2011/04/30 - 2011/05/08
35位(同エリア849件中)
国電さん
■はじめに
韓国への鐡旅を思い立ったのは今年の初め、取り急ぎ特典航空券を押さえておいた。その後、空席待ちがあれやこれやと取れ、結局4月30日から5月8日まで、述べ9日間の大鐡旅になることとなった。これだけ休めるのなら、近場の韓国ではなくもっと遠方にすればよかったとの感もするが、今さらどうしようもない。
私は基本的に、旅先の言語を勉強することなどはしないが(アルファベットを使用している国の場合、地名は普通に読めてしまうから)、しかしハングルとなると話は別である。よって今年の3月くらいから少しだけ勉強し、基本母音と子音だけは読めるようにし、簡単な挨拶と数字だけできるようにしておいた。
あとは旅程である。7日間有効の韓国レールパスを使う予定であるから、効率よく回れば全線制覇も可能であろうが、さすがに初めての訪韓で鐡だけというのも味気ないだろう。あれこれ考え(詳細を著すと長くなるため省略)、基本的に鐡旅であるが、旅程4日目には板門店ツアーに参加し、5日目には日帰り温泉施設に寄ることにして、若干の変化を付けることにした。
*韓国の鉄道に馴染みがない方は、路線図を参照願います。こちら(http://www.kampoo.com/jp/travel/rail.htm)など、とても参考になります
*今回のレート 100ウォン=約8円
@今回は縁がなかった旧式KTX
- 旅行の満足度
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
■ 4月30日(土) 鐡前夜
年始に予約した時点では、5月1日発、しかも出発地は成田で仁川着が夜遅くの便であったが、じきに朝の羽田発の空席待ちが取れ、さらに前日(4月30日)の同便まで取れてしまった。出発の前になると空席待ちに動きがあるという話もあるが、東日本大震災で旅行客が減っているというのも影響している可能性がある。
いつも通りに羽田へ向かい、羽田発は8時30分、金浦着は10時55分であった。残念ながら雨模様で、かなり靄っている。空港で最低限の両替を済ませ、地下鉄の金浦空港駅へ行く。当然のことながら券売機で切符を買わねばならず、事前の情報では韓国語と英語ということだったが、タッチパネルには親切にも日本語が追加されていた。おかげさまで、迷うことなく買う。
@一回利用券を無事購入 -
まずは、レールパスの交換をするためにソウル駅へ向かう。到着後は駅から歩いて数分のところにある南大門付近の両替商で大量の両替を済ませて、それからソウル駅の旅行センター(案内所)へ向かった。
レールパス自体はすでにインターネットで手配済みであるし、クレジットカードとパスポートを見せるだけである。問題は、指定席券の発券である。1〜2枚なら問題ないが、いかんせん鐡旅、旅程の中間で普通の旅を混ぜているとはいえ、7日間で都合20本以上の列車の指定をしてもらわなければならない。旅程については、口頭での説明が必要ないように、発駅・着駅をハングル・漢字・アルファベットで書き、さらに列車種別・列車番号・発時間と着時間・窓側希望の旨を、すべて紙にまとめておいてある。ただ、問題は予約本数の多さである。窓口の女性はその多さに驚き、日曜の昼間時で混雑していたため、最初の2本(初日分)だけを予約してくれた。仕方なく、「後でまた来ます」とだけ言い残して窓口を去った(会話は英語)。明日の分を確保できただけ、よしとしよう。
@今回発券した切符とレールパス(帰国後撮影) -
本日の午後は、義王(ウィワン)にある鉄道博物館に行く予定である。レールパスは長距離列車のみ有効であり、近距離路線は対象外であるため(地下鉄などと同じ扱い)、切符を駅のタッチパネル券売機で買わなければならない。
運賃は1400ウォン(約110円)と格安ながら、義王駅までは1時間ほどかかる。到着後、事前に調べたとおりに南方面へと10分ほど歩き、意外に豪華な門構えの鉄道博物館に到着した。
入場料金はたったの500ウォンだが、屋外陳列されている車両も多数あり立派である。日本製のSLやディーゼルカー、貴賓車両などもあり飽きさせないが、曇っていた空が俄かに暗くなり大粒の雨が落ちてきたため、敷地中央にある博物館の建物へと逃げ込んだ。逃げ込んだ先の施設であるが、資料は意外にも充実しており、朝鮮戦争時代の資料展示や、漢字があった頃の切符など、さらには密かにJRからの寄贈品も混ざっていたりして、ハングルが理解できなくても面白かった(高速鉄道の比較紹介で、日本の新幹線は旧くて遅い200系(東北新幹線で一番旧い車両)を挙げ、そして韓国のKTXを最速にしているあたりに、国家としての「自尊心」を感じてしまったが)。
@日本製の車両もあるようです -
雷雨の中を歩いて義王駅へ戻り(膝上までびっしょり)、ソウル駅まで1時間かけて帰る。さて、旅行センターで発券の続きをしてもらわなければならないが、近づいて見ると担当者が2人に増えている。同じ人だと申し訳ないので違う人の方に並んで対応してもらったが、一覧表を見て「トゥーメニー!」と驚き、またしても1日分の発券にされそうな雰囲気であったため、今度はこちらから1枚目の最後(4日目)を指して「ここまでで」とお願いし、なんとか発券してもらった。残りは、板門店ツアーなどをする日に、またここに来てやってもらえばいいだろう。
地下鉄を乗り継ぎ、予約してあった安宿(日本円で1500円程度ながら、個室でテレビもあり、ご飯やキムチは無料で奉仕)へ向かう。夕食は、宿の近所にあった名も知らぬ市場で買った、名も知らぬ魚の煮付けとネギたくさんのパジョン(チヂミ)、そして宿の無料キムチである。
@今晩のセット -
■ 5月1日(日)
念のために4時半に起き、あれこれ準備をしてから5時半前に宿を出た。地下鉄を乗り継ぎ、清凉里(チョンニャンニ)に着いたのは6時半頃、江陵(カンヌン)行のムグンファ号出発まであと30分であり、色々と駅付近の下見をするにはちょうど良い塩梅である。
ちなみに韓国の遠距離路線では、改札業務というものがない。乗客は勝手にホームに入っていいことになっている。キセルが簡単にできそうに思えてしまうが、指定券の発券状況を車掌が把握しているため、本来空席であるところに人がいなければ、それでいいらしい(これに関しては、実体験を踏まえた感想を後述する)。
6時35分にホームに降りてみたが、すでに列車は入線していた。編成は前方から、[機関車]+[一般室]+[一般室]+[カフェ]+[一般室]+[一般室]+[特室]+[電源車]である。唯一の特室車両は、セマウル号のお古である。カフェカーには小さな売店があり、取って付けたようなパソコン(ゲームセンターのよう)も備えてある。
@謎めいているカフェカー -
車両はいかにもな韓国製で、あまり繊細さはない。無骨な造りで、空調の送風口がなぜか窓枠の下側にあり、顔に風が当たってしまい目が痛くなる始末である。しかし窓枠自体は大きく、座席も小さいから全体の景色は良く見渡せるようになっている(逆に言えば、線路が日本の在来線より広い「標準軌」である=車両自体の幅にゆとりがあるのに、普通の小さな座席を備え付けてあるから、意味もなく通路が広くてもったいないとも言える)。
日曜であるためか、車内はハイキング風のリュックとザックを持っている中年が多い。乗車率は、おおむね90%というところであろうか。昨日の予約で、よく窓側が取れたものだと思う。
