2004/04/08 - 2004/04/10
2514位(同エリア4213件中)
スーさん
塩野七海さんの『海の都の物語』好きなんです。
ヴェネチア共和国、好きなんです。
この都市国家が如何にしてつくられ、如何にして発展し、そして衰亡していったか。
世界中の人々を魅了してやまないこの街ですが、その興亡の歴史にも惹きこまれます。
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再びユーロスターに乗り込みヴェネチアを目指します。
今回、陸の移動では最も長い移動で3時間ほどの旅程です。 -
そういえば、今回の旅行で海を見たのは初めてでした。
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ヴェネチア本島サンタ・ルチア駅に到着。
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まるで海に浮かぶサンマルコ広場とドゥカーレ宮。
ドゥカーレ宮は8世紀に造られ、14から16世紀に現在の姿になりました。 -
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カナル・グランデに架かるリアルト橋です。
ヴェネチアの商業の中心地ですが、西暦800年にフランク王シャルルマーニュの息子ピピンが攻めてくるまではただの漁村でした。それ以前の首都はリアルトより外海に近いマラモッコでしたが、フランク族との戦闘後に第十代ドージェ アンジェロ・パルティパツィオにより、リアルトに国の中心を移したのでした。 -
ヴェネチアを逆S字型に流れるカナル・グランデです。
12世紀頃、交易国家として発展してきたため、商人たちがこのカナル・グランデ沿いに集まってきました。当時としては大型の200t級の船も運河に入ることができました。 -
ヴェネチアには無数の運が張り巡らされています。ヴェネチアの運河は水の流れを絶やさないために作られました。水の流れが途絶えることは都市の滅亡に直結するためヴェネチアの運河管理官は非常に重要な役職でした。
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夜中で真っ暗ですが、映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』で聖杯探索の鍵となる騎士の墓を発見した後、地下から出てくる場面で使われた聖バルナバ教会(chiesa di san barnaba)です。
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友人に勧められた名物料理フィオレンティーナです。でかい肉の塊…。
とても食べ切れない。 -
宿泊はヴェネチア本土ではなく対岸のホテルでした。23時過ぎでしたが、誰も駅にはいませんでした。
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朝のラグーナ
今でこそ鉄道で簡単に往来できるヴェネチアですが、以前はこのラグーナを渡らなければなりませんでした。海洋国家たる由縁です。 -
さて、今日は水上バスでサン・マルコ広場の対岸にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ島に向かいます。
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ジュデッカ運河を行きかう水上タクシー。
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サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会はエレベータ完備なので、楽に上に登れます。
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水中の杭に沿って船が航行します。杭の外は浅瀬になっているので船底の浅い船でも潮の加減では座礁してしまいます。
西暦800年フランク族が攻めて来た時には、杭を引き抜き、敵船を座礁させ勝利を収めました。 -
サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会からはヴェネチアが一望できます。
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マルコ・ポーロが見たのと同じ景色を見ていると思うと感慨深いものがあります。
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イチオシ
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左はヴェネチアの守護聖人聖マルコを表す翼をもった獅子です。
もともとヴェネチアは聖テオドーロを守護聖人としていましたが、828年にアレクサンドリアのキリスト教寺院に収められていた聖マルコの遺骨を二人のイタリア商人トリブーノ、ルスティコがイスラム教徒をかいくぐりヴェネチアに持ち帰ったことから、聖マルコがヴェネチアの守護聖人となりました。 -
ヴェネチア・メストレ駅は5路線が入る拠点駅です。
なんと、ブルートレインが停まっていました。ブルートレインでの旅はあこがれの一つです。 -
駅すぐ横のホテルから。
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楽しかった旅も終わりです。
アドリア海を見ながら…。
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