奈良市旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<br /><br />【今年も12月に大仕事】<br />2011年12月、いよいよ今年もJENESYS/AFSの仕事です。2007年から2011年までの5年間のプログラム。つまり、今年が最後の年です。The Japan-East Asia Network of Exchange for Students and Youths の略です。日本語では、21世紀東アジア青少年大交流計画です。政府による総額約2億ドルの一大プロジェクト、その一部がAFS(高校留学の老舗)に受託されたものです。基本的には毎年同じような内容ですが、少しずつ変化しています。13ヶ国、600名の短期留学生に60名の引率の先生、合計660名の東アジア・オセアニアからの外国人集団です。私はいつものように、この大集団の専属医師として国内旅行に同行します。全行程約2週間です。「空飛ぶドクター」の私ですが、この仕事は主にバスで同行します。生徒には青色のパーカー、トレーナー、ベンチコートが制服代わりに渡されます。シャペロンの先生は灰色です。<br /><br />移動するときは大型バス20台です。各々のバスには、添乗員、英語通訳ガイド、大学生ボランティア2名が同乗します。スタッフはみな紺色です。私も同じです。<br /><br />12月5日(月)夕方、関西空港近くのホテルにチェックインし、明日早朝からの仕事に備えます。<br /> <br />【初日】<br />6日(火)、いよいよ早朝から仕事開始です。<br /><br />一番乗り、オーストラリア留学生250名の約半分が到着(早朝6時)するのに合わせて空港へ観光バスで迎えに行き、そのまま奈良観光です。昨年と違い、夜行便で日本に着き、そのまま観光しながら宿舎の大津までの移動ですから有効的な時間の使い方です。その分、少しハードスケジュールで飛行機酔い、車酔いなどの乗り物酔いがいきなり何人も出ました。最初の患者は9時半に早くもやって来ました。飛行機酔いで、吐き気とめまいを訴えていました。薬を渡します。奈良では昼食を含め、春日大社、二月堂、大仏殿、興福寺を回りました。奈良公園の鹿をみんな可愛がっていました。<br /><br />英語は得意な私ですが、英語での診察はあまり経験がないし、興味もあるし勉強にもなります。日本語と同じで、医学用語そのものでは通じないことが多いので、一般用語で喋る必要があります。例えば、「鎮痛剤」analgesicではなく「痛み止め」 pain  killer です。数年前のこの仕事で女子生徒に、「I have a period pain.」と言われた時には、あぁ、「生理痛」かと気が付くまでに5秒ほどかかりました。<br /><br />少し遅れて、各国から続々とやって来ます。後から、バスで同じ奈良観光をして大津のホテルへ集合です。今日は移動日なので、主に国別ですが、明日からは各国の交流を兼ねて、色々な国の生徒たちが混在します。<br /><br />660名と大人数なので、大きく3グループに分かれます。ENN グループ (Explore Nippon &amp; Nihongo) はオーストラリア人のみ200名で、名前の通り日本語学習プログラムです。CM グループ (country mix) が最大で、オーストラリア、ニュージーランド、インド、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンの7ヶ国、50名ずつの350名です。最後の AM グループ (ASEAN mix) は去年から加わった残りのアセアン諸国、ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、シンガポール、ベトナム6ヶ国にインドネシア、タイ、フィリピン、マレーシアの合計10ヶ国でアセアン諸国全てです。11名ずつの110名です。少しずつ旅程が違いますので、私は基本的に最大グループ、CMグループに同行します。<br /><br />夕方、まずはENNグループのオリエンテーション会場、ロイヤルオークホテルへ。その前に、留学生と一緒に円卓での夕食をとります。料理や栄養学に興味のある私は、食べ終わった後の各テーブルを見て回ります。さすが、オーストラリアのグループ、野菜サラダにはほとんど手を付けていません。ハンバーグや鶏肉料理ばかりを食べているようです。あまり健全でない食生活が垣間見れます。<br /><br />オリエンテーション司会者は大阪事務所の職員で知り合いです。彼女はオーストラリアとアメリカの両方に留学経験があり、乗り乗りです。「オージー(オーストラリア人の親称)、オージー、オージー」と彼女が会場へ向かって声を掛けると、会場から「オイ、オイ、オイ」と返ってきます。2000年のシドニーオリンピックから流行っている応援のやり方だそうです。例年の如く、私は高田AFS事務局長あいさつの後です。局長はいつもこの貴重な体験は一生続くものだということと、ホストファミリーはじめ多くのボランティアで成り立つこのプログラムでは「感謝」の気持ちを忘れずに、しかも口に出して言うように強調します。私の役割は医学的注意事項の説明です。ここでは、司会者の要請もあり歩いて登壇する代わりに、両手を広げて飛行機の格好をし、飛んで行きました。最初に司会者から「Flying Doctor」と紹介されているからです。今年で4年目なので、話す内容も充実してきました。<br /><br />せっかく医者の私が同行するのですから、参加者の前でしっかり存在をアピールします。「空飛ぶドクター」と自己紹介し、こういう旅行に帯同するのを専門にしたユニークな医者だと強調します。ちょっとした軽い症状でも気楽に私のところへ来るように言います。診察料や薬代はもらわないと安心させます。パワーポイントを使っていますから、顔を覚えてもらうために何枚かの自分の写真を見せ、最後に黒いカバンを抱えた自分の写真を見せます。カバンの中には、診察用の聴診器や舌圧子やペンライト、病院の処方薬(約30種類)が入っています。頻度の多い乗り物酔いの注意事項や風邪やインフルエンザの予防法を中心に話します。特に、感染経路として空気感染ではなく、接触感染や飛沫感染が大事だと強調します。私は空を飛びますが、風邪やインフルエンザウイルスは空を飛ばない(花粉のように空中を浮遊していない)と説明し、笑いを取ります。経験のあるホストファミリーからの要望で、日本ではシャワーでなく、深い浴槽にゆっくり浸かり、体を十分温めてから出るようにも強調します。また、熱いシャワーの連続使用はお湯が出なくなったりして後の人に迷惑をかけることも強調しました。 <br /><br />最後に、がん患者さんに付き添ってアメリカ、メンフィスへ行った少し感動的な旅行を紹介します。末期がん患者さんで、エルビス・プレスリーの大ファンです。ちょうど映画「The Bucket List」(邦題:最高の人生の見つけ方)のような話です。無事日本へ帰国後10日目に亡くなりました。<br /><br />そして、私の宿泊先、いつもの大津プリンスホテルへ移動し、事務局長に続き、また同じことをオリエンテーションで喋ります。こちらの会場の方が広く、CM、AM グループ460名の前で話します。今日だけで早くも11名診察しました。そのうち7名は乗り物酔いでした。早朝到着ゆえの今年の特色です。 <br /><br />【2日目】<br />今日(7日)は京都のスタデイ・ツアーです。私のバスCM6グループは、金閣寺、嵐山、昼食、知恩院〜ねねの道〜八坂神社の散策です。午前中の金閣寺、嵐山までは例年と同じです。午前中のバスは関西にいるフランス人AFS年間生の隣でした。おかげで、この東アジア・オセアニアのプログラムにも関わらず、フランスの話をたくさん聞けました。結構日本語で話ができました。午後の散策はバディ・プログラムと呼ばれ、地元の高校生、大学生との交流で、新しい試みでなかなかいい内容でした。日本人参加者は夕食も一緒に過ごし、留学生による体験発表会まで聞いてからの解散でした。<br /><br />今日はCM グループ(バス10台)中心に13名の診察です。昼まではほぼ同じ行程なので、ENN やAM グループの数名も治療しています。と言うのは、両グループは午後からは先に広島へ移動です。CM グループのオーストラリアの男子生徒がインドの生徒とふざけていて、右肩を打撲しました。可動性あり、痛みもそこそこで緊急性はないと判断しましたが、翌日広島へ移動してから、念のため整形外科を受診させることにしました。<br /><br />CMグループのみ、今夜も大津プリンスホテル滞在です。夜、オーストラリアの先生に昨晩の医学的注意事項のプレゼンがわかりやすくて良かったと褒められました。 率直に嬉しいものです。<br /><br />【3日目】<br />8日(木)は新幹線で広島へ移動です。毎年、多くの留学生は新幹線ではしゃぎます。彼らにとっては awesome(すごい)なようです。みんな写真を撮っています。広島駅で私が個人的にお願いしたビデオカメラマンと合流します。いつものむさしで昼食です。鍋うどんとおむすびのお店です。いつも、留学生にとって箸でうどんをすくうのが難しいので、私の仕事です。 手伝ってあげます。<br /><br />それから、まず原爆資料館へ行きます。今日は CM9バスグループと行動を共にします。でも、私は忙しく休憩室と軽食の場所で、すでに連絡があった昨日から広島へ移動しているオーストラリアの ENNグループの3人を診察します。そこで待機していると次から次へと患者発生です。今日も車酔いが5名もいます。ちょうどカメラマンに診察風景をビデオで撮ってもらっているので、患者が少ないよりも歓迎です。 <br /><br />それから、CM9グループに戻って一緒に歩いて偵子の像や原爆ドームへ行きます。もう暗くなりはじめています。 <br /><br />バスでいつものリーガロイヤルホテルへチェックインし、これも毎年好評のお好み焼き屋へ行きます。今年は繁華街にあるお好み村です。目の前で焼く、お好み焼きに留学生たちは好奇心一杯です。山盛りのキャベツを見て圧倒され、あんなに食べきれないと思うようです。でも、どんどん縮んでいきます。まるで魔法のように。 <br /><br />ホテルに戻ると、去年まで広島市長の秋葉忠利AFS理事長の挨拶です。相変わらず、完璧なスピーチです。スタッフに聞くと、今日は色々なグループ相手に合計8回目だそうです。しかも、毎回時間通り終わるそうです。まさにプロです。<br /><br />ENN グループは平和記念公園、資料館、お好み焼きなど広島市内観光しながら日本語に触れ、午後は学習のまとめをやったようです。AM グループは平和記念公園を訪れた後、ASEAN mix のイベントがあったようです。私は参加していないので、詳細はわかりません。<br /><br />ENN グループだけ安芸グランドホテルでの宿泊です。CM と AM グループはいつものリーガロイヤルホテル広島です。<br /><br />整形外科受診させた右肩打撲の生徒はやはり打撲だけでしたが、大きな三角帯をされていました。内服薬はなく、冷湿布だけ処方されていました。参考までに、英文診断書を見せてもらうと cold pack と訳しています。そう言えば、たぶん外国には湿布はあまりないはずです。