出発前の車内では、カヤグムによる演奏で、ビートルズのLet it beと、なぜか中島美嘉の「雪の華」が流れている(これはこの列車に限らず、ほとんどのムグンファ号で共通であった)。後日調べたところによると、日本でヒットした後に韓国でも有名ドラマで使用されてかなりヒットしたということである。
@電気機関車による牽引 -
定刻より遅れること2分、7時02分に清凉里を出発した。7時16分、最初の停車駅である徳沼(トクソ)に到着。これは今日に限らず昨日から感じていたことであるが、ソウルといえば首都であり華やかなイメージがあるが、台北やクアラルンプールのような豪華さは感じられず、目に付くのは少しくたびれた高層マンション(シンガポールの下町にありそうなもの)である。昨日乗車したのは京釜線であるが、今日の中央線も同様に、あまり豪華さのないマンションが続いていく。
話は鉄道に戻り、今日は江陵へ向かうムグンファ号に乗っているが、旅程の最初にこれを持ってきたのには理由がある。現在乗車している列車は、途中から太白線を経て、さらに嶺東線へと入り、羅漢亭(ナハンジョン)にあるスイッチバックを通って行くのである。このスイッチバックに関する詳細な説明については紙幅がないため余所のサイトにお任せするが(各自検索してください)、現在この付近の巨大トンネル工事が行われており、それが開通してしまうと数駅も含めてスイッチバックが廃止となってしまうのである。
本来ならばもう消えていてもいい時期であるが(2009年開通予定であった)、幸か不幸か工期は遅れ、未だに運行している。しかし最新の情報では2012年に正式に開通という情報もあったため、なんとかして今年中の鐡旅遂行を考えたのである。
中央線は電化されているが、その複線・高速化が進行中である。途中まではそれが完成していて快走していたが、そのうち旧い路盤を走るようになった。傍らには、工事中の複線の高架があちこちで建設中である。
@じきに、あちらを走ることになる -
7時59分に小さな駅に到着し、リュック姿の人がちらほら降りる。8時10分に到着した駅でも、同じくちらほら降りる。1か所に有名なトレッキングスポットがあるわけではなく、各所に色々とあるようである。
久々にマンションが見え始め、原州(ウォンジュ)には8時38分に到着した。トレッキング客やその他の乗客も降り、車内は40%程の乗車率になった。
原州を出発して市街地を抜けると、再び長閑な田舎風景に戻る。ここでふと気付いたことは、韓国では「新しい一戸建て」というのが極端に少ないということである。一戸建て自体はもちろん各所にあるが、多くは廃れており、バラック寸前のものも多く見受けられる。建設中の建物はもれなくマンションであり、どんな山中でも、どんなに田舎で土地が余っていても、なぜかマンションなのである。この辺りの謎は、日本に戻ってから色々検索して情報を集めてみたい気もする。
石油等の輸送用であるタンク車が操車場にたくさん見え始め、それが過ぎると堤川(チェチョン)であり、9時23分に到着した。ここへは、4日後にまた来て、そして泊る予定である。
堤川を出発してから、私はおもむろにカフェカーへと向かった。というのも、弁当を手に入れるためである。事前の下調べ(余所様のサイトなど)では車内販売があるらしかったが、どうやらそれは無いようである。それならば、同じく事前の下調べで「売店に弁当あり」というのがあったため、自ら手に入れるべく行ったのであるが、結論から言うと、弁当は無かった。元からないのか売り切れなのかは不明であるが、後者である可能性もあるし、明日以降にまたチャレンジしたい(そもそも韓国には「駅弁」という概念がないが、車内で買えばそれは駅弁のようなものでもある)。
車窓は、やおら山深くなっていく。10時38分にはミンドゥンサンに到着し、対向のムグンファ号と行き違った。ミンドゥンサン以降は明らかに「登っている」ということが実感できるくらいの勾配になり、列車はゆっくりと坂を上がっていく。
山あいに突如としてマンションが現れ、太白(テベク)に11時08分着。小腹がすいたので、カフェカーへ行ってクルミ入りのカステラ風お菓子とコーヒーを買った。ハングルがほとんど話せない私が言えたのは「イゴジュセヨ」と「コピジュセヨ」だけである。値段がわからないで買ったので多少の不安があったが、結構たくさん入っているお土産風のお菓子がたったの3000ウォンであり(予想以上に安かった)、コーヒーも3000ウォンだった(予想以上に高かった)。売店のおばさんは親切であり、ハングルができない私(弁当を買おうとした時のやりとりでバレていた)のため、わざわざ電卓を出してそれを押しながら値段を説明してくれた。
@お昼の代わりに -
列車は嶺東線へと入り、桶里(トングリ)で5分ほど停車してから、件のスイッチバックのある区間へと入っていった。ここはスイッチバックだけではなく、Ω(オメガ)状に大きく迂回する個所もある。右下遥かかなたにその路盤が見えたりするが、一瞬であるためカメラを構えるともう過ぎ去ってしまい、うまく収めることはできなかった。
@Z型に走るため、道路の向こうに路盤が2つある -
人の気配がない興田(フンジョン)に到着し、そこからスイッチバックで折り返す。日本ならば少しく時間をかけて(1両編成の場合は運転手が反対側まで行ったりして)、安全を確認しながらゆっくり後退するが、ここでは停まっていたのはほんの一瞬で、すぐに後ろに下がり始めた。これを効率的と言うか、安全ではないと言うかは個人の見解次第であろう。
バックした突き当りが羅漢亭、ここでまたスイッチバックして、本来の進行方向となって走っていく。羅漢亭駅付近については事前にあれこれ調べており、てっきりもっと田舎(山深いところ)と思っていたが、想像していたよりも人家の多いところで、スイッチバックの途中にも人の姿を垣間見ることができた。
@乗降はできない羅漢亭駅 -
峠を下りきったところにあるのが道溪(トゲ)で、ここには5日後にまた来て、その際は下車する予定である。
列車は北上をし続け、東海(トンヘ)を過ぎると右手に海が広がる。韓国の鉄道路線で、これだけ長距離で海が見られるのはここだけである。まだシーズンではないが、海水浴客向けの施設や店舗がたくさんあり、きっと夏には盛況になるのだろう。そのような、どこにでもあるようなレジャー感覚満載のところであるが、唯一の違いは、延々と続く鉄条網と監視小屋である。要するに、すぐ先には北朝鮮があるという事実である。
13時07分、「世界で一番海に近い駅」として有名な正東津(チョンドンジン)に到着した。ギネスブックにも載っているらしいが、海際にある駅など他にいくらでもあるから、若干の眉唾でもある。観光客も意外に多く、記念碑の近くで写真撮影をしているカップルの姿などがちらほらと見える。
@もちろん、すぐ隣りが海です -
そのまま海岸近くを走り、江陵到着は見事に定刻の13時25分。出発から到着までほぼ定刻の日本ほどではないが、初日からこの正確さは、今後の旅程でも期待を持たせるものである。いかんせん、鐡旅の最大の難敵は「遅れ」「運休」なのである。
ここでは1時間の待ち合わせで、あとは折り返すだけである。この時間内に歩いていける観光地もないため、路盤の最先端まで行ってみることにした。この嶺東線が造られた背景としては、シベリア鉄道を利用して日本や韓国の物資を輸送することもあるらしいが(あくまでもウィキペディア参照)、しかし北朝鮮というボトルネックがある以上、それは夢物語以上の何物でもないだろう。実際、駅から歩いて10分程度のところにある先端は、ただの行き止まりであり、その先に建設の意思が強くあるようには思えない。
