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生田緑地へ、バラと、岡本太郎美術館と、欲張って日本民家園にも行く。<br />生田緑地は、多摩丘陵の大規模な自然林で緑の宝庫であり、また多くの施設がある。<br /><br />最初にばら苑に行く。<br />これは次の旅行記に掲載しました。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10570206/<br /><br />次に、同じ生田緑地にある岡本太郎美術館に行くが、思ったより遠く、また山道のアップダウンを、15分くらい歩く。 先日、国立近代美術館で見たばかりだったが、生誕100年で特別展もやっていて良かった。中学生の団体が来ていて、すこしうるさかったが・・・ <br />最近の若者にも岡本太郎が受け入れられているのがよく分かる。 <br /><br />最後に、民家園まで訪れる。ここも、数十年ぶりか、昔より、展示の古い民家の数が増えているような?? <br />最近は、各地にこうした民家を保存しているので、新鮮味は無いが、25軒もの数には感心した。よくも、各地から集めたものだ。どうやって移築するのかいつも感心する。 また、ボランティアの人たちで、よく整備されてガイドもしてくれる。<br /><br />秋にまた来よう <br />

生田緑地 岡本太郎美術館、日本民家園

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2011/05/27 - 2011/05/27

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TAKEおじ

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生田緑地へ、バラと、岡本太郎美術館と、欲張って日本民家園にも行く。
生田緑地は、多摩丘陵の大規模な自然林で緑の宝庫であり、また多くの施設がある。

最初にばら苑に行く。
これは次の旅行記に掲載しました。
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10570206/

次に、同じ生田緑地にある岡本太郎美術館に行くが、思ったより遠く、また山道のアップダウンを、15分くらい歩く。 先日、国立近代美術館で見たばかりだったが、生誕100年で特別展もやっていて良かった。中学生の団体が来ていて、すこしうるさかったが・・・
最近の若者にも岡本太郎が受け入れられているのがよく分かる。

最後に、民家園まで訪れる。ここも、数十年ぶりか、昔より、展示の古い民家の数が増えているような??
最近は、各地にこうした民家を保存しているので、新鮮味は無いが、25軒もの数には感心した。よくも、各地から集めたものだ。どうやって移築するのかいつも感心する。 また、ボランティアの人たちで、よく整備されてガイドもしてくれる。

秋にまた来よう

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車

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  • ばら苑から岡本太郎美術館へ<br /><br />ばら園から、生田緑地丘陵地を通って岡本太郎美術館へ行く。丘陵地は、思ったより深い林の中を下っていく。この生田緑地の丘陵地には、自然の花々以外にも、岡本太郎美術館、日本民家園とさらに枡形展望台、青少年科学館、伝統工芸館などがある。<br />

    ばら苑から岡本太郎美術館へ

    ばら園から、生田緑地丘陵地を通って岡本太郎美術館へ行く。丘陵地は、思ったより深い林の中を下っていく。この生田緑地の丘陵地には、自然の花々以外にも、岡本太郎美術館、日本民家園とさらに枡形展望台、青少年科学館、伝統工芸館などがある。

  • この先が岡本太郎美術館<br /><br />ばら苑からは、ゆっくり歩いて20分。<br />今年の9月には「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」も開館になるというので、生田緑地は川崎の一大オアシスになる。

    この先が岡本太郎美術館

    ばら苑からは、ゆっくり歩いて20分。
    今年の9月には「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」も開館になるというので、生田緑地は川崎の一大オアシスになる。

  • 急な階段を上がっていく<br /><br />階段の右側には水が流れている。アプローチから期待を抱かせる。

    急な階段を上がっていく

    階段の右側には水が流れている。アプローチから期待を抱かせる。

  • 岡本太郎美術館全景<br /><br />「母の塔」が遠くに見える。<br />岡本太郎美術館は、1999年に開館、岡本太郎の生前には間に合わなかった(1996年逝去)。岡本太郎は川崎市高津区の生まれで、川崎市にはいろいろな場所に作品が展示されている。<br /><br />六本木には岡本太郎記念館がある。こちらも面白い。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10526570/

