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ミャンマー旅行4日目。<br />2日間にわたるバガンの観光を終え、次は“ミャンマー第二の都市”マンダレーへエア・バガンでひとっ飛び。<br /><br />19世紀、ビルマ族最後の王朝コンバウン朝(1752-1886年)のミンドン王によって建設された“曼荼羅”(仏教における聖域)という意味のかつての王都は、黄金のマハムニ仏を抱えるマハムニ・パヤーや細密な木造彫刻で彩られたシュエナンドー僧院など、イギリスに侵略されていた衰退期にありながら“仏教の都”たらんとしたコンバウン朝の夢の跡を感じさせてくれるものでした。<br /><br /><旅程表><br /> 2011年<br /> 11月2日(水) 成田→ハノイ→ヤンゴン<br /> 11月3日(木) ヤンゴン→バガン<br /> 11月4日(金) バガン→ポッパ山→バガン<br />○11月5日(土) バガン→マンダレー<br /> 11月6日(日) マンダレー(アマラプラ→サガイン)→ヤンゴン<br /> 11月7日(月) ヤンゴン→ハノイ<br /> 11月8日(火) ハノイ→成田

ミャンマー紀行(7) マハムニ・パヤーとシュエナンドー僧院~ミャンマー第二の都市マンダレー

47いいね!

2011/11/05 - 2011/11/05

31位(同エリア488件中)

6

48

エンリケ

エンリケさん

ミャンマー旅行4日目。
2日間にわたるバガンの観光を終え、次は“ミャンマー第二の都市”マンダレーへエア・バガンでひとっ飛び。

19世紀、ビルマ族最後の王朝コンバウン朝(1752-1886年)のミンドン王によって建設された“曼荼羅”(仏教における聖域)という意味のかつての王都は、黄金のマハムニ仏を抱えるマハムニ・パヤーや細密な木造彫刻で彩られたシュエナンドー僧院など、イギリスに侵略されていた衰退期にありながら“仏教の都”たらんとしたコンバウン朝の夢の跡を感じさせてくれるものでした。

<旅程表>
 2011年
 11月2日(水) 成田→ハノイ→ヤンゴン
 11月3日(木) ヤンゴン→バガン
 11月4日(金) バガン→ポッパ山→バガン
○11月5日(土) バガン→マンダレー
 11月6日(日) マンダレー(アマラプラ→サガイン)→ヤンゴン
 11月7日(月) ヤンゴン→ハノイ
 11月8日(火) ハノイ→成田

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
ホテル
3.0
交通
2.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
自転車
航空会社
ベトナム航空
旅行の手配内容
個別手配
  • 11月5日(土)<br />バガン最後の朝です。<br />この日は8時05分のエア・バガンでミャンマー第二の都市マンダレーへ。<br /><br />まだ暗い中の5時30分、早起きしてホテル(ヤーキンターホテル)の屋上で朝食をとります。<br /><br />・・・やがて6時近くなり、バガンの空がピンクに染まっていきます。

    11月5日(土)
    バガン最後の朝です。
    この日は8時05分のエア・バガンでミャンマー第二の都市マンダレーへ。

    まだ暗い中の5時30分、早起きしてホテル(ヤーキンターホテル)の屋上で朝食をとります。

    ・・・やがて6時近くなり、バガンの空がピンクに染まっていきます。

  • 6時過ぎ、前日にホテルにお願いして予め呼んでもらったタクシーに乗ってニャウンウーの空港へ。<br /><br />2日前にヤンゴンでホテルに呼んでもらったタクシーにぼったくられたこともあり、またぼられるのではと少し警戒していましたが、行きと同じく5,000チャット(500円)で無事空港まで連れて行ってくれました(タクシー代はホテルに支払いました。)。<br /><br />やはり田舎の方が人情がありますね。<br /><br />このときのタクシーの運転手は昔日本で働いていたこともあるおじさんで日本語がうまく、日本の思い出話などをしてくれました。<br /><br />雰囲気的に、1990年代に軍事政権下で日本に亡命していた民主化運動の闘士の方だったかもしれませんが、さすがにそこまでは聞けませんでした・・・。<br /><br />そして10分ほどで空港に到着。<br />入口には金髪の観光客たちを乗せた“豊鉄バス”も止まっていました・・・。

    6時過ぎ、前日にホテルにお願いして予め呼んでもらったタクシーに乗ってニャウンウーの空港へ。

    2日前にヤンゴンでホテルに呼んでもらったタクシーにぼったくられたこともあり、またぼられるのではと少し警戒していましたが、行きと同じく5,000チャット(500円)で無事空港まで連れて行ってくれました(タクシー代はホテルに支払いました。)。

    やはり田舎の方が人情がありますね。

    このときのタクシーの運転手は昔日本で働いていたこともあるおじさんで日本語がうまく、日本の思い出話などをしてくれました。

    雰囲気的に、1990年代に軍事政権下で日本に亡命していた民主化運動の闘士の方だったかもしれませんが、さすがにそこまでは聞けませんでした・・・。

    そして10分ほどで空港に到着。
    入口には金髪の観光客たちを乗せた“豊鉄バス”も止まっていました・・・。

  • ニャウンウー空港の便は天候などの影響から早朝に集中して発着するらしく、建物内にはこんなにたくさんの観光客が。<br /><br />ほとんどが金髪の欧米系の観光客です。<br /><br />日本人はどうやらわたしだけのようです・・・。<br /><br />今回の旅では、時期的なものもあるのかもしれませんが、全体を通して日本人をほとんど見かけませんでした。

