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台湾旅行2日目。<br />この日は台北を離れ、南部の台南へ新幹線で移動します。<br />この季節、曇りや雨が多い台北と違い、台南は気候も晴れで暖かく、街もコンパクトで快適な街歩きを楽しめます。<br /><br />・・・そんな台南では、穏やかで人情に厚く、また日々の信仰にも篤い人々の様子が心に残りました。<br /><br /><旅程表><br /> 2012年<br /> 2月10日(金) 成田→台北(桃園)<br />○2月11日(土) 台北→台南→高雄<br /> 2月12日(日) 高雄→台中(鹿港ランタンフェスティバル)→台北<br /> 2月13日(月) 台北→九分→台北<br /> 2月14日(火) 台北(松山)→羽田

台湾紀行(2) 人情の残る民間信仰のまち台南

84いいね!

2012/02/11 - 2012/02/11

92位(同エリア2611件中)

8

50

エンリケ

エンリケさん

台湾旅行2日目。
この日は台北を離れ、南部の台南へ新幹線で移動します。
この季節、曇りや雨が多い台北と違い、台南は気候も晴れで暖かく、街もコンパクトで快適な街歩きを楽しめます。

・・・そんな台南では、穏やかで人情に厚く、また日々の信仰にも篤い人々の様子が心に残りました。

<旅程表>
 2012年
 2月10日(金) 成田→台北(桃園)
○2月11日(土) 台北→台南→高雄
 2月12日(日) 高雄→台中(鹿港ランタンフェスティバル)→台北
 2月13日(月) 台北→九分→台北
 2月14日(火) 台北(松山)→羽田

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
3.0
グルメ
5.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
鉄道 徒歩
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • 2月11日(土)<br />この日は一度台北を離れ、新幹線に乗って南部の台南、高雄を巡ります。<br /><br />ホテル(城美大飯店)での朝食を終えチェックアウトして外に出ると、前日に引き続き天気はどんより・・・冬場は曇りや雨の日が多い台北と違い、南部は晴れが多いとのこと、暖かそうな台南に期待大です。<br /><br />ちなみに朝食は普通のバイキング形式でしたが、グルメの街台北にしてはイマイチの味。<br />朝食の時間を待たずに早く出発して外で食べた方がよかったかも・・・。<br /><br />7時30分、歩いて台北車站に到着。<br />早く着きすぎてしまったので、前日ゆっくりと見れなかった駅の中を見て回ります。<br /><br />中央にある在来線の切符売り場は、天井も高くなかなか立派。

    2月11日(土)
    この日は一度台北を離れ、新幹線に乗って南部の台南、高雄を巡ります。

    ホテル(城美大飯店)での朝食を終えチェックアウトして外に出ると、前日に引き続き天気はどんより・・・冬場は曇りや雨の日が多い台北と違い、南部は晴れが多いとのこと、暖かそうな台南に期待大です。

    ちなみに朝食は普通のバイキング形式でしたが、グルメの街台北にしてはイマイチの味。
    朝食の時間を待たずに早く出発して外で食べた方がよかったかも・・・。

    7時30分、歩いて台北車站に到着。
    早く着きすぎてしまったので、前日ゆっくりと見れなかった駅の中を見て回ります。

    中央にある在来線の切符売り場は、天井も高くなかなか立派。

  • 前日に乗車券を購入しておいた台南への新幹線は8時18分発なので、8時を過ぎたあたりで自動改札を通り(乗車券は裏向きに入れなければならず、注意のための係員が常に立っており非効率・・・)、ホーム(月台)へ降りようとしたのですが、エスカレーターには通行止めのテープが置かれています・・・。<br /><br />ほかの乗客もホームには降りず、改札内の椅子に腰かけており、どうやら台北車站では出発時間が近くならないとエスカレーターが動かず、ホームには降りられない模様。<br /><br />これもセキュリティ対策のためでしょうか??<br /><br />・・・出発時間の5分ほど前にようやくテープが外され、エスカレーターを降りるとオレンジならぬマンゴーカラーの新幹線がお目見え。<br /><br />せっかくなので前面まで行き、車体をパチリと記念撮影してから指定された座席に乗り込みます(笑)。

    前日に乗車券を購入しておいた台南への新幹線は8時18分発なので、8時を過ぎたあたりで自動改札を通り(乗車券は裏向きに入れなければならず、注意のための係員が常に立っており非効率・・・)、ホーム(月台)へ降りようとしたのですが、エスカレーターには通行止めのテープが置かれています・・・。

    ほかの乗客もホームには降りず、改札内の椅子に腰かけており、どうやら台北車站では出発時間が近くならないとエスカレーターが動かず、ホームには降りられない模様。

    これもセキュリティ対策のためでしょうか??

    ・・・出発時間の5分ほど前にようやくテープが外され、エスカレーターを降りるとオレンジならぬマンゴーカラーの新幹線がお目見え。

    せっかくなので前面まで行き、車体をパチリと記念撮影してから指定された座席に乗り込みます(笑)。

  • そして列車は定刻通り8時18分、台北車站を出発。<br /><br />台湾の新幹線は日本の技術を導入しただけあって、このとおり日本の新幹線そのまんまです。<br /><br />走行も滑らかでほとんど揺れがなく、いつ次の駅に着いたのか分からないほどです。<br />(ただし、台中以南は一部施工不良箇所があって揺れが大きいとの情報も。わたしはそれほど気になりませんでしたが。)<br /><br />乗客の状況はというと、このとおり指定席はがらがら・・・。<br />これなら前日に乗車券を慌てて買わなくても、当日購入で十分でしたね。<br /><br />運営会社の台湾高鐡も在来線(国営・台湾鐡路局)や高速バスとの競合に苦労しているようです。

    そして列車は定刻通り8時18分、台北車站を出発。

    台湾の新幹線は日本の技術を導入しただけあって、このとおり日本の新幹線そのまんまです。

    走行も滑らかでほとんど揺れがなく、いつ次の駅に着いたのか分からないほどです。
    (ただし、台中以南は一部施工不良箇所があって揺れが大きいとの情報も。わたしはそれほど気になりませんでしたが。)

    乗客の状況はというと、このとおり指定席はがらがら・・・。
    これなら前日に乗車券を慌てて買わなくても、当日購入で十分でしたね。

    運営会社の台湾高鐡も在来線(国営・台湾鐡路局)や高速バスとの競合に苦労しているようです。

  • 新竹を過ぎて台中へ向かうあたりで車窓からはこんな風景が・・・。<br /><br />どんより雲の下、緑の野の向こうにはコンクリートの高層ビル群。<br /><br />台湾もかなり都会化していますね。

    新竹を過ぎて台中へ向かうあたりで車窓からはこんな風景が・・・。

    どんより雲の下、緑の野の向こうにはコンクリートの高層ビル群。

    台湾もかなり都会化していますね。

  • 嘉義を過ぎ、台南に近くなってくるとこんな田園の広がる農村の景色が多くなってきます。<br /><br />まだまだ空はどんより・・・。<br /><br />台南は晴れているのでしょうか。

    嘉義を過ぎ、台南に近くなってくるとこんな田園の広がる農村の景色が多くなってきます。

    まだまだ空はどんより・・・。

    台南は晴れているのでしょうか。

  • 10時01分、台湾高鐡の台南駅に到着。<br /><br />約1時間40分の新幹線の旅はあっという間でした。<br /><br />ただ、観光スポットのある台南の中心市街地へは、ここから2011年1月に開業したばかりの沙崙線(しゃろんせん)に乗り換えて行かなければなりません。<br /><br />発車直前まで新幹線も在来線と同じく中心部の台南車站に着くと思っていただけに、スケジューリングが大失敗。<br /><br />とにかく、乗り換えのため台鐡台南駅と連結している沙崙站を目指します。

