2011/11/29 - 2011/11/30
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lion3さん
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エルサレム旧市街は一片500m強ほどの四角形の街です、
小さな街で徒歩にて歩いて廻れます、
この小さな場所に世界の3大宗教の聖地である、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地があります
エルサレムは3000年ほど前にイスラエルの王国として、
ダビデ王、ソロモン王の時代に繁栄期を迎えます
壮麗な宮殿が建設されここが嘆きの壁の一部として残っています
紀元1世紀にはイエスが十字架にかけられ死亡し埋められた場所に建てられた場所に聖墳墓教会が建てられています
紀元7世紀にムハンマドが天使に導かれ天に登り教えを授けられた場所に岩のドームが建てられています
紀元前7世紀の新バビロニアによるバビロン捕囚、
紀元1世紀、2世紀のローマとの独立戦争での敗北、ユダヤ人の離散、
紀元7世紀よりのイスラム国家の支配、
紀元11−13世紀の十字軍の攻撃、支配、
紀元16世紀からのオスマン帝国の支配など
世界の歴史の数々の舞台になった場所です
街歩きが歴史を歩く旅になります
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
-
エルサレム旧市街は一片500m強ほどの四角形です
全周2kmほどで、4、5mある城壁で囲まれています
観光案内版の地図では赤い部分がエルサレム旧市街ですが、
少し歪な四角です -
エルサレム旧市街の南側から歩いていきます
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旧市街の城壁のなかのアル・アクサー寺院が見えます
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城壁には8つ門があり、城内(旧市街)に入ります
ここは南側にある、噴門です
人の排泄物などを運び出したと言うことでこの名前が付いています -
城内からのアル・アクサー寺院です
この方面が神殿の丘地域です
3000年前にダビデ王、ソロモン王などが住んだ宮殿が、
建てられていた場所です -
旧市街の城壁の中にはもう一個の壁で囲まれた場所があります
神殿の丘です
入場には空港の検査のようなボデイチエックと
手荷物検査があります
入り口はモロッコ門です
ここにはイスラム教の聖地の岩のドームがあります -
神殿の丘のなかは小高い広場になっており、
イスラム教の信者のかたが多くいます -
イスラム教にとってエルサレムはメッカ、メデイナに次ぐ
第3の聖地になっています
岩のドームはムハンマドが天使を従え昇天した場所です
その昇天した場所の岩を覆うようドームが建てられています -
ドーム内はイスラム教徒以外は入場できません
691年にアラブ軍が638年にエルサレムを征服した記念で建てられ、1522年にオスマン帝国でブルーのタイルが加えられ、1964年に金色のドームになっています -
神殿の丘は旧市街の中で最も高い場所で、
旧市街の街並みが少し見えます
広い公園のようです -
神殿の丘側からの神殿跡の壁です
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神殿の丘を出ます
出口は綿商人の門です
神殿の丘の出入り口だけは軍人(警察)の警備があります -
ユダヤ教の聖地である嘆きの壁です
神殿の西側に残る壁で英語ではウエスタン・ウォールといわれます
紀元70年のローマとの独立戦争で残ったのがこの壁です -
壁の前で祈るユダヤ教徒の方です
黒い衣服、帽子、ひげ、もみ上げなどの敬虔なユダヤ教徒です -
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嘆きの壁に近付くときは信者でない人も、
帽子などをかぶる必要があります -
嘆きの壁の左側には部屋になっており、
ここで座ったりしながらお祈りをしている人もいます -
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嘆きの壁の高さは現在21mです
下から7段目までは第2神殿の時代、
その上4段はローマ時代に追加されたものです
この下の地下には17段の石壁が埋まっています
地下を探検するツアーがあります
左側は男性用、右側は女性用の祈りの場所です -
岩のドームと嘆きの壁が非常に近いのがわかります
地図を見ても100mも離れていません -
ガイドつきの嘆きの壁の地下探検ツアーです
ウエスタン・ウォール・トンネル・ツアーです
およそ1時間強ほどの時間説明を聞きながら進んで行きます -
地下20−40mほどの壁沿いの地面を掘り起こしたものです
2000年ほど前の水路、貯水池などが残っています -
本当はこの場所がソロモン王の時代の壁だったと思います
お祈りしている人もいます -
ずっとこのようなトンネルを歩いていきます
一方通行です -
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ウェスタン・ウォール・トンネル・ツアーの出口です
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旧市街のなかはみやげもの、貴金属などを売る店があります
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狭い道の両側に商店が並びアラビア風です
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旧市街の東側のシオン門です
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城壁にはところどころに小さな城砦が造られています
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フルヴァ・シナゴークです
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ヴィア・ドロローサを歩いていきます
イエスが十字架を背負い歩いた悲しみの道です
全長1kmほどの道のりです
14個の停止場(留)があります
第1留は広場です
かつて判決を受けたピラト邸があった場所です -
第2留は鞭打ちの教会です
十字架を背負わされる場所です
祭壇の場所にはいばらの冠があります -
教会内にはモザイクもあります
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通りにヴィア・ドロローサの標識があります
警備の軍人(警官)の人もいます -
第3留です
イエスが十字架の重みに耐えかねて最初につまずいた場所です -
第4留です
マリアがイエスの姿に涙した場所です
現在苦悩の母マリア教会が建っています -
第5留です
クレネ人のシモンがイエスの代わりに十字架を背負った場所です -
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第6留です
ベロニカという女性がハンカチでイエスの顔をぬぐったといわれる場所です -
第7留です
イエスが2回目に倒れた場所です -
第8留です
イエスが私のために泣くなと言った場所です -
第9留です
聖墳墓コプト教会の入り口です -
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第10留めからは聖墳墓教会内です
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聖墳墓教会とすべての建物のようです
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聖墳墓教会です
イエスの墓のある場所です -
入り口付近です
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十字架が置かれています
もしかするとここまで担いできたものかもしれません -
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カトリック小聖堂と隣接したギリシア正教の小聖堂の祭壇です
第12留です -
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イエスが息を引き取った後に香油を塗られた場所です
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イエスが死後に香油を塗られた場所に布で拭かれている人もいます
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中央部の建物がイエスの墓です
ここがヴィア・ドロローサの終点の第14留です -
イエスの墓の天井のドームです
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天井ドームのイエス像です
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イエスの墓です
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聖へレナ聖堂のビザンツ時代のモザイク画です
聖へレナはキリスト教を公認したローマ皇帝の
コンスタンティヌス帝の母です
聖へレナは熱心なキリスト教信者でエルサレムの地に来て、
教会の建設やキリスト教関係の施設の復興に尽力した人です -
コンスタンティヌス帝はキリスト教に関心がなかった人ですが、
死の間際に入信しています -
聖ヘレナ聖堂の床にはビザンツ時代のモザイクが残っています
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ビザンツ時代からの教会建築物が残っています
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最後にもう一度イエスの墓の付近を通って出て行きます
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旧市街を西側のヤッホー門から出ます
エルサレム旧市街は小さな街ですが、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、
さまざま歴史の舞台があり、
世界の歴史に関する場所だと
実感させてくれました
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