    ニャウンウー空港の便は天候などの影響から早朝に集中して発着するらしく、建物内にはこんなにたくさんの観光客が。

    ほとんどが金髪の欧米系の観光客です。

    日本人はどうやらわたしだけのようです・・・。

    今回の旅では、時期的なものもあるのかもしれませんが、全体を通して日本人をほとんど見かけませんでした。

  • 8時05分、エアバガン403便は定刻通りニャウンウーを離陸。<br /><br />サバンナの中にいにしえの仏塔が林立するバガンの景色とはこれでさよならです。<br /><br />エーヤワディー川を眺めながらその流れに遡って、北東のマンダレーまでひとっ飛びです。<br /><br />眼下にはすでに乾季に入っているためか、干上がった川の跡も見えます。<br /><br />ちなみに、空港に集まっていた観光客のほとんどはヤンゴンへ向かう方々で、マンダレーへ向かうこの便は閑散としていて搭乗率は2割程度という感じ・・・ちょっと寂しいですね。<br /><br />運賃は現地旅行会社の手配で46US$(約3,700円)でした。

    8時05分、エアバガン403便は定刻通りニャウンウーを離陸。

    サバンナの中にいにしえの仏塔が林立するバガンの景色とはこれでさよならです。

    エーヤワディー川を眺めながらその流れに遡って、北東のマンダレーまでひとっ飛びです。

    眼下にはすでに乾季に入っているためか、干上がった川の跡も見えます。

    ちなみに、空港に集まっていた観光客のほとんどはヤンゴンへ向かう方々で、マンダレーへ向かうこの便は閑散としていて搭乗率は2割程度という感じ・・・ちょっと寂しいですね。

    運賃は現地旅行会社の手配で46US$(約3,700円)でした。

  • 8時35分、離陸してから30分であっという間にマンダレーの空港に到着。<br /><br />この空港は主な見どころのある市街地から南へ40km以上(車で約1時間)離れていて、かなり不便です。<br /><br />公共交通機関はあるはずもないのでタクシーで市街地へ。<br />ヤンゴンでの教訓から、言い寄ってくる若い客引きたちを無視してタクシーカウンターで手配。<br />“地球の歩き方&#39;11〜&#39;12”のとおり、12,000チャット(1,200円)で手配してくれましたが、バガン〜マンダレー間の飛行機代の3分の1とは・・・。<br /><br />以下の取材記事を見ると、おんぼろの日本製中古車でも、政府関係者が輸入会社を経営しているため価格競争が起こらず値段が高めに設定されているようで、こういったことからタクシー代も高く吊り上げられるのでしょう。<br /><br />【時事ドットコム〜【ルポ】ミャンマー「秘密首都」を歩く〜ポンコツ中古車が500万円】<br />http://www.jiji.com/jc/v4?id=myanmar0004<br /><br />さて、早速トヨタのおんぼろ中古タクシーに乗って市街地目指し北上。<br />バガンと同様、沿道にはえんじ色の僧服を着た托鉢僧の姿もちらほら見かけられました。

    8時35分、離陸してから30分であっという間にマンダレーの空港に到着。

    この空港は主な見どころのある市街地から南へ40km以上(車で約1時間)離れていて、かなり不便です。

    公共交通機関はあるはずもないのでタクシーで市街地へ。
    ヤンゴンでの教訓から、言い寄ってくる若い客引きたちを無視してタクシーカウンターで手配。
    “地球の歩き方'11〜'12”のとおり、12,000チャット(1,200円)で手配してくれましたが、バガン〜マンダレー間の飛行機代の3分の1とは・・・。

    以下の取材記事を見ると、おんぼろの日本製中古車でも、政府関係者が輸入会社を経営しているため価格競争が起こらず値段が高めに設定されているようで、こういったことからタクシー代も高く吊り上げられるのでしょう。

    【時事ドットコム〜【ルポ】ミャンマー「秘密首都」を歩く〜ポンコツ中古車が500万円】
    http://www.jiji.com/jc/v4?id=myanmar0004

    さて、早速トヨタのおんぼろ中古タクシーに乗って市街地目指し北上。
    バガンと同様、沿道にはえんじ色の僧服を着た托鉢僧の姿もちらほら見かけられました。

  • しばらく走り、市街地に入ってきました。<br /><br />ところどころにバガンでは見られなかった看板広告も掲げられています。<br />都市部に来たな〜という感じです。<br /><br />この広告に見えるようにミャンマー人の女性は日本人に似ていてやはり日本人好みな感じがしますね。<br /><br />男性はちょっと系が違いますが・・・。

    しばらく走り、市街地に入ってきました。

    ところどころにバガンでは見られなかった看板広告も掲げられています。
    都市部に来たな〜という感じです。

    この広告に見えるようにミャンマー人の女性は日本人に似ていてやはり日本人好みな感じがしますね。

    男性はちょっと系が違いますが・・・。

  • 街なかにはこんなぎゅうぎゅう詰めの乗り合いバスも・・・(汗)。<br /><br />車外にはみ出してなんとかつかまっている人もいます。<br /><br />今の日本では当然こんな乗せ方は規制されるでしょうが、昔はこんなふうにおおらかだったんですよね・・・。

    街なかにはこんなぎゅうぎゅう詰めの乗り合いバスも・・・(汗)。

    車外にはみ出してなんとかつかまっている人もいます。

    今の日本では当然こんな乗せ方は規制されるでしょうが、昔はこんなふうにおおらかだったんですよね・・・。

  • バイクも多いです。<br /><br />ちなみにヤンゴンでは市街地でのバイクの走行が禁止されているため、こんな景色は見られません。

    バイクも多いです。

    ちなみにヤンゴンでは市街地でのバイクの走行が禁止されているため、こんな景色は見られません。

  • この交差点にも広告がたくさん。<br />韓国の進出を思わせるものもあります。<br /><br />ちなみにマンダレーの交差点にはほとんど信号はなく、車はうまく順番を待って渡っている感じ。<br /><br />この辺は途上国のお約束なのか・・・。