この英語はたぶん和製英語であやしいです。辞書には poultice とか cold compressとか訳していますが、たぶんあまり使われていないと思われます。後日談ですが、ちょうど当直先で日系人の患者さんが来たので聞いてみました。やはり、ほとんど「湿布」とかは使われないので一般のアメリカ人は知らないそうです。自分は「salonpas」と呼んでいるそうです。<br /><br />夕方、インドの女子が喘息発作らしいと来ました。聴診すると間違いありません。今までありそうでなかったのですが、彼女はいつも使っている吸入薬を持参するのを忘れたらしいのです。気管支拡張剤は準備していませんので、少量のステロイドを使いました。気になって、夜部屋へ往診するとずい分楽になっていました。聴診でもほとんど正常に戻っていました。今日も大忙しで合計16名の診察、治療をしました。<br /><br />【4日目、前半最終日】<br />9日(金)いよいよ、広島から全国70支部へ移動の日です。毎朝、参加外国人は全て検温をして、37度以上あれば私のところへ来るようになっています。ところが、朝早く朝食会場へ向かう時に、学生ボランティアから声をかけられます。そうです。今年も外国人(もちろんアジア人)の引率の先生と間違われたのです。苦笑いです。学生ボランティアもたくさんいるので、まだまだ私のことを知らない人もいるのです。無理はありません。私は南方系の顔をしているので、タイ、ベトナム、ネパール等で現地の人から間違われたほどですから。<br /><br />幸い今年は初めて全員無事に北は北海道から南は九州まで移動できました。例年、1〜2人発熱等で様子をみてからになるからです。それでも、出発までの午前中だけで7名を診察しました。 <br /><br />私はいつものように自分の住んでいる博多支部への12名と一緒です。予定通り、お昼に博多駅へ着き、近くの会議室で一緒に弁当を食べ、いよいよホストファミリーと合流です。ここでは、私は AFS 博多支部長の顔になります。これはボランティアです。各留学生11名(8ヶ国)とブルネイの女性引率先生は約1週間福岡市でホームステイします。 今年は支部長として、家庭探しから苦労したので、だいたい全部のご家族の顔と名前が一致します。<br /> <br />生徒の国分けは、オーストラリアが男女二人ずつの4人、ニュージーランドの女子、インドネシアとマレーシアの男子、ブルネイ、タイ、フィリピン、シンガポールの女子の11人です。<br /> <br />【博多支部行事】<br />日曜日(11日)は博多支部歓・送迎会です。9日に一緒に福岡入りしたJENESYS短期留学生にとってはホームステイ3日目です。今回の12人のユニットのうち、11名(8ヶ国)の生徒と1名の若いブルネイの先生の歓迎会です。それと、成り行きで同じ福岡市へ来た福岡支部の引率のシンガポールの先生も参加しました。 <br /><br />では、何故送別会か? <br /><br />今年は震災の影響で3月の来日が8月になったAFS年間(実際にはセメスター(半年))留学生が2月には帰国しますが、早目の送別会を兼ねているのです。しかも今年のAFS生はJENESYS奨学金長期留学生です。インドからの女生徒です。 <br /><br />レストラン貸切で11時から15時までのパーティでゲームなどを交え、楽しい時間を過ごしました。ホストファミリーなど関係者70名近くの大パーティです。唯一申し訳なかったのは、同時間に福岡ソフトバンクホークスの優勝祝賀パレードが近くの天神であった からです。見に行きたかった人も多いと思います。 <br /><br />終わった後は、支部員二人がホストをしているので、フィリピンの生徒とブルネイの先生と合計6人でお茶しました。 <br /><br />その前に、プリクラを撮りたいと言われ、ラウンド1へ行きました。でも、おじさん一人とおばさん3人の私たちには使い方がわかりません。近くの女子高生に応援を頼みました。最近のプリクラはあまりに複雑です。でも、次第に最低限の使い方がわかりました。400円で目がパッチリなど「修正」できるわけですから、若い女性がはまるのはわかります。フィリピンの生徒は日本語を少し勉強しているようで、ひらがなでプリクラに色々落書きしていました。 <br /><br />お茶しながら、フィリピンやブルネイのことを色々聞くことができました。Brunei の発音が「ブルーネイ」ではなく「ブルーナイ」と初めて知りました。電子辞書で確認すると間違いありません。<br /><br /> 博多支部の留学生たちは翌日から3日間西南高校へ行き日本の学校の様子を経験します。よく聞く感想は、1クラスに40人もの生徒がいるのに驚き、授業中に居眠りしている生徒がいるのに驚くようです。<br /> <br />【後半1日目】<br />全国各地でホームステイした660名が再び全員集合する日です。今度は東京です。15日(木)に福岡空港に再集合し、いつものように私も一緒に東京へ飛びます。福岡空港には博多支部、福岡支部、福岡南支部、玉名支部の4支部48名の短期JENESYS留学生が集まります。いつものように、たった1週間のホームステイにもかかわらず、涙・涙のお別れです。この瞬間に、ボランティアで色々お世話している苦労が報われる気がします。しかも、このプログラムの意義で、将来のアジアのエリートたちが日本のファンになってくれるのです。毎年、留学生たちと身近に接しているのでひしひしと彼らの感動、熱気を感じます。意外と知られていないのですが、国によっては100倍の倍率から選ばれた生徒もいます。憧れの日本へ無料で2週間も来れるのですから、ある意味当然です。それだけでも、このプログラムは有意義だと私は考えています。また660もの無償で家庭を提供していただくボランティアを探す力もAFS にはあるのです。このプログラムはお金以外にも多くの無償で働く人々の力によって成り立っているのです。<br /><br />福岡から羽田への飛行機では、大体いつも富士山が見えます。CAに確認するとこの日も見れそうです。早目に留学生に知らせてあげました。みんなカメラを持ってスタンバイです。雪に覆われた富士山を上から見ることが出来ました。九州への生徒は雪はなかなか見れないのですが、せめて富士山を見せてあげることはできました。<br /> <br />羽田空港に着き、いつものバスと違い、全員が京急電車に乗り、品川駅へ移動し、歩いてすぐの京急EXイン品川駅前へチェックインです。 <br /><br />北海道や東北でホームステイをした生徒たちは生まれて初めて雪を見て満足そうです。1週間ぶりの再会ですが、結構多くの生徒が軽い症状で私の所へやって来ます。でも、夕食まで時間があるのでのんびり過ごそうとしていると、いきなり女子生徒が気を失って倒れた!と大騒ぎになります。救急車を呼ぶ勢いです。すぐに私がかけつけると、確かに失神状態です。でも、呼吸はしています。瞳孔反射もあります。ニュージーランドの女子です。たまたま、ニックネームが「ゾウ」でそれは「エレファント」だとからかっていたので、名前も知っている女生徒でした。 <br /><br />昨年の経験があるので、過換気症候群だろうとすぐにピンときたのであせりません。回りの留学生に呼吸がおかしくなかったかと聞くと、一人の男子生徒がそう言えば倒れる前に荒い呼吸をしていたと言います。 過呼吸症侯群とも言いますが、何らかのストレスで息を吐き過ぎ、二酸化炭素を再吸収せず、体の体液がアルカリに傾く状態で、医学的には「呼吸性アルカローシス」と呼びます。そうとわかれば、徐々に回復するはずです。失神した時点で過呼吸は止まっているからです。若い女性に多い疾患で、一種のヒステリーです。<br /><br />そうは言っても他の病気の可能性も少しはあるし、心配なのでずっと付き添っていましたが、しばらくは朦朧としていました。しかも脱力状態です。顔面蒼白でしたが、徐々に血の気も戻ってきます。それでも、自力で起き上がってちゃんと喋れるようになるまでに1時間半はかかりました。<br /><br />その前後も、続々と全国から帰って来た留学生たちが色々な症状を訴えて私の所へ診察に来ます。大忙しです。インド人の男子生徒が左の股の付け根あたりが痛いとやって来ます。プライバシーを確保して、ズボンを下げて診察します。左大腿内側に皮下膿瘍があります。場所が場所だけに歩くとこすれて痛いのでしょう。説明して、抗生物質を3日分ほど渡します。<br /><br />フィリピンの女生徒が発疹で痒いとやって来ます。あまり見慣れない発疹です。むしろ、ダニに刺されたような発赤です。でも、それにしては多発性です。夕方、ひどくなったと戻って来ました。「chickenpox」ではないかと言ってきます。そうかもしれません。熱はないのですが、昨日は熱があったそうです。水疱瘡などは小児の病気で私はあまり見たこともありません。小児科か皮膚科か少し迷いましたが、感染症でない可能性も考え、時間外でも専門医のいる大学病院の皮膚科へ受診させました。もちろん、関係者が付き添います。答えはやはり水疱瘡でした。可哀そうですが、分かった以上は隔離する必要があります。ホテルの部屋も個室にし、翌日からの観光も禁止です。今日はいきなり19人も治療しました。一つの理由は660名全員がこのホテルに集まっていて、私の所に来やすいからでしょう。<br /><br />【後半2日目】<br />16日(金)、今日は最後のバス旅行で、東京学習ツアーです。順番を少しずらすだけで、ほぼ全グループ同じコースで差し障りないので、いつものCMでなくAM1グループバスを選びました。まだ行ったことのないミャンマー、ラオス、カンボジア、ブルネイなどの国の留学生が含まれるからです。 <br /><br />まずは、江戸東京博物館へ行きます。次に、隅田川水上バスで船旅を楽しみながら、昼食の「お弁当」です。いつものように、他のグループとも少しの時差ですれ違います。その時々に、具合の悪い生徒を診察します。 <br /><br />アクアシティお台場に次に行き、ショッピングです。ダイソーの100円ショップに興味のある生徒が多く(引率の先生も)4階に連れて行きます。最後は、日本科学未来館です。結構、充実した一日です。 <br /><br />夜は、明日のJENESYS Festival 2011 のリハーサルを見ていました。こういう裏方を覗くのが好きな私です。ラオスの歌姫、アレクサンドラと司会の大阪事務所職員が演壇にいます。途中で、例の如く患者が発生し携帯電話で呼ばれます。 <br /><br />夕方、インドの男子生徒が私の所にわざわざやって来て、この旅行にはお医者さんである私が同行しているので非常に心強いですと礼儀正しく、丁寧にお礼を言いに来てくれました。素直に嬉しかったです。例の独特のインド訛りの英語なので、今でも心地よく耳に残っています。<br /><br />呼ばれて、エレベーター出口近くで診察した後、その生徒担当のニュージーランドの男性教師から話しかけられ、岩手支部へ行った経験を含め、素晴らしいプログラムだとほめられました。自分のグループは12人、10ヶ国から構成され、みんなで被災地を訪れ、岩手県知事とも面談して貴重な体験だったと言っていました。 <br /> <br />この日も合計21名もの診察をしました。夜遅く呼ばれて女子生徒の部屋へ行きます。もちろん、必ず女性スタッフを伴います。