2011/06/10 - 2011/06/10
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josanさん
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2011年6月10日
今日は少しバンドから離れたクラシックホテルを廻ります。
先ずは「錦江飯店」と「衡山馬勒別墅飯店(マーラー・ビラ)」
の紹介です。
何れもバンドから離れた場所に有りますが、上海の有名なク
ラシックホテルです。
-
2011年6月10日
遂に朝から雨が降り出して仕舞いました。
ホテルの従業員に筆談で錦江飯店の場所を
聞くとホテルの前から21番バスに乗れば
OKだと言われ、飛び乗りました。 -
上海交通カードをこのプレートにかざせば
ピピと音がしてOKです。
料金は全線2元で何処まで乗っても2元です
のでバカ安で〜す。(祝) -
中国語のアナウンスで、停留所の名前を呼び
ますが中国読みの為まるで判りません。(涙)
私は乗客で1番気の弱そうな学生を捕まえ、腕
を掴み降りる場所が来たら教えろと筆談で、脅
かして居ました。(笑)
バス停の直ぐ前に吉野家が有り、朝食を食べてい
なかったので、思わず飛び込んで仕舞いました。 -
今回は、上海料理の特選15品を選んで、食べ
る予定でしたが、まだ半分もこなして居ないの
に意志の弱い人間で〜す。(涙)
何しろウドンに帰ると、マジ日本料理が6ヶ月間
食べれないので、ついつい禁を破り食べて仕舞
いました〜。(笑)
この店は繁華街から離れて居るので、日本人が
来ないらしく、従業員の間に緊張が走り、だれ
も注文を取りに来ません。(涙) -
店長らしい男に、「並盛り汁だくで。」と言うとまる
で宇宙人を見た様な顔をして、逃げて行きました。(爆笑)
仕方ないので写真付きのメニューを指差し、オー
ダーを入れました。
しかしセットで付いて居た激甘のマンゴージュース
は矢張り、牛丼には会いませんでした〜。(涙) -
錦江飯店前のバス停で降りたのですが、誰に聞い
ても知りません、あの学生に騙された様です。(涙)
雨の中を15分も歩き漸くホテルが見えて来まし
たが、停留所はあそこで正解だと守衛に言われ
ました。(涙) -
良く考えれば、錦江飯店の様な超ー流のホテルに
バスで来る奴も珍しいですね!。(大笑)
このホテルには、毛沢東や周恩来、障ナ小平など
が利用しているほか、ニクソンやレーガンなど各
国の国家首脳もこのホテルを訪れています。(マジ) -
錦江飯店の北楼は、長楽路と茂名路の角に位置す
る13階建ての建物で1925年に工事が始まり、1929
年に完成しました、80年近い歴史を誇る上海でも
著名な建築物の一つです。
この建築物を語る前に、まずその当時上海で一世
を風靡した実業家、Elice Victor Sassoonについ
て書かなければならないでしょう。 -
ユダヤ系のSassoon家はバグダットで商売を行っ
ていて、そこからインドに移り、Sassoon洋行を開
設し、イギリスの紡績品とインドのアヘンを、中国
に販売し巨大な富を築いていました。
その結果、イギリス国籍の取得に成功し、さらに
イギリス王室から爵位を受けるなどし、Sassoon
家はますますその地位を確固なものにして行き
ました。
そして中国でアヘンの売買がますます盛んにな
るなかで、Elias David Sassoonの代になると187
7年に上海に本格的に進出、年間5000箱もの
アヘンを売りさばいて行き、急成長したのです。
その後、林則徐などによるアヘン禁止の動きが
盛んになると、今度は上海の不動産に投資を行
うようになって行きました。 -
このホテルは、イギリス系のユダヤ人がアヘン
の密輸で儲けた金で建てたホテルです。
イギリスはこの様な男に、男爵の位を授ける惚
けた国なんですね。(笑)
1929年に完成したこの現在の錦江飯店の北楼
は、もともと華懋公寓と呼ばれていて、外壁に
赤レンガを窓には白色の格子がはめられ、全体
的にイギリス風のこの建築物は、鉄筋コンクリ
ートの13階建て、高さは57メートル、1階から
10階までは客室で、11階と12階はレスト
ラン13階は厨房という設計になっていました。
まずは、イギリス人専用のホテルとして営業が開
始されて居ます、その当時としては、各設備は整
っていて、エレベーターは7台備え付けられていま
した。
この入り口の仕様が少し可笑しいのは、この建物
が地盤沈下で、3mも沈んで居るからです、1階
が半地下に成ったので、この様に階段を付けて2
階に行けるデザインにしたのです。(マジ) -
この建物は均等に沈んで行ったので、倒壊もせず