    この交差点にも広告がたくさん。
    韓国の進出を思わせるものもあります。

    ちなみにマンダレーの交差点にはほとんど信号はなく、車はうまく順番を待って渡っている感じ。

    この辺は途上国のお約束なのか・・・。

  • この広告の女性など本当に日本人と変わりませんね。<br /><br />このレベルの女性がけっこう街中にいたりします。<br /><br />まさか整形をするほど一般市民にお金があるとも思えず・・・そういう意味でミャンマーは本当に美人国です。<br /><br />それとも、汚れた古い街並みや貧しい生活の中にあるからこそ、女性の美しさが一層引き立って見えてしまうのでしょうか。<br /><br />・・・ミャンマーの旅の思い出を総括すると、金ピカな仏塔群、古く汚れた貧しい街並み、そんな中で一見場違いと思えるような美しい女性、この3点がすべてですね。

    この広告の女性など本当に日本人と変わりませんね。

    このレベルの女性がけっこう街中にいたりします。

    まさか整形をするほど一般市民にお金があるとも思えず・・・そういう意味でミャンマーは本当に美人国です。

    それとも、汚れた古い街並みや貧しい生活の中にあるからこそ、女性の美しさが一層引き立って見えてしまうのでしょうか。

    ・・・ミャンマーの旅の思い出を総括すると、金ピカな仏塔群、古く汚れた貧しい街並み、そんな中で一見場違いと思えるような美しい女性、この3点がすべてですね。

  • こんな鋭い尖塔の教会も。<br /><br />ファサードに漢字が書かれていることから華人が建てたものでしょうか。

    こんな鋭い尖塔の教会も。

    ファサードに漢字が書かれていることから華人が建てたものでしょうか。

  • 9時40分、マンダレーでの宿、ホテル・クィーン・マンダレー(HOTEL QUEEN MANDALAY)に到着。<br /><br />旧王宮の南西2kmほどのところにある中級ホテルです。<br /><br />現地旅行会社の手配で1泊35US$(約2,800円)。<br /><br />受付の女性は日本人の好きそうな幼顔の美人ばかりです。

    9時40分、マンダレーでの宿、ホテル・クィーン・マンダレー(HOTEL QUEEN MANDALAY)に到着。

    旧王宮の南西2kmほどのところにある中級ホテルです。

    現地旅行会社の手配で1泊35US$(約2,800円)。

    受付の女性は日本人の好きそうな幼顔の美人ばかりです。

  • 3階の部屋はこんな感じ。<br /><br />窓から見えるホテル周辺の景色は工事中のところもあったりといまいちです。<br /><br />部屋の中は案内してくれたポーターが冷房をがんがん効かせて寒いくらいにしてくれました。

    3階の部屋はこんな感じ。

    窓から見えるホテル周辺の景色は工事中のところもあったりといまいちです。

    部屋の中は案内してくれたポーターが冷房をがんがん効かせて寒いくらいにしてくれました。

  • 10時、快適な部屋の中であんまりのんびりしているわけにもいかないので、バガンと同様にパゴダ巡りのためビーチサンダルに履き替え観光に繰り出します。<br /><br />とはいっても、マンダレーは人口90万人を誇り、市域が広く見どころもあちこちに分散しているコンパクトではない都市・・・徒歩での観光はまず不可能です。<br /><br />公共交通機関といっても、先ほどのあふれんばかりの乗り合いバスを利用するのはちょっと・・・(笑)。<br /><br />ガイドブックを見ると、サイカー(自転車の横にサイドカーをつけた乗り物)が便利と紹介されていたので、ホテル付近で客待ちしていたサイカー乗りの背の高いおじさんにマハムニ・パヤーからマンダレーヒルでのサンセット観賞まで、一日観光の話を持ちかけます。<br /><br />相手は最初20,000と言いかけ、その後30,000チャット(3,000円)でどうかと言ってきます。<br />バガンでの馬車が一日12,000チャットだったのだから30,000はあまりにも高いだろうと(馬にかかるえさ代もないし)“20,000”と言い張ってみますが、相手は“子どもを食わせて行かなくちゃならないんだ”と譲らず。<br /><br />ほかにサイカーを探すのも面倒だったので、中間をとって25,000チャット(2,500円)で交渉成立。<br /><br />すると相手はにこやかな顔になり、どうぞ座ってと席を示してくれました。<br />まずは南に2kmほどのところにあるマハムニ・パヤーを目指します。<br /><br />サイカーのおじさんは自転車を一生懸命こいで行き、少しすると、黄色くとんがった尖塔が見えてきました。

    10時、快適な部屋の中であんまりのんびりしているわけにもいかないので、バガンと同様にパゴダ巡りのためビーチサンダルに履き替え観光に繰り出します。

    とはいっても、マンダレーは人口90万人を誇り、市域が広く見どころもあちこちに分散しているコンパクトではない都市・・・徒歩での観光はまず不可能です。

    公共交通機関といっても、先ほどのあふれんばかりの乗り合いバスを利用するのはちょっと・・・(笑)。

    ガイドブックを見ると、サイカー(自転車の横にサイドカーをつけた乗り物)が便利と紹介されていたので、ホテル付近で客待ちしていたサイカー乗りの背の高いおじさんにマハムニ・パヤーからマンダレーヒルでのサンセット観賞まで、一日観光の話を持ちかけます。

    相手は最初20,000と言いかけ、その後30,000チャット(3,000円)でどうかと言ってきます。
    バガンでの馬車が一日12,000チャットだったのだから30,000はあまりにも高いだろうと(馬にかかるえさ代もないし)“20,000”と言い張ってみますが、相手は“子どもを食わせて行かなくちゃならないんだ”と譲らず。

