無い時間を描きたかったのだろう。館内は撮影禁止(*)なので、NETから頂いた写真をUP。
*2020年現在はOKのようです。 -
予定したモンパルナスのカフェ・ロトンドは時間と体力温存のためとりやめ、一旦ホテルで休憩してから18:00にオペラ地区にある日本式ラーメン屋の「ひぐま」へ行く。「ひぐま」には日本人の店員(オーナー?)さんがいたので、久しぶりに日本語でオーダー。店の外には行列が出来る人気店だった。
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200人位入れそうな店は満席。多国籍な店員さんがテキパキと注文や料理をこなしていたが、お味の方は、普通のラーメンでした。
20:30 夕食後、家族と別れ一人でサンラザール駅へ明日の下見に行く。空港のような大きな駅で驚いた。22:00 就寝。今日も充実した一日だった。
これで「2012年 パリ旅行記 4:アントワネットの夢」はこれで終了です。本日も最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
2020/7/5 一部加筆・修正済み、2024/02/25 一部修正
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この旅行記へのコメント (4)
-
- さんしぇさん 2014/10/20 21:48:36
- オーヴェル
- chiaki-kさん、こんばんは、ご無沙汰しております。
“オーヴェルの外れにもピサロの足跡”へのご評価ありがとうございました!
今回は、ピサロを追っかけてオーヴェル川を遡上しました。
こうしてオーヴェル記を拝見すると、ここはやっぱりゴッホの地なのだと
思いを深く致します。
こんなのどかな美しい村で、せめて半年1年を過ごして心癒されたなら、
40歳、50歳と命永らえて・・、と詮無いことを思います。
この5月、オルセーの特別展では、クレーラー=ミューラーからのゴッホに
まみえましたが、次回があるならオランダの現地に行きたいと願っています。
ヴェルサイユ、タクシーでいらしたのですね、私、パトカーで送られました。^^;
さんしぇ
- chiaki-kさん からの返信 2014/10/21 05:45:53
- RE: おはようございます
- さんしぇさん、おはようございます。コメントありがとうございました。
「アパルトマンの窓から・オーヴェルの外れにもピサロの足跡」拝見しました。
さんしぇさんにもご覧いただきましたが、オーヴェルには2012年4月にゴッホを
目的に家族で訪れています。
http://4travel.jp/travelogue/10665922
今回さんしぇさんが訪れたオーヴェルは西側の地なので、私は行っていませんが
村の雰囲気は同じですね。(Wikiによるとオーヴェルはヴァル・ドワース県の
村(コミューン)となっています)
*黒猫・・・オーヴェル城で白黒猫に逢いました。
*アンリ・ルソー・・・ピサロ、ドービニーは知っていましたがルソーも
あるんですね。
*25000歩・・・お疲れ様でした。
2013年10月、新国立美術館で開催された「クレラー=ミュラー美術館所蔵作品を
中心に印象派を超えて―点描の画家たちゴッホ、スーラからモンドリアンまで」
に行きましたが、ゴッホの作品を沢山見れて良かったです。
さすがに「アルルの跳ね橋」「夜のカフェテラス」はありませんでしたので
これはもう、オランダに行くしかありませんね。(^^;;
では、また。
chiaki-k
-
- Minty Pinkさん 2013/08/31 09:14:52
- オーヴェール!
- ゴッホのお墓参りに行かれたのですね。
私は連れに「オーヴェールに行かない?絵に描かれた教会も残ってるし、
ゴッホとテオのお墓もあるよ!」って言ったのですが、
「ゴッホ家の人じゃないのに、お墓参りするのか?」などと言われて
しまい、代わりにベルサイユに行ったのでした。
まあ、連れにとっては初フランスなので王道を行ったことは間違いじゃなかったと思うんですけどね。
オーヴェール…、モンマルトルのゴッホのアパート…、遠くなるけど
アルルのカフェ…行ってみたいなー。
- chiaki-kさん からの返信 2013/08/31 20:20:42
- RE: ゴッホのお墓参りは良かったですよ。
- モンサンミッシェルには2003年12月に行ったことがありますが、パリから日帰りバスツアー
だったので、MSMに居た時間はせいぜい3時間程度でした。
Minty Pinkさんは島内に泊まられましたが、うらやましいです。
ホテルのディナー、おいしそうですね。フランスではチーズはデザート扱いですから
メインの後に出るみたいです。ノルマンディー産のカマンベール、また食べてみたいです。
もちろんフランス産の赤ワインと一緒に!
MSMへはモンパルナスからTGVとバスで往復されたようですが、時間の節約になって良いですね。
私も次回パリに行ったらTGVでランスのフジタチャペルを訪れてみたいです。
ところで、オーベルシュルオワーズですが、娘が大のゴッホ好きだったので実現したんです。
当日、サンラザール駅でチケットを購入してSNCFで行ったんですが、良い思い出となりました。
教会は修復もキチンとされており、思っていたより立派で、ゴッホ兄弟の墓は教会から
徒歩10分ほどの場所にありましたが、印刷して持参したGoogleMAPが役にたちましたよ。
TVの番組で見るよりも、ずっと小さなお墓でしたが、墓地の周囲は青々とした麦畑が広がり、
遠くに教会の尖塔も見える、すがすがしい場所でした。
> アルルのカフェ…行ってみたいなー。
同感です。ついでに「夜のカフェテラス」を有するクレラーミューラー美術館へも。(^^;;
つづく
chiaki-k
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