    10時01分、台湾高鐡の台南駅に到着。

    約1時間40分の新幹線の旅はあっという間でした。

    ただ、観光スポットのある台南の中心市街地へは、ここから2011年1月に開業したばかりの沙崙線(しゃろんせん)に乗り換えて行かなければなりません。

    発車直前まで新幹線も在来線と同じく中心部の台南車站に着くと思っていただけに、スケジューリングが大失敗。

    とにかく、乗り換えのため台鐡台南駅と連結している沙崙站を目指します。

  • 沙崙站では自動券売機もありましたが、窓口が空いていたのでそこのお兄さんから乗車券を購入(台南車站まで25元=約70円)。<br /><br />日本語は通じず英語でのやり取りになりました。<br /><br />台湾では英語よりも日本語の方が通じやすいという情報もありましたが、若い人にとっては英語の方が通用度が高いようです。

    沙崙站では自動券売機もありましたが、窓口が空いていたのでそこのお兄さんから乗車券を購入(台南車站まで25元=約70円)。

    日本語は通じず英語でのやり取りになりました。

    台湾では英語よりも日本語の方が通じやすいという情報もありましたが、若い人にとっては英語の方が通用度が高いようです。

  • 沙崙線の台南車站行きは連結が悪く10時30分発までありません。<br /><br />これも台湾高鐡と台湾鐡路局で運営主体が違うため?<br /><br />ホームや車両はさすがに開通して1年ほどしか経っていないため、きれいでよかったですが。<br /><br />特に、車両は春を感じさせる花の絵が描かれており、台湾の人々の人情をうかがい知ることができました。<br /><br />10時30分、少ない乗客を乗せて列車は出発。<br />台南車站までは22分。けっこうかかります・・・。

    沙崙線の台南車站行きは連結が悪く10時30分発までありません。

    これも台湾高鐡と台湾鐡路局で運営主体が違うため?

    ホームや車両はさすがに開通して1年ほどしか経っていないため、きれいでよかったですが。

    特に、車両は春を感じさせる花の絵が描かれており、台湾の人々の人情をうかがい知ることができました。

    10時30分、少ない乗客を乗せて列車は出発。
    台南車站までは22分。けっこうかかります・・・。

  • 11時近くなり、ようやく台南中心部の台南車站に到着。<br /><br />高鐡台南駅からは待ち時間をあわせると1時間・・・台北からだと2時間40分。在来線の自強号よりは早いものの、連結を改善する余地があるのではないかと思いました。<br />新幹線の乗り心地はよかったので、もう少しがんばってほしいですね。<br /><br />さて、まずは駅西口を出て右側の駐輪場先にある行李房へ行き、重い荷物を預けます。<br /><br />預かり所には2人のおじさんがいましたが、わたしを見るなり日本語で話しかけてきました。<br />やっぱり日本人は見分けがつくんですね。<br /><br />預け料は20時までで17元(約50円)。<br /><br />荷物を預けると、おじさんたちは壁に貼られた日本語の案内を指差し、“この日本語、正しいですか?”と尋ねてきます。<br /><br />“てにをは”の使い方がおかしかったのでペンで直してあげると、にっこりと笑って送り出してくれました。<br /><br />・・・台湾南部の人々は人情に厚いと言われますが、早速そんなおじさんたちに出会うことができました。

    11時近くなり、ようやく台南中心部の台南車站に到着。

    高鐡台南駅からは待ち時間をあわせると1時間・・・台北からだと2時間40分。在来線の自強号よりは早いものの、連結を改善する余地があるのではないかと思いました。
    新幹線の乗り心地はよかったので、もう少しがんばってほしいですね。

    さて、まずは駅西口を出て右側の駐輪場先にある行李房へ行き、重い荷物を預けます。

    預かり所には2人のおじさんがいましたが、わたしを見るなり日本語で話しかけてきました。
    やっぱり日本人は見分けがつくんですね。

    預け料は20時までで17元(約50円)。

    荷物を預けると、おじさんたちは壁に貼られた日本語の案内を指差し、“この日本語、正しいですか?”と尋ねてきます。

    “てにをは”の使い方がおかしかったのでペンで直してあげると、にっこりと笑って送り出してくれました。

    ・・・台湾南部の人々は人情に厚いと言われますが、早速そんなおじさんたちに出会うことができました。

  • 台南観光の手始めに、まずは赤嵌樓を目指して駅の西側をてくてくと歩いていきます。<br /><br />11時15分、道すがら、提燈に“北極玄天上帝”と書かれた中国風の建物を発見。<br /><br />看板を見ると“霊祐宮”と書かれており、どうやら、中国・台湾の民間信仰において北方を守護する“玄天上帝”(玄武)を祀る廟のようです。

    台南観光の手始めに、まずは赤嵌樓を目指して駅の西側をてくてくと歩いていきます。

    11時15分、道すがら、提燈に“北極玄天上帝”と書かれた中国風の建物を発見。

    看板を見ると“霊祐宮”と書かれており、どうやら、中国・台湾の民間信仰において北方を守護する“玄天上帝”(玄武)を祀る廟のようです。

  • 中に入ってみると、ここはあまり有名でないのか、参拝客は2、3人くらいしかいません。<br /><br />それでも、金や赤を基調とした内装やお供え物はカラフルで派手派手。<br /><br />中央に祀られているのが玄天上帝でしょうか。<br /><br />立派なヒゲを生やしていると、なんでも三国志の関羽(自身も神格化され、あちこちの関帝廟に祀られている。)に見えてしまいますね(笑)。

    中に入ってみると、ここはあまり有名でないのか、参拝客は2、3人くらいしかいません。

    それでも、金や赤を基調とした内装やお供え物はカラフルで派手派手。

    中央に祀られているのが玄天上帝でしょうか。

    立派なヒゲを生やしていると、なんでも三国志の関羽(自身も神格化され、あちこちの関帝廟に祀られている。)に見えてしまいますね(笑)。

  • 11時25分、赤嵌樓(せっかんろう、Fort Provintia)に到着。<br />入場料として50元(約140円)を受付に払います。<br /><br />雲が晴れ、青空の広がる気持ちのいい天気になってきました。<br />敷地内の楼閣の周りには緑があふれ、次から次へとやってくるたくさんの観光客たちが、太陽の光を浴びて気持ち良さそうに過ごしています。<br /><br />この赤嵌樓、もとは17世紀半ばに貿易拠点として台湾南部を占拠していたオランダ人によって1653年に建てられた城塞で、オランダ側からは“プロビンシャ城”、漢人側からは“赤嵌樓”又は“紅毛城”と呼ばれていました。

    11時25分、赤嵌樓(せっかんろう、Fort Provintia)に到着。
    入場料として50元(約140円)を受付に払います。

    雲が晴れ、青空の広がる気持ちのいい天気になってきました。
    敷地内の楼閣の周りには緑があふれ、次から次へとやってくるたくさんの観光客たちが、太陽の光を浴びて気持ち良さそうに過ごしています。

    この赤嵌樓、もとは17世紀半ばに貿易拠点として台湾南部を占拠していたオランダ人によって1653年に建てられた城塞で、オランダ側からは“プロビンシャ城”、漢人側からは“赤嵌樓”又は“紅毛城”と呼ばれていました。

  • そして、1661年に満洲族の清に追われて台湾にやってきた明の遺臣“国姓爺”鄭成功(1624−62年)がオランダ人を追放し、プロビンシャ城を“承天府”と改め、台湾統治の中心としたのです。<br /><br />その後、鄭成功の子の鄭経は1664年に承天府を廃し、赤嵌樓は火薬貯蔵庫として用いられるようになりましたが、1683年の清への鄭氏政権降伏後は、しばらくかえりみられずに自然や人為的な被害により荒廃するにまかせていました。<br /><br />しかし、19世紀後半には一部が再建され、日本統治時代には病院や医学生の寄宿舎として使われるようになりました。<br /><br />日本統治終了後には1974年に台湾政府により大規模な修復が行われ、人々が憩う現在の姿となったということです。<br /><br /><br />・・・庭にあるこの銅像は、鄭成功がオランダを破り、講和条約を結んでいる場面を再現したものとのこと。<br /><br />台湾から夷狄を追い払い、漢民族統治の端緒を成した鄭成功は、台南のみならず台湾全体にとっても英雄なんですね。