に現在も営業を続けて居ます。
アヘンで儲けた汚い金で作るとこうなるのでしょ
うね!。
でも半地下がホテルの受付と言うのも、このホテ
ルだけでしょう。(笑) -
Sassoon洋行は創始者のElias David Sassoon が
死去したあと、3代目のElice Victor?Sassoon が
実権を握り、ここで、新Sassoon洋行は株式会社
となり、不動産関係に集中的に投資を行って行き
ます。 -
1920年代に入って、新Sassoon洋行は破産物件を
中心に、不動産を安く手に入れその勢力を伸ば
していきました。
たとえば、南京路と中山東一路の、交差点にある
和平飯店の緑の三角屋根の建物も、通称Sassoon
大厦と呼ばれて居てElice Victor Sassoonが投
資して建てた物です。 -
一説によると、基礎工事に手抜き工事があり、築数
年で地盤沈下が著しく、1階部分が3メートル沈ん
でしまっているのはアヘンで苦しめられた人達の怨
念だと言う話も有るそうです。
そこで、後からエントランスに階段を設置して、2階
へ直接上れるように改造したというエピソードも有り
ます。 -
この二階のカフェに行く階段も、実は地下から1階
に行く階段なんですね〜。(笑)
建物は余り古さを感じさせない様に手入れされて
居てフロントの従業員も品が有り、丁重な態度で
接して来ました。 -
しかし私と同じ様に建物の見学目的の人が居まし
たが、体よく追い払われて居ました。
ジーパンでデイバックを担ぎ、タオルで鉢巻では
追い出されても仕方有りません。
矢張り失礼の無い様な服装で訪れないと、高級ホ
テルでは、服装で客を見ますので仕方有りません。 -
勿論私は何処に行くのにも、夏物のジャケットを
ちゃんと着て行きましたよ〜!。(マジ)
この円形の高層ホテルは新生錦江飯店タワーです。
中国では、この錦江飯店について上海人に聞くと、
Sassoon一族の話よりも、むしろその後にホテルを
立ち上げていった女性、董竹君の立身出世の話の
方が有名な様です。(マジ) -
戦時中は旧日本軍も司令部として使ったことがあり、
その後、外国人や中国人の文化人が多くすむマンシ
ョンとして使われました。
董竹君の立身出世の話は中国では有名です、仕事
をバリバリこなす典型的な上海人女性と言われるこ
ともあり、中国ではドラマがVCDとなって発売されて
いるそうです。 -
董竹君は1900年生まれ、上海出身で父親は人力
車をひいて生計を立てていました、しかし、彼
女が13歳のときに父親が病気で倒れ、家庭は貧
困に窮し彼女は借金のかたとして妓楼に預けら
れました。
董竹君はその当時、職場では決して笑うことは
なかったそうで、そこで「笑わない娘」と呼ば
れて居たそうです。
しかし、彼女には歌の才能があり、その美声に
多くの客は魅了されました、いつの間にか妓楼
のトップスターになりましたが、しかし、裏社
会との繋がりのあるこの業界では、人気が出て
くるとなかなかやめさせてもらえなくてそれど
ころか、ますます仕事はハードになる一方だっ
たそうです。 -
妓楼出身の彼女と革命党の夏之時が一緒になる
ことに関しては、周りの反対も多かった様です。
このとき、夏之時27歳で董竹君15歳、その後、
2人は結婚し日本へ渡り、日本には6年ほど滞在
していたようで、この2人にとっては最も幸せな家
庭生活を送っていた時の様です。
しかし2人は生き方の違いに悩み離婚を決意しま
したその時、友人たちの援助もあり、ついにレスト
ランを開くことを決心して、1943年3月、錦江川菜
館がいまの寧海西路にOPENしたのでした。
レストランはその周到なサービスと味で瞬く間に
繁盛して、政治家から芸能人まで多くの客が訪
れたと言われて言います。 -
しかし、上海は情勢がますます悪化し、董竹君は
フィリッピンへ脱出します、異国の地で「錦江」
の分店を作る予定もしていました、しかし太平洋
戦争が勃発し、それどころではなくなりマニラで
細々と商売をしながら、上海へもどって錦江飯店
を復活させるチャンスを探していました。
そして日本の赤十字の船にのって上海に帰還する
ことに成功しました。
戦後、上海が解放されると、上海市政府は貴賓など
を招待するホテルを急きょ作る必要があり、その準
備を進めていました。
そんな時、当時の副市長の潘漢年と上海市公安局長
の楊帆が董竹君を推薦し、1951年ついに董竹君の錦
江川菜館とその系列の錦江茶室が、いまの錦江飯店
の建物である華懋公寓に入り、董竹君は董事長兼総
経理となり、ここに錦江飯店が出来たのです。 -
董竹君は,「文化大革命」のときに迫害を受けるなど