ルームメートによると、吐き気がひどくて苦しそうだと言います。でも、本人は下着も露わな、すごいかっこうでベッドにうつぶせ状態です。吐き気止めをあげようかと言っても、本人は大丈夫と言うので、無理強いはしませんでした。<br /> <br />【後半3日目】<br />17日(土)いよいよJENESYS Festival 2011の大事な日です。例年と違い、今年は一般客がかなりいます。そのために、土曜日に持ってきたのです。会場が宿泊ホテルと同じ京急 exイン品川駅前なので移動の必要がありません。 会場の1階大ホールの中を覗くと直前リハーサルをやっています。 司会者から私のことを聞いているアレクサンドラが私に「本当に空を飛ぶの?」と聞くので、「もちろん!」と答えておきました。<br /><br />結構今回はどんどん患者がやってきます。昨年まではイベントの時はそちらに集中しているせいか、私の所へ診察に来る生徒は少なく私もゆっくり楽しめたのですが。昨晩、部屋に往診した女子生徒がまだ吐き気があるとやって来ました。今日は薬を渡しましたが、どう見ても昨日のたうち回っていた女子とは別人の金髪のきれいな子です。名簿でチェックすると名前は間違いなさそうです。一緒について来たルームメートを見て、初めて間違いないと確信できました。そして、楽しみにしていたフェスティバルが始まる寸前にも引率の女先生が声が出ないとやって来ます。熱もあるし、準備した控室で投薬後寝かせますが、大人なのに泣いています。 <br /><br />少し、遅刻して本番の会場へ見に行きます。今年は全部で約1500人と大規模です。JENESYS 短期留学生660名、AFS年間・半年留学生130名(全国から参加)、被災地からの高校生200名、首都圏からの高校生300名、その他AFS関係者や全国からの支部員などです。5年間のJENESYSの最終年を飾る、また2011 <br />年のJENESYSを締めくくる大会です。 <br /><br />最初の挨拶は、秋葉忠利AFS理事長です。相変わらず完璧なスピーチです。次いで、AFS国際本部会長、Vincenzo Morlini 氏のスピーチです。いかにもイタリア人らしい訛りのスピーチで、知人のヨーロッパ旅行医学会会長のパッシーニ先生(イタリア人)と同じような喋り方をします。<br /><br />外務政務官、浜田和幸議員のスピーチもありました。どうせ、日本語だろうと思っていたら何と流暢な英語でメモ用紙なしで堂々と演説されました。しかも、社交辞令かもしれませんが、このJENESYSプログラムの後継プログラムの国会承認に全力を尽くすと心強いお言葉も頂戴しました。 <br /><br />来年、AFSでの年間フランス留学が決まっている女子生徒と年間アメリカ留学が決まっている男子生徒(二人とも被災地出身でみちのく奨学金生)も精一杯英語でスピーチしてくれました。つづいて、660名の代表として3人の短期留学生のスピーチもありました。オーストラリアの女子生徒が無料の観光旅行程度に考えて軽い気持ちで参加したが全く違っていたと述べました。学習旅行といい、ホームステイといい、非常に有意義な催しだったと感謝していました。<br /><br />今回のJENESYSプログラムには述べ100名以上の学生ボランティアが参加してくれています。これが我が公益財団法人、AFS の強みです。普段から、高校留学生のためにオリエンテーションやキャンプなどで協力してくれています。だから、このプログラムでもただの観光旅行には終わりません。必ず、訪問先での感想や日本の歴史などを学ぶ時間を取ります。AFSの原点である平和学習のために、必ず広島の原爆ドームを訪れるのです。ましてや、今年から前広島市長の秋葉さんがAFS 理事長です。学生とはいえ、授業や就職活動などで忙しいはずです。彼らの活躍にも頭が下がります。<br /><br />休憩時間にも、あちこちから喉が痛いだの、鼻水が出るだのと今年はフェスティバルの最中まで大忙しです。 司会者とばったり会うと、若い可愛い娘さんが横にいて紹介されました。AFSリターニーでノンノのモデルだそうです。すぐに2ショットで写真に納まりました。よく聞くと、娘と同じAFS 54期生でスペインに留学したそうで、イタリアに留学した娘と乗り換えのフランクフルトまで一緒だったはずだそうです。<br /><br />後半は例年の13ヶ国留学生によるダンス等はなく、みんなでAFSリターニー(留学経験者)である竹内まりや(楽曲提供)「元気を出して」の英語訳曲「Closer to You」を歌い、ユーチューブ等で世界に発信する予定です。その代わりに、AFS生として来日経験のある「ラオスの真珠、歌姫」アレクサンドラ・ブンスアイさんが一緒に歌います。彼女はラオスの国民的歌手らしく、私のそばにいたラオスからの留学生約11名は特に興奮していました。<br /><br />休憩時間に色々なAFS職員と話をします。ある職員がファーストエイドですか?と言います。少しカチンと来ました。ファーストエイドとは応急処置(手当)で一般の人の救急箱レベルの話です。私がやっていることは、本格的な医療を現場でやっている訳です。薬も病院の処方薬を前もって準備しているのです。<br /><br />会場入り口には、竹内まりやの名前で花輪が飾られていました。彼女と高田事務局長と私は同じ年齢です。でも、残念ながら私はAFS 18期生として彼ら(19期生)より一年先に留学しました。<br /><br />一般客が退場した後での立食パーティでは、秋葉理事長や高田事務局長のテーブルに何気なく加わると、私を紹介してくれるはずだったらしく、少し遅れてみんなの前で簡単に挨拶しました。今年はダンス等ないものの、多くの留学生が民族衣装を着ています。それで、写真を撮りあうのにみんな力が入ります。アジアの民族衣装は各々特色があり、きれいです。<br /><br />AFS の関係者は英語の達人が多いのですが、二人ほどさすがに Brunei の発音を「ブルーネイ」と間違えていました。余談ですが、帰国子女の知人に「ブルネイ」を英語で何と発音するか知っているか聞いてみたら、「ブルネイ」って国の名前ですか?と聞かれました。当然、英語も知りませんでした。ブルネイの人には申し訳ないけど、まだまだ日本では知られていない国のようです。<br /><br />チャンスを逃したとほとんど諦めていたのですがアレクサンドラがやって来たので、2ショットで記念写真に納まりました。単純な私はいつかラオスに行く時に、この写真を現地の人に見せて話のネタにしようと準備しています。世界50ヶ国以上に行った私は本当に行くつもりです。でも、いつかはわかりませんが。<br /><br />時間の関係で今年は留学生の踊りはなかったのですが、大学生のボランティアによる「ソーラン節」だけは披露されました。なかなか盛り上がりました。<br /><br />今年はフェスティバルの日なのに病人が多発で、想定外の日本人参加者高校生(39度台の発熱)も治療しました。取り敢えず、風邪薬を飲ませて寝せていました。数時間後に、父親が仙台から新幹線で迎えに来ました。本来は、団体夜行バスで帰る予定だったようです。ところが、ホテルのフロント前(3階)に呼ばれ、説明を求められました。最初はお礼でも言われるのかとのんきに構えていたので戸惑いました。まさか、医療関係者で治療したのが気にくわないのかという雰囲気なので、言葉を選んで「病院でよく使う総合感冒薬を飲ませました」と言いました。「解熱剤は使ったのですか?」とピンぼけた質問です。当然、解熱剤も入っていることも知らないので、医療関係者ではなさそうです。「インフルエンザかもしれないし」とホテルのクリニックに連れて行くようです。いずれにせよ、私としては感じ悪いことこの上ない。気になるので、後で関係者に聞いたら、インフルエンザは陰性で、結局私が渡したのと同じ薬を処方されたようです。<br /><br />感じが悪いので、契約上もあいまいだし、次回からは日本人の参加者は診察しないほうがいいかななどと考えていました。ところが、学生ボランティアがやって来て、「胃が痛い」という参加高校生がいますと言われると、人のいい私は結局診に行って薬を渡しました。<br /> <br />夜は明日の帰国に備えて、バスで成田空港近くのホテルへ移動です。私はいつものように、CMグループのマロウドインターナショナルホテル成田です。ENNグループはホテル日航成田で、AMグループはANAクラウンプラザホテルです。<br /> <br />【最終日】<br />18日(日)朝6時に朝食会場へ行き、今年は最初の帰国便のオーストラリア、ニュージーランドの生徒と共に成田空港へ移動し見送りました。次に、ターミナルを移動し、タイ、ミャンマーなどの生徒の見送りをし、次から次に各国の留学生を見送りました。いつも思うのですが、かなりの生徒と顔見知りになっていますが、さすがに660名もいると初めての顔もたくさんあります。最後の最後まで、吐き気止めを渡したり、数人に薬を渡しました。<br /><br />昨日、生理痛で鎮痛剤を渡したマレーシアの女の先生がやって来て、生理痛がかなり強いという相談がありました。帰国したら、是非産婦人科を受診することを勧めました。<br /><br />12時ころ無事に全員を送り届けました。そして、これも初めて、最後のJTBガイド・通訳、AFS関係者との合同解散式にまで参加しました。私も一言挨拶しました。みんな、来年も何らかの同様の <br />プロジェクトが再現することを祈りながら。<br /><br />後日談ですが、水疱瘡の生徒は翌日(月曜日)に再度皮膚科を受診し、皮膚病変が乾いて感染性がないのを確認し、その翌日、みんなから二日遅れで無事にフィリピンへ帰国しました。<br /><br />総括すると、今年は前半47名、後半63名、合計110名も診察しました。参加外国人が660名のうちの6分の1です。かなりの数です。私の存在が知られ、みんなが気楽に受診してくれたせいだと思います。<br /><br />5年間のプログラムでした。初年度2007年には、何と6人ものインフルエンザ患者が発生して、JTBやAFSの職員が病院へ連れて行ったりして大変だったそうです。それで、2008年から医者の私が同行することになりました。幸い、2008年、2009年と一人もインフルエンザは発生しませんでした。特に、2009年は世の中が「新型インフルエンザ」で騒いでいた年で、あやうくこのプログラム自体が中止になる可能性もあったくらいです。昨年、2010年一人だけインフルエンザが出ました。そして、今年もゼロです。<br /><br />660名のうち6名の発生だったのが、私が加わってからは延べ2640名のうち1名だけの発生ですから、統計学的に有意差があると言っていいでしょう。手前味噌ですが、少しは私の存在が役に立っているでしょう。風邪もインフルエンザも似たようなウイルスです。風邪で体調をこわし、インフルエンザにかかることもあります。私が早目に対症療法で熱を下げたのが奏功したと思われます。<br /><br /><br />(特に、AFS支部の関係者、JENESYSホストファミリーのみなさんへ)<br />この旅行記を読んだ感想や意見や留学生の思い出などを気楽にメールでお寄せ下さい。   info@kanoya-travelmedica.com )<br /><br /><br />空飛ぶドクター(登録商標)、坂本泰樹<br />