    そして、1661年に満洲族の清に追われて台湾にやってきた明の遺臣“国姓爺”鄭成功(1624−62年)がオランダ人を追放し、プロビンシャ城を“承天府”と改め、台湾統治の中心としたのです。

    その後、鄭成功の子の鄭経は1664年に承天府を廃し、赤嵌樓は火薬貯蔵庫として用いられるようになりましたが、1683年の清への鄭氏政権降伏後は、しばらくかえりみられずに自然や人為的な被害により荒廃するにまかせていました。

    しかし、19世紀後半には一部が再建され、日本統治時代には病院や医学生の寄宿舎として使われるようになりました。

    日本統治終了後には1974年に台湾政府により大規模な修復が行われ、人々が憩う現在の姿となったということです。


    ・・・庭にあるこの銅像は、鄭成功がオランダを破り、講和条約を結んでいる場面を再現したものとのこと。

    台湾から夷狄を追い払い、漢民族統治の端緒を成した鄭成功は、台南のみならず台湾全体にとっても英雄なんですね。

  • 楼閣の手前には、きちんと手入れされた庭園とともに、たくさんの錦鯉が泳いでいる池があり、観光客たちが思い思いに記念撮影に興じています。<br /><br />天気も良く穏やかで、まるで国内旅行をしているような平和な気分になってきます。

    楼閣の手前には、きちんと手入れされた庭園とともに、たくさんの錦鯉が泳いでいる池があり、観光客たちが思い思いに記念撮影に興じています。

    天気も良く穏やかで、まるで国内旅行をしているような平和な気分になってきます。

  • 楼閣(海神廟と文昌閣の2棟)の内部は、当時の装飾品や船の模型など、わずかながら展示物があり、ちょっとした資料館のようになっています。<br /><br />この写真は鄭成功の銅像と肖像画。<br /><br />銅像の方が若々しくて武人な感じがする・・・かな。

    楼閣(海神廟と文昌閣の2棟)の内部は、当時の装飾品や船の模型など、わずかながら展示物があり、ちょっとした資料館のようになっています。

    この写真は鄭成功の銅像と肖像画。

    銅像の方が若々しくて武人な感じがする・・・かな。

  • 海神廟の2階の窓からは、こんな景色が拝めます。<br /><br />歴史的建造物のすぐ近くに景観無視の高層の建物があるところは、どことなく日本的な感じがしますね。<br /><br />(別に悪いわけではなく、人によっては古いものと新しいものが入り混じっているカオス的な魅力があるわけで。)

    海神廟の2階の窓からは、こんな景色が拝めます。

    歴史的建造物のすぐ近くに景観無視の高層の建物があるところは、どことなく日本的な感じがしますね。

    (別に悪いわけではなく、人によっては古いものと新しいものが入り混じっているカオス的な魅力があるわけで。)

  • こちらは海神廟の2階にある羽鳥又男(1892−1975年)の銅像。<br /><br />日本統治時代末期の台南市長を務めた日本人で、現代の日本人にはほとんど知られていませんが、銅像の下には以下の日本語解説が。<br /><br />・・・<br /><br />在任中台湾文化を尊重し、歴史古跡、文物及び民族風習の保存に尽くした功績は、非常に偉大なるものがあった。<br /><br />1942年4月、台南市長に就任するや全力をもって、台南市にある古跡、文化財の保存に努めた。<br />当時は第二次世界大戦末期で財政が窮乏しており、軍部の反対などもあったが、台南市民の心を汲んで羽鳥氏はあらゆる困難を克服し、歴史的建造物の台南孔子廟、赤嵌楼を修復した。<br />それにより台南の歴史古跡が旧来の容貌をそのまま残し得たのである。<br />孔子廟の記念祭典が今に至るまで断つことなく行われ、加えて開元寺の古鐘を軍部の供出命令から救い出し、今日も朝夕その美しい音色を四方に響かせているのは、一重に市長の努力によるものである。<br /><br />その台湾文化を尊重する精神は、今でも常に台南市民に偲ばれている。<br /><br />財團法人台南市奇美文化基金會 寄贈<br /><br />・・・<br /><br />とても温かい文章でその業績が記されていますね。<br /><br />嘉南平野を潤す烏山頭ダムを造った八田與一もそうですが、こんなふうに台湾人に慕われている日本人がいると思うと胸が熱くなります・・・。

    こちらは海神廟の2階にある羽鳥又男(1892−1975年)の銅像。

    日本統治時代末期の台南市長を務めた日本人で、現代の日本人にはほとんど知られていませんが、銅像の下には以下の日本語解説が。

    ・・・

    在任中台湾文化を尊重し、歴史古跡、文物及び民族風習の保存に尽くした功績は、非常に偉大なるものがあった。

    1942年4月、台南市長に就任するや全力をもって、台南市にある古跡、文化財の保存に努めた。
    当時は第二次世界大戦末期で財政が窮乏しており、軍部の反対などもあったが、台南市民の心を汲んで羽鳥氏はあらゆる困難を克服し、歴史的建造物の台南孔子廟、赤嵌楼を修復した。
    それにより台南の歴史古跡が旧来の容貌をそのまま残し得たのである。
    孔子廟の記念祭典が今に至るまで断つことなく行われ、加えて開元寺の古鐘を軍部の供出命令から救い出し、今日も朝夕その美しい音色を四方に響かせているのは、一重に市長の努力によるものである。

    その台湾文化を尊重する精神は、今でも常に台南市民に偲ばれている。

    財團法人台南市奇美文化基金會 寄贈

    ・・・

    とても温かい文章でその業績が記されていますね。

    嘉南平野を潤す烏山頭ダムを造った八田與一もそうですが、こんなふうに台湾人に慕われている日本人がいると思うと胸が熱くなります・・・。

  • 敷地のいちばん奥には“普城稜堡残跡”(Remains of the Bastion of Fort Provintia)という、赤レンガが積み重なったオランダ時代のプロビンシャ城の城壁跡があります。<br /><br />観光客たちは皆“ふ〜ん”と見ながら去っていきます。<br /><br />これにて赤嵌樓の見学は終わり・・・。

    敷地のいちばん奥には“普城稜堡残跡”(Remains of the Bastion of Fort Provintia)という、赤レンガが積み重なったオランダ時代のプロビンシャ城の城壁跡があります。

    観光客たちは皆“ふ〜ん”と見ながら去っていきます。

    これにて赤嵌樓の見学は終わり・・・。

  • 赤嵌樓を出て、次はすぐ近くにある祀典武廟まで歩きます。<br /><br />赤嵌樓の前の通りは、寿司屋の看板があったりと、まるで日本の街並みのよう。<br /><br />それでも、電柱など景観を害するものがなく、カオスな雰囲気の中にどこか整った印象を受けますね。

    赤嵌樓を出て、次はすぐ近くにある祀典武廟まで歩きます。

    赤嵌樓の前の通りは、寿司屋の看板があったりと、まるで日本の街並みのよう。

    それでも、電柱など景観を害するものがなく、カオスな雰囲気の中にどこか整った印象を受けますね。

  • 12時、祀典武廟に到着。<br /><br />こちらは入口の前がお店の駐輪場になっており、ごちゃごちゃした感じでうまく写真が撮れません(笑)。

    12時、祀典武廟に到着。

    こちらは入口の前がお店の駐輪場になっており、ごちゃごちゃした感じでうまく写真が撮れません(笑)。

  • 祀典武廟の“武廟”とは“関帝廟”のことで、孔子を祀る“文廟”に対してこう呼ばれているのだそうです。<br /><br />この建物は、もともと17世紀の鄭氏政権時代には、台湾に逃れてきた明の寧靖王の王府、神明庁として利用されていましたが、鄭氏政権の清への降伏後は台湾における関帝廟の総本山として人々の信仰の拠り所となっていきます。<br /><br />この関帝廟の主神はもちろん“関聖帝君”こと三国志の英雄“関羽雲長”。<br /><br />主君である蜀の劉備に仕えて信義や義侠心に厚く、その最期は、呉の孫権に裏切られて悲劇的な死を遂げたことから、死後に神格化され、現在では商売の神(義に厚いことから来るらしいです。)として中国・台湾の誰もが知る存在となっています。<br /><br />関羽像は正面の入口奥に祀られており、向かって右に息子(太子)の関平、左に従者の周倉を従える姿は三国志ファンにはお馴染みです。<br /><br />この日は土曜日だからか参拝客には若い人も多く、皆線香を焚いて一心にお祈りをしていました。