    ほかにサイカーを探すのも面倒だったので、中間をとって25,000チャット(2,500円)で交渉成立。

    すると相手はにこやかな顔になり、どうぞ座ってと席を示してくれました。
    まずは南に2kmほどのところにあるマハムニ・パヤーを目指します。

    サイカーのおじさんは自転車を一生懸命こいで行き、少しすると、黄色くとんがった尖塔が見えてきました。

  • 10時50分、黄色い二等辺三角形のような尖塔が特徴的なマハムニ・パヤー(Maha Muni Paya)に到着。<br /><br />おじさんはサンダルをサイカーの椅子の下にしまうよう指示し、裸足になって境内を先に進んでいきます。<br /><br />どうやら運転手役だけでなくガイド役もしてくれるようです。<br />バガンの馬車より高い運賃でひかなかったのはこういうわけだったのか・・・。

    10時50分、黄色い二等辺三角形のような尖塔が特徴的なマハムニ・パヤー(Maha Muni Paya)に到着。

    おじさんはサンダルをサイカーの椅子の下にしまうよう指示し、裸足になって境内を先に進んでいきます。

    どうやら運転手役だけでなくガイド役もしてくれるようです。
    バガンの馬車より高い運賃でひかなかったのはこういうわけだったのか・・・。

  • 中心のいちばん大きな尖塔のある本堂の中へ入ってゆくと、金ピカの回廊は老若男女たくさんの参拝客で大混雑。<br /><br />この日が土曜日だからかもしれませんが、それにしてもすごい集客力です。<br /><br />このマハムニ・パヤーはビルマ族最後の王朝であるコンバウン朝の第6代国王ボードーパヤー(在位1782−1819年)によって1784年に建設が開始された、マンダレー最大にして最も重要なパゴダと言われているそうですが、早速そのことを実感です。

    中心のいちばん大きな尖塔のある本堂の中へ入ってゆくと、金ピカの回廊は老若男女たくさんの参拝客で大混雑。

    この日が土曜日だからかもしれませんが、それにしてもすごい集客力です。

    このマハムニ・パヤーはビルマ族最後の王朝であるコンバウン朝の第6代国王ボードーパヤー(在位1782−1819年)によって1784年に建設が開始された、マンダレー最大にして最も重要なパゴダと言われているそうですが、早速そのことを実感です。

  • このパゴダでいちばん有名なのは、本堂に納められている高さ4mのマハムニ仏。<br /><br />創建者であるボードーパヤー王によってミャンマー西部のラカイン地方から運ばれてきたという伝承がある仏像で、1884年の火災で建物が焼けてしまった際には金属製だったために難を逃れ、その後は再び金箔で覆われマンダレーにおける人々の信仰の中心となっています。<br /><br />そのマハムニ仏に参拝する前に、サイカーのおじさんから金箔を買うよう案内されます。<br />金箔は3枚セットで1,500チャット(150円)と、ペットボトル1本が300チャット(30円)であることを考えると高めの金額。<br /><br />それでも人々は当たり前のように次から次へと金箔を買っていました。<br /><br />そしてマハムニ仏の前にやってくると・・・人々が頭を床につけて拝んでいる前で、参拝者たちによる金箔貼りの儀式が行われていました。

    このパゴダでいちばん有名なのは、本堂に納められている高さ4mのマハムニ仏。

    創建者であるボードーパヤー王によってミャンマー西部のラカイン地方から運ばれてきたという伝承がある仏像で、1884年の火災で建物が焼けてしまった際には金属製だったために難を逃れ、その後は再び金箔で覆われマンダレーにおける人々の信仰の中心となっています。

    そのマハムニ仏に参拝する前に、サイカーのおじさんから金箔を買うよう案内されます。
    金箔は3枚セットで1,500チャット(150円)と、ペットボトル1本が300チャット(30円)であることを考えると高めの金額。

    それでも人々は当たり前のように次から次へと金箔を買っていました。

    そしてマハムニ仏の前にやってくると・・・人々が頭を床につけて拝んでいる前で、参拝者たちによる金箔貼りの儀式が行われていました。

  • サイカーのおじさんに案内され、わたしもマハムニ仏の台座の上へ。<br /><br />そして先ほど買った金箔貼りの儀式。<br /><br />おじさんに手伝ってもらい、もこもこになった足に金箔を貼り重ねていきました。

    サイカーのおじさんに案内され、わたしもマハムニ仏の台座の上へ。

    そして先ほど買った金箔貼りの儀式。

    おじさんに手伝ってもらい、もこもこになった足に金箔を貼り重ねていきました。

  • 金箔を貼り終わり、マハムニ仏を拝んだ後は、許可を取ってその人々の崇拝の対象となっている姿をカメラに収めます。<br /><br />なんとはなしに、これまでミャンマーで見てきたどの仏像よりも威厳のあるお顔をしていますね。

    金箔を貼り終わり、マハムニ仏を拝んだ後は、許可を取ってその人々の崇拝の対象となっている姿をカメラに収めます。

    なんとはなしに、これまでミャンマーで見てきたどの仏像よりも威厳のあるお顔をしていますね。

  • ほかの参拝客たちも金箔貼り。<br /><br />みなさんどんな気持ちで作業を進めているのでしょうか。

    ほかの参拝客たちも金箔貼り。

    みなさんどんな気持ちで作業を進めているのでしょうか。

  • マハムニ仏へのお参りが終わり、敷地内にあるその他の建物をのぞいてみます。<br /><br />こちらの建物内には大きな分銅を吊り下げた角棒の両端を奇妙なポーズをとりながら担ぐ2体の兵士の像が。<br /><br />まるで“ジョジョ立ち”しているようにも見えます(笑)。<br />(マニアックなネタですみません・・・。)

    マハムニ仏へのお参りが終わり、敷地内にあるその他の建物をのぞいてみます。

    こちらの建物内には大きな分銅を吊り下げた角棒の両端を奇妙なポーズをとりながら担ぐ2体の兵士の像が。

    まるで“ジョジョ立ち”しているようにも見えます(笑)。
    (マニアックなネタですみません・・・。)