    岡本太郎美術館全景

    「母の塔」が遠くに見える。
    岡本太郎美術館は、1999年に開館、岡本太郎の生前には間に合わなかった(1996年逝去)。岡本太郎は川崎市高津区の生まれで、川崎市にはいろいろな場所に作品が展示されている。

    六本木には岡本太郎記念館がある。こちらも面白い。
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10526570/

  • 樹齢<br /><br />美術館の池には、太郎の作品が。<br />1970年の大阪万博テーマ館「太陽の塔」の地下展示室に展示されていた作品。自然に対する畏れと祈りといった人間の初原的かつ根源的な感情を具現化した神像としてつくられた。

    樹齢

    美術館の池には、太郎の作品が。
    1970年の大阪万博テーマ館「太陽の塔」の地下展示室に展示されていた作品。自然に対する畏れと祈りといった人間の初原的かつ根源的な感情を具現化した神像としてつくられた。

  • 母の塔<br /><br />これが、美術館のシンボルタワーで1971年に原型が作られた。大地に深く根ざした巨木のたくましさとふくよかな母のやさしさ、天空に向かって燃えさかる永遠の生命をテーマとした。

    母の塔

    これが、美術館のシンボルタワーで1971年に原型が作られた。大地に深く根ざした巨木のたくましさとふくよかな母のやさしさ、天空に向かって燃えさかる永遠の生命をテーマとした。

  • 美術館のシンボルタワー<br /><br />7本の足をもつふくよかな塔。<br />

    美術館のシンボルタワー

    7本の足をもつふくよかな塔。

  • 立派な母の足だ。

    立派な母の足だ。

  • 母に抱かれて<br /><br />躍動する子供達。両腕を伸ばして元気に・・・<br />

    母に抱かれて

    躍動する子供達。両腕を伸ばして元気に・・・

  • 裏側にも<br /><br />躍動する人が。

    裏側にも

    躍動する人が。

  • 生誕100年 「人間・岡本太郎」展<br /><br />岡本太郎美術館では、通常の展示に生誕100年の企画展も開かれていた。<br />展覧会は、前期・後期の2期に分かれていた。<br /> <br />前期:2011年4月16日(土)〜7月3日(日)<br />岡本太郎と実際に会い、活動をともにした人たちを中心<br />後期:2011年7月7日(木)〜9月25日(日) <br />岡本太郎の影響を受け、岡本太郎の精神を継承する人たちを中心<br /><br />通常展もあわせて、数多くの太郎の作品に触れ、岡本太郎ワールドに十分浸ることが出来た。<br />館内は、中学生の団体なども来ており、岡本太郎が近年若い人にも受け入れられているのが良く分かった。

    生誕100年 「人間・岡本太郎」展

    岡本太郎美術館では、通常の展示に生誕100年の企画展も開かれていた。
    展覧会は、前期・後期の2期に分かれていた。

    前期:2011年4月16日(土)〜7月3日(日)
    岡本太郎と実際に会い、活動をともにした人たちを中心
    後期:2011年7月7日(木)〜9月25日(日)
    岡本太郎の影響を受け、岡本太郎の精神を継承する人たちを中心

    通常展もあわせて、数多くの太郎の作品に触れ、岡本太郎ワールドに十分浸ることが出来た。
    館内は、中学生の団体なども来ており、岡本太郎が近年若い人にも受け入れられているのが良く分かった。

  • 壁のレリーフは<br /><br />左は東京オリンピック記念レリーフ(1964年)<br />右はシュナイダー記念碑

    壁のレリーフは

    左は東京オリンピック記念レリーフ(1964年)
    右はシュナイダー記念碑

  • ミュージアムショップで<br /><br />太陽の塔を買った。<br />71年大阪万博で見たのが懐かしい。

    ミュージアムショップで

    太陽の塔を買った。
    71年大阪万博で見たのが懐かしい。

  • 館の上から覗いた<br /><br />なんの彫像?<br />館内から見たのだけど・・・

    館の上から覗いた

    なんの彫像?
    館内から見たのだけど・・・

  • 岡本太郎に会える場所 「こどもの樹」<br /><br />岡本太郎の作品は、美術館で無くても見ることが出来る。<br />東京、神奈川で見かけた作品。<br /><br />これは、青山「こどもの城」の前にある作品「こどもの樹」。こども一人一人の顔が表情豊かにいくつも飛び出している。<br />