@北朝鮮まではまだまだ先です -
駅前市街地を適当に散策してから江陵駅へ戻り、売店で燻製卵とお菓子を買い、出発の10分くらい前に開けられた改札口を通って列車へと向かった。どうせ折り返すだけだから同じ車両かと想像していたが、実際は違うものであった。しかし、車両編成は同じである。往路よりさらに旧い感じの、客室へのドアが自動ではない車両になってしまったが、しかし空調の送風口は天井にあるため、目の痛さからは開放されそうである。
定刻の14時25分に出発し、当然ながら今度は左手に海を見ながら走り続ける。沿線には、時刻表には載っていないがそれなりに駅があり、それらを通過して行く。道溪に近づくと右手に工事中の路盤が見えてくるが、その完成具合がまだまだであることからすると、来年中の完成は難しいように思えなくもない。
復路のスイッチバックであるが、最後尾の車両の後ろ側から見通せるようになっていたため、そこに陣取ってあれこれ撮影をした。このスペースは、本来は車掌が後方確認のために仕事をする場所であったが、「メイアイテイクアピクチャー?」と訊いたら気前よく場所を分けてくれた。「イルボンサライムニッカ?(日本人ですか?)」と訊かれたので「ネー」とだけ答えたが、ハングルができれば色々と話が聞けたのにと思った。ちなみに、このような撮影をしている人は他にまったくおらず、もともと鉄道趣味自体がメジャーではない韓国であるが、これだけ壮大なスイッチバックも「ただの坂登り」なのかもしれない。このスイッチバックに関してはここに詳細を書く紙幅もないので、そのうち別メニューとして纏めたいと思う。
@スイッチバック駅では、まとめて2本の列車を扱える -
あとは、午前に来た路をひたすら戻るだけである。原州ではたくさんの客が乗って来たが、結局最後まで車掌による座席確認作業はなかった。思うに、田舎駅から田舎駅までの短距離移動や、立ち客がいるような大都市部では、車掌の確認作業(手もとの機器の画面を見ながら、発売席と実際の埋まり具合を確認していく)では限界があるように思われた。
終着の清凉里には、20時40分に到着した。地下鉄を乗り継ぎ、コンビニで買い物をして、宿に着いたのは22時過ぎ、シャワーを浴びて食事をすればもう23時過ぎである。明日はまた朝の5時台に出る(つまりそれより早く起きる)のだが、少し旅程を詰めすぎたようである(時刻表で旅程案を作った際は「早過ぎるかな」程度だったが、ターミナル駅から宿までの移動時間を考えていなかった)。旅程の中間に、板門店ツアーと近郊短距離路線を入れたのは、結果的に正解であった。
■ 5月2日(月)
今日も早朝に宿を出て、5時台後半の地下鉄に乗車、目指すべきターミナル駅の龍山(ヨンサン)は昨日の清凉里よりはかなり近く、乗り換えも含めて約30分で到着した。木浦(モクポ)方面のKTXなども出発する駅であり、近代的で壮大な駅舎である。
発車の15分ほど前にホームへ降りて行ったが、すでに麗水(ヨス)行のムグンファ号は入線していた。機関車(今日は非電化区間も走るためディーゼル)を先頭に、3両の一般室、カフェカー、3両の一般室、最後に電源車である。セマウル号のお下がりの特室は付いていないが、代わりと言ってはなんだが、電源車がセマウル号のお古である。
@今日はディーゼル -
定刻より1分遅れの6時51分、龍山を出発した。車両自体は昨日となんら変わりないが、機関車がディーゼル(昨日は電気機関車)であり、そのすぐ後ろの号車に乗っているため、ドコドコとエンジンの音が響いて来る。路盤が高速化されているためか、昨日よりもはるかに高速で走行しており、少し怖いくらいでもある。
7時11分着の安養(アンヤン)で乗客が増え、立席の人もちらほら出始めた。水原(スウォン)ではそれが通路を埋めるくらいまでに増えた。あまりの寝不足のために1時間ほど寝てしまったが、気づくと沿線風景に田畑が増え、立席の客も数える程度になっていた。新灘津(シンタンジン)で立席の客がなくなり、京釜線から分岐して、8時57分に西大田(ソデジョン)に到着した。
西大田を出発した後は、またぼんやりと沿線を眺め続ける。昨日から気づいていたことであり、当たり前のことなのだが、韓国ではキリスト教会が多いということである(ただし、韓国でのキリスト教比率を知らない人にとっては、意外な事実かもしれないが)。
さて、まだ朝の9時半くらいであるが、カフェカーに行って弁当があるかどうかを確認してみることにした(昨日のように出遅れしないように)。行って見るに、4〜5個あったので、さっそく買ってみた。特に何が名物というものはなく、メインは安物のハンバーグで、あとは手の込んでない副菜や漬物ばかりであり、しかも値段は7500ウォンということで町中の食堂よりかなり割高であるが、「移動する列車内で弁当を買って食べる」という事実が大切なのである。
@初駅弁(?) -
ちなみに、韓国で弁当が流行らない理由として、「ご飯は温かいものを食べるため」というのがあるらしい。たしかに今回もおかずは冷え冷えだったが、ご飯だけは温かいものを出してくれた。
カフェカー内では、なんやらうねるような音声が轟いている。カラオケ音のようであったが、まさしくカラオケであった。カフェカー備え付けのパソコンの隣りに小部屋があって気にはなっていたのだが、カラオケも出来るらしい。それにしても、乗車してすぐカフェカーに乗って時間を潰してしまえば、キセルが出来てしまうのではないかとの危惧もある。
10時04分に益山(イクサン)に到着し、ここから先は全羅線に乗り入れていく。複線電化の工事中であり、その路盤が右手に沿っている。それが左手になって高架ではなく土手になり、いつのまにかそれに乗って走り続け、10時32分に全州(チョンジュ)に着いた。駅構内も、路盤工事に合わせて大工事中である。
@駅自体も工事中 -
少しウトウトすると、11時08分に南原(ナンウォン)到着。もうかなりの部分は新しい路盤を走っていて、時折、単線非電化の旧い路盤を左右に見かけていく。あれだけ混んでいた車内も、いつの間にか乗車率は5割程度になっている。
工事の様子からすると複線電化の全体完成まであとわずかであろうが、車両納入の際には、ぜひ日本製をお勧めしたい。あまり自国産にこだわっても、新型KTX「山川」みたいなことになりかねないし(詳細は後述)、また製造数のたいして多くない在来線用に開発するのも難儀なことであろうから、あまり面子に拘らずに日本の高速車両を導入した方がいいであろう。自国で造れるものはかたくなに日本製を拒んでいる感じも否めない韓国ではあるが、最近は若干の雪解けもあり、鉄道車両でも2009には日立製の電車が導入されてヌリロ号として使用されている例もある。
それはさておき、11時24分には谷城(コクソン)に到着した。駅の右手奥、少し遠いところに、セマウル号で使われていた車両などが何両か停まっているのが見える。想像するに、旧い路盤(と駅舎も?)を利用した公園か何かであろう。
@鉄道公園らしきもの発見 -
慶全線と交差する順天(スンチョン)には11時55分に着いたが、乗車率は2割くらいまでになった。順天から先も新しい路盤を快走し続け、終着駅の麗水には12時32分に到着した。定刻より2分の早着とは意外である。
@麗水駅(船をモチーフ?) -