  • また別の建物内には人間やライオン、象などほかとは雰囲気の違う6体の青銅像が展示されていました。<br /><br />これらはもとはカンボジアのアンコール・ワットにあったもので、戦乱によりタイ族(アユタヤ朝)、モン族、ラカイン族と次々に所有者が代わり、最後はビルマ族コンバウン朝のボードパヤー王がマハムニ仏とともにラカイン族から奪ってマハムニ・パヤーへ納めたとされています。<br /><br />これらの像には自分の体の具合が悪い部分と同じところをなでると体の調子がよくなるという言い伝えがあり、それを信じる人々によってなでられた跡がてかてかと光っています(笑)。

    また別の建物内には人間やライオン、象などほかとは雰囲気の違う6体の青銅像が展示されていました。

    これらはもとはカンボジアのアンコール・ワットにあったもので、戦乱によりタイ族(アユタヤ朝)、モン族、ラカイン族と次々に所有者が代わり、最後はビルマ族コンバウン朝のボードパヤー王がマハムニ仏とともにラカイン族から奪ってマハムニ・パヤーへ納めたとされています。

    これらの像には自分の体の具合が悪い部分と同じところをなでると体の調子がよくなるという言い伝えがあり、それを信じる人々によってなでられた跡がてかてかと光っています(笑)。

  • 11時を過ぎ、外は気温がだいぶ上がって暑くなってきました。<br /><br />参拝者たちは涼を求めて日陰となっている回廊でお休みです。

    11時を過ぎ、外は気温がだいぶ上がって暑くなってきました。

    参拝者たちは涼を求めて日陰となっている回廊でお休みです。

  • マハムニ・パヤーの参道には日本の門前町のようにお土産屋がたくさん並んでいました。<br /><br />けっこうたくさんの参拝客で賑わっています。<br /><br />さすがは人口90万を誇るミャンマー第二の都市です。

    マハムニ・パヤーの参道には日本の門前町のようにお土産屋がたくさん並んでいました。

    けっこうたくさんの参拝客で賑わっています。

    さすがは人口90万を誇るミャンマー第二の都市です。

  • マハムニ・パヤーの敷地は広大で大きな池もあります。<br /><br />池の向こうには屋根のふちが金箔で装飾された王宮のような巨大なホールがあり、仏教の発生と伝播を表したジオラマ地図や、世界の仏教国の仏塔や仏像の写真が展示されています。

    マハムニ・パヤーの敷地は広大で大きな池もあります。

    池の向こうには屋根のふちが金箔で装飾された王宮のような巨大なホールがあり、仏教の発生と伝播を表したジオラマ地図や、世界の仏教国の仏塔や仏像の写真が展示されています。

  • ホールの中の展示はこんな感じ。<br /><br />世界の仏教国の紹介のうち日本のコーナーで、鎌倉の大仏などの写真が飾られていました。

    ホールの中の展示はこんな感じ。

    世界の仏教国の紹介のうち日本のコーナーで、鎌倉の大仏などの写真が飾られていました。

  • 11時30分、マハムニ・パヤーの見学を終え、次は旧王宮の北東に集中しているパゴダや僧院群へ。<br /><br />その道すがら、サイカーとともにサイカーこぎのおじさんをパチリ。<br /><br />最初は浮かない顔をして地べたに座り込んでいてガラの悪い人かと思っていましたが、市内巡りを頼んでからは終始笑顔で、簡単な英語でガイドもしてくれるなど、優しいミャンマー人の一端を見たような気がしました。<br /><br />日頃の稼ぎに比べればかなり高額な運賃を払ったからかもしれませんが・・・(笑)。

    11時30分、マハムニ・パヤーの見学を終え、次は旧王宮の北東に集中しているパゴダや僧院群へ。

    その道すがら、サイカーとともにサイカーこぎのおじさんをパチリ。

    最初は浮かない顔をして地べたに座り込んでいてガラの悪い人かと思っていましたが、市内巡りを頼んでからは終始笑顔で、簡単な英語でガイドもしてくれるなど、優しいミャンマー人の一端を見たような気がしました。

    日頃の稼ぎに比べればかなり高額な運賃を払ったからかもしれませんが・・・(笑)。

  • マハムニ・パヤーは旧王宮の南西にポツンとあり、市内の他の見どころからはだいぶ離れています。<br /><br />旧王宮の北東にあるマンダレーヒルまでは10kmくらい。<br /><br />サイカーのおじさんはがんばってこいでくれますが、30分ほど経った12時、ようやく旧王宮の近くまでやってきました。<br /><br />旧王宮の周囲には堀がめぐらされており、水面に空の青が映えて涼やかな気分になれます。

    マハムニ・パヤーは旧王宮の南西にポツンとあり、市内の他の見どころからはだいぶ離れています。

    旧王宮の北東にあるマンダレーヒルまでは10kmくらい。

    サイカーのおじさんはがんばってこいでくれますが、30分ほど経った12時、ようやく旧王宮の近くまでやってきました。

    旧王宮の周囲には堀がめぐらされており、水面に空の青が映えて涼やかな気分になれます。

  • サイカーは旧王宮の西側を走っていきます。<br /><br />左に見えるこんもり盛り上がった丘が、仏教の聖地であり頂上が絶好の夕景スポットともなっている標高236mのマンダレーヒル。<br /><br />拡大してみると、右側の麓から左側の頂上にかけて、ところどころに金色のパゴダが建てられているのが分かると思います。

    サイカーは旧王宮の西側を走っていきます。

    左に見えるこんもり盛り上がった丘が、仏教の聖地であり頂上が絶好の夕景スポットともなっている標高236mのマンダレーヒル。

    拡大してみると、右側の麓から左側の頂上にかけて、ところどころに金色のパゴダが建てられているのが分かると思います。

  • さらにサイカーをこぐこと12時20分、ようやく旧王宮北側のマンダレーヒル入口へ。<br /><br />チンテージーナッカ(Tinte Gyi Nakha)と呼ばれる狛犬のような2頭の(Nakha)大きな(Gyi)ライオン(Tinte)がお出迎えです。<br /><br />今は登らずサンセットの時間にまた訪れることにして次へ急ぎます。