、一時錦江飯店を追い出されていますが、1990年に
は錦江飯店の高級顧問として迎え入れられています。
その後、董竹君は1998年に北京で死去しました、し
かし彼女の残した「錦江」の名前と、そのホテルは
今も多くの利用者でにぎわっています。
錦江飯店の後ろには円形の「新錦江飯店」がそびえ
ています、80年代末に建築されたこのホテル、今で
こそ珍しく有りませんが、カーテンウオールのビルが
人目を引き、さらに最上階の42階の円筒形のビュッ
フェのバイキングが注目を集めたそうです。
この様にー代で上海でも有数のホテルを、立ち上げ
た女性が居る事は、中国女性の強さを知るには、良
い話しでした。 -
次のホテルは錦江飯店から歩いても、15分で着く
程近くにあるホテル「衡山馬勒別墅飯店(マーラー
・ビラ)」の紹介です。
昔上海には馬好きの西洋人が多くやって来ました、
当時上海は「カバン一つでやってきた冒険家たち
の楽園」とも言われて居ました。
-
1919年、英国籍ユダヤ人のエリック・マーラーがそんな
上海に上陸しました、マーラーはその当時まだ定職も無
く「ごろつき」といわれても仕方が無い生活で、馬や博打
に明け暮れる日々でした。
とにかく馬が大好きだったマーラーは、日々競馬で稼い
だ金で生活を営んでいたと言われて居ます。 -
ある日、マーラーはアラビア馬を購入しました、運が
彼に味方したのかこの馬は連勝を続けて、ついに上
海の競馬史に記録が残る最多連勝記録をマークし、
マーラーの賞金は見る見る増えて行きました。
彼は数年の間で上海鐘総会の会員になり、さらに
は総会の董事の役職にまで就くように成りました。 -
そして彼は馬で稼いだお金で、今度は船が大好き
だったマーラーは、船に関係ある事業で財を蓄え
て行きます。
これらの会社では、造船のほかにも船の修理、貿
易や海運なども手がけて行き、最盛期には17籍の
船を擁し、上海で最も大きな私企業の一つでした、
この会社は今でも、滬東造船廠として営業して居
ます。 -
この馬が彼に財を築かせたアラビア馬です、彼はこの
馬の銅像を邸宅に作り死後も、思いを寄せて居たそう
です。
この彼が建てた私邸が衡山馬勒別墅飯店(マーラー
・ビラ)なのです。 -
馬勒別墅は北欧の建築様式で、凹凸の変化にとんだ
豊かな表情を持つて居ます。
海運を営んでいたマーラーだけあって、建物全体は
彼の大好きだった船をイメージして作られて居ます
そして内装にも、船をモチーフにしたデザインが取
り入れられて居ます。 -
しかし老朽化が著しい馬勒別墅は、2001年1月にマ
ーラー時代の当時の面影を忠実に再現して1年余り
の時間をかけて徹底的な復元作業が行われ、現在
はホテルとして使われて居ます、それが現在の衡
山グループの経営の馬勒墅飯店と言う事です。
マーラーの中国名は馬勒で馬との繋がりが有る名前
でしたね〜。(マジ) -
この建物は一般の上海人にとってはずっと神秘的で
秘密のベールに包まれていました、マーラー一家が
この中で贅沢な暮らしをしていたなど知る由も有り
ません。
しかしここにも戦争の影が忍び寄って来ます、マー
ラーはユダヤ人です、その ため間もなくこの建物を
後にする事に成ります。
1941年太平洋戦争が勃発し、旧日本軍が上海にや
って来て、旧日本軍人のクラブとなります、その後は
国民党の特務機関駐屯地となり、中華人民共和国が
成立後は、市政府系の機関が入るなど転々として行
きました。 -
当時私企業で上海でー番大きな会社を経営して居た
マーラーは、同じイギリス系のユダヤ人でこの上海
を牛耳って居た、Sassoonー族と同じ様な運命を歩む
事に成るのです。 -
この写真の馬と遊ぶ少女がマーラーの娘です、−説
ではこの娘が夢で見た建物を、マーラーが忠実に絵
に描かせて、出来た建物がこのホテルだそうです。
実に3年もの歳月を掛けてプロの設計家に図面を書
かせて建築に7年間掛けたそうです。(汗) -
道理で色々な建築様式が、入り乱れ到底プロが書
いたデザインには思えませんでした。
この童話の世界に入り込んだような建物は、6つの
建物が集まったような形になっていて、非常に複雑
な構造です。
大金持ちが自分の趣味でお金に糸目を着けずに建
てた、建築物で建築学的には、何の価値も無い物だ
と思います。
しかしこの設計家は3年間も、随分美味しい仕事を
したみたいですね。(マジ) -
まあ馬で儲けた泡銭なので、こう言う贅沢も
有りかと思いますが、ちゃんと最後は帳尻が
合う様に出来て居るのですね。
ユダヤ人は金儲けは上手いですが、上海で儲
けたお金は、戦争で消えて仕舞い外国に逃げ
るしかなかったのは、皆同じでしたね。 -
現在でもユダヤ人達の残したビルやホテルは
