2011/09/16 - 2011/09/16
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フルリーナさん
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呉少年合唱団を訪問する前日に
ひさしぶりに、もう一度訪れたかった平和記念聖堂と、原爆ドームとその周辺を歩きました。
※写真・文章の無断転用は禁止します。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- ANAグループ JRローカル
-
飛行機からの富士山は、なんといってもお楽しみのひとつ。
しっかり富士山ビューの席を予約。 -
このところ、3回、富士山は雲に隠れていたのですが
今回はばっちり♪
富士山に見とれているうちに、あっという間に広島空港に。 -
広島は3度めです。
初めての時は、原爆ドームと記念館に。
大きなショックを受けました。
そして2度目は広島のカトリックのお友達の案内で、世界平和記念聖堂(カトリック幟町教会)に行きました。
もう一度ここの教会のマリアさまにお会いしたい。
そう思い続けていましたが、
震災のあった今年、その機会が与えられたことに、なにか、よくわからないけれど重くて、深い思いを抱きながらの旅となりました。
この聖堂の外装部分は、被爆地広島の川砂を使った灰色のコンクリートレンガを現場で制作して、それを積み上げたそうです。
たくさんの方々が、灼熱の地獄と化した広島で、水を求めて川に入った・・、その川砂を使ったコンクリートレンガです。 -
聖堂には、世界中からの、平和を祈る寄贈品があります。
本祭壇 - ベルギー
玄関扉 - デュッセルドルフ市(ドイツ)
聖櫃 - ボン市(ドイツ)
パイプオルガン - ケルン市(ドイツ)
祭檀中央モザイク壁画 - 西ドイツアデナウワー元首相
4つの鐘 - ボフメル・フェライン(ドイツ)
ステンドグラス(上段) - オーストリア
ステンドグラス(下段) - ドイツ・ポルトガル・メキシコ
十字架の道行きの彫刻 - ミュンスター市(ドイツ)
十字架像の彫刻 - オーバーアマガウ(英語)(ドイツ)
祭壇左右ローズウインドウ - アーヘン市フランシスコ・ザビエル・フェライン(ドイツ)
祭壇上ステンドグラス - ミュンヘン市聖ルドビコ布教会(ドイツ)ほか
蓮の花型吊り照明 - 日本仏教会 -
世界平和記念聖堂 HP より抜粋
・・・・
「世界平和記念聖堂の内陣の正面の壁にはモザイクの「再臨のキリスト」像が描かれています。
ほとんどの聖堂には十字架か復活者キリストの像が置かれていますので、この「再臨のキリスト」像は極めて稀のことです。
しかし、「再臨のキリスト」こそ、世界平和記念聖堂に最もふさわしく、献堂の精神を強くアピールしているように思います。
1945年8月6日、広島の街は人類史上最初の原子爆弾によって灰塵に帰しました。廃墟と化した広島の街に犠牲者の永遠の安息と恒久平和を祈願して聖堂が建立されました。
「再臨」とは神が歴史に介入し、神の支配を確立し、救いを完成する時への希望にあふれた信仰です。それはメシアであるキリストによって実現されます。
全被造界の歴史はたとえどんなに悲惨で不正に満ちていても、最終的終末に向かって、キリストの「再臨」の日に向かって進んで行きます。
その日には「神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとく拭い取ってくださる。
もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」(ヨハネの黙示録21章3−4節)
「見よ、私は万物を新しくする」(同21章5節)と宣言する「再臨のキリスト」はまるで世の終わりが到来したかのような未曾有体験をした広島の町の人々に未来への希望を与え、苦しみや悲しみを癒し、新たな勇気を燃え立たせ続けています。
モザイク像は、当時の西ドイツアデナウアー首相から送られました。1962年完成。」 -
平和記念聖堂の右側の側廊の奥に白い聖母像が安置されています。
この聖母像は、世界平和記念聖堂の境内に「ルルド」設置する計画があり、そこに置かれる聖母像が制作されたそうですが、計画が中断し聖母像は聖堂内に安置されることになったそうです。