麗水の市内は2012年開催の万博準備で賑っており、あちらこちらで施設やビルの建設中であった。その粉じんの中をふらふらと適当に散策し、駅へ戻り、13時25分発のムグンファ号に乗り込む(時刻表では13時30分発だったが、発券された切符では5分早くなっていた)。しかし定刻を過ぎても出発せず、2分後になって動き出したが、次の駅到着は定刻通りであった。これは私の想像からすると、路盤工事によって短絡された分が未だに時刻に反映されていないためであろう。だから往路は2分早着であり、復路は同じ分だけ遅れて出発したと思える。
@麗水駅から見通せる新しい路盤 -
ひたすら同じ路を戻る。■(表示できない漢字)樹(オス)を過ぎた頃、昨日から通してもやっと2回目の、車掌による座席確認作業があった。
益山で下車し、今度は群山線と長項線でソウル方面へ戻ることになる。路線名は2つになっているが、乗り継ぐわけではなく、見た目上でも1本の路線として繋がっている(あれこれ書くと雑情報で長くなるため、この事情について詳しく知りたい方は、インターネットなどでお調べください)。午前中に乗車した経路よりは海側を通るが、海間際は通らないため、豪快な海原の景色は期待できないだろう。
ただこれまでとの大きな違いは、初のセマウル号乗車ということである。セマウル号といえば韓国在来線を代表する列車であり、その歴史は旧く、ただその分だけ車両も旧いのであるが、さらに言うとKTX開業後は影が薄くなってしまっているのであるが、それでも歴史ある優等列車である。それへの初乗車であるから、一つの記念でもある。
駅入口付近で記念スタンプを押し(日本ほどではないが、韓国でも旅行スタンプが置いてある駅が多少ある)、すでに入線していた龍山行のセマウル号に乗車した。ガタが来ているとはいえ流石に厳かな雰囲気であり、シートピッチもゆったりしていてゆとりがある。フットレストもあり、旧い日本のグリーン車のようでもある。乗務員の女性もライトグリーンの制服で身を包み、ムグンファ号との違いが鮮明である(あとで気づいたが、この制服はKTXでも同じであった)。列車は定刻に出発した。
@初セマウル号 -
さて群山線と長項線の印象であるが、たしかに海は見えなかったものの、湖があったり長閑な田園風景もあったり、廃れた駅もあったりで、京釜線よりは楽しめたような気がする。
@名も知らぬ湖 -
17時32分の大川(テチョン)でほぼ満席となり、新昌(シンチャン)では日立製のヌリロ号を追い越し、夕暮れの中をセマウル号は快走していった。私は龍山までの指定券を押さえていたが、地下鉄路線網の図とにらめっこした結果、永登浦(ヨンドゥンポ)で降りることにした(その方が、宿に早く帰ることができると思ったためである)。
永登浦駅付近で夕食でも買えるかと思って探してみると、なんとロッテデパートの地下惣菜売り場で「閉店間際の投げ売り」をやっているではないか。私はいつもスーパーやデパ地下の半額投げ売りを愛用(?)しているのだが、まさか韓国でも同じことができるとは思わなかった。しかもロッテデパートの代物なら、当然のことながら屋台で買うよりは信用があるだろう。
閉店まであと10分、必死のおねえさんの呼び込みの手元には、「3」「10000」とあるので、3つで1万ウォンなのだろうが、おねえさんの口元からは「ネーゲー、マノォーン」の声が聞こえる。少し勉強したハングル知識によれば、ネーゲーは4個である。ジェスチャーで3なのか4なのか確かめたら、たしかに4個で1万ウォン。元々は1個あたり6000ウォン程度の総菜であるから、かなりのお買い得である。あれこれ悩み(おねえさんはイカの寿司を勧めるが、私は「つまみ」が欲しかった)、海鮮炒めや串団子など、厳選の4品を選びきった。
@本日の獲物 -
さて、この件はこの駅で降りた「良い点」であったのだが、世の中良いことばかりとは限らない。ロッテデパートの高級紙袋を提げて地下鉄乗り場に行ったのはいいが、これまでの券売機にあった「日本語」がタッチパネルにないのである。どうやら、大きな駅や新しい路線の券売機には英語や日本語の案内があるのであるが、旧い駅や路線には備えてないようであった。少しく戸惑ったが、ハングルの母音と子音を覚えておいたのと、日本語の案内での操作で何回か券を購入した経験により、なんとか目的地を選ぶことができた。それらの前知識がなかったら、お手上げであっただろう。
■ 5月3日(火)
今日は、鐡旅ながら鉄道に乗らない1日である。板門店ツアーで中休み(?)するためであるが、本来は早朝にKTXの幸信(ヘンシン)からソウルまでを試し乗りをするつもりで、実は7時10分発の指定券も押さえてあった。しかし、連日連夜の4時台起床でその気力もなくなり、ツアー参加だけにすることにした(それでも、旅程後半の指定券を発券してもらうためにソウル駅へ行く必要があったことから、宿を朝の7時過ぎには出たが)。
今回利用したツアーでは臨津閣に寄るのだが、ここでは非武装地帯で放置されていた銃弾だらけSLが展示されている。これは有名なのだが、そのすぐ近く、展望台などのある大きな建物の反対側に、SLと旧い客車も展示されているので、鉄道好きで板門店ツアーに参加される方は注意しておいても損はないだろう。
@売店などの入っている大きな建物より奥にあります -
肝心のツアーは快晴に恵まれ、また北朝鮮の警備兵も見られたし、バスの座席が写真撮影に好適な右窓側だったのも幸いし(敷地内の車内では立つことも許されないため、着席位置で写真の撮れる範囲が大きく変わる)、なかなか充実したものであった。
宿に戻ってからは、近所の市場や鶏肉店にあった惣菜などで一献。テレビではアニメ「ベルサイユのばら」をやっているが、オスカルが流暢なハングルであるのがなんとも趣深い。
@北朝鮮兵も見ることができた(バス車内より) -
■ 5月4日(水)
今日も比較的余裕のある旅程で、短距離路線である京元線に乗車したあと、午後は温陽温泉に行って日帰り入浴してくるだけである。「だけ」と書きながら、結果的には一日ほとんどを潰してしまうのであるが。
京元線は途中まで電化され近郊路線が乗り入れるようになったため、レールパスで乗車できるのは非電化部分の東豆川(トンドゥチョン)駅以降である。東豆川まではかなりの駅数があるが、まぁ2時間半前に宿を出れば充分だろうと思い、6時20分前に出て地下鉄5号線に乗った。まだ朝早いが、車内では広告スペースに自社の小さい広告を挟んでいく仕事人(非公式な仕事?)などがいる。
新吉(シンギル)で1号線に乗り換え、あとはひたすら乗り続けるのみであるはずだが、東豆川や逍遥山(ソヨサン)行の電車が来ない。取り急ぎ来た電車に乗り、その終着駅で降りては続いて来た電車に乗り、結局東豆川に着いたのは8時40分、京元線の列車の出発まであと10分しかなかった(午後の予定を考えると、8時50分発を乗り過ごしたら京元線は諦めて戻るはめになっていた)。ソウル近郊から乗り継ぎ時間も含めて約2時間乗り通しで結構疲れたが、何よりの驚きは料金(たったの1800ウォン)である。日本の都営地下鉄なら、ほんの2〜3駅しか乗れないだろう。
さて、今回の鐡旅で初めてのトングン号(通勤列車)である。韓国内でもその数はめっきり減り、時刻表でもこの京元線と京義線にしか見当たらない。
@よく考えたら、初自由席 -
車両は5両繋がっており、すべて自由席である。乗車率は9割弱(ハイキング客が半分ほどを占めている)というところで、山あいに近いせいか、暖房も入れられている。反対側のホームに終着の新炭里(シンタンリ)から来た列車が到着したり、ソウル方面からの電車から乗り継ぐ乗客を待ってあげたりして、定刻より3分遅れの8時53分に出発した。
