2009/08/14 - 2009/08/14
1907位(同エリア2515件中)
夜間飛行さん
2009年8月のベルリン旅行 第2日(その4)戦勝記念塔〜ティーアガルテン〜ユダヤ人犠牲者記念館
2-1. 博物館島
http://4travel.jp/traveler/amsterdam/album/10646196/
2-2. ペルガモン博物館
http://4travel.jp/traveler/amsterdam/album/10646375/
2-3. カイザー・ヴィルヘルム記念教会
http://4travel.jp/traveler/amsterdam/album/10646378/
2-4. 6月17日通り
http://4travel.jp/traveler/amsterdam/album/10646379/
2-5. ユダヤ人犠牲者記念館
http://4travel.jp/traveler/amsterdam/album/10646380/
- 同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
にぎやかなクーダムを離れて、カント通りを西へ。家具の専門店、Stilwerk です。
#0908-01319
前へ
http://4travel.jp/traveler/amsterdam/album/10646378/ -
この吹き抜けの両側に家具とインテリアの専門店がたくさん。
#0908-01321 -
この後、ベルリン芸術大学とベルリン工科大学の建物群を通り抜けて、6月17日通りに出ます。6月17日通りを東へ歩くと、戦勝記念塔、ブランデンブルク門があり、その先がウンテル・デン・リンデンにつながっています。
#0908-01324 -
6月17日通りはシャルロッテンブルク大通りと呼ばれていましたが、1953年6月17日の東ベルリン市民の蜂起と、ソ連軍による鎮圧の後、政治的に改名されました。大通りに立つシャルロッテンブルク門がその名前を留めています。
#0908-01326 -
シャルロッテンブルク門に立つのは、プロイセン王フリードリヒ1世の像と、その妃ソフィ・シャルロッテの像。
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6月17日通りの Ernst-Reuter-Haus
#0908-01331 -
6月17日通りの両側に広がる、ティーア・ガルテン (獣苑)。 「動物園」ではなくてブランデンブルク選帝侯のための「お狩り場」です。野生のイノシシやシカなどもいたそうです。
#0908-01336 -
戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ)。何の戦勝かというと、プロイセン主導によるドイツ統一への3つの戦争、すなわち、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン(対デンマーク、1864年)、普墺戦争(対オーストリア戦争、1866年)、そして普仏戦争(対フランス戦争、1870年)。
#0908-01337 -
塔の上に立つ勝利の女神。この戦勝記念塔が建立されたのは、普仏戦争でセダンの要塞が陥落した1873年、鹵獲した青銅を鋳なおして製造されました。塔は、当初ライヒスターク(現ドイツ連邦議会議事堂)の前に立っていたのを、ヒトラーによるベルリン大改造計画の一環で、現在の場所に移築されました。たしかに目立つ場所です。
#0908-01344 -
ティーア・ガルテンを貫く6月17日通り。
#0908-01347 -
歴史を忘れて、気持ちいのいい道を歩きます。
#0908-01348 -
それもつかの間、次の歴史の舞台、ブランデンブルク門はすぐそこでした。テレビ塔は、空中に浮かぶ玉ネギのようです。
#0908-01349 -
6月17日通りももうすぐ終点というところで、またもや戦勝記念碑ですが、こんどはソ連による対ドイツの戦勝(1945年)を記念したもの。だから記念碑の上に建つのは、勝利の女神ではなくて赤軍兵士。ソヴィエトに神はいないのでした。
#0908-01350 -
戦勝記念碑の入り口に置かれたT-34は、ベルリン一番乗りを果たした戦車とされています。ところで、この記念碑周辺はソ連軍管轄地域ですが、西ベルリンの中にありるため、冷戦中は西ベルリンの中の東側陣営の租界。つまり封鎖された街の中で、さらに封鎖された地区。かなり複雑なことになっています。
#0908-01352
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