このマリアさま、ひざまずいて御顔を見上げると、まるで何かを語られているような気がします。
とても不思議なマリアさまです。
初めて訪れた時は、とても穏やかな表情で微笑まれてるような気がしたのですが、この日はなんだか、マリアさまがとても厳しい表情に見えました。
言葉は聴こえませんでしたが、何を語られているのでしょうか・・。
製作者は、ドミニコ・中田秀和さん。(1909〜1982)
以下、平和記念聖堂HPより田中さんのプロフィール
1909年、長崎県五島鯛之浦に生まれる。
伝道士としての任を果たした後、洋画と書を勉強し、東光会、二科展などを経てカトリック美術協会会員となる。
この時代の代表作は、長崎博物館所蔵の「母への最後の手紙」がある。
戦後、ミッションスクールで教鞭をとる傍らカトリック聖像の制作を行う。代表作として大浦天主堂「信徒発見百周年記念レリーフ」、北海道男子トラピスト大修道院75周年の「記念レリーフ」などがある。
晩年の作品としてローマ教皇来崎記念の「ヨハネ・パウロ2世胸像」がある。 -
平和記念聖堂HPより 抜粋
聖堂の両側の側廊部の横窓の低い位置のステンドグラスには、
「ロザリオの祈り」*注1 の三つの「神秘」、すなわち「喜びの神秘」、「苦しみの神秘」、「栄えの神秘」の15の場面が描かれています。
-
「絵柄は太い鉛桟で描かれ、鮮やかな形が浮き上がっている。ステンドグラスの下方では、赤や青、黄などの原色や濃色を多用し、上方では色付きのガラスを抜いて、外部からの光を透過させようとしていることがわかる。」*注2
-
《喜びの神秘》
1.天使はイエスの誕生を告げる(受胎告知) (ルカ1・26〜38)(Photo01)
2.マリアはエリサベトを訪問される(ご訪問) (ルカ1・39〜56)(Photo02)
3.イエスはマリアからお生まれになる(ご降誕) (ルカ2・1〜7)(Photo03)
4.イエスは神殿にささげられる(主の奉献) (ルカ2・22〜38)(Photo04)
5.両親はイエスを神殿で見つける (ルカ2・41〜50)(Photo05)
《苦しみの神秘》
1.イエスはゲッセマネで苦しまれる (マルコ14・32〜42)(Photo06)
2.イエスは鞭で打たれる (ヨハネ19・1)(Photo07)
3.イエスは茨の冠をかぶせられる (ヨハネ19・2)(Photo08)
4.イエスは十字架を担って歩まれる (マルコ15・20〜27)(Photo09)
5.イエスは十字架の上で亡くなられる (マルコ15・33〜39)(Photo10)
《栄えの神秘》
1.イエスは死から復活される(ご復活) (マルコ16・1〜7)(Photo11)
2.イエスは父のもとに昇られる(ご昇天) (使徒言行録1・6〜11)(Photo12)
3.イエスは父のもとから聖霊を送られる(聖霊降臨) (使徒言行録2・1〜41)(Photo13)
4.マリア天にあげられる(マリアの被昇天)(Photo14)
5.マリアはイエスの栄光にあずかられる(天の元后)(Photo15)
・・・・
上の写真は≪これは苦しみの神秘≫の4、この写真は5、でしょうか・・。 -
東西の壁面には、西側は日本語で、東側はラテン語で、
「聖堂記」として次ぎのような文言が彫り込まれた碑板(プレキャストコンクリート板)が嵌め込まれています。
「此の聖堂は昭和二十年八月六日広島に投下されたる世界最初の原子爆弾の犠牲となりし人々の追憶と慰霊のために、また万国民の友愛と平和のしるしとしてここに建てられたり
而して此の聖堂によりて恒に伝へらるべきものは、虚偽に非ずして真実、権力に非ずして正義、憎悪に非ずして慈愛即ち人類に平和を齎す神への道たるべし
故に此の聖堂に来り拝するすべての人々は、逝ける犠牲者の永遠の安息と人類相互の恒久の平安とのために祈られんことを
昭和二十九年八月六日」 -
原爆ドームと、人々が水を求めて入った川
空間が歪んでいるような
めまいがするような
重くて、痛い 地です。 -
ここを単なる「モニュメント」にしてはいけない・・・。
なんだか、そんなことが心によぎりました。
痛い、痛い、地です。 -
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませんから」
・・・核兵器はいまだ、たくさん世界中にあって
そして、今度は原発の事故で、たくさんの方々が苦しみ続けている・・・
重く沈む心を、どうしようもできません。 -
重い心を引きずりながら、公園内を歩きました。
でも、そこで、一つの大きな慰めと希望を与えられたような気がました。
それは、たくさんの木々です。
この公園の中の木々は、統一されて種類が植えられているのではなくて
ほんとに、さまざまな種類、さまざまな個性をもった形の木が、集まっているのです。
ふと、この地は、
世界中の
たくさんの違った国々の人たちが
たくさんの違った民族の人たちが
たくさんの違った文化の人たちが
たくさんの違った宗教の人たちが
ここで、平和という同じ思いを抱き
さまざまな形での祈りをささげ
さまざまな形での平和への思いを抱く地であることを思いました。
この木々は、そんな、たくさんの違いを持った人々の思いを受け取って
このように、一つ一つが、全く違った個性を持った木々に育っているのではないか
そんな気がしました。
そして、この地の痛みを、優しく包み込んでくれているような気がしました。
この木々の間を歩きながら、張り詰めた心が、ふとゆるんで
大きな優しい祈りに包まれている…と思いました。
それは、この地を訪れれた、一人一人の祈りが
原爆で亡くなった一人一人の思いが
世界中から寄せられる、たくさんの平和への思いが
この地の痛みを、優しく包んでいるのでしょう。
最後に、そんな個性あふれる木々とともに
ヨハネパウロ2世の平和アピールを記して・・・ -
平和アピール
教皇ヨハネ・パウロ二世
戦争は人間のしわざです。
戦争は人間の生命の破壊です。
戦争は死です。
この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。
もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。
この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。
広島市長をはじめ、ここに集まられた友人の皆さん、私の声に耳を傾けているすべてのかたがた、私のメッセージが届くすべてのかたがたに申します。 -
1.
本日、わたしは深い気持ちに駆られ、「平和の巡礼者」として、この地にまいり、非常な感動を覚えています。
わたしがこの広島平和記念公園への訪問を希望したのは、過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことだ、という強い確信を持っているからです。
この地上のありとあらゆるところに、戦争のもたらした惨事と苦しみのゆえに、その名の知られている場所が数多く、あまりにも数多く、存在しています。
それは、人類の犯した悲しむべき行為だといわねばなりません。
戦勝記念碑−− それは一方の側の勝利の碑であると同時に、数多くの人々の苦しみと死を物語るものです。国のために命を落とした人々、崇高な目的に命をささげた人々が横たわる墓地があります。
同時に、戦争のもたらす破壊の嵐の中で命を失った、罪のない一般の人々が横たわる墓地もあります。
強制収容所や死体処理場の跡−− そこでは、人間と侵すべからざる人権とがいやしめられ、野卑と残酷とが最も強く表されたところでした。
戦場−− そこでは、自然が慈悲深く地上の傷をいやしていますが、人間の憎悪と敵意の歴史を消し去ることはできません。こうした数多くの場所や記念碑の中でも、特に広島、長崎は、核戦争の最初の被災地として、その名を知られています。
あの陰惨な一瞬に生命を奪われた、数多くの男女や子供たちのことを考えるとき、私は頭をたれざるをえません。
また、身体と精神とに死の種を宿しながら、長い間生き延び、ついに破滅へと向った人々のことを思うときにも、同様の気持ちに打たれるのであります。
この地で始まった人間の苦しみは、まだ終わっていません。
人間として失ったものが、全部数え尽くされたわけではありません。
人間の考えやものの見方、ないし人間の文明に対して、核戦争がもたらした実害を目のあたりにし、将来の危険性を考えるとき、特にそうした想いに駆られるのであります。 -
2.
過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。
広島市の皆さんは、最初の原子爆弾投下の記念碑を、賢明にも平和の記念碑とされました。
わたしは、この英断に敬意を表し、その考えに賛同します。
平和記念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、「自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ」という信念を力強く表明しました。
この広島でのできごとの中から、「戦争に反対する新たな世界的な意識」が生まれました。
そして平和への努力へ向けて新たな決意がなされました。
核戦争の恐怖と、その陰惨な結末については、考えたくないという人がいます。
当地でのできごとを体験しつつも、よく生きてこられた人々の中にさえ、そう考える人がいます。
また、国家が武器を取って戦い合うということを、実際に経験したことのない人々の中には、核戦争は起こりえないと考えたがる人もいます。
さらに、核兵器は力の均衡を保ち、恐怖の均衡を保つため、いたし方のないものだとする人もいます。
しかし、戦争と核兵器の脅威にさらされながら、それを防ぐための、各国家の果たすべき役割、個々人の役割を考えないですますことは許されません。 -
3.
過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。
1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。
あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています。
核兵器は依然として製造され、実験され、配備されつづけています。
全面的な核戦争の結果がいかなるものであるか、想像だにできませんが、核兵器のごく一部だけが使われたとしても、戦争は悲惨なものとなり、その結果、人類の滅亡が現実のものとなることが考えられます。
わたしが国連総会で述べたことを、ここに再び繰り返します。
「各国で、数多くのより強力で進歩した兵器が造られ、戦争へ向けての準備が絶え間なく進められています。
それは、戦争の準備をしたいという意欲があるということであり、準備がととのうということは戦争開始が可能だということを意味し、さらにそれは、あるとき、どこかで、なんらかの形で、だれかが世界破壊の恐るべきメカニズムを発動させるという危険を冒すということです。」 -
4.
過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。
広島を考えることは、核戦争を拒否することです。
広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。
この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。
戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。
人類は、自己破壊という運命のもとにあるものではありません。
イデオロギー、国家目的の差や、求めるもののくい違いは、戦争や暴力行為のほかの手段をもって解決されねばなりません
人類は、紛争や対立を平和的手段で解決するにふさわしい存在です。
文化、社会、経済、政治の面で、さまざまな発展段階にある諸国は、多種多様の問題をかかえており、そのために、国家間の緊張や対立が生じています。
こうした問題は、国家間の正当な協定や、国際機関のよって立つ、平等と正義という倫理原理に添って、解決されねばなりません。
それは、人類にとって肝要なことです。国内秩序を守るために法が制定されるように、世界の国々には、国際関係を円滑にし、平和を維持するための法制度が作り上げられなくてはなりません -
5.
この地上の生命を尊ぶ者は、政府や、経済・社会の指導者たちが下す各種の決定が、自己の利益という狭い観点からではなく、「平和のために何が必要かが考慮してなされる」よう、要請しなくてはなりません。
目標は、常に平和でなければなりません。
すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。
過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。
険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。
その道こそが、人間の尊厳を尊厳たらしめるものであり、人間の運命を全うさせるものであります。
平和への道のみが、平等、正義、隣人愛を遠くの夢ではなく、現実のものとする道なのです。 -
6.
35年前、ちょうどこの場所で、数多くの人々の生命が、一瞬のうちに奪い去られました。
そこで、わたしはこの地で、「人間性のため、全世界に向けて生命のためのアピール」を、人類の将来のためのアピールを、出したいと考えます。
各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。
正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。
今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。
人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。
暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりとを持とうではありませんか。
この国のすべての男女、全世界のすべての人々に次のように申します。
国境や社会階級を超えて、お互いのことを思いやり、将来を考えようではありませんか。
平和達成のために、みずからを啓蒙し、他人を啓発しようではありませんか。
相対立する社会体制のもとで、人間性が犠牲になることがけっしてないようにしようではありませんか。
再び戦争のないように力を尽くそうではありませんか。 -
全世界の若者たちに、次のように申します。
ともに手をとり合って、友情と団結のある未来をつくろうではありませんか。
窮乏の中にある兄弟姉妹に手をさし伸べ、空腹に苦しむ者に食物を与え、家のない者に宿を与え、踏みにじられた者を自由にし、不正の支配するところに正義をもたらし、武器の支配するところには平和をもたらそうではありませんか。
あなたがたの若い精神は、善と愛を行なう大きな力を持っています。人類同胞のために、その精神をつかいなさい。
すべての人々に、私はここで預言者の言葉を繰り返します。
「彼らはその剣を鋤に打ちかえ、その槍を鎌に打ちかえる。国は国に向かいて剣を上げず、戦闘のことを再び学ばない」(イザヤ2・4)。 -
神を信じる人々に申します。
われわれの力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。
神がわれわれの一致を望まれていることを知って、団結しようではありませんか。
愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか。 -
最後に、わたしは自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。
それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろうすべての子供たちの声だからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜びを注いでくださるよう、祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしはすべての国、またすべての時代において戦争を望まず、常に喜んで平和の道を歩む無数の人々にかわって、話しているからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、
戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。
おお、神よ、わたしの声を聞いてください。そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。
-
・・・・・
-
帰りの飛行機からは
美しい夕焼けの富士山が見えました。 -
特攻隊の若者たちは
雲の上から何を見ながら、何を思いながら
突撃していったのでしょう。 -
願わくは、
このような悲しい歴史が
これ以上、増えることがありませんように。
さまざまな違いを、私たちが喜びや恵みとして受け取ることができますように。
たくさんの違いをもつ、私たちが、助け合い、手をつないで生きていくことができますように。
こんなにも・・・・
地球は、いのちは
美しく、いとおしいものなのですから・・・。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- katanさん 2011/10/27 22:18:27
- 深いメッセージですね。
- フルリーナさん
こんばんは。先日は私のドイツ旅行記を読んでいただき、ありがとうございました。
広島旅行記、拝見させていただきました。
私の母方の祖父が広島で亡くなっているのですが、原爆ドームやその周辺には足を運べていません。
世界平和記念聖堂の存在を初めて知りましたが、ドイツをはじめ、世界中からこんなに多くの寄贈品が贈られているのですね。ハイデルベルグの聖霊教会で「物理学の窓」を見たとき以上に、心を揺さぶられました。
社会の授業や被爆体験記を見聞きすることで、こういうことがあった、ということは頭でわかっていても、その地に立ち、空気を感じることでしかわからない何かがあると思います。
あまり浮いた気分では行けないけれど、「過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うこと」という、先代法王の遺した言葉を忘れないよう、いつか広島へ行かなければ(祖父の慰霊も)!という思いを強くしました。ありがとうございました。
また、あらためてお邪魔させていただきますね。これからもよろしくお願いいたします^^
katan
- フルリーナさん からの返信 2011/10/28 15:57:45
- RE: 深いメッセージですね。
- katanさん
ありがとうございます。
そうですか・・・。お祖父さま、広島で亡くなってらっしゃるんですね・・。
やはり、あそこは特別な場所なんだと思います。
重い場所ですが、いつか、訪れてみてください。
こちらこそ、また今後ともよろしく願します。
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