バンドの他にも沢山現存して居ます、中国は
タダでこの建築物を頂いて居ますが、その維
持管理が上手く行って無いようです。 -
この中世のデズニーランドの様な北欧建築の
マーラー・ビラが日本人に人気が有り、最近
多くの宿泊客が居ると聞き、複雑な気持ちに
成りました。
管理を任されて居る中国人の支配人も、まる
で自分達が建てたホテルだと、自慢げに話し
て居るのを聞き、驚きを隠せませんでした。(マジ) -
ホテルの見学を終えて南京東路に戻って来ました。
B級グルメの探索で〜す中国でも中華のファースト
フードの店が出来て居て、庶民の味方です。
この永和大王は、上海の色々な繁華街にお店を出し
て居ます、もちろんメニューは中華のみです。 -
同じフードコートにはBURGER KINGも有ります
がー品の値段が高く、人気はイマイチでした。 -
真功夫も中華専門のファーストフード店です
セットメニューが多くて、割安感が有り人気
の様です。 -
有名中華料理店の半分以下の料金で食べれる
ので、若者を中心に賑わって居ます。 -
矢張り世界中で人気の有るファーストフード
のマックも中国でも大人気で、料金が高い割
には、いつも混雑して居ます。
料金は日本の約半額位ですが、中国人の収入
から考えたら、高級レストラン並みの値段の
様です。 -
マックの従業員教育は世界中で、高い水準
ですが、中国は少し違う様です。 -
ヤル気の無いオバサンがマックの黒い帽子
を被りウロウロして居ます、勿論笑顔は何
処にも有りません。
中国人には人にサービスすると言う観念が
、マジ欠落して居るのかも知れません。 -
他にも未だ、B級中国料理のチェーン店が有る
ので探して見ます。
でも雨が本降りに成って来ました〜。(涙) -
流石に南京東路も雨では、観光客の姿が
有りません。
歩行者天国もガラガラで〜す。 -
この電気式の観光電車は雨でもOKですので移動
には便利な乗り物です。
この観光電車は、南京東路の歩行者天国を端から
端まで乗っても、たったの2元です。(祝) -
上海ーの観光地も、矢張り雨には敵いません。
しかしデパートは雨宿りのお客でー杯でした。 -
今回初めて街中で公安の車を見ました、関わり
たく無い輩ですね〜。 -
突然バケツをひっくり返した様な、土砂降りの
雨が降り出し、前が見え無く成りました。
直ぐに排水溝が溢れ道が川に成って来て居ます。
まるでタイの雨季の時期の雨と同じで、強烈な
降り方をします。 -
偶然目の前に日本のカレーのチェーン店のお店
が有り、喜んで飛び込みました〜。(笑)
私はこのカレー屋とは付き合いが長く、新宿の
1号店からの25年近い付き合いです。
中国に進出してるとは知りませんでした〜。(祝) -
日本に帰国した時も、時々新宿でカレーを食
べて居ます。
メニューを見ると値段は日本と変わらず、回
りを見ると、駐在の人が大勢座って居ました。 -
メニューの1番人気と書いて有る、カツカレー
を頼みましたが、ご飯の量とカレーの辛さのオ
ーダーを聞かれ、戸惑いました。
ご飯は普通で300gも有り、量を減らすと値
段が安く成る仕組みです。
カレーの辛さも3倍までなら、料金が変わらず
OKでした、でもご飯の普通盛りで十分日本の
大盛り以上有りました、中国人バージョンの量
なのですね!。(マジ)
カレーもカツもとても美味しく、満足しました。
余談ですが大リーグのイチロー選手はお昼に
は必ず毎日奥さんの作る、大好物のカレーを、
食べ続けて居るそうです。(マジ) -
雨が小降りに成り、ホテルに帰る事にします。
今日も明日に備えてフットマッサージを受けて
休みます。(笑) -
夕食は気に成って居た、日本料理の味千
ラーメンに行って仕舞いました〜。(笑)
今日は3食も日本食を食べて仕舞い、特選
15選の上海料理探求はとても無理な様な
感じで〜す。(号泣) -
初めて食べる味千ラーメンですので、慌て
て食べて仕舞い、写真を撮り忘れました〜、
スミマセ〜ン。(笑)
トンコツのスープがとても美味しいラーメ
ンでした、ウドンにも支店が出来ないかな!。(マジ)
上海は、中華料理だけで無く、色々な国の料
理が食べれて良いですね〜流石に大都市です。
お客も殆ど中国人で、日本と変わらない値段
でも大勢食べに来て居ます、中国人は食に関
しては貪欲ですね!、(マジ)
(終)
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この旅行記へのコメント (13)
-
- Rikkoさん 2011/06/25 22:33:17
- クラシックホテル
- JOSANさん、こんばんは〜。
上海ストップオーバーの旅は超大作ですね!