    祀典武廟の“武廟”とは“関帝廟”のことで、孔子を祀る“文廟”に対してこう呼ばれているのだそうです。

    この建物は、もともと17世紀の鄭氏政権時代には、台湾に逃れてきた明の寧靖王の王府、神明庁として利用されていましたが、鄭氏政権の清への降伏後は台湾における関帝廟の総本山として人々の信仰の拠り所となっていきます。

    この関帝廟の主神はもちろん“関聖帝君”こと三国志の英雄“関羽雲長”。

    主君である蜀の劉備に仕えて信義や義侠心に厚く、その最期は、呉の孫権に裏切られて悲劇的な死を遂げたことから、死後に神格化され、現在では商売の神(義に厚いことから来るらしいです。)として中国・台湾の誰もが知る存在となっています。

    関羽像は正面の入口奥に祀られており、向かって右に息子(太子)の関平、左に従者の周倉を従える姿は三国志ファンにはお馴染みです。

    この日は土曜日だからか参拝客には若い人も多く、皆線香を焚いて一心にお祈りをしていました。

  • 12時10分、続いてすぐ隣にある大天后宮へ。<br /><br />大天后宮は“媽祖廟”とも言われ、航海や漁業の女神である“媽祖”(天后聖母)を祀るものです。<br /><br />特に、台南の大天后宮は台湾最古の媽祖廟と言われ、台湾全土で数百ある媽祖廟の最高位とされています。<br /><br />・・・そんな大天后宮ですが、正面入り口は何やら建物を描いた絵が被せられています。<br />修復中ということでしょうか?

    12時10分、続いてすぐ隣にある大天后宮へ。

    大天后宮は“媽祖廟”とも言われ、航海や漁業の女神である“媽祖”(天后聖母)を祀るものです。

    特に、台南の大天后宮は台湾最古の媽祖廟と言われ、台湾全土で数百ある媽祖廟の最高位とされています。

    ・・・そんな大天后宮ですが、正面入り口は何やら建物を描いた絵が被せられています。
    修復中ということでしょうか?

  • 大天后宮は、もともとは1664年に創建された鄭氏政権時代の明の寧靖王の別府。<br /><br />鄭氏政権降伏後の1684年、清により媽祖廟に改められ、大天后宮と呼ばれるようになったのだそうです。<br /><br />媽祖とは、10世紀の宋の時代に実在した福建省の女性がモデルで、その父親が海難事故に遭った後に自身も行方知れずとなったことから、その後神格化され、航海や漁業の安全を守る神様となったということです。<br /><br />現在の台湾では、上記にとどまらずあらゆる願いをかなえる神様として信仰されるようになっており、台湾で最も人気が高い神様となっています。<br /><br />・・・こちらも先ほどの祀典武廟と同じく、老若男女問わず、次から次へと線香を焚いて熱心に祈る人々の姿が目立ちます。

    大天后宮は、もともとは1664年に創建された鄭氏政権時代の明の寧靖王の別府。

    鄭氏政権降伏後の1684年、清により媽祖廟に改められ、大天后宮と呼ばれるようになったのだそうです。

    媽祖とは、10世紀の宋の時代に実在した福建省の女性がモデルで、その父親が海難事故に遭った後に自身も行方知れずとなったことから、その後神格化され、航海や漁業の安全を守る神様となったということです。

    現在の台湾では、上記にとどまらずあらゆる願いをかなえる神様として信仰されるようになっており、台湾で最も人気が高い神様となっています。

    ・・・こちらも先ほどの祀典武廟と同じく、老若男女問わず、次から次へと線香を焚いて熱心に祈る人々の姿が目立ちます。

  • 大天后宮には奥にいくつかの部屋があり、媽祖だけでなく様々な神様が祀られています。<br /><br />こちらは臨水夫人(りんすいふじん)、註生娘娘(ちゅうしょうにんにん)と書かれた廟。<br /><br />3体あるのでどれが臨水夫人でどれが註生娘娘なのかよく分かりませんが、前者は安産の神様、後者は子宝の神様として通常ワンセットになっており、台湾中の女性の崇拝を受けているのだそうです。

    大天后宮には奥にいくつかの部屋があり、媽祖だけでなく様々な神様が祀られています。

    こちらは臨水夫人(りんすいふじん)、註生娘娘(ちゅうしょうにんにん)と書かれた廟。

    3体あるのでどれが臨水夫人でどれが註生娘娘なのかよく分かりませんが、前者は安産の神様、後者は子宝の神様として通常ワンセットになっており、台湾中の女性の崇拝を受けているのだそうです。

  • 続いては少し西へ離れたところにある老街、神農街へ。<br /><br />大通りを渡っていき、12時40分、到着です。<br /><br />ここは台湾で初めての貿易専門街で、ガイドブックには築200年以上の古い家屋が多く保存されている地区と書かれています。<br /><br />路地好きの身としては期待して行ってみると、通りに提燈は飾られているものの、人通りは少なく、店も開いているのか閉まっているのかよく分からない感じで寂しい限り・・・。<br /><br />建物も勉強不足だからかもしれませんが、それほど目を引くものはありません。<br /><br />わざわざほかの観光スポットから遠いところへ歩いてきたわりにはちょっと期待外れだったかも・・・。

    続いては少し西へ離れたところにある老街、神農街へ。

    大通りを渡っていき、12時40分、到着です。

    ここは台湾で初めての貿易専門街で、ガイドブックには築200年以上の古い家屋が多く保存されている地区と書かれています。

    路地好きの身としては期待して行ってみると、通りに提燈は飾られているものの、人通りは少なく、店も開いているのか閉まっているのかよく分からない感じで寂しい限り・・・。

    建物も勉強不足だからかもしれませんが、それほど目を引くものはありません。

    わざわざほかの観光スポットから遠いところへ歩いてきたわりにはちょっと期待外れだったかも・・・。

  • 神農街を早々に切り上げて、見どころが集中している地区へと戻ります。<br /><br />途中、昼下がりの街の様子をパチリ。<br /><br />赤や緑の派手な広告看板に書かれているのは繁体字の漢字ばかりでアルファベットはひとつもありません。<br /><br />日本にはない、ある意味シュールな街並みです。<br /><br /><br />ちなみにこの通りにも電柱はありません。<br /><br />台南はここ以外でも先ほどの赤嵌樓前の通りのように電柱が少なく、同じごちゃごちゃでも日本のごちゃごちゃさと比べると一定の秩序があるようで、街歩きをしていて楽しく感じられますね。

    神農街を早々に切り上げて、見どころが集中している地区へと戻ります。

    途中、昼下がりの街の様子をパチリ。

    赤や緑の派手な広告看板に書かれているのは繁体字の漢字ばかりでアルファベットはひとつもありません。

    日本にはない、ある意味シュールな街並みです。


    ちなみにこの通りにも電柱はありません。

    台南はここ以外でも先ほどの赤嵌樓前の通りのように電柱が少なく、同じごちゃごちゃでも日本のごちゃごちゃさと比べると一定の秩序があるようで、街歩きをしていて楽しく感じられますね。