JENESYS/AFS 11 短期留学生国内旅行同行記

2いいね!

2011/12/06 - 2011/12/18

4572位(同エリア5438件中)

0

59

空飛ぶドクター

空飛ぶドクターさん



【今年も12月に大仕事】
2011年12月、いよいよ今年もJENESYS/AFSの仕事です。2007年から2011年までの5年間のプログラム。つまり、今年が最後の年です。The Japan-East Asia Network of Exchange for Students and Youths の略です。日本語では、21世紀東アジア青少年大交流計画です。政府による総額約2億ドルの一大プロジェクト、その一部がAFS(高校留学の老舗)に受託されたものです。基本的には毎年同じような内容ですが、少しずつ変化しています。13ヶ国、600名の短期留学生に60名の引率の先生、合計660名の東アジア・オセアニアからの外国人集団です。私はいつものように、この大集団の専属医師として国内旅行に同行します。全行程約2週間です。「空飛ぶドクター」の私ですが、この仕事は主にバスで同行します。生徒には青色のパーカー、トレーナー、ベンチコートが制服代わりに渡されます。シャペロンの先生は灰色です。

移動するときは大型バス20台です。各々のバスには、添乗員、英語通訳ガイド、大学生ボランティア2名が同乗します。スタッフはみな紺色です。私も同じです。

12月5日(月)夕方、関西空港近くのホテルにチェックインし、明日早朝からの仕事に備えます。
 
【初日】
6日(火)、いよいよ早朝から仕事開始です。

一番乗り、オーストラリア留学生250名の約半分が到着(早朝6時)するのに合わせて空港へ観光バスで迎えに行き、そのまま奈良観光です。昨年と違い、夜行便で日本に着き、そのまま観光しながら宿舎の大津までの移動ですから有効的な時間の使い方です。その分、少しハードスケジュールで飛行機酔い、車酔いなどの乗り物酔いがいきなり何人も出ました。最初の患者は9時半に早くもやって来ました。飛行機酔いで、吐き気とめまいを訴えていました。薬を渡します。奈良では昼食を含め、春日大社、二月堂、大仏殿、興福寺を回りました。奈良公園の鹿をみんな可愛がっていました。