写真の量も凄いのでしょうね〜。
建築の知識は全くないので、JOSANさんのコメントを見てると
「へぇ〜」って連発しています(笑
ゴシックとかバロック様式はコテコテな感じのする建築ですか?
ヨーロッパ旅行で目にするような豪華絢爛な建築は大好きです。
ただの無知な派手好きですが…(笑
一日三食を日本食!攻めてますね〜(笑
上海B級グルメの紹介おねがいしま〜す!
Rikko
- josanさん からの返信 2011/06/26 09:54:13
- RE: クラシックホテル
- > JOSANさん、こんばんは〜。
オハヨーRikkoさん。
> 上海ストップオーバーの旅は超大作ですね!
> 写真の量も凄いのでしょうね〜。
今回は今まででー番多く見学してい居るので、写真もコメントも
多くなり、大変でーす。(汗)
> 建築の知識は全くないので、JOSANさんのコメントを見てると
> 「へぇ〜」って連発しています(笑
> ゴシックとかバロック様式はコテコテな感じのする建築ですか?
> ヨーロッパ旅行で目にするような豪華絢爛な建築は大好きです。
> ただの無知な派手好きですが…(笑
私がー般の人より少し詳しいのは、建築関係だけですので、今回は
コメントも多く成りました。
偏った観光ばかりでスミマセン、もっと普通の観光地に行くべきでした
が、時間が無くて買い物もせずスミマセンでしたー。(汗)
> 一日三食を日本食!攻めてますね〜(笑
> 上海B級グルメの紹介おねがいしま〜す!
上海は日本食が多くて、誘惑に勝てませんでしたダメな人間でーす。(笑)
Rikkoさん、今回は殆どC級グルメばかりで、予算が無くてスミマセンでした。(マジ)
グルメ特集は次回の「ストップオーバーの旅?」でこう御期待でーす。(マジ)
ウドンの田んぼよりJOSAN。
-
- 井上@打浦橋@上海さん 2011/06/23 04:40:01
- Sassoon &董竹君 &マーラー
- JOSANさん、どうも。
錦江飯店は、北楼より中楼のほうが格上と言われています。
何故、中楼を見学しなかったんですか・・・
まあ、それはおいといて、
Sassoonのことも、董竹君のことも、マーラーのことも、
よく勉強していますね。
董竹君のことは、私、本を読んでいますので良く知っていますし、
また、Sassonnのことは、イロイロのサイトで見て知ってるわけですが、
マーラーのことは、ほとんど知りませんでした。
競馬と、娘の夢の話くらいしか知りませんでした。
まあ、上海はユダヤ人抜きでは語れない都市ということですね。
Sassoonは南米に移り住んでから、
イギリスダービー馬のオーナーに4回なっています。
イギリスでは、一国の宰相になるよりダービー馬のオーナーになるほうが
名誉なことだ、なんて言われてるとか・・・Sassoonは凄いですね。
しかし、まあ、JOSANさん、凄いですよ・・・
馬勒別墅飯店でも、中に入って、イロイロ見学して、関係者からもシッカリ話を聞いてきたんですから。
私には出来ません・・・いや、拒否されてしまうかも・・・
JOSANさんは夏物の上着を羽織っていたということもあるんでしょうが、
紳士然としていて、英語も堪能、というのが、それが出来たということなんでしょうね。
うまやらしいです・・・あっ!間違えた、うらやましいです。
私なんか怪しげなおっちゃんですし、英検2級持ってるのに
英語はサッパリですから・・。
ところで、中国は、初めてでしたっけ・・・
そんなことないですよね、もう、何度も来られてるんでしょう・・・?