    さらにサイカーをこぐこと12時20分、ようやく旧王宮北側のマンダレーヒル入口へ。

    チンテージーナッカ(Tinte Gyi Nakha)と呼ばれる狛犬のような2頭の(Nakha)大きな(Gyi)ライオン(Tinte)がお出迎えです。

    今は登らずサンセットの時間にまた訪れることにして次へ急ぎます。

  • マンダレーヒル入口から少し東に行くと、道路の脇に剣山のようなたくさんの白い仏塔群が見えてきました。<br /><br />サンダムニ・パヤー(Sanda Muni Paya)です。

    マンダレーヒル入口から少し東に行くと、道路の脇に剣山のようなたくさんの白い仏塔群が見えてきました。

    サンダムニ・パヤー(Sanda Muni Paya)です。

  • 近づいてみると、真ん中に大きな黄金の仏塔があり、その周りをたくさんの白い小さな仏塔が取り捲いています。<br /><br />まさに、“仏塔尽くし”といった感のあるところです。<br /><br />コンバウン朝第10代のミンドン王(在位1853−78年)が当時王都のあったアマラプラからマンダレーに遷都した際、現在の位置に王宮を造営している間、仮の王宮を置いていた場所でもあるそうです。

    近づいてみると、真ん中に大きな黄金の仏塔があり、その周りをたくさんの白い小さな仏塔が取り捲いています。

    まさに、“仏塔尽くし”といった感のあるところです。

    コンバウン朝第10代のミンドン王(在位1853−78年)が当時王都のあったアマラプラからマンダレーに遷都した際、現在の位置に王宮を造営している間、仮の王宮を置いていた場所でもあるそうです。

  • ここの仏像もマハムニ・パヤーほどではありませんが金ピカ。<br /><br />考古学保護区であるバガンと違い、マンダレーの仏像は現在のミャンマー人の趣味にあわせて遠慮なく金箔が施されているようです。

    ここの仏像もマハムニ・パヤーほどではありませんが金ピカ。

    考古学保護区であるバガンと違い、マンダレーの仏像は現在のミャンマー人の趣味にあわせて遠慮なく金箔が施されているようです。

  • サンダムニ・パヤーの中心からも“聖地”マンダレーヒルにそびえるパゴダがよく見えます。

    サンダムニ・パヤーの中心からも“聖地”マンダレーヒルにそびえるパゴダがよく見えます。

  • 続いてはサンダムニ・パヤーのすぐ東隣にあるクドードォ・パヤー(Kuthodaw Paya)。<br /><br />入口の向かって右側にある石版には、“世界最大の本(経典)”と書かれた案内が記されています。

    続いてはサンダムニ・パヤーのすぐ東隣にあるクドードォ・パヤー(Kuthodaw Paya)。

    入口の向かって右側にある石版には、“世界最大の本(経典)”と書かれた案内が記されています。

  • サンダルを脱いで中に入ってみると、やはり真ん中にはきんきらりんに輝く黄金の仏塔が。<br /><br />ミンドン王によりバガンのシュエズィーゴォン・パヤーを模して建てられたものだそうで、形は本当によく似ていますが、やはり歴史や代々続いてきた人々の信仰の重みが違うからか、こちらの方が軽い感じに見えます。

    サンダルを脱いで中に入ってみると、やはり真ん中にはきんきらりんに輝く黄金の仏塔が。

    ミンドン王によりバガンのシュエズィーゴォン・パヤーを模して建てられたものだそうで、形は本当によく似ていますが、やはり歴史や代々続いてきた人々の信仰の重みが違うからか、こちらの方が軽い感じに見えます。

  • こちらは中央の金ピカの仏塔の周りにある白い小さな仏塔群。<br /><br />境内を埋め尽くすように全部で729あるそうで、それぞれの仏塔の中には、入口の案内に書かれていたように、仏教の経典の言葉を刻んだ巨大な大理石の石版が1枚ずつ納められています。<br /><br />案内によると、この729ある“世界最大の経典”を作るのに、2,400人の僧が昼夜の別なく働いて6か月を要したのだそうです。

    こちらは中央の金ピカの仏塔の周りにある白い小さな仏塔群。

    境内を埋め尽くすように全部で729あるそうで、それぞれの仏塔の中には、入口の案内に書かれていたように、仏教の経典の言葉を刻んだ巨大な大理石の石版が1枚ずつ納められています。

    案内によると、この729ある“世界最大の経典”を作るのに、2,400人の僧が昼夜の別なく働いて6か月を要したのだそうです。

  • 13時、サイカーのおじさんは食事を気にせず案内を続けます。<br />ミャンマー人は貧しい生活をしているからか、落ち着いて昼食を楽しむ習慣がないとか?<br />こちらも昼食を食べたいと言いださなかったので、そのまま市内巡りです。<br /><br />さて、続いてやってきたのはクドードォ・パヤーの南に位置するシュエナンドー僧院(Shwenandaw Kyaung)。<br /><br />チーク材を使った木造の僧院で、建物の外壁や内部などあちこちが手の込んだ彫刻で装飾されている、全体が芸術的な建物です。<br /><br />木造のせいかどことなく日本の建築様式にも似ていて、よく見ると縁の下もあります。<br /><br />また、文化的価値が高いせいか、敷地の一角に管理署のような建物があり、ここでマンダレーの入域料(10US$)を徴収されます。

    13時、サイカーのおじさんは食事を気にせず案内を続けます。
    ミャンマー人は貧しい生活をしているからか、落ち着いて昼食を楽しむ習慣がないとか?
    こちらも昼食を食べたいと言いださなかったので、そのまま市内巡りです。

    さて、続いてやってきたのはクドードォ・パヤーの南に位置するシュエナンドー僧院(Shwenandaw Kyaung)。

    チーク材を使った木造の僧院で、建物の外壁や内部などあちこちが手の込んだ彫刻で装飾されている、全体が芸術的な建物です。

    木造のせいかどことなく日本の建築様式にも似ていて、よく見ると縁の下もあります。

    また、文化的価値が高いせいか、敷地の一角に管理署のような建物があり、ここでマンダレーの入域料(10US$)を徴収されます。

  • 僧院の中に入ってみました。<br /><br />この色褪せた木の柱や仏像の雰囲気、格子窓など、なんだか本当に日本のお寺のようですね。<br /><br /><br />このシュエナンドー僧院、かつては王宮の一画にあり、ミンドン王とその第一夫人がよく過ごしていたそうですが、その後を継いだ第11代でミャンマー最後の王、ティーボー王(在位1878−85年)が現在の場所へ移築し、個人的な瞑想の場所として使っていたそうです。<br /><br />ティーボー王が退位し、コンバウン朝が滅亡した後は僧院として利用され現在に至っており、当時の建築技術を今に伝える非常に貴重な建物となっています。<br /><br />なお、ティーボー王はイギリスの侵略に対して政治を顧みず、瞑想に耽って国を滅ぼした王として有名で、そういう意味ではこの僧院は、ミャンマーの人々にとってイギリスによる植民地化の屈辱や反省を刻みこんだ場所とも言えそうです。

    僧院の中に入ってみました。

    この色褪せた木の柱や仏像の雰囲気、格子窓など、なんだか本当に日本のお寺のようですね。


    このシュエナンドー僧院、かつては王宮の一画にあり、ミンドン王とその第一夫人がよく過ごしていたそうですが、その後を継いだ第11代でミャンマー最後の王、ティーボー王(在位1878−85年)が現在の場所へ移築し、個人的な瞑想の場所として使っていたそうです。

    ティーボー王が退位し、コンバウン朝が滅亡した後は僧院として利用され現在に至っており、当時の建築技術を今に伝える非常に貴重な建物となっています。

    なお、ティーボー王はイギリスの侵略に対して政治を顧みず、瞑想に耽って国を滅ぼした王として有名で、そういう意味ではこの僧院は、ミャンマーの人々にとってイギリスによる植民地化の屈辱や反省を刻みこんだ場所とも言えそうです。

  • 仏像を取り囲む四方の柱の下部にも、薬師寺など日本の古代仏教美術における飛天のような見事な彫刻。

    仏像を取り囲む四方の柱の下部にも、薬師寺など日本の古代仏教美術における飛天のような見事な彫刻。

  • その周りにある木造の回廊。<br /><br />日本的な美しさ、懐かしさを感じます。

    その周りにある木造の回廊。

    日本的な美しさ、懐かしさを感じます。

  • 屋根の彫刻も細部まで凝っておりまた見事。

    屋根の彫刻も細部まで凝っておりまた見事。

  • この外壁の装飾も圧倒されるような芸術性で、世界遺産級と言っても過言ではないくらいです。<br /><br />ミャンマー軍事政権のバガンにおける遺跡保存のやり方からして、本当に当時のままのものなのか?という疑問は残りますが、木材の様子からしても、相当古いものであることは間違いないでしょう。

    この外壁の装飾も圧倒されるような芸術性で、世界遺産級と言っても過言ではないくらいです。

    ミャンマー軍事政権のバガンにおける遺跡保存のやり方からして、本当に当時のままのものなのか?という疑問は残りますが、木材の様子からしても、相当古いものであることは間違いないでしょう。

  • 屋根を下から見上げると、波打つような彫刻群がまた芸術的です。<br /><br /><br />・・・シュエナンドー僧院、白や金の派手な仏塔群ばかり見てきた目には、木材の素朴さや彫刻の細密性がどことなく懐かしい日本を感じさせるようではまってしまい、思いがけずたくさんの写真を撮ってしまいました。

    屋根を下から見上げると、波打つような彫刻群がまた芸術的です。


    ・・・シュエナンドー僧院、白や金の派手な仏塔群ばかり見てきた目には、木材の素朴さや彫刻の細密性がどことなく懐かしい日本を感じさせるようではまってしまい、思いがけずたくさんの写真を撮ってしまいました。

  • 何枚となくシュエナンドー僧院の写真を撮った後の13時30分、サイカーのおじさんから今度はすぐ西隣にあるアトゥマシー僧院(Atumashi Kyaung)を案内されました。<br /><br />行きたいところリストには挙げていませんでしたが、近くなので行ってみることにします。

    何枚となくシュエナンドー僧院の写真を撮った後の13時30分、サイカーのおじさんから今度はすぐ西隣にあるアトゥマシー僧院(Atumashi Kyaung)を案内されました。

    行きたいところリストには挙げていませんでしたが、近くなので行ってみることにします。

  • このアトゥマシー僧院はオリジナルのものは第二次世界大戦中に破壊されてしまい、現在あるのは1990年代半ばに軍事政権によってコンクリートで再建された僧院。<br /><br />外壁の彫刻もまさにコンクリートといった感じで、先ほどの木造のシュエナンドー僧院の素朴さ、細密さ、そして歴史性と比べるとかなりイマイチといった印象・・・。

    このアトゥマシー僧院はオリジナルのものは第二次世界大戦中に破壊されてしまい、現在あるのは1990年代半ばに軍事政権によってコンクリートで再建された僧院。

    外壁の彫刻もまさにコンクリートといった感じで、先ほどの木造のシュエナンドー僧院の素朴さ、細密さ、そして歴史性と比べるとかなりイマイチといった印象・・・。

  • 内部もだだっ広いがらんどうのような空間があるのみで、特に見るべきものはありませんでした。<br /><br />“がらんどう”とはもともとは寺院にある“伽藍堂”から来た言葉なのでそのとおりと言えばそのとおりなのですが(笑)。

