2011/10/07 - 2011/10/07
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belleduneさん
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初めて御岳山へ行って来ました。今まで、外国でのトレッキングでは一眼レフカメラを持っていたので、ストックなるものを使ったことがありませんでした。皆さん、楽そうにストックを使って上り下りされているので、一度試しに使ってみようと思い、1本だけ買いました。そこで早速快晴の本日、御岳山へやって来ました。目的はストックの具合を試すことだったので、ケーブルには乗らず、行き帰り共歩いてみました。なるほど上りにはかなり具合が良いことに気が付きましたが、下りはまだ慣れていないので、殆ど使わずに下りてしまいました。七代の滝へ下りてみましたが、ここでは使うことはなく、木の根に足を取られないように注意しながら、進んでいました。ここの往復は、エネルギーを使いました。ロックガーデンは苔一杯の岩や木々がとても綺麗で、素晴らしいところでした。
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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滝本駅から歩いて武蔵御嶽山神社へ向かいます。私以外歩いて上る人はいませんでした。このため、静かな時間を過ごせて良かったです。
朝、早く家を出たので、途中で朝御飯にお握りを一つ頂きました。やはり自然の中で食べるご飯は美味しいです! -
丁度、小学校の遠足だったようで、同じバスに乗っていました。正面に見えるのが、ケーブルの高架です。
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ここから歩いて行きます。
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鳥居をくぐって、初めての御嶽神社へ。滝本から神社のある集落まで、26丁(約3km)の参道は江戸初期に整備されたそうです。
鳥居右手の大木は、神代銀杏で、推定500年、室町時代からのものです。高さ4,5m、目通し5,3 mです。 -
鳥居傍にある大杉は、杉並木1号(名木巡り1番)で、青梅市天然記念物に指定されています。
推定350年ということは、江戸初期からここにあるのですね。高さ45m、目通し6,1m。 -
大杉の上部です。太陽に輝いて見えます。
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誰もいない杉並木の中を歩いていきます。
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旧道がくねくね曲がっていて、ろくろく首のようということで、こう呼ばれていました。短い間隔で曲がっています。
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ろくろく首辺りの景色です。
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年月を感じます。
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馬を休ませておく場所ということから、「うまたてば」と言われていました。
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「うまたてば」付近の景色。
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昨夜雨が降ったので、落ち葉や草の湿った感じが好きです。特に秋は良いです。
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下りてくる黄色いカーブルが通り過ぎます。
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暫くすると、青いケーブルガ下りて来ました。
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こういう景色は、歩るかないと見れません。
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麓からくねくねと道が続きましたが、この辺りは大きく緩やかに曲がる山道が続くので、「おおまがり」と言われています。この「おおまがり」区間は300m続きます。
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「なかみせ」で、ちょっとひと休み。
昔、ここに茶屋があり、御師集落入り口まで2,8kmの中間地点です。 -
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昔、ここに八大地蔵を安置したお堂があり、通る人の道中安全を願って、お地蔵様は微笑んでいたという。
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ケーグルの高架をくぐります。
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杉並木に番号が付いていますが、やっと200番まで上って来ました。麓(787番)から参道の1号まで数が少なくなって行きますので、もうすぐです。
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「じゅうやっくぼ」とは、どくだみがこの辺りに生えていた窪地だったので、こう呼ばれていました。
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どくだみは薬として重宝されています。
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「だいこくのお」は、大黒の尾根が省略されてこう呼ばれていました。見晴らしの良い尾根伝いに進めば、道に迷うことが少なかったのでしょう。
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この辺りは少し下り坂になっているので、按摩師がここを頂上だと勘違いして引き返したと言われていることから、「あんまがえし」と呼ばれています。
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確かに、少し下っていました。やっと左手の杉が50番です。
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ここに山の神が祀られているので、「やまのかみ」と呼ばれ、ここを山上と麓との境界だと昔は考えられていました。ここに山の神を祀り、この境界内に災いが入って来ないようにしたそうです。
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昔、神社の御師集落の出入り口に黒門があったそうです。
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やっとケーブル山頂駅に着きました。
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集落の茅葺きの家
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参道からの眺め
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天然記念物に指定されている御嶽神代欅です。推定千年ということは平安時代からのものか。
高さ30m、目通し8,2m。 -
神代欅上部
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武蔵御獄神社に到着
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ほんの少しだけ色付いた紅葉
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結構きつい勾配の坂です。
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視界が開けて来ました。
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こういうところは、やっぱり晴れている方が良いですね。
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創建は第10代崇神天皇7年と言われています。
山岳信仰の興隆と共に、中世関東の修験の一大中心として鎌倉の有力な武将達の信仰を集め、御嶽権現の名で、厄除、延命、長寿、子孫繁栄を願う多くの人達の参拝で栄えました。 -
人々の社寺詣が盛んになると共に、世に三御嶽の一つとして、武蔵、相模を中心に関東一円に広がり、講も組織され、現在に至っています。
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狛犬も凛々しく見えます。
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現在の本殿は、神明造りで、明治10年(1877)に建て替えされました。社殿は一間社流造り、桧皮葺型銅板葺きで、間口2,5m、奥行き2,14m、基壇は壇正積。屋根には鬼板付箱棟に千木と堅魚木を載せています。彩色は黒漆塗りを基調とし、弁柄漆塗り、金箔押を用いるほか、飾り金物を多用した華麗なもので、公儀普請を反映した第一級の本殿建築です。
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常磐堅磐社(ときわかきわしゃ)旧本殿は元禄年間に建立された、室町時代の様式を持つ本殿様式。全国の一の宮が祀られており、明治10年の本殿建て替えでここに移築されました。
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旧本殿の裏へ廻ってみました。
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皇御孫命社(すめみまのみことしゃ)。御祭神は「あめのににぎのみこと」で、天地が豊かに栄えるさまを表し、稲穂が豊かに実る国の壮健な男子をいう意味の神。
天孫降臨神話の主役で、皇室の基礎の神です。 -
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複雑な屋根の軒先に、三葉葵の紋があり、元は東照社であったことがうかがわれる江戸後期の社殿です。入母屋造り、千鳥破風付 向拝軒唐破風造り、瓦棒銅板葺き。
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御嶽神社からの眺めです。
ここから七代の滝へ向かいます。
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