- josanさん からの返信 2011/06/23 06:15:12
- RE: Sassoon &董竹君 &マーラー
- > JOSANさん、どうも。
オハヨ〜上海の師匠。
> 錦江飯店は、北楼より中楼のほうが格上と言われています。
> 何故、中楼を見学しなかったんですか・・・
> まあ、それはおいといて、
私の調べたサイトでは北楼のエピソードが面白そうだったのです
そして中楼は、余り資料が有りませんでした〜。(涙)
> Sassoonのことも、董竹君のことも、マーラーのことも、
> よく勉強していますね。
すべて文献からの引用で、現実の建物を見ると、また違う印象が
湧いて来て面白い旅でした。(マジ)
> 董竹君のことは、私、本を読んでいますので良く知っていますし、
> また、Sassonnのことは、イロイロのサイトで見て知ってるわけですが、
> マーラーのことは、ほとんど知りませんでした。
> 競馬と、娘の夢の話くらいしか知りませんでした。
マーラーに関しても、文献によりまるで違う人物の様に、書かれて
居たので、現物の建物を見るまで、どちらの方が事実の話なのか悩
みました。(笑)
> まあ、上海はユダヤ人抜きでは語れない都市ということですね。
> Sassoonは南米に移り住んでから、
> イギリスダービー馬のオーナーに4回なっています。
> イギリスでは、一国の宰相になるよりダービー馬のオーナーになるほうが
> 名誉なことだ、なんて言われてるとか・・・Sassoonは凄いですね。
Sassoonは中国在住時代しか調べて居ないので、良い話を聞きました、
どちらにせよユダヤ人はしぶとい人達ですね、世界中で富を集め、高級
貴金属品や情報社会を牛耳って居ます、あのアメリカでさえ、ユダヤ系
の人達の国の様です。(マジ)
> しかし、まあ、JOSANさん、凄いですよ・・・
> 馬勒別墅飯店でも、中に入って、イロイロ見学して、関係者からもシッカリ話を聞いてきたんですから。
> 私には出来ません・・・いや、拒否されてしまうかも・・・
> JOSANさんは夏物の上着を羽織っていたということもあるんでしょうが、
> 紳士然としていて、英語も堪能、というのが、それが出来たということなんでしょうね。
> うまやらしいです・・・あっ!間違えた、うらやましいです。
> 私なんか怪しげなおっちゃんですし、英検2級持ってるのに
> 英語はサッパリですから・・。
私はマーラー邸でも何処でも先ずホテルのパンフを貰い、次回は泊ま
りたいと伝えて、ホテルを褒めながらマネージャーに、それと無く話
を聞き出します、少し反則ですが、対応が違いますよ〜。(笑)
勿論服装も重要ですね、何処にも見学目的だけの人達が居ましたが、
服装を見られて体よく追い払われて居ました、様は私が図々しいだ
けで〜す。(大笑)
英語も普段タイのファラン(白人)の友達とブロウクンな英語で話し
て居ますが、私程度の英語ではマジ英語圏に行くと良く通じません。(号泣)
> ところで、中国は、初めてでしたっけ・・・
> そんなことないですよね、もう、何度も来られてるんでしょう・・・?
そうですね上海は資料を調べて居るだけで、もう10回位行った気分に
成りましたが、現地を訪れたのは今回が初めてで〜す。(マジ)
マジで師匠の上海の知識の1000分の1も私には有りません、多分日
本人では師匠に上海の事で敵う人は居ないでしょう、私もタイのウドン
の事では、普通の日本人には負けない心算です。(大笑)
師匠、初めての上海、そして中国本土と中国人とても刺激的でした、矢張
り私にとって、上海は魔都その物でした!。(笑)
ウドンよりJOSAN。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2011/06/23 07:56:27
- RE: Sassoon &董竹君 &マーラー
- JOSANさん、どうも。
錦江飯店中楼はニクソンや田中角栄が泊まったとか。
そして、毛沢東は錦江倶楽部(今の花園飯店の前にある建物)
に泊まっていた、
毛沢東はこの2つの建物を地下で繋ぐトンネルを通って、
相手に会いに行ったそうです。
もしかすると、逆かもしれません。
相手側が、毛沢東のところに行ったのかも・・。
現在でもVIPは、北楼でなく、中楼らしいですね。
>私はマーラー邸でも何処でも先ずホテルのパンフを貰い、次回は泊ま
>りたいと伝えて、ホテルを褒めながらマネージャーに、それと無く話
>を聞き出します、少し反則ですが、対応が違いますよ〜。(笑)
うまい!!