    岡本太郎に会える場所 「こどもの樹」

    岡本太郎の作品は、美術館で無くても見ることが出来る。
    東京、神奈川で見かけた作品。

    これは、青山「こどもの城」の前にある作品「こどもの樹」。こども一人一人の顔が表情豊かにいくつも飛び出している。

  • 岡本太郎記念館<br /><br />岡本太郎の住居・アトリエを公開している。ここでは、いくつも太郎の作品が見られる。<br />次の旅行記を参照下さい。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10526570/

    岡本太郎記念館

    岡本太郎の住居・アトリエを公開している。ここでは、いくつも太郎の作品が見られる。
    次の旅行記を参照下さい。
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10526570/

  • 明日の神話<br /><br />渋谷の京王井の頭線の通路にある。メキシコのホテルの壁画の予定だったが、ホテルは開業せずに行方不明になっていた。2003年にメキシコで発見されて、2005年に戻ってきた。<br />縦5.5メートル、横30メートルの巨大な壁画である。原爆が炸裂する悲劇の瞬間を描いたものだが、原爆を乗り越えようとする意思が感じられる。

    明日の神話

    渋谷の京王井の頭線の通路にある。メキシコのホテルの壁画の予定だったが、ホテルは開業せずに行方不明になっていた。2003年にメキシコで発見されて、2005年に戻ってきた。
    縦5.5メートル、横30メートルの巨大な壁画である。原爆が炸裂する悲劇の瞬間を描いたものだが、原爆を乗り越えようとする意思が感じられる。

  • 汐留公開時の模様<br /><br />2006年に汐留に公開されたときは大きな話題になった。当時、見に行った時の写真が残っていた(携帯画像)。

    汐留公開時の模様

    2006年に汐留に公開されたときは大きな話題になった。当時、見に行った時の写真が残っていた(携帯画像)。

  • 空の散歩<br /><br />1962年東京の後楽園ボーリングセンターにあったのが、2004年にミューザ川崎の開館に伴い設置された。ミューザに行く度に見ていたが、ミューザは震災の損壊で復旧に2年はかかりそう。<br />

    空の散歩

    1962年東京の後楽園ボーリングセンターにあったのが、2004年にミューザ川崎の開館に伴い設置された。ミューザに行く度に見ていたが、ミューザは震災の損壊で復旧に2年はかかりそう。

  • 太陽 <br /><br />そごう横浜店の屋上、太陽の広場にある。<br />1985年のそごう横浜店開店記念で製作した。<br />太陽の顔が3面あり、いかにも太郎らしい作品。<br /><br />太陽の顔は上から<br /><br />朝の顔:朝のやさしさ<br />昼の顔:昼の力強さ<br />夜の顔:夜のおだやかさ

    太陽 

    そごう横浜店の屋上、太陽の広場にある。
    1985年のそごう横浜店開店記念で製作した。
    太陽の顔が3面あり、いかにも太郎らしい作品。

    太陽の顔は上から

    朝の顔:朝のやさしさ
    昼の顔:昼の力強さ
    夜の顔:夜のおだやかさ

  • 日本民家園へ 奥門から<br /><br />岡本太郎美術館の隣にある日本民家園に入る。<br />美術館に近い奥門から入ったが、これは正門から入るのと逆コースに成るので、順路が難しい。出来るならば、正門から入った方が良い。<br /><br />民家園は4つの村と宿場に分かれている。<br />4つの村は、信越、関東、神奈川、東北で、全部で20数軒ある。全部の写真は有るが、ここでは各エリアの代表を選んで紹介する。<br /><br />いずれも、ボランティアの人達で手入れもよく、数十年前に来たときのイメージとまったく変わっていた。しばし、田舎の風景に浸ることが出来る。

