2011/07/19 - 2011/07/20
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norisukeさん
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〔旅のテーマ〕
日本統治時代に建てられた近代建築などを巡る。
台湾、台北の地図を買う。
〔日程〕
一日目
14:15 成田空港発(BR2197)
16:50 台北桃園空港着
■誠品書店
■士林観光夜市 など
二日目
■台湾総統府(旧台湾総督府)などの近代建築
■中正紀念堂
■台北駅
■デザート店「冰讃」
■カルフール重慶店 など
16:00 台北松山空港発(BR190)
19:55 羽田空港着
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- エバー航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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往路はエバー航空(BR)2197便=写真=。エコノミー席の搭乗率は7割といったところ。
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機内食は”ステーキライス?”を選択。
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台北桃園空港にほぼ定刻に到着。市内へは国光客運のリムジンバス=写真=を利用。途中、渋滞があり、宿泊先の最寄である国賓大飯店バス停まで約1時間半。
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バス停から徒歩約10分、宿泊先の「大欣大飯店(ダーシンホテル)」に到着。
ダーシン ホテル ホテル
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窓がない部屋は、バスタブもなくテレビも映らなかったが、なぜか化粧台の引き出しにコンドームが入っていた。
ダーシン ホテル ホテル
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台北駅で地下鉄板南線に乗車し、忠孝敦化駅で下車。同駅から徒歩約3分、「誠品書店」に到着=写真=。
誠品書店(敦南店) ショッピングセンター
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ビルの中は、書店=写真=や衣服、雑貨などの店、フードコートなどが入居。書店で台湾の市街地図集などを購入。
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その後、同店近くの「鼎泰豊」の支店を訪れ、小籠包を食べる予定だったが、改装中だった。気を取り直し、地下鉄板南線と同淡水線を乗り継ぎ、剣潭駅で下車し、士林観光夜市へ=写真=。麺線、スイカジュースなどをおいしくいただき、22時半ごろホテルに戻る。
士林観光夜市 市場
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翌朝、ホテル内のレストランで朝食。バイキングだが品数はとても少なかった。
ダーシン ホテル ホテル
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8時ごろ、ホテルをチェックアウト。ちょうど朝の通勤ラッシュ時間帯で街中は原付バイクだらけだった。
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原付が走る走る。
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ホテルから徒歩約20分、行政院(旧台北市役所)=1940(昭和15)年竣工=前に到着。
中華民国行政院 建造物
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監察院(旧台北州庁)=1915(大正4)年竣工=。
監察院 (旧 台北州庁舎) 現代・近代建築
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立法院(旧台北州立台北第二高等女学校)=竣工年不明=。
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立法院の隣にある教育部。
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台湾大医学部附属病院(新館)。
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ホテルから徒歩約1時間。中正紀念堂前の自由広場門に到着=写真=。
大中至正門 / 自由広場門 建造物
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自由広場門下から芸文広場、紀念堂を望む。
大中至正門 / 自由広場門 建造物
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国家音楽庁。
国立中正紀念堂 建造物
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89段あるという階段を上る。
国立中正紀念堂 建造物
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階段を上りきって、振り返り自由広場門を望む。
国立中正紀念堂 建造物
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厳粛な雰囲気が漂う紀念堂内。
国立中正紀念堂 建造物
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蒋介石座像。
【蒋 介石(しょう かいせき、1887年10月31日-1975年4月5日)】
中華民国の政治家、軍人。第3代・第5代国民政府主席、初代中華民国総統、中国国民党永久総裁。国民革命軍・中華民国国軍における最終階級は特級上将(大元帥に相当)。孫文の後継者として北伐を完遂し、中華民国の統一を果たして同国の最高指導者となる。28年から31年と、43年から75年に死去するまで国家元首の地位にあった。しかし、国共内戦で毛沢東率いる中国共産党に敗れて49年より台湾に移り、大陸支配を回復することなく没した。(ウィキペディアより)国立中正紀念堂 建造物
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紀念堂内を警備する憲兵。
国立中正紀念堂 建造物
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紀念堂の一階は蒋介石資料館になっていた。
国立中正紀念堂 建造物
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総統専用車。
国立中正紀念堂 建造物
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熱弁をふるう在りし日の蒋介石。
国立中正紀念堂 建造物
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マッカーサー元帥=写真左=と蒋介石。
国立中正紀念堂 建造物
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ピカピカの蒋介石像。
国立中正紀念堂 建造物
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当時の執務室が再現されていた。
国立中正紀念堂 建造物
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紀念堂内では手塚治虫展も開催中。
国立中正紀念堂 建造物
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紀念堂の近くにある中華民国中央銀行=写真左右とも=。
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同行の隣にある財政部。
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財政部に隣接する煙草・酒専売局(旧台湾専売局)=1913(大正2)年竣工=。
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中正紀念堂周辺の散策を継続。写真は途中にあった台北市立教育大。
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法務部。
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司法院(旧台北高等・地方法院)=1934(昭和9)年竣工=。
司法院 建造物
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総統府(旧台湾総督府)=1919(大正15)年竣工=に到着。
【台湾総督府】
日清戦争の結果清国から割譲された台湾を統治するために設置された日本の出先官庁。台北市に設置された台湾総督府本庁舎は、今日でも中華民国の総統府として使用されている。台湾総督府は、明治28年(1895年) の馬関条約締結から昭和20年(1945年) の日本の降伏まで台湾を統治した。台湾総督は「土皇帝」と呼ばれるほど台湾の行政・司法・立法から軍事までを一手に掌握しうる強大な権限を持った。後に軍の指揮権が台湾軍司令官に移管されたことにより、文官の総督就任が可能となった。ただし台湾総督は内閣総理大臣の、さらにのちには内務大臣や拓務大臣などの指揮監督を受けることになっており、宮中席次でも朝鮮総督が第6位なのに対して台湾総督は親任官として第11位と、陸海軍大将や枢密顧問官よりも地位が低かった。初代総督は樺山資紀で当初は陸海軍の将官が総督を務めた。児玉源太郎総督の下で明治31年(1898年)に民政長官に就任した後藤新平は、土地改革を行いつつ、電気水道供給施設・交通施設情報施設などを整備、アヘン中毒患者の撲滅、学校教育の普及、製糖業などの産業を育成することにより台湾の近代化を推進し、一方で統治に対する叛逆者には取り締まりをするという「飴と鞭」の政策を有効に用いることで統治体制を確立した。(ウィキペディアより)
【中華民国総統府】
中華民国の元首および首脳である中華民国総統が執務をおこなう官邸。博愛特区(台北市中正区重慶南路一段122号)にある。また転じて、「総統府」は概念的に総統の側近や政府も意味する。(ウィキペディアより)中華民国総統府 建造物
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凱達格蘭大道から総統府を望む。
中華民国総統府 建造物
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総統府周辺は、なぜかキャップにポロシャツというラフな格好の警備職員=写真の見切れた白帽子=らが警戒に当たっており、やや張り詰めた雰囲気だった。
中華民国総統府 建造物
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凱達格蘭大道沿いの外交部。
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外交部向かいの台湾賓館(旧台湾総督公邸)=1901(明治34)年竣工=。
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二二八和平公園の二二八記念館(旧台北放送局)=1931(昭和6)年竣工=。
二二八和平公園 広場・公園
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台湾大医学部附属病院(旧館・旧台北帝国大附属病院)=1924(大正14)年竣工=。
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国立台湾博物館(旧児玉総督後藤民政長官記念館)=1915(大正4)年竣工=。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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国立台湾博物館土銀展示館(旧日本勧業銀行台北支店)=1933(昭和8)年竣工=。
国立台湾博物館 土銀展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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台湾銀行本店(旧台湾銀行本店)=1938(昭和13)年竣工=。
台湾銀行 (旧 台湾銀行本店) 建造物
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同行を側面から。
台湾銀行 (旧 台湾銀行本店) 建造物
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同行隣の台湾銀行国際金融業務分行(旧帝国生命保険会社)=竣工年不明=。
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同行。
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裏側から見た総統府。
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総統府に隣接する国史館・総統副総統文物館(旧台湾総督府交通局)=竣工年不明=。
国史館 (総統副総統文物館) 文化・芸術・歴史
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総統府から徒歩約10分、「中山堂」(旧台北公会堂)=1936(昭和11)年竣工=。
中山堂(旧台北公会堂) 劇場・ホール・ショー
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中山堂に隣接する台北市警察局。
中山堂(旧台北公会堂) 劇場・ホール・ショー
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台北駅へ向かう途中にあった、開封街と漢口街に広がるカメラ専門店街。
開封街一段 散歩・街歩き
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清代、台北府城の城門の一つだった北門(承恩門)。
北門 (承恩門) 史跡・遺跡
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台北駅に到着。
台北駅 駅
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多くの人が行き交う台北駅構内。
台北駅 駅
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同駅地下1階にある駅弁店の店先にておみやげ用の駅弁を購入。
台北駅 駅
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同駅2階のフードコートで昼食。「排骨定食」110元也。
台北駅 駅
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同駅から地下鉄淡水線に乗り、雙連駅で下車。徒歩約5分のデザート店「冰讃」に到着=写真=。
冰讃 スイーツ
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芒果冰(マンゴーかき氷)をおいしくいただく。その後、徒歩約10分の「カルフール重慶店」にておみやげを購入。
冰讃 スイーツ
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その後、タクシーで約15分、台北松山空港に到着。
台北松山空港 (TSA) 空港
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閑散としたターミナルビル。
台北松山空港 (TSA) 空港
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数軒の免税店が軒を連ねる待合室。
台北松山空港 (TSA) 空港
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復路は羽田行きエバー航空190便。エコノミー席はほぼ満席だった。
台北松山空港 (TSA) 空港
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機内食はポークを選択。
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帰宅後、台北駅で購入した台鉄弁当をいただく。
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購入した地図や書籍など。
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購入したおみやげ。
【旅の感想】
日本統治時代の象徴といえる旧総督府の建物を、総統府として大事に使い続ける台湾人の心の底流について、同じ植民地だった韓国などとも比較しながら考えたいと思った。
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この旅行記へのコメント (5)
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- junさん 2013/10/08 19:34:50
- 1泊2日でもしっかり歴史建造物抑えていますね。
- 1泊2日でもすごいですね。
私は、30回近く台湾に行っていますが、最近は4泊5日での、のんびり旅行です。
- norisukeさん からの返信 2013/11/05 23:50:25
- RE: 1泊2日でもしっかり歴史建造物抑えていますね。
お返事が遅れましてすみません。
のんびり旅行もいいですね( ´∀`)
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- tiger7さん 2011/08/22 01:32:41
- 凄い!
- はじめまして。
台北旅行記を楽しく読ませてもらいました。
1泊2日は可能ですが、ここまでタイトなスケジュールで中身の詰まった観光をされたなんて驚きです。
これも復路が松山空港発だったからでしょうね。
いやはや、フットワークの軽さと下調べの綿密さに脱帽しました。
- norisukeさん からの返信 2011/08/22 18:15:23
- RE: 凄い!
- 書き込みありがとうございます。
当方、休みが少ないため、歴史的建造物と
博物館巡りに焦点を絞り、弾丸旅行を続けています。
ご指摘の通り、復路の松山-羽田便は大変助かりました。
近いうち、韓国または香港を訪れようと計画しています。
それでは。
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- 一歩人さん 2011/07/23 01:13:22
- 最初の中国は、台北でした
- norisukeさんへ
ふ、ふ、衛兵の交代式へ投票ありがとうございました。
ふ、ふ、実は、この前後に、上海、北京へ行きまして、
上海蟹、北京ダックを食べました。
じゃなくて、上海博物館、故宮博物館へ行きまして、
皇帝の象徴の龍に爪の数を確認しに行きました?
ほんとです。私の旅行記の目的はそこなんですけど、
コメントには書き忘れていたかも。
特に、台北では、孔子廟がよかったのですが、
未だに投稿していません?
で、衛兵の交代式だけをいち早く投稿したっきり。ごぶさたでした。
こうして投票していただくと、そう、そうと思い出した次第です。
ありがとうございました。
失礼しま〜す。
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