  • こちらの映画館の前には大きな劇画調の広告看板が。<br /><br />昭和の時代の日本の映画広告のようで、どこか懐かしさを感じますね。

    こちらの映画館の前には大きな劇画調の広告看板が。

    昭和の時代の日本の映画広告のようで、どこか懐かしさを感じますね。

  • 13時、天壇天公廟に到着。<br /><br />1854年、清の時代に建設された、道教や民間信仰における最高神である“玉皇上帝”を祀る廟です。<br /><br />“天壇”と名乗ってはいますが、明、清の皇帝が天に対して祭祀を行った北京の天壇(世界遺産)とは関係がありません。<br /><br />(北京の休日(4)〜天壇の祈年殿)<br />http://4travel.jp/traveler/kissydney/pict/22445542/

    13時、天壇天公廟に到着。

    1854年、清の時代に建設された、道教や民間信仰における最高神である“玉皇上帝”を祀る廟です。

    “天壇”と名乗ってはいますが、明、清の皇帝が天に対して祭祀を行った北京の天壇(世界遺産)とは関係がありません。

    (北京の休日(4)〜天壇の祈年殿)
    http://4travel.jp/traveler/kissydney/pict/22445542/

  • 天壇天公廟には、玉皇上帝のほかにも、天界を治める三清道祖(元始天尊、霊寶天尊(太上道君)、道徳天尊(太上老君))や、玉皇上帝の側近である三官大帝(天・地・水の三界を司るとされている天官・地官・水官の三神の総称)、天上聖母(媽祖)、関聖帝君といった、ありとあらゆる民間信仰の神々が祀られています。<br /><br />なんでもありのありがたい廟ですね。<br /><br />ここも老若男女、様々な世代の人々が訪れ、熱心に祈りを捧げていました。

    天壇天公廟には、玉皇上帝のほかにも、天界を治める三清道祖(元始天尊、霊寶天尊(太上道君)、道徳天尊(太上老君))や、玉皇上帝の側近である三官大帝(天・地・水の三界を司るとされている天官・地官・水官の三神の総称)、天上聖母(媽祖)、関聖帝君といった、ありとあらゆる民間信仰の神々が祀られています。

    なんでもありのありがたい廟ですね。

    ここも老若男女、様々な世代の人々が訪れ、熱心に祈りを捧げていました。

  • 主神である玉皇上帝は別名を“天公”とも言い、他の神々を統括し、さらには人間の運命をも司ることから、人々からは最高神とあがめられています。<br /><br />そのため、玉皇上帝はその姿を表すことができず、天壇天公廟では“玉皇上帝”と書かれた牌を像の代わりとしているのだそうです。<br /><br />ちなみに、玉皇上帝の廟の正面上に掲げられた“一”という扁額は、台湾で最も美しい一の字と言われているとのこと。<br /><br />訪れたときは気付きませんでしたが、偶然写真に撮れて残っていました(笑)。<br /><br />これも玉皇上帝のお導き?

    主神である玉皇上帝は別名を“天公”とも言い、他の神々を統括し、さらには人間の運命をも司ることから、人々からは最高神とあがめられています。

    そのため、玉皇上帝はその姿を表すことができず、天壇天公廟では“玉皇上帝”と書かれた牌を像の代わりとしているのだそうです。

    ちなみに、玉皇上帝の廟の正面上に掲げられた“一”という扁額は、台湾で最も美しい一の字と言われているとのこと。

    訪れたときは気付きませんでしたが、偶然写真に撮れて残っていました(笑)。

    これも玉皇上帝のお導き?

  • こちらは提燈に“文衡聖帝”と書かれた祭壇。<br /><br />壁や天井の繊細な彫刻や暗さも手伝って、厳かな雰囲気です。<br /><br />“文衡聖帝”とは“関聖帝君”と同じくこれまた関羽のことで、関羽は武勇に優れているだけではなく、春秋左氏伝をそらんじるほどの文武両道の将であったため、この名がついたものと思われます。

    こちらは提燈に“文衡聖帝”と書かれた祭壇。

    壁や天井の繊細な彫刻や暗さも手伝って、厳かな雰囲気です。

    “文衡聖帝”とは“関聖帝君”と同じくこれまた関羽のことで、関羽は武勇に優れているだけではなく、春秋左氏伝をそらんじるほどの文武両道の将であったため、この名がついたものと思われます。

  • 同じ部屋には、関羽最後の戦いとなった219年の魏との“樊城の戦い”での名場面、毒矢に侵された左肘の骨を削るため、痛みをそらそうと碁を打つ屹然とした関羽の姿を描いた絵も飾られていました。

    同じ部屋には、関羽最後の戦いとなった219年の魏との“樊城の戦い”での名場面、毒矢に侵された左肘の骨を削るため、痛みをそらそうと碁を打つ屹然とした関羽の姿を描いた絵も飾られていました。

  • 13時30分、歩きまわってお腹がすいたので昼食へ。<br /><br />行き先は小吃(一品料理)の担仔麺(小ぶりの汁入り麺料理)で有名な“度小月”。<br />国立台湾文学館のあるラウンドアバウトを中正路に曲がってすぐのところにあります。<br /><br />簡単な日本語で案内してくれ(日本人とすぐばれました(笑))、頼んだのは擔(担)仔麺(50元)、トッピングに滷蛋(煮込み玉子)(15元)、香滷油豆腐(60元)、古早味冬瓜茶(30元)の計155元(約420円)。<br /><br />“(麺に)パクチー入れる?”と聞いてきたのでもちろん入れると答えます。<br /><br />担仔麺はパクチーや玉子が効いて美味しく、大満足の味でした。小ぶりだったのでおかわりしたくなるほどです(疲れていたせいか、出されると一気に食べてしまったため、写真を撮るのを忘れてしまいました(笑))。<br />冬瓜茶は思っていたより甘かったですが、それほどしつこくない甘さで歩き疲れた体を癒してくれました。<br /><br />【台北ナビ〜度小月(台南本店)】<br />http://www.taipeinavi.com/food/393/<br /><br />ちなみに、写真の台湾文学館、もとは1916年の日本統治時代に台南州庁舎として建設された、森山松之助氏による西洋建築様式の建物で、台湾総督府や監察院とともに、台湾における有名な建築物のひとつとなっています。<br /><br />戦後は老朽化が進んでいたところ、1997年より修復作業が行われ、2003年に完成、国立台湾文学館として新たなスタートを切っています。<br /><br />【国立台湾博物館】<br />http://www.nmtl.gov.tw/jp/index.php?option=com_content&amp;view=frontpage&amp;Itemid=41

    13時30分、歩きまわってお腹がすいたので昼食へ。

    行き先は小吃(一品料理)の担仔麺(小ぶりの汁入り麺料理)で有名な“度小月”。
    国立台湾文学館のあるラウンドアバウトを中正路に曲がってすぐのところにあります。

    簡単な日本語で案内してくれ(日本人とすぐばれました(笑))、頼んだのは擔(担)仔麺(50元)、トッピングに滷蛋(煮込み玉子)(15元)、香滷油豆腐(60元)、古早味冬瓜茶(30元)の計155元(約420円)。

    “(麺に)パクチー入れる?”と聞いてきたのでもちろん入れると答えます。

    担仔麺はパクチーや玉子が効いて美味しく、大満足の味でした。小ぶりだったのでおかわりしたくなるほどです(疲れていたせいか、出されると一気に食べてしまったため、写真を撮るのを忘れてしまいました(笑))。
    冬瓜茶は思っていたより甘かったですが、それほどしつこくない甘さで歩き疲れた体を癒してくれました。

    【台北ナビ〜度小月(台南本店)】
    http://www.taipeinavi.com/food/393/

    ちなみに、写真の台湾文学館、もとは1916年の日本統治時代に台南州庁舎として建設された、森山松之助氏による西洋建築様式の建物で、台湾総督府や監察院とともに、台湾における有名な建築物のひとつとなっています。