英語は得意な私ですが、英語での診察はあまり経験がないし、興味もあるし勉強にもなります。日本語と同じで、医学用語そのものでは通じないことが多いので、一般用語で喋る必要があります。例えば、「鎮痛剤」analgesicではなく「痛み止め」 pain killer です。数年前のこの仕事で女子生徒に、「I have a period pain.」と言われた時には、あぁ、「生理痛」かと気が付くまでに5秒ほどかかりました。

少し遅れて、各国から続々とやって来ます。後から、バスで同じ奈良観光をして大津のホテルへ集合です。今日は移動日なので、主に国別ですが、明日からは各国の交流を兼ねて、色々な国の生徒たちが混在します。

660名と大人数なので、大きく3グループに分かれます。ENN グループ (Explore Nippon & Nihongo) はオーストラリア人のみ200名で、名前の通り日本語学習プログラムです。CM グループ (country mix) が最大で、オーストラリア、ニュージーランド、インド、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンの7ヶ国、50名ずつの350名です。最後の AM グループ (ASEAN mix) は去年から加わった残りのアセアン諸国、ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、シンガポール、ベトナム6ヶ国にインドネシア、タイ、フィリピン、マレーシアの合計10ヶ国でアセアン諸国全てです。11名ずつの110名です。少しずつ旅程が違いますので、私は基本的に最大グループ、CMグループに同行します。

夕方、まずはENNグループのオリエンテーション会場、ロイヤルオークホテルへ。その前に、留学生と一緒に円卓での夕食をとります。料理や栄養学に興味のある私は、食べ終わった後の各テーブルを見て回ります。さすが、オーストラリアのグループ、野菜サラダにはほとんど手を付けていません。ハンバーグや鶏肉料理ばかりを食べているようです。あまり健全でない食生活が垣間見れます。

オリエンテーション司会者は大阪事務所の職員で知り合いです。彼女はオーストラリアとアメリカの両方に留学経験があり、乗り乗りです。「オージー(オーストラリア人の親称)、オージー、オージー」と彼女が会場へ向かって声を掛けると、会場から「オイ、オイ、オイ」と返ってきます。2000年のシドニーオリンピックから流行っている応援のやり方だそうです。例年の如く、私は高田AFS事務局長あいさつの後です。局長はいつもこの貴重な体験は一生続くものだということと、ホストファミリーはじめ多くのボランティアで成り立つこのプログラムでは「感謝」の気持ちを忘れずに、しかも口に出して言うように強調します。私の役割は医学的注意事項の説明です。ここでは、司会者の要請もあり歩いて登壇する代わりに、両手を広げて飛行機の格好をし、飛んで行きました。最初に司会者から「Flying Doctor」と紹介されているからです。今年で4年目なので、話す内容も充実してきました。

せっかく医者の私が同行するのですから、参加者の前でしっかり存在をアピールします。「空飛ぶドクター」と自己紹介し、こういう旅行に帯同するのを専門にしたユニークな医者だと強調します。ちょっとした軽い症状でも気楽に私のところへ来るように言います。診察料や薬代はもらわないと安心させます。パワーポイントを使っていますから、顔を覚えてもらうために何枚かの自分の写真を見せ、最後に黒いカバンを抱えた自分の写真を見せます。カバンの中には、診察用の聴診器や舌圧子やペンライト、病院の処方薬(約30種類)が入っています。頻度の多い乗り物酔いの注意事項や風邪やインフルエンザの予防法を中心に話します。特に、感染経路として空気感染ではなく、接触感染や飛沫感染が大事だと強調します。私は空を飛びますが、風邪やインフルエンザウイルスは空を飛ばない(花粉のように空中を浮遊していない)と説明し、笑いを取ります。経験のあるホストファミリーからの要望で、日本ではシャワーでなく、深い浴槽にゆっくり浸かり、体を十分温めてから出るようにも強調します。また、熱いシャワーの連続使用はお湯が出なくなったりして後の人に迷惑をかけることも強調しました。

最後に、がん患者さんに付き添ってアメリカ、メンフィスへ行った少し感動的な旅行を紹介します。末期がん患者さんで、エルビス・プレスリーの大ファンです。ちょうど映画「The Bucket List」(邦題:最高の人生の見つけ方)のような話です。無事日本へ帰国後10日目に亡くなりました。

そして、私の宿泊先、いつもの大津プリンスホテルへ移動し、事務局長に続き、また同じことをオリエンテーションで喋ります。こちらの会場の方が広く、CM、AM グループ460名の前で話します。今日だけで早くも11名診察しました。そのうち7名は乗り物酔いでした。早朝到着ゆえの今年の特色です。 

【2日目】
今日(7日)は京都のスタデイ・ツアーです。私のバスCM6グループは、金閣寺、嵐山、昼食、知恩院〜ねねの道〜八坂神社の散策です。午前中の金閣寺、嵐山までは例年と同じです。午前中のバスは関西にいるフランス人AFS年間生の隣でした。おかげで、この東アジア・オセアニアのプログラムにも関わらず、フランスの話をたくさん聞けました。結構日本語で話ができました。午後の散策はバディ・プログラムと呼ばれ、地元の高校生、大学生との交流で、新しい試みでなかなかいい内容でした。日本人参加者は夕食も一緒に過ごし、留学生による体験発表会まで聞いてからの解散でした。

今日はCM グループ(バス10台)中心に13名の診察です。昼まではほぼ同じ行程なので、ENN やAM グループの数名も治療しています。と言うのは、両グループは午後からは先に広島へ移動です。CM グループのオーストラリアの男子生徒がインドの生徒とふざけていて、右肩を打撲しました。可動性あり、痛みもそこそこで緊急性はないと判断しましたが、翌日広島へ移動してから、念のため整形外科を受診させることにしました。

CMグループのみ、今夜も大津プリンスホテル滞在です。夜、オーストラリアの先生に昨晩の医学的注意事項のプレゼンがわかりやすくて良かったと褒められました。 率直に嬉しいものです。

【3日目】
8日(木)は新幹線で広島へ移動です。毎年、多くの留学生は新幹線ではしゃぎます。彼らにとっては awesome(すごい)なようです。みんな写真を撮っています。広島駅で私が個人的にお願いしたビデオカメラマンと合流します。いつものむさしで昼食です。鍋うどんとおむすびのお店です。いつも、留学生にとって箸でうどんをすくうのが難しいので、私の仕事です。 手伝ってあげます。

それから、まず原爆資料館へ行きます。今日は CM9バスグループと行動を共にします。でも、私は忙しく休憩室と軽食の場所で、すでに連絡があった昨日から広島へ移動しているオーストラリアの ENNグループの3人を診察します。そこで待機していると次から次へと患者発生です。今日も車酔いが5名もいます。ちょうどカメラマンに診察風景をビデオで撮ってもらっているので、患者が少ないよりも歓迎です。

それから、CM9グループに戻って一緒に歩いて偵子の像や原爆ドームへ行きます。もう暗くなりはじめています。

バスでいつものリーガロイヤルホテルへチェックインし、これも毎年好評のお好み焼き屋へ行きます。今年は繁華街にあるお好み村です。目の前で焼く、お好み焼きに留学生たちは好奇心一杯です。山盛りのキャベツを見て圧倒され、あんなに食べきれないと思うようです。でも、どんどん縮んでいきます。まるで魔法のように。

ホテルに戻ると、去年まで広島市長の秋葉忠利AFS理事長の挨拶です。相変わらず、完璧なスピーチです。スタッフに聞くと、今日は色々なグループ相手に合計8回目だそうです。しかも、毎回時間通り終わるそうです。まさにプロです。

ENN グループは平和記念公園、資料館、お好み焼きなど広島市内観光しながら日本語に触れ、午後は学習のまとめをやったようです。AM グループは平和記念公園を訪れた後、ASEAN mix のイベントがあったようです。私は参加していないので、詳細はわかりません。

ENN グループだけ安芸グランドホテルでの宿泊です。CM と AM グループはいつものリーガロイヤルホテル広島です。

整形外科受診させた右肩打撲の生徒はやはり打撲だけでしたが、大きな三角帯をされていました。内服薬はなく、冷湿布だけ処方されていました。参考までに、英文診断書を見せてもらうと cold pack と訳しています。そう言えば、たぶん外国には湿布はあまりないはずです。この英語はたぶん和製英語であやしいです。辞書には poultice とか cold compressとか訳していますが、たぶんあまり使われていないと思われます。後日談ですが、ちょうど当直先で日系人の患者さんが来たので聞いてみました。やはり、ほとんど「湿布」とかは使われないので一般のアメリカ人は知らないそうです。自分は「salonpas」と呼んでいるそうです。