    日本民家園へ 奥門から

    岡本太郎美術館の隣にある日本民家園に入る。
    美術館に近い奥門から入ったが、これは正門から入るのと逆コースに成るので、順路が難しい。出来るならば、正門から入った方が良い。

    民家園は4つの村と宿場に分かれている。
    4つの村は、信越、関東、神奈川、東北で、全部で20数軒ある。全部の写真は有るが、ここでは各エリアの代表を選んで紹介する。

    いずれも、ボランティアの人達で手入れもよく、数十年前に来たときのイメージとまったく変わっていた。しばし、田舎の風景に浸ることが出来る。

  • 宿場 原家(本館)<br /><br />神奈川県川崎市中原区小杉陣屋街。<br />江戸時代の流れを汲む木造建築技術が、高度に発達した明治後半期の建物で、完成までに22年を費やした豪壮な二階民家。<br />本館にも成っており、1階に展示室があり、古民家について基本的な説明が展示されている。<br />正門から入るとここからスタートする。

    宿場 原家(本館)

    神奈川県川崎市中原区小杉陣屋街。
    江戸時代の流れを汲む木造建築技術が、高度に発達した明治後半期の建物で、完成までに22年を費やした豪壮な二階民家。
    本館にも成っており、1階に展示室があり、古民家について基本的な説明が展示されている。
    正門から入るとここからスタートする。

  • 信越の村 NO11 山下家<br /><br />飛騨白川の合掌造り。19世紀前期の家で、前は川崎の料亭で使われていたとか。白川郷で見た、合掌造りの家と全く同じだ、2階に生活用具など展示してある。<br />合掌造りの家は全部で4軒あり、白川以外の合掌造りも見られる。

    信越の村 NO11 山下家

    飛騨白川の合掌造り。19世紀前期の家で、前は川崎の料亭で使われていたとか。白川郷で見た、合掌造りの家と全く同じだ、2階に生活用具など展示してある。
    合掌造りの家は全部で4軒あり、白川以外の合掌造りも見られる。

  • 関東の村 NO14 太田家<br /><br />茨城県笠間市の分棟型民家(二棟の建物(床上部と土間部)が軒を接して寄り添っている)。大きな土間にウマヤが続いている。<br /><br />土間と縁側って、東京の家でも戦後暫くは有ったものだ。

    関東の村 NO14 太田家

    茨城県笠間市の分棟型民家(二棟の建物(床上部と土間部)が軒を接して寄り添っている)。大きな土間にウマヤが続いている。

    土間と縁側って、東京の家でも戦後暫くは有ったものだ。

  • 神奈川の村 NO15 北村家<br /><br />神奈川県秦野市の江戸初期。解体の際、発見された柱等の頂部のほぞの墨書から貞亨4年(1687)に建てられたことが判り、東日本の古民家の年代をきめるための目安になる貴重なものとなっている。格子窓、居間部分の押板や竹すのこ床など古い特色を残していながら極めて開放的な民家。<br />この日はボランティアによる床上公開中で、囲炉裏に火が入っていた。煙で燻すのも民家には必要だ。<br /><br />かつては、田舎に行けば何処の家には囲炉裏があった。天井も無く梁がむき出しだった。

    神奈川の村 NO15 北村家

    神奈川県秦野市の江戸初期。解体の際、発見された柱等の頂部のほぞの墨書から貞亨4年(1687)に建てられたことが判り、東日本の古民家の年代をきめるための目安になる貴重なものとなっている。格子窓、居間部分の押板や竹すのこ床など古い特色を残していながら極めて開放的な民家。
    この日はボランティアによる床上公開中で、囲炉裏に火が入っていた。煙で燻すのも民家には必要だ。

    かつては、田舎に行けば何処の家には囲炉裏があった。天井も無く梁がむき出しだった。

  • 東北の村 NO22 工藤家<br /><br />岩手県柴波郡紫波町、18世紀末ごろに建てられた曲屋。<br />曲屋とは、主屋に対してL型に曲がって、「うまや」になっている。このような家は、岩手県の大半を占める旧南部領に分布していて、古くから南部の曲家と呼ばれた。<br /><br />見学者の中には、熱心に家の造りを調べてレポートを書いている人たちがいた。どこかの大学の研究課題?だった様だ。