    戦後は老朽化が進んでいたところ、1997年より修復作業が行われ、2003年に完成、国立台湾文学館として新たなスタートを切っています。

    【国立台湾博物館】
    http://www.nmtl.gov.tw/jp/index.php?option=com_content&view=frontpage&Itemid=41

  • 昼食後の14時、度小月のすぐ近くにある孔子廟へ。<br /><br />鄭氏政権時代の1665年に創建された台湾最古の孔子廟で、それと同時に台湾の最高学府ともされ、“全臺首學”(全台首学)とも呼ばれていました。<br /><br />写真は孔子廟の中にある大成殿。孔子廟自体は無料で入れますが、ここに入るのには25元(約70円)必要です。<br /><br />大成殿はこれまでの民間信仰の廟に比べて人が少なめ。<br /><br />有料と言うこともあるのでしょうが、現世利益で分かりやすい民間信仰に比べ、なんとなく堅苦しくて難しそうな儒教は民間に息づいていないということもあるのでしょう。

    昼食後の14時、度小月のすぐ近くにある孔子廟へ。

    鄭氏政権時代の1665年に創建された台湾最古の孔子廟で、それと同時に台湾の最高学府ともされ、“全臺首學”(全台首学)とも呼ばれていました。

    写真は孔子廟の中にある大成殿。孔子廟自体は無料で入れますが、ここに入るのには25元(約70円)必要です。

    大成殿はこれまでの民間信仰の廟に比べて人が少なめ。

    有料と言うこともあるのでしょうが、現世利益で分かりやすい民間信仰に比べ、なんとなく堅苦しくて難しそうな儒教は民間に息づいていないということもあるのでしょう。

  • 大成殿を出たところにある禮門。<br /><br />当時、学堂と廟の境界であるこの位置に設置されていたもので、両者を分けていた塀や扉は現在ではなくなり、辺り一面が緑あふれる公園のようになっています。<br /><br />敷地内には大きなガジュマルの木もそびえ、設置されたスピーカーからビートルズの曲がかかる中、多くの人々が憩う平和な時間が流れています。

    大成殿を出たところにある禮門。

    当時、学堂と廟の境界であるこの位置に設置されていたもので、両者を分けていた塀や扉は現在ではなくなり、辺り一面が緑あふれる公園のようになっています。

    敷地内には大きなガジュマルの木もそびえ、設置されたスピーカーからビートルズの曲がかかる中、多くの人々が憩う平和な時間が流れています。

  • 14時30分、またまた歩いて大南門へ。<br /><br />かつて台南にあった城門のうちいちばん立派な城門であったとされ、1977年に修復された後、周囲は府城南門公園として整備されています。<br /><br />この大南門、半月の形をしていることから、月城とも呼ばれているとのこと。<br /><br />ほかの観光スポットからは少し離れているため、訪れる人は少なかったですが、その分、のんびりとした時間を過ごせそうないい公園のように思いました。

    14時30分、またまた歩いて大南門へ。

    かつて台南にあった城門のうちいちばん立派な城門であったとされ、1977年に修復された後、周囲は府城南門公園として整備されています。

    この大南門、半月の形をしていることから、月城とも呼ばれているとのこと。

    ほかの観光スポットからは少し離れているため、訪れる人は少なかったですが、その分、のんびりとした時間を過ごせそうないい公園のように思いました。

  • 時間も少なくなってきたのでサクサク進みます。<br /><br />14時50分、次は鄭成功を祀る“延平郡王祠”へ。<br /><br />手前にあるスペースには池や緑地が整備され、これまた市民の憩いの場としてのんびりとした時間を過ごせそうです。<br /><br />台南は歩いて過ごせるコンパクトな街ながら、あちらこちらに緑が多く、住みやすそうな印象を受けますね。

    時間も少なくなってきたのでサクサク進みます。

    14時50分、次は鄭成功を祀る“延平郡王祠”へ。

    手前にあるスペースには池や緑地が整備され、これまた市民の憩いの場としてのんびりとした時間を過ごせそうです。

    台南は歩いて過ごせるコンパクトな街ながら、あちらこちらに緑が多く、住みやすそうな印象を受けますね。

  • この延平郡王祠、もともとは鄭成功死後の1662年に、台湾からオランダを駆逐した彼の功績を讃え、“開山王廟”として創建されたものですが、清の時代の1875年には福州様式の新しい祠が建てられました。<br /><br />その後、日本統治時代には、日本の神社に模した改築が行われ“関山神社”となり、日本統治終了後には中国北方建築を模した鉄筋コンクリート製の廟に建て替えられました。<br /><br />このように、時代によって何度も姿を変えてきた延平郡王祠ですが、それは、鄭成功という人物の後世の民衆への影響力が、時の権力者にとっても政治的に利用する価値があると思わせるほど大きかったことに由来するものでしょう。

    この延平郡王祠、もともとは鄭成功死後の1662年に、台湾からオランダを駆逐した彼の功績を讃え、“開山王廟”として創建されたものですが、清の時代の1875年には福州様式の新しい祠が建てられました。

    その後、日本統治時代には、日本の神社に模した改築が行われ“関山神社”となり、日本統治終了後には中国北方建築を模した鉄筋コンクリート製の廟に建て替えられました。

    このように、時代によって何度も姿を変えてきた延平郡王祠ですが、それは、鄭成功という人物の後世の民衆への影響力が、時の権力者にとっても政治的に利用する価値があると思わせるほど大きかったことに由来するものでしょう。

  • 正面入り口の奥の建物に安置されている“明延平王”と書かれた鄭成功の座像。<br /><br />戦後に作られた新しいものですが、りりしい表情で威厳が伝わってきます。<br /><br />この後殿には長崎の平戸出身の鄭成功の母、田川松(翁太妃)の位牌も安置されています。

    正面入り口の奥の建物に安置されている“明延平王”と書かれた鄭成功の座像。

    戦後に作られた新しいものですが、りりしい表情で威厳が伝わってきます。

    この後殿には長崎の平戸出身の鄭成功の母、田川松(翁太妃)の位牌も安置されています。

  • 敷地内の一角には日本の絵馬のような願掛けもたくさん。<br /><br />台湾のほかの廟では見かけなかったのですが、日本統治時代にここが神社であったことの名残りなのでしょうか?<br /><br />ただ、実際ここにお参りに来ている人々は少なく、どちらかといえば地元民が日々の信仰を行う宗教施設ではなく、遠くから来た人々が訪れる観光施設となっているような気がしました。<br /><br />建物の周囲の壁にある鄭成功の業績を記した展示パネルには日本語解説もあり、観光に訪れる人々に配慮されているようです。

    敷地内の一角には日本の絵馬のような願掛けもたくさん。

    台湾のほかの廟では見かけなかったのですが、日本統治時代にここが神社であったことの名残りなのでしょうか?