夕方、インドの女子が喘息発作らしいと来ました。聴診すると間違いありません。今までありそうでなかったのですが、彼女はいつも使っている吸入薬を持参するのを忘れたらしいのです。気管支拡張剤は準備していませんので、少量のステロイドを使いました。気になって、夜部屋へ往診するとずい分楽になっていました。聴診でもほとんど正常に戻っていました。今日も大忙しで合計16名の診察、治療をしました。

【4日目、前半最終日】
9日(金)いよいよ、広島から全国70支部へ移動の日です。毎朝、参加外国人は全て検温をして、37度以上あれば私のところへ来るようになっています。ところが、朝早く朝食会場へ向かう時に、学生ボランティアから声をかけられます。そうです。今年も外国人(もちろんアジア人)の引率の先生と間違われたのです。苦笑いです。学生ボランティアもたくさんいるので、まだまだ私のことを知らない人もいるのです。無理はありません。私は南方系の顔をしているので、タイ、ベトナム、ネパール等で現地の人から間違われたほどですから。

幸い今年は初めて全員無事に北は北海道から南は九州まで移動できました。例年、1〜2人発熱等で様子をみてからになるからです。それでも、出発までの午前中だけで7名を診察しました。

私はいつものように自分の住んでいる博多支部への12名と一緒です。予定通り、お昼に博多駅へ着き、近くの会議室で一緒に弁当を食べ、いよいよホストファミリーと合流です。ここでは、私は AFS 博多支部長の顔になります。これはボランティアです。各留学生11名(8ヶ国)とブルネイの女性引率先生は約1週間福岡市でホームステイします。 今年は支部長として、家庭探しから苦労したので、だいたい全部のご家族の顔と名前が一致します。
 
生徒の国分けは、オーストラリアが男女二人ずつの4人、ニュージーランドの女子、インドネシアとマレーシアの男子、ブルネイ、タイ、フィリピン、シンガポールの女子の11人です。
 
【博多支部行事】
日曜日(11日)は博多支部歓・送迎会です。9日に一緒に福岡入りしたJENESYS短期留学生にとってはホームステイ3日目です。今回の12人のユニットのうち、11名(8ヶ国)の生徒と1名の若いブルネイの先生の歓迎会です。それと、成り行きで同じ福岡市へ来た福岡支部の引率のシンガポールの先生も参加しました。

では、何故送別会か?

今年は震災の影響で3月の来日が8月になったAFS年間(実際にはセメスター(半年))留学生が2月には帰国しますが、早目の送別会を兼ねているのです。しかも今年のAFS生はJENESYS奨学金長期留学生です。インドからの女生徒です。

レストラン貸切で11時から15時までのパーティでゲームなどを交え、楽しい時間を過ごしました。ホストファミリーなど関係者70名近くの大パーティです。唯一申し訳なかったのは、同時間に福岡ソフトバンクホークスの優勝祝賀パレードが近くの天神であった からです。見に行きたかった人も多いと思います。

終わった後は、支部員二人がホストをしているので、フィリピンの生徒とブルネイの先生と合計6人でお茶しました。

その前に、プリクラを撮りたいと言われ、ラウンド1へ行きました。でも、おじさん一人とおばさん3人の私たちには使い方がわかりません。近くの女子高生に応援を頼みました。最近のプリクラはあまりに複雑です。でも、次第に最低限の使い方がわかりました。400円で目がパッチリなど「修正」できるわけですから、若い女性がはまるのはわかります。フィリピンの生徒は日本語を少し勉強しているようで、ひらがなでプリクラに色々落書きしていました。

お茶しながら、フィリピンやブルネイのことを色々聞くことができました。Brunei の発音が「ブルーネイ」ではなく「ブルーナイ」と初めて知りました。電子辞書で確認すると間違いありません。

 博多支部の留学生たちは翌日から3日間西南高校へ行き日本の学校の様子を経験します。よく聞く感想は、1クラスに40人もの生徒がいるのに驚き、授業中に居眠りしている生徒がいるのに驚くようです。
 
【後半1日目】
全国各地でホームステイした660名が再び全員集合する日です。今度は東京です。15日(木)に福岡空港に再集合し、いつものように私も一緒に東京へ飛びます。福岡空港には博多支部、福岡支部、福岡南支部、玉名支部の4支部48名の短期JENESYS留学生が集まります。いつものように、たった1週間のホームステイにもかかわらず、涙・涙のお別れです。この瞬間に、ボランティアで色々お世話している苦労が報われる気がします。しかも、このプログラムの意義で、将来のアジアのエリートたちが日本のファンになってくれるのです。毎年、留学生たちと身近に接しているのでひしひしと彼らの感動、熱気を感じます。意外と知られていないのですが、国によっては100倍の倍率から選ばれた生徒もいます。憧れの日本へ無料で2週間も来れるのですから、ある意味当然です。それだけでも、このプログラムは有意義だと私は考えています。また660もの無償で家庭を提供していただくボランティアを探す力もAFS にはあるのです。このプログラムはお金以外にも多くの無償で働く人々の力によって成り立っているのです。

福岡から羽田への飛行機では、大体いつも富士山が見えます。CAに確認するとこの日も見れそうです。早目に留学生に知らせてあげました。みんなカメラを持ってスタンバイです。雪に覆われた富士山を上から見ることが出来ました。九州への生徒は雪はなかなか見れないのですが、せめて富士山を見せてあげることはできました。
 
羽田空港に着き、いつものバスと違い、全員が京急電車に乗り、品川駅へ移動し、歩いてすぐの京急EXイン品川駅前へチェックインです。

北海道や東北でホームステイをした生徒たちは生まれて初めて雪を見て満足そうです。1週間ぶりの再会ですが、結構多くの生徒が軽い症状で私の所へやって来ます。でも、夕食まで時間があるのでのんびり過ごそうとしていると、いきなり女子生徒が気を失って倒れた!と大騒ぎになります。救急車を呼ぶ勢いです。すぐに私がかけつけると、確かに失神状態です。でも、呼吸はしています。瞳孔反射もあります。ニュージーランドの女子です。たまたま、ニックネームが「ゾウ」でそれは「エレファント」だとからかっていたので、名前も知っている女生徒でした。

昨年の経験があるので、過換気症候群だろうとすぐにピンときたのであせりません。回りの留学生に呼吸がおかしくなかったかと聞くと、一人の男子生徒がそう言えば倒れる前に荒い呼吸をしていたと言います。 過呼吸症侯群とも言いますが、何らかのストレスで息を吐き過ぎ、二酸化炭素を再吸収せず、体の体液がアルカリに傾く状態で、医学的には「呼吸性アルカローシス」と呼びます。そうとわかれば、徐々に回復するはずです。失神した時点で過呼吸は止まっているからです。若い女性に多い疾患で、一種のヒステリーです。

そうは言っても他の病気の可能性も少しはあるし、心配なのでずっと付き添っていましたが、しばらくは朦朧としていました。しかも脱力状態です。顔面蒼白でしたが、徐々に血の気も戻ってきます。それでも、自力で起き上がってちゃんと喋れるようになるまでに1時間半はかかりました。

その前後も、続々と全国から帰って来た留学生たちが色々な症状を訴えて私の所へ診察に来ます。大忙しです。インド人の男子生徒が左の股の付け根あたりが痛いとやって来ます。プライバシーを確保して、ズボンを下げて診察します。左大腿内側に皮下膿瘍があります。場所が場所だけに歩くとこすれて痛いのでしょう。説明して、抗生物質を3日分ほど渡します。

フィリピンの女生徒が発疹で痒いとやって来ます。あまり見慣れない発疹です。むしろ、ダニに刺されたような発赤です。でも、それにしては多発性です。夕方、ひどくなったと戻って来ました。「chickenpox」ではないかと言ってきます。そうかもしれません。熱はないのですが、昨日は熱があったそうです。水疱瘡などは小児の病気で私はあまり見たこともありません。小児科か皮膚科か少し迷いましたが、感染症でない可能性も考え、時間外でも専門医のいる大学病院の皮膚科へ受診させました。もちろん、関係者が付き添います。答えはやはり水疱瘡でした。可哀そうですが、分かった以上は隔離する必要があります。ホテルの部屋も個室にし、翌日からの観光も禁止です。今日はいきなり19人も治療しました。一つの理由は660名全員がこのホテルに集まっていて、私の所に来やすいからでしょう。

【後半2日目】
16日(金)、今日は最後のバス旅行で、東京学習ツアーです。順番を少しずらすだけで、ほぼ全グループ同じコースで差し障りないので、いつものCMでなくAM1グループバスを選びました。まだ行ったことのないミャンマー、ラオス、カンボジア、ブルネイなどの国の留学生が含まれるからです。

まずは、江戸東京博物館へ行きます。次に、隅田川水上バスで船旅を楽しみながら、昼食の「お弁当」です。いつものように、他のグループとも少しの時差ですれ違います。その時々に、具合の悪い生徒を診察します。