しばらくは左手に川が沿い、川辺では住民が魚を掬ったりしている。川が見えなくなったかと思うと今度は軍事施設が見えたりするため、今自分自身が「そういう地域」にいることを実感させられる。
漣川(ヨンチョン)には9時18分に到着し、対向列車とすれ違う。ここで乗客の3割くらいは降りてしまう。
@乗客に軍人が混ざっているのはよくある風景 -
新望里(シンマンリ)では、駅員らしき風貌のおじさんが、下車した乗客の切符を回収しているのを見つけた。韓国に来て5日目、初めて改札業務に近いものを見た気がするが、全席指定席のセマウルやムグンファと違い、自由席だけのこの列車では必須の業務であろう。
しばらく走行していると、左手の山頂付近に、大文字焼きのような大きな丸囲みの「38」という数字が見えてくる。場所柄「あのこと?」と思ったが、続いて「40」も出てきたため、これは想像するに航空機向けのサインか何か(飛行禁止区域の境界など)であろう。
終着駅の新炭里には、定刻に到着した。途中で降りたハイキング客もいたが、その手の装備をしている人のほとんどは終着駅で降りていった。駅前には彼らのためのマイクロバスが停まっており、それに乗り込んでいく人たちがいる。またグループによっては、駅から直接歩いて行く人たちもいる。
駅構内は様々な物が展示されており、良く言えばホスピタリティに溢れており、悪く言えば列車本数が少なくて暇なのかしら、という感じである。
@オブジェ(?)だらけの駅構内 -
駅前には観光案内図があり、この先に鉄道分断点があるということなので(本来は北朝鮮側まで繋がっている路線であった)、そこまで歩いてみることにした。
ハイキングルート(への入口)らしく、その手の格好をした人たちも分断点へと向かっていく。その後ろをついていき、彼らは右手にある山へ、私は線路が切れている分断点へと行った。駅からは歩いて7分程度のところである。事前に調べた限りでは、この先のあと1駅分の延伸工事がされているということであったが、それらしき雰囲気はなかった。
@以前は北側と繋がっていました -
来た道を戻り、駅へと行く。何も言われなければ「単なる田舎の終着駅」であるが、すぐ先には別世界があるという特異な地域である。
10時ちょうど発の列車で、東豆川へと戻る。沿線では、養豚場より狭い檻にぎっしりと犬が飼われているのが見えたが、これは当然ペットではないし、またブリーダーの小屋というわけでもない。要するに、食肉として卸される運命の犬たちである。
文化的差異や価値観についてはなるべく著さないようにしているため、この是非について論じたりすることはしない。ただ個人的感情としては、小さい頃から犬を飼っていたこともあるため、私は犬食についてはあまり好きになれない。この後の旅行中、永登浦市場で解体された犬を見てしまったり(形状でわかってしまった)、また道溪の町中では、竹ざおの移動販売車のような形態で犬を売っている業者を見たりしてしまった。
閑話休題、東豆川に到着した後は、また近郊路線を延々と乗り続ける。日本との違いは、物売りが次々とやってくるところである。彼らは同じような商品カートを引き、同じパターン(まず車両中央で挨拶し、商品の説明をし、サンプルを持って車内を右往左往する)である。堂々とやっているところから、恐らくは鉄道会社から許可を得ているのであろう(もしかしたら無許可かもしれないが)。
だんだんと乗客が増え始め、乗り続けること1時間半以上、東大門で下車した。時間的には昼食時であるのだが、東豆川への往復で予想外に時間がかかったため、あまり時間をかけていられない。私の会社の同僚に韓国人がいて、事前にサムゲタンの店を教えてもらっていたのだが、とてもそこまで行く時間はないし、案内書で目星をつけていた北京冷麺の店もあるが、オーダーを取って作ってもらっていたのではそれなりに時間がかかってしまうだろう。少し考え、目星を付けておいたフードコートで昼食を取ることにしたため、ここで降りたのである(普段は昼食を食べないから無理に食べる必要はないのだが、せっかく海外に来てその土地のものを食べないのももったいない)。
@悩んだ挙句、注文したのがこれ(1割引きで6300ウォン) -
ビルの7階にあるフードコートで辛い辛い定食を平らげてから、再び地下鉄でソウル駅へと戻り、ヌリロ号へ乗るためにホームへと降りていった。KTXの発着するホームとは若干離れた1番線と2番線が、ヌリロ号専用のホームのようであり、すでに入線していた。
@ヌリロ号 -
片方は観光用に塗装されていたが、私が乗るべき13時47分発の車両は普通の塗装であった。車内に乗り込むと、なんとなく慣れ親しんだ感じがするが、それもそのはずで、この車両は2009年に日立が製造したものである。韓国の車両製造といえばヒュンダイ・ロテムが有名であるが、最近ではこのように日本からの輸入も再開(当然のことながら、韓国の基礎技術が確立されるまでは、日本からの輸入が中心であった)しつつある。
車両には目新しさを感じるが、これから乗る路線自体は、鐵旅2日目にすでに乗ったところでもある。定刻に出発後は、ぼんやりと沿線を眺め続けた。
ヌリロ号の終着駅である新昌の一歩手前にある温陽温泉で降り、目星を付けておいたホテルへ行って日帰り温泉に浸かる。異国において日帰り温泉に浸かるというのも、今回の旅での一つのミッションであった。火山帯ではないため日本の山あいの温泉のような香りなどは感じられないが、地元民のたくさん入っている湯船に浸かることで雰囲気は楽しむことができた。料金は5000ウォンで、物価からすると少し高い気もするが、ホテルの施設ということも理由にあるのだろう。風呂上りには「牛乳」という定番をしてみたかったが、脱衣所の自販機には残念ながらそれはなかった。
@露天風呂(うたせ湯)あり -
風呂のある施設を出てからは、近場にあった賑やかな市場を散策し、駅付近で行われていたフリーマーケットを見てから、セマウル号でソウル市内へと戻った。
■ 5月5日(木)
昨日まではソウルをねぐらにして移動していたが、今日は宿泊地の関係で荷物を持って移動しなければならない。小さなリュック1つだけで大した量ではないが(替えの衣類一式と最低限の資料、あとはパソコン程度)、やはりそれなりに重さはある。
朝の5時20分過ぎに宿を出て、始発に乗るため地下鉄の駅に向かった。しかし券売機で買おうとしたのだが、機械の蓋が開けられて何やら点検されている。自動改札の調子も悪いようで、駅員はあちこちの機器を開けてなにやら確認作業をしているが、どうにもうまく動かないようである。
券売機を使いたいという旨を英語で伝えたが、すぐには直らないようである。駅員が「ドコ?」と訊いてきたので、「ソウルステーション」と答えると、改札の中へ入っていいようなジェスチャーをしたので、私は何か一筆書いてくれるように身振りをしてお願いしたら、紙の裏に何やら書いてくれ、「ドモスミマセン」と言ってそれをくれた。
無事に(?)地下鉄に乗り、ソウルでは駅員詰所のような場所へ行ってその紙を見せ、改札横から出させてもらった。料金は払っていないが、まぁいいのだろう。
@切符代わり(?)となったメモ紙 -
今日は、初めてKTXに乗る予定である。フランスのロスアトム社の技術を使用したKTXであるが、2009年に純韓国製の山川(サンチョン)号がデビューしており、今回の鐡旅では両方に乗車して比較してみる予定であった。しかし、一昨日に指定券を発券してもらった際に、希望した旧いKTXの5分後に出発する山川号にされてしまい、「旧い方に乗りたいから替えてくれ」とも言えず、結局、旧い方には乗れずじまいであった。まぁすぐに無くなるものでもないから、次回に乗ればいいだろう。