    ただ、実際ここにお参りに来ている人々は少なく、どちらかといえば地元民が日々の信仰を行う宗教施設ではなく、遠くから来た人々が訪れる観光施設となっているような気がしました。

    建物の周囲の壁にある鄭成功の業績を記した展示パネルには日本語解説もあり、観光に訪れる人々に配慮されているようです。

  • 延平郡王祠の隣には“鄭成功文物館”なるものがあります。<br /><br />入場無料ですが、館内の撮影は禁止。<br /><br />鄭成功時代の武器や船のミニチュアなどが展示されていました。<br /><br />“ふ〜ん”という感じのところで、時間がなければ飛ばしてもいいでしょう。

    延平郡王祠の隣には“鄭成功文物館”なるものがあります。

    入場無料ですが、館内の撮影は禁止。

    鄭成功時代の武器や船のミニチュアなどが展示されていました。

    “ふ〜ん”という感じのところで、時間がなければ飛ばしてもいいでしょう。

  • 15時40分、台南で見るべきものはだいたい見たのでそろそろ駅へ戻り、次の目的地、高雄を目指します。<br /><br />駅への帰り道、一際にぎわっている通りを発見。<br /><br />孔子廟の入口から続いている歩行者天国、“府中街”です。

    15時40分、台南で見るべきものはだいたい見たのでそろそろ駅へ戻り、次の目的地、高雄を目指します。

    駅への帰り道、一際にぎわっている通りを発見。

    孔子廟の入口から続いている歩行者天国、“府中街”です。

  • 若者を中心に通りを歩いている人々の表情は誰も楽しそうで、これまで歩いてきた台南のどの通りよりも活気がありますね。<br /><br />オシャレな通りとして台湾でも大人気のスポットなのでしょう。

    若者を中心に通りを歩いている人々の表情は誰も楽しそうで、これまで歩いてきた台南のどの通りよりも活気がありますね。

    オシャレな通りとして台湾でも大人気のスポットなのでしょう。

  • しかしこの短い通りだけがこんなに賑わっているのもどこか奇妙な感じですが、台湾の若者も流行に敏感だということでしょうかね。<br /><br />台南はここに限らず、コンパクトで美味しい小吃のお店も多く、街歩きが楽しめる街です。

    しかしこの短い通りだけがこんなに賑わっているのもどこか奇妙な感じですが、台湾の若者も流行に敏感だということでしょうかね。

    台南はここに限らず、コンパクトで美味しい小吃のお店も多く、街歩きが楽しめる街です。

  • 16時、駅に向かう途中でまたしても気になる廟を発見。<br /><br />台湾府城隍廟です。<br /><br />1669年に鄭成功の息子、鄭経のために建てられた台湾最古の城隍廟で、現在の建物は1759年に再建されたものです。<br /><br />城隍廟とは城隍神、すなわち都市の守護神を祀る廟のことですが、この城隍神、人間の善悪行に対し因果応報を司る神でもあるそうです。<br /><br />入口にある“爾来了”という扁額は、“汝来たり”という意味で、府城(台南)三大名扁のひとつとされています。<br /><br />(ちなみに三大名扁の残り二つは天壇天公廟の“一”と竹渓寺の“了然世界”だそうです。)

    16時、駅に向かう途中でまたしても気になる廟を発見。

    台湾府城隍廟です。

    1669年に鄭成功の息子、鄭経のために建てられた台湾最古の城隍廟で、現在の建物は1759年に再建されたものです。

    城隍廟とは城隍神、すなわち都市の守護神を祀る廟のことですが、この城隍神、人間の善悪行に対し因果応報を司る神でもあるそうです。

    入口にある“爾来了”という扁額は、“汝来たり”という意味で、府城(台南)三大名扁のひとつとされています。

    (ちなみに三大名扁の残り二つは天壇天公廟の“一”と竹渓寺の“了然世界”だそうです。)

  • 内部はこのように細かな彫刻がほどこされた祭壇に年季の入った像が祀られ、なんともありがたい印象を受けます・・・。<br /><br />このように台湾では街のあちこちに民間信仰の廟があり、現在でも若い人を中心に訪れる人が多く、“旧来の風習打破”として文化大革命(1966〜76)で徹底的な破壊を受け、民間信仰が衰退した中国とは対照的です。<br /><br />民間信仰発祥の地である中国本土よりも、日本統治を受けてきた台湾でこんな信仰の姿が残っているなんて、なんとも皮肉なものですね・・・。

    内部はこのように細かな彫刻がほどこされた祭壇に年季の入った像が祀られ、なんともありがたい印象を受けます・・・。

    このように台湾では街のあちこちに民間信仰の廟があり、現在でも若い人を中心に訪れる人が多く、“旧来の風習打破”として文化大革命(1966〜76)で徹底的な破壊を受け、民間信仰が衰退した中国とは対照的です。

    民間信仰発祥の地である中国本土よりも、日本統治を受けてきた台湾でこんな信仰の姿が残っているなんて、なんとも皮肉なものですね・・・。

  • この時間帯は夕方のせいか、参拝者はそれほどいませんでしたが、たくさんの線香が捧げられており、そこからも人々の日々の信仰をうかがい知ることができました。

    この時間帯は夕方のせいか、参拝者はそれほどいませんでしたが、たくさんの線香が捧げられており、そこからも人々の日々の信仰をうかがい知ることができました。

  • この台湾府城隍廟の一角には“宗教文物陳列館”なるものがあり、そこにはこのように巨大な赤いそろばんが展示されています。<br /><br />祭神である城隍神とは、都市の守護神であると同時に人間の善悪行の因果応報を司る神でもあるので、このそろばんでもって人々の善悪を計算し、天国に送るか地獄に落とすかの算段をするということなのでしょう。

    この台湾府城隍廟の一角には“宗教文物陳列館”なるものがあり、そこにはこのように巨大な赤いそろばんが展示されています。

    祭神である城隍神とは、都市の守護神であると同時に人間の善悪行の因果応報を司る神でもあるので、このそろばんでもって人々の善悪を計算し、天国に送るか地獄に落とすかの算段をするということなのでしょう。

  • 帰りがけ、入口の頭上にも巨大な赤いそろばんが掲げられていました。<br /><br />こちらの方が先ほどの宗教文物陳列館のものより年季が入っており、オリジナルのようでした。

    帰りがけ、入口の頭上にも巨大な赤いそろばんが掲げられていました。

    こちらの方が先ほどの宗教文物陳列館のものより年季が入っており、オリジナルのようでした。

  • 16時30分、台南車站に到着です。<br />駅前ではストリートミュージシャンが演奏を行い、それを見に多くの若者が集まっていました。<br /><br />台南は“台湾の京都”と言われるだけあって、たくさんの廟やそこで祈りを捧げる人々の姿など、台湾の人々に息づいている信仰の姿を目にすることができ、とても興味深かったです。<br /><br />また、台南はコンパクトで歩きやすく、街並みもそれなりに秩序だっていて、美味しい小吃のお店も多いので、街歩きをしていて楽しかったですね。<br /><br />特に目立った建築物があるわけではないですが、街全体に人情を感じられるようなどこか懐かしい雰囲気があっておすすめです。<br /><br />さて、荷物を拾って次は高雄へ。<br />新幹線の計算違いでもう日が暮れてしまいそうですが、夜の街歩きを楽しみたいと思います!<br /><br />(高雄観光へ続く。)

    16時30分、台南車站に到着です。
    駅前ではストリートミュージシャンが演奏を行い、それを見に多くの若者が集まっていました。

    台南は“台湾の京都”と言われるだけあって、たくさんの廟やそこで祈りを捧げる人々の姿など、台湾の人々に息づいている信仰の姿を目にすることができ、とても興味深かったです。

    また、台南はコンパクトで歩きやすく、街並みもそれなりに秩序だっていて、美味しい小吃のお店も多いので、街歩きをしていて楽しかったですね。

    特に目立った建築物があるわけではないですが、街全体に人情を感じられるようなどこか懐かしい雰囲気があっておすすめです。

    さて、荷物を拾って次は高雄へ。
    新幹線の計算違いでもう日が暮れてしまいそうですが、夜の街歩きを楽しみたいと思います!