アクアシティお台場に次に行き、ショッピングです。ダイソーの100円ショップに興味のある生徒が多く(引率の先生も)4階に連れて行きます。最後は、日本科学未来館です。結構、充実した一日です。

夜は、明日のJENESYS Festival 2011 のリハーサルを見ていました。こういう裏方を覗くのが好きな私です。ラオスの歌姫、アレクサンドラと司会の大阪事務所職員が演壇にいます。途中で、例の如く患者が発生し携帯電話で呼ばれます。

夕方、インドの男子生徒が私の所にわざわざやって来て、この旅行にはお医者さんである私が同行しているので非常に心強いですと礼儀正しく、丁寧にお礼を言いに来てくれました。素直に嬉しかったです。例の独特のインド訛りの英語なので、今でも心地よく耳に残っています。

呼ばれて、エレベーター出口近くで診察した後、その生徒担当のニュージーランドの男性教師から話しかけられ、岩手支部へ行った経験を含め、素晴らしいプログラムだとほめられました。自分のグループは12人、10ヶ国から構成され、みんなで被災地を訪れ、岩手県知事とも面談して貴重な体験だったと言っていました。
 
この日も合計21名もの診察をしました。夜遅く呼ばれて女子生徒の部屋へ行きます。もちろん、必ず女性スタッフを伴います。ルームメートによると、吐き気がひどくて苦しそうだと言います。でも、本人は下着も露わな、すごいかっこうでベッドにうつぶせ状態です。吐き気止めをあげようかと言っても、本人は大丈夫と言うので、無理強いはしませんでした。
 
【後半3日目】
17日(土)いよいよJENESYS Festival 2011の大事な日です。例年と違い、今年は一般客がかなりいます。そのために、土曜日に持ってきたのです。会場が宿泊ホテルと同じ京急 exイン品川駅前なので移動の必要がありません。 会場の1階大ホールの中を覗くと直前リハーサルをやっています。 司会者から私のことを聞いているアレクサンドラが私に「本当に空を飛ぶの?」と聞くので、「もちろん!」と答えておきました。

結構今回はどんどん患者がやってきます。昨年まではイベントの時はそちらに集中しているせいか、私の所へ診察に来る生徒は少なく私もゆっくり楽しめたのですが。昨晩、部屋に往診した女子生徒がまだ吐き気があるとやって来ました。今日は薬を渡しましたが、どう見ても昨日のたうち回っていた女子とは別人の金髪のきれいな子です。名簿でチェックすると名前は間違いなさそうです。一緒について来たルームメートを見て、初めて間違いないと確信できました。そして、楽しみにしていたフェスティバルが始まる寸前にも引率の女先生が声が出ないとやって来ます。熱もあるし、準備した控室で投薬後寝かせますが、大人なのに泣いています。

少し、遅刻して本番の会場へ見に行きます。今年は全部で約1500人と大規模です。JENESYS 短期留学生660名、AFS年間・半年留学生130名(全国から参加)、被災地からの高校生200名、首都圏からの高校生300名、その他AFS関係者や全国からの支部員などです。5年間のJENESYSの最終年を飾る、また2011
年のJENESYSを締めくくる大会です。

最初の挨拶は、秋葉忠利AFS理事長です。相変わらず完璧なスピーチです。次いで、AFS国際本部会長、Vincenzo Morlini 氏のスピーチです。いかにもイタリア人らしい訛りのスピーチで、知人のヨーロッパ旅行医学会会長のパッシーニ先生(イタリア人)と同じような喋り方をします。

外務政務官、浜田和幸議員のスピーチもありました。どうせ、日本語だろうと思っていたら何と流暢な英語でメモ用紙なしで堂々と演説されました。しかも、社交辞令かもしれませんが、このJENESYSプログラムの後継プログラムの国会承認に全力を尽くすと心強いお言葉も頂戴しました。

来年、AFSでの年間フランス留学が決まっている女子生徒と年間アメリカ留学が決まっている男子生徒(二人とも被災地出身でみちのく奨学金生)も精一杯英語でスピーチしてくれました。つづいて、660名の代表として3人の短期留学生のスピーチもありました。オーストラリアの女子生徒が無料の観光旅行程度に考えて軽い気持ちで参加したが全く違っていたと述べました。学習旅行といい、ホームステイといい、非常に有意義な催しだったと感謝していました。

今回のJENESYSプログラムには述べ100名以上の学生ボランティアが参加してくれています。これが我が公益財団法人、AFS の強みです。普段から、高校留学生のためにオリエンテーションやキャンプなどで協力してくれています。だから、このプログラムでもただの観光旅行には終わりません。必ず、訪問先での感想や日本の歴史などを学ぶ時間を取ります。AFSの原点である平和学習のために、必ず広島の原爆ドームを訪れるのです。ましてや、今年から前広島市長の秋葉さんがAFS 理事長です。学生とはいえ、授業や就職活動などで忙しいはずです。彼らの活躍にも頭が下がります。

休憩時間にも、あちこちから喉が痛いだの、鼻水が出るだのと今年はフェスティバルの最中まで大忙しです。 司会者とばったり会うと、若い可愛い娘さんが横にいて紹介されました。AFSリターニーでノンノのモデルだそうです。すぐに2ショットで写真に納まりました。よく聞くと、娘と同じAFS 54期生でスペインに留学したそうで、イタリアに留学した娘と乗り換えのフランクフルトまで一緒だったはずだそうです。

後半は例年の13ヶ国留学生によるダンス等はなく、みんなでAFSリターニー(留学経験者)である竹内まりや(楽曲提供)「元気を出して」の英語訳曲「Closer to You」を歌い、ユーチューブ等で世界に発信する予定です。その代わりに、AFS生として来日経験のある「ラオスの真珠、歌姫」アレクサンドラ・ブンスアイさんが一緒に歌います。彼女はラオスの国民的歌手らしく、私のそばにいたラオスからの留学生約11名は特に興奮していました。

休憩時間に色々なAFS職員と話をします。ある職員がファーストエイドですか?と言います。少しカチンと来ました。ファーストエイドとは応急処置(手当)で一般の人の救急箱レベルの話です。私がやっていることは、本格的な医療を現場でやっている訳です。薬も病院の処方薬を前もって準備しているのです。

会場入り口には、竹内まりやの名前で花輪が飾られていました。彼女と高田事務局長と私は同じ年齢です。でも、残念ながら私はAFS 18期生として彼ら(19期生)より一年先に留学しました。

一般客が退場した後での立食パーティでは、秋葉理事長や高田事務局長のテーブルに何気なく加わると、私を紹介してくれるはずだったらしく、少し遅れてみんなの前で簡単に挨拶しました。今年はダンス等ないものの、多くの留学生が民族衣装を着ています。それで、写真を撮りあうのにみんな力が入ります。アジアの民族衣装は各々特色があり、きれいです。

AFS の関係者は英語の達人が多いのですが、二人ほどさすがに Brunei の発音を「ブルーネイ」と間違えていました。余談ですが、帰国子女の知人に「ブルネイ」を英語で何と発音するか知っているか聞いてみたら、「ブルネイ」って国の名前ですか?と聞かれました。当然、英語も知りませんでした。ブルネイの人には申し訳ないけど、まだまだ日本では知られていない国のようです。

チャンスを逃したとほとんど諦めていたのですがアレクサンドラがやって来たので、2ショットで記念写真に納まりました。単純な私はいつかラオスに行く時に、この写真を現地の人に見せて話のネタにしようと準備しています。世界50ヶ国以上に行った私は本当に行くつもりです。でも、いつかはわかりませんが。

時間の関係で今年は留学生の踊りはなかったのですが、大学生のボランティアによる「ソーラン節」だけは披露されました。なかなか盛り上がりました。

今年はフェスティバルの日なのに病人が多発で、想定外の日本人参加者高校生(39度台の発熱)も治療しました。取り敢えず、風邪薬を飲ませて寝せていました。数時間後に、父親が仙台から新幹線で迎えに来ました。本来は、団体夜行バスで帰る予定だったようです。ところが、ホテルのフロント前(3階)に呼ばれ、説明を求められました。最初はお礼でも言われるのかとのんきに構えていたので戸惑いました。まさか、医療関係者で治療したのが気にくわないのかという雰囲気なので、言葉を選んで「病院でよく使う総合感冒薬を飲ませました」と言いました。「解熱剤は使ったのですか?」とピンぼけた質問です。当然、解熱剤も入っていることも知らないので、医療関係者ではなさそうです。「インフルエンザかもしれないし」とホテルのクリニックに連れて行くようです。いずれにせよ、私としては感じ悪いことこの上ない。気になるので、後で関係者に聞いたら、インフルエンザは陰性で、結局私が渡したのと同じ薬を処方されたようです。