    内部もだだっ広いがらんどうのような空間があるのみで、特に見るべきものはありませんでした。

    “がらんどう”とはもともとは寺院にある“伽藍堂”から来た言葉なのでそのとおりと言えばそのとおりなのですが(笑)。

  • ちょっと時間を損したかなと思いつつ、14時、アトゥマシー僧院を後にします。<br /><br />さて、マンダレーの見どころとしては残りは旧王宮、マンダレーヒルとあるのですが、旅行記が長くなってきたのでひとまずこの辺で。<br /><br />(引き続きマンダレー観光に続く。)

    ちょっと時間を損したかなと思いつつ、14時、アトゥマシー僧院を後にします。

    さて、マンダレーの見どころとしては残りは旧王宮、マンダレーヒルとあるのですが、旅行記が長くなってきたのでひとまずこの辺で。

    (引き続きマンダレー観光に続く。)

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この旅行記へのコメント (6)

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  • liberty-libertyさん 2012/02/15 12:05:32
    こちらも眩し〜い(^o^)
    こんにちは!ご無沙汰しています(^o^;)

    エリアが変わっても、やはり眩しい仏像様がいらっしゃるんですね。
    威厳がありますね〜。

    がらんどう・・・・・
    そうなんだぁ〜!初めて知りました(^o^)
    ガランとした建物、とかで使うガランも、この伽藍堂からきてるのかなぁ?

    建築物の壁や屋根の装飾など、今回も驚きの写真がいっぱいでした。
    ミャンマーの女性のレベルの高さにも驚き(^o^;)

    では、また遊びに来ますね〜!

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/02/17 22:14:36
    いつもご訪問ありがとうございます!
    liberty-libertyさん

    こんばんは。マンダレー編にもご訪問ありがとうございます!

    “ガランとした”の“ガラン”も伽藍堂から来ているようですよ。

    ブログを書いているといろいろ調べることが多くて勉強になりますね!
  • 川岸 町子さん 2012/01/24 21:25:25
    マンダレー
    エンリケさん
     私もここを歩いてみたいです。
     金ピカのお寺を沢山ご覧になった後だったので、余計に懐かしさを感じられたのでしょうか?
     マンダレーといえば、作家(アジアの旅行記など)の下川裕治(漢字が間違っていたら、ごめんなさい・・)が「アジアの町の中で、マンダレーが好き」とお書きになっていました。
     また、私の知人の客室乗務員さんが「今まで行った国の中で、ミャンマーが一番良かった(3回訪問)」と言います。
     ミャンマーは、タイ北部から入れるタチレクしか行ったことないので、いつか訪れたいです。
     さて、ミャンマーのご感想の一つに、美人が多いとお書きになっていますね。
     チュニジアも、写真撮影できないのですが、本当に美人揃いでした。同性の私から見ても、美人度高いですよ〜!ますますおススメですね♪
                        川岸 町子
                        

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/01/28 15:35:37
    心からの笑顔
    川岸町子さん

    こんにちは。マンダレー旅行記にご訪問ありがとうございます!
    下川裕治、アジアの旅行記を書いている作家の方なのですね。恥ずかしながら存じ上げませんでした。今度、読んでみようと思います。

    しかし、この4travelのトラベラーの方々もそうですが、ミャンマーはファンが多いようですね。

    残念ながらわたしはそんな気持ちになれなくて、何だか仲間はずれな気分です・・・。
    “人々が笑顔で優しい国”というイメージに惹かれて行ったのですが、現地では、非民主的な政治からくる欧米諸国からの経済制裁で、人々がろくな稼ぎもあげられず疲弊しきっている様子を感じました。

    確かに、ふれあった方々は話すと笑顔をみせてくれるのですが、心の奥底では現状に不満を抱いているんだな〜というのがありありと伝わってきて、正直に言ってしまうと、今まで訪れた国の中で最低ランクの国でした。
    ミャンマー旅行の直前に大冒険の旅を満喫できたペルーの旅行記を書き上げ、次の旅行に期待を抱きすぎていたからかもしれませんが・・・。

    それでも、現在はテイン・セイン大統領の下で政治犯の釈放やFacebookの解禁など民主的改革が進められ、国民に絶大な人気を誇るアウンサンスーチーも次期国会の補欠選挙に立候補するなど、この何か月かで事態は急激に変わりつつあるようです。

    アメリカも経済制裁解除の動きをみせており、このまま政治が良い方向に向かって、人々の生活に活気が戻ることを願うばかりです。

    もし、この先再度ミャンマーを訪れることがあったら、そのときこそ本当に、人々の心からの笑顔を見てみたいですね。
  • ガブリエラさん 2012/01/16 10:39:35
    おお!眩しいヽ(^o^)丿
    エンリケさん☆

    おはようございます♪

    表紙のお写真を見て、思わず「ま・眩しい〜!」と叫んでしまいました(^O^)
    仏さまのお顔も、なにげにドヤ顔に見えてしまいます!
    そして、参拝客が次々に金箔を貼って、もこもこになったおみ足\(◎o◎)/! すごい迫力ですね〜♪

    優しいおじさまとの出会い、いいですよね♪
    私も、ドイツで自由時間に、一人でふらふらして道に迷った時なんかに、優しくして下さった方々のこと、ずっと覚えています(*^_^*)
    旅の思い出として、大切にとっておきたいですねヽ(^o^)丿

    ガブ(^_^)v

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2012/01/19 20:09:48
    ご訪問ありがとうございます!
    ガブリエラさん

    こんばんは。いつもご訪問ありがとうございます!

    マンダレーのマハムニ仏は、今回のミャンマー旅行で見たたくさんの仏像の中でいちばん威厳があって素晴らしいお顔だったので、表紙の写真にも使わせていただきました。

    それにしても、こんなに足がもこもこになっても金箔を貼られ続けるなんて、仏様はどう感じていらっしゃるのでしょう(笑)。

    同じ仏教でも国や民族によって信仰のあり方は様々ですね。

    また遊びに来てください!

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