相当やり慣れているようで・・・
私は、姿かたちがね・・・
いや、5月になると、もう、短パンにサンダルで、
10月中旬まで、そんな感じですから・・・
スグ、追い払われます。
そうか、上海初めてだったんですか・・・
いや、そんなこと、聞いていた記憶あったので、
お聞きしたんですが。
それにしては、ホント、
確かに、もう10回以上来てる位に、
上海を取り込んでいますので驚いてしまいます。
そして、シッカリ、中国人のなんたるかも、
初めてでありながら、また、わずかな期間で、
つかんでしまっている・・・
「おぬし、やるな」と言いたくなってしまいます。
-
- ginさん 2011/06/22 01:08:21
- JOSAN ha monoshiri desune.
- JOSAN no setsumei no kime no komasa ni datsubou desu.
sasuga ni kenchikubutsu to tabemono no kotowa yokushitte imasune.
Gin.
- josanさん からの返信 2011/06/22 14:55:53
- RE: JOSAN ha monoshiri desune.
- > JOSAN no setsumei no kime no komasa ni datsubou desu.
> sasuga ni kenchikubutsu to tabemono no kotowa yokushitte imasune.
> Gin.
今日は〜GINさん、調子は如何ですか〜、タイと気候が違い涼し
い様ですね。
GINさんはそちらで懐かしい友達や家族と逢い、話が盛り上がっ
て居るでしょうね。(祝)
嶋さんが欧州を旅する様ですね〜、私も旅をしたく成りました〜。(マジ)
ウドンよりJOSAN。
-
- ビルさん 2011/06/18 15:56:05
- Josanさん、こんにちは。
- 上海、なかなか良い所みたいですね。
旅上手なJosanさんが紹介するからでしょうか、行ってみたく
なりました。建物などの蘊蓄も豊富で羨ましいです。
続きも楽しみにしています。
KAJIさんがチェンマイにアパートを借りて本格的なロングステ
イをはじめました。
ブログを更新してるので、お暇な時にご覧下さい。
タイ生活の心得などアドバイスしてあげていただければ幸いです。
ビル
- josanさん からの返信 2011/06/18 18:49:03
- RE: Josanさん、こんにちは。
- > 上海、なかなか良い所みたいですね。
今日は〜ビルさん。
> 旅上手なJosanさんが紹介するからでしょうか、行ってみたく
> なりました。建物などの蘊蓄も豊富で羨ましいです。
> 続きも楽しみにしています。
上海は中々刺激的で面白い街でした、これで煩い中国人が居なけ
ればベストの国でした。(大笑)
> KAJIさんがチェンマイにアパートを借りて本格的なロングステ
> イをはじめました。
>
> ブログを更新してるので、お暇な時にご覧下さい。
> タイ生活の心得などアドバイスしてあげていただければ幸いです。
>
> ビル
そうですか遂にKajiさんロングステイ始めましたか、ビルさんは如何
なさるんですか?、チエンマイには来られないのですか?。
ウドンよりJOSAN。
- ビルさん からの返信 2011/06/19 17:06:25
- こんにちは。
- >そうですか遂にKajiさんロングステイ始めましたか、ビルさんは如何
>なさるんですか?、チエンマイには来られないのですか?。
実は、Josanさんに初めてメールした時には、今頃はKAJIさんと一緒に
チェンマイ移住している予定だったのですが、ちょっと家庭の事情で…。
Kajiさんは今年から年金暮らしの優雅なご身分なのですが、こちらは
年金がもらえるまで、まだあと7年もあるのですが、子供も大学を卒業
する年だし、ま、なんとか貯金を食いつぶしてセミリタイヤと思ってい
た訳です。ところが…。
上の娘が去年大学を卒業したのですが以前からブロードウェイのミュー
ジカルに憧れてて就職せずにニューヨークでレッスンを受けてたんです。
で、去年の10月に目出たく(涙)ブロードウェイのオーディションに受
かってデビューしちゃったワケです。しかも、偶然にもワールドツアー
で日本公演が初舞台というオマケ付きでした。僕の母親も東京公演を観
て感激してました。
と、ここまで書いて自慢話みたいですね。すみません。自慢です。(謝)
おかげさまで自分のチェンマイ行きが遠のきました。それと言うのも
ブロードウェイデビューと言っても主役でもないし、ギャランティーも
ニューヨークの高い家賃や物価を考えたら決して自立できる額でもなく、