感じが悪いので、契約上もあいまいだし、次回からは日本人の参加者は診察しないほうがいいかななどと考えていました。ところが、学生ボランティアがやって来て、「胃が痛い」という参加高校生がいますと言われると、人のいい私は結局診に行って薬を渡しました。
 
夜は明日の帰国に備えて、バスで成田空港近くのホテルへ移動です。私はいつものように、CMグループのマロウドインターナショナルホテル成田です。ENNグループはホテル日航成田で、AMグループはANAクラウンプラザホテルです。
 
【最終日】
18日(日)朝6時に朝食会場へ行き、今年は最初の帰国便のオーストラリア、ニュージーランドの生徒と共に成田空港へ移動し見送りました。次に、ターミナルを移動し、タイ、ミャンマーなどの生徒の見送りをし、次から次に各国の留学生を見送りました。いつも思うのですが、かなりの生徒と顔見知りになっていますが、さすがに660名もいると初めての顔もたくさんあります。最後の最後まで、吐き気止めを渡したり、数人に薬を渡しました。

昨日、生理痛で鎮痛剤を渡したマレーシアの女の先生がやって来て、生理痛がかなり強いという相談がありました。帰国したら、是非産婦人科を受診することを勧めました。

12時ころ無事に全員を送り届けました。そして、これも初めて、最後のJTBガイド・通訳、AFS関係者との合同解散式にまで参加しました。私も一言挨拶しました。みんな、来年も何らかの同様の
プロジェクトが再現することを祈りながら。

後日談ですが、水疱瘡の生徒は翌日(月曜日)に再度皮膚科を受診し、皮膚病変が乾いて感染性がないのを確認し、その翌日、みんなから二日遅れで無事にフィリピンへ帰国しました。

総括すると、今年は前半47名、後半63名、合計110名も診察しました。参加外国人が660名のうちの6分の1です。かなりの数です。私の存在が知られ、みんなが気楽に受診してくれたせいだと思います。

5年間のプログラムでした。初年度2007年には、何と6人ものインフルエンザ患者が発生して、JTBやAFSの職員が病院へ連れて行ったりして大変だったそうです。それで、2008年から医者の私が同行することになりました。幸い、2008年、2009年と一人もインフルエンザは発生しませんでした。特に、2009年は世の中が「新型インフルエンザ」で騒いでいた年で、あやうくこのプログラム自体が中止になる可能性もあったくらいです。昨年、2010年一人だけインフルエンザが出ました。そして、今年もゼロです。

660名のうち6名の発生だったのが、私が加わってからは延べ2640名のうち1名だけの発生ですから、統計学的に有意差があると言っていいでしょう。手前味噌ですが、少しは私の存在が役に立っているでしょう。風邪もインフルエンザも似たようなウイルスです。風邪で体調をこわし、インフルエンザにかかることもあります。私が早目に対症療法で熱を下げたのが奏功したと思われます。


(特に、AFS支部の関係者、JENESYSホストファミリーのみなさんへ)
この旅行記を読んだ感想や意見や留学生の思い出などを気楽にメールでお寄せ下さい。   info@kanoya-travelmedica.com )


空飛ぶドクター(登録商標)、坂本泰樹

同行者
社員・団体旅行
交通手段
観光バス 新幹線
旅行の手配内容
団体旅行
利用旅行会社
JTB

PR

  • いざ出発、奈良ツアー

    いざ出発、奈良ツアー

  • 奈良公園名物の鹿と

    奈良公園名物の鹿と

  • 紅葉も少しだけ

    紅葉も少しだけ

  • 「青の軍団」制服がわりに留学生はみんな青色の上着

    「青の軍団」制服がわりに留学生はみんな青色の上着

  • 奈良の大仏さんの裏側

    奈良の大仏さんの裏側

  • 五重塔をバックに

    五重塔をバックに

  • JENESYS 07-11 with AFS のロゴマーク

    JENESYS 07-11 with AFS のロゴマーク

  • オリエンテーションの司会者と

    オリエンテーションの司会者と

  • 金閣寺をバックに

    金閣寺をバックに

  • 金閣寺内で

    金閣寺内で

  • 仲良く2ショット<br />黄色い名札は<br />ENNグループ(オーストラリア)

    仲良く2ショット
    黄色い名札は
    ENNグループ(オーストラリア)

  • 嵐山にて<br />白い名札はCMグループ

    嵐山にて
    白い名札はCMグループ

  • バディ・プログラム<br />町家歩き

    バディ・プログラム
    町家歩き

  • お寺の階段で

    お寺の階段で

  • 神社の前で<br />美しくなれる?

    神社の前で
    美しくなれる?

  • 着物姿の中年女性と

    着物姿の中年女性と

  • 地元の人とみんな仲良く

    地元の人とみんな仲良く

  • 移動のバスの中

    移動のバスの中

  • ホテルのロビーで<br />すごい人数!

    ホテルのロビーで
    すごい人数!

  • フランス人女生徒と<br />現在AFSで日本に留学中<br />

    フランス人女生徒と
    現在AFSで日本に留学中

  • 新幹線の前で

    新幹線の前で

  • うどんとおにぎりの武蔵

    うどんとおにぎりの武蔵

  • 広島記念公園にて

    広島記念公園にて

  • 離れられない仲良し??

    離れられない仲良し??

  • 夕闇の原爆ドーム

    夕闇の原爆ドーム

  • お好み焼き屋<br />三角帯にもめげず

    お好み焼き屋
    三角帯にもめげず

  • キャベツたっぷり<br />お好み焼き

    キャベツたっぷり
    お好み焼き

  • クリスマス前のホテルロビー<br />「青の軍団」

    クリスマス前のホテルロビー
    「青の軍団」

  • 新幹線の中で

    新幹線の中で

  • 博多支部への12名<br />ようこそ福岡へ!

    博多支部への12名
    ようこそ福岡へ!

  • 博多支部での歓送迎パーティ

    博多支部での歓送迎パーティ

  • 博多支部パーティ<br />全員集合

    博多支部パーティ
    全員集合

  • 再集合の日<br />福岡空港にて

    再集合の日
    福岡空港にて

  • 飛行機の中で<br />疲れてぐっすり

    飛行機の中で
    疲れてぐっすり

  • 誰かがいたずらして<br /><br />こんな写真に加工

    誰かがいたずらして

    こんな写真に加工

  • 珍しくみんなで電車に

    珍しくみんなで電車に

  • いつも短パンのオーストラリアの先生<br />学校でもこれらしい

    いつも短パンのオーストラリアの先生
    学校でもこれらしい

  • ついに5年分そろったレインボー<br />JENESYSのシンボル

    ついに5年分そろったレインボー
    JENESYSのシンボル

  • 2011年のレインボー

    2011年のレインボー

  • 学習タイム

    学習タイム

  • キティちゃんの派手なズボン<br />フィリピンのお母さんの趣味

    キティちゃんの派手なズボン
    フィリピンのお母さんの趣味

  • 東京江戸博物館<br />青い名札はAMグループ

    東京江戸博物館
    青い名札はAMグループ

  • 隅田川

    隅田川

  • 隅田川水上バスの中で

    隅田川水上バスの中で

  • 日本科学未来館にて

    日本科学未来館にて

  • 日本科学未来館

    日本科学未来館

  • プロ並みの司会者

    プロ並みの司会者

  • インド

    インド

  • ブルネイ

    ブルネイ

  • ベトナム

    ベトナム

  • オーストラリア

    オーストラリア

  • 竹内まりや(19期アメリカ留学)から<br />お祝いの花輪

    竹内まりや(19期アメリカ留学)から
    お祝いの花輪

  • non-no モデル(岩本乃蒼、現在日本テレビアナウンサー)と<br />54期スペイン留学<br /><br />私<br />18期アメリカ留学

    non-no モデル(岩本乃蒼、現在日本テレビアナウンサー)と
    54期スペイン留学


    18期アメリカ留学

  • カンボジア

    カンボジア

  • 秋葉AFS理事長と<br />6期アメリカ留学

    秋葉AFS理事長と
    6期アメリカ留学

  • アレクサンドラ(ラオス)と<br />2002年AFSで来日

    アレクサンドラ(ラオス)と
    2002年AFSで来日

  • いよいよ成田空港でお別れ

    いよいよ成田空港でお別れ

  • 成田空港<br />オーストラリアの同地域出身らしい

    成田空港
    オーストラリアの同地域出身らしい

  • 解散式<br />大勢のスタッフ<br />成田空港ロビー

    解散式
    大勢のスタッフ
    成田空港ロビー

この旅行記のタグ

2いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP