2011/08/17 - 2011/08/17
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Miyatanさん
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2011年8月13日〜20日
ヨーロッパ・ベネルクス三国を巡る旅。
8月16日(水)
ブリュッセル ⇒(電車) ⇒ デルフト(オランダ) ⇒ (電車) ⇒ アムステルダム泊
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8月17日(水)
ブリュッセルそして、ベルギーを後にする。美食の国、でも実家でウサギを飼っているので、ウサギ料理だけは心情的に食べれなかった。
デルフトを目指すべくアムステルダム行きのICに乗り込む。デンハーグに到着。とりあえずロッカーに荷物を預けようにも、使い方がよく分からず30分以上格闘。ロッテルダム方面へ引き返す。 -
オランダ第二の都市ロッテルダムと、第三の都市デンハーグの間にある、小さな町デルフト。何となくテレビでデルフト特集やっていて、なんとなくフェルメールの絵画と、陶磁器のデルフトブルーに惹かれて途中下車。
なんか、デルフト駅周辺は工事中。電車が地下に潜るとか。 -
とりあえず運河沿いに歩く。途中で小さな可愛い女の子発見。思わず写真に撮ってしまう。本当に可愛い。それにしても、オランダは本当に自転車王国である。
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運河が流れていて、蓮の花が浮いている。落ち着いた雰囲気の町である。
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とりあえずは、共通チケットを購入して、旧教会に入る。中にはフェルメールの墓があった。
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古くて情緒ある時計台が印象的。
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ステンドグラスが美しい。が、旅を続けると、段々どこも同じに見えても来る。専門家ではないので。
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プリンセンホフ博物館。ウィレム1世という人が暗殺された時の銃痕が残る。
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今は、デルフトの繁栄を物語る品々や絵画が並べられた博物館である。
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マルクト広場に到着。とりあえずは昼食。日本語メニューがあったが、誤訳が面白かった。デザート「ダメ委任」。バナナのデザート「バナナ寛大な」。どういう意味だろう?
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(ダメ委任)
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(バナナ寛大な)
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オランダ名物!? 巨大パンケーキを注文。何かハムみたい。大きいけど、生地が薄いので、そこまでボリュームは無い。結構美味しい。
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ウェイターのお姉さんが、長身で美人で、すごくはきはきしていて、英語が達者。オランダの女性って、結構綺麗な人多いかも。
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新教会と赤窓枠が印象的な市庁舎が印象的。こういう市庁舎って、すごいかも。というか、ちょっとドラキュラ屋敷っぽいかも。
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お土産やには、デルフトブルーの陶磁器が。遠く、日本の古伊万里や、中国の陶磁器の影響も受けていると思われる、ブルーの陶磁器。よく考えてみれば、オランダは江戸時代を通じて、唯一日本(江戸幕府)が貿易をしていた国。
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新教会の鐘楼を登る。高さ108.75m、379段の階段。それにしても、階段は狭いし、人がすれ違うのも大変だし、体力要るし、毎回この手の建物登るのは苦労する。一人旅だったから気楽でいいけど。
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やはりここも高い建物が少ないので、四方が開けていて、景色がいい。ヨーロッパは、古きよき町並みや建造物を大切にしていると、つくづく思う。一方で、近代的な建物もシッカリあるけど。
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フェルメールセンターに行ってみる。かの有名なフェルメール、とはいっても最近まで知らなかったけど。ここにはフェルメールの絵画のオリジナルは無いが、パネルが展示されている。牛乳を注ぐ女、デルフトの眺望など。子供が15人くらいいたらしく没後奥さんたちは借金で首が回らなかったらしく、書物もあまり残っていなくて、構成になって脚光を浴びた謎多き画家である。
(牛乳を注ぐ女) -
(デルフトの眺望)
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デルフトの眺望、のモデルとなったであろう場所を目指す。小さい運河が心地よい。デルフトは、町の規模も小さく、観光客もそこまで多くは無いので、のんびりしていていい。
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手元の写真と見比べながら、モデルとなった場所を探してみる。何となくここかなあ、という場所はあったけど、微妙に違う。まあ元々その絵自体が、画家の想像も加えたものなので、多少は付け加えられているようである。
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(近くの可動橋)
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(開いています)
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(船が通ります)
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(橋が戻ります)
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(踏切が開きます)
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(通行可能!)
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(デルフトの眺望?)
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(運河沿いの住宅)
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各駅停車でデンハーグに戻り、ロッカーから荷物を取り出す。アムステルダムに近づくにつれ、近代的な建物が増えていく。時間帯的にも、通勤客が多い都会的な雰囲気である。電車はいよいよアムステルダム中央駅へ。。。
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19時前にアムステルダム中央駅に到着。まだまだ明るい。市内交通2日(48時間)乗車券を購入。トラムを待っていると、アジア風のものすごい綺麗な女性が、微笑みかけてくる。かなりドキッとするくらい。向こうは私を同じ国の人だと思っていたみたい。中国・上海の人だった。でも残念な事に、左の薬指には指輪らしきが。綺麗な女性って、相手がいるものですね。。。
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宿に荷物を置いたあと、閉館時間寸前のアンネフランクの家に行ってみる。宿のすぐ近く。そして、入り口が大渋滞。かなりの人が並んでいる。アンネフランク、大人気である。というか、最近までアンネフランクの隠れ家がアムステルダムにあることすら知らなかったんだけど。
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ようやくの事で中に入れた。アンネフランクの日記は、小学校の頃に何となく読んだ記憶がある。ユダヤ系ドイツ人で、迫害を恐れてオランダに避難、ジャム工場事務所の裏に家族四人隠れて住んでいた。だが、密告者がいたらしく、一家他関係者は収容施設に移動させられる。アンネは収容所で病死、享年15歳。母親、姉も死去したが、運良く父親だけが生き残る。父親の会社の従業員の女性が、アンネが連行された際に、アンネが密につけていた日記を保管。避難生活や夢を津々浦々に書いてある。
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戦後、父親やその従業員が中心になって出版したアンネの日記が、次第に火がつき、世界的ベストセラーになった。
展示を見ていると、本当に戦争って悲しいものだなあと感じてしまう。 -
本棚の裏側の隠れ家は、外から見ると分かりにくいが、意外と広い。それでも、青春時代を見つからないように過ごさなければいけなかったのは悲しい事だし、その辛さにも負けずに、ポジティブに日記をつづり続けたこの幼い少女は、本当に偉いと思う。
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