件の山川号であるが、華々しくデビューしたものはいいものの、相次ぐトラブルや脱線事故などで、その評価は必ずしも高くない(今回の鐡旅から帰国してからも、台車周りでの深刻なトラブルが発見されたとのニュースがあった)。
@山川号 -
ヒュンダイ・ロテム社製の山川号は、定刻より2分遅れの6時37分にソウルを出発した。新しいだけあって室内は洗練されているが、難癖を付けるとすれば、窓にあるブラインドが縦2列分まとめて1枚になっている。これでは、窓の外を見ていたい観光客と、暗くして寝ていたいビジネスマンが前後の窓側に並んで座った場合、ちょっとしたトラブルになりかねない。あと、ムグンファ号の車両にはないテーブルが備え付けられたのはいいものの、それが足元にあるため膝周辺の空間が狭くなってしまっているのと、機器的な点としては、ブレーキ音がやたら大きいという点が気になった(これは後日気づいたことだが、旧いKTXが入線してくるのを見ていると、やたらブレーキ音(きしむ音)が大きかった。つまり、真似した元と同じといえば同じなのだろうが、やはり「繊細さ」という観点からは疑問符が付く)。
しばらくは京釜線を走り、地下にもぐったかと思うと光明(グヮンミョン)に到着、そこから先は専用の高架で快走し始める。車内販売もあるようで、あまりメニューは多くなさそうだが、小さなワゴンが目の前を通っていった。
高速列車を堪能した後は、大田(テジョン)で下車し、ソウルから来たムグンファ号に乗り換える(ソウルからこれに乗ってくればいいだろうと思われるだろうが、ソウル出発が5時50分であり始発の地下鉄に乗っても間に合わないため、このような乗り継ぎ旅程にしたのである)。ほぼ定刻にやってきたムグンファ号は100%に近い乗車率であり、ここでも自転車を載せている乗客がいたりした(電源車の一部に自転車を載せられるようである)。
京釜線を南下し、金泉(キムチョン)で下車。ここから先の慶北線が本日の旅程のボトルネックとなる部分であり、1日に4往復しか走っていない区間である。しかし、過疎地を走るローカル線というわけでもなく、入線してきたムグンファ号も6両編成でそれなりに乗客も乗っていた。
@釜山からやってきたムグンファ号 -
金泉出発は定刻の9時09分。ローカル線ではないと書いたが、京釜線のような路盤改良がされていないため、右に左にと路盤は蛇行しながらゆっくりと走っていく。時々廃駅を通過したりするが、沿線の民家は思っていたよりも多い。
10時17分、貨物線(現在では旅客扱いされなくなった路線?)の路盤が合流してきてから店村(チョムチョン)に到着した。駅構内には、石炭貨物車両が山ほど連なっている。しばらくすると龍宮(ヨングン)という駅。構内には、やはり大きな龍の像が設置されていた。そんな様子を眺めていると、ムグンファ号では初めての車内販売ワゴンが通り過ぎていった。先ほどのKTXといい、すべてが廃止されたわけではなさそうである(しかし、1週間の旅行で車内販売を見たのはこの日だけであった)。
その後は、右手にしばらく軍関係施設が続き、醴泉(イェチョン)で対向のムグンファ号とすれ違い、終着の栄州(ヨンジュ)には11時31分に到着した。
@栄州駅構内 -
栄州は、これといった特色のない、地方の一都市である。特にすることもないが、2時間ほど暇があるため、韓国では初の「一般の食堂で注文」をしてみることにした。しかしこのような地方都市では日本語や英語が通じない可能性も高いため、あまりメニューの多い焼き肉店などでは困ることもあるかもしれないと思い、いかにもカルグクスを売りにしていそうな看板の店に入りそれを注文した。昨晩食べすぎたため、麺だけであっさりという考えもあったのだが、韓国にありがちな副菜たっぷりの内容で(もちろん、キムチ類は少し手を付ける程度だけにしたが)、お腹はかなり苦しくなった。
@ご飯(蓋をしたままですが)もあるので、かなり多い -
その後は駅付近の寂しい市場などを散策し、13時30分発のムグンファ号で安東(アンドン)へ向かった。30分ちょっとで到着したが、駅前には釈迦誕生日を控えた大きな装飾(置物)が置かれている。あまり仏教色の濃くない韓国であるが、やはりこの時期はいくつかの都市でこのようなものを見かけるようになる(先ほどの栄州駅前にもあった)。
@たぶん釈迦誕生日が関係している -
両班と仮面劇で有名な安東であるが、タクシーを駆使して観光するほどの時間も気力もないため、歩いていけるところにある新世洞七層磚塔へと向かった。あまり観光客が大挙して来るような場所でもないようで閑散としていたが、塔だけではなく古民家もあり、解説には日本語も併記されていた。駅へ戻る途中、珍しく大きな寺があったので寄ってみたが、やはり釈迦誕生日のための準備(装飾した車でのパレードの用意)の真っ最中であった。
@歩いて行った塔 -
駅へ戻ってからは、15時15発のムグンファ号で再び栄州方面へ移動する。15時51分には再び栄州に戻ってきたが、先程は気づかなかったのだが、駅舎に一番近いホームの脇に、韓国では2005年に定期運用から全廃された寝台車が放置されているではないか。停車時間もあったため、降りてそれを写真に収めた。
@窓の配置からして寝台車両です -
対向列車が遅れたため、定刻より2分遅れの15時59分に栄州を出発。しばらくすると峠に差し掛かり、山深くなったかと思うとトンネルを抜け、清流の脇を少しだけ走行し、再び民家が多くなり始め、改良された路盤に乗り上げ快走し、ほぼ定刻の16時53分に堤川に到着した。
@途中にあったもの(人参貯蔵庫) -
さて、ソウルと釜山では宿を予約してあるが、今日に関しては明日に乗車する旌善線の時間の都合で、ここ堤川に泊らなければならず、駅前にインターネット予約などできるようなホテルがないため、飛び込みの宿泊をしなければならない。調べたところ駅から歩いて20分くらいのところにホテル(6万ウォン程度)があったのだが、出発前に会社の韓国人の同僚にも事前にあれこれ訊いたりして、駅前にモーテルがたくさんあるだろうということで、ホテルの予約はせずに当日に着いてから探すことにしたのである。
モーテル自体は駅付近に山ほどあったが、あまりボロいところでは心許ない。そこで、駅前から歩いてすぐのところに、特に目立っている10階建てに近い立派なモーテルがあったので、そこに入って尋ねてみると、1人利用の場合は4万ウォンということだったので即決した。モーテルだけあって部屋の広さはビジネスホテルの4倍ほどあり、不必要なジャグジー風呂まである。しばらく横になってテレビを観てみたが、日本では下火になりつつあるプロ野球の中継の人気があるようで、3ゲームが中継中であった。
@モーテルの建物 -
さて、夕食を買いに行かなければならない。駅付近には市場がなかったため、適当に北北東方面に散歩を兼ねて15分ほど歩いていくと、うまい具合に商店街と市場に遭遇した。そこで、身ぶり手ぶりと簡単な数字の会話でパジョンを2枚買い、スーパーで1リットルのビールなどを買って部屋へ戻った。
@1枚1000ウォン -
■ 5月6日(金)
薄明かりの中、朝早くから各方面への旅客列車や貨物列車が堤川駅構内を出入りしており、その音がホテルの部屋にも響いて来る。ホテルの部屋の窓(6階)からその様子も眺めることができ、眼下には、たくさんのヨインスク(韓国語では「旅人宿」と「売春宿」が同じ発音であるが、外観や雰囲気からして、後者っぽいものが多い)の建物がいくつも連なっているのが見える。