    東北の村 NO22 工藤家

    岩手県柴波郡紫波町、18世紀末ごろに建てられた曲屋。
    曲屋とは、主屋に対してL型に曲がって、「うまや」になっている。このような家は、岩手県の大半を占める旧南部領に分布していて、古くから南部の曲家と呼ばれた。

    見学者の中には、熱心に家の造りを調べてレポートを書いている人たちがいた。どこかの大学の研究課題?だった様だ。

  • その他 NO12 沖永良部(おきのえらぶ)島の高倉<br /><br />奄美群島沖永良部に有ったもので、19世紀中頃に建てられた。<br />太い4本柱の上部に穀物を収納する場所を設け、ネズミ等の侵入を防ぐようにしている。地面から床上まで2,4mあり、梯子で出入りする。<br />面白い倉だ。

    その他 NO12 沖永良部(おきのえらぶ)島の高倉

    奄美群島沖永良部に有ったもので、19世紀中頃に建てられた。
    太い4本柱の上部に穀物を収納する場所を設け、ネズミ等の侵入を防ぐようにしている。地面から床上まで2,4mあり、梯子で出入りする。
    面白い倉だ。

  • その他 NO22 船越の舞台<br /><br />志摩半島の漁村で、歌舞伎芝居などの舞台、安政4年(1857)。<br />正面に花道、両端に出語り、直径18尺(5.45m)の回り舞台がある。回り舞台を回転させる装置も奈落にあり、本格的で驚く。<br />

    その他 NO22 船越の舞台

    志摩半島の漁村で、歌舞伎芝居などの舞台、安政4年(1857)。
    正面に花道、両端に出語り、直径18尺(5.45m)の回り舞台がある。回り舞台を回転させる装置も奈落にあり、本格的で驚く。

  • 伝統工芸館<br /><br />藍ガメを備え、ハンカチ染め、持込染色など体験できる。講習会もある。<br /><br />これで、生田緑地の散歩は終わり。<br />生田緑地は、ばら苑、岡本太郎美術館、日本民家園と観たが、この他にもプラネタリウムのある青少年科学館、枡形展望台や建設中の「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」等があり、もう一度来て見たいと思った。<br /><br />この旅行記は以下の続きです。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10570206/

    伝統工芸館

    藍ガメを備え、ハンカチ染め、持込染色など体験できる。講習会もある。

    これで、生田緑地の散歩は終わり。
    生田緑地は、ばら苑、岡本太郎美術館、日本民家園と観たが、この他にもプラネタリウムのある青少年科学館、枡形展望台や建設中の「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」等があり、もう一度来て見たいと思った。

    この旅行記は以下の続きです。
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10570206/

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この旅行記へのコメント (3)

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  • この辺トラベラーさん 2011/06/13 00:16:26
    太郎!
    太陽の塔買ったんですね!!いいなぁ!

    ところで私も旅行記書いてみました。

    TAKEおじ

    TAKEおじさん からの返信 2011/06/13 01:08:18
    RE: 太郎!
    この辺トラベラーさん

    太陽の塔は欲しくて、美術展でも売っていましたが、結構高くて(3,000円以上)止めました。岡本太郎美術館では、美術展と同じのも売っていましたが、ゴム製の安いのも(1500円くらい)売っていたので、買ってしまいました。

    この辺トラベラーさんの旅行記、拝見しました。
    面白い視点での旅行記面白かったです。
    次のも期待しています。
                          TAKEおじ


    この辺トラベラー

    この辺トラベラーさん からの返信 2011/06/13 12:16:58
    RE: RE: 太郎!
    太郎グッズは結構高いですよね。
    ゴム製の太陽の塔、チャンスがあったら私も買おうと思います。

    師匠にお褒め頂き光栄です。
    旅行記やってみたら楽しかったです。

TAKEおじさんのトラベラーページ

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