今後も仕送りを続けなくてはいけなくたったわけです…。(涙、涙)
ま、親バカですからこれでいいんです。
Josanさん、女の子はお金がかかりますよ〜。(脅し)
ビル
- josanさん からの返信 2011/06/19 17:28:20
- RE: こんにちは。
- > >そうですか遂にKajiさんロングステイ始めましたか、ビルさんは如何
> >なさるんですか?、チエンマイには来られないのですか?。
>
> 実は、Josanさんに初めてメールした時には、今頃はKAJIさんと一緒に
> チェンマイ移住している予定だったのですが、ちょっと家庭の事情で…。
>
> Kajiさんは今年から年金暮らしの優雅なご身分なのですが、こちらは
> 年金がもらえるまで、まだあと7年もあるのですが、子供も大学を卒業
> する年だし、ま、なんとか貯金を食いつぶしてセミリタイヤと思ってい
> た訳です。ところが…。
>
> 上の娘が去年大学を卒業したのですが以前からブロードウェイのミュー
> ジカルに憧れてて就職せずにニューヨークでレッスンを受けてたんです。
>
> で、去年の10月に目出たく(涙)ブロードウェイのオーディションに受
> かってデビューしちゃったワケです。しかも、偶然にもワールドツアー
> で日本公演が初舞台というオマケ付きでした。僕の母親も東京公演を観
> て感激してました。
>
> と、ここまで書いて自慢話みたいですね。すみません。自慢です。(謝)
今日は〜ビルさん、オメデトウ これは十分自慢して良い話ですね〜、
私ならばマジ空を飛んで居ま〜す。(大笑)
> おかげさまで自分のチェンマイ行きが遠のきました。それと言うのも
> ブロードウェイデビューと言っても主役でもないし、ギャランティーも
> ニューヨークの高い家賃や物価を考えたら決して自立できる額でもなく、
> 今後も仕送りを続けなくてはいけなくたったわけです…。(涙、涙)
> ま、親バカですからこれでいいんです。
>
> Josanさん、女の子はお金がかかりますよ〜。(脅し)
大丈夫ですビルさん、タイは何でも日本の10分の1で出来るので陽子の
教育も心配有りません、末はドクターか弁護士で〜す。(爆笑)
ウドンよりJOSAN。
-
- アカネさん 2011/06/15 22:43:46
- 充実のストップオーバーですね♪
- josanさん、こんばんは〜!
続々と旅行記が出来ていますね〜♪
クラシックホテル、素敵ですね!
建築に詳しいjosanさんの解説付きで、楽しく読ませてもらっています!
いつも安いホテルばかりに泊まるので、いつか素敵なクラシックホテルに泊まってみたくなりました〜。
みなさん、言われていますが夜景も綺麗に撮れていますね☆
B級グルメもいいですね!
生煎、美味しそうです♪
焼き小龍包のような感じでしょうか??
今回の旅行記は、見覚えがある食べ物ばかりですね〜。
カレーが食べたくなりました(笑)
また続きも楽しみにしています♪
アカネ
- josanさん からの返信 2011/06/15 23:11:28
- RE: 充実のストップオーバーですね♪
- > josanさん、こんばんは〜!
今晩は〜アカネさん。
> 続々と旅行記が出来ていますね〜♪
> クラシックホテル、素敵ですね!
> 建築に詳しいjosanさんの解説付きで、楽しく読ませてもらっています!
> いつも安いホテルばかりに泊まるので、いつか素敵なクラシックホテルに泊まってみたくなりました〜。
> みなさん、言われていますが夜景も綺麗に撮れていますね☆
不精ですのでメモを取らないので、早く旅行記UPしないと忘れちゃうん
ですよ〜。(笑)
私が唯一人より詳しいのは、昔の仕事関係だけですので、今回は珍しく
文章が多く成りました〜。(笑)
写真はバカチョンカメラですので、カメラ任せで、お恥ずかしい限りで〜す。(汗)
> B級グルメもいいですね!
> 生煎、美味しそうです♪
> 焼き小龍包のような感じでしょうか??
>
> 今回の旅行記は、見覚えがある食べ物ばかりですね〜。
> カレーが食べたくなりました(笑)
いつも予算が少ないのでB〜Cグルメ専門でスミマセ〜ン。(涙)
アカネさん、生煎美味しかったですよ〜、回りの皮が少し厚い位で
焼き小龍包のような感じでした、また食べたいですね〜。(笑)
最後にカレーとか色々、我慢できず食べて仕舞いました〜、タイに
帰ると日本食は、6ヶ月はお預けですので。(大笑)
> また続きも楽しみにしています♪
>
> アカネ
アカネさん、中国の上海は思いの他大都会でしたね〜。(マジ)
ウドンよりJOSAN。
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