2009/08/12 - 2009/08/16
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好きに生きるさん
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バナラシからデリーに帰ってきた日は再びタージパレスホテルに泊まった。
あくる日は、オールドデリーへリキシャで出かけた。
あいにく、インドの独立記念日でレッドフォルトでは大統領が記念式典を行うので入れなった。
その前に日本人ならぜひ見ておきたいチャンドラ・ボースの銅像がある公園に行ってみたい。
チャンドラ・ボースは、インドの独立運動にとっては実はガンジーよりも重要な人物であって、
その銅像には二人の日本兵がついている。この意味は知識のあるインド人なら知っている。
しかし、日本人の大半は知らない。これは、子供達のせいでは無い。戦後教育のせいだろう。
この銅像を黙って子供たちにただ見せてやりたかったのでそれなりに目的は達したかも。
その後もオールドデリーをざっとリキシャで回ってイスラム教のフマユーン廟を訪ねた。
昼からは南デリーのショッピングセンターへ。こんな綺麗な施設は30年前には無かった。
インドでは、急速に中流階級が育ってきて消費生活が盛んになっているのだろう。
日本が、急速に中流階級を失って活力を失っていく過程の反対になっている。
インドに来れば、日本の現状が少し見えてくるように感じた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- エアインディア
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朝のタージパレスホテル玄関。
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朝のタージパレスホテル玄関。後ろの車はインドの昔のタクシー。
ドアがロックできなくて昔、カーブを曲がる時にドアが開いて落ちそうになった。 -
朝のタージパレスホテル玄関。物々しいボディーチェック。
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朝のタージパレスホテル玄関。
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さてリキシャでオールド・デリーへ。
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雨の中、オンボロリキシャで出発。
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雨のオールド・デリー。
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このリキシャに乗ります。
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このおじさんのリキシャです。
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実は、もう若くないのでリキシャマンと何度も交渉するのは、面倒なのでガイドさんをお願いしました。インドのガイドさんは、大体デリー大学出身のエリートと名乗る。このガイドさんもそう。
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そして、レッドフォート前のチャンドラ・ボースの銅像です。
その後ろには日本兵が二人います。何故、レッドフォート前なのか?
何故日本兵がいるのか?
詳しくはリンク先を見てください。
http://www.yorozubp.com/0010/001002.htm
http://create21.iza.ne.jp/blog/entry/2121517/
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/rekishi01.htm
こどもに何も説明せずこの銅像を見せたかった。
これも大きな印度旅行の目的です。
独立記念日の式典の(1947年8月15日)の安全管理の為に入れなかったので遠くからみました。 -
レッドフォート前のチャンドラ・ボースの銅像です。
その後ろには日本兵が二人います。 -
イチオシ
レッドフォート前のチャンドラ・ボースの銅像です。
その後ろには日本兵が二人います。インドの国会にネルー、ガンジーそしてその真ん中にチャンドラ・ボースの肖像が飾ってある。亡国から建国への立役者として飾られている。日本では、この日本と一緒に戦って植民地から立ち上がったチャンドラ・ボースの話を教えない。 -
レッドフォートです。独立式典です。8/15の式典の日にちですから入れません。前の通りは、ネタジ・スパーシュ通りと呼びます。チャンドラ・ボースのまたの呼び名をネタジと言いますから、これもチャンドラ・ボースから名前を取りました。
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レッドフォートです。独立式典です。http://www.geocities.jp/torikai007/photo/teresa.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%84%E5%9F%8E
皇帝シャー・ジャハーンが、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバードにおける居城として築いた。9年の歳月をかけて1648年に完成。名称の由来ともなった城壁の赤い色は、建材として用いられた赤砂岩のものである。
1857年のインド大反乱を受けてイギリスは軍の駐屯地としてこれを接収。兵舎が建設されるなど、城内は大きく造り替えられた。インドの独立後も近年まで軍の施設として使用されていた。
2007年には、隣接するサリームガル砦(Salimgarh)と併せて「赤い城の建造物群」としてユネスコの世界遺産に登録された。 -
レッドフォートです。ラールキラーとも言います。
イギリスのインド支配の象徴的な場所だったところでもあります。 -
レッドフォート前からオールドデリーの街を見る。後ろはジョイン寺院です。
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レッドフォート前からオールドデリーの街を見る。
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レッドフォート前からオールドデリーの街を見る。後ろはジョイン寺院です。
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オールドデリーの街をリキシャで走る。ラール・キラーとその門前通りのチャンドニー・チョーク(通り)を走る。
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チャンドニー・チョークを走る。雨の中を走る。
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チャンドニー・チョークを走る。
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チャンドニー・チョークを走る。
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チャンドニー・チョークを走る。雨の中を。
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チャンドニー・チョークを走る。雨の中を。レッドフォート=ラール・キラーの門前通りです。今日は独立記念日だから車は走れないだから空いています。
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チャンドニー・チョークを走る。
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チャンドニー・チョークを走る。
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チャンドニー・チョークを走る。
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チャンドニー・チョークを走る。
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チャンドニー・チョークを走る。リキシャで走る。
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チャンドニー・チョークのGURUDWARA SIS Ganjです。シーク教の寺院です。
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チャンドニー・チョークのGURUDWARA SIS Ganjです。シーク教の寺院です。
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チャンドニー・チョークのGURUDWARA SIS Ganjです。シーク教の寺院です。
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チャンドニー・チョークのGURUDWARA SIS Ganjです。シーク教の寺院です。
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kinari bazar をリキシャで走る。オールド・デリーのバザーです。
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雨のkinari bazar をリキシャで走る。