    (高雄観光へ続く。)

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この旅行記へのコメント (8)

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  • 川岸 町子さん 2012/04/13 23:30:06
    温かさがあふれる国
    エンリケさん
     良かったですね♪
     ご帰国後、もう2ヶ月経つのに、ご無沙汰しまして、ごめんなさい・・・。
     日本に帰りたくなかったなんて、居心地の良い国なんですね。
     
     私は、台湾はまだ行ったことがありません。
     新千歳から直行便が飛んでいるため、ツアーの広告をよく見かけます。
     近いし、とってもお手ごろなので、いいな〜と思います。

     私にとっての台湾のイメージは、一番は屋台でしょうか(笑)。
     お食事、拝見したら、おいしそうだし、大変なボリュームですね。

     お写真を拝見していて気づいたことが、お供えのお花が南のお花ですね。
     日本とは異なり、デンファーレ(蘭)やガーベラなど華やかで、シンメトリーに飾られていたり、お花にはさみを余り入れず、背の高いまま生けたり。。

     台湾紀行(1)の夜の風景もきれいですね。治安がいいので、穏やかそうな雰囲気ですね。朝から夜まで、思う存分街歩きを楽しめそうです。

     エンリケさんもお書きになっている、震災の義援金のニュース、本当に心が温かくなりますよね。
     もし外国がそのような状況になった時、日本人はそこまでできるのかと、ニュースを見て考えました。
     台湾地震の時の、日本からの援助がありがたくて、援助で建てられた仮設住宅には、日の丸をつけているそうですね。
     そういう心配りが、さらっとできる国なんでしょうね。
     
     続きを見にまたおじゃまします!
                           川岸 町子
     
     
     

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/04/14 20:54:47
    いつもご訪問ありがとうございます!
    川岸 町子さん

    こんばんは。いつもご訪問そして温かいメッセージをいただきありがとうございます!

    台湾、近すぎる国ゆえに、異国情緒を楽しみたい旅の上級者から見れば、かえって後回しになってしまいがちな国ですよね。

    わたしもそんな理由で海外旅行をし始めてから10年以上も経って初めて台湾を訪れたのですが、これが優しさと温かさにあふれる想像以上のもてなしの国で、今までなぜこんないい国に行かずに遠くのアジア人蔑視感情が残っているような国々へ嬉々として行っていたのだろうと、自問自答する思いにとらわれるほどでした。

    東日本大震災で200億円を超える世界でいちばんの義援金を寄せてくれたという事実も、やっぱりこういう国民性があってのことなのだなと本当に納得する思いです。

    今後の旅行記の中でもわたしのそんな思いがところどころに出てくるかと思いますが、引き続き楽しんでいただけたら。

    お供えのお花の話、わたしは花のことに詳しくないのでまったく気付きませんでしたが、意識して見ると、確かに日本とは違う鮮やかな花が多く、こうした小さなことからも台湾の風土や文化を知ることができますよね。

    川岸さんの観察力、わたしもより深く異国の文化を知るために見習っていきたいですね!
  • kuritchiさん 2012/04/03 10:45:49
    エンリケさんらしい台湾紀行
    エンリケさん、こんにちは。
    エンリケさんの台湾?! 興味シンシンで拝見いたしました。

    台北での観光をさらりと済まされ、次は台南へ…。
    そう言えば新幹線の“高雄へ!”の宣伝を目にしますが、台南に行くには乗換えが必要なんですね…。
    それもかなり、乗り継ぎの便が悪い(^^;

    台南は、(kuritchiにとっても!)いかにも台湾のイメージ。。。
    色鮮やかな廟に祠。。。
    台湾の人の信仰心の篤さも感じられますよね〜

    台湾を訪れると、統治時代の日本に対する感謝の言葉を耳にしました。
    元台南市長さんの事は初めて知りましたが、日本人としてとても誇らしく思います。

    オランダ時代のプロビンシャ城の城壁跡は“ふ〜ん”ですか(^^;

    かの有名な「度小月」の担仔麺♪
    (私は台北でいただいたのですが)小ぶりの器でペロリ♪
    また台湾を訪れたら、是非再びいただきたい味でした…。

    エンリケさんらしい台湾紀行、高雄編も楽しみです(^^

    kuritchi

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/04/05 00:03:25
    続いてご訪問ありがとうございます!
    kuritchiさん

    こんばんは。続いて台湾旅行記にもご訪問、ありがとうございます!

    kuritchiさんは台湾は台北のみの観光だったのでしょうか。
    台南は台北に比べればこじんまりとしてそれほど有名な建築物もないですが、台湾の人々の人情や信仰心の篤さを感じられる、穏やかでとても興味深いところでした。

    新幹線の駅からはちょっと離れていますが、台湾をリピートするなら訪れる価値のある、本当におすすめの場所です。

    台湾には戦前の日本統治時代をよく思ってくれているお年寄りの方々が多いということも、日本人としては複雑な気持ちの中にもうれしさを感じられて、なんだか気持ちがほんわかするところですよね。

    度小月の担仔麺、kuritchiさんも食べられたんですね!
    本当に小さな器でペロリと食べられて、おかわりを頼みたいところでした(笑)。
    今度台湾を訪れる際は、食べるのに夢中になりすぎず、写真を撮るのを忘れないようにしようと思います(笑)。

    高雄編、最近仕事が忙しくて作成が遅れていますが、出来上がったらぜひまた遊びに来てください!
  • liberty-libertyさん 2012/03/23 17:35:24
    のんびりした雰囲気♪
    連続でお邪魔します(^o^)

    台湾・・・・・新幹線があるんですか〜(@o@)
    そんなことも知らない
    台湾無知な私です(^o^;)

    今回拝見したのは島の南側ということですね♪
    賑やかだけど派手というカンジではなく
    歴史建造物も何というか・・・・・穏やかに時を受け入れているカンジ。

    ゆっくり歩いて
    美味しいもの食べて過ごせるエリアみたいですね♪

    次はどんなエリアなんでしょう。
    楽しみにしていま〜す!

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/03/26 02:09:08
    連続でご訪問ありがとうございます!
    liberty-libertyさん

    こんばんは。連続でご訪問いただきありがとうございます!

    台湾の新幹線は日本の新幹線の車両技術を海外に輸出した初めての事例と言われています。
    日本の新幹線は1964年に開業して以来、50年近くもの間一度も乗客の死亡事故を起こしたことがなく、その安全性は世界最高と言われ、この日本の技術を導入した台湾の新幹線は、やはり乗り心地は最高でした。

    その新幹線に乗って訪れた台南の街。
    台北よりもずっとこじんまりとして、それほど目立った大きな建物はないのだけれども、この季節、気候も暖かくて歩きやすく、街並みもどこか懐かしい建物のところどころに民間信仰の廟があったりと、街歩きをしていて楽しいと感じさせる街でした。

    次の旅行記は高雄の街になります。
    台北が東京、台南が京都なら高雄は大阪に例えられる街。
    その魅力を拙い写真と文章でどこまで表現できるか分かりませんが、多くの人に伝わるよう、がんばって作ってみようと思います。

    もう少し時間がかかりますが、完成したらぜひまた遊びに来てください!
  • トムソーヤさん 2012/03/22 17:57:44
    台南の街、色々見るところ
    エンリケさん

    こんばんは

    台南の街、色々見るところがありますね。
    実は、台湾は何度か訪問しているのですが、台北ばかりです。

    基本的に街歩き中心で、一都市滞在型ですが、今度は、台南も訪ねようかと思っています。

    大いに参考にさせていただきます。

    ちなみに、ウイーン編も拝見しましたが、小生達が8日いたところを、2日ほどで駆け抜けていますね。
    その足の速さに関心しております。

    また訪問させていただきます。

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/03/24 20:21:30
    ご訪問ありがとうございます。
    トムソーヤさん

    こんばんは。台南旅行記にご訪問いただきありがとうございます。

    台南は赤嵌樓や延平郡王祠など、主要な観光スポットが歩きで回れる非常にコンパクトな都市で、気ままに街歩きをして一日を過ごせるいいところでした。

    あちこちにある民間信仰の廟では、線香を焚いて祈りを捧げる地元の人々が印象的で、台湾人の人情を知るのにもおすすめの街だと思います。

    トムソーヤさんも次回はぜひ台南も訪れてみてください!

    それから、トムソーヤさんはウィーンには8日いらっしゃったんですね。
    ウィーンはハプスブルク帝国の首都だっただけあって見どころ満載の大都市で、2日で回るには短すぎました(笑)。

    ウィーンにはまたいつかリベンジしてみたいものです。
    トムソーヤさんのウィーン旅行記も拝見させていただきます!

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