さて、今回の旅程で唯一の「ローカル線」といえる旌善線の乗車である。なんといっても、1日に2往復しか運転されていない。
7時前には宿を出て、興味本位で遠まわりしてヨインスク街を経由してから堤川駅へと向かった。7時10分出発予定のアウラジ行ムグンファ号は、ちょうど構内を移動してホームに入線する直前であった。一応ムグンファ号に分類されているが、客車は2両だけである。出発時間が迫ってきても、1両当たりの乗客は10人にも満たない。
@1日2往復しかないので、行先票もちょっと手抜き -
列車は定刻に堤川を出発した。ミンドゥンサンまでは、5日前にすでに乗車している区間である。今気づいたことではないが、韓国でも意外に桜が多く、並木のようになっているところもあるが、それよりは山間にちらほらと散在しているのがよく目立っている。時期的には散り始めであるが、目には優しい景観である。
厳かな駅舎のある寧越(ヨンウォル)では、こちらに向かって写真撮影している、いわゆる「撮り鉄」1人を発見した。鉄道ファンの少ない韓国では珍しいことであるが、そもそも彼が韓国人である保障はない(日本人の可能性は大である)。
峠を過ぎ、8時31分にミンドゥンサンに到着するとまとまった乗客が降り、私のいる車内は4〜5人だけ、前方の車両には1人だけになってしまった。ここから旌善線に分岐するが、小さな市街地を迂回するように大きく曲がってから、北方向へ進んでいく。急激に田舎になるわけではないし、それなりに民家もあるが、次第に川沿いの寂しい山間へと景色は変わっていく。山あいの奥へ奥へと進んでいるように感じられるが、沿っている川の流れは進行方向側へ下っている。
8時51分に仙坪(ソンピョン)を出発すると、今度は違う系統の河川になったのか、川の流れは手前の方に下っており、路盤も明らかに登っているようである。沿線には黒いシートの被さっている畑が多いが、これは朝鮮人参である(直射日光を避けるためにシートを被せてあり、水はけを良くするために斜面に植えられている)。
旌善(チョンソン)到着は9時ちょうどで、かなり山あいの田舎であるにもかかわらず、建設中のマンションや運動施設で溢れている。少なかった乗客がここでも降り、2両合わせた乗客は私とおばさん、2人だけになってしまった。
出発後は、車掌が「アウラジ○×?」(おそらく「アウラジまでですか?」)ということを念押しのように訊いてきたので、ネーとだけ頷いておく。路盤に沿っている川はこれまでよりも大きなものになり、水面は一面の緑色で、所々で釣りをしている人も見かけられる。
9時21分、終着のアウラジに到着した。2004年まではここから先の九切里まで運行していたが廃止になってしまい、その部分は観光用レールバイク(レール上を人力で漕いで走る乗り物)として第二の人生を歩んでいる。私が到着した時は奇しくも、団体さんがレールバイクでアウラジに到着しているところであった。
@右手にいるのが車掌とおばさん -
乗客は私とおばさんだけの2人だけだが、車掌はこの上もなく丁重に案内してくれた。九切里方面からは、次から次へとレールバイクがやって来る。私を乗せてきたムグンファ号から機関車が外され、それが一旦九切里方面に行って折り返してくるのだが、これといった警備員もほとんどいないため、レールバイクたちのすぐ脇を大きなディーゼル機関車が行ったり来たりしているのも趣深い。
@機関車のすぐ脇を漕いでいく人たち -
小さな駅舎付近には、廃車を使用した大きな魚の形をした建物があり、そこは飲食スペースとなっている。何の変哲もないハンバーガーチェーンだが、食堂車のような雰囲気もあるため、私はプルコギバーガーセットを頼んで車内でそれを頂いた。その建物内だけではなく、周囲も観光客で大賑いである。
@魚電車?(団体さんが偶然いなかった瞬間に撮影) -
その後は小さなアウラジの町内を散策していたが、急にプワンという汽笛のような音が鳴り響いた。駅に近づいて見ると、SL(の形をした観光用機関車)が先導する列車が、先ほどレールバイクでやってきた大量の観光客を乗せて出発しかかっているところであった。そして彼らの乗っている車両の後ろには、無人のレールバイクが山ほど連なっている。九切里からアウラジ方面はゆっくりとした下り坂になっているため、観光客は楽にレールバイクを漕いで降りてきて、そして戻りは機関車で一気に帰るのである。
@団体さんはこれでお戻り -
彼らがそれで行ってしまうと、まさに蜘蛛の子を散らしたかのような静寂がアウラジ駅を包んだ。観光客は片手で数えられる程度になってしまい、施設側もそのパターンを承知しているためか、先ほどまで派手に水しぶきを上げていた噴水すらピタッと止まっている有り様である。折り返しまでまだまだ時間があったため、私は西側にある公園の方に行き、その先にある河川やそれに掛かっている大きな橋、仏教風の展望台などを適当に見て歩いて時間を潰した。
@名も知らぬ川(調べればすぐわかるのでしょうが) -
ちなみにこの一連の観光施設では、鉄道関係としてはレールバイク以外にも、旧い車両を使用した宿泊施設もあるようであった(駅に置いてあったパンフレットによる)。そのうち泊ってみたいものである。
折り返しの堤川行は、往路よりは賑っていたが、それでも1両当たり10人程度であった。それが2往復しかないのであるから、もしかしたら近い将来に廃線という選択肢も考えられるのかもしれない。
田畑や山腹の木々を眺めつつ戻り、ミンドゥンサンで降りる。ここで1時間弱の中途半端な時間があるため、適当に町中を歩く。いくつかのモーテルと個人経営の食堂、町の規模には似つかわしくない大きなホテルがあるだけの、小ぢんまりした田舎都市である。
@駅構内で、アンジョンファン選手を久々に発見! -
余った時間は駅構内で適当に過ごし、しばらくしてやって来た江陵行のムグンファ号に乗車した。あとは今日の宿泊地である釜山に行くだけである(「だけ」といってもかなり遠くて時間がかかるのであるが)。せっかくなので、今一度スイッチバックを経験してから釜山方面に行く旅程にしてある。まずはこのムグンファ号で道溪まで行き、そこで釜田(プジョン)行きのムグンファ号に乗ることによって、またあのスイッチバックを2回経験することができるのである。
今日も快晴に恵まれ、壮大な景色は充分に堪能することができた。道溪駅では、ここでも1時間弱の時間があったため、地元のスーパー(到着直前に「マトゥ」のハングルを偶然見つけていた)に行ってツマミとなるものを買ったりした。この散策での意外な収穫としては、駅南東方向に鉱山のようなものがあり、そこの急斜面にとてつもなく急角度のケーブル路盤(おそらく人間は乗れないだろう)を見つけたということである。
@とてつもない勾配のケーブル -
14時22分発のムグンファ号は定刻より3分遅れてきて、14時25分に出発した。客車部分は4両だけであり、カフェカーは客車の一部分を自動販売機にしただけの「ミニカフェカー」である。これから6時間以上乗り通しであるが、先ほどのスーパーでお菓子を買っておいたのは正解であった。
嶺東線と中央線などを経由して釜田方面へ向かうのであるが、安東付近で少し景観が変わる以外はあまり変化がないため、少しウトウトとしてしまった。