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雨のkinari bazar をリキシャで走る。
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雨のkinari bazar をリキシャで走る。この雨の中、日本人でここを歩ける人は、あまりいないでしょう。
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雨のkinari bazar をリキシャで走る。オールド・デリーのバザーです。独立記念日で車が走れないのと雨で人が少ない。
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kinari bazarをリキシャで駆け抜ける。雨で道が冠水している。
これが30年前に見たインドの風景で懐かしい。 -
kinari bazarをリキシャで駆け抜ける。雨で道が冠水している。
これが30年前に見たインドの風景で懐かしい。 -
ジャーミー・マスジッドは1656年に建てられたインド最大のモスク。赤い砂岩と白い大理石の板で構成さミナレットで約25,000人は、一度ここで祈ることができます。
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ジャーミー・マスジッドは1656年に建てられたインド最大のモスク。赤い砂岩と白い大理石の板で構成さミナレットで約25,000人は、一度ここで祈ることができます。
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ジャーミー・マスジッドは1656年に建てられたインド最大のモスク。赤い砂岩と白い大理石の板で構成さミナレットで約25,000人は、一度ここで祈ることができます。
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ジャーミー・マスジッドは1656年に建てられたインド最大のモスク。
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ジャーミー・マスジッドです。モスクの中庭には、赤砂岩で造られ、東、北と南から到達することができます。 北のゲートは、389の階段があります。南側も、階段があります。 東のゲートは、農村部の入り口であり、774の階段があります。
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ジャーミー・マスジッドからのレッドフォールト側の眺めです。
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ジャーミー・マスジッドからのレッド・フォールト側の眺めです。
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ジャーミー・マスジッドからの南側の眺めです。
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ジャーミー・マスジッドです。
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ジャーミー・マスジッドよりオールドデリーのkinari bazarを望む。
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ジャーミー・マスジッドよりオールドデリーのkinari bazarを望む。
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ジャーミー・マスジッドよりオールドデリーのkinari bazarを望む。
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ジャーミー・マスジッドよりオールドデリーのkinari bazarを望む。
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イチオシ
ジャーミー・マスジッドよりオールドデリーのkinari bazarを望む。
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ジャーミー・マスジッド。
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再びリキシャでオールドデリーへ。ガイドと一緒だから勝手に店によってショッピングができない。あとでガイドお奨めの店に行かないといけないから。まあこれも安全料だからね。
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再びリキシャでオールドデリーへ。
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再びリキシャでオールドデリーへ。
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再びリキシャでオールドデリーへ。すごく蒸し暑い。
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再びリキシャでオールドデリーへ。すごく蒸し暑い。このあと一軒ガイドお奨めの店に行くことに。
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名前は富士で何故か料理は日本料理では無く中華だった。ここは色んなツアーが日本人を連れてくるレストランみたい。多くの日本人ツアー客と出会う。
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そして再びガイドお奨めの店に。こんな店で100万円の銀製品を勧められても買う気になれない。安い記念品を買って許してもらう。padoma artsという店だった。
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インドの独立記念日だからインドの国旗を嬉しそうに振っているインドの子供達。
日本では、建国記念日に暴れているのは一体誰かなと思うと日本は植民地そのものと思える。 -
インドの独立記念日だからインドの国旗を嬉しそうに振っているインドの子供達。
日本では、建国記念日に暴れているのは一体誰かなと思うと日本は植民地そのものと思える。 -
イチオシ
インドの独立記念日だからインドの国旗を嬉しそうに振っているインドの子供達。
日本では、建国記念日に暴れているのは一体誰かなと思うと日本は植民地そのものと思える。 -
padoma artsという店の看板。
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その後南デリーのショピングセンターにやっと連れて行ってもらう。
ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。 -
ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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イチオシ
ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。インドは急速に金持ちになった。植民地から脱して半世紀で宗主国に金をとられなくなったからね。中国もそうですね。約半世紀で金持ちになれた。
日本は、低金利政策を強要されてマネーサプライも絞られているから全然経済がダメにされた。 -
イチオシ
ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。インドあの軽妙な音楽CDやDVDがあった。また試聴も可能だった。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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ANSAL PLAZAというショッピングセンターです。
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車から顔があったらこの母娘というか母親は金を出せと要求してきた。
でも昔よりこういう人は激減した。インドは確実に発展している。 -
最後にもう一度タージパレスホテルのラウンジでコーヒーを飲んだ。
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タージパレスホテル
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タージパレスホテル
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最後にインド料理を食べて帰国。ここもインドへの日本人ツアー客だらけになった店。
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タージパレスホテル
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タージパレスホテル
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タージパレスホテル。ここは居心地が良い。フロントも昔のインドとは大違いだった。そして、インドエアーで香港経由で帰国した。
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