2012/04/13 - 2012/04/15
70位(同エリア105件中)
福の海さん
梧桐島観光をした後は、観光案内所近くのバス停から路線バスに乗り、鎮南館へ。
写真は李舜臣広場にあった亀甲船を復元したものです。
李舜臣将軍率いる朝鮮水軍の主力艦として活躍した船です。
壬辰の乱の時、亀甲船は朝鮮を勝利に導いた突撃船として、船上に敵が乗りこめないように尖った矛と刀が飛び出る仕掛けの特徴があります。
また櫓を漕ぐ人がケガしないように船の下に櫓を漕ぐ空間を別に置き、将軍が指揮する場所を一番上に置きました。亀甲船が突撃船なら、板屋船は壬辰の乱、当時最も代表的な戦船として櫓を漕ぐ人と戦闘する人をそれぞれ保護するように三層構造になっています。
生きている海、息づく沿岸 2012年世界博覧会開催地 麗水へ
1 到着まで
2 広報館とThe MVL hotel
3 梧桐島
4 鎮南館と李舜臣広場 ← 当旅行記
5 旅客船ターミナルと水産市場
6 麗水市庁、船所
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
『お、降ろして下さ〜い。』
梧桐島近くのバス停から乗車した福の海
初めての訪問地ということもあり、頼りは地図のみ。
鎮南館と気付いた時は扉がしまり、
運転手さんにアピール
なんとか降りることができました。
『よかった〜』 -
案内板を見ると全体図
-
朝鮮時代、400年間朝鮮水軍の本拠地であった麗水。
忠武公・李舜臣将軍が全羅左水営の本営としていた鎮南館は1598年(宣祖31)全羅左水営の客舎として建立されました。 -
階段を上がります。
-
『あと、もう少し。』
-
『いい景色〜。』
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鎮南館は現存する韓国最大の単層木造建築で、国宝に指定されています。
-
建物の広さは正面15間、側面5間、建物面積240坪
両側面には2つの衝樑(側面樑)をかけて非常に安定した技法を駆使しています。 -
隣接する
鎮南館壬乱遺物展示館へも行ってみることにしました。 -
古の麗水
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過去の歴史
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船の図
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亀甲船の内部
ベンハーを思い出しました。
『漕ぐのは大変そう〜』
亀甲船は、忠武公・李舜臣将軍と共に壬辰倭亂(文録・慶長の役)を勝利に導いた主役で、1591年、全羅左道水軍節度使として赴任した李舜臣将軍が亀甲船を建造したところが麗水です。
「若無湖南是無國家」(もし湖南《全羅道の別称》が無かったら、国も無かった)という記録が残っているほど、
麗水は護国歴史の中心地であり、足の届く至る所で忠武公の息づかいが感じられる地である。 -
海戦の模型
展示館はさほど大きくはありませんが、
韓国の英雄を知る学習の場として意義のあるスポットです。 -
見学後は街に出て
-
李舜臣広場へ
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鎮南館から徒歩5分ほど
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港のすぐそばにありました。
-
いくつもの案内板があり
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麗水の歴史を知ることができます。
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『各地に見どころがあるんだなあ〜』
-
麗水での滞在は22時間ほど
ポイントとなる場所を足早にみる必要があり
次回に期待することにしました。 -
復元された亀甲船
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『激しい戦い、日本水軍・・・』
-
大通りに旅行会社があったので、
翌日の麗水発列車チケットを買うことにしました。
写真は列車時刻表と空港バスの時刻表。 -
空港までのバスは、
鎮南館から下った李舜臣広場のT字路付近にある
この旅行会社前が発着場のようです。 -
麗水を知るために更に街を歩きます。
『お腹が減ってきたなあ〜』
時間を見ると13時過ぎ、
客船ターミナルのすぐそばにあった、
小さな食堂で昼食を取ることにしました。 -
無口なおじいさんとおばあさんがテキパキと働く食堂。
地元のお客さん数人がこちらを見る中、
とても親切に応対してくれました。優しそうな眼差し。
おかずがなくなるとすぐに補充・・・
会計は6,000ウォン 約450円ほどでした。
1人旅、海の幸を頂きながら、会話こそありませんでしたが
温かなもてなしを受けたことで、とても元気になりました。
5 旅客船ターミナルと水産市場に続きます。
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