一戸建てが少ないという話は前半に書いたが、やはり「新築一戸建て」というのはかなり少ない。農村部分は一戸建てが多いが、そのほとんどは朽ち果てそうな建物である。日本の農村の場合は、大規模農家などの場合はかなり新しい建物や農機具があったりするが、やはり事情はかなり違うようである。
@路盤が旧く蛇行するため、これから走る先のシェルターが見える -
そんなどうでもいいことを考えつつ、時折居眠りしながらぼんやりと外を眺めつつ、日が暮れてからはパソコンで駄文を書きつつ、終着の釜田にはほぼ定刻の21時30分に到着した。地下鉄駅まで歩いて、初めての釜山地下鉄も問題なく使い、チャガルチ付近にある安宿に潜り込んだのは22時半近く。この日はコンビニの弁当などで済ませてすぐに寝てしまった。
■ 5月7日(土)
本来ならば今日は、朝の6時前には宿を出て、慶全線で木浦まで行き、それからKTXを「Λ」の形で乗り継いで、釜山到着は夜8時過ぎという壮大なプランを作っていた。しかし、3日の朝にソウル駅で発券してもらおうとした際に、最初の慶全線のムグンファ号が売り切れで席の確保ができなかったのである。
幸い時刻表を持ってきていたため、3日の夜に宿で再考して代替案を考えた。あまりに早朝起床が続いて疲れていたため、時間的に余裕を持たせて8時台のセマウル号で東大邱(トンデグ)へ行き(6日の最後と同じ路線になってしまうが、昨日は日が暮れて外が見えなかったため実質は初めてのようなものである)、その後はセマウル号で盲腸線の終着駅鎭海(チンヘ)へ、そして釜山へ戻る旅程である。夕方も5時前には戻ってこられるため、体力的にも余裕があるし、お土産などを考える時間もある。チャガルチ市場も覗き見くらいはできるだろう。
7時半頃に宿を出て、地下鉄で釜田へと向かう。意外にスムーズに移動ができて8時前には着いてしまったため、駅の目の前にある大きな市場を散策する。ほとんどが鮮魚などの店であったが、パジョンや海鮮のてんぷらなどを売っている店があったため、そこで朝食用にいくつか買っておいた。
@買いすぎ(朝食としては脂っぽすぎた) -
改札付近で観光スタンプを押してから、出発15分前にホームへと降りていく。セマウル号の隣りでは、青い制服を着た女性の乗務員が恭しく礼をして迎えてくれている。
定刻の8時40分に出発し、しばらくは街中をゆっくりと走っていく。高架の路盤が所々で建設中であり、じきにあちらに移るのであろう。
9時を過ぎたあたりで、右手に大きく海が広がり始める(昨日は暗かったため、このような風景であることがわからなかった)。険しい断崖もあり、海が見える景色は松亭(ソンジョン)まで続いていく。
@晴れていればなかなかの景色だろう -
その後はしばらく田畑と住宅が続くが、月内(ウォルネ)を過ぎた9時25分ころ、右手には大きな工場のようなものが現れてくる。これは今話題(という表現も何だが)の、原子力発電所である。日本の場合、国道や鉄道からは発電所自体は見えない構造になっているが(丘や土手などで遮蔽している)、ここにある古里原子力発電所は、少し見切れている程度どころではなく、100%丸見えである。丸見えどころか、建屋の横に「KORI Nuclear Power Plant」と看板まで出している。しかもすぐ傍には民家も多数あり、これは日本での認識とは大きく違うと思われるところである。隣接する敷地には建設中の原子力発電所もあり、それもすべて丸見えであった。
@これが原子力発電所 -
大規模工場の高い煙突が山ほど現れると太和江(テファガン)で、停車時間は短く9時57分に出発した。その後、10時35分には古都である慶州(キョンジュ)を出発、終着の東大邱には11時40分に到着した。
さて、1時間弱ほど時間があるが、特にすることもない。小銭を用意し航空会社の釜山支店に電話をし、空席待ちが取れたかどうかの確認をしたが、やはり取れていなかった。思えば、海外で公衆電話を使ったのは初めての経験である。
駅構内をぶらぶらしていると、駅弁を売っているコーナーを発見した。ソウル駅にあったのと同じ系列のチェーンであるが、これまでムグンファ号内で弁当を買ったきりであり、駅で弁当を買うという行為はまだしていない。ぜひ買いたいところであるが、今朝食べたパジョンのボリュームがかなりあったため、正直なところお腹はちっとも減っていない。韓国食材がたくさん詰まっている焼き肉風の弁当(7000ウォン)にかなり惹かれたが、それに手を伸ばす気力もなく、かといって買わないのも寂しいため、間を取って3500ウォンの海苔巻きを買うことにした。
@海苔巻き弁当 -
ホームに降りて鎭海行のセマウル号を待っていたが、すぐ隣りの大邱始発であるのに遅れているようである。おそらく、京釜線はKTXも含めて多数の列車が走っているため、前後の関係で遅延が出やすいのだろう。他のホームでは頻繁にKTXが発着しているが、やはりブレーキ音がギーギーと大きな音を立てている。
7分ほど遅れてきたセマウル号に乗り込み、座席で海苔巻きをいただく。それからは、ここ数日の疲労も祟ってしばらく寝てしまい、慶全線への分岐には気づかず、目が覚めると昌原(チャンウォン)の近くであった。13時54分には昌原に到着し、盲腸線であり1日に4往復しか走っていない鎭海線へと分岐していった。
鎭海線沿線は大工業地帯であり、様々な工場が連なっている。新昌原(シンチャンウォン)のすぐ近くにはヒュンダイ・ロテムの大きな工場もあり、製造中の車両がたくさん並べられており、倉庫の近くにはKTX山川もあった。
@ヒュンダイ・ロテムの工場 -
終着の鎭海は、小ぢんまりした駅舎であった。この先にもスイッチバックをして路線が伸びているが、軍事用であり一般客は行くことができないそうである。折り返し列車の出発まで1時間ほどあったため、街中を歩き、ロータリーにある釈迦誕生日用の装飾などを適当に眺める。
@釈迦誕生日の準備は万端 -
駅へ戻ってからは15時発のセマウル号に乗り込み、密陽(ミリャン)でKTXに乗り換えて、釜山到着は16時45分。
釜山駅の売店では、KTXがデザインされたエコバッグを買った。これからチャガルチに行って、お土産などを適当に買ってこれで持ち帰る予定である。
長い長い韓国旅行、最後の晩餐は、チャガルチで買った焼き魚などである。明日は、朝一番のバスに乗って空港へ行かなければならない。
@美味でした
*旅行記および私の詳細については以下で。
「鐡旅」http://www2u.biglobe.ne.jp/~kokuden/tetu.htm
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 一歩人さん 2011/07/02 16:06:48
- うん!?すばらしき風景です
- 国電さんへ
ふ、ふ、お国柄満載と思いきや、
駅利用のオブジェも。
不思議な光景でした。
丁寧なコメントも楽しめました。
ありがとうございました。
失礼しま〜す
- 国電さん からの返信 2011/07/02 18:45:44
- RE: うん!?すばらしき風景です
- 一歩人さん
ご訪問ありがとうございます。
隣国とはいえやはり海を隔ててますし、置いてあるオブジェとか観光施設の造りとか、詳細なセンスが日本とは違いました。昭和が終わりかけの日本、…ともまた違うのですが。
コメントですが、ここ(4トラベル)はどちらかというと写真中心のサイトのような感じもしますが、できるだけ文章中心でお届けできればと模索中です。これからも御贔屓に〜。
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