2011/04/29 - 2011/05/03
548位(同エリア1655件中)
憲さん
中国を初めて統治した秦の始皇帝
(写真は兵馬俑の入り口に立つ大きな像)
紀元前350年に「秦の始皇帝」は 咸陽に都を作り、西安に阿房宮を作り、自身の墓を長安の東郊外に作りと、すごく壮大な建設物を作っている。
咸陽市の観光協会のホームぺを見たら、秦の始皇帝の咸陽宮殿の史跡が有ると乗っていたので出かけてみました。
2011年の今回は
① 秦の始皇帝の 咸陽宮殿跡
② 咸陽博物館
③ 秦の始皇帝の兵馬俑
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
陝西省咸陽市の観光局の名所案内に、秦咸陽宮遺址博物館の案内記事があった。
咸陽市渭城区の窯店鎮牛羊村の北に位置し、西の咸陽市から約13キロメートルです。国家級文物保護財です。
「住所 咸陽市渭城区窯店鎮牛羊村北
交通手段 市内で5番の観光バスで直通」
案内にしたがって、咸陽市内から5番のバスに乗って 窯店鎮でおりた。 -
窯店中学を左に見ながら、北に向かって登っていくと、土の壁が東西にずーと続いていている。
この土の壁は10mぐらいの壁で人工的な気がする。秦咸陽宮の土台じゃないだろうか。 -
秦咸陽宮遺址博物館
入場料 10元
バス停から700mぐらい歩いたところにあった。
中に入っていくと、係員の人が出てきた。来館者は誰もいない。
見学に来たと伝えると、博物館のカギを持ってきて、開けてくれた。
来館者は少ないようだ。係員によると 外国人の来館者のほとんどが日本人だそうだ。
博物館は三つの陳列室は それぞれの棟があった。 -
第一陳列室は主に秦咸陽城模型を陳列。
第二陳列室は主に秦咸陽城遺跡の考古発掘の成果を紹介。宮殿遺跡で出土した数点の珍しい文物を展示。
第三陳列室は秦咸陽宮遺址保護企画示意型を中心展示品。
写真は当時の宮殿の平面図で、3ヶ所の宮殿跡を発掘して調査したようだ。 -
写真は 宮殿跡を発掘した一号跡の模型。
発掘した三か所の宮殿跡は、今は埋め戻されている。 -
秦咸陽宮遺址博物館の周りの大地。
博物館周りは、以前は公園風に整備されていたようだが、今は草がぼうぼう。レンガを敷き詰めた道が残っていた。
周りは、このような大地が続いているだけで、何もない。 -
大地の南端は民家が浸食してきて、崖は削られて家が建ったり、陝西省特有のヤオドン(洞穴式住居)になっているところもある。
2350年も前の遺跡跡が 最近になって破壊され始めてきたようだ。
いままで、手つかずだったのは それだけ中国の国土が大きいので、水もない高台は放置されてきたのだろう。 -
咸陽博物館
咸陽市内に戻ってきて、こちらは咸陽市内にある博物館。
咸陽市には、咸陽博物館と秦咸陽宮遺址博物館と、似たような名前の博物館があるわけだ。
ここは、咸陽市の中山街中段(中央部)にあり、市内の大通りに面していないのでわかりにくい所に会った。
元々ここは、明代(1371年)に文廟が建造された場所で、その施設を博物館に改造した作りになっている。
(敷地面積は約8,531平方メートル) -
陳列品の中に、秦の宮殿の模型が置いてあった。
かなり、大きな宮殿だったようだ。
2350年前にこのような大建築物が作れる中国の建築技術はすごい。
日本古代史を思い起こしてみると、ここの秦の時代の550年後の邪馬台国卑弥呼の時代は、せいぜい吉野ヶ里遺跡の規模の建築物だったから。
奈良時代になってやっと大宮殿が出来たと考えると、奈良時代の1050年も前に 秦の大宮殿を建てる技術があったのと思うと、やはり中国はすごい文化の国だったのだと痛切に感じる。 -
咸陽博物館に陳列されている兵馬俑。
漢時代いこうになると、皇帝陵の副葬品である兵馬俑も30cmぐらいの俑と小さくなった。
秦より後世の 漢・唐時代の方が小さい。
秦始皇帝の権力と財力と技術力の差がダントツに抜けていると、感じた。
秦の兵馬俑のその凄さが改めて感じた。 -
秦の始皇帝となると、やはり兵馬俑遺跡が価値ある文化遺産だ。
兵馬俑を見にまたやってきた。
先回来た5年前に比べて、大勢の人でにぎわい 駐車場も車と人でいっぱいだ。
大きな秦始皇帝の像が建っていた。 -
はじめまして!
-
駐車場からこの兵馬俑博物館の入り口まで 700mぐらい歩く。
入場口は団体用と個人客用で別れていた。
5年前に比べて、中国人観光客が圧倒的に増えて、ほとんどが中国人。
中国も観光ブームがやってきた。
駐車場から 博物館の入り口までお土産物屋さんがびっしり並んでいる。
以前は何もなかったのに。
中国の発展を実感する。 -
兵馬俑一号館。
東を正面に長さ230メータ、幅62メータ、深さ5メータ、6000人の歩兵と32頭の戦車を牽く馬の陶俑が並ぶ。
何時見ても すごい。
規模といい、古さといい、その製作された庸(焼き物)の技術力といい。
これだけのものが、よく残っていたと感心する。 -
正面には東を向いた先鋒隊が三列に並び、各列68名で合計204名。
-
4列縦隊の歩兵が9列東を向いて行軍する隊列。
-
一つ一つが、表情豊かに、そして みんな 顔・形が違っていて、
生き生きしている。 -
馬の俑
このころの馬は 結構大きかったのかな。
シルクロードもない時代だから、西洋馬はまだ来てないと思うと、蒙古の高原地帯の三駒は大きかったようだ。 -
高級官僚の武士の俑。
彩色されていたという。 -
始皇帝陵の墳丘の西北の位置から銅車馬坑が発見された2台の銅車馬が この兵馬俑博物館に陳列されている。
実物の1/2の大きさで作られたそうで、彩色されていたようだ。
すごいよね。 -
4号坑が発掘されたそうだが、秦の滅亡時期に建設していたようで、建設途中で放棄されたとのことで 今年もまだ一般公開はされていない。
秦始皇帝の遺跡を見て回ったが やはり、秦始皇帝陵の発掘が待ち遠しい。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
21